このすば*Elona   作:hasebe

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第75話 今計算してみたが、アク○ズはお前に落ちる!

 紅魔の里の近隣に広がる緑の平原はあなたの手によってメテオの炎に包まれた。

 虚空より現出した無数の星々によってオーク達は残らず駆逐され、一面に草花が生い茂っていたそこは一瞬で灼熱が支配する地獄と化した。破壊し尽された環境は最早数十秒前の面影すら残っていない。

 

 まあ、それ自体は別にいい。

 あなたとてそれくらいは分かって星落としの魔法を使ったのだから。

 

 だが大変な事になった。

 自分でやっておいてなんだが、本当に大変な事になった。

 これはちょっとめぐみんとゆんゆんに滅茶苦茶怒られるのではないだろうか。何とか許してもらえないだろうか。無理な予感しかしない。

 

 どこからともなく漂ってくる豚肉が焼けるいい匂いを嗅ぎながら、あなたはさっきより少しだけ()()()()()青空を見上げた。

 

 紅魔の里や森から離れた巻き添えが出ないであろう場所で使うなど、あなたとしても多少は周囲の環境や流れ弾に気を配ったが、それでもノースティリスにいた時と同じく極めて軽い気持ちとノリでメテオを使ったのは否定できない事実だ。

 メテオが自身の持つ攻撃手段の中で最も広域に破壊をもたらす魔法という事も熟知している。

 炎に耐性を持っているオークも葬れるように、魔法の威力を引き上げる愛剣を使った。

 

 だからといって、流石にこれは予想外である。

 盛大にやらかした感が否めない。

 

 メテオによって作られた、アクセル全域すら優に飲み込む巨大なクレーターの中心であなたは途方に暮れる。

 先ほどまでは確かに見えていたはずの緑色の地平線も、クレーターという名の広く深い穴の底にいる今のあなたの目には届かない。煙をあげる焼け焦げた土の向こう側には青空だけが広がっている。

 

 ノースティリスでメテオを使った際、ここまで地面を抉った事は一度も無かった。

 あなたはどれだけ威力を上げても効果範囲がちょっと草木が焼き尽くされて地面が平らになる程度の荒野になるくらいで済むと思っていたし、実際にあなたの知っているメテオはそういうものだった。

 だというのに、今はこの有様。

 

 決してメテオの威力そのものが上がったわけではない。

 メテオはあなたの想定通りの威力で想定通りの範囲に降り注いだ。

 唯一の誤算は地上に与えたこの尋常ではないダメージである。

 

 あなたの考え得る限り、メテオが大地にこれほどの傷跡を残してしまった理由はただ一つ。

 メテオを受けるこの世界の大地があなたの想像以上に脆かったのだ。

 

 メテオでこれなら核もまた地面を盛大に吹き飛ばすだろう。

 いざという時に世界を滅ぼすのが楽になったのは非常に喜ばしい。

 インコグニートの魔法で変装し、街中や食料を生産する地帯でメテオと核と終末をぶっ放すだけの簡単なお仕事だ。

 

 しかしこれでは使いにくい魔法が更に使いにくくなったと言わざるを得ない。ダンジョンの中で使おうものならば崩落は必至である。

 検証を兼ねて砂漠か海のど真ん中で適当に試し撃ちをしておくべきだったと考えるも後の祭。

 

 あなたはやっべーマジやっべー。無かった事にならんかな、夢なら覚めろー今すぐ覚めろーとベルディアのように。あるいはちょっとこんな事になるなんて聞いてないんですけど! やり直しを要求したいんですけど! と女神アクアのように抗議を送りたい気分になった。

 さしあたっての抗議先は電波が繋がっている女神エリスが適任だろうか。この星を傷つけた事を滅茶苦茶怒られそうなのでやらないが。

 

 半ば現実逃避しながらあなたが取り出したのは自身の冒険者カード。

 偽造が不可だったりカードを通してスキルが習得可能など間違いなく神々が関わっている冒険者カードには過去に討伐した相手の種族と数が自動で記載される仕組みとなっている。

 

 メテオに巻き込まれた者がいないか念の為に人間の項目を見てみたが、殺害数は増えていなかった。

 あるいは紅魔族は人間とは別の種族扱いになっているのではと思い、悪魔や魔獣といった全てのカテゴリまでくまなく探してみたのだが、そういうわけでもないらしい。

 紅魔族がどの種族扱いになっているかは実際に殺した時に明らかになるだろう。

 

