このすば*Elona   作:hasebe

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第74話 撲殺剣士エレナイさん

「どうか、どうかこの事は内密に……紅魔族随一のえっち作家などという不名誉な異名が付いた日には私はもう里にいられなくなってしまう……」

「お願いします、お願いですから皆には黙っていてください……!」

 

 耳まで真っ赤にしつつ涙目でぷるぷる震える、とても発育のよろしいえっちな紅魔族の少女達が必死にあなたに向かって先ほどのやりとりや小説の内容を黙っていてもらうように懇願している。

 ちょっとエロい話をしていた所を見られただけで盛大に恥ずかしがる二人の初心な少女達。健全に思春期をやっているようで何よりである。

 誰とは言わないが、こちらの隙あらば嬉々として襲ってくるようなケダモノとは大違いだ。誰とは言わないが。

 

「ああああああ……今になって死ぬほど恥ずかしくなってきた……わ、私はどうしてあんな話を……私が書きたかったのは誰かを喜ばせる話であって決してえっちな小説では……!」

 

 実際にはあなたはあるえの書いた小説を読んでいないのだが、ゆんゆんの語っていた断片的な内容からおおよその予想くらいはつく。

 

 しかしやはりと言うべきか、あるいはあなたの人となりを知らないあるえでは当然と言うべきか。

 あるえの小説の中のあなたと現実のあなたは著しく乖離しているようだ。その証拠に恐らく作中でウィズが死んでいるというのにあなたは世界を滅ぼす為に動く事無くゆんゆんに手を出している。

 あなたからしてみればとても信じられない行動だった。洗脳でもされているのかと疑いたくなるレベルで完全に別人だと断言できる。

 

「お兄さんをモデルに過激な小説を書いた事は謝るのでどうか、どうか……!」

 

 上記の理由によりあなたは自身がモデルになっている小説を書かれた所で同じ名前の他人としか思えないのだが、そんなあなたの内心を知る事無く、必死に食らい付いてくるあるえ。

 

 そんな事より空腹になってきたので昼食でもどうだろうか。あなたはそう提案した。

 ごくり、とあるえが喉を鳴らす。

 

「……つ、つまり、口止め料として私に昼食の代金を肩代わりしろと、お兄さんはそう言ってるんだね? 分かった、この里にいる間は私があなたの財布になるよ。そうしたら今回の件は黙っていてくれるんだよね!?」

 

 興味なさげに昼食の提案をしたあなたに何を勘違いしたのか、悲壮な覚悟を胸に秘めた表情をしつつ、財布を出したあるえがそう言った。

 財布の中を見つつお小遣い足りるかな……バイトしておけばよかった……と呟くあるえのか細い声はとても弱々しく、聞いていて切なくなってくるほどだ。

 

「しっかりしてあるえ、誰もそんな事言ってないから! 確かに言いそうっていうか私も思わずお財布差し出したくなる雰囲気だったけど! 誠意は言葉ではなく金額って感じだったけど!」

 

 自分とあなたのキスシーンを赤裸々に語るえっちなゆんゆんは恥ずかしそうで、しかしどこかまんざらでもなさそうな様子だったしその表情には確かな艶と期待があった。

 そんな具合に盛大に話に盛った挙句尾ひれ背びれまで付けて最早原型を止めていない状態まで持っていった後にめぐみんやゆんゆんの両親、そしてふにふらとどどんこにどれだけゆんゆんがえっちな少女だったのかを徹底的に暴露してやろうか。

 必死にあるえを押し止めるゆんゆんの発言を受けて、あなたはかなり真剣にそう思った。

 

 幾ら相手が敬遠されがちな紅魔族とはいえ、初対面の、それもいたいけな年下の美少女(紅魔族は例外なく見目が整っている)を相手に言外に財布になれと要求する男はどれだけ控えめに言っても人間の屑である。どうあっても最低の人間の謗りは免れないだろう。

 直球で金を要求するのも大概だが、相手に自分から金を支払わせるように仕向けるあたり、最早あなたをして呆れの言葉すら出てこない。

 

 勿論あなたはそんな人間の屑ではないので、斯様な人を人と思わぬ最低で阿漕な真似をするわけがない。やるなら財布なり金目の物なりを盗むか殺して奪う。

 

 他には身バレしないように変装したあなたにギャンブルでボコボコに負けてもう払えませんと泣き喚く、ちょうどゆんゆんやあるえと同年代の冒険者の少女を相手にちょっとその場でジャンプしてみろと脅し、金の音が鳴ったらニッコリ笑ってそのまま全裸になるまで身包みを剥いで寒空の下に放り出した事なら何度もあるが、その程度はハッキリ言って可愛いものだ。

 金の音が鳴らなくても身包みを剥ぐが、足りない金額は身体で支払ってもらおうと奴隷商人に売り払わず人体実験の被験者にもせずサンドバッグに吊るして犯罪者の街に放置もしないあなたの慈悲深さは最早留まるところを知らない。

 言うまでもないだろうが、これはイルヴァでの話である。

 まだこの世界ではそのような機会に恵まれていないのでやっていない。

 

 そして一見すると先ほどあるえの口からNGワード()が飛び出したように思えるが、これはまだセーフな呼び方だ。あるえの頭か心臓を狙って包丁が飛んでいかないのが何よりの証拠である。

