とある少年プレイヤーとAI少女のお話   作:Senritsu

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原作キャラがいないとか、世界観だけ借りてみたとか、そういう系です。そういうものが大丈夫でしたら、どうぞ





とある少年プレイヤーとAI少女のお話(前編)

 ――少しばかり乱暴な風が頬を撫でる。

 木漏れ日が薄暗く辺りを照している。ぱっと見れば大きな針葉樹が生い茂る森にしか見えないフィールドで、俺は残り一体となった敵モンスターの骸骨兵に向けて駆けていた。

 そいつにむけて自らが手に持つ両手剣を振り下ろすべく振りかぶろうとしたそのとき、背後から声がかけられた。

 

「ああ、だからもう少し右です。そのままだとターゲットの胴体にダイビングです」

 

「マジで!?」

 

「マジです」

 

 そう声の主が答えるよりも早く、俺は走りながら大きく右へと跳んだ。流れ去っていく景色をよくよく見つめてみればなるほど、確かに骸骨兵が予想よりもずっと近くにいる。このまま突っ込んでいればやつが手に持っている槍に刺し貫かれるか、思いっきりタックルを決めてしまっていただろう。後者はいいとして前者は損しかしないので俺は胸を撫で下ろした。

 しかし、声の主――俺の後ろに立つ少女は立て続けに注意を促す。

 

「あ、飛びすぎです。小回りのきく着地体制を『がっは!!?』――あー……」

 

 彼女の警告も虚しく、俺は近くに生えていた木の根っこに気付かず足を取られ、転倒。木の幹に上半身を強打した。別に痛くはないが――ぐわんぐわんゆれる脳内に彼女の残念そうな声が響く。

 

「もう少し、という私の言葉が聞こえなかったのですか。あの跳び方は少しという加減を大きく超えていたと思われますが」

 

「いっつつつ……た、確かにもう少しって感じの飛び方しなかった俺が悪いけども。ターゲットの胴体にダイビングとか言われたら誰だってめっちゃ飛び退くって」

 

「そのようなものなのでしょうか」

 

「そんなもんだ。と言うか最近、反射が早くなってきたような気がするな!」

 

「その推測に否定はしませんし喜ぶのも構いませんがタキギ、ターゲットが攻撃してくるので応戦を推奨します」

 

「マジで!? どの方向に何秒後!?」

 

「マジです。今向いてる方から回れ右をしてたった今です。援護した方がいいですか?」

 

「とりあえず振り向きに合わせて剣を薙ぎ払うのが最適解だろ――!!」

 

 舌を噛んでもHPが減るだけで死にはしない。俺は最近やっと回るようになってきた口で早口言葉を並べたてながら両手剣をぶん回した。

 ごしゃっ、というかなり重い手ごたえ。そのまま両手剣を振り抜くと目と鼻の先まで接近していた骸骨兵らしきものがその身を爆散させながら吹っ飛んでいった。

 

「いよし! 今のは倒したよなハルル!」

 

「はい。ターゲットの撃破を視認しました。報酬として80コルと290の経験値が入っています」

 

「やったな!」

 

「やりました。おめでとうございます」

 

「さっきの含めて連続で四体倒したから1000くらいは経験値入ったよな」

 

「先程の戦闘で得た経験値は1140です。次のレベルまであと一万を切りました」

 

「順調順調。ちなみに今の戦いの評価点は?」

 

「59点と言ったところですね」

 

「高いのか低いのかよく分からない点数なんだが。絶妙に60点に届かないその理由を教えてもらってもいいか?」

 

「そうですね……例えば、今手に持ったままの両手剣を手放してみればその理由の一つが分かるかと思います」

 

 律儀に反応を返してくれる彼女に言われるがままに俺は両手剣を握っていた手を放した。しかし不可解だ。剣を手放したところで起こることなどバランスを失った剣が倒れるくらい……倒れ……?

