このすば*Elona   作:hasebe

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第72話 封印されし勝利の剣

 あなたはこの国の冒険者として魔王軍に敵対している。

 

 しかしあなたの対魔王軍のモチベーションは高くない。

 ウィズが現役の幹部として魔王軍に所属しているという事を差し引いても、あなたはこの国を脅かしている魔王軍の事を本当にどうでもいいと思っている。

 王都にいる際に魔王軍が攻め込んできた場合は仕事なので真面目に迎撃するし、アクセルに攻め込んでくるのであれば問答無用で皆殺しにするつもりだが、少なくとも魔王城の結界の維持を担当している幹部を率先して探して狩ったりベルディアから情報を聞いて人類に流す気は今の所無かった。

 

 異邦人な上に国家権力がなんぼのもんじゃい、文句があるなら四の五の言う前にかかってこいやという色々な意味で終わっているノースティリスの冒険者であるあなたは国への帰属意識というものが極めて薄い。

 切羽詰まっているこの国の人間からしてみればふざけんな何とか出来る力があるなら真面目にやれと言われそうだが知った事ではない。

 魔王軍を積極的に狩ってほしければ剥製とカードをドロップする世界にしてみせろという話である。魔王軍も人類も等しくあなたの手によって屍山血河を築き上げる事になるが、それでも世界は平和になるだろう。

 

 幾らめぐみんの大恩人にしてゆんゆんの知人だとはいえ、今もアクセルに居座っている幹部の邪神、もとい女神ウォルバクを放置している辺り、あなたのやる気の無さは筋金入りだ。やる気だったらさっさと彼女を襲うなり正体をバラすなりして人類に貢献している。

 

 そんなあなたが交戦した幹部の内、ベルディアの時は魔王軍の幹部に興味があったといういわば物見遊山と神器探しを兼ねていた。

 そしてハンスは水を毒で汚染するというあなたにとって許されざる外道行為に手を染めていたので殺さない理由が無い。

 

 幹部にして人類と魔王軍の板挟みになっているウィズもこの件に関してあなたに何かを言った事は無い。彼女は率先して戦えとも手を出すなとも言わない。

 名目上は一応中立を保っているという彼女はハンスの似顔絵を見て正体をバラしていたが、あの時は状況が完全に煮詰まっていたのであなたの中ではノーカウントである。相手が何者だろうと、どうせあなたは下手人を八つ裂きにしていたのだから。

 

 今回あなたがこうしてゆんゆんと共に紅魔族の里に赴いたのは、一人では心配な彼女の護衛と観光の為だ。決して紅魔族の里を脅かす魔王軍を撃退する為ではない。

 とはいえ紅魔族であるめぐみんとゆんゆんの手前、撃退を手伝ってくれと頼まれれば引き受けるつもりだったのだが……。

 

 

 

 

 

 

「……ごめんお父さん、私の耳がおかしくなっちゃったみたい。もう一回言ってもらっていい?」

 

 ソファーであなたの隣に座ったゆんゆんが声を震わせてそう言った。たった今明らかになった現実を受け入れたくないのだろう。

 テーブルの上には、反対側のソファーに座る族長が送ってきた意味深な内容の手紙が置かれている。

 

「だから、これはお前にあてた近況報告の手紙だよ。手紙を書いてる間に紅魔族の血と私の闇の力が封じられた右手が疼いてしまってな。いやあまいったまいった」

 

 はっはっはと豪快に笑う父親に頭を抱えるゆんゆん。

 

「き、聞き間違いであってほしかった……確かにこうして無事だったのは安心したんだけど、お父さんはなんでこんな遺書みたいな手紙を送ってきたの? この手紙が届く頃はきっと私はこの世にいないだろうって何? 私すっごく心配したんだよ?」

「紅魔族の時候の挨拶に決まってるだろ?」

「初耳なんだけど」

 

 この手紙のせいでウィズとあなたの前で盛大に醜態を晒した事を思い出しているのだろう。

 父親が言葉を発していくたびに頬を引き攣らせ、目から光が消えていくゆんゆんに気付いていない様子の族長は首を傾げた。

 

「学校で習わなかったのか? 確かにお前とめぐみんは成績優秀で卒業がとても早かったが、それでも一人くらいは手紙を送ってくる友達が……あっ」

「…………」

 