 一方であなたがこの世界に来て初めて殺害したオークの名はしっかり載っている。

 具体的には大本であるオークからツリー式に表示されており、思春期オーク、オーク小姑、オーク未亡人、大奥オークと多種多様なオークの派生種をあなたは殺したようだ。

 それらを合計すると、あなたが今日殺害したオークの数はなんと998。

 

 惜しい。実に惜しい。

 後二匹で大台突入だったのだが。

 

 二匹くらいメテオに耐えて生き残っているオークはいないだろうかと、暫くクレーターの中を散策したあなただったが、生き残りは見つからなかった。実に残念である。

 

 

 

 環境破壊を怒られる事を予想して気まずい思いをしながらテレポートで紅魔族の里の入り口に立っているグリフォン像の前に戻ったあなただったが、すぐに里の様子がおかしくなっている事に気が付いた。

 

 人の気配が無い。

 紅魔族の里はシンと静まり返っている。

 

 ゆんゆんと里を出た時は農作業に従事している者がいたのだが、今は姿を確認できない。よほど慌てていたのか、農具だけが乱雑に地面に散らばっている。

 確かに紅魔の里はのどかな場所だったが、それにしたってこんなに静かではなかった。

 

 耳をすませても戦闘の音が聞こえてこない事から、魔王軍が攻めてきて紅魔族総出で迎撃に向かったというわけでもなさそうだ。

 

 となれば、この異変の原因はやはりメテオだろう。というか他に理由が思い浮かばない。

 こちらから向かうのもありだが、その内きっと誰かが戻ってくるだろうと考えたあなたは近くのベンチに腰掛けて彼らが戻ってくるのを待つ事にした。紅魔族がいないこの状況下で魔王軍が攻めてきた場合は自分が迎撃すればいいだろうと考えて。

 

 

 

 

 

 

 世界の終焉と見紛う光景は平原から離れた紅魔の里でも観測され、平原に降り注ぐ無数の星々によって、当然のように紅魔の里は興奮の坩堝と化した。

 一様に瞳を紅に輝かせる彼らは少し前に森の上空に発生した謎の大爆発と関連付け、天変地異だの、自分達も知らなかった禁断の魔法書が解かれただの、どこぞの邪神が降臨しただの、魔王軍が新兵器を試し撃ちしただのと思い思いに楽しく妄想を繰り広げていた。

 

 ……ただひとり、狂乱したゆんゆんを除いて。

 

 人目を憚らずに大声で泣き喚きながら星降る平原に単身で向かおうとするゆんゆんを取り押さえるには大人の紅魔族十数人が必要になった。

 やっとの事でゆんゆんを止めても彼女はまともに会話ができる状態ではなく、星が降る少し前にゆんゆんと共にテレポートで出現した真っ青な顔をしためぐみん、そして二人が転移する少し前に現れためぐみんの仲間達に話を聞いてみれば、なんと先日より族長の家に滞在している客人が星が降り注ぐあの場にいる可能性が非常に高いというではないか。

 

 独特の風習や価値観を持っているが基本的に善良で人懐っこい性質を持っている紅魔族の面々にとって久方ぶりの客人を見捨てる選択肢など無かったし、何より彼は紅魔族でないにも関わらず自分達の風習に理解を示してくれた極めて稀な人物である。

 

 彼は里に来て間もないが、彼がゆんゆんの恋人であるという事は既に紅魔の里の者達にとっては周知の事実となっていた。

 具体的には族長一家を除いて誰もが知っているくらいには。

 

 そしてゆんゆんの恋人という事は、つまり族長の一人娘の恋人という事である。

 紅魔族の族長が代々世襲制である以上、ゆんゆんは次の族長となる事がほぼ確定しており、客人はそんな彼女の良人となる可能性が非常に高い男性だ。

 戦えない者や魔王軍の襲来に備えて最低限の人員だけを里に残し、危険を承知で紅魔族総出で現地に向かって彼の救助に向かう理由としては十分に過ぎた。

 

 成体のドラゴンすら為す術も無く死に絶えるであろう、無数の星が降り注ぐ絶望の中でただの人間が生きていけるわけがないと、分かっていたとしても。

 

 

 

