このすば*Elona   作:hasebe

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第70話 ウマい! これはあなたの好きな……

 一昨日とは別の意味で台風が吹き荒れた次の日の朝。

 早朝特有のひんやりとした空気の中、あなたとウィズがゆんゆんの宿泊している宿の前に赴くと、既に彼女はそこで待っていた。

 そわそわと髪の毛を弄ったり服装を気にしたりと、ゆんゆんはまるで落ち着きが無い。

 先日の大暴走もあって非常に緊張しているようだ。

 

 可愛らしい年頃の姿にウィズがくすりと微笑み、待ち人であるあなたがゆんゆんの名前を呼ぶと、彼女はビクリと身体を震わせ、あなた達の方に向き直ったかと思うと、そのまま深く頭を下げて謝罪してきた。

 

「お、おはようございます! 昨日は本当にお二人にとんだご迷惑を……!」

「だ、大丈夫です、ゆんゆんさん、私はもう大丈夫ですから……! 私も色々とすみません……!」

 

 顔を赤くして涙目なウィズが早くもいっぱいいっぱいになりかけているので、あまり昨日の事には触れないであげてほしい。

 自業自得ではあるのだが、ウィズはベルディアと話を聞きつけてきたバニルから死体蹴りをさんざん食らった後、丸一日かけてようやく精神をリカバリーさせる事に成功したのだ。

 布団に引き篭もった彼女はキッチンにも立てない可愛い有様で昨日は久しぶりにあなたが腕を振るったくらいである。

 自分も普通の食事がいいと嫌がるベルディアには祝福されたストマフィリアを無理矢理口に詰め込んでおいた。彼は口の中を満たす濃い草の味とパンパンになった胃袋に泣いて喜んでくれたが、残りは帰ってからだ。

 

「そんな、私のせいで……!」

「いやいや、私が……!」

「私が……」

「私……」

 

 一歩も引かずにぺこぺこと頭を下げ続ける二人のアークウィザードは本当に似たもの師弟である。

 仲がよくて大変結構な事だが、このままだと出発できないので適当な所で切り上げておく。

 

 足元に転がっている荷物の数々を見るに、ゆんゆんの準備は万端のようだ。

 待ち合わせの時間には遅れていないが、来た時の落ち着かない様子といい、もしかしたらかなりの時間待たせてしまったかもしれない。

 彼女の事なのでかなり待っていそうだ。

 

「だ、大丈夫です、私も今起きたところですので!」

 

 それを言うのなら今来た所ではないのか。

 突拍子の無い事を言うゆんゆんに軽く笑いつつ、見送りに来てくれたウィズに別れの挨拶をする。

 

 そう、今回ウィズは留守番である。

 ポーション作成が板についてきた彼女はそう何度も本業の魔法店を留守に出来ないし、何より今回の相手もハンスと同じ魔王軍だ。

 幹部も投入してきているという話なのでウィズを連れて行く事は出来ない。

 

「行ってらっしゃい。どうかお二人とも身体に気をつけて無事に帰ってきてくださいね?」

 

 少しだけ寂しそうに微笑みながらひらひらと手を振るウィズに見送られ、あなたとゆんゆんはテレポートの光に包まれる。

 

 ――お願いですから、私を独りにしないでくださいね。

 

 別れ際、じっとあなたを見つめるウィズがそんな事を言った気がした。

 

 

 

 

 

 

 テレポートで転移したあなたの先に待っていたものは青を基調とした美しい街並み。

 あなたとゆんゆんは再びアクシズ教徒の総本山であるアルカンレティアへやってきたのだ。

 あなたがテレポートを登録したのは街の外れなので外はすぐそこである。

 

「えと……それじゃあ行きましょうか」

 

 まだ少しだけ気まずそうなゆんゆんに頷き、あなたは一歩を踏み出した。

 外ではなく水と温泉の都、アルカンレティアの方に。

 

「え、あの、どうしたんですか? 紅魔の里はそっちじゃありませんよ?」

 

 里ではなく街の方に進んでいくあなたにゆんゆんがおずおずと問いかけてきた。

 

「あ、もしかして何か入用だったんですか? アルカンレティアでしか買えないものが必要だったり……」

 

 似たようなものである。

 しかし準備不足というわけではなく、あなたはここで馬車を借りる予定なのだ。

 ゆんゆんは徒歩で行くつもりだったようだが、わざわざそうする理由も無いだろう。

 

