学食に現れた深雪の隣にリーナの姿は無かった。
「今日はリーナと一緒じゃないんだな」
「えぇ、今日は家の用事で欠席です」
「・・・そうか」
達也たちはいつも通りに7人でテーブルを囲む。食事中の話題は、この場にいない雫の話に。
「ほのか、雫は元気にやってるの?」
「うん、元気でやってるみたいだよ。授業もそんなに難しくないって」
「ふーん」
「そういえば、アメリカでも『吸血鬼事件』に似たような事件が起こってるんだって」
「ええっ!ホントなの、それ」
「うん。ただ、雫のいる西海岸じゃなくて中南部のダラルを中心とした地域で起こってるらしいけど」
「初耳だな」
達也たちが雫の話をしていた頃、リーナはUSNA大使館にいた。
「つまり、中尉の大脳皮質には、普通の人間に決して見られないニューロン構造が形成されていたと」
「解剖の結果、前頭前皮質に小規模な脳梁に似た組織が形成されていました」
「つまり、人間にないはずのものが、中尉の大脳にあったと?」
「それは、一体どういう機能を果たすものだ?前頭前皮質は思考力や判断力と密接な関係のある部位だと聞いたことがあるが・・・そこに新たな脳細胞が形成されたということは、思考力が影響されていたのか?」
「USNAの魔法関係者の間では、大脳は独立の思考器官でなく、真の思考主体であるプシオン情報体。いわゆる『精神』から送られてくる情報を受信し、肉体の情報を精神に送信する通信機器である。という仮説が支持されており、この仮説に従うなら、中尉の大脳に形成された新たなニューロン構造は、従来ダウンロードされることの無かった未知の精神機能とリンクするものと考えられます」
「・・・その未知の精神機能が、外部から意識に干渉する未知の魔法という可能性はありますか」
「シリウス少佐は中尉が操られていたと?」
「・・・」
「残念ながらその可能性はありません。仮説ではありますが、精神と肉体は一対一で対応するものと考えて間違いありません。他者の精神に干渉できても、それが大脳の組織構造にまで影響を与えるとはないと思われます。他者の精神構造そのものを作り変える魔法でもなければ」
まだ午後の授業が行われている時間だが、この時期、既に三年生は自由登校となっている。だから、七草真由美・十文字克人が誰もいない部室で密会していることを知らない。
「すまんな。こうするのが一番目立たない方法だと判断した。今、四葉を刺激するのはウチとしても避けたい」
「かまわないわ。今から話し合う内容は公に話せる内容じゃないし、それに四葉と先々月から冷戦状態のウチと十文字家が急に会談するなんて四葉に知られたら、あらぬ誤解をされるかもしれないし。全く、あの狸親父が余計なことをするから・・・」
「七草でもそんな言い方するんだな」
「あら?御免あそばせ?はしたなかったかしら?」
「別に構わんが」
「・・・十文字君。父からの、いえ、七草家当主、七草弘一からのメッセージをお伝えします」
「あぁ」
「七草家は十文字家との共闘を望みます」
「・・・穏やかじゃないな。『協調』でなく、いきなり『共闘』とは」
「十文字君は吸血鬼事件のことは、どの程度知ってる?」
「報道されている以上の事は知らん。ウチはそっち程手駒が多くないからな」
「十文字家は一騎当千がモットーだもんね。で、数だけは多いウチで分かっている限りでは・・・吸血鬼事件の犠牲者は報道の三倍。昨日の時点で二十四人の犠牲者が確認されているわ」
「東京近辺のみでか?」
「えぇ、都内、それも都心部に集中してるわ」
「・・・警察が把握していない情報を七草家が把握している。しかも、被害が発生しているのは限られた狭い地域。・・・被害に合っているのは七草の関係者か?」
「半分正解。警察が把握していない被害者は全員、ウチと協力関係にある魔法師よ。そうじゃない被害者も、魔法師あるいは魔法の資質を持っていた人だと判明してるわ」
「犯人は、魔法師を狙っているということか」
「連続殺人の犯人。それが単独犯か複数犯かは分からないけど、兎に角この『吸血鬼』が魔法師を標的としてるのは確実じゃないかしら」
「手掛かりは無いのか?七草の関係者を凌駕する程の能力の持ち主なんて、強化兵か魔法師だろう。それも外人の可能性は高い。事件発生の前後に入国、上京してきた外国人に疑わしい者は?」
「・・・でも、事件発生後に入国した外国人なんてUSNAの留学生くらいしか・・・十文字君、彼女、怪しいと思う」
「怪しいとは思うが犯人ではないだろう。まぁ、全くの無関係とは思わないが当面は放っておいても構わないのではないか?」
「十文字君がそういうなら・・・」
「しかし、その様な事情なら、四葉とも協力すべきだろう」
「本当はそうすべきだと私も思うんだけど・・・不文律を破ったのはコッチだもの。父の方から頭を下げないと関係修復は無理だと思うわ」
「だが御父上の方から四葉に謝罪する意思はない・・・二人の確執は聞いたことがあるから分からなくはないが・・・あの四葉がここまで態度を硬化させるとは」
四葉は他家が何をしようと気にしないというスタンスを通してきた。自らの性能アップに邁進し、その魔法力のみによって十師族のトップに君臨している。十師族の中でも異端と言える存在。克人も一体裏で何をやっているのか不気味に思う事もあるが、それでも師族会議を分裂させるような明確な対決姿勢を示すことは彼の知る限り無かった。
「・・・私も詳しくは知らないんだけど、四葉の息が掛かっている国防軍情報部の某セクションに、あの狸親父がコッソリ割り込みを掛けたらしいのよ。それがバレて・・・」
「成程」
「・・・それで、如何でしょう。十文字家はウチと共闘して頂けますか?」
「協力しよう」
「いつもの事とはいえ・・・随分と即答ね」
「話を聞いた以上。ウチとしても放置しておける事態では無い様だからな」
回答を求めた真由美に、克人は迷うことは無かった。