このすば*Elona   作:hasebe

69 / 148
第68話 二人の依頼者

 雷雨の中、見事に脱税(物理)を完遂した翌日。

 あなたは予てより呼び出しを食らっていたアクセルの領主、アルダープの屋敷に足を運んでいた。

 

 空を見上げれば太陽が燦々と輝いており、昨日の雷雨が嘘のよう。

 まさに台風一過という言葉がピッタリ当てはまる天気だ。

 

 洗濯物が干せると店が休みのウィズもご機嫌だった。

 

 晴れを喜ぶなんちゃってアンデッドな同居人の話はさておき、アクセルを含むこの地方を治める領主の館は街の中央に建っている。

 館は王都でも見ないような贅の限りを尽くした豪奢な造りになっており、門の前には金色の鎧を着た門番達が立っていた。

 兜も金色。鎧も金色。槍も盾も金色。篭手も脚甲も金色とゴールデン尽くし。

 日光を反射する彼らは屋敷より目立っている。

 

 

「お前の装備が日光反射してめっちゃ眩しいんだけど。目がチカチカするんだけど」

「……言うなよ。俺だってお前の鎧が眩しいの我慢してるんだから」

「つーか全身金色って色々とどうなの? メッキにしても趣味悪すぎだろあの豚」

「通りすがりの子供にも笑われるとかこの仕事辞めたいわ。給料も安いし」

 

 

 目を焼かれそうなほどに眩しい門番の方に近付いていくと、すぐに気付かれ誰何の声をかけられた。

 

「ここはこの地の領主、アルダープ様の屋敷だ。名前と用件を」

 

 あなたは名乗って家に届いた招待状を渡す。

 名前を確認した門番の表情がビキリと引き攣った。

 

「頭のおかし…………し、暫しお待ちを!!」

 

 青い顔で屋敷に向かって駆けていく門番を見ながらあなたは空を見上げる。

 いい天気だ。こんなにもいい天気なのだから皆死ねばいいのに。

 

 

 

 

 

 

 武器を預け屋敷の中を進む。

 

 領主のアルダープの屋敷は外観だけではなくその中も随所に贅沢という贅沢が尽くされていた。

 執事の老人に案内される道すがら度々目に付く絵画や壷、裸婦像、装飾品といった調度品。

 それらはどれも見るからに高級品と分かるものであり、領主は余程羽振りがいいと見える。

 

 しかし一介の領主風情がこれだけの物を揃える辺り、脱税だけではこうはいくまい。どれだけ後ろ暗い事に手を染めているのやら。

 ちなみにあなたはこういった持ち主が権勢をひけらかしている屋敷を核で綺麗サッパリ掃除するのが大好きだ。見栄と権威が貴族にとって大事な事と知ってはいるが、所詮あなたは腕っ節が全てのノースティリスの冒険者であるが故に。

 そういうわけで焼き尽くすのも悪くないが、この屋敷の調度品を全て売り払えばどれほどの値が付くのだろう。女神エリスはここに忍び込めば良いのではないだろうか。

 

「こちらです、領主様がお待ちです。……どうか、くれぐれも、くれぐれもご無礼の無い様にお願いいたします」

 

 冷や汗をかきながら恭しく頭を下げる執事にどれだけ自分は信用されていないのだろうと思いつつあなたは部屋に入る。どうなるかは相手次第だというのに。

 

「……ふむ、よく来たな」

 

 両隣にスーツ姿の護衛の男を連れ、あなたを出迎えてきたのは豚領主呼ばわりも致し方ない、でっぷりと太った腹の出た、腕や顔といった服から露出している部分全てが濃い体毛で覆われた大柄の男だった。熊と豚を足したらこういう生き物になるのかもしれない。

 

「おい、言っていた例の物を持って来い」

「かしこまりました」

 

 領主はあなたの姿を認めると挨拶もそこそこに執事に合図を送った。

 背後で扉が閉まり、あなたと領主達が残される。

 

「ふむ……」

 

 アルダープはジッと冷たい目であなたを見ているが、一方であなたは一目見て彼を理解した。

 人間性が根本的に腐っている。

 

 他者の痛みなど知った事かと弱者に対して横暴に振舞う。人の命を虫ケラのように踏み潰す。

 何故ならそれがその者にとっての当たり前で、力を持っている自分はそれが許される存在だと思っているから。

 そういう者が持つ特有の雰囲気を全身から発している。

 