 同じ兄という呼び方にセーフもアウトもあるのか、という話だが、こと妹に限っては確かに存在する。あなたは長きに渡るペットの妹との付き合いによってそれを熟知していた。

 

 例えばドリスで遭遇したサキュバスがあなたの事をお兄ちゃんと呼んで危うくその儚くもない命を無惨に散らしそうになったが、あれはあなたを兄と呼ぶ事で自身を妹的な存在として見てもらおうという魂胆が透けて見えていたのでアウト。

 対してあるえは年上の異性であるあなたの事を名前の代わりにお兄さんと言っただけであって、あるえがあなたの事を兄だと思っているわけではないのでセーフ。血縁でもない赤の他人の老人をお爺さん、中年をおじさんと呼ぶのとなんら変わらない。

 

 

 

 

 

 

 折角だからという事であるえも交えて昼食をとる事になった。

 

 彼女は小説の執筆にかまけていたせいで昨日の昼から何も食べていないらしい。

 学校はいいのかという話だが、聞けばめぐみん、ゆんゆんに次ぐ同期のナンバー3であるあるえはゆんゆんやめぐみんと同時期に上級魔法を習得して学校を卒業しているとの事。紅魔族の学校は魔法を習得したら卒業するものなのだ。

 そんなあるえはゆんゆんの元クラスメイトだが、彼女はめぐみんの友人だったのでふにふらやどどんこと比較すると交流が少なかった相手である。

 友人の友人と一緒に食事という事でゆんゆんは若干そわそわしていたものの、あるえは特に気にしていなかったどころか道すがらゆんゆんやあなたの冒険話を聞きたがってすらいた。マイペースな少女である。

 

「あれ、前よりお店が綺麗になってる」

「冬にお店を建て直したんだよ」

 

 商業区に存在する、ゆんゆんおすすめの定食屋。

 ゆんゆんの話では老人が一人で切り盛りしているという事だったが、ゆんゆんがいない間に新しく店員を雇っていたようで、店内のテーブルを若い紅魔族の男が拭いていた。

 昼を過ぎ、最も忙しい時間帯を越えたという事もあって店にあまり客はいないようだ。

 

 席に案内されたあなた達はピッチャーにオレンジやレモンの皮を入れているのであろうと思われる、仄かに柑橘系の匂いと風味がする氷水で喉を潤す。

 

 ……そしてメニューを開いた瞬間、ゆんゆんが絶句した。

 

「えっ、何、この……」

「私は何にしようかな。最近は執筆で家に篭りっぱなしだったからここに来るのは久しぶりだよ」

 

 ゆんゆんは目を白黒させて狼狽しているが、あるえは涼しい顔をしている。

 そうこうしていると店主であろう老人が注文を取りに来た。

 

「おや、ぱむっささんとこのあるえと族長の所のゆんゆんじゃないか。久しぶりだね」

「ど、どうも。お久しぶりです……」

「……って事はそっちの人が噂の彼かい。我が名は――」

 

 老人ですら堂々と派手なポーズを決めて名乗りを上げる紅魔族は廃人に負けず劣らず人生をエンジョイしている。

 身内の恥だとばかりに赤い顔で恐縮するゆんゆんを尻目に最早動じる事すら無く挨拶を返したあなたはこれで、とメニュー表の一つを指差した。

 

「三大巨頭の断末魔だね。あるえとゆんゆんは何にするんだい?」

「うーん、じゃあ私は天頂に魅入られし七曜で」

「わ、私はこの……これってクリームシチューですよね? クリームシチューでお願いします」

「白に染まりし混沌だな?」

「クリームシチューで!!」

 

 店主は恥ずかしそうに大声をあげたゆんゆんの言葉を否定しなかったので実際クリームシチューで合ってはいるのだろう。

 ちなみにあなたが注文した料理はごく普通のミックスグリル(大盛り)、あるえが注文したのは日替わりランチである。

 こんな所でも紅魔族の素敵センスが全開だ。まったく油断も隙も無い。

 

「私が里にいた頃よりメニュー表が難解になってる! それどころか難解を通り越してメニューに絵が描かれてなかったらもう何の料理かすら分からなくなってる!」

 

 老人が調理場に消えたところでテーブルにさめざめと嘆き始めたゆんゆんだが、メニューの絵自体はとても上手いものだった。

 抽象的すぎて翻訳必須な名前に目を瞑れば子供でもどんな料理か一目で分かるだろう。

 

「ねえあるえ、このお店って前は普通のメニューじゃなかった? 溶岩竜のカラシパスタとか暗黒神のシチューみたいに、名前はともかく一応どんな料理かは分かる喫茶店以上に酷い事になってるんだけど」

「リニューアルした時にメニューも一新したんだ。絵は絵描きのれぞんでさんに手伝ってもらったらしいよ」

「わ、私の数少ない憩いの場が……」

「でも今のメニューに変えてからお客さんが増えたっていう話だよ。見ての通りカッコイイ名前だし分かりやすいからね」

「カッコイイ……? 分かりやすい……? 分からない、文化が違う……!」

 

 同族であるにも拘らず遂に文化が違うとまで言い出し始めたゆんゆん。

 果たして彼女は本当に立派な紅魔族の族長になれるのだろうか。

 余計なお世話だろうが、紅魔族に染まる気が無いのであれば、ウィズの店で店員として働く方が彼女にとって幸せな気がしないでもない。それはそれで多大な苦労をしそうだが。主にウィズのぶっ飛んだ商才のせいで。

