このすば*Elona   作:hasebe

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第85話 Sister Princess

 先日()の一件で盛大に肝を冷やしたあなただったが、不幸中の幸いとでも言うべきか、コロナタイトが取り込まれて紛失する、という最悪の事態には陥っていなかった。

 楽しみにしているデストロイヤーの改良型や量産型に必要不可欠であろうアイテムの紛失となると、流石のあなたも黙っていないので妹が珍しく空気を読んだのだろう。溢れた余剰エネルギーだけで十分すぎるほどコロナタイトの出力が凄まじかったとも言える。

 

 妹の日記を読んでいないので本格的に顕現したわけではないにせよ、時間限定でそれなりの自由を手に入れた妹だが、主であるあなたの意向もあって、今の所は何をするでもなく四次元ポケットの中でおとなしくしていた。日記への侵食もあなたが知る限りはあれ以来一度も行っていない。

 妹はお兄ちゃん至上主義の生き物な上に兄を信仰しているので、多少問題行動を起こしたとしても基本的にあなたの意思を尊重する。

 尊重はするのだが、是が非でも遵守するわけではない。

 あなたが他者に侮られたり罵倒された程度では早々行動には移さずとも、他ならぬ兄妹という要素が絡んだ時、彼女達の堪忍袋の尾はいとも容易く千切れ去り、殺意と共に牙を剥く。

 めぐみんのように、あなたが妹的存在だと認識している自分以外の者、あなたを兄と呼ぶ者、そしてブラコンのツインテール(キャラ被り)を彼女は決して許しはしない。

 

 盲目的にして狂気的な兄への愛情。

 それこそがそうあれかしという幻想で紡がれた彼女達の存在意義であるが故に。

 

 

 

 

 

 

 この国の第一王女、アイリスとの面会を翌日に控えた日の午後。

 最近の日課と化したハンマーのレベル上げを昼過ぎで切り上げた後、あなたはあてもなく街の中をぶらついていた。

 

 初日に火事というちょっとした事件は起きたものの、購入者の口コミが広まったおかげで安価で珍しい便利道具を取り扱うウィズ魔法店は繁盛が続いている。

 完売御礼が続く毎日にバニルのテンションも天井知らずだが、きっとウィズはこの黒字で素晴らしい産廃を仕入れてくれるのだろう。

 彼女の商才の無さを誰よりも信じているあなたはその時が今から楽しみでしょうがなかった。

 

「あの、すみません。少しお時間よろしいですか?」

 

 暇つぶしにギルドに寄って依頼でも受けて帰ろうかと考えていると、誰かが声をかけてきた。

 黒を基調とした服装の上から黒いローブを身に纏い、更には大きな杖を背負った、一目で魔法使いだと分かる格好のフードを被った女性だ。

 文字に起こしてみれば紅魔族と似たような風体をしているものの、彼らと違ってどうにも全体的に地味めな印象を抱かせるのはよく言えば落ち着いた感じの、悪く言えば幸が薄そうな雰囲気を纏っているせいか。

 地味な外見に反して両手の指には幾つもの色とりどりの指輪を嵌めており、そこだけがやけに異彩を放っていた。

 

 指輪もそうだが、彼女の装備品はどれも王都で販売しているような一級品だ。レベルも恐らくは40を超えている。

 王都ならともかく、この駆け出し冒険者の街にレベルが20を超えている女性冒険者は非常に少ない。

 30以上などあなたはゆんゆん、そして現役を引退したウィズしか知らない。

 サキュバスの店のお世話になっている高レベル男性冒険者はそれなりに在籍しているものの、平和なアクセルは依頼の質や稼ぎも相応なので、ある程度成長したらもっと稼ぐことのできる他の街に行くのが定例である。

 

 そんなわけでアクセルでは非常に希少な高レベルの女性だが、あなたはこの女性をどこかで見た覚えがあった。

 はて、どこだったか。

 

「実は道に迷ってしまって。……という場所に行きたいのですが」

 

 彼女が口にしたのはあなたも知っている場所だった。

 あなた達が今いる場所からは少し距離があるので折角だからと道案内を申し出たあなただったが、女性はそれには及ばない、と首を横に振った。

 

「口頭で大丈夫です。お手数かけてしまってすみません」

 

 あなたの説明を聞いてしっかりとメモ帳に書き込み、礼を言って去っていく女性の後ろ姿を見送りながら、やはり自分は彼女とどこかで会った事があるとあなたは確信した。

 しかしどこで会ったかは思い出せない。

 まさに今の状況と似たようなシチュエーションがあった筈なのだが。

 

「……? ……あっ」

 

 振り返った女性とあなたの目が合った。

 じろじろと自身を観察するあなたの視線に気付いた女性は、あなたがまずいと思う間も無く赤くなった顔をフードを深く被って隠してそそくさとその場から立ち去ってしまった。

 流石に不躾すぎたかと考えるも後の祭である。

 反省しつつも踵を返して帰路に付くあなただったが、暫くすると後方から駆け足の音が聞こえてきた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 振り返ってみれば、あなたを追ってきたのは先ほどの魔法使いの女性だ。

 あなたの前で立ち止まった彼女は軽く息を切らせながらフードを脱いで顔を顕にする。

 

「すみません、いきなり逃げた上に大声で呼び止めてしまって……どうもお久しぶりです。私の事覚えてますか?」

 

 まるでナンパのような物言いだが、素顔を完全に晒した女性を見て、あなたはようやく謎の魔法使いの正体に思い至った。

 彼女は以前あなたが王都で女神エリスが宿泊している宿を探す際に世話になった魔法使いの女性だ。

 確か、名はレインといったか。

 

 話を聞いてみれば、普段は王都に住んでいるレインは仕事でアクセルに来ているらしい。

 無事に仕事を終わらせた後、観光ついでにアクセルを見て回っていたのだが、気が付いたら道に迷っていたとの事。アクセルに来たのは今回が初めてだそうだ。

 

 いつぞやのお返しという事で改めて道案内を買って出たあなたにレインは少しだけ困ったような顔をしたものの、結果的にそれを受け入れてくれた。

 

 

 

「アクセルは本当に平和ですね。王都の住民にありがちなどこか切羽詰った空気のようなものが感じられません。この国で一番治安がいいと言われているのも頷けます」

 

 道案内の道中、おのぼりさんのように街中を見渡していたレインは突然こんな事を言い始めた。

 王都は魔王軍の襲撃が発生する事からあまり平和とは言えないのだろうが、この世界の住人からしてもアクセルの治安の良さは目を引くものらしい。

 王都を含む冒険者が多い街は決まって治安がよくないものなのだが、アクセルは駆け出し冒険者の街であるにも関わらず治安がいい。

 だが治安維持の一翼をサキュバスが淫夢を見せてくれる風俗店が担っていると知ったら彼女はどんな顔をするのだろうか。

 

