西暦2095年10月30日午後3時30分。後世において人類史の転換点と評される『灼熱のハロウィン』。その発端となった『横浜事変』は、この時刻に発生したと記録されている。
一校の発表が終わり、ロビーで響子と世間話をしていた寿和の二人の懐の端末が振動した。
「もしもし、どうした?何!?・・・分かった直ぐにそっちに向かう!」
「了解です」
「本官は現場に向かわなければなりません」
「私はここに残ります」
「では、何かあれば連絡を」
寿和は急いで車に向かった。
「状況は?」
寿和は急行中の車の中から追加情報を求めた。しかし、もたらされた情報は安心できる様なものではなかった。そして、寿和は通信先を切り替える。
「親父か?横浜で一大事が起きた。国防軍に出動要請を頼む。それから雷丸と大蛇丸を至急届けさせてくれ。・・・大蛇丸をどうするって?・・・そりゃエリカに使わせるに決まってるじゃないか!」
一方の会場内では何が起こっているのか理解できず、どうすればいいのか答えを求めてざわついていた。
「深雪!」
そんな中で達也は最も、優先すべき者の名を呼ぶ。
「お兄様、これは一体?」
深雪は他と違い、多少は困惑が見えるものの、パニックには至っていない様だ。
「正面出入り口でグレネードが爆発したんだろう」
「グレネード!先輩方は大丈夫でしょうか?」
「正面には協会が手配した正規の警備員が担当しているはずだ。実戦経験がある魔法師も警備に加わっている。通常の犯罪組織レベルなら問題はないはずなんだが・・・」
達也のは悪い予感がしていた。響子から渡されたデータ・カードには外国の国家機関の関与の可能性も記されていた。その予感を裏付けるように今度は複数の銃声が聞こえた。
「(・・・今の音、まさか対魔法師用のハイパワーライフルか!」
ハイパワーライフル。魔法師の防御魔法を無効化する高い慣性力を生み出す高速銃弾。
小国の正規軍程度では製造はおろか配備もできない武器。
銃声が聞こえて僅か数分後、荒々しい靴音と共にライフルを構えた正体不明の集団が会場になだれ込む。
「(・・・ちっ!警備の連中もだらしない!アイツ等、時間稼ぎもできないのか!)」
聴衆が恐怖に竦む中、壇上していた吉祥寺真紅郎を始めとする3校生が侵入者に向けて魔法を発動する。しかし、魔法より先に銃声が轟く。銃弾が壁に食い込んでいる。彼らが所持しているのはハイパワーライフルの様だ。
「大人しくしていろ!」
侵入者は魔法師相手の戦闘に慣れている様だ。
「デバイスを外して床に置け」
真紅郎達、三校生が悔しそうな顔でCADを床に置く。
「おい!お前もだ!」
侵入者が次に声をかけたのが通路にいた達也と深雪。
「早くしろ!」
そう言いながら、侵入者が銃口を向けたまま慎重な足取りで近寄ってくる。本来、人は自分に銃口なんて物を向けられれば恐怖するものである。しかし、侵入者が銃口を向けた相手、達也は微動だにしない。
「早くしろ!本当に撃つぞ!」
それでも達也は動じなかった。そして、男はしびれを切らし、
「もういい!お前は見せしめだ!」
「おい、待て!」
男は仲間の静止も聞かず引き金を引いた。銃声が響き、同時に悲鳴が続く。至近距離で放たれた弾丸は避ける事ができない。それが常識だと理解していた会場にいた人々。だから、目の前で起こった出来事に多くの者が言葉を失う。胸の前で何かを掴み取ったように握り込まれた右手。撃たれたはずの達也に生じた変化はこれだけだった。彼の身体からは一滴も血が流れていない。そして放たれたはずの銃弾は壁にも床にも天井にも、その痕跡を残していなかった。男が二発目、三発目の銃弾を放つ。しかし、生じた変化と言えば達也の右手の位置が変わった程度。