「馬車ですか? 紅魔の里には乗合馬車は出てませんよ? 商隊で行けないくらい危ない場所ですし、紅魔族の皆はテレポートで自由に移動出来ますから」

 

 知っているとあなたは頷いた。なので馬と馬車だけを借りる。

 あなたはノースティリスで馬の扱いは慣れているし、ハンスと春一番の賞金も入ってきた。

 脱税したので金もある。危険なモンスターはあなたが蹴散らしていく。

 

「脱税したので金はあるって眩暈がしそうな台詞ですよね……」

 

 目的地までの距離は徒歩で二日。

 馬より速く走れるあなたであればそう時間はかからない距離だが、高レベルとはいえ速度が人並みなゆんゆんでは一苦労だ。

 道先案内人のゆんゆんがおんぶで移動したいというのであればそれでもいいのだが。

 

「それは恥ずかしいので勘弁してください……」

 

 先日の爆弾発言の方が数百倍恥ずかしいのでは、と思ったが、内気で恥ずかしがりやの少女に過度な死体蹴りを行わない(なさけ)があなたにも存在した。

 

 そんなわけで紅魔族の里まで馬車を借りる為、あなたはゆんゆんと共にアルカンレティアの中を進む。

 前回来た時からそう時間が経っていないので当然だが、アルカンレティアは相変わらず人気の多いにぎやかな街だ。

 ハンスを退治した事で街を悩ませていた毒物騒ぎも終わり、水と温泉の都は本来の活気を取り戻している。朝風呂を堪能していたと思わしき観光客の姿もちらほらと見受けられる。

 

「おお、アルカンレティアを汚さんとする卑劣にして邪悪なデッドリーポイズンスライムに相対するのはアクア様の加護の元、死をも恐れぬアクシズ教徒と頭のおかしい狂気のエレメンタルナイト、そして……」

 

 路上で詩人が詠っていたのであなたは小銭を投擲した。

 中々いい歌声だ。おひねりをくらえ。

 

「ドゥブッハァ!!」

 

 あなたがこっそりと、しかし高速で放ったおひねりは見事に額と腹部に直撃。なお詩人は怪我一つ負っていない。

 みねうちを使わずとも人体を爆散させないあなたの手加減は最早匠の域だ。

 

「あれ? あそこの詩人さんどうしたんでしょうか。頭とお腹押さえてますけど」

 

 長時間の発声で頭痛がしているのだろう。軟弱な。

 腹痛は朝食の食べ過ぎに決まっている。そういう事にしておく。

 

 詩人を意識から消し去って街中を流れる水路に目を向けてみれば、透き通った綺麗な水が朝日を反射しており、あなたの目と心を楽しませる。

 なんと両手両足に手錠をかけられてどんぶらこと流されていくゼスタのオマケつきだ。

 

「えっ……えっ!?」

 

 朝っぱらから衝撃的な物を見たゆんゆんは目を白黒させて混乱している。さもあらん。

 こちらに気付いたゼスタと目が合ったので手を挙げて挨拶しておく。

 

「おはようございます。ようこそアルカンレティアへ」

 

 拘束された両手を挙げたゼスタはそのままあなたの隣に目をやると、くわっと目を見開いた。

 その視線の先にはゆんゆんのピンクのミニスカートが。

 

「ぬっ、ぬぬぬぅ……! 逆光でよく見えないっ……! いやしかしこのギリギリ感も焦らされているようでまた……あ、あともう少し……!」

「……きゃあっ!?」

 

 ゼスタはゆんゆんのスカートの中を覗こうと彼女の下半身を必死の形相で凝視している。

 あまりに堂々としたセクハラに感心しつつあなたはゆんゆんを後ろに下げた。

 今日のゆんゆんはスパッツを着用しているので覗いてもパンツは見えないが、それとこれとは話が別だ。多感な年頃のゆんゆんはいい気はしないだろう。

 なおこれがウィズだった場合はあなたは躊躇無くゼスタに石を抱かせて水底に沈めた後に水路に最大出力の電撃魔法を流していた。当然である。

 

「ちっ……なんだ、スパッツでしたか……私はまたてっきりニーハイで肌色天国(絶対領域)が隠れているものかと……こほん。あっ、こらっ、石をぶつけるのは止めなさい! いいんですか、そんな事をしようものなら私は断然悦ぶのですが!! いいぞもっとやれ!!」