 気まずそうに目を逸らした族長は数ヶ月ぶりに再会した自分の娘が紅魔族随一のぼっちだった事を思い出したらしい。

 具体的にはめぐみんがいないとサボテンを話し相手に選ぶくらいのぼっちだ。

 そしてこの反応的にめぐみんがゆんゆんに手紙を送った事は無いようだ。同じ里に住んでいるのでわざわざ送る理由も無かったのだろう。話があるなら直接会いに行けばいいのだから。

 

「…………魔王軍の軍事基地を破壊できない状況っていうのは?」

「あ、ああ、あれか。実は連中は随分と立派な基地を作っていてな。壊すか新しい観光名所に残すかどうかで皆の意見が割れてるんだよ」

 

 族長が言うには幹部が来ているのは確かだが、既に何度か撃退しているとの事。

 蓋を開けてみれば、めぐみんが言っていたとおり紅魔族の里は魔王軍が相手でもどうしようもなく楽勝ムードが漂っていた。種族全員が生まれつきアークウィザードとしての適性を持ち、アルカンレティアと同じく魔王軍が手出しを避けていたのは伊達ではない。

 

 それにしても本当に人騒がせな手紙だった。

 手紙のおかげで子供のように駄々をこねて甘えてくる可愛いウィズが見れたのは役得だったので感謝と礼金の一つや二つくらい贈ってもいいのだが、それはそれとして彼らの方針が観光名所にする方に決まったら自分が基地をぶっ壊そう。

 あなたがこっそり紅魔族に嫌がらせする意思を固めていると、レイプ目のゆんゆんがあなたの服の裾を引っ張ってきた。

 

「すみません。私は構わないのでお父さんに思いっきりみねうちしてくれませんか?」

「ゆんゆん!?」

 

 あなたはゆんゆんの情け無用の申し出をやんわりと断った。

 今の彼女では瀕死になった父親の介錯を始めかねない。

 

 

 

 

 

 

 繰り返すようだが、あなたはゆんゆんの友人である。

 紅魔族族長の娘にして紅魔族随一の重力魔法を操るぼっちの友人である。

 ゆんゆんは家族への連絡を怠ってはおらず、あなたやウィズという娘の友人の事を知っていた。

 知っていたのだが、買い物から帰ってきたゆんゆんの母親はあなたの自己紹介を受けた際にこう言った。

 

「ええっ!? お手紙に書かれてた新しいお友達って、部屋に置いてあるサボテンみたいな娘が作り上げた脳内友人(イマジナリーフレンド)じゃなくて実在する人物だったんですか!?」

 

 あまりにも容赦の無い母親の認識にゆんゆんは膝をついた。

 

 さて、そんな親からすら友達が作れないと思われていた娘が連れてきた実在する友人という事で、あなたはゆんゆんの両親からそれはもう盛大に歓待を受ける事になる。

 具体的には夕飯をご馳走になるだけではなく、なんと里に滞在している間は商業区の宿ではなく族長の家の客室に宿泊する事を是非にと勧められたくらいだ。

 年上で異性の相手とはいえ、ゆんゆんの方も自宅に友人を泊めるという行為にまんざらでもないどころか期待するかのようにあなたをチラチラ見ていたのであなたはお言葉に甘える事にした。

 

 あなたと族長夫妻は今日が初対面である。

 互いのパーソナリティもよく知らない以上、必然的にあなた達の会話の内容は夫妻の娘にしてあなたの友人であるゆんゆんについてが主になる。

 あなたが二人の知らないアクセルでのゆんゆんを語るのと同じように、族長夫妻はあなたの知らない紅魔族の里でのゆんゆんの話をしてくれた。

 

「な、なんで三人とも私の話ばっかりするの……?」

 

 あなたと両親に挟まれているゆんゆんはとても居心地が悪そうだったが、まあ四者面談と思えばいいのではないだろうか。

 

「お友達と両親が自分の事で盛り上がるのって凄く恥ずかしいんですけど!?」

 

 久々に実家に帰ってきて気が緩んでいるのだろう。

 自分の部屋に逃げる事もできず、そう言ってクッションに顔を埋めてばたばたと足を動かす年相応の微笑ましい姿のゆんゆんに夫妻は苦笑いを浮かべた。

 

「騒がしくてすみません。この子は努力家で学校の成績も良かったのですが、この通り、独特の変わった感性を持っていまして……」

「私達も詳しくは知らないのですが、なんでも世の中には思春期になると変わった者に憧れるようになる、中二病とかいう病があるらしく、もしかしたら娘はそれに罹患しているのではないかと……突拍子の無いおかしな事を言ってご迷惑をおかけしていませんか?」