 おかしい。剣が倒れる音が一切聞こえない。俺は訝しげに剣を手放した方を向いて、滲む視界のある点に焦点を当て、しばらくして彼女の言わんとすることを悟った。

 

『あー……』

 

 両手剣は先程俺が激突した木の幹に深々と突き刺さってしまっていた。樹木は破壊不能オブジェクトではないのでこのようなことが起こりうるのだ。

 だがしかし、俺はそんなことよりも今の呟き……ぴったりハモったその声の主の方へ目線を向ける。さらりと少女の鈍い銀色の髪が揺れる。あいつそっぽ向いてやがる。

 

「………………」

 

「………………」

 

「……なんだよ」

 

「いえ、私はアナタが事態を把握したあと最も発する確率が高いであろう言葉を口にしただけです」

 

「出来心?」

 

「はい。正直ここまで一致するとは予想していませんでした」

 

 ちょっと申し訳なさそうにしている気がしないでもなかった――彼女も驚いているのだろう――ので俺はそれ以上の追及を避けることにした。

 

「こんだけ深く刺さってると抜くのに時間がかかりそうだな。確かにこれは危ない」

 

「はい。今回は敵が他にいなかったので事なきを得ましたが、混戦時には避けたい状況の一つです」

 

「ん、分かった。これから気を付けるよ。他の三体はお前が倒したのか?」

 

「いいえ。三体の内一体はタキギの攻撃に巻き込まれて倒されたので戦果は半々です」

 

「……マジで?」

 

「マジです」

 

「うわー……全然気付かなかったんだけど」

 

「タキギには慣れが必要です。この層でもう少し訓練をすべきであると私は考えます」

 

「だな。このままだと同士討ちとかしそうで怖い」

 

「私はタキギの動きを95%以上解析しているのでその点については気にしないでください」

 

「ほんと助かる……」

 

 俺はそう呟きながら木に刺さっていた両手剣を力を込めて引き抜いた。彼女に指摘された通り、乱戦時にこんな感じで動きが制限されると辛い。隙だらけになるから気を付けなければいけない。

 と、俺の傍までやってきた彼女が無表情に――彼女はいつもこんな表情だ――黒みがかった碧の瞳を向けた。

 

「暗くなってきた、と判断するにはまだ早いですが、空の色が赤みを帯びてきています。帰りにかかる時間と足場の悪さを考慮するとこの辺りで引き上げることを推奨します」

 

「もうそんな時間か。相変わらず全然気付けんなー……。じゃ、帰るとするか」

 

 ぐいっと背伸びをして力を抜く。それなりの経験値を手に入れ、手に入れたいと思っていた素材もゲットできたので戦果は十分と言えるだろう。

 

「あと一回の戦闘程度なら支障はほぼありませんが」

 

「いや、今日はここまでにしておこう。出来るだけお前の力を借りずに帰りたいし」

 

「明るいうちに、ということですね。今日は転ばずに帰れるでしょうか」

 

「さっきのは誤算だ。今日こそ成し遂げてみせるぞ!」

 

「言ってる傍から木の根がありますのでご注意『痛い!』……やはり私が背負って帰りましょうか」

 

 言いながら背を向けてしゃがんでくれる彼女だが、もし他のプレイヤーなどに見つかった日にはあらぬ心配をされそうだったので俺はきっぱり断っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大分暗くなってきたな……おっとと」

 

「気を付けてください。まだ来て間もない街ですから意識を極力そちらに傾けてください。私が先導します」

 

 街に入るなり路地の段差に早速躓いた俺を、その懐にさっと少女が潜り込んで支えになることで転倒を防ぐ。

 彼女の言う通り、ここは先日来たばかりの街、第30層主街区の《ランデン》だ。数ある主街区の中でも道が綺麗な街なので新たな拠点にしようとしているのだが、慣れるまで苦労するのはどこも変わらないらしい。

 

「すまん。流石にこの暗さだときつい」

 

「分かっています。私の肩に手を置いて放さないでください。段差があるときにはひと声かけます」

 

「できれば夕食の材料とか買いたいんだが」

 

「そうですね……。近くに商店街があります。そこへ向かいますか?」

 

「ああ、頼む」

 

 「分かりました」と彼女は告げ、俺たちは商店街を目指す。彼女は今浅めだがフードを被っているのでそこまで目立つことはない。しかし道行くプレイヤーが怪訝な目でこちらを見ているような気がする。実際見ているのだろうが少なくとも俺はそれを確認することができなかった。

 

 

 

「いらっしゃい! 最前線から第一層までの食材、軒並み取り揃えてるぜ!」

 

 しばらく商店街を練り歩き、彼女の説明に従って入ったその店は、どうやら大分繁盛しているようだった。

 よく見るとリアルのスーパーマーケットのような陳列で食材が並べられている。これは有難い。これなら目的の食材を探す苦労は少なくなるだろう。少なくないプレイヤーがいるのも頷ける。