「変態っ! 変態っ!!」

「御褒美です! 御褒美です!!」

 

 真っ赤な顔で涙目のゆんゆんから石をぶつけられつつ高らかに笑うゼスタは朝っぱらからとても元気だ。

 女神アクアを信仰する彼の事なので水の中にいるとテンションが上がるのかもしれない。

 いつもの事だった。

 

「ところで話は変わりますが、お手すきでしたら私を引き上げていただけませんかな? この陽気の中赤子のようにアクア様の素晴らしさが感じられる水の中をたゆたうのも決して悪くないのですが、このままですと仕事もままなりませんので」

「…………」

 

 言葉には出さずとも凄まじく嫌そうな顔をするゆんゆんと共に水路からゼスタを引き上げ、ついでにロックピックで手錠を外しておく。

 若干複雑な構造だったが、鍛え上げたあなたの鍵開けスキルの敵ではない。

 

「ふう、ありがとうございます。ところで邪悪なエリス教徒達が大金を隠している金庫を開けてアクシズ教徒に寄進する慈善事業に興味はありませんかな? ……無い? それは残念」

 

 呼吸するように強盗を勧めてくる宗教団体の最高責任者。

 彼らはエリス教徒に何をやっても女神エリスに許されると知ったらどうなってしまうのだろう。

 言わないが。言わないがやってみたくはある。

 

「……ところでどうしてあんな事に?」

「いえ、私は先日女性信者のパンツを頭に被って寝ていたのですが、起床の際にパンツを被っていた事をさっぱり忘れていたせいでそのまま仕事に出てしまい、パンツを盗んだ本人にバレてしまいまして。いやはや全くお恥ずかしい」

「もう一回縛って水路に落としませんか? 私も手伝います」

「はっはっは、冗談を言う元気があって何よりですな」

「本気ですけど」

 

 あなたの袖を引っ張るゆんゆんの目は据わっていた。

 実に遠慮が無い。

 

「さて、お二人は本日は何の用事でアルカンレティアに? 入信ですかな?」

 

 あなたが紅魔族の里に向かう途中で寄った旨を告げると、ゼスタはふむ、と顎に手を当てた。

 

「現在紅魔族の里は魔王軍の幹部が襲撃しているという話です。それにここから紅魔族の里は徒歩で行くには少し距離がありますぞ?」

 

 勿論知っている。

 故に馬車を借りようと思っているのだ。

 金ならあるので足が速い馬を借りられる店があれば教えて欲しいとあなたが頼むと、ゼスタは笑って頷いた。

 

「左様でしたか。それでしたら当教会が保有している馬がこの街においては最も健脚を誇っているでしょうな。あなた方はアクシズ教徒ではないので流石に無料とはいきませんが、現在使う用事はありません。必要であれば相場の代金でお貸ししますよ」

 

 予想外の申し出にあなたは少し驚いた。

 非常に助かる話だが本当にいいのだろうか。

 

「いえいえ、この程度ならお安い御用ですとも。あなたは異教徒ですがエリス教徒ではありませんし、先のハンスの件や()()()もあって大変お世話になっていますからな。お二人の旅路にアクア様の御加護があらん事を」

 

 アクシズ教団の最高責任者はそう言って、聖職者の名に相応しい笑顔であなた達に笑いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ゼスタが手配してくれた馬車に乗ってアルカンレティアを出たあなた達は、一路紅魔族の里に向けて馬車を走らせていた。

 まだ人里に近く、街道もキチンと整備されている地域だからか、モンスターは一匹も見かけていない。

 

 さて、あなたがアクシズ教団に借りた馬車は二頭仕立ての二人乗りという小ぢんまりしたものだった。

 御者席にあなたが座り、ゆんゆんはその後ろにちょこんと行儀よく座っている。

 

「あの、あなたは彼らとどんな裏取引を? 本当に大丈夫なんですか? 紅魔族も避けて通る事で有名なアクシズ教徒ですよ?」

 

 裏取引とは随分とご挨拶な物言いだ。

 アクシズ教徒ではないゆんゆんには詳細は話せないが、これはそこまで大それた話ではない。少なくともあなたにとってはちょっとしたお使いを頼まれているだけである。

 一方のアクシズ教団にとっては非常に重要な事だが。

 なので聞きたかったらアクシズ教徒になってからにしてもらおう。

 

「止めておきます」

 