 

 無いとは言わないが、流石に子作り云々は彼女の名誉の為に黙っておく事にした。

 さて、中二病なる病かはともかく、確かにゆんゆんは紅魔族としては変わっていると言えるだろう。

 しかしそれでもゆんゆんは紅魔族の一員である事をあなたは知っている。

 

「と、言いますと?」

 

 あなたは族長夫妻にゆんゆんと知り合った時の事を話した。

 そう、あなたがめぐみんの知り合いで、彼女に目標にして宿敵だと認識されている者だと知った瞬間、親の敵を見るが如くあなたを睨みつけ、ゆんゆんが紅魔族独特の名乗りをあげて勝負を挑んできた時の事を。

 

 

 ――わ……我が名はゆんゆん! アークウィザードにして上級魔法を習得せんとする者! やがて紅魔族の長になる者にして…………紅魔族随一の魔法の使い手であるめぐみんの生涯のライバル!!

 ――アクセルのエースにしてめぐみんが宿敵と見なす者よ!! 我が宿敵、めぐみんの随一のライバルの座を賭けて……私はあなたに勝負を申し込みます!!

 

 

 羞恥など一切感じていない、マントを翻しつつ大声で派手にポーズを決めるゆんゆんの堂々とした勇姿はそれはもう立派な紅魔族にしか見えなかった。

 ゆんゆんは恥ずかしがりやで紅魔族としては少し変わった感性を持っているかもしれないが、それでもやる時はやる子なのだ。

 

「わー! わああああああーっ!! 駄目です、あの時の事は言わないでください!! なんでよりにもよってお父さんとお母さんの前であの時の事言っちゃうんですか!? しかもポーズまで決めて! 恥ずかしすぎるんですけど!?」

 

 あなたが当時のゆんゆんのポーズと名乗りを両親の目の前で完璧に再現すると、顔を真っ赤にしたゆんゆんが掴みかかってきた。

 しかしあなたは当時のゆんゆんを再現しただけなので全く恥ずかしくない。

 

「あなたがよくても私は恥ずかしいんです! っていうか前から思ってましたけどあなたは紅魔族でもないのにそういうめぐみんみたいなとこありますよね!!」

 

 羞恥心から目に涙を浮かべるゆんゆんを、族長と母親がほっこり顔で見つめていた。

 二人とも娘を心から思いやっていると分かる、優しく暖かい目だ。

 

「学校の先生から、体育の授業で名乗りを恥ずかしがってロクに決めポーズが出来ていないと聞かされた時は次期族長として不安を覚えたりもしたが……。そうか……少し見ない間にお前も一人前の立派な紅魔族になっていたんだな。子供の成長っていうのは早いもんだなあ」

「本当ですねあなた。冒険者になるって言って旅に出た時はどうなる事かと思ってたけど……ふふふ、ゆんゆん、お母さん安心したわ。これならいつでも族長になれるわね」

「止めて! これは違うの! 本当に違うの! 確かにあの時は頭がカーっとなって勢いで名乗っちゃったしポーズを決めた気もするけど違うから!!」

 

 真っ赤な顔で慌てる娘を尻目に、彼女の両親はあなたに深く頭を下げてきた。

 

「本当にありがとうございます。もしよろしければこれからも娘と仲良くしてあげてください。ご覧の通りちょっと変わっていますが」

「センスも好みもちょっと変わっている娘ですが、悪い子ではありませんから」

「また変わってるって言ったあ! 私実の両親に自分の目の前で変わってるって言われた! え? これって私が悪いの!? 私ってそんなにおかしいの!?」

 

 

 

 

 

 

 時刻は夜の九時半を回った頃。

 あなたが森から聞こえてくる虫の声を聞きながら自身に宛がわれた部屋でくつろいでいると、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「えっと……こんばんは……」

 

 訪ねてきたのはゆんゆんだった。

 いつもの紅魔族のローブ姿ではなく上下水色の寝巻きを着た彼女は風呂上りだったようだ。長く艶やかな黒髪と白い湯気のコントラストがやけに目を引く。

 ドリスでも思ったが、背中にまで届く髪を下ろして印象がガラリと変わった彼女はまるで別人のようだ。あなたは髪型一つで女性が変身するとよく知っているが、何度見ても慣れるものではない。

 

「……すみません、こんな時間に」

 

