このすば*Elona   作:hasebe

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第90話 帰りたくない男と帰ることができない男

 ゆんゆんがあなた達の家の前の通りを挟んだ向かい側に引っ越してきた。

 引越しといっても、ずっと宿暮らしだったゆんゆんの荷物は装備や着替えといった私物や話し相手のサボテンくらいしかなく、家具も先に買い揃えて家の中に運び込んでいるので、ウィズの店が水害で半壊したり今の家に引越したときのように大掛かりな引越し作業にはならなかった。

 それはそれとして、家持ちという一人前の冒険者としてのステータスを手に入れたゆんゆん。

 可愛がっている愛弟子にして同性の友人が自宅のすぐ傍に引っ越してきて、ぽわぽわりっちぃも大喜びである。

 

 そしてゆんゆんが引っ越してきた影響か、女神ウォルバクもまた近場の宿屋に移ってきた。

 

 現在はエーテルの研究に専念している女神ウォルバクだが、彼女は同僚であるハンスが討伐された事、そしてあなたがハンスの討伐に関わっている事を知っている。

 当時あなたがハンスと敵対したのは彼が水に毒を流すという許されざる蛮行に手を染めたからであり、ハンスが魔王軍の幹部だったからというわけではない。

 あなたは彼が魔王軍と敵対する人間でも普通に殺していた。

 しかし、そんな事情を知らない彼女はハンスを討伐して間も無い頃、鋭い目付きであなたにこう言った。

 

 ――あなたはどっちの味方なの?

 

 無論あなたは即答した。自分はウィズの味方である、と。

 

 ――ああ、うん。そうだったわね。

 

 今にも砂を吐き出しそうな女神ウォルバクの表情が何とも印象的だったが、紛う事無き事実である。

 人類がリッチーであるウィズを滅ぼすというのであればあなたは迷わず人類に剣を向けるし、その原因が魔王軍だった場合はありとあらゆる手段を以って本気で魔王軍を滅ぼしにかかるだろう。

 あなたの答えに満足したかは定かではないが、それ以来彼女はこの件に関してあなたに何も言ってきていない。ただちょっと得体の知れない者を見る目で見られるようになった気はするが。

 

 今は沈黙を保ったままの魔王軍幹部の話はさておき、王都で何度か実戦経験を積んだゆんゆんだが、持ち前の素質と努力に自覚が噛み合ってかなりいい感じに仕上がってきた。メンタル面に不安がなければこんなものである。

 あとはドラゴンさえ捕まえれば一息つけるといったところだろうか。

 無論、ゆんゆんが目指している場所、つまり廃人の領域はそこからも果てしなく遠く険しいところにあるし、ドラゴンを仲間にしたからといって彼女の修行が終わるわけでもないのだが、それでも一つの節目にはなる筈だ。

 

 

 

「ぶっちゃけご主人はこの戦火と縁の無いド田舎にある平和な辺境の街をどうしたいんだ」

 

 ゆんゆんの歓迎パーティーの飾り付けをやっている最中、ベルディアがあなたにこう言った。

 どうしたいと聞かれてもまるで意味が分からない。

 

「意味も何も、現状で魔王軍幹部が元含め半分も揃っちゃってるわけなんだが。アクセルを新しい魔王領にしたいとかそういう野望でもお持ちで? ご主人は魔王になる気は無さそうだから、この場合、ご主人達に鍛えられてるゆんゆんが魔王になるのか」

 

 何故かベルディアの中ではあなたが諸悪の根源になっていた。酷い誤解だと言わざるを得ない。

 

「酷いのはどう考えてもこの家の近辺なんだが。何が酷いってオーバーパワーっぷりが酷い。潜在的な危険度が俺達魔王軍幹部と比較しても桁違いなご主人もそうだが、ゆんゆんが越してくるっていうからウォルバクの奴もこの店の最寄の宿屋に泊まるようになったし。もうここら辺がご主人自慢の爆発ポーションが所狭しと詰めあわされてる棚みたいな事になってる。どんだけ危険度をインフレさせれば気が済むの? ご主人一人でお腹いっぱいなんだが。あれだぞ、幹部として様々な戦場を渡り歩いてきた俺から言わせてもらえば、この地帯の危険度は“この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ”とかそういうレベルだからな?」

