リーナと同じく吸血鬼の捜索していたエリカと幹比古。吸血鬼の行き先を占いながら歩いていた。あれから二回、行き先を占い十分程歩いたところで二人は顔を見合わせ二人は同時に走り出した。エリカは闘争の気配を、幹比古は精霊のざわめきを感じたからだ。
中層ビルが立ち並ぶ裏道を抜けた先の小さな公園で二人は遂に標的の姿を捉えた、交錯する二つの人影。一方はフード付きのコートで顔と身体を隠し、もう一方は目の周りを覆う仮面で顔を隠している。エリカにはどちらも女に見えた。
「ミキはコートの方を、アタシは仮面を抑える」
レオの証言からすれば、吸血鬼と見られるのはフード付きコートの方だが、こんな夜中に仮面で顔を隠した人間が怪しくない筈もない。何より仮面の女の持つ大型ナイフとそれを振るう腕が遠目に視ただけでエリカの警戒心を強く刺激した。
エリカは即座に仮面の女に斬りかかる。しかし、エリカの刀は空を切った。標的は三メートル先に移動していた。
「(早い・・・)」
エリカは自分の斬撃を外されたことには驚かなかった。驚いたのは魔法発動速度。仮面の女はエリカが刀を振り上げてから振り下ろす間に自己移動を行ったのだから。仮面の女が移動した先は街灯のすぐ下だった。街灯の明かりに照らされ真紅の髪と金色の瞳がエリカの瞳と意識に強く刻み込まれた。
幹比古は背後で風を切り裂く音を聞いた。幹比古はエリカの腕を良く知っている。そのエリカの斬撃が躱された。それだけでエリカの対峙している相手が相当な実力者だと分かる。
「(簡単に行かないのはコッチも同じ・・・)」
幹比古が対峙しているのはレオに聞いた通りの外見の吸血鬼。レオは打ち身以外の目立った外傷が無かった。攻撃手段は幹比古の予測した通り、ただ一つ計算違いだったのは対峙する相手の桁違いのスピードとパワー。
襲い来る相手の剛拳を古式魔法『綿帽子』で躱し、呪符を使た古式魔法『雷童子』で反撃に出る。しかし、吸血鬼は『雷童子』の電撃を放出系魔法で幹比古に撃ち返した。跳ね返って来た雷撃を何とか交わした幹比古。ここから幹比古は守勢に回るハメになる。
エリカの背後で雷鳴が弾ける。その瞬間、仮面の女の視線がエリカから逸れた。エリカはその瞬間を見逃さず、仮面の女に斬り込んだ。しかし、エリカが振り下ろした刃は、仮面の女が翳した左腕に阻まれた。
「(・・・ッ ダメだ。浅い!)」
鈍い音と共に伝わった感触は、手応えの無いもの。エリカが放った加減なしの斬撃は籠手で受け止められた。この相手は仮面こそふざけているが魔法師としてだけでなく、戦闘員としても高度に訓練されている。エリカにはそう思われた。
相手の右手にはいつの間にか拳銃が握られていた。エリカは相手が銃を持ち上げる腕より速く、相手の左へ回り込み、銃口が向けられる前に刀で銃身を叩く。その一方、仮面の女は左手をエリカに向ける。その指先から放たれた小さな雷球。エリカは自己加速術式で後退し雷球を躱す。仮面の女の銃の銃口はまだ上がりきっていなかった。
「(もらった!)」
そう思い、エリカは仮面の女目掛け突進した。しかしエリカが間合いの内に踏み込み刀を振り下ろしている最中、足下から突き上げる衝撃波に見舞われた。衝撃に意識を手放しそうになったのは、一瞬のこと。エリカはすぐさま身体を起こす。しかし、仮面の女の追撃はなかった。仮面の女は右肩を抑えていた。エリカの刃は仮面の女の魔法に吹き飛ばされる直前に仮面の女の右肩を打っていたようだ。仮面の女は手で肩を抑えたまま、幹比古と吸血鬼の戦っている方へ目を向けていた。正確にはその更に向こう。バイクに跨ったまま銀色のCADを吸血鬼に向けた少年へ。エリカには少年のもつ銀色のCADに見覚えがあった。
「達也君・・・?」
仮面の女が達也へ左手を向けた。そして魔法発動の兆しが生じる。しかし、その兆候は霧散した。金色の瞳に動揺が走る。それから即座に異なる魔法式が三度形成されるが、それも霧散した。そんな中、あっ!という幹比古の声が聞こえた。理由は吸血鬼が逃げ出したからだ。その一瞬を仮面の女は見逃さず、逃亡を図った。銃口を下に向け銃弾を放つ、足元で火花が散り、それが閃光に変わる。当然、達也は仮面の女の逃亡の気配を見逃すことはなかった。達也は逃亡を阻止しようと仮面の女の脚を狙って部分分解の魔法を発動しようとした。だが、相手の身体情報に手応えがなかった。実体を反映している筈の情報体は、表面だけで、中身が無かった。色彩と輪郭が記録されているだけで、材質や質量や構造に関する情報が抜け落ちている。情報量が少なく構造も分からなければ達也お得意の分解魔法は使えない。達也は魔法を中断した。閃光が消えた公園には仮面の女も、吸血鬼の姿も消えていた。