「あなたもご存知だとは思いますが、アクセルは昔から数多くの英雄を輩出してきた街として有名でして。その中でも私、氷の魔女さんの大ファンなんです。……あ、ご存知なんですか? 私が子供の頃に大活躍していた凄腕アークウィザードの女性なので、今の王都では知る人ぞ知るっていう方なんですけど」

 

 そう言ってレインは財布から一枚のブロマイドを取り出した。

 目つきは鋭く露出度も臍や肩が出ていたりと非常に高いが、やはりレインの言う氷の魔女とはウィズの事だったようだ。

 今となってはすっかり落ち着いてしまった新感覚癒し系ぽわぽわりっちぃが魔王軍絶対ぶち殺すウーマンだった時期の姿を久しぶりに見たあなたは激しく居た堪れない気持ちになった。帰ったらこのネタでウィズをからかう事にしよう。

 

「あと最近の有名人だとそうですね……魔剣の勇者のミツルギさん、そして頭のおかしいエレメンタルナイトさんが有名ですね。後者の方はたまに王都に来るらしいんですが、普段はアクセルで活動しているって聞いています」

 

 会話に軽く相槌を打ちながらあなたは一瞬だけ眉根を顰めた。

 まさにここにその頭のおかしいエレメンタルナイトがいるわけだが、レインはわざと言っているのだろうか。あるいは何かの当て付けのつもりなのか。

 勘ぐるあなただったが、目の前の女性はそのような素振りは全く見せようとしない。

 どうやらレインは本当にあなたの正体を知らないようだ。

 王都で活動する冒険者であれば誰もが一度は防衛戦で暴れ回るあなたの姿を見ている。

 あなたはてっきりレインを冒険者だと思っていたのだが、たまたまその時王都にいなかったのでなければ、もしかしたら彼女は冒険者ではないのかもしれない。

 

 レインが語る頭のおかしいエレメンタルナイトの、微妙に設定が盛られている、しかしまるっきり嘘というほどではない逸話を聞きながら、あなたはそう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 そうして王都からの来訪者と出会った翌日。

 あなたは王女と面会すべくダスティネス邸に訪れていた。

 ウィズとゆんゆんは連れてきていない。デストロイヤー戦やハンス戦で何もしていないわけではないのだが彼女達はあなたのパーティーメンバーではないし、呼ばれたのはあなただけなのだ。

 

 さて、ダスティネス邸はアクセルのメインストリートに建っているダクネスの実家であり、大貴族の名に恥じない規模の立派な邸宅だ。

 領主であるアルダープの屋敷と比較すると豪奢さでは劣っているものの、大きさでは勝っているその邸宅は威風堂々、質実剛健といった言葉が当て嵌まるだろう。実に解体の遣り甲斐がある場所である。

 

 そんなダクネスの実家には現在王女が宿泊しており、屋敷はネズミ一匹通さないとばかりに厳戒態勢が敷かれている。

 邸宅の門の前には幾人もの兵士が立っており、見るからに物々しい雰囲気だ。

 

 念入りに身体検査を行った後、玄関であなたを出迎えたのは純白のドレスを着たダクネスだった。

 普段は後ろで一まとめにしている長い金髪は今日は三つ編みになっており、右肩から前に垂らしている。

 活動的な格好をしているダクネスしか見た事がないあなたにとってはまるで別人かと見紛う劇的な変貌だ。こうしていれば立派な貴族の少女なのだが。内面はともかくとして。

 

「当家にご足労いただき感謝いたします。本日はわたくし、ダスティネス・フォード・ララティーナが接待役(ホステス)を務めさせていただきます。どうかご自分の家だと思い、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」

 

 背後に使用人を引き連れて深々と頭を下げて挨拶してきたダクネスにあなたは返礼を行う。

 長年冒険者活動を行っているあなたにとっては丁重なもてなしなど慣れたものであり、肝心の異世界間のマナーのギャップ埋めに関しては事前にウィズやベルディアに手伝ってもらった事もあって完璧な応対ができた筈なのだが、何故か背後の使用人が表情には出さずとも驚きの感情を抱いているように思えた。あるいは困惑か。

 その一方で柔らかい微笑を湛えていた、見た目だけならまさに深窓の令嬢といったダクネスはほっと安堵の表情を浮かべている。とりあえずあなたがおかしい事をしてしまったわけではないようだ。

 

「サトウカズマ様達がお越しになられるまでの間、少々こちらでお待ちください。それとこちらで預からせて頂いていた荷物をお返ししておきます」

 

 屋敷に招き入れられたあなたが通されたのは応接間。

 安全確認を終えたのか、演奏に使う予定の楽器を手渡されたものの、流石にここで演奏の練習を行うわけにもいかずやる事が無い。

 あなたは暫くの間ソファーでおとなしく寛ぐ事にした。

 

 

 ――ねえねえお兄ちゃん。今日会うお姫様ってこの国の王子様の妹なんでしょ? シスターでプリンセスなんでしょ? やっぱり強いのかな? まあ私ほどの妹力(いもうとパワー)は持ってないと思うけどね! ところでお兄ちゃんの呼び方はお兄ちゃんが一番だよね!

 

 

 仮にも一国の王女ともあろうものが忌もうとパワーを持っていたら世も末だが、その戦闘力とパンツに関してはあなたとしても興味が無いわけではなかった。

 これはイルヴァにおいても頻繁に行われている事なのだが、王族や有力な貴族が強い力を持った勇者や英雄を自身の家に取り込み、その血によって潜在能力を高めるというのはさほど珍しい話ではない。

 ここで忘れてはいけないのは彼らが欲しているのはあくまでも英雄や勇者であって、断じて独自の価値観と倫理感で動く制御不能の廃人などではないということだ。普通に家が潰れかねないので妥当だろう。あなたもイルヴァではめっきりその手の勧誘を受けなくなって久しい。

 

 そして魔王軍に脅かされているこの国の王や第一王子が神器を手に最前線で戦っているというのはあなたも知る所である。

 彼らと同じように高級食材で能力を上げているであろう王女が弱いというのは考えにくい。

 例え弱くても王族だ。つまりレア物、剥製にした時に価値のある存在である。

 どうしてこの世界は命の価値が重い上に人間も魔物も死んだ時に剥製をドロップしないのだろう。この世界にあなたが抱く数少ない不満点だった。

 