 彼が人間であるにも関わらず一目で看破出来たのは、あなたが彼のような者をノースティリスで散々見てきたからに他ならない。

 

 他者を慮らない人間性や傲慢さ、ギラギラと手段を選ばずに何かを欲する野心はあなたや友人達もアルダープとどっこいどっこいだが、彼からはあなたや友人の持つ暴力の気配がしない。

 それこそがあなた達とアルダープの決定的な違いである。

 

 領主が持っている力は権力か、財力か、組織力か……それ以外の何かか。

 いずれにせよ、ノースティリスではアルダープのような者は皆調子に乗ってやりたい放題やった挙句、恨みを買って最終的に埋まっていくのだ。

 ノースティリスで最後に全てを決するのはいつだって本人の戦闘力、つまり暴力である。

 暴力で全てを退ければ大体何とかなる。暴力万歳。

 

 ……とまあこういうのは割と珍しくないタイプなので、あなたとしてはアルダープに対してこれといって悪感情は抱かなかった。

 この平和な世界にもこういう悪い意味で自分達に近い人間がいるのか、程度の軽い驚きはあったが。

 命の価値が重いこの世界でよくやるものだといっそ感心すらしてしまう。彼は余程上手くやっているのだろう。生粋のノースティリスの冒険者であるあなたでさえ面倒を避けてこんなにも自重しているというのに。

 まあ自重しているのはこの世界にはウィズがいるから、という理由が大半を占めているのだが。

 

「アクセル随一の冒険者と言われている貴様の噂はワシの耳にも届いておる。貴様が凶悪なモンスターを率先して退治している故、街を護る義務があるワシとしても王都から騎士やら高レベル冒険者やらを呼び寄せて無駄な出費をせずに済んでいる事に関しては多少は感謝してやらんでもない。当家は節制を心がけておるもので、あまり余裕が無くてな?」

 

 きっと煌びやかな衣装と装飾品に身を包む彼とあなたでは節制という言葉の持つ意味が違うのだろう。

 なおデストロイヤーが迫ってきた際、彼は真っ先に私財を抱えてアクセルから逃げ出したらしい。

 

「早速だが本題に入ろう。ワシは今度王都へ赴く用事があってな。その際に貴様を同行させたいと思っておる。無論護衛としてではないぞ? 何やら聞けば貴様は野蛮な冒険者であるにもかかわらず、類稀なる演奏の腕を持っているというではないか」

 

 アルダープはウィズの店のオープン記念にビラ配りで演奏した時の事を言っているようだ。

 

「そう、そこでこのワシが貴様の腕を買ってやろうというのだ。覚えが良ければ他の貴族どもに取り入る事が出来るやもしれんな。結果次第ではワシが直々に取り計らってやらんでもない」

 

 それはどうでもいいのだが、これはつまり演奏の依頼、という事だろうか。

 冒険者の自分に王都の貴族が集まるパーティー会場で演奏をしろと。

 

「ふむ、そうだな。そういう事になる。これはワシから貴様への依頼だ。貴族直々の依頼をまさか嫌とは言うまいな?」

 

 アルダープの嘲るような声と瞳はあなたに言外に見世物になれ、と言っていた。

 野蛮で血気盛んな冒険者が貴族の前で演奏を披露するというのは確かにいい見世物になるだろう。

 そんなものを連れてきたアルダープも鼻高々というわけだ。

 

 見世物云々についてはどうでもいい。

 故にあなたにとってこれは拒否感を抱くような依頼ではなく、適切な報酬が支払われるのであれば否は無い。

 あなたが依頼を受ける意思を示すとアルダープは当然だな、と満足そうに笑った。

 

「……とはいってもワシは直接貴様の演奏を聞いたわけではないからな。一度この場でその腕が本物かどうか試させてもらおう」

 

 アルダープが言葉を区切ったタイミングを見計らっていたのか、扉を叩く音がした。

 

「入れ」

「失礼いたします」

 

 入ってきたのは執事以外にも数人のメイド達。メイドは皆見目が整っている辺り、領主の好みで雇われているのだろう。皆ダクネスのような長い金髪だ。

 そんな彼らは皆ハープやヴァイオリン、フルートといったお馴染みの各種楽器を持っているが、流石にハーモニカは無いようだ。

 

