このすば*Elona   作:hasebe

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第88話 あなたって、本当に最低の屑だわ!

 見事に光の力で押し寄せる闇を切り開いた聖剣だが、都合よく敵を全滅させるまでには至らなかった。

 とはいえ鋒矢の陣形、その右翼に位置する箇所を聖剣が掠めた事により、巻き込む形でおよそ十数匹の姫騎士をその質量で押し潰す事に成功。

 あなたとしては今の一投で群れの要である女王騎士に痛打を与えておきたかったのだが、それでも戦果ゼロよりは遥かにマシだろうと一瞬で割り切った。

 

 ――メーザーアイ!!

 

 遠方で女王の目が輝いたかと思う間も無く、お返しとばかりに一直線にあなたに飛んできたのは二条の光。噂に名高い怪光線、通称“目からビーム”である。

 美女の目からビームが飛んでくるというのはノースティリスでも経験した事の無い異常事態であり、シュール極まりないと言わざるを得ない。

 異世界は未知と驚きと神秘に満ちている。

 

「!? 避けっ」

 

 軽く感動しながらあなたは光を切り払った。

 レーザーやレールガンと違って避けるのは容易いが、背後のゆんゆんに流れ弾が当たるかもしれないので念のためである。

 噂では鋼鉄をも容易く貫くとの話だったが、接敵まで数十秒という遠距離から適当にぶっぱなした低速の攻撃が当たる筈も無く。

 どうしようもなく速さが足りない。ついでに踏み込みも足りない。

 

「…………」

「大丈夫。貴女は何も悪くないし間違ってなんかいないわ」

「ソフィさん……」

 

 レックスのパーティーから物言いたげな視線が背中に突き刺さるが、口に出してくれなければ分からないのであなたは無視した。

 さておき、ビームを切り払う直前にゆんゆんが何かを言った気がする。どうしたのだろう。

 

「いえ、何でもありません。何もありませんでした」

 

 平坦な声を返してきたゆんゆんは無表情とは少し違う、凪いだ表情をしていた。

 悟りを開いて賢者にでもなったのだろうか。

 ちなみに賢者という職業は無い。勇者と同じく、あくまでも個人に付けられる称号だ。

 

 さておき、ここはゆんゆんの出番だろう。

 騎馬の対処はウィズが教えている。

 

「分かりました。……ボトムレス・スワンプ!」

 

 ゆんゆんの放った泥沼生成の魔法により、姫騎士達の進行方向に巨大な沼地が出現した。

 気をつけよう。(ドM)は急に止まれない。

 そんな具合に馬鹿正直に直進していた姫騎士は次々と泥沼に嵌っていく。騎兵の弱点が悪路なのは人も馬も変わらない。

 並の魔法使いの数倍の射程と規模の泥沼に、流石紅魔族のアークウィザード、と感嘆するレックス達。

 一方、泥に落ちた姫達は緊縛プレイに泥プレイが追加された事によって興奮の坩堝に陥っていた。

 羨ましそうにしながらも跳んだり仲間を踏みつけたりして沼地を越えた姫騎士は十匹。

 物理的に浮いている女王騎士は沼地の上で静止しており、集団から抜けた十匹の姫騎士はそのまま三つに散開して突っ込んでくる。

 

 片っ端からみねうちでぶちのめしてゆんゆんのレベルアップの糧にするだけなら何百匹いようと容易いことだが、馬以上の速度で迫り来る敵の全てを同時に相手取りながらゆんゆんに実戦経験を積ませるのは厳しいと考えていたあなただったが、女王騎士もいないし、十匹程度なら大丈夫だろうと判断を下した。

 友人に経験を積ませる為。後続の憂いを断つ為。そして何よりも神器を持っている女王騎士を逃がさない為。

 一時的にゆんゆんをレックス達に預け、あなたは一人、沼地を切り裂いて魔法を解除した女王騎士と残りの姫騎士達に向かって駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

 

「……今だ、やれ!!」

「はいっ!!」

 

 上級魔法、カースド・ライトニング。

 ゆんゆんが放った黒い雷撃が、レックスに体勢を崩された姫騎士を打ち据えた。

 ウィズ直伝の破壊魔法を除けばゆんゆんが持つ攻撃手段の中で最も高い攻撃力を持つそれは、姫騎士の魔法耐性を突破してあまりある威力を持っている。

 断末魔の悲鳴を上げる事も無く、光の粒子となって消えていく姫と騎士。

 

「……ふうっ」

 

