このすば*Elona   作:hasebe

95 / 148
第94話 王都防衛戦

 魔王軍と人類の間で幾度と無く繰り返されてきた、ベルゼルグ王国の王都を巡る攻防。

 王都を防衛するのは世界最強と名高いベルゼルグ王国の騎士団と、高レベル冒険者達。

 女神アクアに力を与えられた異邦人達も相当の数が詰めており、人類にとっては最終防衛ライン、魔王軍にとっては目の上のたんこぶである。

 最前線への戦力供給場所にして最前線以上に戦力が揃っている王都が落ちるような事があれば、それは人類が一気に劣勢に立たされる事を意味する。

 

 そんな人類の砦とも言える地を攻める魔王軍の指揮を担当しているのは、幹部にして強化モンスター開発局の局長という肩書きを持つシルビア。

 本人の戦闘力自体は幹部の名に恥じぬ絶大なものだが、その役職が示すように、どちらかというとデスクワークを得意としている文官肌の魔族である。

 とはいえシルビアが様々な新種のモンスターを作り出して人類を苦しめてきた、人類の大敵の一角である事には変わりはない。その首にかかった賞金も億を優に超える莫大なもの。

 

 

 

「あーだる。さっさと城に帰って研究の続きがしたい」

 

 そんなシルビアは現在、本陣に設営された簡易指揮所の中で凄まじくやさぐれていた。

 テーブルに突っ伏して呻く様は、これが悪名高い魔王軍の幹部と言っても誰も信じはしないだろう。

 

「まだ言ってるんですかシルビア様。全体の士気に係わるんですからもっとシャキッとしてくださいよ」

 

 シルビアの副官が上司のあまりのやる気のなさを見かねて諌めるも、シルビアはまるで意に介さない。

 

「いやだってほら、考えてもみなさいよ。こっちは最近まで頭のおかしい紅魔族の連中とドンパチやってたわけじゃない?」

「ドンパチっつーか一方的にボコボコにされただけですけどね。任務も失敗しましたし」

「お黙り。アレに関してはほんと預言者がクソだったわ。何がこの結界殺しさえあればどんな守りも容易く突破できるだろう、よ。物理的に破壊する手段寄越せっての」

 

 シルビア達が千の兵で攻め込もうとも、たった五十人程度の紅魔族に一矢報いる事すら叶わずに成すすべなく上級魔法の嵐に蹂躙されるという悪夢。

 アクシズ教と並ぶ危険集団の名に偽りは無い。

 だからこそシルビア率いる魔王軍は、里の地下に眠るという古代兵器を用いて紅魔族を叩き潰す予定だったのだ。

 しかし文字通りの分厚い壁に阻まれてしまい作戦は失敗。すごすごと里から撤退する破目になった。部下や強化モンスターの犠牲が少ない段階で撤退できたのはシルビアとしては助かる話だったが、それとこれとは話が別だ。

 預言者をして何も見えないという、星を落とすスキルを使うバケモノの存在も気にかかる。爆裂魔法を使ったのは紅魔族らしいので尚更だ。

 最近になって一気に幹部の数が減っていることといい、シルビアにはどうにも魔王軍に逆風が吹いている気がしてならなかった。

 

「それでまあ、例の拾った神器の研究と本業の強化モンスター開発に専念できると思ったら、幾らも経たないうちに今度は王都攻めでしょ? 魔王軍はいつからこんなにブラックな職場になっちゃったのかしら。みんなニコニコ、アットホームが魔王軍の売りだった筈なのに」

「少なくともウチの部署(強化モンスター開発局)がアットホームだってのはびっくりするほど初耳ですよ。普通にドがつくレベルでブラックじゃないっすか。ニコニコってあれでしょ、三徹でハイになってゲラゲラ笑ってる状態でしょ?」

「そんな細かい事ばっかり言ってるからアンタはいつまで経っても嫁の貰い手が無いのよ」

「ゥオアァァン!? 畜生俄然聞き捨てならねえ! なんか知らんけどシルビア様とデキてるとか噂になってんですよ! クソックソッ、ひでえ風評被害だ! 俺にだって相手を選ぶ権利くらいあるってのに! 俺はホモじゃねえ! ファァァァァック!!」

 

 地雷を踏んでしまったのか、いきなりぶち切れて上司に全力で中指を突き立ててくる愉快な副官に、無言で腹パンを決めるシルビア。

 頭脳労働が本領とはいえ、幹部の名は伊達ではない。爆発魔法を得意とするアークウィザードの魔族は一撃でノックアウトされた。

 足元で痙攣する部下の無様な姿に若干溜飲を下げながらも、シルビアは憂鬱だとばかりに溜息を吐く。

 

「ベルディアのやつが生きてればアタシにお鉢が回ってくる事も無かったってのに……」

 

