このすば*Elona 作:hasebe
70話の前書きを読んでいない人は読んどいてください。
見晴らしと足場の悪い岩場地帯を足早に抜けると、今度の地形は平原だった。
木や岩といった遮蔽物が何も無い、見渡す限りの広大な緑色の絨毯が広がる中に、石造りの街道が灰色という名の彩りを添えている。
馬を止めて地図を広げてみれば、この平原の先に森があり、更に森を抜けた先、平原の入り口からでもうっすらとだが見えている高い山の麓が紅魔族の里となっているようだ。
空を見上げれば太陽は傾き始めたとはいえまだまだ高い場所にあり、序盤の爆走もあってこのペースならば今日中に目的地に到着できるだろう。
しかし万が一という事もあるし予想外の事態など旅には付き物だ。
ゆんゆんを引率しているあなたに夜襲し放題のこの場で野宿する気は無い。
あなたは少しだけペースを上げると後部座席のゆんゆんに声をかけた。
「…………はーい」
気の無い返事が聞こえたので振り返ってみれば、ゆんゆんは魂が抜けた表情で呆然と青い空を見上げていた。
本性を顕にした安楽少女とは名ばかりの邪悪なモンスターをその手で始末してからというもの、彼女はずっとこの調子だ。
ガンバリマスロボにはならなかったようだが、初めてペットの少女が井戸に落ちて死んだ時の自身のような姿にあなたも懐古の念を禁じえない。
あなたが冒険者になる前から共に在り続けた以外に特筆すべき事は何も無い、探せばどこにでもいるような平凡な少女。
ゆんゆんのような特別な生まれでもなく、ウィズのような眩い素質も持たず、たまたまノースティリスに渡る前にあなたのペットになり、その後もあなたと苦楽を共にし続けただけの、今はあなたのペット達のリーダーである普通の少女。
この世界に迷い込み、彼女達と会わなくなって一年以上が経った。
ペット達は今頃どうしているだろうか。
ふと、そんな事を思った。
郷愁に駆られる事こそ無かったが、それでもあなたは馬車に揺られながら目を瞑り、暫しの間仲間達に思いを馳せるのだった。
■
さて、アルカンレティアからここまでモンスターらしきモンスターとは遭遇しなかったあなたはこのまま最後まで平穏に過ごせると思っていたのだが、やはり世の中はそうそう甘くないようだ。
場所は平原を四分の一過ぎた辺り。
生い茂った草が穏やかな風に靡く中、引き返しても進んでも隠れる場所など存在しない所でそれは来た。
気配感知の範囲内に引っかかる前にあなたが感じ取った微かな視線、そして鋭い敵意の主が指し示す場所は遥か上空。
数は一。彼方から明確にこちらを狙っている何者かは確実に鳥ではない。
「…………!」
敵襲を告げるあなたの声に顔色を変えたゆんゆんが反射的に空を見上げ、自身に向けられた敵意を敏感に感じ取った馬がピクリと反応した。
地図に記されたモンスターの情報を全面的に信じるならば、この地域一帯で飛行可能なモンスターはただ一種のみである。
自身が気付かれた事を感じ取ったのか、最初は空に浮かぶごくごく小さな黒点に過ぎなかったそれは少しずつその姿を顕にしていく。
ドラゴンほどではないにしろ、上級モンスターとしてかなりの有名どころであるそのモンスターの名は……。
「グリフォン……!」
数々の強力なモンスターが揃うこの地域における絶対王者の登場に、ゆんゆんがごくりと喉を鳴らした。
巨大な鷲の上半身と獅子の下半身を持つグリフォンは、時にドラゴンですら退けるという極めて獰猛かつ強力なモンスターである。
