いつか貴女と、肩を並べて   作:おおとり

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 出撃用のドックで艤装を装着し、閉じていた瞼をゆっくりと開ける。

 微速前進。

 主機を緩く動かし、海に出る。

 水面が反射する太陽の光に目を細めた。

 瑞鶴先輩は数分前に位置についているはずだ。

 ――無線。

 

『葛城も、位置に着いた? 演習時間は三十分。どちらかが中破となれば演習は終了よ』

「はい。いつでも始められます」

『こちら瑞鶴。いつでもどうぞ』

 

加賀さんの声にあたしと瑞鶴先輩は答えた。

 

『了解。それでは――演習開始』

 

 その声と同時に、あたしは傍らに浮く矢筒に手をかざす。霊力に反応し自動的に矢と矢じりとなる符が組み合わさり一本の矢を形成する。これが飛龍さんと龍驤さんとの特訓成果だ。

式神で作った矢を数本、自らの周りに浮かす

 手首に霊力を込め艦載機射出用のリングを形成する。

 

「回せ――。第一次航空隊、発艦はじめ」

 

 自らの矢に刻み付けるように、声を出す。

 弦が弾け、矢が風を切る。

返った弓から解き放たれた矢は炎を上げて零戦の編隊となり、――いつかの弱々しい飛び方ではなく――飛龍さんお墨付きの強いプロペラ音を轟かせ蒼い空へと飛び立った。

 あたしは瞳を閉じ、精神を集中させる。

 じきにあたしの航空隊が瑞鶴先輩の編隊を発見した。

 

「……いた!」

 

 会敵した方向に向け、さらに二の矢を放つ。

 あたしの艦載機と瑞鶴先輩の艦載機はほぼ互角のドッグファイトを繰り広げるが、そのうち二機が抜けてあたしに襲い掛かる。

 

「く、抜かれた。やっぱり瑞鶴先輩はすごいなぁ……」

 

 いつかの演習ではあっという間に全機喪失していたことを思い出し、心の中で苦笑する。

 ――葛城は、強くなりました。

 あたしはハンドガン型の機銃で迎え撃つ。

 艦娘相手では役不足の機銃も、敵攻撃機に対しては十分な威力を発揮する。

 小口径の弾丸が連射され、ほぼ同時に二機とも撃墜する。

 しかし、そのうち一機は撃墜される直前に魚雷を発射していた。

 さすが瑞鶴先輩の艦載機だ、というべきか。ただでは墜とされない。

 あたしは回避運動に入りつつ、海を蹴って波を立てる。

 果たして、その行動は正解だった。

 波に誤作動を起こした魚雷が至近距離で爆発する。

 あたしは霊力の障壁を張り、その衝撃を緩和した。

 特訓の成果のひとつだ。

 

「やった……!」

 

 あたしは思わずガッツポーズ。

 ここまでうまくいくとは思わなかった。

 だが、その一瞬の隙を突くように、水柱の向こう側から艦載機が飛来した。

 

「見つけた! 葛城!」

「瑞鶴先輩!?」

 

 艦載機を伴った瑞鶴先輩がいつの間にか迫ってきていたのだ。

 あたしも咄嗟に自分の周りに浮いている矢を取り迎撃する。

 瑞鶴先輩は速度を緩めずあたしに向かってくる。

 

「へぇ! 弓と式神のハイブリッド。やるじゃない!」

「瑞鶴先輩のために頑張りました!」

 

 空母同士の戦いは、その戦闘方法の都合上、例外を除き一定距離を保たなければ攻撃はできない。

 瑞鶴先輩とあたしの交差は一瞬だった。

 それでも、瑞鶴先輩はあたしの新たな姿を見てくれた。

 それだけで、胸が高鳴る。頬が熱くなるのを自覚した。

 

「もっと見てください!」

 

 あたしは自然と口に笑みを浮かべて、主機をフル回転させ適正な距離を確保すると反転し、浮いている矢を片っ端から弓に番え発艦させていく。

 お互いの中間距離で艦載機同士が火花を散らした。

 高空では艦戦が制空権を争い、その隙を見て互いになるべく低空に艦攻を飛ばすが、未だ有効打は無かった。

 まるでボードゲームだ。相手に攻撃を当てるためには何手も手順が必要で、相手もほぼ同じ戦法だから、勝負はどれだけ先の手を読みるかが決め手となる。

 波を乗り越え、青い水面に白い航跡を刻みつけながらあたしは走る。

 水平線の先に、瑞鶴先輩の姿が見える。

 ――お互い知らないうちに近づいていた。

 それでもあたしと瑞鶴先輩はお互いに円を描くように動きながら矢を打ち続ける。

 このままだと、あっという間に時間が過ぎてタイムオーバーになってしまうかもしれない。

 未だ二人とも有効打を浴びていないのだ。

 数手、同じことを繰り返しさすがに焦れてきた時だった。

 ひょう、と空気を切り裂いて、矢があたしのすぐ横を通り過ぎた。

 あたしのはるか後方で瑞鶴先輩の矢が航空機へと変わる。

 瑞鶴先輩の射も乱れてきたのだろうか。さすがに普段の演習とは比較にならないくらいに艦載機を飛ばしているから、それもありえない話ではない。

 演習の残り時間はそれほど無い。

 だが一つはっきりしていることがある。瑞鶴先輩が一手誤ったことだ。

 

「いま――!」

 

 あたしは必殺の一射を瑞鶴先輩に向け、放つ。

 瑞鶴先輩の目が大きく開く。

 あたしの攻撃機は海面とほぼ水平に飛び――

 その攻撃を行えないまま、瑞鶴先輩の遥か手前で爆散した。

 

