桜木町駅前に取り残された市民が脱出を完了させた頃、深雪のいる迎撃チームは時間が経つごとに敵との交戦が散発的なものとなっていた。
「先輩がヘリで迎えに来てくれるそうよ」
「ありがてぇ」
「脱出の目処が付いて良かったです」
そして、ヘリのローター音が聞こえて来た。
「あっ!来たんじゃない?」
しかし、いつまで経ってもヘリはその姿を見せない。音は真上から聞こえるのに影も形も無い。深雪はそこに真由美達の存在を認識しているが姿が見えない。すると、深雪の端末に真由美からの着信があった。
「深雪さん。悪いけど狭くて着陸できないの。ロープを降ろすから、それに掴まって」
そして、何もなかった頭上からロープが五本降りて来た。良く見るとロープの端で陽炎が揺らめいている。
「・・・フフッ。光学迷彩・・・思った以上に器用ね、ほのか」
深雪達の収容はスムーズに進んだが、摩利達の収容には時間が掛かりそうだった。ライフルとミサイルランチャーを主兵装とする魔法師部隊からの猛攻撃を受けていたからだ。真由美は摩利たちの姿を確認すると即座に援護に入った。
『魔弾の射手』 ドライアイスの弾丸が音速でゲリラ兵に襲い掛かる。真由美の魔法は5分も掛からずその場を制圧した。
「お待たせ、ロープを降ろすから上がって来て」
「すまん、頼む」
ヘリに向かって歩き出す摩利達、摩利はロープを手に取ると残りの4人に声を掛ける。
「お前達、早くしろ」
摩利の目にはロープを目指して向かって来る四人の姿とその後方から彼らを狙うゲリラ兵の姿を捉えた。
「危ない!伏せろ!」
最後の抵抗だろうかゲリラ兵がライフルを構えた。放たれた銃弾が摩利の後ろから来ていた二年生達に襲い掛かる。最初に動いた桐原は紗耶香を突き飛ばし、高周波ブレードを発動する。奇跡的に胸を狙った銃弾は防げた。しかし、カバーができたのは上半身だけ、桐原の脚を狙った銃弾は防げなかった。桐原の右脚は太腿から下が千切れ飛んだ。
「桐原君!」
「啓!」
また、すぐ近くでは啓が花音を庇って撃たれた。背中から流れ出す大量の血。恐らくは致命傷。
「啓!啓!」
「しっかりして桐原君」
泣きすがる二人の少女。摩利はその光景を見ながら防げなかった自身と、この惨劇を生み出したゲリラ兵に怒りを覚えた。
「貴様ら!許さん」
摩利はゲリラ兵に魔法を発動しようとした。しかし、それは叶わなかった。理由は直ぐに理解させられた。深雪の巨大過ぎる干渉力が摩利の魔法発動を許さなかった。ヘリから飛び降りた深雪はCADも持たずに自然な動作で着地する。そして、右手を前に掲げ指をパチンと鳴らす。それだけでゲリラ兵の動きが完全に止まった。
深雪がゲリラ兵の動きを止める為に使った魔法は振動減速系魔法『ニブル・ヘイム』ではない。深雪は一校の皆に『ニブル・ヘイム』や『氷炎地獄』(インフェルノ)簡単に言えば冷凍魔法が得意と見られているが、それは間違いだ。確かに深雪は冷凍魔法を得意としているがそれは深雪にとって、最も得意な魔法ではなかった。深雪の最も得意としている魔法。それは冷凍魔法ではなく精神干渉魔法だった。
深雪がゲリラ兵の動きを止める為に使った魔法。系統外・精神干渉魔法『コキュートス』
深雪の魔法はゲリラ兵の肉体ではなく精神を凍らせた。一度凍り付いた精神は二度と蘇る事は無い。その事実は既に実証済みだ。凍り付いた精神は死を認識できなくなる為、肉体に死を命じることができない。凍り付いた精神に縛られたゲリラ兵たちの身体は死ぬこともできず、最後の姿勢のまま彫像と化して転がった。
深雪が何をしたのかを説明できる者はその場には居ない。ただ、何をしたのかは嫌でも覚ってしまう。その場にいた全員が精神を失う恐怖を覚えた。だが、深雪はそんな事を気にせずに顔を上げ、最も信頼している人物の名を呼んだ。
「お兄様!」
その視線の先には見覚えのある黒の兵士。達也だった。達也は珍しく険しい顔つきで啓の傍に駆け寄る。
「お兄様!お願いします」
達也は左腰からCADを抜いた。
「何するの!?」
啓に向けられたCAD。引き金を引くと変化は突然に現れた。啓の身体には傷一つ無く、服を塗らした血の後も消えていた。達也は次にCADを桐原に向けた。達也が引き金を引くと引きちぎれていた筈の桐原の右脚が何事も無かった様に戻っていた。その結果を見ると達也はすぐさま飛び立った。
魔法協会支部のある丘の北側で攻勢を押し返された侵攻軍は、兵力を南側に迂回させて最後の攻撃を試みた。人質に確保は既に断念している。また、長期の占領が可能な兵力も残っていない。せめて協会の魔法技術データを奪取し、その上で魔法師を一人でも多く殺して、この国の戦力を殺ぐ、というのが彼らの下した最終的な決断だった。
兵力を南に迂回させたのは防衛側に機動力が無いという推測に基づいた作戦だった。装甲車と直立戦車のみの別動隊は静かに魔法協会支部に近づいていた。しかし、その途中で行く手を阻まれた。頭上からの一斉射撃。現れたのは独立魔装大隊の飛行兵部隊。
しかし、侵攻軍も無抵抗ではなかった。空に機銃を向け黒の飛行兵を吹き飛ばす。何度も、何度も。激しい銃弾の撃ち合いの最中、本来なら両軍等しく戦力は減っていく筈だった。しかし、戦力が減っていくのは侵攻軍だけだった。飛行兵は一向に兵数が減らなかった。致命傷を与えた倒れた筈の兵士。しかし、隣の同じ黒の兵士が左手の銀色のCADを向けると致命傷を負った筈の兵士がが難なく起き上がる。そして、右手のCADは直立戦車に向けられている。黒の兵士が引き金を引くと、直立戦車が消え失せる。
その右手を向けられた物は全て塵となり消え失せる。
Divine Left
その左手を差し伸べられた者は死の淵から蘇る。
Demon Right
その悪夢を見せつけられた侵攻軍の一人が呟いた。
「・・・摩醯首羅!・・・」
悲鳴が電波に乗って広がった。そして、秩序が乱れ部隊はパニックに陥った。だが、そのパニックは何時までも続かなかった。パニックが終わる事、それが表わすのは彼らの全滅。
侵攻軍の司令部の空気は深刻だった。
「別動隊が全滅!」
「飛行魔法を使った空挺部隊の奇襲を受けたようで・・・」
「・・・」
「それと・・・」
「何だ?」
「未確認ではありますが、別動隊の交信の中に『摩醯首羅』という声が」
「バカな!あり得ん」
「別動隊には3年前の戦闘に参加した者もおります」
「質の悪い戯言だ」
3年前沖縄で彼らに敗北をもたらした存在。捕虜交換で帰還した兵士の間で囁かれた異称。上層部はその存在を否定し、その名を口にする事を禁じた。葬り去った筈の悪夢。だが、いくら口で否定しようと悪夢は現実となって彼らに牙を向けていた。