 

 

 

 独特のセンスを持つ紅魔族といえど味覚まで常人から逸脱しているわけではないようで、仰々しい名前の割に料理は普通に美味しかった。味の割に値段もまあまあ安めと常連が出来るのも納得の店である。

 そうして食後のデザートが来るのを待っていると、あるえがウキウキと手帳と筆記具を取り出した。

 

「さて、そろそろ話を聞かせてもらおうかな」

 

 ゆんゆんがびくりと身体を震わせ、もじもじと上目遣いであなたを見つめてきた。

 

「あるえ、また私達をネタにしてえっちな話を書くつもりなの? 本当に恥ずかしいから止めてほしいんだけど……さっきの小説だって夢に見そうだし……私はあるえの趣味にケチをつける気は無いよ? でもえっちな話を書くならせめて私達じゃなくてあるえの考えたオリジナルのキャラクターでやってほしいな……」

「ゆ、ゆんゆんの中で完全に私がえっちな小説を書く作家になってる……!? さっきも言ったけど、私は普通に冒険の話が聞きたいし書きたいだけだからね!?」

 

 非常に発育が良く物腰も雰囲気も大人びているあるえだが、ゆんゆんの問いかけにはい止め止め、この話は終わり、と大袈裟に反応するあたり、こういう所はまだまだ年頃の子供なのだろう。

 こほんと誤魔化すように小さく咳払いし、表情こそクールを気取っているものの、羞恥に頬を赤く染め、短めの縦ロールを指でくるくると弄ぶあるえには可愛らしさしか感じない。

 

 まあ十四歳かそこらの少女に、元クラスメイトやその友人をネタにしたエロ小説を書きます、じゃんじゃんバリバリねちっこくぐっちょんぐっちょんの濡れ場を書きます。サキュバスとか触手とかスライムとかカエルをいっぱい出してゆんゆんやめぐみんを性的な意味で滅茶苦茶にしますと断言されてもそれはそれで反応に困るわけだが。少なくともあなたにはそうですか、別に応援はしませんが頑張ってくださいと応える事しかできない。えっちなのはいけないと思います。

 

「ま、まあそういうわけだから。もちろんゆんゆんでもお兄さんでもどちらでもいいよ?」

 

 しかし冒険の話と言われても困りものだとあなたは内心で唸った。

 あなたは自分があるえの望むような話を出来そうにない事を理解しているのだ。

 

 決して話すネタが無いわけではない。むしろありすぎて困る程度にはある。

 だが実際話すとなると色々と問題が出てくる。

 

 かつてあなたは幽霊少女のアンナにノースティリスでの冒険話をした事があるが、あれは人気の無い屋根裏部屋だったし何より相手が幽霊だったからできた事だ。

 流石に小説のネタにすると断言している相手に異世界の事を話す気にはならない。

 

 この世界の冒険の話も手に汗握るような展開にはならない。

 紅魔族英雄伝という名から察するに、あるえが書きたがっているのは恐らく王道、正道の物語だろう。

 

 努力、友情、勝利。

 まさしく王道だが、あなたが努力してきたのはイルヴァでの事だ。

 今の力を手に入れるまでに、数え切れない回数の死と狂気を乗り越えて努力してきたがそれはこの世界ではない。

 

 そしてあなたがこの世界で友情と呼べるものを築いた相手は今のところウィズとゆんゆんだけで、ウィズはリッチーだ。話せるわけが無い。

 かといって残ったゆんゆんとの話も心躍る冒険譚になるかと聞かれるとかなり微妙なところである。一応笑い話にはなるだろう。

 

 唯一話せそうな勝利もいざ話にすると勝つべくして勝ったという、作業じみた極めて味気ないものになってしまう。来た、見た、勝った。こんな具合である。

 玄武や冬将軍など、超級の相手と戦っていれば話は別だったのだろうが。

 いっその事、経歴やら戦績まで適当に話をでっちあげるべきだろうか。

 

「いや、別にそこまで真剣に悩んでもらわなくてもいいんだよ。一から十までそっくりそのまま小説にするわけじゃないし、どんな事があったのかだけ教えてくれれば細部は適当にこっちで話を作るから」

 

 二人仲良く腕を組んで難しい顔で唸るあなたとゆんゆんにあるえはそう言った。

 

「私としては是非ともゆんゆんが去年里を出た後の話が聞きたいかな。アクセルでこの人たちに師事して元気にやってるっていうのは知ってたけど、具体的にはどんな経験をしてきたんだい?」

 

 あなたはこの場はゆんゆんに丸投げする事にした。

 友人として、あるいは弟子として師匠を助けると思って頑張ってほしい。

 

「と、友達として……わ、私、頑張りますっ! あるえ、何でも聞いて!」

「ゆんゆん……」

 

 久しぶりに会っても相変わらずチョロすぎるゆんゆんに哀れみの視線を送るあるえ。

 あなたにも孤独を拗らせた少女を自身のいいように動かした事を申し訳なく思う程度の良心は残っている。即座に今のは冗談だと言って自分も協力する事にした。

 

「じょ、冗談っていうのは私とあなたが友達っていうのが冗談っていう意味ですか!?」

 

