Side 空
「た・・・束・・・さ、ま?」
その一言に私は理解することができなかった。ただ呆然と立ち尽くしていた。
「だーかーらー・・・もう必要ないんだよ。キミは」
ただ立ち尽くしている私に束さまは繰り返すように言った。
「束さま・・・うそ・・・ですよね?」
私の知っている束さまがそんなことを言うはずがない。そう思い、束さまを見る。束さまは笑っていた。いつものように。
「いつも言ってるじゃないか・・・十全な私は―――「完璧でなくてはならない」」
束さまの言葉をさえぎるようにして私は言う。そう、束さまの行動に伴う結果はすべてが完璧にして完全でなければならない。いつも束さまが言っていることだ。
それを聞いた束さまは満足そうに頷いていた。何度か頷いた後、束さまは閉じていた瞳を開いた。
「・・・うっ」
何の感情もこもっていない視線を私に向ける。
「そう・・・十全たる私は完璧でなければならない。それは私の道具も同じ・・・キミは十全な働きができなかった。捨てるのにこれ以上の理由がいると思うかい?」
「そ、それは・・・」
束さまの思った以上の性能を発揮できなかったモノ達はすべて捨てられてきた。今の瞳は廃棄されたモノを見る目と同じだ。
「キミにそのゴーレムは不要だね」
「・・・どういうことです?」
「言ったとおりの意味だよ」
そう言い、束さまは空中投影型のディスプレイを展開し、片手で何かを打ち込む。
「・・・ゴーレム!?」
タンッ!と子気味よい音が響く。すると突然、私のゴーレムは機能を停止し、待機状態のブレスレッドへと戻った。
「うーん・・・そのゴーレムももう要らないね」
「な、なにを・・・」
束さまが待機状態へと戻ったゴーレムに目をやった。
「あっはっは!何って?うん、こういうことだよ!」
「なにが・・・!?」
突如としてブレスレッドから光が漏れた。右手を離してブレスレッドを見ると輝いていたブレスレッドは突然発光を止め、砕け散った。
「ゴーレム!!!?」
初めて束さまから受け取ったIS。そして私にとって初めてのIS。私と束さまを繋いでいたゴーレムが砕かれてしまった。他ならぬ束さまの手で。
「・・・ゴーレムが・・・束さま、どうしてこんなことを!!」
私は膝から崩れ落ちた。ゴーレムとはずっと一緒だったのだ。もらったときの喜びは言い表すことができず、初めて共に飛んだときの感情は今も忘れていない。
「キミは誰にものを言っているのかな?それに・・・ほら!」
カランカランッ
束さまが何かを投げてこちらに渡した。それは白く光る古びたナイフだった。
「・・・ナイフが、どうしたというのです?」
これで何をしろというのか?まさかこのナイフで霧雨無月と戦わせようというのだろうか?
「うーん・・・キミはもう少し賢いと思ったのだけれど・・・仕方ないか。まぁ、所詮は不完全なモノだからね」
「・・・何を言っているのです?」
束さまの意図が全く理解できない。今までこういうことはなかった。最近では束さまの考えていることを察することができなかったことなんては数えるほどしかなくなっていたのに、だ。
「完璧でないものは・・・壊すんだよ。今まではそうしてきたし、これからもそう。例外は存在しないんだ」
そこで束さまは言葉を切った。そして再び何の感情も込められていない瞳で言った。その瞳は失敗した実験体を廃棄するときと同じものだった。
「・・・今ここでキミには壊れてもらうよ。キミ自身の手で、ね」
「自害をしろ、と言うのですか?」
霧雨無月の撃破に失敗した私にはもう価値がないということなのだろう。捨てられたのだという事実が私にのしかかっていた。
「いいねー!物分りのいい子は束さん大好きだよ!」
まるで冗談を飛ばすかのような口調で束さまは笑って言う。私の足元に転がったナイフは妖しいほどの光を放っていた。
「キミはあの時なくなっていた命。それが今消えるだけ。たったそれだけのことなんだよ」
「・・・・・・」
私は足元のナイフを拾う。懐かしい感触だった。ナイフを使った戦闘技術は研究所で学んでいた。そしてこのナイフはかつて私が使っていたものだった。
「おや?わかったようだね?そのナイフはあの場所で拾ったものだよ。キミにふさわしいものだと思ってね。さあ、最後の命令をやるんだよ!」
「・・・はい」
言われるがまま、私はそのナイフを手に取り、首元へと持っていく。人体の性質上、首に走る太い血管を切れば命は絶たれる。何度も教えられたことだ。
だが、どうしても自分の手を動かすことができなかった。脳裏には、死体となったかつての研究員の姿が脳裏に浮かんでいた。
自分はあんな風にはなりたくはなかった。おびただしい血を流し、動かない人形のようになっている姿は嫌だった。
束さまのために生きて束さまのために死ぬ。それが私の生きる目的であったはずなのに、私はそれを拒否しようとしている。
「さあ、早く遂行して見せてよ!!」
「・・・はい。束さま」
私は両目を閉じたまま、ナイフを首元から離し、勢いをつけて首に突き刺そうと構える。怖くて目を閉じているのに私にはすべてがわかってしまう。
「さあ!早く!!!」
「・・・っ!」
急に鋭くなった声に反応し、私はナイフを振り下ろす。ああ、もっと生きたかった。未練がましく、私はそう思っていた。
ザクッ!