しかし本来であれば紅魔族の里の先にあるような山岳部が生息域である為、アルカンレティアから紅魔族の里にかけての発見例は非常に少なく、遭遇する事は滅多に無いレアモンスターと書かれていた。
そんな物に狙われるとは運が良いのか悪いのかは不明だが、ゆんゆんもあなたも相手の狙いはとっくに分かっていた。
何故ならグリフォンは馬の肉を特に好んで食すモンスターであり、現在あなた達はその馬に引かれて移動している真っ最中だからだ。大きく活きの良い二頭の馬はグリフォンにとって格好の獲物だろう。
馬とあなた達にプレッシャーを与えているつもりなのか、あるいは他のモンスターに自身の邪魔をするなと警告を放っているのか。
時折猛禽類特有の甲高い鳴き声をあげながら悠々と馬車を追ってくるグリフォンは、今の所あなた達に襲い掛かってくる気配を見せない。しかしまさかトチ狂ってお友達になりに来たわけではないだろう。
プレッシャーに耐えかねた馬が暴れ始めた途端、グリフォンは一気に急降下してくると思われる。
しかし流石はアルカンレティアでアクシズ教団に育てられた馬だけあって、自身がグリフォンに狙われていると理解しても馬車を引く力強さと足並みに乱れは無い。
これが凡百の駄馬であれば恐怖からとっくに泡を吹いて潰れていた事だろう。
実に頼もしい。肉にしたらどれだけ美味しくなるのか。
あなたが感心しながら二頭の馬の背中に熱い視線を送ると、車輪が石を踏んだわけでもないのに馬車が大きく揺れた。
何故か一瞬だけ馬の足並みが乱れたのだ。
グリフォンなど気にも留めていないと思っていたあなただが、それでも馬は繊細な生き物だ。実はあまり時間は残されていないのかもしれない。
「私が魔法で撃ち落とします! あなたはダニーとグレッグを!」
あなたが必死に馬を落ち着かせていると、ゆんゆんはそう言って馬車の後方から身を乗り出した。
なおダニーとグレッグとは馬車を引いている馬達の名前である。
「この距離なら……ライトニング!!」
ライト・オブ・セイバーと並んでゆんゆんが好んで使用する中級魔法の雷が真昼の空を迸るも、時に空の王者とすら呼ばれるそれはゆんゆんを嘲笑うかのように一鳴きしてそれを華麗に回避した。
まさかこうもあっさり避けられるとは思っていなかったのか、ゆんゆんの表情が驚愕に染まる。
「外れた……ううん、違う、避けられた……!?」
様々な要因で落ちる場所が変化する自然現象の雷と違い、魔法の雷であるライトニングは直線攻撃で術者が狙った場所に当たるため、その圧倒的な速度と中級魔法の中では高めの威力もあって数ある魔法の中で最も使いやすいものの一つに数えられている。
しかし狙った場所に当たるという事は、同時に魔法が放たれる直前に射線から動くだけであっさりと回避が可能という事を意味する。
グリフォンは獰猛だが賢く勘のいいモンスターだ。文字通りの雷速とはいえ、攻撃の瞬間の敵意を感じ取って回避するなど造作も無い。
「もう一回……ライトニング!」
彼女が放った二発目の雷は先と同様にするりと避けられ……その先で三発目に貫かれた。
ゆんゆんに一拍遅れてあなたが放った
愛剣による威力強化も魔力の強化も行わなかったので念の為に落下中に何度かライトニングで追撃してみたが、結果として数秒の後、馬車の後方からぐしゃりともぼきりともとれる耳障りな音が鳴った。
あなたが馬を止めて降りて近付いてみれば、全身から黒い煙を発している全長十メートルほどの黒こげの巨体が緑色のキャンバスに赤の絵の具を撒き散らしていた。