 

 ここぞとばかりに言いたい放題のペットだが、あなたが直接捕獲したのはベルディアだけである。

 ウィズは最初からアクセルにいたし、バニルはウィズの店で働く為にやってきた。

 そして女神ウォルバクはエーテルの研究をする為にドリスからついてきた。

 更にあなたにしても、駆け出しの街であるアクセルに居座る原因となったのはウィズ魔法店の素晴らしい品揃えに感銘を受けたからであり、元をただせばウィズが全ての始まりなのだ。

 始点のウィズに他意が無い以上、全ては成り行きでこうなったに過ぎず、あなたにあーだこーだ言うのはお門違いというものである。

 

「えー……」

 

 あなたの主張に不満げに目を細めるベルディアだが、彼自身の危険度も大概だという事を忘れてはいけない。

 

 頭部が不安定というデュラハンの弱点を克服した(アイデンティティーを放棄した)体。

 終末狩りで磨かれた(死に慣れた)本人の戦闘力と精神力。

 本体に劣らぬ力を持つ愛馬と合体した時の機動力。

 魔術師殺しを纏った時(超合金アーマードベルディアDX)の防御力。

 一時間で対象を死に至らしめる上に、ごく一部の例外以外には防御も解呪も不可能な死の宣告。

 トドメに神器と化したモンスターボールによる無限の残機。

 

 この世界の人間からしてみれば悪夢(クソゲー)もいいところである。

 ウィズが渋い顔で「理不尽すぎてちょっとやってられないですね。神器をどうにかして不死性を取り除かないのであれば、私には精神を破壊するか四肢を断って死なない程度に痛めつけて戦闘力を奪うか氷漬けにするなりして封印するくらいしか対処法が思いつきません」と匙を投げるのも分かろうというものだ。即座にお前が理不尽とか言うなとツッコミを入れられていたが。

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなでかねてより計画していたゆんゆんのレベル40到達、そして引越し祝いのパーティーを引越しの当日に開催したわけだが、身内だけで開かれたささやかなパーティーは、しかしゆんゆんの胸を打つほどに暖かく……というわけにはいかなかった。

 

 ぼっち気質とめんどくささに定評のあるゆんゆんだが、しかし今の彼女には普通に紅魔族やサボテン以外の友達がいる。

 それはあなただったり、ウィズだったり、ベルディアだったり。

 思い返すと同年代の友人が紅魔族しかいない辺りに今も一抹の不安を抱えているのだが、それでもゆんゆんは友達を作ることができたのだ。

 

 しかし、最近ゆんゆんの友達になったあなた達は、ゆんゆんの十余年にも渡るぼっち生活の重みを、本当の意味では知らない。

 

 ……つまり、どういう事かというと。

 あなたも、ウィズも、ベルディアも。

 誰も彼もが、紅魔族の里にいた時のゆんゆんがどれだけ筋金入りのぼっちだったかを甘く見ていたのだ。

 

「うぅ……ぐすっ……」

 

 その結果がこれである。

 実はゆんゆんをびっくりさせようと、パーティーをするという話は本人に伏せていたのだが、いざ彼女を自宅に招いて歓迎の言葉を贈ったところ、ゆんゆんはあなた達とテーブルに並べられたご馳走の数々を前に暫く呆然とした後、何を思ったのかいきなり涙を流し始めたのだ。

 一見するとマトモなゆんゆんは蓋を開けてみれば色々とアレな面を抱えているが、流石にサプライズパーティーを開いただけで泣かれるとは思わなかった。

 

「ゆ、ゆんゆんさん!? どうしたんですか!?」

「なんでお前はそこで泣いちゃうの!?」

 

 ぽろぽろと落涙する紅魔族の少女は、嗚咽交じりにこう言った。

 

「ち、ちが……ごめんなさい……わた、こうして皆さんにお祝いしてもらったのが、わたし、凄く嬉しくって……胸がいっぱいになっちゃって……誕生日だって、生まれてから今まで一回もお友達に祝ってもらった事が無かったのに……」