 茶菓子を齧りながらそんな事を考えていると、やがて使用人に案内されてカズマ少年達がやってきた。

 

「よっす、どうも。今日はよろしくな」

 

 気軽に片手を上げて挨拶してきたカズマ少年はあなたと同じく礼服を着用しているが、女神アクアとめぐみんはいつも通りの格好だ。

 女神アクアはともかくとして、めぐみんの普段の服装は紅魔族らしく奇抜さに溢れているのだが、それは大丈夫なのだろうか。

 

「私とアクアはドレスの仕立てが間に合わなかったんですよ。ダクネスのドレスを借りる予定です」

 

 女神アクアはともかく、ウィズと女神ウォルバクとゆんゆんとめぐみんによる四人組、SGGHウィッチーズにおけるHopeless担当にGreat相当のダクネスの服が着れるとは到底思えない。

 早くも先行き不安になったあなただが、内心をおくびにも出さずに適当に頷いておいた。

 

 

 

「……なんかこうして何もせずにじっとしてるのって落ち着かないな」

 

 やってきて少しの間はあなたと同じように大人しくソファーに座っていたカズマ少年達だが、数分も経つと暇を持て余したのか席を立って応接間の中をうろつき始めた。

 

「ふぅむ……これは中々……」

 

 調度品の一つである壁にかけられた絵画を見ながらカズマ少年が顎を撫で、感心した風な声を発した。

 ヒトの絵、だろうか。肌色で頭部と胴体と四肢と思わしき物が描かれているように見えるので多分ヒトだろう。

 あなたの目には子供の落書きにしか見えないのだが、カズマ少年はそうは思っていないようだ。

 

「カズマ、そんな落書きが気に入ったのですか? こんなの私の実家に行けばこめっこが描いた絵で幾らでも見れますよ」

「こめっこちゃんの絵は見せてもらうが、それはさておき、これだから無教養の人間は困る。めぐみんは知らないだろうけどこれは前衛芸術っていう立派なアートなんだよ。落書きにしか見えなくても見る人が見れば素晴らしい芸術品なんだ。キュビズム? とかシュールレアリズム? とか超有名だし」

 

 あなたの知らない知識を披露するカズマ少年にめぐみんがそうなんですか、と目を丸くして感心を顕にする。

 

「……む、言われてみれば確かに趣があるような無いような」

「だろ? こういうものなんだよ。こんなに立派な額縁に入れて飾ってるんだからさ。これはきっと名のある画家が描いたものだな」

 

「絵心のある私からすると、それってただの落書きだと思うの。二人とも、あんまり知った風な口を利くと後で恥かくわよ。あなたもそう思うでしょ?」

 

 お茶を啜りながらあなたと最後の打ち合わせをしていた女神アクアが、推定名画に見入ってこの曲線がいいだの色使いが素晴らしいだのとそれっぽい事を言い合う二人を可哀想な物を見る目で見た。

 どれだけ頑張っても件の絵が子供の落書きにしか見えないあなたとしては断然女神アクア側なのだが、あそこまで堂々と言い切るカズマ少年を見ていると異世界なのでそういうものなのかもしれない、と思えてしまう。

 あなたは自分が演奏以外の芸術活動に疎い事をアピールし、それとなく女神アクア寄りの中立を貫くことにした。

 

「アクアまでそんな事言うのか。絵が上手いのと鑑定眼がある事は別なんだな」

「カズマがそう思うのならそうなんでしょう。カズマの中ではね」

 

 やれやれ、とニヒルに笑って肩を竦めるカズマ少年。

 女神アクアは鶏の卵をドラゴンの卵だと言い張っていた前歴があるので何とも言いがたい。

 そんな中、ダクネスが使用人を伴って何着ものドレスを持って部屋に入ってきた。

 

「すまない、待たせたな。幾つかドレスを見繕ってきたから隣の部屋で……」

 

 途中で言葉を止めたダクネスは少しだけ顔を赤くして口を開く。

 

「カズマ、めぐみん。その絵は私が子供の頃に父を描いたものだ。やけに気に入った父が客に自慢する為にわざわざこうして立派な額縁に飾っていてな……その、恥ずかしいからあまりジロジロと見るのは止めてほしいのだが……おい止めろ! いたた、三つ編みを引っ張るんじゃない!」

 

 あなたの半笑いと女神アクアのニヤニヤ笑いを受け、大恥をかいたカズマ少年とめぐみんが真っ赤な顔でダクネスに八つ当たりを始めた。

 

「じ、実は知ってました! ええ、カズマと違ってちゃんとした審美眼を持ってる私はこれがアートじゃないなんて事は始めから全部全てまるっとどこまでもお見通しでしたよ!? さっきまでのはちょっとカズマに付き合っただけですし!?」

「あっ! めぐみんてめえ!」

 

 この後女神アクアとめぐみんは隣の部屋でドレスに着替えたのだが、案の定とでも言うべきか、めぐみんはダクネスの子供の頃のドレスすら胸も腰も大きすぎて手直しをしないとまともに着れなかった。

 ウィズの服など着せようものなら誰にとっても悲しい結末にしかならないだろう。

 

 余談だが、紅魔族の里であなたが会っためぐみんの母親はとても二児の母とは思えない若々しくたおやかな女性だったが、めぐみんそっくりの非常にスレンダーな体型をしていた。

 遺伝的な視点ではめぐみんの将来はかなり絶望的である。

 

 

 

 

 

 

「ダクネス、アクア、めぐみん。さっきからずっと考えてたんだが、もしお姫様が俺を親衛隊か何かに引き入れたいという話になったら、俺はもしかしたら引越しとか考えてしまうかもしれない。折角の屋敷から去るのは心苦しいが、そこだけは覚悟しておいてくれ」

「いきなり何を言い出すかと思えば……ただの表彰と会食だと言っているだろうが。何をどう間違ってもカズマが考えているような事にはならないから安心しろ」

 

 ホステスであるダクネスに連れられ、あなた達はパーティー会場である晩餐会用の大きな部屋の扉の前に辿り着く。

 既に王女アイリスは部屋の中で待っているとの事で、あなた達に振り返ったダスティネス家の令嬢はかつてない緊張感と共にあなた達の顔を見回した。

 