 今はもういない、一人であちこちに戦いに行く程度にはフットワークが軽かった同僚のデュラハンを思い浮かべる。

 幹部随一の武闘派だったベルディアはかつて騎士団に所属していた経歴を持つ事もあり、軍の指揮官としても非常に優秀な人材だったのだ。

 シルビアにも不可能ではないが、ベルディアと比べると二枚も三枚も劣る。

 とはいえ、高レベルを誇る幹部達は基礎スペック自体がずば抜けている。

 後方で指揮を執るよりも、単騎の戦力として前線で運用した方がよほど活躍できるのだ。

 

「ベルディアに続いてハンスが逝ってバニルは魔王軍から離脱。まあバニルは元から結界担当してるだけの外様って感じだったけど、やっばいわこれ。何がやばいってアタシにかかる負担がやばい。ウォルバクの奴はどこほっつき歩いてんのよ」

「でもシルビア様、ぶつくさ言いながら結局真面目に仕事やってるじゃないですか。今回だって調略とか、破壊工作とか」

 

 地面が冷たくて気持ちいい、と口走りながら合いの手を入れてくる副官に、仕事なんだから真面目にやるのは当たり前、だがそれとこれとは話が別だと返答する。

 シルビア、ベルディア、ハンスの三名は個性豊かな幹部の中にあって、比較的常識的かつ真面目に幹部としての仕事をこなす面子だった。

 だからこそ魔王や魔王の娘の信頼も厚く、彼らを重用しており、結果的に仕事が多い。使い勝手がいいと思われているともいう。あくまで比較的に、だが。

 

『し、シルビア様!』

 

 そんなやりとりをしていると、テーブルの上に置かれていた通信用の魔道具が光り、部下の焦燥感に溢れた声が聞こえてきた。

 この声は中央を担当している奴だったか、と思い返しながらシルビアは応答した。嫌な予感しかしない。

 

「はいはい、こちらシルビア。どーしたの」

『発光する変な奴が一人で突っ込んできます! どれだけ魔法を打ち込んでもダメージを食らってる様子が無く、我々では止められません!』

 

 案の定とでもいうべきか。届いたのは喜ばしい報告ではなかった。

 二、三ほど指示を出して通信を終えたシルビアは席を立つ。

 

「……はぁ。ちょっと行ってくるわ。アンタも付き合いなさい」

「御意。しかし御大将自ら動きますか」

「動かないわけにもいかないでしょ。単騎に中央ぶち抜かれるとか大混乱待ったなしよ。どの道このままだとここに辿り着くわけだし」

「例のちいと持ち、とやらでしょうか?」

「多分ね。王都には勇者候補がゴロゴロ詰めてるし。一人で突っ込んでくる防御力っていうと、聖鎧アイギスと聖盾イージスが思い浮かぶけど。アレは強くはなかったけど本気でウザかったから勘弁してほしいところだわ」

 

 そんな事を話し合いながら最前線に急行したシルビアと副官だが、彼らがそこで目にしたのは……。

 

 

「ハハハッハハハ! 温い! 温すぎる! どうした魔王軍! まさかこの程度ではないだろう!? さあもっと本気を出せ! 私はまだ全然満足していないぞ!!」

 

 報告にあったとおり、仄かに発光しながら集中砲火を浴び、悠然と進んでくる一人の女騎士の姿だった。

 炎、氷、風、雷。ありとあらゆる属性の魔法が親の仇と言わんばかりの量で女騎士に打ち込まれているものの、その長い金色の髪を傷つける事すら叶わない。

 多少は煤に塗れているようだが、限りなくノーダメージに近い事が一目で分かる。

 

「うっわ、ちょっと見ないレベルでふざけた硬さですね」

「全身が無駄にピカピカ光ってるのはデコイスキルの効果かしらね。スキルの熟練度を上げまくると光るようになるし」

「背格好からして、職業は十中八九クルセイダーですね。しかしよりにもよって単騎で突っ込んでくるって報告を聞いた時は、正直噂の頭のおかしいエレメンタルナイトが出たのかと冷や冷やしましたよ」

「やめなさいよ縁起でもない。……本当に縁起でもない」

 

 頭のおかしいエレメンタルナイト。

 それは魔王軍の一部でまことしやかに囁かれている、運悪く戦場で姿を見かけた場合、その者は確実に死を迎えるとまで言われている都市伝説のような冒険者である。

 そしてここ一年、魔王軍は王都侵攻戦において何度も幹部候補の指揮官や精兵が戦死するという悲劇に見舞われているわけだが、これらの戦死のほぼ全てに頭のおかしいエレメンタルナイトがかかわっているというのがもっぱらの噂だ。

 