「…………」

 

 衝撃の告白に、重苦しい沈黙に包まれるあなた達。

 やるせない気分でいっぱいになってしまった。まるで重度の重力異常が発生したかのようだ。

 突如語られたゆんゆんの壮絶な暗黒神話にちょっとかける言葉が見当たらない。

 

 たった一人でご馳走が並べられたテーブルに座り、空想上の友人達(イマジナリーフレンズ)と共に自分の誕生日を祝い、バースデーケーキに刺さった蝋燭を吹き消すゆんゆん。

 

 そんな光景がありありと思い浮かぶ。

 ゆんゆんの精神攻撃に最早苦笑いすら浮かばない。

 あなたは久しぶりに膝から崩れ落ちそうになった。ウィズに至ってはゆんゆんに釣られて泣きそうになっている。

 

「あ、でも、学校を卒業する時は皆でパーティーを開いたんです。めぐみんと一緒だったんですけど……あれは嬉しかったなあ……そういえばあれが初めてお友達を家に呼んだ日だったっけ……」

 

 とてもつらい。こころがおれそうだ。

 先日の女神エリスに倣い、あなたは心の中でゆんゆんに言葉を送る。

 どうしてこんなになるまで放っておいたのか。

 

 一番の友達である筈のめぐみんは何をやっているのか、と考えるも、そういえば自分達も誕生日を聞かされていなかったとはいえ、ゆんゆんの十四歳の誕生日を祝っていなかった、と影を背負うあなたとウィズ。

 軽く負のスパイラルに陥りかけるあなた達だったが、それを断ち切ったのはベルディアだった。

 

「なんだってそんな無駄に重い話をぽんとお出ししてくるかな!? 百歩譲って前半は相変わらずだなって笑って済ませられるとしても、誕生日云々は洒落にならんレベルで重すぎるわ! 見ろ、一瞬でお通夜みたいな空気になったじゃねーか! ほんとお前どうしてくれるんだよこれ、なんかもう台無しだぞ! ウィズとか前々からニコニコ顔でお前に喜んでもらえるかなーってご主人と一緒に料理作ったり準備してプレゼントまで用意してたってのにお前の話聞いて涙目になってるんだぞ可哀想に!」

「前々から、私なんかの為に……? しかもプレゼントまで……。皆さん、本当にありがとうございます……。私、今日の思い出は一生の宝物にします。死んでも絶対に忘れません……!」

「だから発言が一々重いと言っている! だいたい誕生日を祝ってもらった事が無いって、頭のおかしい爆裂娘はどうした!? お前の友達なんだろ!?」

「そ、それはその……私もめぐみんを呼ぼうとしたり、招待状を書いたりもしたんですけど、断られたり、送っても誰も来なかったらどうしようって思ったら怖くなっちゃって……」

「バーカ! ほんっとバカ! 世界って奴は勇気を出して自分から行動しないと何も進展しないように作られてるんだ! それを分かるんだよ、ゆんゆん!」

 

 ベルディアの言葉にはまったくもって頷くしかないのだが、大なり小なり保護者的な視点が混じってしまうあなたとウィズでは彼のようにはいかない。

 誰が相手でもずけずけと思った事を言ってくれるベルディアがいてくれてよかった。

 無理矢理ゆんゆんを着席させるベルディアを見ながら、あなたはかなり本気でそう思った。

 

 

 

 

 

 

 笑いあり涙ありの一幕こそあったものの、パーティー自体は無事に終えてゆんゆんがお向かいさんになった翌日。

 あなたは王城の正門前にやってきていた。

 その傍らには女神アクア、ダクネス、めぐみんの姿が。

 あなたはちょっとした用事があって彼女達に同行しているのだが、ダクネスというこの国有数の大貴族のおかげで簡単に登城できるとはいえ、流石に覆面姿で登城するわけにはいかない。

 