「……よし、改めて言っておくが、相手はこの国の姫君だ。カズマ、お前に関してはなんだかんだいって一線は越えないと思っている。だがこの私がメイド服姿で奉仕までしたのだ。これで何かやらかした日には本気で覚悟しておけ。アクアは彼の演奏をバックに芸を披露するという話だが、あまり無茶な芸は止めろ。あと演奏に関しては私の方から事前にアイリス様に許可を得ているからそれについては安心してほしい。最後にめぐみんは今から身体検査をさせてもらう」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよダクネス! なんで私だけ身体検査なんですか!? 調べるならまずそこの頭のおかしいのでしょう!? 平然とした顔で突っ立ってますけど私には分かります。アレは絶対武器とか危険物とか隠し持ってる顔ですよ! それもダクネスの屋敷が吹っ飛ぶようなヤバいのを! ああいう顔の人間はこういう大きくて立派な屋敷は吹き飛ばしたらさぞかし気持ちがいいだろうなって思ってるに決まってるんです!」

 

 めぐみんはたまにとても鋭い事を言う。

 一見すると寸鉄も帯びずにこの場に立っているあなただが、四次元ポケットの魔法を使えば一瞬で完全武装状態になれるし、屋敷どころかアクセル全域が吹き飛ぶ核爆弾を筆頭に玩具も多数取り揃えている。

 まあそんな物を使うまでも無くメテオを使うだけでお釣りが来るのだが。

 そういう意味ではあなたやめぐみんのような魔法使いに身体検査というのはあまり意味が無い行為と言えるだろう。

 

「大体私達はさっき同じ部屋で着替えたばっかりじゃないですか! 甚だ遺憾ですよこれは! いいんですか、出るところに出ても……ひゃあ!?」

 

 最早問答無用とばかりにダクネスがめぐみんに身体検査を行うべく襲い掛かった。カズマ少年は突然始まった綺麗どころによるキャットファイトに目が釘付けになっている。

 あなたはてっきり詰め物でもしていると思っていたのだが、肩が完全に露出した黒のドレスを着ているめぐみんの不自然に膨らんでいた胸元からは、煙玉、そしてどこで仕入れたのか爆発ポーションといったダクネス的にNGなアイテムがどんどん出てくる。

 危険物を持ち込むならちゃんと身体検査を行っても分からないように持ち込むべきだ。頭のおかしい爆裂娘は微妙に常識が足りていない。

 

 あなたがめぐみんの浅慮に呆れていると、カズマ少年が声をかけてきた。

 

「なあ、ダクネスが言ってたけど本当にお姫様の前で演奏するのか?」

 

 メインはあくまでも女神アクアの芸でありあなたは彼女の引き立て役に過ぎないが、そういう事になっている。

 アルダープのようにケチな事を言わず、王族なのだからせいぜいおひねりを弾んでほしいところだ。

 

「アクアの芸は俺も何度も見てるけど、演奏、演奏なあ……。相手はお姫様だろ? 絶対耳は肥えてるだろうし、そこんとこ大丈夫なのか? 不敬になったりしないか?」

「カズマはあの時聴いてなかったんだっけ? まあこの私の宴会芸に負けず劣らずで、こうしてバックミュージックを担当させてもいいと思ってる程度のレベルだと言っておきましょうか。私と違って代価としておひねりを回収していくスタイルだから、どっかそこら辺の人通りの多い場所で弾き語りやるだけでスカウトが舞い込んで一生食っていけるんじゃないかしら」

「なんで冒険者みたいな危険で不安定な職に就いてんの?」

 

 以前ウィズにも答えたが、ライフワークだからとしか答えられない。

 そういう生き方が根付いてしまった以上、あなたは今更冒険者を止める気にはなれなかった。

 演奏家では前人未到の秘境に足を踏み入れるなど夢のまた夢だし、神器のような金で買えない貴重な物品も早々手に入らない。

 自分が知らない場所に行ってみたい、見てみたい、手に入れたい。

 ありきたりと言ってしまえばそれまでだが、そんなありきたりな欲望があなたの行動原理の一つである事は確かな事実だった。今この瞬間ですらあなた(異邦人)にとっては奇貨に他ならない。

 

「……すげえ。なんかいかにも正統派冒険者って感じの答えだ。ここまでそれっぽい台詞を聞いたのはこの世界で初めてな気がする」

「カズマも少しは見習ったら?」

「お前は最弱職の俺に何を期待してんの? こうしてお姫様が会いに来るようなパーティーになっただけで十分すぎるだろ。むしろもっと調子に乗っても許されると思うんだけど」

「そっちじゃなくて、この人の敬虔さとか、異教徒であるにも関わらず麗しき女神である私に敬意を払う立派で殊勝な態度を見習いなさいって言ってんのよ。分かったらカズマは水を被って心を入れ替えて私を崇め奉って優しくしなさい」

「悪いけど正直そっちに関しては理解できない。アクシズ教徒でもなけりゃウィズっていう弱みを握られてるからこその態度じゃないみたいだしマジで理解できない」

 

 あなたからしてみれば相手が女神だと知って尚ここまで粗雑に対応できるカズマ少年こそ理解に苦しむ。それどころか彼は信仰そのものに胡散臭さを感じている節すらある。

 女神アクアへの態度はさておき、信心深さについてはニホンジンは大体こんな感じで魔剣の人みたいなのがむしろおかしいとの事だが、どのような環境で育ったらそうなるのだろう。恐ろしい。神無き世界などまるで末世ではないか。

 

 

 

 

 

 

 あらかためぐみんが持ち込んだ危険物を回収し終え、激しい抵抗にあって息を若干荒くしたダクネスが扉に手をかけた。

 

「……そろそろ行くぞ。いいか、何度も言うようだが、アイリス様の相手は私がするから、皆は適当に頷いてくれればいい。私がその都度フォローを入れるか説明をする」

 

 扉を開け、晩餐会用の広間に足を踏み入れる。

 広い部屋の壁際には何人もの使用人達が微動だにせず佇んでいた。

 

 一面に赤い絨毯が敷かれた部屋の中央には様々な料理が乗ったテーブルが設置されており、テーブルの奥にはダクネスや女神アクアと同じく白のドレスを着た金髪碧眼の少女が座っている。

 両隣に護衛と思わしき女性を立たせている彼女こそがこの国の王女、アイリスなのだろう。

 

 なるほど、確かに王女というだけあって剥製のし甲斐がある綺麗な少女だ。

 博物館に飾れば人目を集めるのは間違いない。

 

 だがそれだけだ。

 

 強い事は強いのだろうが、ベルディアほどではない。あなたの遊び相手にはならない。

 自身を傀儡にしようとする者を一人残らず処刑するような苛烈さも、自身を含んだ世界全てを盤上遊戯に見立てるような傲慢さもカリスマも感じない。

 

 今までに幾度と無く見てきた、良くも悪くもごく普通の王侯貴族の少女。

 実際に人となりを知れば変化するのかもしれないが、少なくともこれがあなたが王女アイリスに抱いた第一印象である。

 