「貴様は当時ヴァイオリンを使っていたそうだな。しかし使えるのであれば好きな物を使っていい。貴様に使わせる為に用意させた安物故、多少雑に扱っても構わん。無論壊した場合は弁償してもらうがな」

 

 領主お抱えの演奏団がいるかは不明だが、壊されると困る高級品を自分に使わせる道理も無いだろう。

 しかしそれならば愛器であるストラディバリウスを持ってくるように書いておけば良かったものを。わざわざご苦労な事である。

 

 アルダープは純粋なあなたの演奏の腕前を確認したかったのかもしれないが、あなたの極まった演奏スキルは最早使う楽器を選ばない。

 ピアノだろうとフルートだろうと同程度の熟練度で演奏する事が出来る。

 故に幾つかの楽器の中からあなたはハープを選んだ。特に理由は無い。

 

 試しに軽くかき鳴らす。領主曰く安物らしいがちゃんと手入れはされているのか中々悪くない。

 あなたは冒険者とはいえ一応は招かれた客人であり、アルダープは貴族だ。

 依頼を受けさせるために呼び寄せた以上、あまり酷いものを使わせようものならば貴族の沽券に関わるだろうから当たり前か、と勝手に納得し、演奏を始める事にした。

 

 

 

 

 

 

「……ハッ!?」

 

 あなたが短い時間だったとはいえ演奏を終え、ぽかんと口を開いてフリーズする領主と護衛を完璧に無視しておひねりを回収していると、三人は唐突に意識を取り戻した。

 アルダープがあなたに慌てて詰め寄ってくる。どうしたのだろう。

 

「おいちょっと待て! 待て待て待て待て! 何しれっと床に落ちている物をポケットに突っ込んでいる!? それはワシの物だろうが!」

 

 今回のおひねりは領主が身に着けていた指輪やネックレス、護衛の財布と私物だ。

 護衛も財布を失っている事に気付いたのか、とても困った顔であなたを見ている。

 

 しかしおひねりを自分から投げてきたのは彼らである。

 あなたは何も強要していない。演奏しただけだ。くれた物を受け取って何が悪いのだろう。

 そんな当然の疑問にアルダープはばつが悪そうな顔をした。

 

「……き、貴様の演奏を聞いていたら、何故かこうしなければならん気がしたのだ……だから回収するのを止めろと言っておるだろうが!」

 

 誤魔化すようにこほんと咳払いして仕切り直すケチ領主。

 

「あい分かった。なるほど、貴様の演奏の腕は確かなようだ。耳の肥えたワシをして驚嘆に値する事は素直に認めよう。後日ギルドを通して正式に指名で依頼を行っておくから王都に赴く用意だけはしておけ」

 

 どうやらあなたの演奏の腕前は領主の眼鏡に適ったようだ。

 彼は机に置かれたままの、報酬額の書かれた書類を差し出してきた。額に不満は無い。

 

「……よし、旅行先で買ってきた土産をやるし報酬にも多少色を付けてやるからとりあえずワシの物だけ返せ。それは高かったのだ。ワシの私物以外の財布とかは持っていっていいから」

 

 えっ、という表情で両サイドで佇む護衛がアルダープに顔を向ける。無論アルダープは知らん顔だ。

 陰湿で性格が悪い事で有名な依頼主の機嫌を損ねるのもよろしくないだろう、とあなたは素直にアルダープの装飾品を返却する事にした。正直脂ぎっていてあまり触りたくなかったのだ。

 

 勿論言われた通りアルダープのおひねり以外はそのまま回収しておく。素寒貧になった護衛が泣きそうな顔になった。

 

 

 

 

 

 

 お土産を片手に領主の館から帰る道すがら、ふとあなたは背中に突き刺さるじっとりとした視線を感じた。

 ノースティリスや王都では割と良くある視線だ。

 しかしアクセルでは珍しい。

 

「…………」

 

 誰だろうと目を向けてみれば、先日みねうちでぶっ飛ばした女神エリスが暗い路地裏の中からあなたを半目で見つめていた。

 こんなに天気がいいというのに何をしているのか。

 わざわざあんな暗い所にいる必要もないだろうに。

 

 暫くそのまま見詰め合っていると、やがて女神エリスは深い溜息を吐いてあなたに近寄ってきた。

 

「はいはい昨日はどうも大変、たいっへんお世話になりましたー! ……エリス様に呪われればいいと思うよ実際」

 

