見慣れた鎮守府の廊下がまるでモノクロームになってしまったかのようだ。
色が消えてしまったような風景の中をフラフラと歩く。
瑞鶴先輩の前で涙を流すという、失態を犯してしまった。
「情けないなぁ……」
弱い艦娘だと思われてしまったはずだ。
艦娘として鎮守府に配属されて、憧れだった瑞鶴先輩と肩を並べて戦っていける――
そう思って調子に乗っていた鼻っ柱をへし折られた。
あのお説教は、実力不足だと断言されたようなものだ。
一緒にいた加賀さんの表情はよく読めなかったが、きっと瑞鶴先輩と同じなのだろう。
肩を落としたまま、自室へと戻ってきた。
「……ただいま」
「葛城?」
「ど、どうしたの?」
蚊の鳴くような声で帰ってきたあたしを見て、二人の姉はぎょっとしてこの哀れな妹に駆け寄ってきた。
二人の顔を見たら、心が緩んで、涙腺も緩んでしまったのだろうか。
瑞鶴先輩の言葉を思い出し、胸が揺さぶられたと思ったら、涙が溢れていた。
「葛城が泣いた……どうしたのなにがあったの? なにされたの? どうしよう天城」
雲龍姉ぇがあわあわしながら天城姉ぇに助けを求める。
「えぇっと、なにがあったか話せる?」
「うん……」
あたしは鼻をすすりながら頷いた。
そして、あたしは二人にさきほど瑞鶴先輩との一件を話したのだった。
「あたし、瑞鶴先輩に嫌われちゃったかなぁ……」
「そんなことないわ。きっと瑞鶴さんは葛城に期待しているから敢えて厳しいことを言ったのよ」
天城姉ぇは優しく微笑んだ。
「そ、そうかな」
本当に天城姉ぇの言う通りだったら、少しは希望が持てるかもしれない。
「雲龍姉さんも何か言ってあげて」
天城姉ぇは促した。
「大丈夫よ葛城。可愛い妹泣かせた仇はとるわ。さしもの瑞鶴さんでもお風呂や食事、寝ている間は無防備なはず。何だったら今すぐ部屋ごと爆撃して……罪は償わせる」
「えっと、そうじゃなくて……」
天城姉ぇは呆れたように天を仰いだ。
あまりにも突飛な発想にあたしは思わず吹き出してしまう。
でも雲龍姉ぇなりの優しさのだ。
「でも、実際にわたしたちは五航戦や一航戦に比べれば比較にならないほど練度は低い。それは確かよ」
「そうだけど……」
「瑞鶴さんにわたしたち雲龍型が復讐するためには……」
「雲龍姉さん、復讐じゃなくて認めてもらうのよ?」
「そう、認めてもらうには今よりも飛躍的に練度を高めればいい」
「うぅ……でもどうやって」
雲龍姉ぇの言葉にあたしは言いよどむ。簡単に練度を上げる方法なんて見当もつかない。まさに言うは易し、だ。
雲龍姉ぇは少し沈黙し、やがて覚悟を決めたように口を開いた。
「あの人たちの力を借りましょう」
「あの人って、まさか」
天城姉ぇの笑みが消え、顔色が悪くなる。
その言葉と、天城姉ぇの異変から、該当する人物たちが一瞬で割り出された。
「いやいや待ってやだやだよ無理無理!」
「葛城。大丈夫よ。頭を下げれば、怖い人たちじゃないわ」
「あわわわ……」
口が震えて変な声が出始めた。視界が揺れている。
地震か。
いや違った。自分ががたがたと震えているのだ。
「葛城。覚悟を決めなさい」
雲龍姉ぇは、まるで死地に赴く戦士のような表情で、あたしの肩を力強く掴んだのだった。
「あらあら。久しぶりに顔を見せたと思えば」
「経緯はさっき雲龍から聞いてるよ。また訓練ねぇ?」
そして、あたしたちは飛龍さんと蒼龍さんに頭を下げていた。
二人は艦娘養成所において、あたしたち雲龍型の教官でもあったのだ。
その特訓内容と言ったら、本当に今生きているのが奇跡とも言えるくらい過酷な内容だった。
――そういうイメージはあるが、あまりにも辛すぎて実は艦娘養成所時代のことは記憶がリミッターをかけているらしく、あまり思い出せないのだ。
それくらい厳しい訓練だった。
この二人と同じ空間にいるだけで、緊張と恐怖で酸欠になりそうだ。何故か二人の周囲の空間が歪んで見えるような気すらしてきた。
「いやー五航戦なんかにバカにされる程度の訓練しかしてあげなくてごめんねー」
飛龍さんは面白そうに言った。
「いえ、決してそういうわけじゃ! これはあたしの不徳の致すところでございましてハイ」
「そう? こけにされたままのこのこ出戻りして、また訓練ねー? ふーん?」
蒼龍さんは口調こそ穏やかなものの、その声音の下には言い表せない、きっとあたしにとって良くないことが起こりそうな感情が垣間見えていた。
「で、どうしたいの?」
「つ、強くなりたい、です」
「へー。じゃあ提督に出張の申請を出さないと」
飛龍さんはにやりと笑う。そして「まぁもう約束は取り付けてあるんだけどね」と続けた。
「うんうん。南の島の泊地でみっちり鍛えなおそうね葛城」
「ひぇぇ……」
腹ペコの肉食獣が目の前で微笑んでいる錯覚に陥る。
「頑張ってね葛城」
「寂しくなるよ……」
天城姉ぇと雲龍姉ぇは神妙な表情で言ったが――
「姉妹艦に苦労させて自分たちはのんびり待機だなんて、そんなこと教えたっけ?」
蒼龍さんの一言で、二人の表情は可哀そうなくらい引き攣った。
「だ、大丈夫。お姉ちゃんも一緒に行くからね。妹を一人で死なせたりしないから……」
「天城。お供させてイタダキマス……」
「よろしい」
かくして。二航戦による、雲龍型の特訓が始まったのだった。