 そして素顔を晒す以上、頭のおかしいエレメンタルナイトと行動を共にする姿を王都の冒険者に見られると非常にまずいので、今日のゆんゆんはアクセルでお留守番である。

 現に、いずれ劣らぬ綺麗どころであるにも関わらず、あなたと行動を共にする三人は王都の入り口から王城前まで一度も声をかけられなかった。

 結構な数の視線を感じたので実際噂にもなっているのだろうが、ゆんゆんと違って三人はアクセルから出る機会が少ないし、何より既にパーティーを組んでいるのだからそこまで問題は無いだろう。あなたはそう考えていた。

 

 

 

 そんなあなたの内心を知る由も無い三人の内の一人、頭のおかしい爆裂娘が感慨深げに王城を見上げる。

 

「ふむ。流石にこの国の王城だけあって由緒正しい感じのする立派なお城ですね。これだけ大きな物に全力全開の爆裂魔法をぶち込んだら、さぞかし清清しい気分になる事でしょう」

 

 開口一番でこの有様。親の顔が見てみたくなるとはこの事か。

 巨大建造物の爆破解体に無上の喜びを感じる国際的テロリスト予備軍、めぐみん。

 しかし、長きに渡る魔王軍との戦いを経て、幾度も改修工事が行われてきたという王城は非常に巨大かつ堅牢だ。

 当然魔術防御もふんだんに施されているだろうし、流石のめぐみんの爆裂魔法といえど、一発で城を木っ端微塵、というわけにはいかないだろう。

 

「一発の爆裂魔法で崩せないのであれば、十発、百発の爆裂魔法を撃ち続けるまでです。……は? 自分も常々王城に猫のゆりかごを使いたいと思ってるから気持ちはよく分かるって、何素っ頓狂なこと言ってるんですか」

 

 ただの戯言なので気にしないように、とあなたは薄く笑った。

 

「というかそこで猫が出てくる意味が分かりませんよ。最近冒険者に仕立て上げたとかいうあなたの飼い猫の話ですか? どうでもいいですけど猫を冒険者にするとか本当に頭おかしいですよね。ウチにもちょむすけがいますが、使い魔ならまだしも冒険者にしようとか考えた事もありませんよ」

「……な、なあめぐみん。爆裂魔法はたとえ話だよな? な? やるなよ? 絶対にやるなよ? 王城に爆裂魔法だなんて、本当に洒落になってないからな? ここはアクセルとは違うんだからな?」

「一発だけなら誤射かもしれないって前にカズマが言ってました。いい言葉ですよね」

 

 すまし顔でのたまうめぐみんにダクネスが泣きそうになった。

 被虐性癖を抜きにすれば常識的で貴族であるがゆえに背負うものも多い彼女は三人の中では苦労人ポジションなのだ。

 とはいえ流石にめぐみんが実際に行動に移すことは無いだろう。幾らなんでもそれくらいの分別はあるはずだ。あると思いたい。多分。きっと。恐らくはあるはずだ。無いかもしれない。

 

 実際に王城に爆撃するかはさておき、以前あなたが考えていた、王城を前にしためぐみんの思考パターンの予想は完璧に当たっていた。

 あなたはこの世界において、めぐみん以上にノースティリスの冒険者の適性を持っていそうな者を知らない。

 メシェーラという非常に厄介な問題が残っているものの、イルヴァとこの世界を自由に行き来できるようになった暁には、なんとかしてめぐみんをノースティリスに連れて行きたいものである。

 きっと彼女は嬉々として王都パルミアに爆裂魔法をぶちかましてくれる事だろう。

 

「ねえねえ、いつまでもこんな所でくっちゃべってないで、ちゃっちゃとお城に入りましょうよ。ここにカズマがいるんでしょう? カズマ一人だけいつまでもお城で贅沢三昧なんて、お天道様とエリスが許しても清く正しく美しい私は許さないわ。パーティーを組んでいる以上、私達にだってお城に住む権利はあるんだから」

 

 女神アクアの発言から分かる通り、普段はアクセルで活動する三人は今日、あなたのテレポートを使い、王城にいるであろうカズマ少年を迎えに王都に来ていた。

 彼が王女に誘拐された後の顛末については、あなたは演奏依頼で会ったレインから簡単に教えてもらっており、三人にもそれを伝えている。

 レインの知る限り、王女の初めてのワガママとして連れ去られたという彼は、幼い王女に何か感じ入るものがあったのか、王女の遊び相手を務めているらしい。

 とはいえ、レインから上記の話を聞いてから既に一週間以上が経った。

 その間、カズマ少年から一度も音沙汰が無かった以上、仲間である三人がいい加減痺れを切らしたり、あるいは何か厄介事に巻き込まれたのでは、と彼の身を案じるのは当然だろう。