「え」

 

 黒い煙の向こうで、瑞鶴先輩が不敵な笑みを浮かべている。その手には、煙を上げる噴進砲が握られていた。

 そんな、と思った直後、背後に迫るプロペラ音に気づいた。

 

「え」

 

 という暇もない。

 振り返った直後、瑞鶴先輩が先ほどあたしの後ろに飛ばしたであろう艦攻がまさに魚雷を投下するところだった。

 

「勝負あったわね!」

 

 瑞鶴先輩が高らかに宣言した。

 あたしはようやく気付く。瑞鶴先輩は一手誤ったわけではなかったのだ。

 魚雷は必中の速度であたしに迫る。

 あたしは必死に身をひねるが、かわしきれない――

 

「く……!」

 

 苦し紛れに魚雷目がけて向け矢を放つが、当たるはずも無い。

 咄嗟の判断であたしは矢筒を放り投げて、反転。

 背後で爆発音と膨れ上がる波に乗りあたしは瑞鶴先輩に突撃する。

 

 

「なんで突っ込んでくるのよ!?」

 

 瑞鶴先輩が矢を放つ。

 あたしは本能的に手を伸ばし、その矢を掴み、ひゅ、という吐息と共に自らの弓で打ち返した。

 

「なにそれ!?」

 

 瑞鶴先輩が驚嘆する。

飛龍さんの特訓あってこその動きだ。あたしは心の中で密かに鬼教官と呼んでいた彼女に感謝した。

 

「くぅ!?」

 

 しかし付け焼刃の攻撃は目標を大きく外れてしまう。

 

「行きます!」

「もう矢はないでしょ!」

 

 あたしは全力で波を蹴りながら、盾の裏に装備された打根を取り出す。

 

「切り札です!」

「うそ打根!?」

 

 投擲に特化したそれを思い切り投げる。

 空母の射程よりもさらに近い場所からの攻撃。

 手から離れた瞬間にそれは最後の艦攻に変化し、勢いをつけて魚雷を投下する。

 魚雷は海面を跳ねる反跳弾となって瑞鶴先輩に直撃する。

 

「きゃあぁ!?」

 

 瑞鶴先輩の声が響くが、飛行甲板は健在だ。

 あたしは一気に瑞鶴先輩と距離を詰める。

 

「うあああぁぁ!」

 

 あたしは声を上げて最後の打根を手に取り、瑞鶴先輩に向かう。

 瑞鶴先輩は一瞬驚いた顔をしたが、息を吐き、肩の力を抜いた。

 その姿を見て――あたしは迷う。

 

――このまま、あたしはどうしたいのだろう。

 

 瑞鶴先輩を倒したいのではない。

 瑞鶴先輩に認めて欲しいのだ。「強くなったね」と言って欲しい。そして一緒に戦えればそれでいいのだ。倒す必要なんてない。

 そう思ったら、今まで軽快な音を出していた主機の力は弱まり、構えていた打根を下ろし、トトト……と情けないモーター音を立てて瑞鶴先輩の目の前で止まった。

 

「なに……してるの?」

 

 瑞鶴先輩は怪訝な顔であたしを見る。

 

「あたし、瑞鶴先輩に勝ちたいわけじゃないです」

「はぁ?」

「また前みたいに先輩の背中を追いかけていたいです。あたし……別に勝ちたくなんて……ない……」

 

 瑞鶴先輩と戦うことは楽しい。だけど、勝ってしまった後のことなんて考えてもいなかった。

 演習で一本を取る、という条件で始まったこの戦いだが、瑞鶴先輩に勝つ、という想定をしていなかったのだ。あたしはどうしていいのか分からなかった。

 

「葛城……あんたねぇ――」

 

 瑞鶴先輩が何かを言おうとした時だった。

 あたしたちの頭上に影が迫る。

 

「あれ……」

 

 さっきあたしが瑞鶴先輩の矢を返した航空機だ。

 大きな軌道を描き、瑞鶴先輩に照準を向けている。

 咄嗟のことで、あたしたちは反応ができなかった。

 まるで引き伸ばされた時間に迷い込んだかのように、その動きがスローモーションになる。

 ゆっくりと艦爆が接近し、急降下。そしてあたしたちの真上に爆弾を落とす。

 

「瑞鶴先輩!」

 

 あたしは瑞鶴先輩に抱きついて、爆弾に背を向ける。

 いくら演習用とはいえ直撃したら怪我では済まないかもしれない。

 障壁を張る時間もない。あたしは瑞鶴先輩を庇い、衝撃に備えた。

 だが、あたしの背を焼くはずの爆弾は、明後日の方向から来た一本の矢に貫かれ、空中で爆発した。

 

「え……?」

 

 疑問符を浮かべるあたしに、加賀さんから無線が入る。

 

『演習時間終了。危ないところだったわね』

 

「加賀さんがやってくれたんだ……」

 

 瑞鶴先輩が小さく呟いた。

 

「もう、終わり……」

 

 もう三十分経ったのか。

 

「葛城、離れてよ」

 

 瑞鶴先輩は両手で拒絶するように、あたしから離れた。

 

「あの、瑞鶴先輩……」

 

 瑞鶴先輩は何も答えなかった。

 ただ、俯いたまま、

 

「どうして、わたしを倒せる好機をみすみす捨てたのよ?」

 

 あたしの言葉は待たず、瑞鶴先輩は鎮守府へ向かう。

 

「あたしは……!」

 

 去っていく瑞鶴先輩の背中は、何も話しかけるなと言わんばかりで、それ以上言葉は出せなかった。

 

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