 早々に王女への興味を失ったあなただったが、王女の付き人に関してはその限りではない。

 あなたから見て王女の左。この場において唯一帯剣を許されている白スーツの麗人の反対側に立つ女性。実に奇遇な事に、あなたの知る人物がそこにいた。

 

「…………!?」

 

 あなたが部屋に入ってきた瞬間から驚愕に目を見開いていたのは、魔法具の指輪を幾つも身に付けた黒いドレスの女性、アークウィザードのレインだ。どうしてあなたがここに、そう言いたげな目をしているが、それはあなたも同じだ。

 王都から仕事で来ていたという話だったが、まさか彼女が王女の付き人だとは思わなかった。

 しかしなるほど、そのような境遇であれば今の今まで王女とは縁の無かったあなたの事を知らないわけである。王宮勤め、それも王女の護衛ともなれば市井で活動する冒険者と顔を合わせる機会などそう無いだろう。

 あなたがレインに名乗っていれば話は別だったのだろうが、生憎あなたは王都でもアクセルでも彼女に名乗っていない。

 それとなく目礼すると、レインは引き攣った笑みを浮かべた。

 あなたが頭のおかしいエレメンタルナイトではありませんように、そんな事を考えているように見える。現実はいつだって残酷だ。

 

「お待たせいたしましたアイリス様。こちらが我が友人であり冒険仲間でもあります、サトウカズマとその一行、そして……」

 

 ダクネスが王女にあなた達の紹介を行い、次いであなた達に挨拶を促した。

 真っ先に一礼したのは女神アクアだ。

 完璧な作法だというのに、カズマ少年やめぐみんはおろかダクネスまで驚いている。

 

「アークプリーストを務めております、アクアと申します。どうかお見知りおきを。……では、挨拶代わりに早速一芸と演奏を披露させていただきます」

 

 女神アクアがあなたに視線を投げかけてきた。

 早くも出番のようだ。

 楽器ケースに手をかけたあなただったが、ダクネスが女神アクアの腕を引っつかんだ。

 

「も、申し訳ありませんアイリス様。ちょっと仲間に話が……」

 

 女神アクアに何か問題でもあったのだろうか。傍目にも完璧な一礼だったのだが。

 不思議に思うあなただったが、ダクネスの一瞬の隙をついてめぐみんが自身のスカートの中に手を突っ込み、中から黒マントを取り出した。

 

「問われて名乗るもおこがましいが、産まれは彼方、紅魔の里! 十三の年から親に放れた我が名は……もがっ」

「あ、アイリス様、しばしお待ちを!」

 

 マントを派手に翻し、堂々と名乗り口上を始めためぐみんの口を押さえたダクネスは必死に笑顔を作っているものの、早くも泣きそうな顔になっている。

 カズマ少年は王女アイリスに夢中になっているようだし、ここは自分がダクネスの心労を和らげるためにもしっかりと挨拶を決めるべきだろう。

 

 あなたが一念発起していると、感動の目で自身を見つめるカズマ少年を冷めた目で一瞥した王女アイリスが白いスーツの女性に耳打ちを行った。

 王女の代わりに護衛が口を開く。

 

「その風体、あなたがサトウカズマ殿ですね? しかし王族をあまりそのような目で不躾に見るものではありません。あなた達は冒険者であるが故に多少の無礼は許容しますが、本来であればこうして直接姿を見る事すら叶わぬと知りなさい。理解したのであれば身分の差を弁え、頭を低く下げ、目線を合わせずに。そして早く挨拶と冒険譚を。芸と演奏をするのであれば早くしなさい。……アイリス様はこう仰せだ」

「おいダクネス、チェンジだ」

 

 あなたは既の所で笑うのを堪えた。

 本人を前に堂々とチェンジとは。剛毅にも程がある。

 折角の異邦の地における王女との会見だ。キョウヤから聞いていた話とは随分毛色が違うにせよ、もう少し面白いものが見れると思っていたあなたとしては彼の気持ちは分からないでもなかったが、ダクネスの面子もある。チェンジなどとは中々言える事ではない。

 

「アイリス様、少々お待ちくださいませ! 仲間達が緊張のあまり興奮しております。ちょっと部屋の隅で話をしてまいりますので……!」

 

 あれだけ念を押していたにも関わらずやりたい放題の仲間達に涙声のダクネスがカズマ少年の頭を引っぱたき、そのまま女神アクアとめぐみんを連れていってしまった。

 結果、あなただけが一人取り残される。

 

「…………」

 

 あなたを観察する視線が二つ。神に祈るような切実な視線が一つ。後者はレインのものだ。

 サンドバッグの刑を宣告される三秒前の罪人が丁度あんな顔をしていた。

 とりあえず名乗れとの事なので名乗っておくべきだろう。ごく普通に、王族に向けるように。

 

「あなたが巷で噂の頭のおかしいエレメンタルナイトね? と仰せだ」

 

 あなたの名乗りを受けた王女はそう問いかけた。

 王女にまで広まっている異名に色々と思うところはあるものの、確かにそう呼ばれている者であると肯定しておく。サンドバッグの刑を宣告されたわけでもないのに、棒立ちのレインが膝をガクガクと震わせ白目を剥いた。

 

「私がお願いしても危ないからと皆が会わせようとしなかったのでどんな人なのかと思っていたけど、頭のおかしいエレメンタルナイトと呼ばれている割には随分と普通な感じなのね、と仰せだ」

 

 退屈そうに自分を見つめる王女に、あなたは自分はどれだけ無礼な人間だと思われているのだろうと軽く辟易する。

 接待役のダクネスの顔を潰さないように振舞ってるとはいえ、王女にはどんな社会不適合者が出てくるのを期待していたのか問いただしてみたいところだ。

 護衛であるレインと麗人を血祭りにあげて頭のおかしさを存分に見せつければ王女は満足してくれるのだろうか。お咎め無しを確約してくれるのであれば全力で血塗れの聖剣(岩付き)を振るう所存だが。あなたはそんな事を思った。

 

「――――ぅぐへぇっ!?」

 

 凄まじく酷い声をあげたのはレインだ。

 今まで沈黙を保っていた護衛の突然の奇声に、王女だけではなく、使用人やカズマ少年達も驚いている。勿論あなたも驚いた。

 

「……おいレイン、どうした? 死にそうな顔色だぞ」

「す、すみません。大丈夫です」

「そうは見えんが……というか、ぅぐへぇってお前」

 