更に余程落ち方が悪かったのか、鷲の部分に当たる上半身は見るも無惨な姿になっている。冒険者カードを見てみれば、最新の討伐項目にはしっかりとグリフォンの文字が。
急ぎの旅なのでこの場で解体まで行っている暇は無い。
周囲には肉の焼けるいい匂いが漂っているので直に他のモンスターも寄ってくるだろう。
この有様ではどれだけ再利用が可能かは不明だが、あなたは後で解体すべくぐしゃぐしゃになったグリフォンの死体を丸ごと荷物袋に回収して馬車に戻った。
「す、すみません、お手数おかけしました……」
身体を小さくして申し訳なさそうに謝ってくるゆんゆん。
しかし元より里までの道中の露払いはゆんゆんではなくあなたの仕事だ。ちょっと魔法を外した程度でガタガタ文句を言う筈がない。
なので自分は気にしていないので次頑張ればいいとあなたは彼女を慰めた。
確かにグリフォンは強力なモンスターだが、雷属性の攻撃を弱点としている。
故に高レベルとなった今のゆんゆんであれば落ち着いて普段どおりの力を発揮すれば十分無傷で勝利する事が可能な相手だ。
それについてはウィズも保証しているので間違いないし、彼女はそういう教育をゆんゆんに施してきた。
恐らくゆんゆんは急ぎの用事の最中で高レベルの飛行モンスターに狙われるという状況から焦燥感に駆られ、その結果狙いが散漫になってしまったのだろう。
グリフォンクラスのモンスターは彼女が活動しているアクセルではまずお目にかかれないのだから無理も無い。
正確には今あなたが殺害したものよりも若く小さいグリフォンの個体が同じ高位モンスターであるマンティコアと縄張り争いをしていた時期があったのだが、事態を重く見たギルド側から依頼を受けたあなたに討伐されている。まだゆんゆんと出会う前の話だ。
■
それからも襲ってきたモンスターを時に蹴散らし、時に逃げながら進み、空が赤みがかってきた頃、ようやくあなた達は紅魔族の里が存在する森の入り口に到着した。
ここから先は視界も悪く、いつ魔王軍と戦闘になってもおかしくない。
奇襲を警戒して馬車を降りるあなたとゆんゆんだったが、ゆんゆんは森ではなく平原側を頻りに気にしている。
「良かった、もうオークは追ってきてないみたいですね……」
つい先ほどまであなたを追っていた魔物の名を呼び、ほっと安堵の息を吐くゆんゆん。
彼女は迫り来るオーク達をパラライズなどで一人で行動不能にしてきたのだ。
魔力もかなり消耗しているだろう。
あなたはゆんゆんが絶対にオークには手を出すな、紅魔族の未来の為にもここは自分に任せてほしいと何度も何度も釘を刺して懇願してきたのでオークの対処は彼女に任せていた。
……さて、この世界とイルヴァの生態系はある程度似通っているのだが、オークに関しては全くその限りではない。
まずイルヴァのオークは普通に雄と雌が存在するが、この世界の雄オークは絶滅してしまっており、現在は雌しかいない。
性欲絶倫な所は同じなのだが、この世界では先に雄オークが絶滅した結果、雌オーク達は他の種族の男達を性的な意味で襲って世代を重ね、優秀な遺伝子を取り込み続けた事で最早オークという名のよく分からない強力なモンスターと化している。
縄張りに入り込んだオスを問答無用で襲うため、魔王軍すらオークに関わらないと書けばどれほどのものかは伝わるだろう。紅魔族やアクシズ教団並の脅威度という事だ。
実際あなたが先ほど見たオーク達も猫の耳や犬の耳、背中に羽を生やしたり足に蹄があったり四本足だったり全身から鱗が生えていたり目が十あったりと多種多様な姿をしており、同じような容姿のオークは一匹たりとて存在しなかった。