 開口一番呪われてしまった。凄まじいやさぐれっぷりである。

 女神エリスのキャラ崩壊が甚だしい。とても信者には見せられない姿だ。

 

 もしかして回復が十分ではなかったのだろうか。

 それはいけないとあなたはウィズの自作ポーションを取り出した。彼女の店で売っている中では最高級品である。

 何故自前の回復魔法を持つあなたがポーションを所持しているのか、という理由についてだが、先日みねうちでぶっ飛ばしながらあなたは悟ったのだ。

 そう、回復手段を常備しておけば好きな時に好きな相手にみねうちが使えるではないかと。

 気付いた時、あなたは目から鱗が落ちた気分だった。自分は天才ではなかろうかと自画自賛したくらいである。

 

「…………ポーション? あたしに?」

 

 警戒しながらもしっかりポーションは受け取る女神エリス。

 しかしそのままポーチに仕舞ってしまった。

 

「見た感じ結構いいポーションみたいだね、ありがとう。……いやまあプリーストの人がしっかり治療してくれたお陰で起きた時に痛みは殆ど無かったんだけどさ。っていうかあたしを痛めつけたのも君だよね? これどう見てもマッチポンプだよね?」

 

 話を聞いたベルディアも全く同じ事を言っていた。

 

 

 

 ――ご主人が半殺しにした後にウィズが金と引き換えに癒す。俺も魔王軍幹部として長く活動してきたが、こんな悪辣なマッチポンプは初めて見た。お前ら最低かよ……最低だわ……。

 ――どう考えても私は悪くないですよね!?

 ――ご主人を止めてやれよ! お前が言えばご主人も止まったかもしれんだろ!?

 ――だ、だって! 収入から五割なんですよ!? 利益なんて全部吹き飛んじゃって借金なんですよ!?

 ――……うん、まあそれについては同情する。どう考えてもこの国おかしいだろ。

 

 

 

 こんな具合である。

 しかし数を揃えてよってたかってこちらを袋叩きにしようとしていた女神エリスにだけはとやかく言われる筋合いは無いというのがあなたの持論であり感想である。

 

「ぐっ……エリス様の神罰が怖くないの?」

 

 ならば言わせてもらうが、何故自分が神罰を食らわないといけないのかとあなたは問いかけた。

 

「えっ」

 

 お前は何を言ってるんだ、とばかりにあなたを見つめる女神エリス。

 

 しかし聞くところによると慈悲深い女神エリスは()()()()()()()()()()()()()()()()という。

 女神エリスは自分の気に入った者だけを特別に可愛がったり、肩を持つ事をしない。

 合っているだろうか。

 

「……そうだね、合ってるよ。君の言うとおり、エリス様は依怙贔屓なんかしない」

 

 まあダクネスという存在がいる以上、本音を言えばそこら辺については疑わしいものがあるわけだが。

 しかしあなたも癒しの女神から殊更に贔屓されているという自覚があるのでそれについてとやかく言う気は無いし言う権利も無い。

 

 ここで大事なのは正体を偽っているとはいえ再び女神エリス本人から言質を取った事だ。

 故にあなたはニヤリと笑いながら言葉を紡ぐ。

 

 女神エリスは贔屓をしない。

 では何故クリスを軽くぶっ飛ばした程度で自分が神罰を受けなくてはいけないのか。おかしい。これはどう考えてもおかしい。

 クリスと同等、あるいはそれ以上に敬虔なエリス教徒もアクシズ教徒に日々酷い目に合わされているではないか。あなたはアクセルやアルカンレティアで散々な目に合うエリス教徒を見てきた。

 しかしアクシズ教徒は女神エリスから神罰を食らっていない。

 クリスが酷い目にあった時だけ神罰が当たるというのであれば、それはクリスが贔屓されている何よりの証拠ではないのか。

 

「…………!!」

 

 ぐうの音も出ない圧倒的な正論に女神エリスは口を噤んだ。

 反論があるのであれば聞くが。

 

「ぐっ……そ、それはほら……あたしはエリス様から神器の回収っていう世界の平和の為の大事な使命を与えられているワケで……それにアクシズ教徒の人達はエリス様の先輩のアクア様の信者だから、なんじゃないかな……?」

 

 なるほど、なるほど。前者に関しては一理ある。

 しかし後者はつまりアクシズ教徒以外の異教徒が相手であれば神罰を与えてもいいと女神エリスは判断しているわけだ。これはいい事を聞いた。

 