 いくつかの野菜アイテムと肉系アイテム、携帯食料をかごに入れて俺たちはレジへと向かった。もちろんずっと彼女の先導付きだ。

 

 カウンターに辿りついた俺は彼女の肩から手を放し、かごをカウンターの上に置いた。もちろん、かごとカウンターの位置関係には細心の注意を払う。かごを落としたりカウンターに当てて食材を落としてしまっては目も当てられない。

 かくしてかごはしっかりカウンターの上に置かれた。心の中で小さくガッツポーズだ。

 

「これ頼む」

 

「あいよ! これとこいつとこれで……合計270コルだ」

 

 対応してくれたのはこの店の店主らしき男だった。フォーカスを当ててしばらくすると褐色の肌、大柄でがっしりした体躯が映し出された。ぱっと見ボディービルダーだな。

 食材の値段はまあ手頃だ。俺は目の前に表示された購入確認画面の『OK』コマンドを押した。

 

「毎度あり! それにしてもアンタ、けっこうな別嬪さんを連れてるじゃあないか!」

 

 彼女のことだろう。流石に正面からだとフードを被っていても顔が見えてしまう。俺が振り返ると彼女は小首を傾げて思案顔だった。

 

「ベッピンサン……? ベッピンサン……申し訳ありません。私のデータベースにない言葉です。よろしければその言葉の意味を教えていただけないでしょうか」

 

「お、おう?」

 

「あーええっと。彼女、NPCなんだよ。プレイヤーじゃない」

 

 戸惑いの表情を浮かべる店主(もう決めつけることにした)に俺は声をかける。店主はかなり驚いたようだったが、先程のやりとりから納得してくれたようだ。

 

「まさか店員以外のNPCがこの店に入ってくるなんて思わなくてよ。すまんな兄ちゃん」

 

「ああ。よく間違えられるから俺もこいつも慣れてるよ。気にしないでくれ」

 

「そう言ってもらえると助かる。でだな嬢ちゃん。別嬪さんってのはだいたい綺麗な女性のことを指すんだ。漢字は違うが他には特別な物、って意味もあるな。まさしく、嬢ちゃんのことだぜ!」

 

「なるほど……では、私は先程褒められたのですね。ありがとうございます」

 

 彼女は微笑んでお辞儀をした。こうしてみると本当にNPCには見えない。店主も相当不思議そうに彼女のことを見つめていた。

 

 

 

「ははぁ、なるほどな。VR適正障害か」

 

 俺と彼女の関係に興味を持ったのだろう。かの店主は俺たちを引き留めて話をしないかと言ってきた。噂にされると嫌なのでどうしようか悩んだが、彼の他人には話さないという約束を信じることにした。

 彼の名はエギルと言ってこの店というか商会ギルドのマスターであり、最前線のプレイヤーでもあるのだそうだ。前者はまだしも後者の事実には心底驚かされた。どうしてこんな層にまで降りてきているのかと聞けばどうやらこの店、昨日開店したらしい。それで様子を見に来たのだという。

 今俺たちは店の奥にある談話室のようなところで話をしている。予想外の出来事に少し戸惑いもあるが、攻略組のプレイヤーと話せる貴重な機会を無駄にはしたくなかった。

 

「ああ。自分で言うのもなんだがかなりひどい。俺レベル以上はそんなにいないんじゃないかと思うよ」

 

「そんなにか。VR適正障害の話には疎いんだが、どの程度なんだ?」

 

「そうだな……まず、かなりの近視だ。十数メートル向こうはぼやけて見えない。フォーカスシステムも上手く動作しないから近い位置でもそこに何かあるってのが分かる程度。だけどそれすら認識にずれがあるみたいなんだよな。あと慣れてない動きをしようとするとその動かし方も分からなくなる。さっきカウンターにかごを置くのにも苦労した」

 

「おいおいおい。それって生きていけんのか?」

 

「タキギと握手してみてください。多くのことが理解できると思われます」

 

 彼女に促され、俺とエギルは握手を交わそうとする。が、彼の手の先があるはずの場所に手を伸ばしても空を切るだけだ。もう少し下、とか前、とか言われてやっと彼の手を掴むことができた。

 で、ここからがまた大変だ。握手なんて慣れないことするから力の入れ方がよく分からない。俺の腕はぶるぶる震えているのにエギルの手を強く握れないという情けない事態になってしまった。

 

「……これは酷いな……失礼を承知で言うが演技は一切含まれてないんだな?」

 