 

 

 

 

 

 

 王城には事前にダクネスが向かう旨を通達していたらしく、ちょっとした手続きを踏むだけであっさりと入ることができた。

 あなた達も軽い所持品検査と武器の回収だけで登城の許可が下りるあたり、王国の懐刀とまで呼ばれるダスティネス家の権力と信頼が窺える。かくいうあなたもノースティリスでは顔パス(物理)なのだが。

 

「助かります。本当に来てくださって助かります、ダスティネス卿。あの男が来てからというもの、アイリス様はすっかりおかしな影響を受けてしまい、我々もほとほと困り果てていたのです……アイリス様の大変愛らしいお顔に笑顔が浮かぶようになったのは大変喜ばしいのですが……」

「クレア殿、心中お察しします……あの男は責任を持って私達が連れて帰りますので……」

 

 一行の先頭に立ち、カズマ少年が寝泊りしている部屋へ案内しているのは王女の護衛であるクレア。

 きょろきょろと興味深そうに王城を見回す女神アクアは全く気にしていないようだが、王女との会食でカズマ少年を散々に言い、挙句激昂してダクネスに斬りかかったクレアの背にめぐみんが向ける目は、どことなく剣呑なものが混じっている。

 仲間思いなのはいいが、あまりダクネスに心労をかけてやるな、と苦笑しながらあなたは軽くめぐみんの背を叩く。

 

「なんですか、変な勘違いはしないでください。別に私は暴れたりしませんよ、どっかの頭のおかしい誰かさんじゃあるまいし」

 

 暗にお前と一緒にするなとめぐみんは言うが、彼女にノースティリスの冒険者としての素養が備わっているのはあなたも認めるところである。

 しかし彼女は魔法使いだ。無手で暴れるのはあまりオススメできない。

 

「なんで私が暴れる事前提で話が進んでるんですかね。大体私は無手じゃありません。予備の杖をマントの中に隠し持ってます」

 

 ならばよし、とあなたは頷く。

 

 そうして城内を進んでいると、やがてあなた達はカズマ少年が寝泊りしているという部屋に辿り着いた。

 王女アイリスの肝いりという事もあってか、非常にいい部屋を宛がわれているようだ。女神アクアは一人だけこんな所に泊まってずるい、とおかしな方向に憤慨している。

 

「……しかしカズマは本当に大丈夫なんですかね。話を聞く限り、お城の中で相当やらかしてるみたいですが」

 

 めぐみんが不安げに問いかけてくるが、それは扉の向こう側のカズマ少年が教えてくれるだろう。

 果たして、その結果は。

 

「おはようメアリー。だがそう簡単に俺からシーツを奪えると思ったら大間違いだ。とはいえ、俺だって鬼や悪魔じゃない。メアリーがどうしてもって言うなら、こう言うんだ。『ご主人様、どうか卑しいわたくしめにご主人様の香りが付いたシーツを……』」

 

 クレアが扉をノックすると、部屋の中からこんな言葉が返ってきた。

 今日に至るまで、カズマ少年が王城生活をどれだけエンジョイしてきたかが一瞬で察せられる。

 

「とまあ、このような具合でして」

「……ああ、忘れていました。平時のカズマは甘やかすととことん付け上がるタイプの人間でしたね」

「違うわめぐみん。あれはカズマじゃないわ。クズマよ」

「おっと失礼。そうですね、カスマでした」

 

 ちょっと見た事が無いレベルの真顔で部屋に突入するダクネスを見やりながら、女神アクアとめぐみんが呆れ顔で溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 王女のお気に入りというVIP待遇となったのをいいことに、贅沢が骨まで染み付いたカズマ少年。