 ……そして、やはりと言うべきか。

 日暮れまで数百人がかりで探しても彼の死体はおろか、ヒトの形を残したモノすら現場には残っていなかった。めぐみんの仲間であるアークプリーストの女性も彼らに同行していたが、死体が残っていないのでは蘇生魔法どころの話ではない。

 

 残されていたのは平原に刻まれた深い爪痕と、辛うじて消滅を免れていたオークの破片が数個、そして最早原型すら止めていない無数の炭化した何か。

 

 想像を絶する破壊の痕跡に常の紅魔族であれば大興奮だっただろうが、今はそんな空気ではなかった。

 沈痛な雰囲気を撒き散らすゆんゆんを前にして子供のようにはしゃぐ事は出来なかったのだ。

 

「その、ゆんゆん……何て言っていいか……」

「私の……私のせいだ……私があの時一緒にあの人といれば……私が弱かったから……ウィズさんみたいな力があれば……っ!」

 

 一人ごちるゆんゆんはあまりにも痛ましい。

 家族や友人であるめぐみんの声すら届いておらず、赤い瞳に暗い炎を灯し、強く握り締めた拳からは血が滴っている。

 

 今の彼女はあまりにも危うい。ともすればほんの些細な要因で激発してしまうだろうが、このまま放置していては確実に碌な結末には至らないだろう。

 本来であれば慰めの言葉や叱咤の一つでも送って無理矢理にでもゆんゆんを立ち直させるべきなのだと、めぐみんも頭では理解していた。

 彼はテレポート持ちだ。間一髪で逃げ延びて生きている可能性だって無いわけではない。

 言葉にするのは簡単だ。そう分かっていても言えなかった。

 

(元を辿れば、こんな事になったのは窮地に陥った私達を助けたから……爆裂魔法でゆんゆんを呼び寄せた私がどの面下げてゆんゆんを慰めろっていうんですか……)

 

 

 

 お通夜のような空気の中、その長い歴史の中でも類を見ないほどに重苦しい雰囲気と足取りで里に帰ってきた紅魔族達。

 彼らを待っていたのは、ベンチに座る、夕暮れのオレンジに染まった人影。

 

「…………え?」

 

 何よりも爆裂魔法を愛する紅魔族の少女は誰よりも早くそれを見つけ、次いで自身の目を疑った。

 

 それがあまりにも見覚えのある体格だったから。

 見覚えのある背格好だったから。

 自分の想像を超えた光景だったから。

 

 分かっていた筈だった。

 自分達は冒険者だと。自身の安い命をチップに切った張ったを繰り返す明日も知れぬ身だと。

 運よく自分は今まで一度も経験してこなかったが、冒険者というのは昨日まで笑い合っていた相手が今日はいなくなっている事なんて日常茶飯事な職業だと、彼女も知識では理解していた。

 

 それでもめぐみんは、彼に限ってそんな事は起きないと高を括っていた。

 こんな事になった今でも、アクセルのエース、そう呼ばれる人間は、自分がいつか超えるべきだと目標にしていた人間は、たった一人で死地に向かっても平然とした顔で帰ってくる人間だと、心のどこかで信じていたのだ。

 

 そんな保証など無かったというのに。そんな人間がいるわけがないのに。

 まるで親を信じる無邪気な子供のように信じてしまっていた。

 

 顔を見られないように帽子を深く被ってめぐみんが奥歯を強く噛み締めると同時、ゆんゆんが人影に向かって一目散に駆け出していく。

 

「良かった! 無事だったんですね!?」

「ゆんゆん!? ……ゆんゆん、待ちなさい! 見てはいけません!」

「私、わた……し……」

 

 めぐみんの制止も空しく、ゆんゆんは最後まで言葉を紡ぐ事が出来なかった。

 ベンチに座る彼がどんな姿をしているか理解した瞬間、膝から崩れ落ちたからだ。

 

 絶望の闇の中に差し込む一筋の希望。

 しかしその希望が潰えた瞬間、絶望は更に深くなる。

 

「あ、あ……?」

 

 現実を拒絶するように全身と声を震わせる哀れな少女の瞳の先にあるもの。

 それは頭のてっぺんから足の先までを血の池に漬け込んだかのような、全身をおびただしい量のドス黒い血に染め、ピクリとも動かない男の姿だった。

 

「うそ、嘘……いやっ……やだ……」

 

