義勇軍の一員として戦闘に参加していた一条将輝は中華街の北門に立っていた。敵が中華街に逃げ込んだからだ。
「門を開けろ!さもなくば、侵略者に内通していたものと見做す」
将輝は強行突破を考えていたが、そうはならなかった。将輝の問いかけから僅かな時間で門が開いた。門を開けて出てきたのは将輝よりも年上であろう青年を先頭にする一団。彼らは拘束した侵攻軍兵士を連れていた。
「周 公瑾と申します」
「・・・その名は確か・・・三国志の」
「本名ですよ」
「失礼した。一条将輝だ」
「私達は侵略者と関係していません。それをご理解いただく為に協力をさせていただきました」
将輝は周公瑾と会話しながらも油断ならない、という印象を持った。
沿岸部から内陸へ脱出する深雪達を乗せたヘリは沈黙に包まれた。だが、その沈黙に何時までも耐えられるものでもない。
「自分の身に起こった事なのに・・・まだ信じられないよ」
「いっそ、全部幻覚でしたって言われた方がまだ納得できるぜ」
「でも、幻覚じゃない。僕が死にかけたのも、君の脚が千切れたのも事実なんだけど・・・」
啓も未だ困惑しているようで言葉が続かない様だ。
「・・・司波、これだけは教えてくれ」
「何でしょう?」
「達也君の魔法は、どの程度効果が持続するんだ」
魔法による治療は一時的なもの。それが治癒魔法の鉄則。効果が持続する内に何度も掛けなおし、傷を欺くことで少しずつ直していく。持続時間が短ければ、直ぐにでも新た治癒魔法を掛けなおさなければならない。
「安心してください。もう、これ以上の治癒魔法の重ね掛けは必要ありません。お二人は何も気になさらず、いつもの生活ができますよ。勿論、運動の制限もありませんからご安心下さい」
「・・・そんな事が可能なのか?」
「信じられませんか?」
「イヤ、信用してない訳じゃないけど」
深雪の説明で納得できない者は一人ではなかった。
「啓を救ってくれたことは感謝してるけど・・・一度で完治する魔法なんて聞いたことがないわ。そんなの、治癒魔法の基本システムに反してる」
「お兄様が使ったのは治癒魔法ではありませんよ。第一、お兄様は碌な魔法が使えない劣等生ですし」
「なんっ!貴女こんな時にそんな言い方。じゃあ、碌な魔法が使えない貴女の御兄さんは何をやったの!」
「ちょっと二人共。深雪さん。気を悪くしないでね?花音ちゃんも五十里君の事が心配なだけで」
「分かっています。気にしていません」
「しかし、何をやったのかは気になる。治癒魔法でないなら、一体何を・・・」
「ちょっと!摩利!他人の術式を詮索するのはマナー違反よ!」
「お気遣いありがとうございます。ですが、構いません。お気になさるのは当然でしょう。これから、お兄様が何をしたのかはお話します。本来ならば話してはいけない秘密ですが、既にお兄様の秘密が一つバレているのですから、私が勝手に話してもお兄様は何も言わないでしょう」
「他言はしない」
「誰にも言わないわ」
「今から聴く事の一切を秘密とします。名倉さん貴方もよ」
「・・・そこまで大袈裟にしなくていいですよ」
真由美が何を約束しようと直ぐに七草家の耳に入るだろう。名倉は深雪の力も達也の魔法も、その眼で見ているのだから。いずれ当主の弘一に今日の出来事を話すに決まっている。それに何ができるか分かった以上、どうやったのかを隠しても意味はない。
「(まぁ、話した所で理解は出来ても、お兄様と同じことはできないのだから)」
「お兄様が使った魔法は、治癒魔法ではありません。お兄様が使われたあの魔法。私やお兄様の力を知っている人たちの間では、あの魔法を『再生』と呼んでいます」
「再生?」
「エイドス(情報体)の変更履歴を最大で24時間遡り、外的な要因により損傷を受ける前のエイドスをフルコピー、それを魔法式として現在のエイドスを上書きする。それにより、上書きされた対象は損傷を受ける前の状態に復元される。・・・それがお兄様の力」
「・・・じゃあ、達也は、どんな傷でも一度で治せるってことですか?」
「表現するなら一度ではなく、一瞬で、です。それに『再生』は対象物を選びません。人体だろうと機械だろうと一瞬で復元します」
深雪の回答に言葉を失う幹比古。
「この魔法の所為で、お兄様は他の魔法を自由に使うことができません。魔法領域をこの力に占有されている所為で、他の魔法を使う余裕がないんです」
「・・・それで達也君は、あんなにアンバランスなのね」
「まぁ、あんな高度な魔法が待機していては他の魔法が阻害されてもおかしくない」
深雪は真実の半分しか語っていない。無論、残り半分を語るつもりは全くないのだが、先輩達が都合のいい勝手な誤解をしてくれたことは助かったと深雪は思った。
「でもそれって凄いじゃない。24時間以内に受けた傷なら、どんな重傷でも無かった事になるんでしょう」
「そうだね。災害現場・野戦病院、どこの現場でも、その需要は計り知れない。司波君の魔法は何千・何万の人の命を救うことができる」
「そうよ。それに比べたら、他の魔法が使えないなんて些細な事よ。こんなすごい力を何故秘密にしてるの?だって大勢の命を救えるんだよ。命を奪う事で得た名声じゃなくて、命を救う事で得た名声なんて、本物のヒーローじゃん」
「まぁ、司波君は騒がしいのが苦手みたいだし・・・」
花音と啓のセリフに悪気がある訳でない。二人共、今が沈んだ空気を変えるチャンスだとでも思っていたのだろう。だが、2人の目論見は深雪の一声で出敗に終わる。
「フフッ・・・ありとあらゆる負傷を無かった事にする。そんな魔法が何の代償も無く使えるとお考えですか」
「・・・ッ」
「エイドスの変更履歴を遡ってコピーする。その為にはエイドスに記録された情報を読み取っていく必要があります」
深雪の相変わらずの冷たい声。その場にいた全員が寒気を覚えた。
「当然、負傷した方の味わった苦痛もその情報の中に含まれます。情報を読み込む際、他人の受けた苦痛を精神が認識してしまう。しかもそれが一瞬にしてやって来る。今回の件で言えば五十里先輩が負傷されてからお兄様が再生を使うまで、およそ30秒の時間が経過していました。そして、お兄様がエイドスの変更履歴を読みだすのに掛けた時間は0,2秒。この刹那の時間にお兄様の精神は五十里先輩と同じ苦痛ではなく百五十倍に凝縮された苦痛を体験されているんです」
五十里たちは達也の魔法発動速度にも驚いたが、百五十倍という言葉に縛り付けられた様だ。
「百五十・・・」
「負傷した時間が長ければ、それだけ苦痛は凝縮されます。1時間前の負傷を取り消すには、本人は負傷者の一万倍以上の苦痛に耐える事になります。果たして、そんな事をして使用者は己の自我を保つことができるでしょうか?」
「・・・」
深雪の問いかけに誰も答えようとする者いなかった。