 目を泳がせ、冷や汗をだらだらと流すレインを王女アイリスがとても心配そうに見つめている。

 レインは緊張が限界を超えたのかもしれない。

 王女もまさかレインが王都でも有名な頭のおかしいエレメンタルナイト本人を相手に散々「私も話に聞いただけですけど、正直ドン引きですよね」みたいな事を言っていたとは夢にも思うまい。

 それにしたって彼女のリアクションは大袈裟すぎる気がするが。

 

「私はアークプリーストです。もしお加減がよろしくないのであれば、回復魔法を使いますが」

「いえっ、それには及びません。お気遣いいただきありがとうございます」

「そうですか、気分が悪くなったらいつでも仰ってください」

 

 レインに柔らかく微笑む女神アクアを、カズマ少年達は得体の知れない者を見る目で凝視している。女神アクアへの評価が窺える一幕だ。

 

「護衛の方の気分が優れないようですね。ちょうど私達の自己紹介も終わったところですし、僭越ですが、私どもの音楽と芸で気分転換などいかがでしょうか」

「よしなに、と仰せだ」

 

 王女の許可が出たからか、ダクネスも止めようとはしない。

 立ったまま演奏を聴くわけにもいかないとダクネスが王女の右隣の席に座り、めぐみんが更に続く。

 一方でカズマ少年は王女の左隣に座るように指示を受けていた。

 

 どうやら今度こそ本当に出番が来たようだ。

 手招きする女神アクアの斜め後ろに立ったあなたは愛器であるストラディバリウスをケースから取り出す。

 

「ほう……」

 

 帯剣した護衛の女性が目を細めて感嘆の声を漏らし、王女に耳打ちを始める。

 

「私が見たところあれは相当の……はい……この分であれば多少は……しかしあんなものをどこで……」

 

「めぐみん、私は聴いていないんだが、実際のところ彼の演奏の腕前はどうなんだ? アクア曰く凄まじいものらしいが」

「ぶっちゃけ上手いを通り越してドン引きするレベルですね。私もゆんゆんも気付いたらおひねりを投げてました。ですが安心してください。星砕きの名にかけて今度こそ私は負けません」

「めぐみんは何と戦っているのだ?」

 

 

 

 

 

 

「以上です。ありがとうございました」

 

 数分という短い間だったが、芸と演奏の披露を終え、女神アクアとあなたが深く一礼すると同時、ワっという歓声と万雷の拍手が鳴り響いた。

 今回の演奏は前回と違って短時間であり、更に様々な芸を披露する女神アクアの引き立て役に徹したせいもあってか、聴衆が滂沱の涙を流して聞き入る、といった異様な事態には陥っていない。

 王女も興奮してあなた達に拍手を送っている。

 

「素晴らしい、芸も演奏も本当に素晴らしかったわ! 褒美を取らせます! クレア、早く二人に褒美を! と仰せだ。……いや、確かに素晴らしい。まさかこれほどのものとは……」

 

 麗人はクレアという名前らしい。

 言われるままにクレアはポケットに手を突っ込んだが、すぐに首を傾げた。

 

「……ん? 確かにここに入れておいた筈だが」

「……?」

「アイリス様、大変申し訳ありません。どうやら褒美の宝石をどこかに置き忘れてしまったようで……かくなる上はこの腹をかっさばき……ところでアイリス様、先ほどまで身に付けていた髪飾りはどちらに? え? 私もイヤリングが無くなってる?」

 

 仲間や使用人達からも掛け値なしの拍手喝采を浴びて満更でもなさそうな女神アクアを尻目に、あなたは地面に落ちたおひねりを回収する。

 今回のおひねりはめぐみんの黒マントに始まり小銭や財布、宝石や指輪に髪飾り。数こそ少ないものの、流石に王族のパーティーだけあっておひねりも貴金属ばかりだ。実に素晴らしい。

 

「……あれぇっ!? なんで私の指輪(装備品)があそこに!?」

「ちょっと待て、俺の財布どこいった!?」

「カズマの財布はおひねりになりましたよ……おのれ、一度までならず二度までも私の私物を巻き上げるとは……」

 

 若干あなたの予期せぬ騒ぎが発生したものの、演奏会自体はおおむね成功したと言えるだろう。

 

 ……そう、演奏会自体は。

 

 

 

 

 

 

 ……パァン、と。

 乾いた音が鳴り、痛いほどの静寂が場を包んだ。

 

 自身が何をされたのか理解していないのか、呆然と立ち尽くす王女アイリス。

 思いも寄らぬ人物の、これまた思いも寄らぬ行動に誰も彼もが反応に窮する中、最も早く行動したのは王女の護衛であるクレアだ。

 

「――――何をするかダスティネス卿っ!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()激昂した彼女は、勢いのままダクネスに斬りかかった。

 切羽詰った王女の制止などまるで気に留める事無く。

 

 

 

 

 

 さて、唐突かつまさかの刀傷沙汰だが、事は表彰の後の会食の最中、王女アイリスに乞われてカズマ少年が自身の冒険譚を語って聞かせた所から始まる。

 キョウヤからあなたとカズマ少年の話を聞いていたという王女だが、彼女は王都でも有名な頭のおかしいエレメンタルナイトではなく、無名であるにも関わらず魔剣の勇者が一目置くカズマ少年に興味を抱いていた。

 年若く見目麗しい王女から興味を持たれてカズマ少年も満更ではなさそうだったし、何よりあなたは自身が話せる範囲内で王女の気に入るような面白い冒険譚ができるとは思っていなかった。そういう意味では渡りに船ではあったのだが。

 

 さておき、カズマ少年が語った、何度も機転を活かして迫り来る危機を乗り切るという手に汗握る冒険譚を王女は大変気に入る事になる。

 今まで王女に謁見してきた冒険者達は等しく来た、見た、勝ったとばかりに一方的にモンスターを退治する話ばかりを王女に聞かせていたらしく、王女にとってカズマ少年の話は非常に新鮮だったのだ。ノースティリスの話ができないあなたではこうはいかない。

 

 弁舌に長けたカズマ少年の語る冒険譚は語り部として食っていけるのではないだろうか、と思わずにはいられないほどのものだったが、常に格上の敵と戦い続ける向上心溢れる冒険者であり、昼間はあえて休み英気を養い、空が暗くなってから街の中を巡回して治安維持に貢献している……といったように、まるっきり全てが嘘というわけではないが、あなたの知る、ひたすらに安定と平穏を求める夜遊びが好きなカズマ少年と本人が語る人物像は些かばかりのズレがあった。

 

 とはいえ自分をよく見せようとするのは人として何もおかしい話ではない。

 王女も喜んでいるし、口を挟むのも無粋だろうと豪華な料理に舌鼓を打って空気に徹していたあなただったが、やがて皆が食事を終え、カズマ少年のトークが一区切りついたタイミングを見計らって、クレアがカズマ少年に冒険者カードを見せてほしいと言い出した。