 最初に死んだのは、長きに渡って王都攻めの司令官を務めていた、不利になったらすぐ捨て台詞を吐いて逃げる事に定評のある魔族。

 やや性格に難を抱えていたものの、これはこれで幹部に準ずるほどの高い戦闘力を持ち、人類の厭戦感情を煽るのが上手い魔族だったのだが、それはもうあっけなく死んだ。ちなみに彼が部下に残した最期の通信記録は「なんか一人だけ違う世界観で生きてる感じのマジでやばいのが単騎でこっちに突っ込んでくる」である。まるで意味不明だった。

 言うまでもないだろうが、本来であれば指揮官というのはそう易々と死ぬ役職ではない。

 強い力を持つ指揮官、あるいは王族が危険を承知で先陣を切って味方の士気を上げ、不利な戦況を覆す必要に駆られているのは人類だけだ。余裕のある魔王軍の指揮官は魔王の加護という強い力を持っていても大抵後方で軍の指揮を執っている。

 にもかかわらず、ここ一年の指揮官の死亡率はそれ以前と比べると跳ね上がっている。後方に陣取っていようと雑兵と同じように散っていく。

 おかげで最近の魔王軍では王都侵攻戦の指揮官に志願する者が激減しており、紅魔の里の攻略に失敗したシルビアにこうしてお鉢が回ってきたわけである。

 

 

 

「どうやらアイギスもイージスも持ってないみたいだけど、アレを思い出すふざけた硬さだわ……」

「敵ながら天晴れというかなんというか。ところで本当に人間なんですかねアレ。きっと腹筋とか女を捨ててるレベルでバッキバキですよ。ガチムチのバキバキ」

 

 目を爛々と輝かせて高らかに笑う女騎士の腹筋はともかく、ざわめく部下達にこれはよくない兆候だとシルビアと副官は感じ始めていた。

 

「この程度ならウチのカズマの方がよっぽど鬼畜だぞ! 魔王軍ならもっとやる気を出せ! 全力で来い! 我がダスティネス家は王国の盾! 王国の鎧! その誇りにかけて、私は逃げも隠れもしない!!」

「皆の者、ダスティネス卿が魔王軍の注意を引き付けてくれている間に一気に攻勢をかけるぞ!」

「おおおおおおお!!!」

 

 敵の注目を集めて囮になるデコイスキルを連発する、ダスティネスと呼ばれた女騎士によって、魔王軍中央の攻撃が彼女一人に集中してしまっており、後続の騎士団が戦線を押し上げてきている。

 英雄さながらの力を見せ付ける騎士に後続は士気を上げ、反対に魔王軍は早くも腰を引き始めている。

 魔王軍幹部として長く戦ってきたシルビアにとって、これはさほど珍しい光景ではない。

 理不尽な力を持つ個人によって戦局を覆されるというのは、魔王軍にとって日常茶飯事である。

 

「純粋に硬いのか、ダメージを負っても一瞬で回復しているのか。どちらにせよ、まともな攻撃は通じないと見るべきね。……攻撃中止! 無駄に魔力を使う必要は無いわ! 中止! 中止だってば! 止めろっつってんだろゴラァ!!」

 

 デコイスキルに引っかかっているのか、まるで指示を聞かない部下を鞭でしばき倒す魔王軍幹部。

 そうして一時的に魔法が止み、人垣を割って現れたシルビアに女騎士が怪訝な表情を浮かべた。

 多種多様なモンスターを従えるシルビアの姿は、一見すると人間にしか見えない、真紅のドレスを身に纏った褐色肌な長身の美女である。

 

「むっ……?」

「ダ、ダスティネス様、お気をつけください! 奴は魔王軍幹部、グロウキメラのシルビアです!」

 

 今まで数多の英雄を退け、勇者候補達を殺してきた超大物。

 歴戦の幹部の登場にざわり、と人類側に緊張が走る。

 たった一人、女騎士を除いて。

 

「ほう……貴様がシルビアか。女なのは残念だが……まあいい。その鞭が飾りでないと言うのなら、私を満足……じゃなくて打ち倒してみせろ! いざ、尋常に勝負!!」

「鞭も嫌いじゃないけど、アンタには物理も効きが薄そうなのよねえ……っ!?」

 

 声高に告げ、目を爛々と輝かせて大剣を振りかぶって切りかかってくる女騎士。

 彼女が攻撃に転じた瞬間、シルビアは驚愕に目を見開いた。

 

(す、凄い……なんてやつなの……こんな人間が存在するなんて!)

 

 勇ましく駆けて来る美麗の騎士に戦慄したシルビアはゴクリと喉を鳴らした。

 有り得ない。悪い夢でも見ているかのようだ。冗談ではないのか。

 

(何これざっこ! 信じられないくらい構えがお粗末! 超へっぽこ! え、待って、もしかして一発ギャグとかそういう!?)