 例のチェスのようなボードゲームを持っている事から、あなたはてっきり彼女が自宅にお泊りしている友人の部屋に遊びに来たと思っていたのだが、少し様子が違うようだ。

 本来であればウキウキと期待を隠しきれていないであろうゆんゆんの表情には若干の影が見える。

 

 あなたがゆんゆんを部屋に入れると、元気の無い彼女は何も言わずにテーブルの上にボードを広げて駒を並べ始めた。一局付き合えという事だろうか。

 暗い顔で駒を並べ終わり、ゲームを始めたゆんゆんに付きあう事暫し。

 

 あなたもウィズやベルディアと対局を重ねて少しは腕前が上がったとはいえ、明らかに精彩を欠いていて常の力を出し切れていないと分かるゆんゆんがぽつりと呟いた。

 

「……やっぱり私って変ですか? 変な紅魔族なんですか?」

 

 何を言い出すかと思えば、そんな事を気にしていたのか、とあなたは拍子抜けした気分になった。

 きっと久々に会った両親におかしいと言われて色々と考えてしまったのだろう。

 

 この場で彼女が求めているであろう言葉を贈るのは容易い。

 しかしゆんゆんが真剣な空気を発しているので、少しだけ考えた結果、あなたも真面目に答える事にした。

 

 確かに紅魔族として見た場合、おかしいのは確実にゆんゆんの方である。どう考えてもおかしい。

 凄まじく極端な例だが、今のゆんゆんは人殺しが当たり前の国で生まれ育ったにもかかわらず殺人を忌避する人間のようなものだ。

 

「…………」

 

 キッパリと断言するあなたに泣きそうな顔で俯く紅魔族族長の一人娘。

 だがそれはあくまでもゆんゆんが紅魔族としておかしいというだけであって、ゆんゆん本人がおかしいというわけではない。

 

「……え?」

 

 異世界(ノースティリス)とこの世界のように、常識というものがその場所その場所によって変化する以上、紅魔族の風習に関して是非を問う気は無い。

 問う気は無いが、この世界における一般的、ないし普遍的な感性を持っているのはゆんゆんの方だろう。あなたもそれに関しては間違いないと認識している。

 あなたは異邦人であるがゆえにそういうものだと彼らの風習を当たり前のように受け入れているが、里の外で紅魔族の名乗りをした場合の他者の反応から見てもこれは明らかだ。

 

「…………で、ですよね! やっぱりそうですよね!?」

 

 あなたの意見にやっぱり私はおかしくなかったんだ、と砂漠でオアシスを見つけたような表情になるゆんゆんは嬉々としてあなたに語り始めた。

 どれだけ自身と紅魔族の考え方や感性に差があるのかを。

 

「前にそけっとさんの好みが知りたいっていう頼まれごとを受けた時、めぐみんと一緒に雑貨屋で可愛い小物を選んだんです。でもめぐみんったら指輪とかネックレスじゃなくてドラゴンが彫られた木刀を可愛いって選んだんですよ? 女の子が木刀ですよ? おかしいと思いませんか? そけっとさんもちょっと出かける時に腰に下げとくといい感じってまるでアクセサリーみたいな事言ってたし……」

 

 確かに木刀と可愛いは結びつかない。

 ウィズが可愛い小物を買ってきましたとか言って竜が彫られた木刀を取り出した日には、あなたは彼女の頭か心の病気を真剣に疑う事になるだろう。

 しかしめぐみんなら普通にそういう事を言いそうだと思えるから不思議だ。

 

 

 

 それからもゆんゆんによる懇切丁寧な“ここが変だよ紅魔族”をガイドの説明を受ける観光客気分で楽しく、しかし彼女の話の腰を折る事無く静かに聞いていたあなただったが、小一時間ほど語り続けて気が済んだのだろう。部屋に来た時の欝々しい表情とは正反対の顔でゆんゆんは床に大の字に転がった。床に広がる長く綺麗な黒髪はどこか年齢不相応の艶かしさを感じさせる。

 

「はぁ、すっきりしたあ……こんな気分になったのって生まれて初めてかも……」

 

 友人であるウィズに悩みを打ち明けた事は無かったのだろうか。

 疑問に思ったあなただったが、思い返してみれば、あなたはゆんゆんがウィズに自身の価値観や感性についておかしくないかと問いかけている場面を一度も見た覚えが無い。

 初対面のゆんゆんから紅魔族特有の名乗りを受けた際も普通に受け入れてそのまま友人になったのがかえって仇になったのかもしれない。

 もしそうであれば、一人里で浮いていたというゆんゆんは、恐らくずっと長い間ストレスや葛藤を溜め込んでいたのだろう。

 