「そ、そうです! アクア! 早く回復……いや、リザレクションを! 今ならまだ間に合うかもしれません!!」

「めぐみん、あの人にヒールは必要ないわ。リザレクションもね」

「やってみないと分からないだろう!?」

「私には分かるわ。あの人はちょっと休んでるだけなの。……だから、ね、ダクネス。少しだけゆっくりさせてあげましょう?」

「…………っ!」

 

 友人とその仲間の声も今は耳に遠い。

 辛うじて戻った光すら完全に失ったゆんゆんの瞳はただひたすらに目の前の現実だけを直視する。

 

 人とはこれほどの血を流す事ができる生き物なのか。

 誰もがそう思わずにはいられない凄惨な有様。

 

 ただ、戦いを終えて血に塗れた男の表情だけは、幸せな夢を見ているかのようにどこまでも穏やかで、安らかなもので――。

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 ゆんゆんの慟哭が、夕焼けに染まった紅魔の里に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああ!!」

 

 日頃の疲れを癒すためにあなたに願いの杖を使わせて合法的にあなたの自宅に遊びに来た……もとい敬虔な筆頭信徒の切なる祈りと願いに応えて降臨した慈悲深き癒しの女神の世話をするという大変幸福で光栄な夢を見ていたあなただったが、突如どこからともなく聞こえてきた悲鳴に叩き起こされた。

 

 折角のいい夢が台無しだと小さく舌打ちして寝起き特有の胡乱げな瞳で周囲を見渡せば、いつの間にか青かった空はオレンジ色になっている。

 

 どれだけ待っても紅魔族はおろか魔王軍すら来ないのでいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 麗らかな春の日差しによる睡魔の誘惑は廃人であるあなたをして抗いがたい甘美なものだ。

 なるほど、ぽわぽわりっちぃがすやすやりっちぃになるのも納得出来ようというものである。直射日光を浴びたまま眠るのだけは切実に止めてほしいところだが。世界の為に。そして自分の為に。

 

 あなたが欠伸をしながらベンチから腰を上げて思いっきり伸びをすると、あなたの身体がバキバキと音を立てた。

 全身から聞こえてくるその音がまるで運動不足の老人が関節を鳴らす様に思え、自分の身体年齢は若い筈だと自嘲する。

 少なくともあなたは数ヶ月前のウィズのようにちょっと戦っただけで筋肉痛になるような身体ではない。そもそもこれはただの乾いた返り血である。

 

 着替えはゆんゆんの家にしか置いていなかったし、彼女の家を血で汚すのも悪いと思った結果、あなたの全身はオークの返り血で汚れたままになっていたのだ。

 鈍器は爽快だが血や肉が無駄に飛び散って身体が汚れやすいのが困り物である。ミンチを量産するのは楽しいのでこれからも隙あらば容赦なく使っていくが。

 

 そんなわけで多少ベンチは汚してしまったがこれくらいは目溢ししてもらいたい。

 平原に穴を開けた件は流石に申し開きできないだろうが、998匹のオークを駆逐した事で少しくらいは相殺できないだろうか。

 

「…………へ?」

 

 立ち上がったあなたを地面にへたりこんで呆然と見上げるゆんゆんの後方には数百人の紅魔族が。

 見れば紅魔族に混じってめぐみん達の姿もある。彼女達は無事にオークから逃げ切れたようだ。

 しかしカズマ少年は今も意識が無いようで、ダクネスに背負われたままになっている。悪い夢を見ているらしく顔色が悪いし魘されているが大丈夫だろうか。

 

 あなたは手を上げて彼らに声をかけてみたが、反応が無い。

 まだアンデッドが発生する時間でもないというのに死人が突然動き出したのを見たかのように固まってしまっている。

 

 ただ一人、あなたに近づいてきた女神アクアを除いて。

 

「おはよ。カズマが色んな意味で過去最大級に危なかったところを助けてもらった事にはお礼を言うし、無事だったのもいいんだけど、何がどうなったらそうなるの? 浄化を司る美の女神な私としてはその汚さはちょっと許容しがたいっていうかドン引きなんですけど。とりあえずピュア・クリエイトウォーターでも使っとく? ずぶ濡れになるけど服と身体は綺麗になるわよ」

 