 

 シルビアとて歴戦の猛者である。その経験と自身の勘が告げていた。

 どんな奇跡が起きても絶対にあちらの攻撃は当たらない、と。

 

(隙だらけだわ! この子の攻撃、どこからどう見ても隙しか無い! アタシがどこに打ち込んでも絶対に攻撃が命中する未来しか見えない!)

 

 防御はあんなに凄かったのに攻撃は駆け出し未満のゴミクズ同然。シルビアは内心で盛大に困惑した。

 これなら剣を初めて握った子供の方が幾らかマシである。このまま何もせずに突っ立っていても全く当たる気がしない。むしろ下手に避けた方が攻撃を食らう予感すらする。

 シルビアから見た女騎士の剣術は、それほどまでにへっぽこだった。

 酷い。あまりにも酷い。なんたる異様か。剣を捨てて素手で戦った方がいいのではないのか。眩暈がしそうだ。

 

「くっ、何なのよこいつ……バインド!」

「……ぐべっ!?」

 

 余りにも露骨に隙だらけすぎて逆に警戒するシルビアが飛ばした、アラクネの糸で編んだ特別製のロープで全身を拘束され、顔面から勢いよく地面に突っ込む女騎士。

 煤だらけだった顔と髪が土に塗れた。

 

「ダスティネス様、御無事ですか!?」

「わ、私は大丈夫だ! なんのこれしき……ぐぬ、か、硬いっ!? 普通のロープではないのか……!?」

 

 縛られたまま地面をびちびちと跳ねる様は、活きのいい魚を見ているかのようだ。

 魔王軍の猛攻をものともせず、威風堂々と突き進む女騎士に士気が上がっていた騎士団、そしてどれだけ攻撃をぶつけてもまるで効いていない様子の女騎士に怯み始めていた魔王軍の双方に、なんともいえない沈黙が舞い降りる。

 

「効いちゃいましたね」

「駄目元でやったんだけど効いちゃったわね……直接攻撃は効果が薄そうだったから搦め手に走ってみたんだけど……」

バインド(絡めた)だけに?」

「全然上手くないわよ。何ちょっとドヤ顔してんの」

「く、ぐふふっ……ははははははは! デコイッ!!」

「えぇ……今度は何よ……」

 

 蓑虫と化した女騎士はどういうわけか突然大笑し、一際強い輝きを放った。

 身動きできない状態で囮になるスキルを発動するなど、魔王軍からしても気が触れているとしか思えない所業である。

 

「そうだ、私はこれを待っていた! 私を拘束して頑張って抵抗しても動けなくなったのをいい事に、口では言えないようなあれやこれやちょめちょめきゃっきゃうふふうふんあはんいんぐりもんぐりするつもりなのだな! 触手か!? 媚薬か!? 服だけ溶かすスライムか!? いいぞいいぞ! 私はそういう無茶が大好きだ!! 存分に来い! だが覚悟しておけ! 私は魔王軍の卑劣でいやらしい責めになど決して屈したりはしない! さあいつでもどこからでも全力でかかってくるがいい! 聖騎士の末席を汚す者として、そして王国の盾であるダスティネス家の誇りにかけて、私はありとあらゆる責めに耐え切ってみせる! 絶対魔王軍なんかに負けたりしない!!」

ピットフォール(落とし穴)

「え、ちょ、待っ、やだやだやだぁ! ここまでやって(期待させて)おきながら放置プレイだなんてそんな無体なあああああぁぁぁぁぁぁ…………」

 

 この分では状態異常系のスキルは効果が薄そうだと判断したシルビアは、即興で落とし穴を作るスキルを使って頭のおかしい女騎士をボッシュート、もとい強制的に戦場から退場させた。女騎士の脳みそが沸いているとしか思えない話を聞いているだけで頭が痛くなってきたのだ。

 穴の大きさは直径2メートルで深さはおよそ10メートル。硬い地面には穴が作れない上に、スキルの発動自体が遅いので素早い敵には動きを先読みしないと命中しないのだが、あくまでも地形を対象にしたスキルであるため敵に無効化されず、上手く使えばご覧の通り厄介な敵を排除できる非常に強力なスキルである。

 上位スキルとして穴が大きく、そして深くなるスーパーピットフォールが存在するのだが、発動に時間がかかりすぎるのでネタの域を出ない。それ以前に味方が巻き込まれる。

 バインドで固く縛っているのでそこまでする必要は無いと判断したシルビアは、他の者がウッカリ穴に落ちないように岩で穴を塞いでおくように指示を出し、副官に声をかける。

 