まるでエーテル病の患者か、ノースティリスで遺伝子合成でもやってきたとしか思えない有様によくもまあここまで混ざったものだとあなたも感心させられたくらいである。
そんなオークは強いオスを本能的に察知する術に長けており、廃人であるあなたもまた餓えたオークのメス達に大変気に入られてしまった。性的な意味で。
あなたとしてはオークを皆殺しする事に躊躇は無かったのだが、ゆんゆんに強さを示せば示すほど際限なく興味を引くだけで、最悪魔王軍とオークの軍勢に紅魔の里が攻め込まれると言われたので彼女に対処を任せて手を出さなかった。
おかげでオークの縄張りである平原を抜けるまでにだいぶ時間を食ってしまったわけだが……。
「ですがここまで来れば紅魔の里はもう目と鼻の先です。森は自警団のような事をやっている人達が日頃から見回ってる場所ですから、本来であればあまり強いモンスターはいない筈ですが……今は魔王軍が攻めてきているという話ですので……」
「……おーい!」
声と共に森の中からあなた達の方に駆けてくるのは、黒いローブを纏った、めぐみんやゆんゆんと同じ黒髪赤目の青年だった。
青年はローブの下に黒色の全身服を着ており、両手には指先の無い手袋をはめている。
「靴屋の息子さんのぶっころりーさんですね」
ゆんゆんが小声で青年の事を教えてくれた。
やはり彼は紅魔族だったようだ。斥候だろうか。
「いえ、ぶっころりーさんは斥候とかそういうのではありません。魔王軍に対抗する遊撃部隊みたいな集団に所属している人で……」
駆けてくるぶっころりーに頭を下げながらゆんゆんは言葉を続ける。
「これはまだ私が旅に出る前の話なんですけど、その遊撃部隊っていうのは仕事にあぶれた職の無い暇を持て余した人達が勝手に名乗っていたものなんです。その辺の人達に何もやってないって見られないように、今日みたいに自警と称して里の周りをウロウロと……」
仕事が無いのであれば、ゆんゆんやめぐみんのように冒険者にでもなればいいのではないだろうか、とあなたは思った。
「私もそう思うんですけど……どういうわけか里を出たがらず、親元も離れないみたいで……」
郷土愛、というやつだろうか。
デストロイヤーを相手に逃げなかった冒険者達のような。
「う、うーん……もしかしたらそう……なのかも……?」
感心するあなたに向かって、ゆんゆんは曖昧に笑った。
そんな話をしていたとはいざしらず、ぶっころりーはあなた達の所にやってきた。
「こんな所に馬で来るなんて誰かと思ったらゆんゆんじゃないか。里帰りかい?」
「お、お久しぶりですぶっころりーさん。お父さんから紅魔族のピンチだと聞いて帰ってきました」
「……ピンチ? 族長が?」
不思議そうに首を傾げるぶっころりー。
「んー……まあそこら辺はゆんゆんが族長本人から直接聞いてみてくれ。ところでゆんゆん、そっちの人は? 君の冒険仲間かい?」
「い、いえ……その、この人は私がアクセルでお世話になってる人で……ちょっと変わってますけど、その……色々と親切にしてもらったり、本当にお世話になったり……」
彼女の話を聞いたぶっころりーはとても真剣な表情になり、いつぞやのめぐみんとゆんゆんの焼き増しのように、勢いよくローブを翻した。
「我が名はぶっころりー! 紅魔族随一の靴屋のせがれ! アークウィザードにして、上級魔法を操るもの!!」
例の紅魔族特有の自己紹介だ。
あなたもポーズこそ決めないが、彼らに習って似たような挨拶を返す。
「あ、やっぱり普通に返すんですね……知ってましたけど」