「あ、あたしを脅す気……?」

 

 ジリジリと腰を落として後退する女神エリスに、さて、どうだろうとあなたは笑う。

 もとより先に手を出してきて返り討ちにあった上脅してきたのは女神エリスのほうだ。

 この上更に女神エリスがあなたに神罰を下すというのであれば、あなたも相応の対応をするつもりだった。

 

 ちなみにあなたはアルカンレティアに旅行に行った際にアクシズ教団の最高責任者であるゼスタと仲良くなっている。個人的な手紙のやり取りも行う予定だ。

 彼を通じてアクシズ教徒に触れ回ってみるのも悪くない。

 

 ……そう、アクシズ教徒は女神エリスに護られている、と。

 

 女神エリスの神意で護られた彼らの攻勢という名の嫌がらせは更に熾烈を極める事になるだろう。

 何故なら女神エリスがアクシズ教徒を許しているからだ。

 これこそまさに無敵の免罪符。

 

 汝ら罪無し(YE NOT GUILTY)

 

「え、ちょっ、止めて!? それだけは本当に洒落になってないから止めてくれませんか!?」

 

 慌てるあまり素が出ている。流石にアクシズ教徒の本気はきついらしい。

 とはいえあなたもこの世界で宗教戦争を起こす気は無い。今のはちょっとしたジョークである。

 あなたは頭を下げて謝罪した。

 

「全然笑えないよ……はぁ……なんであたしは君を選んじゃったかなぁ……」

 

 共犯者となった以上、女神エリスにあなたを切り捨てるという選択肢は無い。

 王都で散々活動している己の正体を露見されるのはまずいのだろう。

 あなたもまた同様に女神エリスを切り捨てる気は無い。昨日ぶっ飛ばしたのは軽いじゃれあい程度のものだ。割とよくある。

 

「このズレた倫理感がなあ……でも腕はいいんだよね、腕は……むしろ最高のカードだと思うよ、うん。というか今更だけどレベル四十以上の十六人を秒殺とかどうなってんの? インチキしてないっていうならちょっと冒険者カード見せてよ」

 

 言われるままにカードを見せる。

 相変わらずあなたの目には数値が盛大にバグったままだが、女神エリスを含むこの世界の者達には全く違う数値が見えているらしく、それに違和感を抱いていない。

 この世界に飛ばされた理由、そしてメシェーラ関連と並ぶ怪現象である。

 

「レベルもスキルもあたしがギルドで聞いた情報と一緒だね。だからギルドは絶対君に勝てるようにって彼らを揃えたんだけど……」

 

 この世界はおおむね目に見える数字で回っているが、それでも世の中にはカードに載っている数字(ステータス)だけでは測れないものがあるのだろうとあなたは全力ですっとぼける。嘘は言っていない。

 

「うーん、やっぱりそういう事なのかなあ……でも確かに窃盗とか気配断ちとか凄く上手いもんね。カードに載ってないのに」

 

 いいえ、それは異世界のスキルです、自分のノースティリスの冒険者シートには普通に載っています、とは流石に言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 だまし討ちしたあたしも悪いし、喫茶店で奢ってくれたら昨日のはチャラにしてあげる。

 女神エリスがそう言ってきたのであなたは昼食だかおやつだかを女神エリスに奢る事にした。なお支払いはアルダープの護衛の財布から出ているのであなたの懐は全く痛まない。

 

「そういえば今日はどこ行ってたの? 買い物?」

 

 あなたはケーキを食べながら領主に呼び出しを食らっていた事、彼から演奏の依頼を受けた事を話す。

 やましい事があるわけでもなし、別に隠す事でもないと思ったのだ。

 

「ふーん。領主の館に行ってたんだ」

 

 何故か女神エリスの目つきが鋭くなった。

 嫌いなのだろうか。まあお世辞にも女神エリスに好かれるような人間ではなかったが。

 

「君は知らないだろうけど、この街の領主はダクネスにそれはもうご執心でね。嘗め回すような凄くいやらしい目つきでダクネスを見るんだよ。……うわっ、思い出すだけで気持ち悪くなってきた」

 

 よく知っているな、とあなたは思った。

 ダクネスを通じてどこかで会っていたのだろう。

 

