司波家 地下室
学校から帰った達也は地下室で定期的に行っている深雪の想子測定を行っていた。
「・・・これは・・・」
「何か至らぬところが?」
「イヤ、いい結果だよ。魔法式構築規模の上限が上がってる。しかも、俺の予想以上に」
「本当ですか?」
「リーナが同じクラスに編入してきたことがいい刺激になっているんだろう」
「そうですね。・・・生意気なセリフですが彼女ほど手応えのある相手は・・・勿論、雫や先輩たちも強いとは思いますが」
「物足りないか・・・」
「・・・」
「まぁ、それは仕方ない事だ」
「ところでお兄様、お昼の質問は・・・」
「ハハッ、お見通しか」
「勿論」
「深雪に隠しごとはできないな」
「私はちゃんとお兄様のこと見てますから」
「長くなるから場所を変えようか」
「はい、畏まりました」
そういって、2人は地下室からリビングに上がった。
「さっきの話だけど、高い確率で、リーナは『アンジー・シリウス』だと思う。ただ、分からないのは、向こうに『シリウス』の正体を隠そうとする姿勢が見られないことだ。むしろ俺達に正体を気付かせようとしているようにも見える」
「何故、USNAは切り札ともいえるシリウスを投入したのでしょう」
「そうだな。この一週間、観察した限りにおいて、リーナは諜報向きとは思えない。恐らくは本命は別に動いているんだろうが、隠れ蓑に使うのは『シリウス』は大物過ぎる」
「向こうの意図が分かりませんね」
「リーナを『シリウス』と仮定するとスパイ任務はついでだろう。本来の任務は別にある」
「USNAがシリウスを外国に投入する任務。一体どんな任務でしょう」
「分からない・・・けど、今の段階で気にする必要もないだろう」
「分かりました。お兄様が気にするなと言うのであれば」
「お前はただ、アメリカが提供してくれたライバルと競い合う事に全力を注げ。それが成長の糧になるのはリーナも同じなんだろうが、きっと今の、お前を今以上の高みに押し上げてくれる」
「はい、お兄様。ですが私にはお兄様がいます。お兄様が付いていてくださる限り、相手が誰でも恐れません」
翌日 第一高校 放課後
達也の放課後の過ごし方は基本的なパターンとして図書館に籠るか、風紀委員として校内の巡回をするかの二種類。今日は風紀委員の当番なので後者のパターンである。風紀委員は校内でCADの常時携行を許されているが達也がCADを携行するのは委員会の仕事の時だけ、そもそもCADは四系統魔法を短時間で発動する為の物。九校戦で『術式解体』が使える事を暴露してしまった達也。彼は二学期以降、授業外では無系統魔法を利用していない。それで十分に用が足りてしまうからだ。だからCADを携行する必要はない。しかし、CADを携行する事でのけん制効果はバカにならないので巡回の前に本部に寄ってCADを取りに行くことを習慣にしていた。
今日もいつも通り、授業が終わると達也は風紀委員会本部に足を運んだ。扉を開けたその向こうには何故か、見間違える事のない話題の金髪碧眼の美少女リーナがいた。
「おはようございます」
「あっ!司波君。やっと来た」
リーナを見つけた達也は厄介事に巻き込まれない様にCADを素早く取って本部を後にしようとしたがあえなく委員長の花音に捕まった。
「何でしょう?」
「司波君は彼女のこと、シールズさんの事は知ってるわよね」
「えぇ。まぁ」
「彼女がウチの生徒自治活動をみてみたいんですって」
「そうですか・・・」
「司波君。今日は当番でしょ。彼女を連れて行ってもらえない?」
「分かりました」
面倒な、と思ったのが達也の正直な気持ちだ。リーナの意図も分からないし、高確率で厄介事が起こるだろう。既に、本部でリーナを囲っている上級生たちからの視線が痛い。本部でこれだ。校内をリーナと歩いているのを他の大勢の生徒に見られればどうなることか。鈍感な達也でも容易に想像がついたが、達也には受け入れる以外の選択肢は用意されていなかった。
本部を出て十数メートルで二人の空気が気まずくなる。その気まずさの発生源はリーナ。ただ、彼女が美少女だからでなく、探りを入れて来る気配をリーナが隠しきれていないからだ。本人は誤魔化せているつもりであるが達也から見ればチラチラと覗い見る視線は誤魔化せていない。だからと言って、「お前はスパイか?」と言える筈も無くもやもやとしたストレスが溜まって行く一方だった。