 ゆんゆんが本気で泣きそうな顔になった。

 そっちではないと彼女を宥めつつ、友人という地雷ワードを使ってゆんゆんに頼み事をする事は二度とするまいとあなたは強く反省し、自戒する。

 

 友達として。

 友達だから。

 友達の為に。

 

 上記のような甘言を用いれば、ゲロ甘でチョロQなゆんゆんは本当に、本当に自分の意のままにできてしまいそうな予感がしたのだ。

 ゆんゆんの未来が自分の良心と自制心次第だと理解したあなたはちょっとそれは勘弁してほしいと思った。

 ノースティリスの冒険者に良心と自制心などお世辞にも期待していいものではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 昼食を終えて暫くデザートを食しながら冒険話に花を咲かせた後、あなたとゆんゆんからネタを集めたあるえは早速小説の執筆に勤しむべく意気揚々と自宅に帰っていった。

 数ある冒険話の中でも特にあるえの琴線を刺激したのはデストロイヤー戦だ。

 確かにあれは最初から最後まで文句なしに盛り上がった戦いだったのであなたにも彼女の気持ちはよく分かった。後は剥製さえ手に入れば言う事無しだったのだが。量産が今から待ち遠しい。

 

 そうして今日のところは特にやる事が無くなったあなたも借り受けていたダニーとグレッグを返却して岩聖剣を四次元ポケットに隠すべく、一度ゆんゆんと別れてアルカンレティアに飛ぶ事になる。

 特に問題も無く馬と共にアルカンレティアに飛び、聖剣を収納する事に成功したあなただったが、どうにもアルカンレティアの様子がおかしい。

 

「ありがたやありがたや……」

 

 二頭を返却すべく教会近くの馬小屋に向かっていると、街のあちこちで祈りを捧げているアクシズ教徒の姿が目に入る。

 祈る彼らは皆同じ方角を向いており、更にその方角は教会やアクセルではなくあなたがやってきた方、つまり彼らは紅魔族の里に向かって祈っていた。

 

 何事だろうと不思議に思いつつも歩を進めるあなたはやがて道の曲がり角に差し掛かった所でふと足を止める。

 数瞬後、幾人もの子供達が角の向こうから勢い良く飛び出してきた。あなたが足を止めていなければ衝突していた事だろう。

 

「わっ、ごめんなさーい!」

 

 謝りつつも元気良く駆けて行く子供達に気を付けるように軽く注意しつつ何気無しに見送っていると、子供達はとある人物の元に駆け寄っていった。

 青の法衣を纏い僧侶帽を被ったその男性はあなたも良く知る人物だ。

 

「ゼスタさま、こんにちはー!」

「こんにちは。今日も元気そうで何よりですな」

 

 子供達の頭を撫でて朗らかに笑う彼は見た目だけならまるで敬虔な聖職者のようだ。いや、実際彼は敬虔で聖職者なのだが。

 そんなゼスタは懐から袋を取り出し、中に入っていた小さな丸い玉を子供達に配り始めた。

 

「元気なのは良い事です。ご褒美に飴をあげましょう」

「わーい!」

 

 ニコニコと飴玉を口の中で転がす子供達に向かってアクシズ教の最高責任者は一軒の家を指差した。

 

「ところで飴をあげる代わりにあそこのエリス教徒の女騎士が住んでいる家から下着を失敬してもらえませんかな? 子供のあなた達であればバレても可愛い悪戯で済ませられますので」

 

 子供を使って下着泥棒を行う時点でかなり悪質である。

 下着が欲しいのなら正々堂々と盗むか本人に交渉を行うべきだろう。

 

「あははははー! ゼスタさまきもーい! マジきもーい! いまなんさいだっけー?」

「そんなだからいつまでたってもけっこんできないんだよー!」

「なんですと!?」

 

 無垢な笑顔できっつい揶揄を浴びせかけた子供達はゼスタが持っていた袋ごと飴を全てかっさらって散り散りに駆け出した。彼らは小さな子供でも立派なアクシズ教徒だった。

 

「……はぁ、やれやれ。仕方ありません、こうなったら自分で盗りに行きますかな」

 

 流石はゼスタだ。全く懲りない、悪びれない。

 

 あなたは気配を断ってエリス教徒の家屋に不法侵入しようとするゼスタに近づき、彼の脇腹を指で強めに突いた。

 結果的に言う事を聞くようになったし健脚っぷりにはお世話になったとはいえ、故意に暴れ馬を寄越してきたのだからこれくらいの意趣返しは許されるだろう。

 

「あひぃ! んほぉっ!?」

 

 両の脇腹を突き刺されたゼスタが奇声をあげて痙攣しながら盛大に悶える。

 まるで尻の穴に大根を突き刺された男娼のような鳴き声だった。

 

 酷い。酷すぎる。

 あなたはウィズの声が聞きたくなった。

 彼女の綺麗で心安らぐ声を聞いて口直しならぬ耳直しをしたい。

 

 ゼスタは犯罪者の街に住まう男娼のように小汚い格好はしていない。むしろ清潔ですらある。

 しかしいい年をした中年男性(おっさん)の吐き気を催す汚い喘ぎ声など一体誰が得をするのだろう。

 あなたは自分のあまりにも軽率な愚行に後悔しながら天を仰いだ。今日もいい天気だ。

 