「これが演技だったらそもそも俺はこいつに会えてないよ」

 

 エギルが訝しむのも仕方ない。俺だって受け入れるのに相当長い月日を費やしたのだから。

 

「はい。AIプレイヤーである私《ハルフィール》が保証します。タキギの言動に嘘偽りはありません。私は彼のサポートを行うAIです。イベント、グランドマスターの意図等は関与していません」

 

 隣に立つ彼女が俺の言葉を補完する。しばらくエギルは腕組みをして目をつむっていたが、すぐに俺たちに向き直った。だてに商会ギルドのトップを務めているわけではないということか。

 

「流石に驚いた。俺も立場上いろんなプレイヤーを見てきてるが、正直お前たちのような連中は見たこともない。片や重度のVR適性障害者でもう一人はサポートAIか……よく今まで大きな噂にならなかったな?」

 

「それはただ単に俺たちがつい最近活動を始めたからだろう。あの歩き方、目立つだろ?」

 

「確かにこっちから見ちゃかなり不可解だったな。背の低いプレイヤーの肩に背の高いプレイヤーの手がずっと置かれててその手を置いてる方はずっと下を向いてると来た。だが、そのレベルの障害なら頷ける話だ」

 

 第三者から俺たちの様子を見るとそんな風に映るのか。思わずハルフィールと顔を見合わせてしまったが、彼女は特に思うことがないらしく表情に変化はなかった。

 ともかく、俺たちがフィールドに出て戦うようになったのは数か月前のことだ。それも最初の内は人目を極力避けていた。街に出歩くようになったのは本当に最近のことだ。

 

「そういや確かに小耳にはさんだことがあるな。『変な二人組がいる』って。お前たちのことだったのか……」

 

 やはり噂になってしまっているようだ。まあ『変な二人組』程度ならまだいいが、彼女の正体がばれてしまうのはかなりまずい。

 

「障害者と介護者の連れ添いと言うものは日本という国でも日常的にみられる光景であるという認識があります。『変』であるとは思いませんが。やはり拠点は主街区でなく近隣の安全エリアなどの方がよいでしょうか」

 

「ゲームの中じゃ珍しいんだろ。エギルさん、重ね重ねすまないが……」

 

「言われなくても分かってるさ。このことは信頼できるプレイヤーにしか話さん。噂にするような奴には絶対に話さないことを約束しよう」

 

「そうしてもらえると助かる」

 

「ありがとうございます」

 

「俺も割と強引に話を引き出したからまぁ、トントンだと思ってくれ。ところで、お前たちはフィールドに出て戦ってるのか?」

 

 エギルは俺の身に着けている防具を見やりつつ訪ねてきた。レアものでもなんでもなくごくごく一般的なものだ。まあ安全を考慮して10層くらい上の物着てるけども。

 

「ああ。最近はレベルも上がってきて、この辺りの敵はあまり苦戦しなくなってきたな」

 

「……その障害があるのにどうやって戦ってるんだ? 防具を見ている限りでは大型の武器を使うみたいだが」

 

「どうしてわかるんだよ。まあ俺一人じゃ狩りなんて到底無理だ。弱いモンスターなら倒せなくもないが効率が悪すぎてな? ハルル……ハルフィールの略称な。こいつのサポート前提でようやくって感じだ」

 

「私が敵との位置関係をタキギに伝え、タキギが敵を捕捉した時点で私がサポートに入っています」

 

 これは戦況をより客観的に見れているハルフィールに説明させた方が賢明だろう。俺は戦闘中敵しか見てないからな。なんかかっこつけてるように聞こえるが見失わないように必至なだけだ。

 

「タキギはよくターゲットとぶつかります。攻撃が当たらないことも珍しくありません。なにもないところで転びます。ですが戦えないわけではありません。ソードスキルも使えるようになればより効率性は上がります」

 

「聞くだけ聞けばズダボロなわけだが?」

 

「なんとか自覚済みだ。実際そんな感じだから他のプレイヤーとパーティも組めない。マジで同士討ちするから」

 

 笑えない話だ。俺がハルル以外のプレイヤーとパーティを組めるような日が来るのだろうか。そういうのもしてみたいが、努力でどうこうなる話でもないんだよな。

 エギルは俺の話を聞いて苦笑半分呆れ半分といった表情を浮かべていたが、やがて心底疑問に思っている顔で尋ねてきた。

 