「リーナの通っていた学校には、こういう制度は無かったのか?」
何時までも黙ってはいられないので珍しく達也の方から話題の提供をするというサービス精神を発揮した。ただ、質問の内容は性質の悪いものだが。
「えっ!ええっと・・・」
「・・・まぁ、一年ならそういうのに疎くても仕方ないか」
「え・・・えぇ、そうなのよ。だからこの学校のノウハウを知りたくて」
アクシデントには弱いのだろうが後付けでもキチンと辻褄を合わせようとする。こういう基点は妹より上かもしれないと達也は思った。
更に歩く事十数メートル。他の生徒の視線は痛かったが、達也に対し実力行使に及ぶ生徒はいなかった。達也は視線を気にせずリーナと共に実習室、実験室を見て回る。そして実験棟から裏庭に降りる昇降口でリーナが足を止める。
「疲れたなら戻ろうか?」
「いいえ、大丈夫よ・・・」
「・・・何だよ」
「達也は補欠・・・二科生なのよね」
「え?あぁ、そうだけど」
「A組のみんなと制服が違うからどうしてかなって思ってたら深雪が教えてくれたわ」
「・・・」
「でも、さっき花音に聞いたら達也は一校でもトップクラスの実力者だって。ねぇ、達也、なぜ劣等生のフリなんてしてるの?劣等生のフリをしていて、なぜ簡単に実力を見せちゃうの。アナタのやってることって凄くチグハグでどうしてそんなことをするのか分からないわ」
「先輩にどう聞いたのかは分からないけど、フリなんかしてないよ。俺が劣等生なのは事実だし」
「・・・」
「実技試験で評価されるのは速度、規模、強度の三つ。国際基準に合わせた項目が使われている。でも、実戦の勝敗はこの三つの優劣だけで決まる訳じゃない。俺は実技試験じゃ劣等生だけど、喧嘩は強いってだけ」
「試験の実力と実戦は別物、という意見にはワタシも賛成よ。ワタシも、学校の秀才じゃなくて、実戦で使える魔法師になりたいと思っているの」
「穏やかじゃないな」
「あら、分かるのね」
その言葉の後、リーナの掌底が達也を襲う。咄嗟に達也はリーナの右手首を掴み取る。だが、それでリーナは終わらない。リーナは掴まれた右手首を指鉄砲の形にし人差し指を突き出そうとした。しかし、達也はリーナの右手を外側に捻じり上げることで指先に集まった想子が打ち出される前に霧散した。
「物騒だな」
「避けられると思ってた」
「説明はしてくれるんだろうな」
「その前に、放してくれない?結構痛いし、それに、この体制はチョット恥ずかしいし」
リーナの手を外側に捻じり上げた所為で、2人の間隔が詰まっている。見ようによっては達也がリーナを襲っている、無理やりキスを迫っている様に見える体勢だ。達也は言われて直ぐにリーナの手を放す。ただ、達也の顔に羞恥の欠片も浮かんではいないが。
「痛いなぁ、もう。痣にはなってないみたいだけど」
「人の顔に穴を開けようとしたんだ。少しくらい痛い思いをして当然だろう」
「単なるサイオン粒子の塊に物質的な殺傷力なんてないわ。精々、銃で撃たれたみたいな幻痛を感じる程度でしょ」
「乱暴な扱いを受けるには十分な理由だろ」
「・・・はぁ~、分かった。分かりました。ご無礼をお許しください達也様」
「・・・」
「・・・まだ何か?」
「・・・イヤ、もういい、それと普通に喋ってくれ、そんな風に上品に振る舞われるとリーナじゃないみたいだ」
「なっ!ワタシの何処が上品じゃない言うの!」
「キャラが違う」
「そんなことはないわよ!これでも大統領のお茶会に招かれたことだって・・・」
「へぇ~」
「は、ハメたのね」
「今の流れは偶然だし、先に仕掛けたのはリーナだろ」
「グッ!・・・」
「それで、何故あんなことしたのか、事情を説明してもらえないのか?」
「・・・達也の腕を知りたかったのよ」
「何の為に?」
「別に・・・単なる好奇心だけど」
「好奇心ね・・・なら、そう言う事にしておこう」
「・・・」
「君は俺の腕試しがしたかった。そう言う事か」
「え、えぇ」
「ならこの件はこれで終わりだ。こういう事はこれっきりにしてくれよ」
「・・・聞かないの?」
「何を?」
「何って・・・例えば・・・ワタシの正体とか」
「今は止めておこう。知ったところで今の俺の立場じゃどうしようもないからね」
「・・・」
達也はそう言ってリーナに背を向けて歩き出す。リーナは黙ってその後に続いた。