「……これはもしや、私は誘われているのですかな? もちろんバッチコイですが」

 

 三秒前の自分を殺してやりたい。

 はぁはぁと息を荒くし、熱っぽい視線であなたを見つめてくるゼスタにあなたは心の底からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 危うく大惨事になる所だったが、あなたは無事にアルカンレティアから帰ってくる事ができた。

 直接的な暴力こそ介さなかったものの、ゼスタとあなたの時間にして非常に短かった戦いとその駆け引きは文字にして十万ほどの壮絶なものだった。自身の身を守る事が出来たのは日頃の行いと信仰の賜物だろう。癒しの女神に感謝と祈りを捧げる。

 

「おかえりなさい!」

 

 さて、族長の家に帰宅したあなたを玄関で出迎えたのはゆんゆんだったが、笑顔と共にかけられたその言葉にあなたは一瞬だけ足を止めた。

 

 あなたは現在ゆんゆんの実家に滞在している身なので、おかえりなさいと声をかけられるのは決して間違ってはいない。

 帰ってきた宿泊中の客人にいらっしゃいと言うのも何かおかしい気がする。

 しかしここはあなたの家でも宿屋でもないので、おかえりなさいと言われる事にどうにも違和感を感じてしまったのだ。

 例えゆんゆん本人に自分の家だと思ってくつろいでくださいね、と言われていたとしてもそれは変わらない。

 

「お茶飲みますか? お菓子もありますよ?」

 

 あなたが戻ってくるまでリビングで荷物の整理をしていた様子のゆんゆんはそんなあなたの微妙な心境に気付いていないようで、甲斐甲斐しくあなたの世話を焼こうとしてくる。

 よほど友達が自宅に泊まっているというシチュエーションに胸を弾ませているのだろうと察し、あなたは複雑な感情を抱いた。

 族長夫妻もあの子がお泊りするような友達を連れてくるなんて……と感涙していたくらいだ。なおめぐみんもお泊りはした事が無かったらしい。自宅がすぐ近くにあるので当たり前だろうが。

 

 さておき、あなたはくつろぐ前にゆんゆんに話しておくべき事があった。

 

「はい、なんですか?」

 

 きょとんとした表情を浮かべる彼女に自身がつい先ほど入手した情報を告げると、ゆんゆんは案の定目を見開いて驚きの声を上げた。

 

「え、めぐみん達がこっちに来てるんですか!?」

 

 軽はずみな悪戯のせいで尋常ではなく熱っぽい視線を送ってくるようになった破戒僧ゼスタを何とかあしらいつつ街の様子がおかしい理由を聞いてみると、あなたは女神アクアとその一行がアルカンレティアに再びやってきた事を知らされた。

 恐らくウィズに飛ばしてもらったのだろう。ドリスからのテレポートセンターから現れた彼らは長居する事無く紅魔族の里に向かって行ってしまったらしいが、その姿はしっかりとアクシズ教徒に確認されている。伝え聞く女神アクア以外のメンバーの風貌からウィズは付いてきていないようだ。

 そして女神アクア達がアルカンレティアにやってきたのは昨日の昼過ぎ。あなた達が馬車で出立して数時間後だ。

 

 にも拘らず未だ紅魔の里に辿り着いていない事を鑑みるに、どうやら彼らは徒歩でアルカンレティアを発ったらしい。アクセル周囲と紅魔の里のモンスターレベルには大きな開きがある。他の冒険者も同行せずに徒歩での行軍というのはかなり危険な行為と言えるだろう。

 

「めぐみんってば、私は行きませんみたいな事言ってたのに……それに幾らカズマさん達と一緒でも爆裂魔法しか使えないんじゃ道中のモンスターの相手とか大変だろうし……怪我とかしてないといいけど……」

 

 ぶつぶつと呟くゆんゆんは居ても立ってもいられないといった様子だ。

 

「わ、私、めぐみんを迎えに行ってきます!」

 

 友達思いの紅魔族の少女はあなたの予想を裏切らない結論を出した。

 言うが早いが自分の部屋に装備を取りに走っていくゆんゆんを見送りながら、あなたもまた自らに宛てがわれた部屋に戻っていく。

 カズマ少年達の行軍速度やアクシデントの発生具合次第だが、アルカンレティアから紅魔の里までは徒歩で二日。テレポートを使えば復路の心配は無く、遅くとも今日の夜には戻ってこられる筈だ。あまり多くの荷物を持っていく必要は無いだろう。

 

「すみません、お父さんとお母さんにはあなたの方から説明をお願いします!」

 

 まさか大人しく一人で行かせると思っていたのだろうか。

 ただでさえ今は魔王軍が攻めてきている状況だ。ゆんゆん一人での単独行動は危険すぎるだろう。

 玄関から聞こえてきたゆんゆんの声にあなたは自分も付いていくと返し、族長夫妻宛に書置きを残しておいてもらうよう頼むのだった。

 

 

 

 

 

 

 里の入り口にテレポートを登録したゆんゆんと共に、あなたは街道沿いの森の中を足早に進んでいく。

 往路は森の入り口で会ったぶっころりーのテレポートで送ってもらったのでこうして森を通るのは初めてで新鮮だ。見た事のない植物があちこちに生えている。

 魔王軍の砦は街道から離れた森の中に建っているという話なので大部隊に遭遇する可能性は低そうだが、それでも油断は禁物である。

 