 ゆんゆんはきっぱりと言い切った。

 

 

 

 ちなみにお使いの具体的な内容だが、あなたが行っているのはアクシズ教団の作った秘蔵の御神酒(おみき)の代理奉納だ。

 前々からあなたはアンデッドであるベルディアを見逃してもらう代わりに定期的に女神アクアに酒を奉納しているわけだが、その酒の中に最近になってアクシズ教徒がこの街で作っている最高級品が紛れ込むようになった。

 

 勿論アンデッド云々についてはあなたは話していない。

 自分が恩返しの為に女神アクアに定期的に酒を贈っているという事を同じ狂信者であるゼスタに教えただけだ。当然彼は目を光らせて激しく食いついてきた。

 

 アルカンレティアは水の都。当然酒造も盛んに行われている。綺麗な水で作る酒はあなたも堪能させてもらった。

 そしてお酒が大好きな女神アクアを信仰するアクシズ教徒の酒造所としては彼女に自分達が作った御神酒(おみき)を奉納して美味しく飲んでもらう事は大いに名誉な事であり、彼らの長年の悲願でもあった。

 しかし彼らは下界に遊びに来た女神アクアをこっそりと見守っているので、街を救ってくれた恩人として扱っても女神扱いは出来ない。大っぴらな御神酒の奉納などもっての他だ。

 

 そこであなたの出番である。

 

 日頃から女神アクアに酒を贈っているあなたが彼らの代理人になれば、アクシズ教徒の健気な思惑を知られずに御神酒を飲んでもらえるという寸法である。

 あなたは異教徒なので女神アクアからこれはアクシズ教徒からのお酒ではないか、と疑われる事も無い。

 この場合()()()()()()かは全く重要ではない。()()()()()()かが重要なのだ。

 

 女神アクアは自分の信者が作った美味しい酒が飲める。

 アクシズ教団は女神アクアに御神酒を奉納出来る。

 あなたは若干とはいえ出費が減る上に彼らに喜んでもらえる。

 

 誰も損をしない素晴らしい善行だと言わざるを得ない。あなたのあまりの善人っぷりに観客も総立ちだ。

 

 良い事をすると気分がいい。風を感じながらあなたは満足げに頷く。

 自分で走る時ほど速度は出ずとも、馬車に揺られて風を切るのはこれはこれで悪くないものなのだ。

 

「あ、あの、ところで少し速すぎる気が……そこまで急いでもらわなくても、というか危ないですし、馬も潰れちゃいますよ?」

 

 はて、馬とはこんなものではないだろうか。

 むしろ若干速度が物足りないくらいだ。

 しかし借り物の馬が潰れるというのはよろしくないので、あなたは馬を落ち着かせるべく手綱を操る。

 何故か加速した。

 

「ちょ、速い! 速いですから! もう少しゆっくりお願いします!」

 

 揺れが激しくなり、馬車にしがみ付いて涙声のゆんゆんにあなたは振り向いてこう言った。

 馬が言う事を聞かない。

 

「……え、ちょ……ええええええええええええ!?」

 

 あなたは馬車と同時に餞別として、アルカンレティア一帯の地図など幾つかの荷物を渡されている。

 その中の一つに、馬の好物が入っているのでいざという時はこれを使ってみてくださいとゼスタが渡してきた小袋がある。

 あなたはそれを出してもらうように頼んでみた。

 

「わ、分かりました! ……えっと、これかな」

 

 背後でがさがさと紙を開く音がした。

 好物と言っていたのであなたは馬の好きな餌かと思っていたのだが。

 

「アクシズ教への入信書!? え、これだけ!? 嘘でしょ!?」

 

 それで馬をどうしろと。

 

「そ、そういえばアルカンレティアでは馬ですらも洗脳されていて、アクシズ教徒の言う事しか聞かないって聞いた事が……!」

 

 ゆんゆんの悲鳴を聞いてあなたは苦笑した。

 つまり馬に言う事を聞かせたければサインして入信しろという事だ。

 手段を選ばないゼスタのイタズラ心には参ったものである。

 

 幸い馬は息も切れていないし、まだまだ元気いっぱいのようだ。

 あなたが止まる気がないなら気合を入れろと数度鞭を入れると、二頭の馬は更にグンと速度を上げた。加速する分には言う事を聞くらしい。

 

「なんで!? なんで鞭入れちゃったんですか!?」

 