「長く苦しい戦いだった……」

「近年稀に見る酷い敵でしたね。ある意味紅魔族級ですよ」

「ねえ、アタシ強いわよね? 厄介な敵をあっという間にやっつける、強くて美しい魔王軍幹部よね?」

「美しさはさておき、そりゃ普通に強いですけど。なんだっていきなりそんな事を……ああ、もしかして紅魔族相手に負け癖付いてたの気にしてたんですか」

「敵が全員高レベルのアークウィザードでバンバン上級魔法を使ってくる戦場って、どれだけ控えめに言ってもクソだと思うの」

「紅魔族がキ印揃いの頭エクスプロージョンしてるクソ種族っていうのに異論はありませんけど」

 

 屈強なモンスター達が鎧袖一触とばかりに蹴散らされる光景を思い返してやるせない気分を覚えるシルビアに、騎士団が気炎を上げた。

 

「くっ、ダスティネス様を縛った挙句、落とし穴に嵌めるとはなんと卑劣な!」

「しかもあんな事やこんな事をするつもりだとは言語道断!」

「皆の者、一刻も早く魔王軍のいやらしい魔の手からダスティネス卿をお救いするのだ!」

「おおおおおおっ!!」

 

 女騎士は人気者だったらしく、騎士団の士気は下がるどころか上がる一方。

 しかしエロい事をすると決め付けられている件についてはシルビアも物申したい気分でいっぱいだった。むしろ普通に勘弁してほしいとすら思っている。

 シルビアは美男子が大好きなのだ。

 

「何かしらこれ。近年稀に見る深刻な風評被害を食らってる気がするわ」

「ざまあ。シルビア様とカップリング扱いされてる俺の気分を一割でも味わえばいいと思いますよ。シルビア様の心労で飯が美味い」

(どうしてこんなに口が悪くなっちゃったのかしら。昔はアタシを見て顔を真っ赤にするような、可愛くて初々しいショタっ子だったのに)

 

 ちょっと真剣に副官変更の手続きをとるべきか考えながら口さがない副官に蹴りを入れ、シルビアは竜皮の鞭を振るって騎士団を迎撃する。

 やる気なさげに溜息をつきながら自身の手足のように振るわれる鞭が、世界最強の騎士団を雑兵のように蹴散らしていく。

 苦し紛れに放たれた矢と魔法も殆どが鞭に阻まれ、辛うじて届いた極少数もドレスに傷一つ付ける事すら叶わない。

 

 シルビアにとって脅威足り得る特殊能力や神器持ちの勇者候補(日本人)達の戦場は主に両翼であり、騎士団が担当する中央ではない。彼らが駆けつけるまでには猶予がある。

 故に今この瞬間、戦場はシルビアの独壇場となっていた。

 

 圧倒的な単体によって戦局を覆すのは人類だけに許された特権ではない。

 むしろ今のように、有利になった人類が幹部という規格外による投入でひっくり返される方が多い。

 

 シルビアにはベルディアのような武技は無い。

 しかしこれといった明確な弱点が存在せず、各種攻撃に高い耐性を持つ。

 

 シルビアにはハンスのような殺傷能力は無い。

 しかし鈍足なスライムであるハンスには持ち得ない身体能力がある。

 

 様々な種族をその身に取り込み、徹底的に自己を改造する事によって手に入れた、高い能力と魔王軍随一の耐性。

 多少の搦め手も使えなくはないが、シルビアの本領はこの二つを用いた純粋で圧倒的な暴力。

 身も蓋も無い言い方をすると、高いレベルと耐性にあかせた脳筋戦法(ゴリ押し)。レベルを上げて物理で殴ればいいとは誰が言った言葉だったか。

 副官も言ったように、シルビアは普通(シンプル)に強い。

 強化モンスター開発局の局長という肩書きの持ち主とは思えないそれは呆れるほどに単純で、だからこそ対処が難しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 暫く作業的に騎士達を蹴散らしていたシルビアは、副官の叫びで我に返った。

 

「シルビア様!!」

「ッ!!」

 

 恐ろしい速度でシルビア目掛けて突っ込んできたのは、青い鎧を纏った一人の剣士。

 副官の声に反射的に飛び退いたものの、その右腕からは微かに血が流れている。

 

「浅かったか……」

 

 眉を顰めて呟く剣士を尻目に、浅く切り裂かれた腕の血を拭って舐め取るシルビア。

 

「やるじゃない。血を流したのは久しぶりだわ」

「師匠が良かったからね」

「ふふっ、謙遜も上手いのね。良かったら名前を教えてくれないかしら」

「御剣響夜だ。覚えなくて構わないよ」

 

 シルビアは笑った。

 頬が裂けそうな、凄惨な笑みだった。

 

「へえ、ミツルギ! アンタがあの魔剣使いのミツルギ! いいわあ、噂通りの男らしいアタシ好みのイケメンじゃないの!」

 