 敵騎の消滅を確認したゆんゆんは軽く息を吐いた。

 これで彼ら七人が討伐した姫騎士の数は十六。

 最初の十を倒した後に追加でやってきた六騎の相手をしていた彼らは、戦いの中で前衛が怪我を負ったが、治療は既に終えている。

 

「……ちっ。やりにくくてしょうがねえ」

「同感だわ。モンスターって分かってても、これはちょっとね」

 

 ヒトの姿をした、それも年端もいかない少女のモンスター。

 安楽少女のような良心をナイフで滅多刺しにしてくる相手よりマシとはいえ、悪魔やアンデッドとは勝手が違いすぎる。

 腕自慢とはいえ、いつもモンスターを相手にしてきたレックス達は対人戦に慣れていない。幼い少女に剣を向けた経験などあるわけがない。討伐帰り故の疲労も相まって自然と剣が鈍り、彼らは予想以上の苦戦を強いられた。

 

 そんな中、一人だけ万全の状態かつ安楽少女を抹殺した経験を持つゆんゆんはかなりの活躍をした。

 じっと自分の手の平を見つめるゆんゆん。

 レックス達と轡を並べた結果、彼女はようやくながら本当の意味で実感に至る。

 

 二人の師の言うように、確かに自分は強くなっている、と。

 

 誰もが認めるアクセルのツートップの教えは実を結んでいたのだ。

 レックス達の不調もあるだろうが、それでも彼女が足を引っ張る事は無かったのだから。

 

「どうした、ぼーっとして。大丈夫か?」

「あ、はい。大丈夫です」

 

 ……それは分かった。分かったのだが。

 強いて言えば焦燥に近い、得体の知れぬ感情に突き動かされながら、ゆんゆんは未だ激しい剣戟が鳴り止まぬ方角へ視線を向けた。

 彼は現在、聖剣という名の大岩ではなく、白銀の太刀を振るい、自分達が請け負ったそれとは比較にならない数の姫騎士と女王騎士を相手にたった一人で戦っている。

 

(……強い)

 

 一人、離れた場所で戦う()の姿を見ていると、ゆんゆんは自然とそんな言葉が浮かんできた。

 簡潔極まりない感想だが、他に言いようが無かった。

 その胸の内に灯った感情は、憧憬か、あるいは畏怖か。

 

 圧倒的数的不利を物ともせず、体はおろか服にすら掠り傷一つ付いていない。

 

 ゆんゆんとて何度も手合わせを行っている。彼が強いなんて事は重々承知していた。

 理解して尚、ああして実際に戦っている様を見ていると、

 

「……遠いなぁ」

 

 そう思わずにはいられないのだ。

 

「あれは比べちゃ駄目なやつだろ」

「現役最強の一角って言われるのも分かるわね」

 

 彼と、もう一人。

 異界の冒険者(頭のおかしいエレメンタルナイト)アンデッドの王(外付け良心兼破滅の引き金)

 ゆんゆんの知る中で最も強い二人の元で学び、経験を積んだ。レベルも上がった。

 しかし、もう一人の師もそうだが、レベルが40に届こうかという今も尚、どれだけ必死に手を伸ばそうとも影にすら届かないその壁は、優秀な紅魔族である彼女をしてあまりにも高く険しい。

 

 レックス達は気付いていないが、彼が本気を出せばとっくに戦闘は終わっているとゆんゆんは察していた。

 その証拠に、長年の付き合いであり、自身の相棒だと言っていた青い魔剣。

 常日頃から異空間に収納していて、岩聖剣と同じく、出そうと思えばいつでも取り出せるのだというそれを彼は使っていない。

 

 手を抜いているのはレックス達がいるからか、あるいは自分に経験を積ませるためか。

 ゆんゆんは後者だろうと踏んでいた。その為にこうして王都に来たのだから。

 自分達が倒した姫騎士も彼はあえて自分達に処理させた可能性が高い。

 その程度には余裕があるということだ。

 

 姫騎士を前に当初抱いていた、自分の心配など杞憂でしかなかった。

 一体どれほどの研鑽を積めばそこまで強くなる事ができるのか。

 

 ゆんゆんの一番の友人にしてライバルであるめぐみんは、アクセルのエースと呼ばれる彼を超えると公言して憚らない。

 ゆんゆんが彼らに並び立ちたいと思ったのは、己の無力さを歯痒く思ったのも勿論だが、そんなめぐみんの影響も全く無いわけではない。

 彼女は大切な親友(めぐみん)に置いていかれたくなかったのだ。

 

 そして、優しい友人達(二人の師)に追いつきたいと思った。

 彼らが立つ、天蓋の向こう側。

 今は遠いそこに辿り着いた時に見える光景とは、どんなものなのか。

 

 ただ、それが知りたかった。

 

 

 

 

 

 

「……しかしあれだな」

 

 戦いを終え、周囲を警戒しながら一息ついたレックスが声を発した。

 

「こうしてあいつが戦ってるのを見てると思うんだが」

「凄いわよね」

「悪い意味でな」

 

 ――くっ、殺しなさい!