「なあ、お前はそこまでしてどうして戦うんだ? いや、別に否定してるわけじゃあないんだが。その状態なら始まりの街に留まって解放を待っていても文句は言われないだろう」

 

 正論だ。ハルフィールには戦闘センスそのものは他のプレイヤーより高いと言われているが、かなり大きなハンデを背負っていることに変わりはない。数少ない知り合いにも何度かその質問は受けている。

 だから、俺はお決まりのように返答しようとしたわけだが、俺よりも早く口を開いたのは彼女だった。

 

「タキギがしていることは自己満足です。私もほぼ同様の理由でタキギに同行しています。『始まりの街で燻っていたくなかった』というのは多くのプレイヤーが持つ理念であると思いますが」

 

 ハルフィールの返答に最初エギルは驚いていたが、すぐに「まあアリな生き方だな」と言って笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら随分長く話し込んでしまっていたらしい。俺と彼女が店を出たとき、既に空には夜空が広がっていた。周囲を月明かりが照らしているようだが、こうなると俺の視覚はほぼ役にたたない。街灯の光がぐにゃぐにゃと形を変えながら滲む光景はそれはそれで綺麗だと思うが。

 

「すまん。帰り道は任せる」

 

「承りました。目をつむってもらっても結構です。私が責任をもって連れていくのでタキギは足運びにのみ集中してください」

 

 ごく自然に俺たちはあのスタイルを取った。俺の少し前をハルフィールが歩き、その肩に俺が手を置いて歩く。さらりとした感触が俺の手の甲をさらう。彼女の髪が歩きに合わせて揺れている。

 

「何度か進言して断られているので期待はしていませんが、私がタキギを背負った方が効率はいいと思います」

 

「人の目がもっと怖くなるんでノーサンキューで。そんなに急ぐ必要もないし、いいだろ?」

 

「……そうですね。『悪くない』です」

 

 それは機械的な返答だったのか、意図された言葉だったのか。判断しずらいところだが、後者であれば人並みに嬉しい。

 揺れる光と闇に閉ざされた視界の中で、しかし俺の歩行は夕方より安定している。下手に自分の視界に頼るより彼女に任せてしまった方が無難だというのはなんとも情けない話ではあるが、そもそも彼女がいなければ今頃俺は四つん這いで歩くか路上で夜が明けるのを待たなければならない。俺の生活がどれだけ彼女に依存しているかが分かるというものだ。

 そんなことを考えながら歩いていると、ふと思い浮かんだことがあった。俺はその話題を浮かんできたままに口にする。

 

「そういや、半年くらい経つんじゃないか? お前が俺のところにやってきてから」

 

「正確には今日を以て182日目、明日で183日です。明日で半年ですね」

 

「おっ? 俺にしてはよく当たったじゃないか。じゃあ明日は休みにして遊びに行かないか? 22層で魚釣りしてみたいんだよ」

 

「私はタキギの攻略ペースに合わせているので同行は構いませんが、果たしてタキギは水面に釣り針を落とすことができるのでしょうか……?」

 

「いや、それは流石に…………うわ、俺も不安になってきたぞ」

 

 竿を振るうときにすっぽ抜けるとか、水面の位置を把握できないとかありそうだ。後者はまだいいとして前者はやばい。竿ぶん投げて水ポチャロストはやばい。事前に陸で練習しておこうという話でまとまった。

 

「それにしてもあのころが懐かしい……まだ半年しか経ってないけどな」

 

「人の懐かしむという感情には月日よりもその間にある経験と変化が大きく関わるとされています。それをタキギに当てはめれば別におかしいことではないでしょう」

 

「そう……だな。確かに変わったよ。半年前の自分だったら絶対想像できないレベルで」

 

 AIの彼女が人の感情に付いて話すと客観的な説得力を持つ。専門書の解説を読んでいるかのような、そんな感覚だ。

 たかが半年、されど半年か。最近はバタバタしていて過去のことを思い出すこともしなくなっていた。改めて考えると、俺は相当数奇な半年間を送っていたのだろうと実感する。

 

 それは、あるからりと晴れた日の夕方の、始まりの街の外でのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、そこにいるアナタ、足を止めてもらえないでしょうか」

 

「…………」

 

「アナタです。気付いてください。この場にはアナタ以外のプレイヤーはいません」

 

「…………? 俺のことか?」

 

「はい。私はアナタに声をかけました。少々お時間よろしいでしょうか」

 

