西暦 2095年11月6日
達也と深雪は後世に『灼熱のハロウィン』と呼ばれる日から一週間。決して地図に乗る事のない四葉本家を当主からの招きという名の出頭命令で訪れていた。
大きめの武家屋敷調伝統家屋。それが外から見た本家の印象だが、達也と深雪が待合室代わりに通されたのは外からは想像できないモダン、かつ広々とした応接室。しかし、真夜と会うのは謁見室と称される大応接室だ。
あの部屋に達也と共に呼び出されるのは随分と久しぶりの事だ。自分が同席しているとはいえ、2人が間近で顔を合わせる。それが良い事なのか悪い事なのか、深雪は判断できずにいた。
「心配するな。深雪。あの時とは違う」
不安が顔に出ていたのだろう。達也が深雪にそう言い聞かせた。「あの時とは違う」達也が言っているあの時とは二人が中学生だった頃。そしてそして、あの時とは実力が違うといっているのだろう。確かに、高校生になった今では中学生の時と比べ物にならない程に二人は力を付けている。特に達也は世界最強魔法師の一人と言われている当主の真夜に匹敵する戦闘力を有する程に成長した。魔法の相性を考慮すれば一対一なら間違いなく達也が勝利する。しかし、叔母との力関係以上に自分が中学生だった頃とは変わったのもがある、と深雪は思った。
それは兄と自分の関係。兄に向ける自分の心。そう、深雪は昔から兄が、達也が苦手だった。
四葉本家 謁見室
応接室で待たされていた深雪と達也。しばらくすると本家に仕える女中が二人を謁見室に案内した。しかし、そこに真夜はいなかった。この日、真夜と会う約束をしていたのは深雪達だけではないらしい。真夜は他の部屋で客人と会っていると説明を受けた。謁見室に移って程なく部屋の扉がノックされた。
「失礼いたします」
その声と同時に謁見室に入って来たのは女中とスーツ姿の風間玄房。
「久しぶりだな」
「貴方も呼ばれていたんですね。少佐」
「あぁ。しかし、君達が同席するとは聞いていなかったがな」
風間とは対馬要塞で分かれて以来一週間ぶりの再会だ。当日、一足先に帰還した達也はあの戦闘が結局どういう形で決着したのか、一般に公開されている以上の詳細を知らない。達也は真夜を待つ間に色々と聞き出そうとしたが、どうやら風間にも不明な部分が多い様だ。しばらく風間に質問をしていた達也が、不意に身体ごとドアへ向けた。その動きで深雪は覚った。遂に叔母が来たことを。
「失礼いたします」
形式的なノックの後、返事を待たずにドアが開かれた。現れたのは執事の葉山。そして、その背後から、ようやく真夜が姿を見せた。
「御免なさいね。お待たせして。前のお客様が中々お帰りにならないものですから、約束の時間を過ぎていると言っても追い立てることもできませんでしたし・・・」
「どうか、お気になさらず。お忙しくされていっらっしゃるのは存じております」
真夜の謝罪に風間がそう返して、2人はようやく腰を下ろした。
「貴方達も早く座りなさい」
「!! は、はい、叔母様。失礼いたします」
「・・・自分はこのままで構いません」
「・・・そう。まぁ、それ程長く話すつもりは無いから。・・・好きになさい」
深雪も達也も真夜の発言に驚いた。達也の四葉家の立場は深雪の護衛である為、本来ならば真夜から気を使われる様な事はない。真夜の発言にどういう意図があるのか、それとも只の気まぐれか、達也にも深雪にも解らなかった。
四人が腰を下ろすと、それぞれの目の前にティーカップが置かれる。真夜は3人に紅茶を勧め、そして自身もカップに口を付けた後、話を切り出した。
「本日、お越しいただいたのは先日の横浜事変に端を発する一連の軍事行動について、お知らせしたい事がありましたので」
「本官にですか?」
風間が驚くのも無理もない。軍の戦闘行為について、軍人の風間に部外者である筈の真夜から伝達することがあるというのだから。
「国際魔法協会は、一週間前の鎮海軍港を消滅させた爆発が憲章に抵触する放射能汚染兵器によるものではないとの見解をまとめました。これに伴い、協会に提出されていた懲罰動議は棄却されました」
「懲罰動議が出されていたとは知りませんでした」
「知らなかったにしては随分、落ち着いてらっしゃる様に見えますけど」
「放射性物質の残留が観測されないのは分かっていたことですから」
「フフッ。そうですか。では消滅した敵艦隊の搭乗員に『震天将軍』が含まれていて戦死が確実視されている事はご存知かしら?」
「劉 雲徳が?」
真夜が新たにもたらした情報に風間も驚きを隠せなかった。
劉 雲徳 大亜連合所属の魔法師で戦略級魔法『霹靂塔』の使い手。世界にその存在が公表されている13人の戦略級魔法師の一人。
『霹靂塔』 広範囲に大規模落雷を連続で引き起こす魔法。
「政府は、これに乗じて大亜連合から大きな譲歩を引き出したいと考えている様です。参謀長からも五輪家に出動要請があり、五輪家はこれを受けました。佐世保に集結した艦隊に澪さんが同行されるとか」
五輪 澪 十師族の一つ五輪家の長女であり、戦略級魔法『深淵』の使い手で日本で唯一の戦略級魔法師。
『深淵』水面を球面上に陥没させる移動系・流体制御魔法。
「それから、未確認ではありますが、ベゾブラゾフ博士がウラジオストク入りしたという知らせも受けています」
「ベゾブラゾフ?あの『イグナイター』イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフがですか?」
「えぇ、各国も軍首脳部は朝鮮半島南端における戦果を目の当たりにして、大規模魔法の有効性を再評価したということでしょう」
イーゴリ‐・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ ソビエト科学アカデミーの科学者で、戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』の使い手の新ソ連所属の戦略級魔法師。
「大亜連合も同様の情報を掴んでいるでしょうからー」
「近日中の講和が成立する可能性が高いと?」
「私どもはそう予想しています。それと・・・」
「・・・?」
「今回の鎮海軍港消滅は多数の国から注目を集めています。あの攻撃が戦略級魔法によるものと当たりをつけ、術者の正体の探りを入れてきている国も一つや二つではないようです。大亜連合の派遣艦隊が全滅した3年前の沖縄海戦との共通性に思い至り、これを手掛かりにしようと考える出てくるでしょう。しかし、現時点で達也の力を知られるのは我々としては極めて好ましくない事態です」
「それは重々承知しております」
「フフッ。ご理解いただけて嬉しく思います。・・・それでは念の為に、しばらくは達也との接触を控えていただきましょうか」
「・・・承知しました」
こうして風間との交渉は真夜の満足の行く形で纏った。