「もう、めぐみんったら。来るなら私達と一緒に来ればよかったのに……」

 

 ぶつぶつと呟きながら、しかしどこか嬉しそうなゆんゆん。

 友人が同族の危機を放っておかなかった事が喜ばしいのだろう。実際の紅魔族はめぐみんの言っていた通り、楽勝ムード全開だったわけだが。

 

「……私、めぐみんは爆裂魔法使いになったから里帰りしたくないんじゃないかなってちょっとだけ思ってたんです」

 

 苦笑いしながらゆんゆんはそう言った。

 爆裂魔法と里帰りに何の関連性があるのだろう。

 

「爆裂魔法は紅魔族でもネタ扱いするような魔法なんです。確かに威力こそ凄まじいですが、紅魔族随一の天才って呼ばれてためぐみんがそれしか使えない魔法使いになっただなんて皆に知られたらと思うと……」

 

 つまり友人が馬鹿にされる、あるいは失望される様を見たくない、という事だろうか。

 からかい混じりのあなたの言葉にゆんゆんは慌てて首を横に振った。

 

「そ、そんなんじゃなくてですね! 私はただ、めぐみんのライバルとして――――」

 

 

 ――爆音。

 

 突如、本当に何の前触れも無く。

 ゆんゆんの言葉を掻き消すように街道から離れた森の上空で爆発という名の大輪の花が咲いた。

 

 

「……なっ、ええっ!?」

 

 爆発が起きた場所からあなた達がいる場所までかなりの距離があるにもかかわらず、空気を切り裂く轟音と共に空気がビリビリと震え、木々という木々から鳥が飛び立っていく。

 明らかに尋常ではないが、駆け出し冒険者の街に住まう者にとっては最早日常茶飯事と化したその光景。

 何が起きたのかは考えるまでも無い。アクセルが誇る頭のおかしい爆裂娘がこの世界における最大最強の魔法を行使したのだ。

 

「めぐみん!?」

 

 友人の危機にゆんゆんが顔を青くして全速力で走り出し、あなたも彼女の後を追う。

 一日一発の爆裂魔法を使ったという事は、爆裂魔法を使う必要のある相手に遭遇したという事だ。

 しかもあれだけ目立つ魔法を行使した以上、新手のモンスターを引き寄せるのは必然。

 ネタ魔法の名に偽り無しと言わざるを得ない。

 

「いやああああああああああああああああ!!」

「……!?」

 

 爆発が起きた方角から微かに聞こえてきた絹を裂くような悲鳴に、あなたは嫌な予感がした。

 そう、とても嫌な予感が。

 

 

 

 

 

 

「アクアー! アクアー! めぐみん、ダクネース! 助けて! 助けてえええええええええっ!!」

 

 あなた達が悲鳴の方に駆けつける最中、直線距離にして二百メートルほど先、平原と里の中間ほどの地点に存在する森の開けた場所で、今まさに目を覆わんばかりの惨劇が始まろうとしているのが見えた。

 

「止めろー! 止めろおおおおおお!!!」

 

 広場の中央ではカズマ少年が襲われそうになっている。もちろん性的な意味で。

 慣れ親しんだ死線から遠ざかってもうすぐ一年が経つが、あなたの勘は鈍っていなかったようだ。全く嬉しくない。

 それにしてもあるえといいゼスタといい、今日は()()()()()()()()()()()()に縁のある日なのだろうか。

 

「くっ……カズマ、大丈夫か!?」

「お前の目にはこれのどこが大丈夫に見えるの!?」

 

 駆けながら周囲を確認してみれば、カズマ少年の仲間である女神アクア達はあなたから見て左前方にいる事が確認できた。

 先ほど爆裂魔法を撃っためぐみんは杖を支えに辛うじて立っているだけのグロッキー状態。

 彼女を守るように背中合わせに立つダクネスと女神アクアもオーク達に完全に包囲されている。

 端的に言って彼らは大ピンチに陥っていた。

 

「か、カズマさーん! こっちもやばいから何とかそっちはそっちで頑張ってー!」

「無茶言うなよちくしょおおおおおおぉ!!」

 

 必死の形相で泣き喚くカズマ少年を組み敷いているのは、鮮やかな明るい緑色の長髪を生やし、髪から小指ほどの小さな二つの角を生やしたオークだ。

 何の遺伝子を取り込んだのか角からは電気が迸っており、明らかに雷属性を持ったオークだと分かる。

 身に着けているのは虎柄のビキニ、と言っていいのだろうか。水着にも下着にも見えるそれは上下とも無駄に露出度が高い。

 

「なんでこんな所にオークが!? それもあんなに沢山!?」

 

 草原を縄張りにしているオークが里の近くの森にまで出没している事実に驚愕を隠せない様子のゆんゆんだが、あなたにはその理由に心当たりがありすぎた。

 

「魔王軍の策……だったら真っ先に魔王軍が襲われて壊滅するわよね。それに昨日はこんな事無かったのに、どうして今日になって突然……昨日?」

 

 ゆんゆんもまたあなたと同じ回答に至ったようで、ハッとあなたに振り返る。

 

「も、もしかして……」

 

 そう、オーク達は昨日遭遇したあなたを追ってきた可能性が非常に高い。

 そしてカズマ少年達は運悪くあなたを探すオーク達と遭遇してしまったのだろう。

 