 彼は迎えに来たダクネス達を相手に、アクセルに帰りたくない、自分はこれからも安全な王城で何不自由なく面白おかしく生きていく、とどこまで本気なのか分からないダダを捏ねたが、最終的にダクネスが腕力を用いた後に王女アイリスを説得、具体的にはカズマ少年には帰るべき場所があり、アクセルにも友人や自分達といった、彼を待っている者がいる事をアピールし、自身の突発的な行動でダクネス達のような心配した者が出た事を反省した王女アイリスによって決着がついた。

 

 そういうわけでアクセルに帰還する事になったカズマ少年だが、せめて今晩だけでも、という王女たっての願いで急遽お別れの晩餐会を開く事が決定。王女のカズマ少年への入れ込み具合が凄まじい。

 出席する理由は無かったのだが、わざわざ登城した目的の人物が多忙で捕まらず、何よりここでカズマ少年達を置いて一人で帰るというのもどうかと思ったあなたも晩餐会に出席している。

 

 流石に王族が主催しただけあって、突発であるにもかかわらず晩餐会はアルダープに連れられて行った夜会よりも華やかかつ豪勢なものだった。

 晩餐会にはアルダープも呼ばれていたようで、カズマ少年とダクネスの周囲に集まっていた若い貴族の男達を相手に脂っこい笑みで弁舌を振るっている。

 

 カズマ少年とダクネス以外の二人はどうしているかといえば、女神アクアは酒を浴びるように飲み、めぐみんはここぞとばかりに空の容器に料理を詰め込んでいる。

 あなたは二人のように酒と料理を堪能した後、バルコニーに出た。

 

 パーティーの喧騒から離れ、一人空に浮かんだ満月を見上げる。

 カズマ少年とダクネスのやりとりを見てから、あなたは色々と考えていた。

 

 五体が無事だったのは何よりだが、折角パーティーメンバーが心配になって迎えに来たというのにアレな言動を散々披露してくれたカズマ少年。

 

 しかし、あなたはカズマ少年を責める気はこれっぽっちも無かった。

 それどころか、現在進行形で異世界生活をエンジョイしている身としては、彼の身を案じるダクネスの言葉はむしろ身につまされる思いですらあった。

 

 とはいえ、ノースティリスの友人やペット達は自分の事をそれほど心配していないだろうとあなたは確信している。

 何故なら逆の立場になった時、例え自分のように失踪したとしても、彼らであればどこであっても元気でよろしくやっているだろうし、そのうちひょっこり帰ってくると信じているからだ。

 あなたが信仰している癒しの女神に関しても、電波が届かない現状ではあるものの、その加護は確かに今もあなたに息づいている。あちらもあなたの生存を感じ取っているだろう。

 見通す悪魔が見通せないほどの、どれだけ果てしなく遠い場所にいようとも、あなたは今も敬愛する女神の力と温もりを感じていた。

 だが手紙の一つでも送って無事を知らせておきたいというのもあなたの偽らざる本音である。

 

 ――お兄ちゃんは()()()に帰りたいの?

 

 妹の声に、イルヴァに帰りたいか帰りたくないかで言えば、それは当然帰りたいとあなたは答える。

 ここが素晴らしい世界である事は否定しないが、それは帰りたいと思わない理由にはならない。

 あなたはノースティリスの冒険者だ。この世界の冒険者ではない。

 あなたはいずれノースティリスに戻る事になるだろう。しかしそれは今ではない。

 

 ――ふーん、私はどっちでもいいけどね。お兄ちゃんがここにいる限り、私はお兄ちゃんを独り占めできてるわけだし。勿論お兄ちゃんが帰りたいっていうなら私もできる限り手伝うけど。

 

 相変わらずの妹に苦笑しながら、あなたはなんとなく、今まで一度も聞いてこなかった事を問いかけた。

 今も突っ込んだままになっているコロナタイトの影響により、四次元ポケットの中から外界に干渉可能になった妹の日記。数値に直すと+3。

 その妹の日記+3の中にいる妹は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのかと。

 

 ――うん? そうだよー。お兄ちゃんだってずっと前から私が私だって分かってたでしょ?