 そんなあなたの予想を裏付けるように、清々しい笑みを浮かべながらゆんゆんが両目を閉じると、そこから透明な雫が零れてきた。

 なんだろうと起き上がった彼女が目を拭うも、ぽろぽろと零れる涙は一向に止まる気配を見せない。

 

「あ、あれ? 全然止まらない……なんでだろ……」

 

 悲しいわけでもないのに涙を流し続けるゆんゆんにあなたはタオルを渡した。

 

「す、すみません、みっともない所をお見せしてしまって。なんかちょっと久しぶりに家に帰ってきて気が抜けちゃったみたいで……」

 

 気にしていないと不憫な少女を安心させるようにあなたは笑ったが、ただ一つだけゆんゆんに関して気になっている事があった。

 紅魔族、それも族長の娘という血統として生まれ育ってきたゆんゆんが今のように里の外の者達のような普通の感性の人間に育った理由が全く分からなかったのだ。

 

「なんでって聞かれても……その、私は物心ついた時からなんとなく皆の口上とか考え方とかポーズを見ていて、おかしいな、ああいうのって恥ずかしくないのかなーって思っていただけなので、特に何か理由があるわけでは……参考にならなくてすみません……」

 

 申し訳なさそうな彼女のその言葉を受け、あなたは形容しがたい驚愕と凄まじい衝撃を受けた。

 この一見すると気弱で大人しく人見知りの激しい少女が、その実自分では到底及びも付かない凄まじいまでの自我の強さを持っていると理解してしまったのだ。

 

 誰かの影響を受けたわけでもなく、今の自身を築き上げたゆんゆん。

 それはつまり、彼女が十数年間もの間、たった一人、両親や友人を含めても自身と感性や価値観を共有する者を持たず、孤独の中で生きてきたという事を意味する。

 その上で特にひねくれる事も無くあなたから見た善の人間性を保っている。

 

 出会いの口上などを見るにゆんゆんとて全く紅魔族の影響を受けていないわけではなく、若干の侵食を受けているようだし長い孤独のせいで見ていてこの先が心配になるほどチョロQな少女だが、むしろその程度で済んでいる事にこそ驚きを感じるべきだ。

 

 強い少女だ。あなたは心の底からそう思った。

 それは悲しく、しかしあなたからしてみればどうしようもなく眩しく尊い強さである。畏敬すら抱かせるほどに。

 

「ど、どうしてそんな目で私を見るんですか? 私、生まれてこの方一度もそんな目で見られたことないからどうすればいいのか分からなくて凄く困るんですけど……ちょ、あの、お願いですから止めてください! 私はそんな目で見られてもいいような立派な人間じゃないですから……!」

 

 部屋の隅で小動物のように震える少女を無言で見つめ続けるあなたの姿は激しく事案だったが、幸いにも騒ぎになる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなであなたのゆんゆんを見る目が大きく変わった翌日。

 朝から魔王軍が大挙して攻めてくるという事も無く、相も変わらず平和な紅魔族の里をあなたは観光する事にした。

 

 族長から受け取った、“紅魔の里不滅目録(エターナルガイド)”なる大層な名前のただの観光パンフレットをゆんゆんと共に読んで話し合う。

 パンフレットにはアークウィザードの英才教育機関である学校の紹介と共に、紅魔族随一の天才にして卒業生であるめぐみんのインタビューも載っていた。

 

 ――そうです。私が紅魔族随一の天才です。私が目指すのはひたすらに“最強”の二文字のみ。ちっぽけな上級魔法には興味がありません。

 

 とまあこんな感じの非常に彼女らしいコメントが書かれている。

 爆裂魔法の名人めぐみん。ただしその爆裂魔法の威力はアクセルでは二番目だ。

 

「どこか行きたい場所とか見たい場所はありますか? 学校は今は授業中なのでダメだと思いますけど、それ以外なら案内しますよ……ええ、はい。お父さんに聞いたんですが学校はお休みじゃありません。魔王軍来てるんですけどね……」

 

 乾いた笑いをあげるゆんゆんだが、魔王軍が攻めてきていても観光する気満々のあなたは何も言えなかった。

 さて、不滅目録によるとモンスター博物館や猫耳神社など目を引く場所に事欠かない紅魔族の里だが、あなたは真っ先に族長宅から近い商業区にある鍛冶屋、もとい武器防具店に目を引かれた。