 

 騎士を失い、轡が外れた姫が四つん這いの状態で大声で叫ぶ。

 

 ――(わたくし)は虜囚の辱めなど受けません! さあ、殺しなs

 

 言葉の途中で姫は頭蓋を踏み砕かれ、大きくビクンと痙攣し、そのまま消失した。

 下手人は言うまでもなく某エレメンタルナイト。

 お望みとあらば。そんな彼の声が聞こえてくるような、全く躊躇の無い致命的な一撃(クリティカルヒット)

 脳髄ぐじゃあ。

 そんな言葉がゆんゆんの脳裏に過ぎる。

 

「うわあ」

 

 師のあまりといえばあんまりな殺し方に思わずドン引きの声を漏らす友人兼弟子。

 彼の事は尊敬しているし、慕ってもいるが、それとこれとは話が別だ。

 自分と違って戦い方を選べる程度には力の差があるのだから、もう少しやりようというものがあるのではないだろうか。

 そう思っていると、別の騎士の心臓に相当する部分を、今度は貫手でぶち抜いた。鎧ごと。そのまま騎士はバラバラに引き裂かれた。

 

 ――さ、最低! あなたって本当に最低の屑だわ!

 

 レックスパーティーの六人がそうだな、そう思う、といった表情で頷いた。

 青い顔で怯えながら叫ぶ姫は、剣を突き刺されたかと思うと、あろうことか全身を膨張させて()()()()()()弾け飛ぶ。なんともおぞましい光景である。食事から時間が経っていて本当によかったとゆんゆんは思った。

 その後も様々な攻撃で蹂躙されていく姫騎士達。

 姫騎士蹂躙と書くと()()()()印象を受けるが、現実に起きているのは色気も何もあったものではない、ただの虐殺劇である。

 血の通わぬ体を持つ姫騎士は(ハラワタ)をぶちまけたりはしないが、それでも衝撃的極まりない凄惨な殺害方法は良い子も悪い子も決して真似をしてはいけない。

 

 凄まじいまでのやりたい放題っぷりは、オークを聖剣という名の大岩でミンチにしていた時と全くと言っていいほど変わりない。いや、弄んでいるという意味ではもっと酷い。

 きっと彼にとっては姫騎士もオークも同じなのだ。

 それが異邦人であるが故なのか、彼個人の気質なのかまでは分からないが、これまでの付き合いで、ゆんゆんは彼がそういう人間だとなんとなく察していた。

 というか、少女を惨殺する事に愉悦を覚える類の人間だとは思いたくなかった。

 

 相手を区別をしないと言えば聞こえがいいが、幾ら相手が分類上モンスターでも、少なくとも姫騎士の姫の部分は人の姿をした、それも外見年齢十代の少女である。

 それに対しての容赦の無い暴行、というか殺戮。

 血が出ないし倒せば消失する姫騎士だから良かったものの……いや、激しく手遅れ感が漂っていて全く良くはないのだが、それでもあれが人間だった場合はちょっと人様にお見せできない有様になっていたのは疑いようも無い。

 相手の外見に一切惑わされないその姿勢は、モンスター退治を生業とする冒険者の姿としては正しいのかもしれないが、人としては致命的に間違っている。

 王都で同業者達に敬遠されるのもむべなるかな。勇者適性値、圧巻のマイナス200は伊達ではなかった。

 

「強いといえばアホみたいに強いんだが、そういうの以前に、なんていうかこう……普通に絵面が最悪だよな。殺したと言えば俺達も殺したし、相手は人間じゃなくてモンスターではあるんだが」

「見た感じだと、どこまで痛めつけたら消える(死ぬ)のか確認しながら戦ってる感じが」

「完璧に遊んでるよね」

「四肢切断して放置したり、全体的にえげつない感じだわ」

「おい、今騎士の方じゃなくて姫を盾にしたぞ。悪魔かアイツは」

 

 なんであんなのと組んでるのかは聞かない(聞きたくない)けど、仲間は別の奴を探した方がいいのでは?

