北アメリカ合衆国テキサス州ダラス郊外、ダラス国立加速器研究所。全長30キロメートルの線形加速器で今、余剰次元論に基づくマイクロブラックホール生成・蒸発実験が行われようとしていた。準備は2年前に完了していながら、そのリスクが読み切れない事を理由に中々ゴーサインが出なかった。この実験の背中を押したのは先月末に極東で起きた朝鮮半島南端において軍事都市と艦隊を一瞬で消滅させた大爆発。
国防総省の科学者チームは、激しい議論の結果、この爆発を質量のエネルギー変換によるものと結論付けた。3年前は一部の学者による仮説に過ぎなかったものが、今回は科学者たちの一致した見解となった。
推定される爆発の規模から逆算してエネルギー化された質量は役1キログラム。USNAの首脳部は焦っていた。魔法の仕組みが分からない。分からなければ対抗策の検討すらできない。一度その牙が自分に向けられれば、なすがままに蹂躙されるしかない。そんな悪夢は許されない。
あの爆発が何だったのか。質量・エネルギー変換のシステムに関する手掛かりだけでも掴めないか・・・それがマイクロブラックホール生成・蒸発実験実行の最後の一押しとなった。だがしかし、この実験がもたらす結果が後に世界に襲い掛かることになるのだが、災禍は誰にも気づかれないまま、ひっそりと忍び寄っていた。
西暦2095年も残すところ一か月。思えば目まぐるしい一年だった。この一年を振り返って、達也はしみじみそう思った。四月にはテロリスト。八月には国際犯罪シンジケート。十月には外国の侵略軍との戦闘。激動というにも程がある。だが、達也には今年一年を振り返る余裕はなかった。それはまだ一か月ある、と言う事ではなく、もっと差し迫って現実的な理由で。
北山邸
「・・・ぐぁーっ! 訳分かんねぇ!」
「五月蠅い!バカ!鬱陶しい!」
「レ、レオ君もエリカちゃんも落ち着いて・・・」
達也と深雪はいつものメンバーと共に北山邸にてもうすぐ行われる定期試験の勉強会に顔を出していた。勉強会とは言っても、このメンバーの殆どが成績優秀者であり、この中で一番成績の悪いレオも平凡であって、赤点を心配する必要はない。勉強会は特に問題なく進む筈だった。雫の爆弾発言までは・・・。
「えっ?雫。もう一回言って?」
「アメリカに留学する事になった」
雫の爆弾発言を聞き返すほのか、しかし、当の本人は相変わらずの調子である。
「聞いてないよ!」
「御免。口止めされてたから」
「でも、よく留学なんてできたね」
この質問をしたのはエリカだが、エリカは雫の語学力を疑っている訳では無い。今の時代、魔法師は遺伝子の流出(軍事資源の流出)を避ける為に、政府によって海外渡航を非公式かつ実質的に制限している。USNAは表面上同盟国だが、競争国でもある。そのアメリカに留学など普通に考えて認められるものではない。
「お父さんは交換留学だからじゃないかって」
「何故、交換留学でOKが出るんでしょう」
美月の質問はもっともであるが、誰にも答えは分からない。
「それで雫。出発は何時になるんだ?留学期間は長いのか?」
「年が明けてすぐに。期間は三ヶ月」
「なんだ。三ヶ月か・・・ちょっと安心した」
ほのかは雫の三ヶ月の留学が短いと感じた様だが達也には三ヶ月でも長すぎると思っていた。
「それじゃあ、送別会しないとな」
西暦2095年 12月24日 クリスマス・イブ 喫茶店 アイネブリーゼ
定期試験も無事終わり、達也たち、いつものメンバーはアイネブリーゼを貸し切り、送別会という名のクリスマスパーティーを行っていた。
「皆。飲み物は行き渡ったかな?」
「はーい」
「じゃあ、いささか送別会の趣旨とは異なるけど、折角ケーキも用意して貰ったから、乾杯はこのフレーズかな?・・・メリークリスマス!」
「メリー・クリスマス!」
達也の音頭に、友人たちはグラスを高く突き上げた。
「ねぇ、雫。留学先は何処になるの?」
「バークレー」
「ボストンじゃないんだ」
「東海岸は雰囲気が良くないからって」
「ああ、『人間主義者』が騒いでるんだっけ」
「・・・はぁ~暗い話はヤメヤメ。それで雫、雫と入れ替わりでコッチに来る子の事は分ってるの?」
「同い年の女の子らしいけど・・・」
「それ以上の事は分らないか」
司波家 リビング
送別会もお開きとなり、帰路に着いた達也と深雪。今二人はソファーに腰かけて今回の雫の留学について話し込んでいた。
「今回の雫の留学、どうも奇妙な話に思えるのですが」
「・・・そうだな」
「まず、雫ほどの魔法資質の持ち主が留学を認められたというのが不自然です。先程までは実業家の娘としての留学かと思っておりましたが、それならば代わりに留学してくる相手の事を知らないというのはおかしな話です。まぁ、この時期にいきなり留学の話が持ち上がるのも裏があるような気がしてなりませんが、何だかまるで・・・」
「俺達に探りを入れる為の裏工作の様な気がするか?まぁ、俺達は容疑者らしいからな」
達也は他人事のような口調で呟いた。
「マテリアル・バースト。やはり、放ってはおけないんだろう」
「そうですか・・・お兄様も、そうお考えなのですね?」
「留学生が来るというだけなら兎も角、叔母上の忠告と合わせて考えれば偶然と考えるのは能天気がすぎる」
達也と真夜との話の内容は本家からの帰りに話してある。自分達が何を疑われているのか、誰に疑われているのかということも。
「ではやはり、スターズが?」
「こうなると、少佐たちとの接触を禁じられているのが痛いな」
新年を前に達也と深雪に厄介事が降りかかろうとしていた。