「おおおおおおおーっ!!」
あなたの挨拶を受けたぶっころりーは歓呼の声をあげた。
めぐみんとゆんゆんに同じ事をした時は割と普通の反応が返ってきたのだが。
何かおかしかったのだろうか。
「おかしいだなんてとんでもない! 素晴らしい、実に素晴らしいよ!」
ぶっころりーは興奮してあなたの手をぶんぶんと上下に揺さぶった。
「里の外の人は俺達紅魔族の名乗りを受けると微妙な反応をするんだけど、まさか君みたいな普通の人が俺達の風習に合わせた返しをしてくれるだなんて!!」
「普通の人……え、普通の人……?」
ゆんゆんはとても何かを言いたそうにあなたを見つめている。
何か言いたい事があるのであれば聞くが。
「いえ、なんでもないです……」
俯いてあなたから目を逸らしたゆんゆんをニコニコと笑ってみていたぶっころりーだったが、彼はふと何かに気付いたかのように一瞬だけハッとした真顔になり、すぐさまテレポートの詠唱を開始した。
「ゆんゆん、里の中では変わり者で浮いてた君も
「いい人……うん、そうですね。いい人です。ちょっと変わってる所もあるけど、彼はいい人ですよ」
恥ずかしそうに笑うゆんゆんにやっぱりそうだったか、と満足げに頷くぶっころりー。
紅魔族とノースティリスの冒険者は波長が合うという事だろう。
「さて、ここからだと里まではまだ少し距離があるからね。馬車と一緒に送ってあげるよ」
フレンドリーな紅魔族の青年は、そう言うと同時にテレポートの魔法を発動させた。
視界が不規則に歪むと共に慣れ親しんだ光に包まれ、木々しか無かった周囲の景色が一変する。
そうしてあなたがゆんゆんと馬と共に送られた先は、王都やアクセルのような賑わっている場所とは違う、森の中に作られた小さな農村といった雰囲気の集落だった。
魔王軍に攻め入られているという話にも関わらず、里の紅魔族の表情は穏やかなもので、のん気に欠伸をしたり談笑している者もいる。
里の入り口から見渡す限りでは里のどこかが壊れたり焼け落ちているという事は無く、とても戦争中だとは思えないのどかな光景が広がっている。
「…………私、帰ってきたんだ」
ぽつり、と。あなたの隣でゆんゆんが感慨深げに呟きを零した。
彼女が里を出てからまだ一年は経っていないという話だが、十四歳の少女が親元を離れて一人で生きていくには長い時間だっただろう。
「あの、一度私の家に行ってもいいですか? お父さんから話を聞いておきたいんです。ウチは大きいからこの子達も預けておけますし」
潤んだ瞳を腕で擦りながらそう言ったゆんゆんにあなたは頷いた。
ここで何をするにしてもまずは手紙の主である彼女の父親に詳しい話を聞いておくべきだろう。
ゆんゆんの実家である紅魔族の族長の家に向かおうとしたあなた達だったが、そのタイミングで背後にぶっころりーが転移してきた。
「紅魔の里へようこそ、外の人。ゆんゆんもよく帰ってきたね……ってこうしちゃいられない。二人ともゆっくりしていってくれよな! 俺はちょっとやる事があるから!!」
言うが早いが、ぶっころりーはどこかに走り去ってしまった。
急ぎの用事でもあったのだろうか。
■
――皆大変だ!! 族長のとこのゆんゆんが男連れで帰ってきた!! しかも同年代じゃなくて明らかに年上の大人って感じの!! ゆんゆん本人もイイ人って認めてた!!
――里一番の変人のゆんゆんに男ができた!?
――ええっ!? ゆんゆんがイケメンで大人の彼氏を作って帰ってきたですって!?
――イケメンで大人で大金持ちの彼氏だと!?