「二人共無事か?」
追跡を断念した達也は二人の様子を確かめた。幹比古の方は特に怪我の様子は見られない。一方エリカの方は・・・。所々、服が裂けていて身体のラインが見え隠れしていた。
「・・・あんまりジロジロみられると恥ずかしいんですケド」
「あぁ、悪い」
「・・・ねぇ、何か羽織るものかしてくれない?」
その言葉に幹比古がハーフコートを渡した。
「エリカ、怪我はないか?」
「念の為に鎧下付けてたから・・・はぁ~この服ダメになっちゃった。あの仮面め、今度あったら弁償させてやる」
「相手は鎖骨を痛めてたみたいだが?」
「それはそれ、これはこれよ。・・・処で達也君はどうしてここへ?」
「!!」
「どうしてって、幹比古に連絡をもらったんだが・・・」
「ふ~ん、いつ連絡したの?アタシ、聞いた覚えがないんだけど」
「・・・」
「二人共、移動しなくていいのか?」
「え?」
「人が集まって来てるみたいだし、それに師族会議にも断り無しなんだろ」
「もう、嗅ぎつけられたの?」
「エリカ、送ってやろうか?」
「え!本当!?じゃあ、お願い」
エリカは弾んだ足取りでタンデムシートに飛び乗って達也の腰にしがみついた。
「達也、僕はっ?」
「悪い、これは二人乗りだから」
そう言って達也はエリカを乗せて走り去った。
「ノーヘルは罰金だぞ~」
残された幹比古の叫びが響いた。
パラサイトの追跡を諦めたリーナはテレビ中継車に偽装した移動基地に戻っていた。
「少佐、申し訳ありませんでした」
「構いません。第三者の介入があったとはいえ、私も逃がしてしまいましたし」
「・・・」
「それにサリバン軍曹の処分は完了したのですから、あながち作戦失敗とは言えません。処で軍曹の死体は回収しましたか?」
「回収済みです」
「軍曹の死体は直ぐに解剖に回してください。それから私が追跡していた個体の正体は判明しましたか?」
「申し訳ありません。今回は想子波パターンの採取に成功しましたが、一致するデータはありませんでした」
「脱走者ではない・・・あるいは想子波パターンが変質している?」
「おそらく後者だと思われます」
「分かりました。採取したパターンの追跡に当たってください」
胸ポケットから取り出した端末を一瞥するなり慌てて出て行った兄が戻って来るなり、頼まれた要件を、深雪は思わず聞き返してしまった。
「はっ?叔母様に、ですか?」
「どうしても、相談したいことができたからな」
「分かりました。少し、お待ちを」
「さて、・・・俺も着替えて来るか」
それからしばらくして。深雪が本家に通信を入れた。
「この様な夜分に申し訳ありません」
「別に構わないわ。気にしないで。・・・それにしても深雪の方から電話してくれるなんて珍しいわね」
「実は兄が叔母様にご相談したいことがあるので」
「へぇ~、達也が?それはまた、本当に珍しいことね」
「お訊ねしたいことが一つと、お許しを願いたい言が一つあるのですが」
「そう、遠慮はいらないわ。言って見なさい」
「では、お言葉に甘えて・・・九島の『仮装行列』(パレード)の仕組みを教えて頂きたいのですが」
「はぁ~達也。パレードは九島家の秘術よ。その秘密をどうして私が知っていると思ってるの?」
「たしか、叔母上には九島閣下から教えを受けていた時期が御有りでしょう。魔法式は兎も角、概要はご存知なのでしょう」
「・・・」
「パレードは、情報強化の応用で事故のエイドスの外見に関する部分を複写・加工し、異なる外見の、いわば仮面・仮装のエイドスと言うべきものを魔法式として自分自身に投射し一時的に外見を変えると共に、魔法的な干渉の照準を仮装の情報体にすり替えることで自身の本体に対する魔法の作用を防止する術式なのでは?」
「・・・『変身』の魔法は実現不可能ということくらい、貴方なら理解してると思っていたけど」
「見かけを変えるだけなら、『変身』でなくとも光波干渉系で可能です。問題は光波干渉系では俺の『眼』を誤魔化すことはできない、という点にあります」
「まさか、お兄様の眼で正体を見抜けないと?」
「それだけじゃない。雲散霧消の照準を外された」
「雲散霧消が通用しなくても、トライデントなら問題ないでしょう」
「パレードは二重展開できないのですか?」
「・・・パレードは先生より弟さんの方がお上手だとお話を聞いた記憶があります」
「ありがとうございます。ただ、今回の件、俺達だけでは手に余るようです。援軍を頼みたいのですが・・・」
「それが許しを請う方の要件なのね」
「はい」
「・・・良いでしょう。確かに、予想を超える規模で事態が推移しているようです。風間少佐との接触を許可します」
真矢の言葉を聞くと、達也は一礼し画面の外に引き下がった。