 

「分かりました、鍛冶屋さんですね……え、鍛冶屋?」

 

 高位魔法使いの里である紅魔族の武器防具屋。一体どんな物が売っているのだろう。冒険者にして蒐集家であるあなたとしては非常に興味深い。ウィズやベルディアのお土産が買えそうだ。

 

「まさか観光って言っておいて真っ先に鍛冶屋を選ぶなんて……いえ、別にいいんですけどね……」

 

 何故かガックリと肩を落とすゆんゆんと共に商業区に向かうあなただったが、どういうわけか二人は昨日と同じく道行く紅魔族達の視線を集めていた。

 

 

 ――ゆんゆんが都会で男を……

 

 ――昨日も族長の家に……

 

 ――族長公認……

 

 

 あまり広くない里なのだから既にゆんゆんがあなたを伴って里帰りした事は里中に伝わっているだろうにこの注目っぷりである。

 ぼっちかつ紅魔族としては変わった感性を持つゆんゆんと里の外の者が一緒にいるのが珍しいのだろうと足早にあなたの手を引くゆんゆんに連れられるあなたは若干諦め気味である。

 

 

 ――紅魔族(雑草)がうようよとざわめいてるね! これ以上おぞましい光景はないよお兄ちゃん! おぞましきを一掃することが私の夢!!

 

 

 お前が言うな。突然の毒電波にあなたはかなり本気でそう思った。

 あるいは雑草などという草は無いとでも返せば良いのだろうか。

 

 そういえばアレは紅魔族を敵視していたのだったか。

 色やどこからともなく増え続けるという性質を鑑みれば、雑草という呼称が当て嵌まるおぞましいものが果たしてどちらの方なのかは自明の理である。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃ…………我が名はるぴょろ! アークウィザードにして上級魔法を操り武具を作る、紅魔族随一の鍛冶屋の店主!!」

 

 鍛冶屋の扉を開けると鍛冶屋の店主は最早お馴染みとなった挨拶であなたを出迎えてくれた。

 失礼にならないようにあなたが名乗り返せば、店主は満足そうに笑った。

 

「昨日来たっていう外の人だね? いらっしゃい! 武器や防具は持っているだけじゃ意味がないぞ! ちゃんと装備しないとな!」

 

 どこかで聞いた事がありそうだが実際は聞く機会の無い台詞だった。

 しかしとても懐かしさを覚えるのは何故なのか。

 

「一度言ってみたかったんだ」

「装備と持ってるだけってどう違うんでしょうね……」

 

 頷くあなたに鍛冶屋も御満悦だが、ゆんゆんは溜息を吐きつつ陳列されている武器の一つを手に取った。小さめの金属製の棍棒だ。杖ではない。

 

「ゆんゆんはそれを買うのか? だがゆんゆんじゃそいつを装備できないぞ?」

「……はい?」

 

 鍛冶屋が突然おかしな事を言い始めた。

 

「すみません、おっしゃってる言葉の意味がよく分からないんですけど……ああ、武器スキルを持ってないっていう意味ですか?」

「いや、だから言葉どおりだよ。例え武器スキルを持っていてもゆんゆんじゃそれは装備出来ないんだ。根本的に扱えないんだ」

 

 彼は毒電波に汚染されているのだろうか。

 ゆんゆんも理解不能なようで、困惑を顕にしている。

 

「鍛冶屋で武器防具屋の俺には誰がどんな物を装備可能か分かるんだよ。んで、ゆんゆんじゃそいつは装備出来ないってわけだ」

「ええ……? 私こうして持ってますけど」

「嘘だと思うならその場で軽く振ってみ? 店を壊さないようにな」

「えっと、じゃあ…………あいたっ?!」

 

 ガン、と。

 ゆんゆんが軽く棍棒を振り下ろすと、彼女の頭に金属製のタライが降ってきた。

 もう一度言う。

 ゆんゆんの頭にタライが降ってきた。タライが降ってきた。

 

 笑劇的な光景である。

 必死に笑いを噛み殺しつつどこから降ってきたのかと天井を見上げるも、それらしき仕組みは無い。

 

「えっ……えぇっ!? 今のどこから降ってきたの!? っていつの間にかタライも消えてる!?」

「今のは装備品を司る神様が降らせてるんだ。外で冒険者やってるのにそんな事も知らなかったのか?」

「神様が!? どれだけ暇なの!?」

 

