立川にある国立魔法大学付属病院の面会時間は正午から午後7時まで。現在の時刻は午後4時。だからこの時間に花束を持った青年が廊下を歩いていてもおかしくはない。青年は案内板に目を遣ることなく迷いない足取りで音もなく歩いていく。青年はエレベーターを使わずに階段で4階の廊下に出たところで不意に立ち止まった。青年の視線の先の大柄の男には見覚えがあった。
「・・・(やれやれ、そう云うことですか)」
青年は一人納得すると、躊躇いなく非常ベルのボタンを押した。
青年が非常ベルのボタンを押す少し前、第一高校三年生の渡辺摩利は恋人の千葉修次と共に附属病院を訪れていた。目的はこの病院に入院している平河千秋を御見舞いの名目で尋問することだった。
「すまない。こんなことに付き合わせて」
「気にすることはないよ。僕が摩利と少しでも一緒に居たくて勝手についてきただけだから」
「ッ・・・そんな恥ずかしいセリフを言わんでいい!」
恥ずかしさのあまり、そっぽ向いていた摩利だが、突然鳴り響いた非常ベルで気持ちを入れ替えた。
「シュウ! これはいったい?」
「火事じゃないな。この音は暴対警報だ」
暴力行為対策警報 暴力行為、犯罪行為に第三者が巻き込まれない為の警報であると同時に治安回復の為の協力者を募る合図でもある。
「場所は4階みたいだ」
修次は壁のメッセージボードの情報を読み取った。
「4階!?」
「もしかして、摩利の後輩が入院してる場所って」
「あぁ」
「急ごう」
修次は摩利の手を掴むと急いで階段を駆け上がった。
突然、鳴り響いた警報にも動じず呂剛虎は個室の扉に手を掛ける。
「何をしている」
呂剛虎に声を掛けたのは自己加速術式で駆け付けた千葉修次だった。
「・・・お前は呂剛虎!? こんな所で一体何を!?」
「・・・幻刀鬼・・千葉修次」
二人の視線が交錯し戦いの火蓋が切られた。強者同士の戦いが始まってから少し経って摩利はようやく4階に辿り着く。しかし、4階に着いた摩利の眼は衝撃の光景を目の当たりにする。病院の廊下で行われている高速、高密度の戦い。摩利は修次の相手を知らない。しかし、強敵なのは理解させられた。なにせ、千葉の麒麟児と呼ばれる修次が
決定打を打てないでいたから。
「(誰れだアイツは)」
摩利は初めて修次の苦戦している顔を見たような気がした。
「(・・・!何を考えてるんだ私は・・・この戦闘を終わらせなければ)」
そして摩利も目の前で行われている戦闘に参加した。
修次の一撃を躱し反撃に出ようとした呂剛虎に摩利の攻撃がヒットした。
「ぐっ!」
不意打ちを喰らいながら呂剛虎は摩利の姿を捉えた。摩利も呂剛虎の標的が自分に変わった事を理解し戦闘態勢に、しかし、彼は摩利に向かうことなく、その場から逃げ出した。修次が追いかけようとしたがその姿を見失ってしまう。
「摩利・・・ありがとう。助かった」
「シュウ、お前怪我を」
修次の右手は赤黒く腫れ上がっていた。
「仕方ないよ。相手が相手だし、むしろこれ位で済んで、イヤ殺されなかったことが奇跡だよ」
「なぁシュウ教えてくれ、アイツは何者だ。シュウと近接戦闘であれだけ・・・」
「アイツの名は呂剛虎(ルーガン・フウ)大亜連合本国軍特殊工作部隊の魔法師だ」
「そうか・・・あれが」
「摩利」
修次は摩利の両肩を掴んで自分の方を向かせた。
「シュウ 何を・・・」
彼の眼は真剣だった。
「僕は明日立たなければならない。こんな時に傍にいてあげられないのは気がかりだが、アイツは摩利のことも敵と認識したはずだ。彼の力量は摩利も嫌でも理解させられたはずだ。だから、しばらくは一人にならないで欲しい」
「わ、分かった」
「それと気がかりなのが、もう一つ」
「何だ?」
「彼が何故、此処にいたのか」
「何故って・・・」
「彼は摩利の後輩の部屋を開けようとしていた」
「まさか、奴の目的は平河を・・・」
修次は摩利の次の言葉を遮った。恐らく摩利が言うはずだった。暗殺という言葉を。
「問題なのはそこじゃないよ」
「どういうことだ」
「此処に来た目的を果たすのは彼みたいな有名な魔法師でなくてもいいはずだ。相手は、か弱い女子高生。病院の警備がしっかりしていても、やり方はいくらでもあると思う。それが態々、アイツが出てくると言う事はキミの後輩はかなり厄介な連中に目を付けられたことになる」
「・・・」
「気を付けて摩利。これからとても嫌なことが起こりそうな予感がするんだ」
修次の言葉を聞いて摩利は気を引き締めた。
東京 池袋
「我々の協力者の関本が落ちた。収容先は八王子特殊鑑別所だ。奴の始末を優先しろ。小娘は後回しだ」
関本は陳と直接接触している。周を通して間接的なつながりしかない千秋とは処理の優先度はまるで違う。
「是」
任務の難易度が上がったにも関わらず、呂剛虎は平然とした表情で答えた。