「それにダクネスが言ってたんだけど、あの人彼女が子供の頃からダクネスを狙ってたんだってさ。あたしほんっとあの人嫌い」

 

 女神エリスは友人を狙っている性欲旺盛な豚領主にお冠である。

 ダクネスと組んでいてセクハラ三昧のカズマ少年はいいのだろうか、と思ったが彼とアルダープでは流石に比較対象が悪すぎる。心の中でそっとカズマ少年に謝罪しておいた。

 

「だからダクネスが初めて会ったキミの奴隷(ペット)になりたいとか言い出した時はどうしたものかと……ダクネスもあれさえ無ければ本当にいい子なんだけどね……」

 

 友人としてちょっと変わっているくらいの性癖は笑って受け止めるのが度量というものだろう。

 具体的にはチキチキとかロリショタをもぐもぐとか。しかし箱化は今のあなたには理解出来ない。頭の中をアンインストールした方がいい。

 

「あたしもちょっと程度なら何も言わないよ。でもダクネスのあれはちょっと変わってるってレベルじゃないでしょ。だって武器スキル取ってないんだよ? 命懸けで活動する冒険者なのに攻撃が全然当たらないんだよ? 一生懸命戦ってモンスターとか盗賊に……その……色々されたいって……あたしダクネスのお父さんに会った時凄く困ったんだから。思わずどういう教育してきたんですかって聞きそうになったよ」

 

 確かにそこについては狂気の沙汰だとあなたも思っている。

 勿論陵辱云々ではなく、攻撃が当たらないという点だ。

 

 ダクネスの特殊性癖はさておき、そんなにアルダープが嫌いなのであれば義賊として彼の私財を盗めばいいのではないだろうか。

 見た所彼は相当に貯め込んでいるようだった。あるいは神器すら置いているかもしれない。

 

「んー……そうしたいのは山々なんだけど……なんかあそこは嫌な予感がするんだよね。出来るだけ近付きたくないっていうか」

 

 その言葉にほう、とあなたは目を細めた。

 実に興味深い話だ。

 これが凡百の徒であれば笑って流すところだが、クリスはそうではない。

 女神をして感じる何かがあの屋敷にはあるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 その後も暫く女神エリスと歓談したあなたは彼女と別れ帰宅するも、ウィズの出迎えは無かった。

 ベルディアと同じく今日は店の定休日なのだが店の方にいるのか、あるいは出かけているのか。

 

 そう思っていたあなただったが、リビングの奥、ベランダのすぐ傍の窓際に彼女の姿はあった。

 

「……すぅ……すぅ」

 

 うららかな春の陽気に誘われたのか、ぽわぽわりっちぃがすやすやりっちぃになっている。

 ウィズはあなたの布団の上で眠っているようだ。色で分かる。

 

 恐らくは干した布団を仕舞いこんだ後、そのまま眠ってしまったのだろう。

 

 今の彼女を絵にするならば、題名はさしずめ眠れる不死の美女といった所だろうか。

 それほどまでに静かに眠るウィズはまるで今にもどこかに消え去ってしまいそうなほどに儚く、そして美しい。

 

「すぅ……」

 

 ……というか、比喩ではなく本当に消え去ってしまいそうになっていた。

 

 アンデッドであるにも関わらず日光を直接浴び続けたウィズの身体からは、ぷすぷすと白い煙が立ち昇っている。更にウィズを通して布団の生地がうっすら見える程度には身体が透けている始末。

 

 何でもない筈の日常の一コマに突然訪れた友人の命の危機にあなたは思考が停止する程仰天した。

 慌ててカーテンを閉めて遮光し、日光で浄化しかかっているアンデッドの王にノースティリスの回復魔法をかける。

 機械だろうがアンデッドだろうが問答無用で癒す魔法の力で気持ち良さそうに眠るウィズの濃度はすぐに元通りになり、煙も止まった。

 

 セーフ。

 これで一安心だとあなたは額の汗を拭う。

 

 この柔らかくも暖かい春の日差しに昼寝したくなる気持ちは分かるのだが、あまりびっくりさせないでほしい。

 こんな事で友人を失おうものならば、あなたは悲しみのあまりこの世界全ての存在を彼女の墓標として捧げて喪に服す事になるだろう。

 危うく大惨事を引き起こしかけたうっかりりっちぃの頬を苦笑しながら突けば、指先にぷにぷにですべすべでもちもちの感触が返ってきた。

 