 女神アクアが口にしたのはウィズの店を洗い流した、あなたにとってある意味では非常に思い出深い魔法だ。

 彼女の提案自体は非常にありがたいものだったが、手加減だけはお願いしたいところである。ここは野外とはいえ鉄砲水に押し流されたくはない。

 

 念を押した甲斐あってか、あなたは頭上から風呂釜をひっくり返した程度の量の水を数秒被り続ける程度の被害で済んだ。

 

 代償として靴の中まで水浸しになってしまったが、返り血で染まったあなたの服はすっかり綺麗になった。流石は水の女神の魔法である。

 都合よく血だけ落ちて服は漂白されないあたり、これさえあれば洗濯も楽になる事請け合いだ。

 

「あ、アクア。回復は必要ないってさっき言わなかったか?」

 

 髪と顔を伝う鬱陶しい水滴を払いつつ服の裾を絞るあなたを見て、ダクネスが困惑している。

 

「言ったわよ? だって無傷でピンピンしてる人にヒールやリザレクションなんて必要ないでしょ?」

「……疲れてるから休ませてあげましょうっていうのは?」

「そのままの意味だけど。気持ちよく寝てるみたいだから起こすのも悪いかなーって思って」

 

 本当に不思議そうに首を傾げる女神アクアの言葉を受け数秒ほど固まっていためぐみんだが、トレードマークの帽子を地面に叩きつけて吼えた。

 

「ま、紛らわしすぎなんですよっ!! アクアのあの言い方だと回復が間に合わないくらい完全に手遅れだって意味にしか聞こえませんでしたからね!?」

 

 あなたに指を突きつけるめぐみんは心なしか涙声である。

 

「わ゛あ゛あ゛! あああああああああああああっ!!」

 

 あなたの胸板に軽い衝撃が走った。

 涙で可愛い顔をぐしゃぐしゃにしたゆんゆんがあなたに抱きついてきたのだ。

 避けてもよかったのだが彼女の表情がやけに真に迫っていたし、あなたが避けた場合ゆんゆんはベンチに激突する事になる。その様を想像すると流石に不憫すぎて避けられなかった。

 おかげで折角女神アクアに綺麗にしてもらった服が早くも汚れてしまったが、それでも血染めよりはマシだろう。

 

「わた、わたし、あなたがわたしのせいで死んじゃったって! よがっだ! よがっだよおおおおおお!! うわあああああああああああん!!」

 

 今の今までベンチでのんきに眠りこけていたあなたは現在の状況がさっぱり分からなかったが、とりあえず自身が死んだと思われていた事だけは理解できた。

 その証拠に紅魔族の間にも安堵と弛緩した空気が漂っている。

 

 事情は分からないが、どうやら随分と心配と迷惑をかけてしまったようだ。

 あなたは自分達を温かい目で見守る紅魔族達に謝罪しつつ、わんわんと泣きじゃくるゆんゆんの頭を優しく撫でた。

 

 仮にあなたがノースティリスの友人達の前で血塗れで眠っていた場合、あなたはイタズラ心を全開にした彼らに花をいっぱいに詰め込んだ棺桶に叩き込まれて安らかに眠れとばかりに棺桶ごと燃やされるだろう。

 勿論あなたも同じ事をする。棺桶に詰められて燃やされた程度では自分達は死なないし、万が一そのまま火葬されてもどうせ復活するからだ。

 

 あなたはそんな世界でずっと生きてきた。

 それを思えばゆんゆんや紅魔族の反応は大袈裟すぎて逆に困惑してしまうほどだ。

 この世界の住人にとって命は重いものだと分かってはいるが、あなた自身の事になると話は別である。

 あなたは既に数え切れない数の死を重ねて己の屍を積み上げている。それ故にたかが一回死んだかもしれない程度でそんなに大騒ぎしなくても、という感情がどうしても先に来てしまうのだ。恐らくベルディアも同じ事を言うだろう。

 

「しかしよく生きてましたね。幾らなんでも今回は流石に駄目かと思いましたよ……生きてますよね?」

「そうだな、あの天変地異の中をよくぞ生き延びる事ができたものだ。あなたはあの時現地にいたのだろう? あそこで何が起きたんだ?」

 