 新たに明らかになった世界の理不尽さに抗おうとしたのか、ゆんゆんは今度は外に出て棍棒を振った。

 

「……ひでぶっ!?」

 

 鍛冶屋の発言は嘘や妄想ではなかったようだ。

 無常にも空から降ってきた金色のタライがゆんゆんに直撃した。

 

 

 

 

 

 

 新たに明らかになった異世界法則に感動を覚えながら、数はともかく王都以上の質の武具が揃っている店内を物色していると、あなたは壁に一枚のポスターが貼られているのを発見した。

 ポスターには岩に突き刺さった剣の絵、そして選ばれし者よ、来たれ! というでかでかとした文字が描かれている。

 

「おっとお客さん、そいつに興味があるのかい?」

 

 不滅目録にも似たような絵が描かれていたな、とあなたがポスターを見ていると、店主が声をかけてきた。

 詳しい話を聞いてみれば、紅魔族の里には抜いた者に強大な力が備わると言われている聖剣が封印されているらしい。

 

「もしお客さんが抜けたら聖剣は持っていっていいぜ」

 

 神器と愛剣を持つあなたが聖剣を使うかどうかは別として、蒐集癖のあるあなたにとっては非常に興味を抱かせる話だった。

 なお聖剣を抜く挑戦料として一回三万エリスを聖剣の管理人である鍛冶屋に支払う必要があるとの事。

 

「え、あの、その剣は……」

「おおっとゆんゆん! 商売の邪魔はしちゃいけないぜ!!」

 

 ゆんゆんの言葉を遮った鍛冶屋に若干の胡散臭さを感じたものの、三万エリスであればそう高い金額ではない。あなたは金を支払ってチャレンジしてみる事にした。

 

「へへっ、まいどありー!」

「いいのかなあ……」

 

 その後、ほくほく顔の鍛冶屋に連れられて商業区から離れた場所に案内されたあなたは、やがて一振りの剣が大岩に突き刺さっている場所に辿り着いた。

 岩の前には小さな看板が立っており、いかにもといった誇大広告じみた剣についての説明やチャレンジする際は鍛冶屋に申し出るようにとの旨が記載されている。

 

 突き刺さった剣は非常に真新しく胡散臭さばかりが高まっていくが、それでも聖剣の名は伊達ではないようだ。

 その証拠にあなたから見ても確かに強い力を感じる。

 岩にしっかりと突き刺さっている剣の柄を握ったあなたは鍛冶屋に確認をした。

 

 この剣を地面から引き抜けばいいのか、と。

 

「ああ。見事剣を引き抜く事ができたら晴れてそいつはお客さんのもんだ。……しかし今までに幾人もの勇者や猛者たちが挑戦しては散っていった、この紅魔族随一の難易度を誇る試練を超える事が出来るかな?」

「えっと……頑張ってくださいね……」

 

 ニヤリと笑う鍛冶屋と諦観全開のゆんゆんに見守られながら、あなたは全力を込めて思いっきり聖剣を引っぱった。

 ……果たして、その結果は。

 

 

「…………」

 

 

 まあこんなものだろう。あなたは思わず苦笑いを浮かべた。

 残念ながらあなたは選ばれし者ではなかったようだ。

 あなたはどう見ても勇者という柄ではないので妥当といえば妥当なところだろう。

 その証拠に岩から聖剣を引き抜く事は出来なかったし封印が解けている感じもしない。

 

 

 だがその代わり、あなたは地面に突き刺さった大岩ごと聖剣を引き抜いていた。

 

 

 それは剣というにはあまりにも大きすぎた。

 先端が大きく、重く、そして大雑把すぎた。

 それはまさに剣という名の鈍器(仕込みハンマー)だった。

 

 現状では岩で敵を叩き潰すくらいしかできない聖剣だが、愛剣的には刀剣カテゴリーのようで文句は言ってこない。

 試しに聖剣(数メートルの岩付き)を振ってみれば、呆然と聖剣(岩)を見上げるゆんゆんと鍛冶屋の足元に土が飛び散った。

 常識的に考えれば刀身がポッキリ折れる事請け合いの重量かつ光景なのだが、聖剣はびくともしない。聖剣というだけあって愛剣や神器のように凄まじく頑丈な作りになっているようだ。

 

 ともあれ聖剣自体は無事に引き抜けたのでありがたく頂戴していこう。

 いい物が手に入った。これだけでも紅魔族の里に遊びに来た甲斐があったというものだ。

 