 ぷにぷに。

 すべすべ。

 もちもち。

 

「ぇへへ……」

 

 にへら、とウィズがふやけた笑みを浮かべた。

 そしてまずい、と気付くとほぼ同じタイミングであなたの直感が全力で警鐘を鳴らす。

 

 ついつい気が緩んで突いてしまったが、これは万人を狂わせる魔性の頬だ。

 以前寝惚けたウィズに腕を取られ、頬ずりされた時とはワケが違う。

 このままでは自分は永久にウィズの頬を突き続けるという予知にも似た戦慄があなたの身体を震わせた。

 

 なんとも度し難い。本当のうっかり者はどちらなのか。

 

 あなたは手遅れになる前に廃人の意思の力を全開にして頬を突く指の骨をバキバキに折りつつ、躊躇無く唇を噛み切った。

 痛みと共に口の中いっぱいに鉄の味が広がる。

 

 しかしその甲斐あって、あなたは辛うじてウィズの頬から手を遠ざける事に成功した。

 短時間とはいえ極めて過酷で困難な戦いであったが、あなたは見事にやり遂げたのだ。

 かつてない死闘を制したあなたの全身を達成感が満たす。

 

 荒い息を吐きつつウィズの寝姿を満足げに見つめるあなたの姿は誰がどう見ても寝込みを襲う不審者そのものだったが、今のあなたにそんな事を考えている余裕などどこにも無い。

 

 頭の中で己の勝利に浮かれ万歳三唱と拍手喝采を繰り返すあなただったが、安堵すると同時にどっと疲労が押し寄せてきた。

 疲れた。ちょうど布団が敷かれていることだし、ウィズに倣って少し自分も昼寝させてもらおう。

 

 魔法で自身の治療を終え、布団の上、ウィズの右肩付近に位置する場所に頭だけ乗せて横になる。

 つまり布団を枕代わりにしたのだ。

 干したての布団からはお日様の匂いに混じってウィズの甘い香りがした。疲労もあってこれならばすぐにでも寝付けるだろう。あなたは微笑を浮かべながら静かに瞼を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

「どなたかいますか! すみません! 誰でもいいのでいらっしゃいませんか!?」

 

 玄関を叩く激しいノックの音と切羽詰った大声であなたは叩き起こされた。

 とても優しくて幸せな夢を見ていた気がするのだが、もう覚えていない。

 

「すみません、すみません! どなたかいらっしゃいませんか!?」

 

 声の主はゆんゆんだ。

 この慌てようは余程の事があったと思われる。もしやめぐみんに大事でもあったのだろうか。

 

「ふぁあああ……あ、おはようございます……すみません、ちょっと寝ちゃってました……うわ、もうこんな時間なんですね……」

 

 あなたが起き上がって玄関に向かおうとすると、ウィズも起床した。

 彼女はたった今あなたがリビングに来たと思っているようだ。頬を突いた事は気付かれていないようで安心である。

 

「なんだなんだやかましい……ったく、少しは近所迷惑ってものを考えろよ……」

 

 部屋からベルディアも出てきた。

 ぶつくさと文句を言いながらも居留守を使う気は無いらしい。

 

 扉を叩く音も大声も止まないので三人で玄関に向かう。

 

「よ、良かった……本当に良かった……! いてくれたんですね……!」

 

 扉を開けてみれば、涙目で顔を真っ赤にしたゆんゆんが立っていた。

 彼女は荒い息ではぁはぁと肩と上下させており、よほど急いでここまで来たのだろうとあなた達は一瞬で察する事が出来た。

 

「ゆんゆんさん、どうされたんですか?」

「なんだそんなに慌てて。デストロイヤーみたいなやばいモンスターでも出たのか? まあご主人とウィズがいれば大抵のモンスターは……」

「あの、あのあの……っ、突然こんな事言うのは大変申し訳ないんですけど……」

 

 二人の言葉に答える余裕が無いのか、ゆんゆんはぎゅっと目と瞑って唇を引き結び、その小さな両手であなたの手を握る。

 そして数秒の溜めの後、彼女は意を決したようにまっすぐとあなたを見つめるとこう言った。

 

 

 

「私……! 私……!! あなたの子供が欲しいんですっ!!」

 

 

 

 ウィズから一切の表情が抜け落ち、ベルディアが扉をぶち破って家から逃げ出した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。