 猛る闘争心に応えるように、速度が上がった鞭が唸りをあげる。

 

「折角の機会だし、ちょっとばかし遊んでもらおうかしら!」

「悪いけど、貴女は僕の好みのタイプじゃないな!」

 

 魔王軍幹部と転生者。

 防衛戦以上に繰り返されてきた戦いが再び幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 魔王軍の破壊工作にて始まった王都防衛戦。

 普段であれば多数の高レベル騎士や冒険者によってあっという間に鎮圧されるのが常だったこの戦いだが、今回は様々な要因によって人類は予想外の接戦を強いられていた。

 

 一つ目は爆発による混乱が冷めやらぬ内に魔王軍が攻勢をかけてきた事。

 破壊工作を仕掛けておきながら、わざわざ相手が立ち直るのを待つ馬鹿はいない。何の為の破壊工作なのかという話である。

 

 二つ目は時間の問題。

 改めて記すが、魔王軍が攻め込んできたのは人々が深く寝静まった深夜である。

 多少の寝不足などは戦闘の高揚が洗い流してくれるが、夜の暗闇は暗視能力を持たない大多数の人間の視界を閉ざす。

 精強な騎士団は夜間における戦闘の訓練も十分に積んでいるとはいえ、集団戦闘の軍事訓練すら受けていない冒険者達はそうもいかない。

 例え明かりの魔法を使ったり篝火を無数に焚いていても、近接戦闘となれば同士討ちの危険性は格段に増す。なまじ高レベルで火力も高いのが枷になる。

 一方で魔王軍の兵は魔というだけあって夜に強い種族が多く、暗視能力も人間とは比べ物にならない。

 

 とはいえ、これくらいのハンデは人類側にとって然程珍しい話ではない。むしろ日が出ている内に魔王軍が仕掛けてくる方が稀なくらいだ。

 多少の悪条件は跳ね返してあまりあるほどにベルゼルグ王国の騎士団、他国から派遣されてきた精鋭、そして王都に詰めている冒険者達は強い。

 上級職でないレベル30以下の冒険者は魔王軍との戦いに出る事を許可されず、王都の警備に回される程度には層が厚いのだ。魔王軍との最前線から徒歩数日という場所にあるにもかかわらず、これまで陥落しなかったのも大いに頷ける。

 

 問題は三つ目。

 戦場ではなく王都側に、決して少なくない戦力を割く必要があったからだ。

 

 当初、消火には王都の警備兵や警邏に回された冒険者が向かったのだが、いつまで経っても火が消えない。

 それどころか場所によっては新たに火の手が上がる始末。

 魔王軍の妨害を受けていると本部が判断するのは当然であり、実際にそうだった。

 

 今まで何度も魔王軍に攻め込まれ、しかし高い防衛力でその全てを跳ね除けてきた王都側。

 世界の危機、崖っぷち、最後の砦。

 何十年、何百年もの間そう言われ続けながらも、なんだかんだで拮抗していた彼我の戦力バランス。そして最近になって立て続けに撃破されている魔王軍幹部。

 最前線に近くとも、最前線そのものではない王都側にある種の楽観、あるいは驕りがこれっぽっちも無かったと言えば嘘になる。王都に住む貴族が政治ゲームに興じる程度には余裕があるのだからさもあらん。

 

 奇しくも今回はその弛みを突かれた形になる。

 ギルドを筆頭に各所の破壊を担当した者はいずれも腕利き。戦場に出る事を許されない程度の強さでどうにかなる相手ではなかった、

 それもその筈。半数以上は王都に潜伏していた魔族の仕業だが、中にはこの世界の高レベル冒険者や、勇者候補と呼ばれる、強力な力を持つ者達も混じっていたのだ。

 冒険者ギルドを爆破した四人の勇者候補は、勇者候補筆頭である魔剣の勇者の足止め中、突如として乱入して来た謎の忍者にボロ雑巾にされたわけだが、魔王軍側に寝返っていたのは彼らだけではない。

 

 後藤達と同じように、血で血を洗うような終わりの無い戦いに疲れた者。

 人類に失望した者。

 華々しい活躍をあげる同胞への嫉妬で歪んでしまった者。

 童貞を拗らせすぎて魔の誘惑(おっぱい)に屈した者。

 イケメン魔族に性的に食べられてしまい情が移った者。

 他の人達も魔王軍に寝返ってますよ、という右に倣えの国民性を巧みに突いた勧誘に応じた者。

 

 女神エリスが知れば嘆き悲しむか、あるいは助走をつけて閃光魔術(シャイニングウィザード)を顔面にぶち込んでくるレベルの理由で彼らは以前より人類に見切りをつけており、今回の侵攻で表立って行動を開始していた。