 あなたが聖剣という名の岩石を地面に下ろすと周囲に軽く地響きが鳴り、それに反応して鍛冶屋とゆんゆんが意識を取り戻した。

 

「え、るぴょろさん、これってアリなんですか?」

「……ダメだろ! 普通に考えてこれはダメだろ!? ノーカン! ノーカウント!!」

 

 目の色を変えた鍛冶屋が聖剣を指差して文句を言ってきたが、何が問題なのだろうとあなたは眉を顰める。

 ちゃんと地面から引き抜いたというのに。

 鍛冶屋は剣の封印を解けとも岩から抜けとも言わなかった。

 ルールとレギュレーションは間違いなく遵守している。その上でケチを付けるというのであれば、これはとんだ言いがかりだと言わざるを得ない。出るところに出て訴えればあなたの勝利は確実だ。

 

「いや、確かに岩から抜けとは言ってないが……けど岩を抜いたら持っていっていいとも言ってないし、何よりそんなもん武器として使えないだろ!?」

 

 確かに並の重さではないし両手持ちで扱うにも些か以上に重過ぎるが、刀剣カテゴリー、しかもムーンゲートには程遠い程度の重量の武器を扱えないわけがないとあなたは再度聖剣を振り回す。タライは落ちてこない。

 ぶおんぶおんと物言わぬ巨大な岩の塊が威圧的な唸りをあげて勢いよく風圧を撒き散らし、顔を青くした鍛冶屋とゆんゆんが走ってあなたから距離をとった。

 

「ちょっ、待ってください! なんでこっちに来るんですか!? 怖い! 凄く怖いんですけど!!」

 

 テンションの上がったノースティリスの冒険者が逃げた者を追いかける習性を持っている事は最早周知の事実だろう。満面の笑みで聖剣を振り回しながら追ってくるあなたに二人の紅魔族は魔法を唱えた。

 

「ライト・オブ・リフレクション!!」

 

 彼らが使ったのは光を屈折させて自身の姿を消す上級魔法である。

 具体的には術者の指定した人物や物の数メートル内に結界を張り、その結界内を周囲から見えなくする魔法だ。

 なので結界の中に入れば姿が見えるし、気配も息遣いも途絶えていない。

 それどころか透明視のエンチャントがかかった指輪を装備しているあなたには今も二人の姿が丸見えだった。透明視は透明になるという概念を問答無用で無効化するエンチャントなので結界も貫通するらしい。

 あなたは物音を立てずに自身からジリジリと距離をとる二人を視界に収めたまま岩を振り回す。とても楽しい。

 

「止めてください止めてください!! っていうか完全に目が合ってるんですけどなんで私の姿が見えてるんですか!?」

「おい馬鹿イイ笑顔でこっちくんな! 分かった! 分かったよ俺が悪かった! チクショーもってけドロボー!!」

 

 鍛冶屋のヤケクソな悲鳴が青空に響き渡った。




★《聖剣(岩付き)》
 不確定名、封印されし聖剣。
 それはオリハルコン製だ。
 それは名も無き聖剣だ。
 それは岩がくっ付いている。
 それはとても重い。
 それはるぴょろによって作られた。

 刀身に岩が突き刺さった聖剣。決して鈍器ではない。
 いわゆる特別(ユニーク)な装備。神器ではないが世界に二つとない一品物。
 とても大きくて重くて強い。
 剣としての銘はちゃんと存在するのだが、封印されたままなので今は無銘の聖剣。
 岩の部分も抜ける前に壊されないようにと強固な封印がかかっており、並の術者の爆発魔法程度ではビクともしない程度には頑丈。盾や鎧としても使える。
 紅魔族随一の鍛冶屋が高価な材料を使って全力を込めて作っただけあって聖剣としての機能は本物。様々な付与効果がかかっており神器に勝るとも劣らぬ性能を持っているのだが、今は封印されているので何の能力も使えない。
 10000人が剣に触れれば封印が解けて岩から剣が抜ける仕組みになっているのだが、記念すべき100人目の手によって封印されたまま物理的に持ち去られる事になった。
 ~このすば幻想辞典~
 
「流石にこれを剣と言い張るのは激しく無理があると思います」
 ~紅魔族の少女『ゆんゆん』~

「封印された聖剣をあえて封印されたまま使うのって中々かっこいいな。岩が付いてなければの話だが……」
 ~紅魔族の鍛冶屋『るぴょろ』~

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