 アクシズ教徒に育てられてきただけあって根性のあるいい馬だ。

 ノースティリスで育てられている馬の品種であるサラブレッドよりも足が速い。

 ティラノサウルスとほぼ同速といったところか。

 

 大地を駆け抜ける二頭の駿馬を見ながら思う。

 捌けばさぞ美味い肉になる事だろう。

 

 それにそろそろ朝食の時間だ。

 馬肉には癖があるので苦手とする者もいるが、ゆんゆんはどうだろうか。

 馬肉はとても美味しい上に精が付くと、冒険者にとって良い事尽くめである。

 馬としての品質を考慮しなければ繁殖力も高く、駄馬をノースティリスでも牧場で育てている者は多い。

 

「このタイミングでそんな話するんですか!? というか馬肉!? この子を食べるんですか!? この子達は食べちゃ駄目ですよ!?」

 

 ゆんゆんの叫びに馬がビクリと震えて足並みが乱れた結果、爆走していた馬車は減速を開始する。

 言われなくても借り物を食べたりはしないとあなたは笑った。

 この活きのいい馬を見ていたら馬肉が食べたくなっただけである。

 

 焼く、蒸す、茹でる、揚げる、生け作り。

 ゆんゆんに好みの料理法があれば注文に応えるが。

 

「駄目ですよ!? 絶対に駄目ですからね!?」

 

 理由は不明だが、その後の馬はだいぶ大人しくなって普通にあなたの言う事を聞くようになった。

 暴走をやめてしまったのであなたとしては甚だ物足りなかったのだが、ゆんゆんはこれくらいが丁度いいと安心していたのでよしとする。

 

 

 

 

 

 

 すっかり聞き分けがよくなってしまった馬を操りながら、ウィズが作ってくれた弁当を堪能する。

 昨日は夕飯を作れなかったので朝食と昼食の二食分を用意してくれたのだ。勿論ゆんゆんの分も用意してある。ウィズの良妻っぷりが凄まじい。

 

 モンスターにも遭遇しない退屈な道中を紛らわせる為、食事をとりながらゆんゆんと世間話を行う。

 実はこれまでウィズを介さずに二人きりというのは意外に少なかったあなた達だが、これまでの積み重ねもあってか会話はそこそこに弾んだ。

 

 とはいっても語り手はもっぱらゆんゆんで、あなたは聞き手に回ることが殆どだったのだが。

 話の内容はこれから向かう紅魔族の里の事や昔の思い出話などなど。

 彼女は紅魔族の変わった人たちや風習、見所を一生懸命教えてくれた。

 

 そんな中、あなたが操る馬を見ながらゆんゆんはこんな事を言った。

 

「この前スロウスさんに言われたんですけど、やっぱり一人前の冒険者なら騎獣を持ってた方がいいんですか? あなたはどう思いますか?」

 

 持っていた方が移動や冒険者活動に有利になるのは確かだろう。

 ゆんゆんのようにソロで活動している冒険者にとって、彼らは心強い味方になってくれる筈だ。

 

「わ、私は好きでソロ活動をしているわけでは……それに私は宿暮らしですし、お世話も出来る気がしないんです」

 

 ならば契約して必要に応じて呼び出せばいいとあなたは提案した。

 現にあなたの仲間は高位魔獣と契約している。

 

「ベアさんがですか? しかも高位魔獣と契約だなんて……」

 

 興味津々のゆんゆんだが、ベルディアが地獄の首無し馬であるコクオーと契約しているように、この世界にもモンスターや動物を従える職業は存在する。

 流石にノースティリスと違って人間を支配(テイム)するスキルは無いようだが。

 

 ゆんゆんの言っている騎乗用の魔物としての有名どころはグリフォンやユニコーンか。

 そんな彼らの中でも最も有名な存在といえばドラゴン使いだろう。

 

 ノースティリスと同じく、この異世界においてもドラゴンは最も有名な魔物だ。

 冒険者は勿論の事、一般人の子供だって知っている。

 その力はワイバーンのような亜竜とは比べ物にならず、ドラゴンを倒した冒険者にはドラゴンキラーの称号が与えられるほどに強い。

 長い年月を生きたドラゴンともなれば城ほどの巨躯を誇るものすら存在し、個体によって様々な種類のブレスを吐き、生半可な武器や魔法を弾く頑強な鱗、鋼鉄を紙のように引き裂く爪と牙を持つ。

 