 実際に彼らがやっていたのは己が人間である事を利用し、消火活動にきた者に協力するフリをして襲い掛かり気絶させるという単純なものだったが、彼我の戦力差や先入観によって、消火活動がことごとく阻まれていたのだ。

 

 上述の四人を退けた魔剣の勇者によって下手人は紛れも無く手練であり、生半可な者を送るのは下策でしかないと通知される事となり、これをなんとかする為にまだ余裕がある前線から有力な冒険者が駆り出される事となる。

 紅魔族との戦いを生き抜いてきたシルビアの部下や強化モンスター達も猛者揃い。

 一大事といえば一大事だが、冒険者や勇者候補が魔王軍に寝返るのも、王都が危機に陥るのも、今日が初めてというわけではない。

 これもまた、人類と魔王軍による長い戦いの歴史のほんの一ページに過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 

 一進一退の攻防を繰り広げていた両陣営だが、事態が大きく動いたのは、戦闘開始から小一時間が経過した頃だった。

 

「アイリス様。キョウヤ殿が平原に到着したようです。成長著しい彼なら、あるいはシルビアも……」

「…………」

「アイリス様?」

「クレア、レイン。私は決めました。お父様達がいない今、ベルゼルグの名を継ぐ者として、民が苦しみ傷ついているのをこれ以上黙ってみているわけにはいきません。私も出ます! 親衛隊、伴をしなさい!」

「えええええええ!?」

 

 若干12歳にして王都最大戦力の一角と目される王女アイリス、親馬鹿な国王にねだって貰った神器にしてベルゼルグの国宝、エクスカリバーを携えてまさかの出陣。

 無茶だと諌める家臣にここで戦わずに何がベルゼルグ王家か、と一喝する王女に最近まであった儚さはどこにも無い。王女に気高く美しい姫騎士の話をしたどこかの日本人の影響は絶大だった。

 

 姫騎士かくあるべし、という王女アイリスの登場に落ちかけていた士気は一気に回復。

 そしてキョウヤと互角の戦いを繰り広げていたシルビアは王女の参戦に敏感に死の気配を感じ取り、即座に撤退を開始。王都防衛戦における魔剣の勇者と魔王軍幹部の戦いは決着が付かずに終わる。

 

 

 そして、シルビアが撤退を始めた所で()()は起きた。

 

 

 王城から天に向かって伸びる、青く清浄なる光の柱が夜を照らす。

 誰も彼もがその神聖な光に目を奪われた。

 

 光が収まり、次いでやってきたのは信じられないほどの豪雨。

 雲一つ無い夜空から降り注いだそれは、光が天の井戸を突き破った結果のもの。そうとしか思えない光景だった。

 

 嵐もかくや、という雨量によって、あっという間に王都中の火の手は掻き消される事となる。

 そして前線で戦う者にとっては視界を殺すだけで迷惑にしかならなかった筈の豪雨はしかし、魔王軍と戦う人々の傷を癒し、悪魔と不死者に弱くとも確かなダメージを与えてみせた。まるで雨粒の一つ一つに癒しと浄化の力が込められているかのように。

 

 人を癒し魔を焼く浄化の雨。最早誰一人としてこれが自然現象だとは思わなかった。

 人類側に傾いていた天秤は、この一手で完全に趨勢を決定付ける事になる。

 

 ざわめく人々に、敬虔なエリス教徒であるクレアが叫ぶ。

 アイリス様の勇気に、エリス様が奇跡を起こしてくださったのだ、と。

 

 

 

 ……そして、異邦人と水の女神。

 人類側における最大戦力にしてジョーカーである二名が、遅れに遅れて戦場に辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

 女神アクアが大魔術によって降らせた大雨によって火が消し止められたのを確認したあなたは戦場である平原にやってきたのだが、戦場は人類が一気呵成に猛攻をかけているところだった。

 既に雨は止んでしまっているが、武器を手に取って戦う誰もが口々に叫んでいる。

 

 

 ――エリス様万歳!

 

 ――アイリス様万歳!

 

 ――ベルゼルグ万歳!

 

 

 狂奔、というやつだろうか。

 誰も彼もが熱狂に駆り立てられている。

 ニホンジンと思わしき冒険者達はついていけないとばかりに戸惑っているようだが。

 

「ねえ待って! これってどう考えてもおかしくない!? 雨を降らせたのは王女様でもエリスでもなくて私なんですけど! っていうか上げ底エリスは何もやってないのに崇められるなんて、こんなの絶対に許されないわ! 癒しと浄化の力が篭った雨なんだから普通に考えたら真っ先に私が出てくる筈でしょ!? なんでよりにもよってエリス(幸運の女神)の手柄になってるの!? あの子はその手の権能なんか持ってないのに!!」

 