ナイフが何かを貫いた感触が手に伝わり、暖かい血が流れたことがわかった。
◇
おかしい。痛みはなく、意識もはっきりしている。そして自分以外の者の気配を感じ目を開ける。
「どうして私を助けるのですか?・・・霧雨無月」
私のナイフは私自身の首ではなく、霧雨無月の左手を貫いていた。ナイフは霧雨無月の手のおかげで私に刺さる直前で止まっていたのだった。
どうして、という思いが先行する。霧雨無月に私を助ける義理など存在しないのだ。
「お前ーーーっ!!」
束さまが不機嫌を隠そうともせず大声を張り上げる。だが、霧雨無月はそれにかまうことなく、私の手からナイフを取り上げる。
「どうして・・・どうして私を・・・」
再び同じ質問をする。すると、ナイフを抜いた霧雨無月はナイフを捨て、私の頭に手を置いた。なんともいえない暖かさがそこにはあった。
「これは俺のエゴかもしれない。だが、お前のような子どもが死ななければならない理由はない。それに、俺はあいつに人生を狂わされた人間だ。だからお前のようにあいつの思うが侭に弄ばれる人間を見たくなかった」
「でも、私は・・・」
束さまに捨てられて、廃棄される者だ。私の思いなど関係がないのだ。
「誰かに言われるがままの人生なんてつまらないと思わないか?」
「・・・つまらない?」
何のことか、と思う。楽しいなんて感情は知らない。悲しさもよくわからない。つまらないとは一体?
「ああ、そうだよな。お前はそういう生き方をしてきたんだからな」
霧雨無月は一人で納得したかのように頷き、言う。
「あんな小さなナイフですら人は死ぬ・・・だが何も残らない。だったら生きてみろ。生きて生きて苦しんで、自分が生まれてきた理由を探せ。そうすればいつか自分が本当に守りたいものができるだろう。そしてそれを全力で守れ」
「生まれてきた・・・理由?・・・守りたいもの?」
そんなものは考えたことがなかった。私は束さまのために生きてきた。だが、それも今日、終わってしまった。もう何をすればいいのかわからない。
すると霧雨無月は私の頭を乱暴になでて続けた。悪くない感覚だと思った。
「わからないよな・・・だったら俺について来い。俺が・・・いや、俺たちがお前の大切なものを探す手伝いをしてやる」
「大切な・・・もの」
すると霧雨無月は私の頭から手を離し、私の前に右手を持ってきた。
「空。ここで選択しろ。死んでつまらないまま人生を終えるか。生きて大切なものを見つけるか。これは・・・お前の物語だ!!」
「私の・・・物語・・・」
差し出された手をじっと見つめる。自分の生き方など決めることは今までなかった。いや、選ぶ選択肢などなかった。
だが、今、この手をとるかとらないかを選ぶことができる。だったら、この手をとろう。束さまに捨てられた私に帰る場所はない。なら生きて・・・足掻く。そう、決めた。
「お願い・・・します」
私は恐る恐るその手を握る。暖かい。素直にそう思った。そして不思議と涙が流れた。どうしたらいいのかわからないが、そのままにしておいた。この涙は流していいものだと思ったから。
「任せておけ、空・・・ちっ」
突然、霧雨無月は私を抱えて跳んだ。すると私たちがいた場所をレーザーが走り抜けていた。
「どいつもこいつも・・・どうして束さんの思い通りに動かないのかなっ!!所詮、私には及ばない人間のくせにさ!!」
苛立った束さまがそこにはいた。今まで見たこともない怒りの感情をあらわにしていた。
「俺たちは機械じゃない。お前の思い通りになるわけがないだろう?お前の思い通りになるのは、その玩具だけだろう?」
「もういい・・・ちーちゃんといっくんは私のクローン技術で生き返らせる。ISを通して人格データは全部持ってる。私とちーちゃん。それに箒ちゃんといっくんがいれば他の奴らは死ねばいいんだよ!!」