 

 返答はあまりにもあっさりとしたものだった。

 しかし妹の言葉の通り、あえて明確にしてこなかっただけで、これまでの言動や常軌を逸した戦闘力から、日記の中身などとっくに分かりきっていた。確認の意味を込めて言質を取っておきたかっただけである。

 

 ――ちなみに私もあっちに帰る方法は知らないよ? 私だってお兄ちゃんがどっかに行っちゃいそうな気配を感じたから急いで私を分割して付いてきただけだし。

 

 憑いてきたの間違いなのではないだろうか。その二つに違いがあるとは思えないが。

 それはそれとして、いつもこれくらい大人しかったら妹も安心して外に出しておけるのだが。

 

 ――……? お兄ちゃんは時々すっごく難しい事を言うよね。私バカだから、お兄ちゃんが何を言ってるのか全然分からないや。

 

 この瞬間、今後も妹が四次元ポケットの中で過ごす事が確定した。

 

 ――つまりこれからも一心同体だねお兄ちゃん! 私は今もお兄ちゃんの温もりを感じるよ!

 

 言動が怪しくなってきたので、あなたは妹との会話を切り上げる。

 気分転換にはなったのでよしとしよう。

 

「こんばんは」

 

 あまり離席しているのも興が冷める。そろそろ晩餐会に戻ろうとしていたあなたに声をかけてきたのは、王女の教育係ことレインだ。

 顔見知りとはいえ、何故王女ではなく自分の近くに、と考え、一人で放置していると何をするのか分かったものではない頭のおかしいエレメンタルナイトを監視しに来たのでは、と思い至った。ガッデム。

 王女は放っておいていいのだろうかと会場に目を向けると、王女はカズマ少年と何かを話していた。まあ、パーティー会場で後先考えずにジェノサイド案件をやらかすのはノースティリスの冒険者だけだろう。

 ついでに会場の隅っこのテーブルではめぐみんがアスパラガスのサラダに襲われている。

 十本ほどのアスパラガスがキャベツやタケノコのように空を飛び、ナイフとフォークで武装しためぐみんと戦闘を開始した。

 

「今季のアスパラガスは活きがいいですからね」

 

 当たり前のようにレインが言う。

 この世界の野菜はモンスターと大差無い。

 見事なフォーク捌きでアスパラガスを仕留めて拍手を浴びるめぐみん(大道芸人)はともかく、レインが声をかけてくれて助かったとあなたが言うと、レインは苦笑した。

 

「ミツルギ殿もそうでしたが、やはり冒険者の方にはこういった場は慣れないものですか? アイリス様のお付きとはいえ、他の方と比べると家の格が著しく低い私もあまり居心地がいいとは言えないのですが」

 

 そうではない。

 あなたはレインに用事があって登城していたのだが、晩餐会の準備に追われる彼女には会えず仕舞い。

 晩餐会でも見当たらなかったのでどうしようかと思っていたのだ。

 

「私に? ……というか、えっ、私はずっとアイリス様の隣にいたのですが。気付きませんでしたか?」

 

 あなたが首肯すると、王女のお付きの敏腕アークウィザードはガクリと肩を落とした。

 

「私ってやっぱり地味で影が薄いんですかね。学生時代からそんな感じではあったんですが、アイリス様やクレアと並ぶともう全く目立たなくなりますし」

 

 思い返してみれば、あなたは先日の演奏会でも顔見知りである筈の彼女を見つけられなかった。

 アークウィザードであるにもかかわらず、レインの隠密性能は非常に高い。驚嘆に値する。

 

「影の薄さを褒められても全然嬉しくないですからね!? ……うぅっ、やっぱり私も氷の魔女さんみたいな目立つ格好をしたほうが……いや、学生時代ならまだしも、流石にこの年にもなってあの格好は恥ずかしすぎる……」

 

 それ以上はすっかり落ち着いてしまったウィズが泣くので止めてあげてほしい。

 スラリとした太ももを惜しげもなく晒し、豊かな胸をベルトで強調する服を着用し、臍出しルックで戦っていたイケイケアークウィザード時代の事をぽわぽわりっちぃは忘れたがっているので、本当に止めてあげてほしい。

 

 話題を切り替える意味合いもあり、あなたはとある物を取り出した。

 

「!?」

 

