その日、達也は珍しく深雪を連れて八雲の寺にいた。『遠当て』用の練武場を改装したので試しに来ないか、と誘われたからだ。
「きゃっ!このっ!」
流石に忍術使いの秘密修行場は学校の施設とは一味違う様だ。深雪ですら息を荒げている。
正方形のフロア。その壁四面の内、三面と天井に開いた無数の穴から次々と標的が現われる。しかもターゲットは同時に複数出現し一秒で隠れる設定になっているらしい。その上、撃ち漏らすとその数に応じて摸擬弾が降ってくる。流石に深雪も摸擬弾を喰らう様なヘマはしないが射撃と防御を同時にこなしていることが原因なのか先ほどから、転倒を繰り返している。
「はい、止めっ!」
八雲の合図で装置が停止するのと同時に本気で辛かったのだろう。深雪が達也と八雲の前にもかかわらず大の字に倒れ込んだ。
「フフッ 御疲れ様」
「ハッ!・・・申し訳ありません。こんなはしたない姿を」
急いで起き上がろうとする深雪を抱きかかえ壁際に休ませる。
「っ・・・有難うございます」
「ケガは無いな」
「はい」
「じゃあ、次は達也君。行ってみようか?」
「はい。お願いします」
そして、八雲の開始の合図で装置が稼動する。だが達也が訓練を行っている間ペナルティの摸擬弾が発射される事は無かった。
「凄いです。お兄様」
「完全クリアー・・・。やれやれこれでも難易度は足らないか」
「俺の得意分野ですから。でも、結構ギリギリでしたけど。しかし、あの性格の悪いアルゴリズムは誰が組んだんですか?」
「制御式は風間君から貰ったんだけど?」
「あぁ。じゃあ、作ったのは真田さんですね」
「それにしてもお兄様、いつの間に同時標準を36まで増やされたのですか?確か三ヶ月前は24が上限でしたよね?」
深雪が言っているのは、同時に狙いを付けて同時に魔法を行使できる対象の数のこと。現代魔法の正体は事象が有する情報の書き換えであり魔力の弾丸を対象に撃つものでは無い。故に対象を特定さえできれば同時に複数の事象に対して同じ効果を及ぼす事が出来る。ただ、そのためには同時に複数の座標を定義するという並列的な思考が要求される。事象改変対象を群体として一括認識・一括改変するのではなく、個々に標的を認識して個別に魔法を行使する為には標的となる事象同士の細かな差異も識別できなくてはならない。
「いや、今回は相手が撃ち返してこない・・・撃ち返すのを待ってくれる設定だったから。待った無しの実戦なら、今でも24が限界だ」
「わたしは撃ち返すのを待ってくれる設定でも16が限界です」
「お前は俺より広い範囲に魔法を作用させられるだろ。常駐で俺に心を配りながらそれだけできるなら開放状態のお前ならー」
「それを仰るのならお兄様は私よりずっと強く深い階層まで干渉できー」
「コラコラ、二人共。壁に耳ありだよ」
二人は訓練を終えると八雲に庫裏の縁側に誘われた。いつもなら本堂の縁側に招かれるのだが。
「(ここでお茶なんて珍しいな)」
八雲は自ら三人分の湯飲みを運んできて達也の横に座り、
「この後、2人は学校だったね」
「はい」
「手短に行こう」
「・・・」
「珍しい物を手に入れたようだね」
「預かりものですが」
「なら早く返した方がいい。返せないなら自宅ではない然るべき場所に移すべきだ」
「狙われているとは気が付きませんでした」
「慎重に立ち回ってるみたいだからね。それに中々の手練れだ」
八雲はどうやら相手の情報を掴んでいるようだ。
「何者か・・・聞いても無駄なんでしょうね」
「フフッ。忠告くらいはしておくよ。敵を前にしたら方位を見失わないように気をつけなさい」
「方位・・・ですか?」
八雲は深雪の問い返しにそれ以上答えなかった。
第一高校 野外演習場
幹比古は人工森林の中、息を殺して相手の出方を覗っていた。彼の相手をしているのは十文字克人。今回の論文コンペで九校が共同で組織する会場警備隊の総隊長を務める事になっている。自ら訓練の先頭に立つことで警備部隊に抜擢された生徒達の士気を高めようとしていたのだ。幹比古が選ばれたのは九校戦の活躍があったから。ただ、最初から克人vs幹比古では無かった。なんせ最初は克人一人vs幹比古を含めた十人の戦いだったのだから。それが開始30分で既に7人がリタイアさせられている。幹比古も数回、克人に遠隔魔法を放っただけで汗びっしょりだった。
「(落ち着け、これは摸擬戦なんだ)」
魔法による摸擬戦は事故防止、事故発生時の救護活動を目的として、屋内・屋外問わずモニター要員が就く。
「へぇ~・・・」
そのモニターをみながら摩利は感嘆を漏らす。それは隣に座る真由美にもみられた。
「達也君とは違った巧さがあるわね」
「あぁ」
「九校戦から急激に伸びた、って先生方も言ってたわ。こういういい影響がもっと広がるといいんだけど」
二人が会話しているモニターには追い詰められた幹比古が必死に抵抗する姿が映し出されていた。