 ダクネスの至極尤もな問いかけに、自身の胸の中で泣き続けるゆんゆんをあやしながらあなたはあの星落としは自分が引き起こしたものだと答えた。馬鹿正直に答えてしまった。

 ついうっかり、めぐみんや数百人もの紅魔族達の前で口を滑らせてしまったのだ。

 あなたはてっきり状況証拠で自分が星落としの犯人だとバレていると思っていた。

 天変地異扱いになっているのであれば知らぬ存ぜぬを貫いておくべきだっただろうかと考えるも後の祭。

 

「…………は?」

「うわ怖っ。なんかめっちゃめぐみん達の目が光ってるんですけど」

「う、うむ。正直私も少し腰が引けている」

 

 どこか暖かみを帯びていためぐみんの声が凍て付き、紅魔族達の間に急速にざわめきが広がっていく。

 夕闇のせいだろうか。あなたの目には彼らの瞳が爛々と燃えているように見える。

 

「ちょっと謝って! ほら、オークをやっつける為に自然破壊した事を早く皆に謝って!!」

「そ、そうだな! 助けられた身でこんな事を言うのは申し訳ないが私も謝罪すべきだと思う!」

「んあ……? ……うわっ! え、なんだこの目ぇ赤っ、怖っ!」

 

 あなたを包囲し、目を輝かせて鼻息荒くジリジリと近づいてくる紅魔族達の姿に怯えたのか、女神アクアとダクネスがあなたの背中を押してその場から離れていく。同時にカズマ少年が無事に目を覚ましたようで何よりだが、今は声をかけている余裕は無い。

 

「私達も知らない魔法を使う……!」

「星を落とす魔法……星落とし……!」

「星落とし! なんて素敵な響き!」

 

 何故か星を落とすという言葉が彼らの琴線に触れたようだ。

 あなたは先ほど駆逐してきたオークの姿を幻視する。

 見た目こそ雲泥の差だが、その熱意と興奮の度合いは同等のように思えた。

 

「平原ぶっ壊した事とウチの娘を泣かせた事は許すからちょっとだけ、ちょっとだけあの魔法を教えてくれないか?」

「使わないから、絶対使わないから!」

「先っぽだけでいいから!」

 

 あれは選ばれた者(イルヴァの冒険者)にしか使えない上、あまりに強い力のせいで味方はおろか自分すら傷つけてしまう大魔法なので他者に教えることはできない。

 

 あなたは迫り来る紅魔族達にキッパリと否を突きつけた。

 困惑から若干大袈裟な物言いになってしまった気もするが、とりあえず嘘は言っていない。

 

「…………」

 

 様子がおかしい。

 更に目をキラキラと輝かせてあなたを見つめてくる紅魔族の面々にあなたはたじろいだ。

 

「選ばれし者にしか使えない……!」

「星を落とす禁断の大魔法使い……!」

「か、カッコイイ! 自分を囮にして仲間の窮地を救う所もカッコイイ!」

「ファンになりました! サインください!」

 

 炎に冷や水を浴びせかけたつもりが、ぶちまけたのは熱した油だった。ちょうどそんな気分である。

 こんなに大勢の人間に裏の無い瞳で見つめられてチヤホヤされた経験など長い冒険者生活の中で一度も無いあなたはひたすらに困惑した。

 何とかゆんゆんが止めてくれないだろうかと見下ろすも、彼女は今も泣きじゃくってあなたにしがみ付いている。とてもではないが話ができる状態ではない。

 

「し、心配して損しました! というかなんですか! あなたがあんなもん使えるとか聞いてないんですけど!!」

 

 紅の包囲の向こう側で沈黙を保っていためぐみんが地団太を踏んでぶち切れた。

 星を落とした事や平原を盛大に荒らした事ではなく、あなたがメテオの魔法を使える事にぶち切れた。そんな事を言われても困る、というのが正直なところである。

 

「大体なんですか皆してあんな大道芸に興奮して! 爆裂魔法を使いにくいからってネタ魔法扱いしてる癖に! あんなの無駄に広範囲をぶっ壊すだけで爆裂魔法以上に使えないじゃないですか!」

 

 めぐみんの発言に異論は無い。むしろ全面的に同意せざるを得ないとあなたは大きく頷く。

 実際に爆裂魔法とメテオを比較した場合、彼女の言うように爆裂魔法に軍配が上がるだろう。

 

