千葉エリカの朝は早い。彼女は日の出前から鍛錬に朝を流すことを日課にしている。ベッドから出て、顔を洗って意識を覚醒させる。エリカはトレーニングウェアに着替えようとクローゼットの前に立って視界の端でメールの着信ランプが点灯しているのに気がついた。エリカは差出人の名前とメールのタイトルに眉を顰めた。
「・・・バカがバカに何させてるのよ!」
本文を読み終えたエリカはそう呟いてクローゼットからトレーニングウェアの代わりにセーターとスカートを取り出した。
達也の元に凶報が届いたのは、登校前、家を出る直前だった。メールの差出人はエリカからだ。
「エリカがこんな時間にメールとは珍しいな」
「放課後デートのお誘いですか?」
「・・・」
メールを読んだ達也の表情が厳しいものに変わる。
「あの、お兄様、良くない知らせなのですか?」
「レオが件の吸血鬼に襲われて病院に運ばれたらしい」
「じょ、冗談ですよね」
「事実だ」
そう言って達也は深雪にエリカからのメール内容をそのまま見せた。
「・・・」
「中野の警察病院で治療を受けている様だが、命には別条ないらしい。お見舞いは放課後でよさそうだ」
「はい、畏まりましたお兄様」
中野 警察病院
その日、エリカは学校を休んだ。エリカは今レオの病室前の長椅子に座っていた。そこにいるのはレオを訪ねて来る「招かれざる客」に興味があったから。そして、その「招かれざる客」がやって来た。現れたのはエリカも予想していなかった人物だった。エリカは「招かれざる客」がレオの病室に入ったのを確認するとその場を離れた。
エリカが向かったのは病院の事務室。そこには千葉寿和と稲垣の姿があった。
「ちょっと兄貴、今、アイツのところに七草と十文字が訪ねて来たんだけど」
現われた「招かれざる客」は七草真由美と十文字克人だった。しかし、2人がレオを訪ねて来た理由がエリカには分からなかった。一校の生徒が被害に遭ったのだから生徒会役員が来ても不思議ではない。だが、それでも来るならば現役である、あずさと服部であるべきだ。それに、レオは真由美と克人の二人とはお見舞いに訪れる程、親しい間柄ではないはずだ。
「西城君と一緒に救出された女の子が、七草家の家人だったらしい」
「それだけ」
「上からのお達しで、それ以上は詮索するなって」
「霞が関なら兎も角、桜田門はコッチのフィールドでしょ」
「俺達は霞が関の所属なんだよ」
「使えないわね・・・あっ!盗聴器は?」
「部屋に入ると同時に壊されたよ。凄いね『マルチ・スコープ』は」
「・・・じゃあ、外のは?」
「そっちは十文字の障壁魔法で・・・」
「じゃあ、推測でいいから心当たりくらいあるでしょ」
「・・・どうやら七草は被害者を隠匿しているようだな」
「・・・死体を隠してるってこと?」
寿和から聞いた予想以上にきな臭い推測。しばらく考え込んだエリカだが、
「もしかして今回の『吸血鬼事件』は魔法師絡みの事件ってこと?」
「多分ね。被害者か加害者かは分からないけど」
「被害者?魔法師による犯罪なら警察に任せず自分達で秘密裏に処理しようとするのも分かるけど、魔法師が被害者なら警察に隠す必要ないんじゃない?」
「さて、そこなんだよ。今回の事件が一筋縄じゃ行かないような気がするのは」
放課後
達也はいつものメンバーとレオの見舞いに訪れた。
「来たんだ」
「エリカ。まさか、ずっとここに?」
「流石に一旦家には戻ったよ。一時間前くらいにまた来たとこ。みんなが来るだろうと思って」
「エリカちゃん、それでレオ君は無事なの?」
「大丈夫だよ美月。心配し過ぎ。命には別状ないわ」
エリカが病室のドアをノックする。
「はい、どうぞ」
中から聞こえたのは若い女性の声。
「カヤさん、お邪魔しますね」
部屋にいたのはレオの姉の花耶だった。
「西城花耶さん、見てわかると思うけどレオのお姉さんよ」
「初めまして皆さん。わざわざ、お見舞いに来ていただいて」
姉の花耶は一通り挨拶すると花瓶の水を変えて来ると出て行ったが、遠慮して席を外したのは言うまでも無く明らかだった。