「でも、昨日は一匹も殺してない筈ですよ? ……こっそり殺してないですよね?」

 

 言われたとおりあなたはオークを殺していないし手出しもしていない。

 しかしそれだけあなたの強さがオークの琴線に触れたのだとしたら。

 

「あー……」

 

 あなたは多くのノースティリスの冒険者達の中でも一際名を知られている、廃人と呼ばれる者達の一角だ。

 その安いプライド、そして友人達の存在や女神の信頼にかけて自分が弱いとは口が裂けても言えない。

 特別な生まれも育ちもしていないあなたの遺伝子が優秀かどうかはさておき、無数の死体と共に積み上げてきた廃人としての強さに関してはそれなり以上の自負がある。

 しかし餓えたケダモノに性的な意味で好かれても全く嬉しくない。

 やはり素直に殺処分しておくべきだった。

 

 そうこうしている内に現場まであと少しになった。

 カズマ少年は相変わらず必死に暴れて抵抗しているが、どうにもならないようだ。

 

「こういうのはもっとお互いの事をよく知ってからやるべきだろ! 俺アンタの名前も知らないし!」

「ウチの名前はラムゥ! さあダーリン! ウチと結婚して子作りするっちゃ!!」

「謝れ! 色んな人に謝れよお前! 今すぐ謝ってくださいお願いします!!」

「お父さんお母さん、こんなふしだらな娘でごめんなさい! でもウチは真実の愛に生きるっちゃ!!」

「違うそうじゃないっていやあああああああああ!! 初めてがこんな鬼娘はいやだあああああああ!! いっそ殺せ! 今すぐ誰か俺を殺してくれええええええ!!」

 

 全身に獣欲を漲らせ、ラムゥと名乗ったオークが暴れるカズマ少年のズボンに手をかけた。

 カズマ少年を組み敷いているアレはオークである。断じて鬼娘ではない。

 繰り返す、アレは鬼娘ではない。オークで、豚だ。

 

「あああ、カズマさんが、カズマさんが大変な事に! こ、ここからだと攻撃魔法は巻き込んじゃう。なら……パラライズッ!」

 

 このままでは救助が間に合わないと悟ったゆんゆんの杖から魔法が迸るが、オークがその手を止める事は無い。

 魔法は確かにオークに当たった筈だが、無効化されている。

 

「嘘っ、効いてない!?」

 

 雷属性のオークなので麻痺は効かないとかきっとそんな感じなのだろう。

 四次元ポケットから岩聖剣を取り出したあなたは真っ青な顔をしたゆんゆんを置き去りに、一足で射程圏内、今まさにおぞましき狂宴が始まろうとしている現場に飛び込んだ。

 

「もう! 暴れるダーリンにはおしおきだっちゃ! 電撃ビリビリ――――」

 

 そしてこれ以上豚が余計な事を喚き散らさないよう、一撃必殺フルスイング。

 大岩は服を半ばまで破かれ半裸と化したカズマ少年の鼻先を通過しながらカズマ少年に跨っているオークに直撃し、グシャリともパァンとも聞こえる、しいて言うなら水が詰まった皮袋が地面に叩きつけられて破裂した時のそれに酷似した快音を鳴らしてオークの上半身を消し飛ばした。

 みねうちなど必要ない。豚は死ね。

 

「…………」

 

 大騒ぎから一転、突然の乱入者の凶行に静寂に包まれる森の広場だったが、あなたは聖剣の使い心地という全く別の事に気を取られていた。

 

 昇る血煙。

 飛び散るハラワタ。

 弾ける脳漿。

 

 これこそまさに暴力。実にあなた好みで大変よろしい武器だ。

 風の女神のアハハ! ミンチミンチィ!! という狂喜の声すら聞こえてきそうである。あなたは風の女神の信者ではないが。

 

 この聖剣はれっきとした刀剣類であり決して鈍器ではないが、鈍器使いは日頃こういう感触を味わっているのだろうか。病み付きになりそうだ。

 あなたは岩聖剣の圧倒的質量と重量がもたらす破滅的な暴力で肉をひき潰す手ごたえに堪らぬ快感を覚えつつ笑みを深め、臓物やら何やらがまろび出ているオークの下半身を蹴倒し、貞操の危機に陥っていたカズマ少年に手を差し出した。

 

「…………」

 

 どうしたのだろう。あなたが声をかけてもカズマ少年はピクリとも反応しない。

 ひらひらと目の前で手を振ってみると、全身を生暖かい返り血と内臓で汚したカズマ少年は白目を剥いて気絶していた。

 きっとオークに襲われてよほどの恐怖を味わっていたのだろう。可哀想に。男娼やエイリアンを孕んだ老婆に襲われるという忌まわしい経験を持つあなたは彼の気持ちがとてもよく分かった。

 

「ブッ、ぶ、ブヒヒー!!」

「来た! オトコ! ちゅよいオトコ!!」

「濡れるッ!!!」

 

 ダクネス達を囲んで牽制していた、あるいは静寂を保っていた豚の仲間達が興奮して喚き始めた。ぷぎーぷぎーと大きく響き渡る豚の大合唱に森がざわめく。

 どいつもこいつもなんと醜い鳴き声なのだろう。耳が腐りそうだ。

 

