『曲がらない腕』じゃなくて『折れない腕』でした。
今回は『氣』について書きますよ。
140ちょっとの少女に完敗した彼女。
彼女は瀬賀に質問する。
「気って一体なんなんだ?」
そう言いと彼女は。
「ちっちっち。
『気」ではなくて『氣』ですよ。」
彼女は手のひらを指でなぞって教える。
すると彼女は。
「『氣』って、それって古い方だろう?
なんでわざわざ古い方を使うんだい?」
「それは文字の意味と『氣』にあります。」
「え?」
「『気』という文字の『气』は天地を意味しています。
つまり地球の、自然の『氣』です。
その中の『メ』は人が発する『氣』を意味します。
何故『米』から『メ』になったかというと、昔に中国が『氣は使いすぎると無くなってしまう。だから使いすぎないよう「〆」ておこう。」という理由で『〆』を意味する『メ』になったのです。
『米』はその逆。
本来は『氣は無くならない』ものなのです。
むしろ『氣』は常に発し続けた方が良いのです。
だから私は『氣』と表すんです。」
「なるほど、それより『氣』とは一体なんなんだ?
超能力者とかがよく使うらしいが?」
「『氣』は超能力ではないですよ。
『氣』は『誰もが生まれつき持っている』ものです。
超能力のように見えるのは『氣が閉じこもっている状態が日常的になっている』からですよ。
本来は『常に氣は出ているもの』なんです。」
「じゃあどうやって『氣』を出すんだ?」
「簡単ですよ。
『心』が大切なんです。」
「心?」
「はい。
現代の人は皆、心に大きなストレスを抱えています。
そのストレスが心に鍵をかけ『氣の流れを止めてしまっている』のです。
ストレスだけではありません。
『氣』の流れは『力を込める』ことでも止まってしまうのです。」
「それはじゃあ、つまり『力を入れるな』ってことか?」
「はい。」
「そんな馬鹿な。」
「既に貴女は自分の身体で経験したでしょう?」
「うっ…。」
「人は『天地の氣が流れる管』なんです。
しかし今では蛇口となっています。
人々が『氣』を流せなくなってしまったからです。
何故『氣』が流れないのかわかります?」
「それはさっき言った力みじゃないのか?」
「それはそうですが結果的に言うと『心身統一が出来ていない』からなんです。」
「心身統一って僧侶でもなければ出来ないだろう。」
「いいえ、簡単に出来ますよ?」
「え?」
「心身統一、つまり『心の流れと力の流れを一緒にする』こと。
大雑把に言うと『動きに心を集中させる」んです。
例えば、歩く時は歩くことに集中、握る時は握ることに集中するなど。
『他のことを考えなければいい』んです。」
「う〜ん、難しくてよくわからないな。
結局どういう条件が揃えば『氣』が出せるようになるんだ?」
「条件は4つです。
一つ、臍下丹田に心をしずめ
二つ、心身統一する
三つ、氣が出ていると思い込み
四つ、氣を出す
これだけです。
この中の一つでも出来れば『他も自然に出来る』ようになります。」
「ちょっと待ってくれ。
思い込むってどういうことだい?」
「簡単に言えば『自己暗示』みたいなものです。
『氣が出ている』と思い込めば『氣』は出るんです。
しかし、誰もが同じ量の『氣』が出るわけではありません。
出せる『氣』に限りはありませんが、多く出せるようになるには修行が必要です。」
「うーん、本当に『氣』なんて出るのかい?」
「仕方ありませんね。
もっと『氣』を見てもらいましょう。」
【氣のテスト②】
「持ち上がらない身体」
これはテストの中でもかなり簡単に出来ます。
方法
①Aは真っ直ぐ立つ
②BがAの両脇下に手を入れ持ち上げる
③この時Aは『臍下丹田に心をしずめ、全身の力を抜き「自分の重みは身体の最下部にある」』と思いこむ
すると
成功→Bはいくら踏ん張ってもAを持ち上げられない
失敗→普通に持ち上がる
持ち上げられる時に『力を入れ』ていたり『頭部を意識していたり」すると簡単に持ち上げられてしまいます。
これは『氣』の扱いが熟達すると2人がかりでも全く持ち上げられません。
前回の『折れない腕」より簡単なので是非やってみてください。
次回、しばらく氣のお話です
次回もテスト出しますよ。