 あなたの隣で女神アクアがむっきゃああああと叫びながら猛抗議しているが、悲しい事に誰の耳にも届いていない。

 周囲のエリス様万歳、という喝采に掻き消されてしまっている。

 アルカンレティアならまだしも、王都は女神エリスのお膝元である。この分では最早彼女が何を言っても女神エリスが手を尽くした為だと受け取られてしまうだろう。

 よしんば女神アクアが雨を降らせたとしても、それは女神エリスが先輩である女神アクアに頼み込んで雨を降らせたからだ、といったように。

 そういう空気になってしまっている。

 

「……せ、戦争よ! こうなったら戦争だわ! 不敬な連中に神罰食らわせてやるんだから! 私の可愛い教徒に神託してエリスんとこの教会を全部打ち壊させた後にここの城ごと全部水に沈めてやるわ!」

 

 涙目で可愛らしく地団太を踏んで恐ろしい事を言う女神アクア。実際に可能なのが困る。

 あなたは自分ならどうするだろうか、と考えた。

 自身の信仰する女神が起こした奇跡が、事もあろうに他の神の手柄になっていたとしたら。

 

 なるほど、不敬極まりない連中を皆殺しにすべく同胞達と共に全面的な宗教戦争はどう足掻いても不可避である。

 

 女神アクアが可哀想になったあなたは、常備している自作の飴玉をプレゼントする事にした。

 優しいイチゴミルク味のそれは癒しの女神のお気に入りであり、ウィズ、ベルディアも喜ぶ一品だ。

 いかつい色黒の大男のベルディアにイチゴミルクキャンディ。似合わないと言ってはいけない。

 

「はあ!? なによ、子供じゃあるまいし! 飴ちゃんなんかでスーパー女神3になったしばらくおさまるところを知らない私の怒りが鎮まると思ったら大間違いなんだから! ……あ、おいひい」

 

 女神アクアの怒りは一瞬で鎮火した。

 エリス教とアクシズ教による全面戦争、そして神の怒りによって王都が水の底に沈むという未来は辛うじて避けられた。

 とりあえずキョウヤに女神アクアが雨を降らせた事は教えておくべきだろう。敬虔な女神アクアの信徒である彼はアクシズ教徒と違って人気者な上に国の上層部に顔が通っているので、女神アクアの名誉の為に動いてくれるはずだ。

 人知れず世界を救うという偉業を成し遂げた英雄(あなた)は、コロコロと口の中で飴玉を転がす女神アクアを伴って戦場を進んでいく。

 そこら辺に神器でも転がっていないだろうか、と周囲を見渡すも、それらしいものは落ちていない。

 

「ねえねえ、まだ終わってないみたいだけど。戦わないの?」

 

 怪我人を見つけては適当に回復魔法を飛ばし、地面に転がっている人間の死体に蘇生魔法(リザレクション)を使っていく女神アクア(辻プリースト)の問いかけ。

 感謝されこそすれ、女神アクアの周囲に誰も集まってこないのはあなたが同行しているからだろう。むしろ戦々恐々としているあたり、完璧に頭のおかしいエレメンタルナイトの関係者だと認識されていた。

 気付いていないのか気にしていないのか、特に表情を変化させない女神アクアに若干申し訳なく思いながらも、自分の出番はもう無いだろうと答えた。

 既に戦いは追撃戦に移っている。この期に及んで出張る理由があるとは思えなかった。

 

「ふーん。まあいいけど。私のおかげで勝ってるみたいだし。この! 私の! お、か、げ、で!! ……飴もーいっこちょうだい」

 

 気に入ってくれたようで何よりだと、あなたは袋ごと渡す事にした。

 どうせ家に帰れば幾らでも作れるのだ。しかし餌付けをしている気分になる。

 

「見た感じだと相当激しい戦いだったみたいだけど、カズマはどーしてんのかしらね。めぐみんとダクネスはなんだかんだいって大丈夫だろうけど、雑魚っぱちな上にすぐ調子に乗るカズマはアッサリ死んでそうなのよね。やっぱりあのクソニートには保護者として私がついてあげていなくちゃ駄目なんだわ」

 

 うんうん、と頷く女神アクアにあなたは曖昧に笑ってお茶を濁す。

 カズマ少年も女神アクアに対して全く同じ事を思っているのは想像に難くない。お似合いの二人という事なのだろう。

 

 

 ――エクステリオン!!

 

 

 そうしてカズマ少年達を探していると、少し離れた場所から放たれた光り輝く斬撃が夜空を奔った。

 

 斬撃はグリフォンと思わしきモンスターを真っ二つに切り裂いており、その足に掴んだ何かと共に地面に一直線に落下してきている。

 

「あ、カズマだ」

 

 モンスターに連れ去られかけていた何かを指して女神アクアがそう言った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。