「酷い目に遭ったな」
「みっともないとこ、見せちまったな」
「見たところ、怪我も無い様だが」
「そう簡単にやられてたまるか、俺だって無抵抗だったわけじゃねえぜ」
「・・・じゃあ、何処をやられたんだ?」
「わかんねぇ、殴り合ってる途中で急に力が抜けて・・・それからは気を失ったんでわかんねぇ」
「毒を喰らったわけでもないんだな」
「ああ、取り敢えず体中を調べてもらったが、切り傷も刺し傷も無し、ついでに血液検査も白だ」
「相手の姿は見たのかい?」
「見た、って言えば見たけど。白い覆面つけて、ロングコートを羽織ってたから人相も体つきも分かんなかったんだけど」
「けど?」
「覆面の奴は女のような気がするんだ」
「女性がレオと対等に渡り合ったってこと?」
「あり得ない事じゃないでしょ。薬でも使えば」
「でも、最初からただの人間じゃなかった可能性もある」
「え!? ミキ、アンタまさか、吸血鬼なんてものが本当にいると思っているの?」
「何か心当たりがあるのか?」
「多分、レオが遭遇したのは『パラサイト』なんじゃ」
「パラサイト(寄生虫)?」
「妖魔とか悪霊とかそれぞれの概念で呼ばれたモノたちの内、人に寄生して人を人間以外の存在に作り替える魔性のことをそう呼ぶんだよ」
「それが吸血鬼の正体か」
「ねぇ、レオ」
「何だ?」
「君の幽体を調べさせてもらっていいかな」
「ゆうたい?」
「精神と肉体をつなぐ霊質で作られた、肉体と同じ形状の情報体のことだよ」
「ふーん」
「幽体は精気、つまり生命力の塊。人の血肉を喰らう魔物は、血や肉を通じて精気を取り込むみ己が糧としていると考えられている」
「つまり、吸血鬼が必要なのは血じゃなくて精気?」
「まぁ、レオの幽体を調べれば、色々と分かるはずだ」
そして、幹比古はレオの幽体を調べ始めた。
「何と言うか・・・達也も大概凄いと思うけど、レオ、君って本当に人間かい?」
「おいおい!」
「・・・良く起きていられるね?これだけ精気を食われたら普通の人なら昏倒して意識不明のままだよ」
「失った量まで分かるのか?」
「幽体は肉体と同じ形状を取るからね。居れ者の大きさが決まっているから、元々どのくらい精気が詰まっていて、それがどれだけ減っているかも、おおよそ見当がつくんだよ」
「じゃあ、俺の力が抜けたのはその精気を喰われたからか?」
「そう思う。でも・・・」
「でも?」
「殴り合っている最中に触れるだけで精気を吸い取れるなら、血を奪う必要はないはずなんだけど、傷痕を残さず血を奪う、その方法も分からないけど・・・このパラサイトは、何故、血を奪うなんて余計な手間を掛けてるんだろう」
この幹比古の疑問には誰も答えられなかった。
面会時間が終了した為、達也たちは病室を離れた。エリカは事務室に向かった。
達也side
「なぁ、幹比古」
「何だい、達也」
「さっき、聞きそびれたんだが、パラサイトはそんなに頻繁に出るものなのか?」
「・・・いや、滅多に出現するものじゃないよ。本物に出会う確率なんて十世代に一世代くらいじゃないかな」
「けど、今回の吸血鬼事件はその本物の仕業なんだろ」
「そうだと思う」
「偶然だと思うか?」
「可能性がゼロとは言わないけど、何の原因も無く起こったものとは、思えない」
中野 警察病院 事務室
エリカ side
エリカが事務室に入ると寿和はヘッドホンを外しているところだった。
「聞いてたのね。さっきの話」
「中々興味深い話だったな。幹比古君の推理が当たっているとして、お前はどうする」
「当たり外れは関係ないと思うけど・・・アレでも一応はアタシの弟子だからね。弟子をやられて、黙ってるつもりは無いわよ」
「・・・なんて色気の無い理由・・・」
「無くて結構。喧嘩を吹っかけて来たのは向こうなんだから、コッチは受けて立つだけよ」
その言葉が本音か照れ隠しかは寿和も分からない。分かっているのはエリカが完全に本気だということだけだった。