 ……つまるところ、ドラゴンを毎日毎日終末狩りで乱獲しているベルディアは本当に強いのだ。毎日毎日終わる事の無い地獄のレベリングを続けてきた彼を一対一で止められるのは最早玄武や冬将軍のような超級の存在だけだろう。

 ちょっと近隣に存在する比較対象が廃人級の力を持つリッチーだったり神々と敵対する大悪魔しかいないのが悪いだけだ。

 

 あとドラゴンは肉がとても美味しい。

 終末産の竜の肉はあなたもウィズもベルディアも大好物である。

 高レベルになればなるほど味が良くなるのであなた達は最高レベルの竜ばかりを食べている。

 骨も血も内臓も皮も鱗も良質の素材になるので無駄な部分が無い。

 実に素晴らしい生き物だ。

 

 そんな圧倒的知名度を誇る最強の生物であるドラゴンを己の意のままに使役し従える者。それがドラゴン使いである。

 数々の物語にも登場する彼らは人と竜という本来相容れない関係であるにも関わらず、硬い絆で結ばれており、いざ戦いとなれば相棒であるドラゴンの背に乗って大空を駆ける戦場の支配者となる。

 

 各種スキルで竜の力を最大限以上に引き出し、熟練のドラゴン使いともなれば竜と深く結びつく事によりその身に竜の力を宿す事もできる。

 誰もがなれるわけではない、選ばれた職業。それがドラゴン使いだ。

 

「いいですよねドラゴン使い。私も里にいた頃に沢山のドラゴン使いのお話を読みました。ドラゴンの背中に乗るのって凄く憧れちゃいます。お話の中の人みたいに鳥みたいに大空を飛べたらなあって」

 

 青空を見上げつつ、目をキラキラと輝かせて夢を語る紅魔族の少女に大変微笑ましい気持ちになったあなたは竜の背に乗って大空を飛ぶドラゴンライダーゆんゆんの姿を夢想する。

 

 ――我が名はゆんゆん! やがて紅魔族の長となるアークウィザードにして竜と心を通わせるもの!

 

 中々いいのではないだろうか。

 機動力のある魔法使いの有用性など一々語るまでも無い。

 あなたは好みの属性の竜はいるのか尋ねてみた。

 

「好みの属性の竜ですか? えっと、そうですね。私は雷の魔法が得意なので、やっぱり自分と同じ雷を操るドラゴンがいいかなって……」

 

 なるほど、確かに相性は良さそうだ。

 今度雷竜の生息地を調べておこう。博識なウィズに聞くのもありだろうか。

 ゆんゆんの話を聞きながら、あなたはこっそりそんな事を思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 日が高く上り、行程も半ばほどを過ぎた頃、林を抜けて岩場に差し掛かった所であなたの気配感知に何かが引っかかった。

 モンスターの襲撃だろうか。ゆんゆんにも周囲を警戒するように指示しておく。

 馬車から降りて警戒しながら進むあなた達だったが、気配の主を見つけたのはゆんゆんだった。

 

「……あの、あそこに誰かいます」

 

 彼女は何か、ではなく誰かと言った。

 アルカンレティアからも紅魔族の里からも離れているこんなところに誰がいるというのか。

 

 疑問を覚えつつあなたが指の先に目を向けてみれば、数多の転がっている岩石の一つ、その上に緑髪の少女が腰掛けていた。

 花の髪飾りを付けた華奢で可憐なその少女はあなた達に気付いているようで手を振っている。

 

「こんな所にどうして女の子が……あっ、怪我してますよ!?」

 

 少女はこの岩場の中裸足で左の足首と両腕に血が滲んだ包帯を巻き、それをチラチラと見て痛そうに顔を顰めている。

 そして上目遣いであなた達を見つめてきた。

 

「なんて酷い怪我……! 早く治療してあげないと!」

 

 馬車に駆け込んで荷物からポーションを取り出したゆんゆんを止めると、案の定彼女は食って掛かってきた。

 

「ど、どうして止めるんですか!? 一刻を争うかもしれないんですよ!? ポーションなら沢山持ってきてますから!!」

 

 各地の図書館でモンスター図鑑を見て学んできたあなたは知っている。

 人の姿をしたあれがれっきとしたモンスターだという事を。

 着ている緑色のワンピースも、血が滲んだ包帯も全ては擬態でしかない。

 

「も、モンスター? え、だってどう見ても……」

 