 盛大に気を滅入らせながらもオーク達の意識が自身に集中している事を悟ったあなたは、気を失ったままのカズマ少年を離脱させるべくゆんゆんに視線とジェスチャーを送った。

 

「は、はいっ!」

 

 里とは逆方向、殺到するオークの集団に正面から一人で突っ込んでいくあなたの意図を正しく理解してくれた彼女は自身の手や体が汚れる事を厭わずカズマ少年を抱え、オークの包囲が解けためぐみん達と合流する。

 

 

 

「無事で良かったなカズマ。あれがオスのオークだったら是非とも私が代わりたいくらいの見事なシチュエーションだったが……おいカズマどうした、大丈夫か? ……カズマ?」

「……し、死んでる……カズマがまた死んでる! まさかこれが噂に聞く腹上死ってやつ!?」

「腹っ!? い、いや待てアクア! 一応息はしている! 気を失ってるだけだ!」

「なーんだ……でもこのままだといつぞやみたいにまたショック死しそうだし、一応ヒールだけかけてっと……あととりあえずクリエイトウォーターで血を落としてあげましょ。血塗れで臭くて汚いし。あーばっちぃばっちぃ」

 

「めぐみん大丈夫!? 怪我は……無いみたいね」

「ゆんゆん、どうしてここに? というか頭のおかしいのが持ってる岩に私は凄く見覚えがあるんですが、あれってもしかしなくても里の鍛冶屋が作った聖剣ですよね? なんで岩ごと使ってるんですかあの頭のおかしいのは」

「詳しい話は後! とりあえずあの人が時間を稼いでくれてる間にテレポートでめぐみん達だけ里に飛ばすわね! ……大丈夫、安心して。私もすぐ後を追うわ」

「ちょっ、待ちなさいゆんゆん! その台詞は何か激しくやばい感じがします! 確か学校で習った“戦闘中に言いたくなるけど絶対に言ってはいけない台詞集”の中にそんな感じのが……!」

 

 

 

 モンスターというものは基本的に同族であれば大なり小なり似通った容姿を持っている。

 しかしあなたの眼前に立ちはだかるオーク達は一匹足りとて同じ容姿をしていない。

 馬の足やら鱗の生えた腕、羊の角など相変わらずオークは一つの種族としては雑多に過ぎる。

 まるで遺伝子のゴミ箱のようなモンスターだ。今までどれだけの種族を襲ってきたというのか。

 

「抱いてっ!」

 

 抱いてほしければ岩でも抱いていろと、行く手を阻むオーク達を次々とミンチに変え、木々を薙ぎ倒し、あなたは文字通りの血路を開いていく。

 

 何匹殺してもあなたを追ってくるオークの勢いは一向に止む気配を見せない。

 あなたはたった一人の為にご苦労な事だと呆れながらも相手を撒かない程度の速度で森を抜け、平原に辿り着いた。

 

 鳴き声に釣られて集結してきたオークの数は最早百を優に超え、千に届きかねない。

 平原を縄張りにする全てのオークが集まっているのではないかと疑いたくなる数だ。

 

 平原に辿り着いても尚逃走を続けながらも新しく手に入れたオモチャを振るい、突出したオークを狩り続けるあなただったが、やがてオーク達の攻勢が止んだ。

 

 足を止めて周囲を見渡してみれば、あなたは無数のオークに完全に包囲されていた。

 三百六十度、どこを見ても性欲に目を血走らせたオーク、オーク、オーク。

 仮に捕まればどんな目にあわされるかなど考えるまでも無い。

 

 ゆんゆんは無事に逃げ切れただろうか。

 そんな事を思いながらあなたは聖剣を地面に下ろした。

 

 振るい続けていた聖剣はいつの間にかベットリと赤黒い血で染まっており、聖剣というよりは血塗られた魔剣の様相を呈している。

 更に巨大な岩のところどころにオークの臓物と思わしき何かや肉片が張り付いており、無骨な血みどろの岩の塊に彩を添えていた。

 

 見ているだけでモツ鍋やソーセージ、ミートボールが食べたくなってくる。この際ハンバーグでもいい。

 なんとかこのオークの肉で作れないだろうか。

 しかしこのオーク達は見るからに豚ではなく異形なので駄目だとあなたはすぐに思いとどまった。何かメシェーラ以上によくないものに汚染されそうだ。豚料理は家に帰ったらウィズに作ってもらおう。

 

 剣を下ろしたあなたを遂に観念したと勘違いしたのか、全方位から一斉に襲い掛かってくる豚の群れ。

 それを冷めた目で見つめながら、あなたは愛剣を取り出した。

 

 森を抜けてだいぶ距離を稼いだ。周囲に人里は無い。

 物理だけでオークを皆殺しにするのも悪くないが、あなたは今のような状況におあつらえ向きの魔法を持っている。この世界では危険すぎるので普段は使っていないが、ここならば使っても構わないだろう。

 口元を笑みの形に歪めながら、あなたは一つの魔法を行使する。

 

 

 

 ――――星を落とす魔法(メテオ)

 

 

 

 殺到する豚の群れに、数多の星が降り注いだ。




《メテオ》
 星を落とす火炎属性の魔法。
 効果範囲はマップ全域。
 いわゆるロマン枠。
 レベル上げが死ぬほど辛い。

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