 どうやら声の主は俺に用があるらしい。てっきり他のプレイヤーが近くにいることに気付かなかったのだろうと思っていた俺はその声の主の姿を探す――あれか。

 

「はい。認識できています。声をかけたのは私です」

 

「そうかい。で、俺に何の用だ?」

 

 このような応対ができるということは、少なからず俺の状態を把握しているのだろう。俺はその人物に問いかけつつ、その姿を注視した。

 木の葉の緑や幹の茶色、空の色がごちゃごちゃに入り乱れる中、唯一滲みだしていた銀色にフォーカスを当てる。ゆっくりと、パズルのように浮かび上がったその人物は……見知らぬ少女の姿をしていた。

 

「驚かれているようですが、それは置いておきます。私の用件はアナタとコンタクトをとること、それだけです」

 

「コンタクトってのはつまり……話がしたかったってことか? それともただの冷やかしか?」

 

 かなり冷ややかな口調になってしまったことを自覚する。

 今までにもこうやってフィールドでプレイヤーに声をかけられたことはあった。しかしその内容は始まりの街の警備隊――「アインクラッド解放軍」の侮蔑であったり、一段上のレベル帯のプレイヤーの不愉快な声掛けだったりしたのでどうしても警戒してしまう。

 しかし、少女はそんな俺の口調に臆することなく返答した。

 

「前者です。私はアナタに私のことを知ってもらいたいと思い声をかけました」

 

「はぁ。で、そりゃなんでなんだ? ぱっと理由が思いつかないんだが」

 

「私とフィールドに出た時期がほぼ同じだったのです。私がフィールドに出入りし始めたとき、私と同じ初期装備のアナタの姿を見かけたので興味が湧きました」

 

「なるほどな」

 

 よくよく見れば彼女もまた初期装備だ。ならばレベルは俺と同じで10に届かないといったところだろう。最近は新規で立ち上がるプレイヤーも少なくなってきたので同輩が珍しかったというわけか。

 緊張がほどよく緩むのを感じる。なんだかんだで自分も寂しかったのだ、そのことを知ることができた。

 

「お前も始まりの街で引きこもるのに耐えられなくなったクチか?」

 

「クチという単語は一般的な用法ではないようですが、はい。私は長い間ある場所に閉じこもっていましたが、最近自身の在り様に疑問を抱きまして。それで当てもなくフィールドを出た次第です」

 

「はははっ。だよなぁ、あの街最近軍のせいで住みづらいんだよ。せめて自分の食い扶持くらいは稼げるようになりたいよな」

 

「そうですね。稼ぎたいという点では同意です。お金があるのとないのとでは大きな違いがあることを学びました」

 

 彼女の言葉に俺は大いに頷く。俺にはそれ以外にもいろいろ理由はあるわけだが、彼女にそれを話しても仕方のないことなので触れないでおいた。

 

「お前はこれから帰りか? 俺はそろそろ帰ろうと思っているんだが」

 

「いえ、今までアナタを探していてモンスターを倒せていないので狩りを続けようと思います」

 

「あー、そりゃ申し訳ないことをしたな。まあ死なない程度に頑張ってくれよ。ここらなら夜でもそうそう危険なモンスターは出てこないから安全に狩りができる」

 

「そのようですね。それであの、先程からタイミングを計り損ねていたのですが」

 

 少し戸惑いが混じっているように聞こえる声、帰ろうとしていた俺は彼女から外していたフォーカスをもう一度彼女に定める。毎回睨みつけるようになってしまっているが大丈夫なのだろうか。

 

「プレイヤーネーム、名前を教えていただいてもよろしいでしょうか。何かの縁、というものです」

 

「あぁすっかり忘れてた。俺の名前は《タキギ》って言うんだ。また会ったときはよろしく頼む。お前の名前は?」

 

「私の名前は《ハルフィール》です。タキギ、覚えました」

 

 そう呟く彼女の顔はほんの少しばかり綻んでいるように見えた。まあこのぼやけた視界なので当てにならないが。

 

 

 

 

 

「こんにちはタキギ。調子はどうですか」

 

 数日後、俺が始まりの街の門の近くに置かれたベンチに座ってぼーっとしていると、再びハルフィールが声をかけてきた。目の前に立っているこの人物が彼女だろう。

 

「よ。ハルフィール。俺は毎日の食い扶持稼ぐので精いっぱいだ。あー疲れる」

 