 

 この段階でのクレアはカズマ少年の冒険譚や力量を一切疑っていなかった。

 故に魔剣の勇者であるキョウヤを始め、数々の強敵を降してきた有力な冒険者であるカズマ少年のスキル振りを学ぶ事で日夜魔王軍と戦う国の兵士達の戦力強化の為、ひいては人類全体の悲願である魔王打倒の為に協力してほしいと本心から頼み込んだのだ。

 

 

 ちなみにあなたのスキル構成や能力は王都の防衛戦に初参加した際に開示要請を受けており、当然のようにあなたはこれを許可した。それどころか知ろうと思えば相応の代金を支払えば同業者である冒険者すら知る事ができるようにしている。

 自身の情報の開示はあまり一般的な行為ではないらしいが、諦めなければ残機が無限なノースティリスでは「このスキルや武器を見て生きて帰った者はいない」という事が起こり得ず、自分の情報が同業者や情報屋に丸裸にされるなど当たり前の話であり、互いの装備や手札が完全に割れてからが本当の勝負の始まりだった。

 そして何よりも、あなたはバグッた冒険者カードについて何か判明したり、あわよくば同じイルヴァの民、あなたを知るノースティリスの冒険者がこれを見て接触を図ってくるかもしれないと期待していた。残念ながら今の所はどちらも掠りもしていないが。

 

 

 話を戻すが、クレアからの冒険者カードの開示要求に困ったのはカズマ少年である。

 スキルに関しては問題ない。

 カズマ少年はドレインタッチというアンデッドしか使えないスキルを習得しているが、元より彼は全てのスキルを習得可能な冒険者だ。どこでドレインタッチを習得したのかを突っ込まれた時もあなたが食らう事で習得を手伝ったと嘘にならない範囲内で口裏を合わせる手筈となっている。

 

 だが彼は器用貧乏の最弱職として有名な冒険者。

 嘘こそ言っていないものの、散々王女達に格好いい事を言っていた手前、今更自分は最弱職ですと明かすのは恥ずかしかったのだろう。

 

 結局は彼のハッキリしない態度に疑惑を深めていくクレアにダクネスがネタばらしをしてしまったわけだが、当然のようにクレア、そして王女からも物言いが入る。

 

 曰く、イケメンのミツルギ殿が最弱職の者に負けるなんて信じられない。自分達に嘘を吐いているのではないか。修行の旅から帰ってきて一段と強さとイケメンっぷりに磨きがかかったソードマスターのミツルギ殿の名を知らぬ者は最早王都にはいない。そんなイケメンの彼が駆け出しの街の最弱職に負けるとは信じられない、と。

 

 王女だけならずクレアもイケメンを連呼していた辺り、さぞかしキョウヤは二人と懇意にしていたのだろう。

 大人気なさに定評のあるベルディアが嫉妬でマジギレしてキョウヤをシェルターに連れ込みそうな物言いだった。

 

 そして度重なるイケメンの連呼に、思わずといった感じでカズマ少年がそんな突っ込みを入れる。

 おいお前ら、流石の俺でも引っぱたくぞ、と。

 

 瞬間、王女に無礼な口を利いたとクレアが激昂して抜刀。その沸点の低さはさながら瞬間湯沸かし器の如く。

 とはいえ、ここまでなら見栄を張ったりダクネスというある種特異なタイプの貴族に対するノリで王族に接してしまったカズマ少年が迂闊だった、くらいで済んだ話だったのだが、ここで盛大に王女がポカをやらかした。

 

 必死に許しを請おうとするダクネスに向けて、カズマ少年を口だけが達者な最弱職の嘘吐き男と口汚く侮蔑したのだ。

 ステータスこそ低くとも、戦果を挙げているのは確かなカズマ少年を、である。

 

 常であればこのような物言いをされては絶対に黙ってはいないめぐみんですら、主催のダクネスに迷惑をかけまいと持ち前の短気さを投げ捨てて怒りと屈辱を耐え忍ぶ中、ダクネスは王女に嘘吐き男という言葉の撤回、そして彼への謝罪を求めた。

 

 あなたも軽く口添えしたのだが、王女は頑なに自身の非を認めず、悪し様にカズマ少年を罵倒。

 そんな少女を見かねたのか、彼の仲間であり活躍を知るダクネスがついに平手を打ち……かくして状況は現在に至る。

 

 

 

 

 

 激昂したクレアがダクネスに斬りかかる中、一人冷めた目をしたあなたは二度、指でテーブルを叩いた。

 

 ――私にお任せだよお兄ちゃん! やっぱりお兄ちゃんには私がついてないと駄目だよね! 分かってるよお兄ちゃん! なんたって私はお兄ちゃんの妹だからね!! 私が、私だけがお兄ちゃんの全てを分かってあげられるの!!!

 

 この世界においては初めてとなる主人()からのまともな指示に、下僕()が喜びの感情を爆発させた。

 狂喜する妹が全力で射出したルビナス製の包丁は赤い弾丸と化し、今まさにダクネスの腕を切り落とさんとするクレアを認識の外側から強襲する。そして……。

 

「……!?」

 

 鋭い金属音の一瞬後に鈍い音が鳴り響き、数拍遅れて()()()()()()()()()()長剣の刀身が床に転がった。

 完全に剣を振り抜いていたあたり、渾身の一撃だったのだろう。

 だが血は流れていない。

 ダクネスのドレスの腕の部分は切り裂かれ、切りつけられた部分は仄かに赤くなっているものの、切り落とすどころか、切り傷一つ付ける事すら叶わなかったのだ。

 

 あなたが妹に狙うように指示したのはクレア本人……ではなく、クレアの長剣、その根元だ。流石に本人を狙ったら死んでいたが、互いに長い付き合いだ。腕については他の誰よりも信頼している。狙った場所にピンポイントで包丁を投擲する程度の大道芸は造作も無い。

 

 さて、反射的に手を出してしまったが、ダクネスの防御力を見るに余計なおせっかいだったかもしれない。あれならばあなたが何もせずとも掠り傷程度で終わっていそうだ。

 

 大切な仲間を攻撃された事で覚悟を決めたカズマ少年が、柄だけの剣を捨てて懐剣を抜いたクレアにキョウヤを打倒したスキル、スティールを発動するのを見ながらグラスに酒を注いでいると、あなたはレインから目を向けられている事に気付いた。

 

「…………」

 