 爆裂魔法は無属性の超火力攻撃であり、それはノースティリスの冒険者であれば誰もが欲して止まない素晴らしいものでもある。

 一方でメテオは効果範囲こそ爆裂魔法を圧倒しているのだが、火炎属性である以上どう足掻いてもネタの域を出ない。

 これが火炎以外の属性だった場合は凄まじい猛威を振るっていただろう。それくらいノースティリスにおいて火炎属性は産廃なのだ。そう、この世界の者に爆裂魔法がネタ扱いされているのと同じように。

 

 決して属性として不遇だとか弱いというわけではない。属性攻撃といえば真っ先に炎が思い浮かぶ程度にはメジャーなものだし、耐性を持っていない相手の物資や装備を燃やしてしまうのでむしろ厄介なくらいなのだが、メジャーかつ厄介であるがゆえに真っ先に装備品で対策を取られてしまう。

 炎を扱うモンスターも多く、ノースティリスにおいて炎に耐性をつけていない冒険者などそれこそ駆け出しかモグリか変態くらいである。

 

「神だろうが魔王だろうがぶっ飛ばせる爆裂魔法の方が圧倒的に上なんですけど!!」

「お、おいめぐみん。何があったかは知らないけどちょっと落ち着けって」

「ちょっとカズマは静かにしていてください! これは私のアイデンティティーの問題なんです! 絶対に引けない戦いなんです!!」

 

 顔を真っ赤にして喚き続けるめぐみんに辟易したのか、一人の中年の紅魔族が溜息を吐いた。

 

「めぐみん、いいか? 落ち着いてよく聞け」

「……なんですか」

「それはそれ、これはこれ!」

「…………はぁあああああああああああ!?」

 

 ぶちっ、という音が聞こえた気がした。

 キレた。事ここに至って、めぐみんが本当の意味でキレたのだ。

 魔力が残っていたらこの場で爆裂魔法をぶっ放していた事は想像に難くないレベルのマジギレである。

 

「なんですかなんですかそんなに星落としがいいっていうんですか!!」

「ああ! だってカッコイイじゃないか!」

 

 全ての紅魔族が一斉に頷いて唱和する。

 めぐみんを煽っているのかと疑いたくなる光景だ。

 

「こんっ、の……! 爆裂魔法は落ちてきた星すら一撃で砕いてみせます!! あれが星落としなら爆裂魔法は星砕き!! ええそうです! あんなのに爆裂魔法が負ける筈がありません!!」

 

 諸悪の根源にして星落としの使い手であるあなたが何を言っても無駄だろう。さっきの今で申し訳ないが何とか説得してもらえないかとあなたは静かになったゆんゆんに声をかけた。

 

「…………」

 

 反応が無い。

 今度は身体をゆすってみる。

 

「んぅ……すぅ」

 

 先ほどからやけに静かだと思っていたら、ゆんゆんは泣き疲れて眠っていた。

 やはり紅魔族という事だろう。自由すぎて乾いた笑いしか出ない。

 

「爆裂魔法なら負けないっていってもなあ。口で言うだけなら簡単だろ」

「……なら、見せればいいんですね? 私が星を砕く様を見せればいいわけですね?」

「いや、幾らめぐみんが紅魔族随一の天才でもあれは無茶だろ。それこそ爆発魔法でも厳しい……」

 

 ぶっころりーの言葉を遮るようにめぐみんはマントを翻し、大声で名乗りをあげた。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才と呼ばれ、アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!!」

 

 里中に響き渡った衝撃の告白に虚を突かれた紅魔族の隙を突き、爆裂魔法を極めんとする頭のおかしい爆裂娘はあなたに……頭のおかしいエレメンタルナイトに挑戦状を叩きつける。

 

「アクセルのエース! 私と勝負しなさい!! あなたの星落としと私の星砕き、どちらが上か雌雄を決しようではありませんか!!」

「えっ」

「ちょっ」

「待っ」

 

 かつてあなたに勝負を挑んだゆんゆんを彷彿とさせる、いっそやけっぱちですらあるめぐみんの啖呵に慄然するカズマ少年達の顔はオークに囲まれていた時と同等、あるいはそれ以上に青い。

 

「私はやりますよ! ええ、ええ! やってやりますよコンチクショー!! 爆裂魔法を誰よりも愛する私が吠え面かかせてやりますからどいつもこいつも精々その無駄に赤いめんたまかっぽじってよーく見ておくがいい!!」


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