「お疲れさまです。外は常に死の危険がありますから疲れるのも無理はないでしょう」

 

 続けてハルフィールは「隣に座っても良いでしょうか?」と尋ねてきたので快諾する。どうやら彼女はフードを被っているらしく俺の視界にかの銀色は映らなかった。

 

「今まで一年以上始まりの街に引きこもってたから尚更な……。そっちはどうなんだ?」

 

「タキギと同様にあまり振るいません。なかなかお金がたまらず困っています」

 

 彼女の言葉に嘘偽りはないようだ。これでは生活のランクは配給に頼って引きこもっていた頃とあまり変わらない。強い装備を手に入れたいがそれにもお金が必要という分かりやすい堂々巡りだ。

 

「俺は事情があってパーティが組めない訳だが、お前はどこかのギルドに入ったりしないのか? パワーレベリングもある程度までなら効果的だし」

 

「それは理解しているのですが、何故か『気が進まない』というのが現状です」

 

「確かになぁ。今更になって中小ギルドに声かけるのもなんだし軍とかには入りたくないし……声をかけづらいのはあるよな」

 

「そのようなものなのでしょうか」

 

「お前が分からなきゃ俺の持論もそこまでなわけだが?」

 

 彼女はひとしきり考えて、「そのようなものなのですね」と自己完結していた。俺が言えたものじゃないが彼女もなかなか変わった性格をしている。

 

「それで、提案なのですが」

 

「なんとなく察しちゃいるが、俺とパーティ組むのはやめた方がいいぞマジで」

 

「そうですか」

 

「そうだよ」

 

「理由を教えていただいてもよろしいでしょうか」

 

「理由っつってもな……お前、俺があれだ、VR適正障害なの知ってるだろ?」

 

 俺がそう尋ねると彼女はこくりと頷いた。そういう知識を持ってくれているだけこちらとしてはマシな方だ。このゲーム内でも知らないやつが大多数に上るだろう。

 彼女は俺に初めて声をかけたとき、その場から動かず、俺が焦点を彼女に当てるまで待っていた。俺の状態を知っていなきゃあんな変なことはするはずがない。

 

「VR適正障害……フルダイヴ不適合者とも言われるその人々は少なくとも数千か数百人に一人はいるとされています。遠近間隔が掴みづらい、力を入れづらいといった症状のほか、重度の酔い症状に見舞われることもあります。タキギはその中でも比較的重度な方であると私は見ていますが」

 

「めっちゃ詳しいじゃねーか」

 

「専攻しているので」

 

「マジかよ」

 

「マジです」

 

 律儀に返事するってのはノリがいいのか真面目なだけか。まあ後者だろうが。

 

「そんだけ詳しいなら分かるだろ? 遠近間隔がつかめないってのは戦闘において絶望的だ。俺と組むとお前むしろソロより効率落ちるかもしれんぞ?」

 

「それは検証してみない限り分からないでしょう。試すだけやってみませんか」

 

 珍しく(少なくとも今までの彼女の印象からすれば)積極的だ。でも彼女の言う通り試さずに諦めてしまうのも損な気がする。幸いなことに彼女は俺の状態に理解があるようだから、万が一のリスクも少ないだろう。

 

「分かった。やってみよう。お前これから時間あるか?」

 

「はい。探索の準備はできています」

 

「じゃあ早速パーティ組んで外出てみようぜ。報酬は山分けってことで」

 

 俺はベンチから立ち上がって伸びをした。休憩終わりだ。彼女も続いて立ち上がり二人で歩く。

 

「ところでタキギ、気になっていることがあるのですが」

 

「どうした?」

 

「タキギは門から出入りするときだけは歩行に迷いがありません。これは何故なのでしょう」

 

「ああ、単純な話さ。出たり入ったりを何百回か繰り返しただけだ。つまり身体を慣らしたんだよ」

 

「なるほど、では――」

 

 

 

「――と、そんなこんなで門から随分離れたな。いつもならここからあの森へ行くんだが、きょうはこの辺りでいいか」

 

「構いません。ちなみに《フレンジーボア》がここから30メートルほど西に離れたところでうろうろしています」

 

「お前がいなかったら十中八九気付かなかっただろうな。とりあえず俺が倒すから見ててくれないか?」

 

「分かりました」

 