束さまが叫ぶ。霧雨無月はどこからか巻物を取り出し手を添えると、巻物から1機の無人機のような形をしたISが出現した。
「ゴーレム?」
「いや、違う」
違うとは一体どういうことなのか?確かに見た目はゴーレムのような手が以上に長い形をしているのではなく、通常のISに近い。しかし、人が乗っているようには感じられない。いつもの束さまが使うゴーレムのようだった。
「ミラージュが開発したIS・霧流一式だ・・・北条さん舞台は整えましたよ」
完全な自立型ではなく遠隔操作型だが、と付け加える。
『わざわざすまないね。行かせてもらおう篠ノ之束。これが私の復讐だよ・・・火閃!!』
炎のレーザーが束さまを襲うがそれは空中にできた壁に阻まれた。
「マテリアル・ハイか」
霧雨無月が苦々しく言う。
「あっはっは!!ISはデータリンクを通して全てのデータを私の下に集めていたんだよ!こんなことも、ね!!」
束さまの白椿から白く光る羽が現れ無数の光弾が降り注ぐ。
『シルバー・ベルまでとは・・・あきれて物もいえないな。無月君、それでは戦闘に移行する。あの術のタイミングは任せる』
「わかりました。頼みましたよ、北条さん」
霧雨無月は私を抱えて、霧流は光弾を避けて戦闘へと移行していった。
◇
Side 無月
空を抱えて北条さんの戦闘領域から離れた場所にきた俺はアーデルに連絡を取った。
『アーデル、すぐに着てくれるか?場所は今送る』
『わかった。ここなら・・・1分とかからんな。待っていろ』
空のISは破壊されてもうない。ならばアーデルに運んでもらおうと考えていた。幸い、近くにいるようだ。
「アーデルとは誰です?」
空が不思議そうに言う。
「来ればわかる」
今はそういうしかない。アーデルは空に最も関係のある者だろう。わざわざアーデルを呼んだ理由はその部分にあった。
「待たせた」
「そうでもない。わざわざ悪かった」
真紅のISが目の前に現れる。アーデルのブルートだ。
「奴がそうか。無月。援護すればよいのか?」
アーデルが戦況を見ながら言う。篠ノ之束の異常ともいえるISの性能に北条さんが苦戦しているように見える。
「いや、今回は違う。空を例の地点まで送ってほしい。お前の妹みたいなやつだからな」
アーデルが空を見る。特徴的な銀髪に両目のヴォーダン・オージェ。アーデルは俺の言葉の意味を察したようだった。
「わかった。空、というのか?私はアーデルハイドという。無月の仲間だ。よろしく頼む」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
空はアーデルを見て驚いたようだった。それもそうだろう。自分と容姿がそっくりな他人を見たのだ。驚くのも無理はない。
「時間もそうない。空。アーデルに連れて行ってもらってくれ。俺はここで少しやることがあるからな」
「しかし・・・わっ!」
アーデルが強制的に空を抱えた。
「アーデル。それじゃあ、予定通りに進めてくれ」
「わかった。お前も早くしろ。奴は何を仕掛けてくるかわからんぞ?もう終局に差し掛かっている」
「・・・わかっているさ」
「なら、いい。では向こうで待っているぞ」
そういい残し、アーデルは空を抱えて飛び去っていった。俺は万象天引を使い、目的のものを引き寄せた。
「ここからは外道の戦いだ。俺もお前となんら変わりはないのだろうな」
戦闘を続ける篠ノ之束に向けてつぶやいた。
通信を北条さんに繋いで言った。
『北条さん!行きます!!』
『後悔はないんだね?』
『ええ。後悔する選択はしない。それが俺の生き方ですから』
『・・・そうか』
北条さんは接近戦をやめ、篠ノ之束から距離をとった。それと同時に俺は瞬身の術で北条さんの前に躍り出て、印を結び、術を発動させた。
「禁術・穢土転生の術!!」
1つの棺桶が天から口寄せされ、蓋が開いた。