 確かゼスタから渡された地図に、近隣のモンスター情報が載っていた筈だ。

 あなたはそれを取り出し該当する項目をゆんゆんに読ませた。

 

「あ、安楽少女……あれが……?」

 

 地元の者なだけあって、名前を聞いた事はあるようだ。

 悲しそうな顔であなた達を見てくる少女型モンスターの視線に痛ましい顔をしつつ、ゆんゆんはその内容を読み上げる。

 

「えーと……安楽少女とは人の形をした植物型モンスターである。物理的な危害を加えてくる事はないが、通り掛かった旅人に対して強烈な庇護欲を抱かせる行動を取り、その身の近くへ旅人を誘う。その誘いは抗い難く、一度情が移ってしまうとそのまま死ぬまで囚われる……」

 

 そこまで読んでゆんゆんが泣きそうな顔になった。

 安楽少女は高い知能を持っているのではないか、と識者の間では考えられているが実際は定かではない。

 ただその危険性から発見次第駆除する事を推奨されているモンスターだ。

 

「旅人がこのモンスターの傍にいる間は、酷く安心した笑みを浮かべるため、とにかく離れる事が難しい」

 

 説明に習ってあなたが安楽少女に近寄ると、その緑髪のクリーチャーはあなたに向かって安堵の笑みを浮かべる。

 まるで大好きな主人が帰宅した時の子犬のような笑みだった。

 

「一方で離れようとすれば泣き顔を見せる」

 

 あなたが一歩後退するとしゅん、と瞳を潤ませ始めた。

 飼い主に捨てられた子犬のような目だ。

 

「善良な旅人ほどこのモンスターに囚われるので注意していただきたい……」

 

 善良な冒険者であるあなたは安楽少女に上目遣いで見つめられながら前進と後退を繰り返す。

 笑顔に泣き顔にと表情がコロコロ変わって見ていて面白い。

 

「た、退治……? あの子を……? だって、あんなに可愛いのに……?」

 

 そうこうしているとやがて安楽少女が泣き出しそうになるのを必死に堪える笑顔で、ゆんゆんにバイバイと手を振った。

 

「む、無理っ!! そんなの出来るわけないっ!!」

 

 ゆんゆんは地図を放り投げて安楽少女に駆けて行ってしまった。

 あなたは地図を拾って続きに目を通す。

 

 そこには、安楽少女に一度でも囚われるとそのままそっと寄り添ってくるため、跳ね除けるのは極めて困難であると書かれていた。

 

 

「はわわわわ……!」

 

 安楽少女は傍に近寄ったゆんゆんを淡い期待を込めた目でじっと見つめている。

 

 ――ひょっとして、傍にいてくれるの?

 

 そう言いたげな、うるうるとした瞳で。

 激しい葛藤に苛まれているゆんゆんが震えながら手を伸ばすと、安楽少女は差し出された手をおずおずと握った。

 

「オネエチャン……アリガト……」

「…………しゃ、しゃべっ!?」

 

 安楽少女が口を開き、ゆんゆんの頭が衝撃にぐらりと揺れた。

 

「オネエチャン……アッタカイ……」

「う、うわあああああっ!!」

 

 叫びながら安楽少女をギュウっと抱きしめる善良な紅魔族の少女。

 教育の一環で即殺とみねうちを控えていたあなただったが、やはりゆんゆんには荷が重い相手だったようだ。

 現役時代のウィズは良心を痛めながらも普通に殺していたらしいのだが。

 

「アハハ……オネエチャン、クスグッタイヨ……デモ……ウレシイナ……ワタシハモンスターダカラ……イキテイルト、ミンナノメイワクダカラ……」

「ま……守るから! 私は世界中の誰からもどんな出来事からも、あなたを守るから!! 絶対に、絶対に私が守ってみせるからそんな迷惑だなんて、悲しい事言わないで!!」

 

 ガクガクと震えながらゆんゆんはとても感動的な台詞を言い始めた。

 そういうのは愛する家族や紅魔族の同胞に言ってあげてはどうだろうか。

 

 わざわざ初対面のモンスター相手に言わなくてもいいだろうに。

 近年稀に見る即落ちっぷりだ。

 本当にチョロすぎてこの先のゆんゆんの人生が心配になってくる。

 

 

 呆れながらあなたは再び詳細に目を通す。

 内容はおおむねあなたが知るものと同一だった。

 