 一応は彼とパーティーを組んでいるゆんゆんに気遣って、直接言葉にはせずとも、親身になって離脱を促すレックス達。

 

(どうしよう。ちょっとフォローできない……)

 

 日頃の付き合いもあって、ゆんゆんは彼の事をいい人だと認識している。

 更に少なくとも犯罪者でないというのはレックス達も分かっているのだが、冷徹、無慈悲、残酷の三拍子が揃った戦いっぷりを見せ付ける彼を悪い人ではないと言っても、説得力が欠片も無い。

 少なくともゆんゆんは自分がレックス達の立場だったら到底信じられない自覚があった。

 めぐみんが今の自分の立場にいた場合、命に換えてでも彼とめぐみんを遠ざけようと試みていただろう。みねうちを食らう未来しか見えない。

 

(めぐみんお願い、私に道を示して……!)

 

 ――ゆんゆん、聞こえていますかゆんゆん。

 

 祈りが届いたのか、どこからともなくめぐみんの声が聞こえてきた。

 

 ――何事も暴力(爆裂魔法)で解決するのが一番ですよ。

 

 駄目だ。都合のいい幻聴の分際でまるで役に立たない。

 

 ――ゆんゆん!?

 

 やはり最後の最後に頼れるのは自分だけなのだ。

 一人ぼっちの少女はちょっぴり大人になった。

 

「大丈夫です。凄腕アークウィザードとして有名な魔法店の店主さんなウィズさんもいますから!」

「貧乏店主さん? あの人現役復帰したのか?」

「いえ、パーティーというわけではなくて、お店の片手間に魔法の先生という形でお世話になっているだけなんですけど、あの人はウィズさんととても仲が良いので」

 

 アクセルを発って久しいレックス達は、仲睦まじい二人の関係を知らない。

 ウィズと仲のいい自分にあまり無茶な真似をしたりさせたりする事は(多分)無いと、思いつく中で精一杯のフォローをするゆんゆん。彼女は自身の心の傷(ガンバリマスロボ化)に気付いていなかった。

 

「……本当に? アレを見ても大丈夫って言えるの?」

 

 顔を引き攣らせながらソフィが指差す先には、最後に残った女王騎士と数合打ち合った末にあっけなく首を刈り取り、魔剣の神器ゲットだぜ! と言わんばかりに少年のような笑みを浮かべ、女王の首級と長大な黒い魔剣を掲げるエレメンタルナイトの姿が。

 可愛い弟子のいじらしいフォローを全力でぶち壊しに行く師匠がそこにいた。

 なんという事をしてくれたのでしょう。消え行く女王の生首と目が合ったゆんゆんは泣きたくなった。

 

「…………」

 

 気まずい沈黙に誰もがどうしようと悩んでいると、話題の中心となっていた本人が戻ってきた。

 右手には先ほどぶん投げた大岩(聖剣付き)、左手には女王騎士の魔剣を持っている。

 今の今まで大暴れしてきたとは思えない、なんとも清清しい表情だ。

 

「よくあそこまで簡単に姫騎士(ヒトの形をしたモノ)をぶっ殺せるもんだな」

 

 負けん気が強く、自身の力にプライドを持っているレックスが、今まさに無双と呼ぶに相応しい戦いっぷりを繰り広げた男に皮肉を飛ばすと、新しく神器を手に入れて御満悦のエレメンタルナイトはこう言った。

 姫騎士の体の構造は人間と同じ。

 つまり急所も人間と同じだから、殺すのはとても簡単だった、と。

 

「お、おう……」

 

 あまりといえばあまりの返答に、その場の全員が彼の間合いから逃げるように後ずさった。

 無論、ゆんゆんも含めて。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで女王騎士と姫騎士の群れを狩り尽した結果、久しぶりにあなたのバグった冒険者カードに書かれたレベルとステータスの欄が変動した。

 少し前にオークを千匹近く駆逐していたので経験値が貯まっていたのだろう。

 これで蓋を開けたらレベルもステータスも下がっていたらお笑い種だが。

 

 相も変わらず読めない自身の冒険者カードを見つめながら、あなたは実に数ヶ月ぶりとなる、王都の場所へと向かう。

 現在あなたの隣にゆんゆんはいない。

 姫騎士との戦闘でだいぶ魔力を使い、精神的にも消耗した様子だったので、特に緊急を要する依頼でもないマンティコアの討伐は後日に持ち越しにし、既にアクセルに戻っている。

 

 

 

「あれ?」

 

 あなたが目的地に辿り着くのと殆ど同じタイミングでばったりと出くわしたのは、お菓子が入った紙袋を抱えた女神エリスだ。

 どうやら買い物に行っていたらしい。

 