 あなたが差し出したお宝に、目を見開いてわなわなと震えるレイン。

 

「こ、これはまさか、氷の魔女さんのサイン色紙……しかもレインさんへって書かれてる……!?」

 

 そう、あなたが用意したのは、以前ゆんゆんがレインからねだられていた、ウィズのサイン色紙である。

 なお、ゆんゆんがサインを入手する際にも聞くも涙、語るも涙のやり取りがあった。

 

 

『ウィズさん、もしよろしかったらウィズさんのサインをいただけませんか?』

『私のサインですか? 別に構いませんよ。……ふふっ、色紙にサインを書くだなんて現役を引退して以来です。なんだかちょっと恥ずかしいですね』

『ウィズの現役時代か。もう何年前になるんだ?』

知りません忘れました(私は二十歳です)

『こいつ、直接脳内に……!』

『あ、あはは……。あ、サインは私じゃなくて、レインさんっていう王都で知り合った魔法使いの人が欲しがってたんです。ちょっとした切っ掛けでウィズさんの話になったんですけど、レインさんがウィズさんの事を尊敬している氷の魔女なんじゃないかって。王都で活躍していたアークウィザードの冒険者って言ってましたし、この氷の魔女ってウィズさんの事ですよね?』

『え、ええ、まあ。確かにそういう異名で呼ばれていた時期があったりも、まあ、しましたが。ですが、私は自分から名乗った事は一度も無いんですよ?』

『そうなんですか? でも確かに氷の魔女だなんて、()()()()()()()ウィズさんには似合わないですよね。それにまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()ですし』

『うぐぅ!?』

『ウィズさん、どうしたんですか? ……ウィズさん? ウィズさーん!?』

 

 

 優しさは、時として人を傷つける刃となる。

 氷の魔女の異名に恥じぬ、魔王軍絶対ぶち殺すウーマンだったウィズに、ゆんゆんの子供らしい無垢な信頼と言葉は致命的すぎたのだ。

 

 ゆんゆんがある意味で師匠超えを成し遂げたともいえる瞬間はさておき、あなたは今日、この色紙をレインに渡す為だけに登城していた。

 本当であればゆんゆんが手渡すのが筋なのだろうが、ほぼ無名の彼女には王城務めのレインに渉りをつける伝手がなく、彼女の実家も知らない。

 本人曰くダクネスやクレアの実家とは比べ物にならない、吹けば飛ぶような弱小貴族だそうだが、それでもレインは立派な貴族の令嬢で、しかも王女の付き人として王城で働く身の上。つまりエリートである。

 同じ貴族令嬢のダクネスのように気軽に会いに行けるような人間でもないので、今日の登城の機会はあなたにとって渡りに船だったのだ。

 王城から出禁を食らっていた場合はダクネスに渡してもらうよう頼む予定だったのだが、特にそういう事はなかったので一安心である。

 

「まさか本当に貰えるなんて……あ、ありがとうございます! しかも現在の住所まで!? ど、どうすればいいんですかね。やっぱり菓子折りとか持っていった方がいいんですか?」

 

 憧れの英雄からのサイン色紙を手に軽くキャラが崩壊しかかっているレインだが、彼女の言っている住所とは色紙の裏に書かれたウィズ魔法店の住所である。

 レインはテレポートを使える腕利きのアークウィザードだと聞いたウィズが新規顧客の獲得を目論んで記載したのだが、レインは貧乏貴族だそうなので高価な商品を買ってくれるかは疑問である。

 ついでに言うとレインに過去の武勇伝を突かれて真っ赤な顔でぷるぷるする未来しか見えない。

 今からその時がとても楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 そしてそれから一週間後。

 いつものように自信に満ち溢れた快活な笑みを浮かべ、女神エリスはこう言った。

 

「共犯者クン。これで五回目になる神器回収のお仕事だけど、そろそろ王都での盗賊稼業には慣れてきたかな? 今日は大物。あのアルダープっておじさんの屋敷に行くよ!」

 

 日夜神器回収に励む女神エリスをして物凄いという宝の気配、そして同時に嫌な予感がするというアルダープの別荘。

 そこで待ち受ける運命を女神エリスは知らない。


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