 

 一見すると危険の無い安楽少女だが、彼女達に寄り添い続けて腹を空かせた旅人に自らに生えている実をもぎ取って分け与える習性を持っており、これが非常に危険なのだ。

 実は非常に美味で腹も膨れるらしいのだが、栄養素はほぼゼロなのでどれだけ食べても痩せ細っていく。更に旅人は自らの実をちぎって差し出すといういじらしくも健気で愛らしい少女の姿に、良心の呵責からやがて食事すらとらなくなり、栄養不足で死に至る。

 仮に良心の呵責に打ち勝って安楽少女の実を食べ続けたとしても、その者は実に含まれている成分で神経に異常をきたし、空腹や眠気、痛み等身体への危険信号が遮断される。そうしてやがて寄り添う少女と共に夢見心地で衰弱して死んでいくのだ。

 その習性が広く知られるようになった今でも年老いた冒険者や重病人が安らかな死を求め、このモンスターの生息地へ向かう例も多数見られる事などが、彼女達が安楽少女と呼ばれる所以である。

 

 

 とまあ、安楽少女とはこういう存在なので、このまま放置しておけば十中八九ゆんゆんは死ぬだろう。

 見捨てるつもりは無いが、どうしたものやら。

 

 高レベルモンスターが生息する地域のモンスターである安楽少女が持っている経験値は多いだろう。

 最近レベルが上がったばかりのあなたはともかく、ゆんゆんが仕留めればレベルアップするかもしれない。

 

 最も手っ取り早いのはみねうちだ。

 あなたが安楽少女を半殺しにすればゆんゆんは反射的に安楽少女を殺すだろう。

 半殺しにされて苦しんでいるモンスターを救ってあげるために。

 しかし紅魔族の里ではこれから戦闘が待っているかもしれないというのに、彼女を再びガンバリマスロボにするというのはよろしくない。

 

「大丈夫、お姉ちゃんがずっと傍にいるから……! 大丈夫だから……!」

 

 あなたが処分方法に頭を悩ませているというのに無駄にゆんゆんの母性が全開である。

 人の形をしていても所詮は植物型のモンスターだというのに。

 

 ……そこでふと、あなたは閃いた。

 

 安楽少女は植物型モンスターだ。

 植物型モンスター。

 植物型。

 植物。

 

 あなたは試しに連れている二頭の馬に目配せした。

 馬は軽く嘶くと、あなたの指示に従って安楽少女に歩み寄って行く。

 

「オウマサン……? ウフフ、クスグッタイヨ……」

 

 フンフンと安楽少女の緑髪の匂いを嗅ぎ始める二頭の馬。

 して、感想は。

 

 ――うーん、まあまあかな。干草よりはマシと思う。七十点。実はいらない。

 

 馬はそんな目であなたを見ている。

 七十点。安楽少女はそれなりの味のようだ。

 

 

 

 食ってよし。

 

 

 

「オウマサン? ドウシタノ……ッ!?」

 

 あなたが無言で合図を送ると、馬は勢い良く安楽少女の髪の毛に食いついた。

 ゆんゆんが悲鳴をあげる。

 

「ちょ、ちょっと待って! そんな事しちゃ駄目ぇっ!」

「オウマサ……ちょっ、いってえっ!? おい馬鹿止めろ! 食うな! 止めろ!!」

「えっ」

 

 突如、安楽少女が声色を変え、そのドスの入った低い声にゆんゆんが硬直した。

 一方で馬はその声を無視してもしゃもしゃと髪の毛を食み続けている。馬の耳になんとやら。

 必死に抵抗するが非力な安楽少女では鍛えられた馬をどうにかする事はできない。

 

「クソが! 止めろっつってんだろ! 調子ぶっこいてんじゃねえぞゴミが! アタシは確かに植物だけどお前らみてーな家畜の餌じゃねえっつーの!! そこら辺で雑草でも食ってろよこの下等な草食動物!! つーかおいさっさとアタシを守れよてめえクソジャリぶっ殺すぞマジで!!」

 

 緑髪のクリーチャーの本性など所詮はこんなものだ。

 馬に口汚い罵声を飛ばし続ける安楽少女を尻目に、あなたは途方に暮れているゆんゆんの頭をぽんぽんと優しく叩いて慰める。

 少女は世間の厳しさを知ってまた一つ大人になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 十秒後、ゆんゆんのレベルが38になった。


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