「久しぶり、ってわけでもないかな。少し前に会ったもんね。でもどうしたの? お仕事の日は今日じゃなかった筈だけど」

 

 そう、あなたが訪れたのは女神エリスが宿泊している王都の宿屋である。

 

「もしかしてあたしに会いに来てくれたとか? まあ別に仕事の話をしに来ただけでもいいけどね。あ、お饅頭食べる? 美味しいよ?」

 

 どこか嬉しそうな顔で饅頭を差し出してくる女神エリス。

 みねうちとはいえ盛大にぶちのめされた挙句、信徒を盾にとって脅しをかけてきた人間に対するリアクションではない。

 そんなに暇を持て余していたのだろうか。

 あなたの問いかけに女神エリスは物憂げに笑う。

 

「暇っていうか……まあ、うん。ちょっと気分転換したいかなって思ってたんだよね。ほら、今春だし。ダクネスともあれ以来会ってないし」

 

 エリス教徒の盗賊であるクリスの正体が女神エリス本人だという事は全く気付いていない……という事になっているあなたは何故春になったら憂鬱になるのか、普通逆ではないのか、とは追求しなかった。

 きっとモンスターに殺される人間が増えて仕事が忙しいのだろう。

 そして下界における女神エリスはゆんゆん以上に友達がいないようだ。

 

「ぼ、ぼっちじゃないし……地元(天界)に帰ったら友達くらい沢山いるし……」

 

 目を逸らす女神エリスは若干声が震えていた。

 

 

 

 女神エリスが寝泊りしている部屋で彼女と話している最中、数時間前に遭遇した姫騎士達やそこで手に入れた神器の話題になった。

 

「へえ、神器を手に入れたんだ。今も持ってるの? 見せてもらっていい?」

 

 神器回収に精を出している彼女としては気になるのだろう。

 四メートルほどの刀身は鞘に収まっていない状態だが、部屋の大きさ的に壁を傷つける事は無いだろうと判断したあなたは神器、母なる夜の剣を取り出した。

 

「…………」

 

 ギリギリで部屋を傷つけない程度に占有する魔剣を前にした女神エリスの目がスッと細まる。

 まさかこれは女神アクアによって齎された神器なのだろうか。

 

「いや、違うけど……もしかしてそれ呪われてない?」

 

 硬質な声で問いかけてきた女神エリスにあなたは頷いた。

 母なる夜の剣は呪われている。

 

「やっぱりね! ほら、特別にあたしがお祓いしてあげるから貸して! そんなの持ってたらばっちいでしょ!!」

 

 懐から聖水を取り出す女神エリスの物言いが酷すぎる。

 女神として見過ごせないのだろう、と考えながらあなたは女神エリスの手に渡る前に魔剣を回収した。

 

「もー! 折角人が親切で言ってあげてるのにー!」

 

 ぷりぷりと怒る女神エリスにあなたは苦笑した。

 確かにこの剣は呪われている。

 神器の名に相応しい絶大な攻撃力を持ち、魔力も杖の神器級に上昇するが、防御力と敏捷性の著しい低下を招く呪いだ。

 後はグラムのように剣自体が意思を持っているようで持っていると「血を吸わせろ」と精神汚染をしてくるが、あなたにとっては愛剣で慣れ親しんだものなので問題ない。むしろ心地よいくらいである。

 刀剣類以外を使っただけで突然ヒステリーを起こして持ち主をミンチにしないなど、どこからどう見ても性根の優しいいい子だと言わざるを得ない。

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

 あなたは吐血した。

 

「なんで!? いや、ほんとになんで!? 呪い!?」

 

 やけに視界が赤いと目を拭うと、目からも血が流れていた。

 新入りと比較したせいで愛剣が臍を曲げてしまったようだ。

 やれやれとあなたは嘆息する。

 愛剣が独占欲の強い構ってちゃんなのは今に始まった話ではないが、四次元ポケットの中から干渉するのは誤魔化すのが大変なので止めてほしい。

 血涙を拭いながらあなたは再び魔剣を取り出した。

 

「えぇ……何やってんのキミ……え? 血で汚れた床の掃除?」

 

 血に餓えた魔剣に床の血を吸わせるあなたを、光の消えた瞳で見つめる女神エリス。

 王都は今日も平和だった。




★《母なる夜の剣》
 自我を持つ長大な漆黒の魔剣。
 人々が廃都と呼ぶ古代迷宮からやってきたのだという。
 だがこの世界のどこにも廃都なる場所の記録は存在しない。

 出典:Ruina 廃都の物語

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