里のあちこちでこのような会話が交わされていた事をあなたとゆんゆんは知らない。
■
「なんでしょう……私達、凄く見られてますよね……」
ゆんゆんの言うとおり、先ほどから道行く紅魔族という紅魔族達が馬を引きながら族長の家に向かうあなたとゆんゆんを特徴的な赤い双眸で見つめている。
夕焼けの中でもハッキリと分かるほどにその瞳が爛々と光っている辺り、彼らは皆興奮しているようだが、魔王軍との戦いで昂ぶっていたり怒り狂っているといった様子ではない。
あなたは紅魔族が排他的な種族という話は聞いていない。
これはどういう事なのだろう。理由が分からないのでどうにも居心地が悪い。
「わ、私にも理由はさっぱり……というか私だって里の皆からこんなに注目を浴びるのも初めてですし……」
微妙に寂しい事を口走りつつ、無数の赤い視線から逃れるようにあなたの背中に隠れて実家への道案内を行うゆんゆん。
傍から見ていると族長の娘として客人を案内する筈のゆんゆんをあなたが案内する形になっていてなんとも締まらない。ゆんゆんらしいといえばらしいのだが。
不躾な視線の雨の中を辟易としながら進み続け、ようやくゆんゆんの実家に辿り着いたあなただったが、どうにも様子がおかしい。
「あの、どうして入っちゃダメなんですか? ここ、私の家なんですけど」
紅魔族の族長の家は、里の中央に存在する一際大きな建物だった。
しかしあなたは玄関を開けようとしたゆんゆんを止めた方がいいと引き止める。
嫌な予感がするとかではなく、玄関のすぐ向こうから強い圧力を感じるのだ。
「あ、圧力って……まさか魔王軍が!?」
青い顔をするゆんゆんにあなたは無言で頷いた。他に理由が思いつかない。
これは魔王の手の者が族長の家に入り込んでいる可能性が非常に高い。
「そんな……お父さんっ!!」
あなたが止める間も無く玄関を開け放つゆんゆんだったが、あなた達の予想に反して玄関先で出迎えてきたのは魔族ではなく、中年の紅魔族の男だった。
「お、お父さん……?」
「……ゆんゆんか、よく帰ってきたな」
男性はゆんゆんの父親だったようだ。
色々と騒ぎを引き起こしてくれた手紙の主である紅魔族の族長は、こうして無事に娘が帰ってきたにも関わらず、その眉間に深い皺を寄せて目を瞑っている。
「えっと、お母さんは?」
「お母さんはお前が帰ってきたと聞いて買い物に行った。今夜はご馳走だそうだ」
「あ、うん、そうなんだ……ところでお父さんどうしたの? 私、そんな真面目な顔のお父さん初めて見るんだけど……」
娘の質問に答える事無く、族長は深い溜息を吐いて目を見開いた。
族長はその赤い瞳であなたを正面から見据えている。
「君に一つだけ正直に答えてほしいのだが」
有無を言わさぬその雰囲気にあなたは頷いた。
「その……なんだ。君は一体全体、ウチの娘の何なのかな?」
そう言って族長は頬を引き攣らせながら、懐からとても見覚えのある道具を取り出した。
あなたがドリスでお世話になった、嘘をついたら鳴るベルの魔道具だ。
何故わざわざこんなものを持ち出したのかは読めないが、正直に答えろという話なのであなたは嘘偽り無く質問に答えた。
自分はゆんゆんの友人である、と。
ベルは鳴らなかった。
「……!? あ、あぁー……そういう……」
「ふむ……なるほど。……ああいやすみません、どうやら私らの勘違いだったようですな。ともあれようこそ紅魔族の里へ。娘がいつもお世話になっております」
一瞬だけ凄まじい勢いであなたに振り返ったゆんゆんはすぐに言葉の意味を理解したようで苦笑いを浮かべ、一方で族長は剣呑な雰囲気を引っ込め、朗らかにあなたに笑いかけるのだった。
なお補足しておくが、もし族長の問いが
あなたはゆんゆんを友人だと思っているが、それはあくまでもこの世界の定義における友人だからだ。
彼女はノースティリスの友人やウィズのような
しかし族長の問いは
あなたはゆんゆんの友人である。
故にベルは鳴らなかったのだ。
《少女》
主人公がノースティリスに来る前から所持していたペット。
いわゆる初期少女。
犬、猫、熊、少女の中から一つ選ぶ初期ペットの選択肢はelonaの象徴の一つ。
ちなみにこの四択では少女が最強だったりする。