「・・・弾をつかみ取ったのか?」
「魔法も無しに一体、どうやって?」
「化け物め!」
男は銃を投げ捨て大型の戦闘ナイフに持ち替え襲いかかった。
「フフッ。その化け物相手に不用意に近づくなよ」
達也はそう言って、男の腕を容赦なく切り落とした。
「ぎゃ!」
そして、追い打ちを掛けるように達也の拳が鳩尾にめり込む。そして男の腕の断面から勢いよく出た鮮血が達也の制服を汚す。その衝撃的な光景に会場にいた観客も侵入者も動きが止まり、思考も停止した。只一人の例外を除いて。
「お兄様。その汚れ落としますから、そのままで・・・」
そう言いながら、深雪の視線は腕を切られた男とその仲間を捉えている。
「銃口を向けた相手が悪かったわね。良かったじゃない・・・腕一本で済んで。でも私はお前達ごときがお兄様に銃口を向けた事を許さない」
深雪は腕を切り落とされた男に冷凍魔法を掛ける。切り落とされむき出しになった神経から冷気が入り込み男の内側のにある、あらゆる臓器を凍らせた。男は声も無く倒れた。一方、もう一人の男には恐怖を増幅させる精神干渉魔法が襲い掛かる。仲間が腕を切られ、次は自分が標的になると思い込んだ男の恐怖は勝手に増幅、やがて男は泡を吹いて倒れた。
「(・・・大勢の前だから殺せないのが残念ね。)」
男の腕を切り落とした達也が、次にしたことは恐怖と驚愕に支配された会場を現実に引き戻すこと。
「共同警備隊!何をしている!お前達の役割は何だ!」
達也のこの一言で止まっていた時間が動き出す。
「と、取り押さえろ!」
共同警備隊のメンバーが一斉に魔法を放つ。回避の動きを見せた侵入者もいたが、九校から選抜された猛者の魔法に一人残らず抵抗を封じられた。
「やれやれ」
達也は平然と正面玄関に向かって歩き出す。その後ろに深雪が続く。
「達也君!」
「達也!」
達也の元にレオとエリカが駆け付けた。
そして、幹比古・美月・ほのか・雫が駆け寄る。
「手は!? お怪我はありませんか?」
エリカとレオを押しのけほのかが達也の手を握ってそう尋ねる。
「あぁ大丈夫だよ。ほのか。心配をかけたね」
達也はほのか達の前で右手を動かした。達也は銃弾を掴んだ訳ではない。銃弾本体と運動ベクトルを分解しただけだった。
「それで、達也君。これからどうするの?」
「逃げ出すにしろ追い出すにしろ、正面入り口の敵が邪魔だな」
「・・・待ってろ。なんて言わないよね」
「・・・はぁ~まぁ、別行動して突撃されるよりはマシか」
そう言いながら、達也が先頭に立ち出入り口に向かおうとする。だが、それを呼び止める声がした。
「待て!ちょっと待て司波達也!」
「どうした吉祥寺?こんな時に」
「さっきの腕を切り落とした魔法。アレは『分子ディバイダー』じゃないのか?」
真紅郎の発言にざわめきが起こる。
「『分子ディバイダー』はアメリカの軍魔法師部隊(スターズ)の前隊長ウィリアム=シリウスが編み出した機密術式だろ!それを何故使える!何故知っているんだ!」
「吉祥寺。今はそんなことどうでもいいだろう。そんな事より、お前もやるべきことがあるんじゃないのか?」
達也が侵入者の腕を切断したのに使ったのは『分子ディバイダー』と言われる魔法ではない。ただ、右手を基点にして相対距離ゼロで分解を発動しただけのことだ。
「七草先輩、中条先輩。早くこの場を離れるべきです。そいつ等の最終目的は分かりませんが、魔法技能を持つ生徒の拉致、殺傷も組み見込まれてると思いますから」
様子を見に来たであろう。真由美とあずさにそう忠告して、その場を後にした。