 彼女は心底からの安堵の表情であなたに頭を下げた。

 レインだけはあの状況下であなたに注目していたらしい。

 やはり迂闊な行動だったかと臍を噛むも、レインはこれ以上の面倒事を起こす気が無いのか、それ以上の行動を起こさなかった。

 

「いや、なんか、ほんとごめん。これ……返します……」

「え? ……あれっ、それ、私の……えっ? ……きゃああああああああああ!?」

 

 カズマ少年から純白のブラジャーとパンツを盗まれ、半泣きで胸と股間を押さえて蹲るクレアの悲鳴を聞きながら、あなたはレインにヒラヒラと手を振って応える。

 言い値で買い取るので、どうせ盗むのであれば極上のレア物(王女のパンツ)を盗んでほしかった。そんな事を考えながら。

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい。王女様との会見、お疲れ様でした。ご飯にしますか? それともお風呂にしますか?」

 

 王女との面会を終えて帰宅したあなたを、緩い三つ編みにエプロン姿なウィズがどこかで聞いた事のありそうな台詞で出迎えた。

 時刻は夕方。夕飯にも風呂にも早い時間であり、聞けばウィズも店を閉めたばかりでこれから夕飯の支度を始めるところだという。

 ちょっと言ってみたかっただけらしい。

 

「えへへ……」

 

 てへぺろ、と可愛らしく笑う新感覚癒し系ぽわぽわりっちぃ。

 しかしそのお決まりの台詞には少し足りないものがあるのではないだろうか。

 

「足りないものですか? えっと、ご飯とお風呂、あとは……。…………!!」

 

 気付いたようだ。

 ご飯、お風呂、それとも……。

 

「……わ、わた、わた…………タワシにしますか!?」

 

 タワシ。言わずと知れた掃除用具。そして長方形の大型盾(タワーシールド)の略称である。

 ウィズは風呂掃除をしろと、あるいはセクハラへの罰として帰宅早々盾殴り(シールドバッシュ)を食らえと言いたいらしい。素直に謝罪するので後者は勘弁してもらえないだろうか。

 

 

 

 風呂掃除を終えた後、あなたはダイニングで料理を作るウィズと共に世間話に興じる。

 話題は勿論今日の会見についてだ。

 

「私、陛下や殿下とは会った事があるんですが、アイリス様はどんな方か知らないんですよね。今年で十二歳なんでしたっけ。キョウヤさんから少し話は聞いていますが、実際に会ってみてどうでした?」

 

 あなたから見た王女アイリスは率直に言って良くも悪くも大事に育てられた箱入り娘であった。

 一騒動の後、自分の発言が大騒ぎに発展してしまった事を受けて大いに反省した様子の王女アイリスはしっかりカズマ少年に嘘吐き呼ばわりした事を謝っていたが、めぐみんやゆんゆんとたったの二歳差とは到底思えない。

 

「めぐみんさんとゆんゆんさんは冒険者ですからね。それに王族の方と私達平民を一緒にしちゃいけませんよ」

 

 苦微笑を漏らすウィズにさもあらん、とあなたは頷いた。

 異邦人であるあなたと同じく、一般人にとって王侯貴族は遠い世界の人間という事だ。

 王女に拉致されたカズマ少年はともかく、あなたはこの先自身が王女アイリスと何らかの関わりを持つ事になるとは思えなかった。

 

「カズマさん捕まっちゃったんですか!?」

 

 別れ際、レインがテレポートを使う直前に王女アイリスはカズマ少年の手を取って彼と一緒に王都に帰ってしまったのだ。止める間もない完璧なタイミングでの拉致だった。

 王女は随分とカズマ少年を気に入っていた様子だったので改めて王城にて無礼打ちで処刑、とはならないだろう。今頃冒険話の続きでも聞いているのではないだろうか。

 それにカズマ少年は冒険者であり、さらに仲間がいるとあちら側も分かっている。長くても一日か二日も経てばすぐに送り返してくる筈だ。

 

「流石に王女様だけあってやる事が豪快ですね……私も話に聞いただけですが、陛下もそういう面があったそうですので、これも血でしょうか……」

 

 

 

 その後も暫く談笑に興じていたあなた達だったが、ふと、ウィズがニコニコと嬉しそうに言った。

 

「あ、そうだ。大切な事を言い忘れていました。ゆんゆんさんの家が決まったんですよ!」

 

 ここ数日ゆんゆんとウィズは幾度もゆんゆんの新居について話し合っていたのだが、ようやく決まったようだ。

 あなたやベルディアも幾つか候補地を聞かされてアドバイスを送ったりしていたのだが、彼女はどこに住む事になったのだろう。

 

「私達の家の真ん前です。これからはお向かいさんですね!」

 

 ニコニコと笑うぽわぽわりっちぃに、やはりそうなったかと、ある種の予定調和的なものを感じたあなたは深く納得した。

 バニルという大物悪魔が住んでいる上、夜に時折バニル君人形の不気味な笑い声が響くようになったあなた達の自宅周辺は空き家が目立つようになっていた。

 ゆんゆんとウィズが選んだ家は庭付きでこそないものの、ウィズ魔法店の前、つまり通りに面して建っている。ドラゴンの離着陸に不足は無い。

 

 あなた達の家はめぐみんが住んでいる屋敷からは少し距離があるものの、屋敷の近くに住めない以上はどこを選んでも誤差の範囲内でしかない。

 それならば友人であるウィズやあなたが住んでいる家のすぐ傍が良い。そういう理由なのだろう。

 現段階で既にオーバーパワー極まりない自宅周辺の総戦力がまた上がったわけだが、あなたとしても友人が近くに越してくるというのは喜ばしい話だ。ゆんゆんを殊更に可愛がっているウィズに関しては言うまでもない。このぽかぽかでぽわぽわな笑顔を見れば誰でも彼女が喜んでいると分かる。

 

「あなたは明日から王都でお仕事で、ゆんゆんさんも連れて行くんでしたよね。なら帰ってきたらすぐに引越しですね」

 

 確かに明日からは王都で仕事が待っている。

 アルダープからの依頼である演奏の仕事と、更にもう一つ。

 

 あなたはテーブルを見やった。

 テーブルの上には今日貰ってきた書状の他にもう一つ、郵便受けに投函されていた、日時と宿の名だけが書かれた差出人不明の手紙が置かれている。

 そう、久々の女神エリスによる強盗……もとい盗賊(慈善)活動のお誘いである。

 

「お仕事頑張ってくださいね」

 

 あなたは期待に胸を膨らませながら朗らかに笑い、ウィズの激励に頷くのだった。

 

 

 

 ……銀髪強盗団結成の日は近い。


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