 彼女の了承も得たので俺は西……太陽と反対方向に向かってじりじりと歩いた。途中何度かこけそうになったがまあ、その辺りは彼女も理解してくれていることだろう。

 フレンジーボアは俺の腰ぐらいの大きさのイノシシだ。ノンアクティブモンスターの一匹であり、こちらから攻撃しない限り攻撃してくることはない。

 

 見つけた。その遠さはきっと俺が認識しているより大分近いか遠いかだろうが、草原の緑色に群青色が混じっている。俺はそれを目指して歩く。

 もう目と鼻の先、というくらいまで近づくとやっとそのシルエットが明瞭に見え始めた。そこまでの道筋が平坦であることを確認し俺は駆ける。

 

「おらッ!」

 

 それで、ある程度狙いをつけて羽交い絞め。ごわごわした感覚が掌を伝わり「ブギッ!?」というイノシシらしい鳴き声が聞こえた。

 

「そらそらっと!」

 

 こうなれば流石に外さない。逆に言えばこうでなければ大抵外すわけだが……俺はイノシシの背中に張り付き手に持った片手剣をぐさぐさと突き指す。

 パニックから覚めたのかイノシシが猛烈な抵抗を始めた。力強いダッシュで振り切られた俺は追跡をしないままその場で待つ。と、数秒もしないうちにあちらから突っ込んできた。イノシシ型モンスターだもんな。遠距離攻撃なんてできないだろう。

 

 俺はそれを甘んじて受ける。割とでかい衝撃だが慣れた。どんだけこの戦法で戦ってきたと思ってる。俺は再度イノシシに張り付き、ぐさぐさと片手剣を突き指していく。

 そんなことを繰り返しているとそのうちあちら側のHPが尽きたらしい。哀れなフレンジーボアは悲鳴を挙げながら光となって散っていった。

 

「いよーしうまくいったな。で、これが俺の戦い方なわけだがハルフィールはどこかにいるか?」

 

「ここにいますよ」

 

「目の前から来てくれないと気付けないぜ。で、どうだった?」

 

「アナタらしい戦い方だったと思います。ですが、確かに効率は悪いですね」

 

「だろ? でも下手に動くよりはこうする方がよっぽど早いんだよな」

 

「盾などは使わないのですか」

 

「使えればいいんだが、上手く構えられないんだよなこれが。移動速度にも下方修正がかかるから結局装備していない」

 

 そんなやり取りをしつつ俺は内心驚いていた。俺が言うのもなんだがそうとう異常な戦い方だろう。少しばかり慣れた奴が相手すればソードスキルとやらでズバッと切って一撃でお終いだ。間違ってもこんな「肉を切らせて骨を絶つ」的な戦い方はしないだろう。

 しかしハルフィールは「俺らしい戦い方」と言って締めくくった。やはり知っているからだろうか。馬鹿にされたり呆れられたり他のプレイヤーにはいろいろ言われてきたので少々神経質になっていたのかもしれない。

 

 まあ、俺は楽しいんだけどな。少なくとも街の中に引きこもってるよりかは生き生きとできる。ゲームをプレイしている感覚があって俺は好きだ。

 

「楽しいならそれでいいのではないでしょうか」

 

「ん?」

 

 唐突に投げかけられた言葉に俺は面食らう。まるで心を読まれたかのような感覚に少々戸惑った。

 

「アインクラッドが攻略され始めてから500日以上が経った今、最前線はずっと先にあります。私が知る限り、そこにいる人々も使命感だけでなくこのゲームを楽しんでいる様子です」

 

「そうなのか? 俺はてっきり彼らは意地でも現実世界に帰ろうとしているものとばかり思ってたが」

 

「そういう人々だけではないようです。まして、彼らは私たちが立ち上がることを奨励こそしますが期待はしていないでしょう」

 

 確かに。1年以上も始まりの街に引きこもってた奴の信頼なんて攻略組の連中から見れば0にも等しいだろう。そんな奴が今更どうこうしたところで彼らに影響はない。

 そんな攻略組もこのゲームを楽しんでいる、というハルフィールの意見は新鮮だった。どこかで攻略組と話す機会があったのだろうか。

 

「ですから、そう、ですね。タキギの戦い方は確かに変わっているのでしょうが、しっかりとこのゲームに向き合っていることは確かです。楽しむことは間違いではありません」

 

「そうか。……励ましてくれてありがとな。そんなに辛気臭い顔してたか俺?」

 

「いいえ。ですが私がアナタのことを認めているということを示すことは大切なことなので」

 

 俺は再び面食らった。ひょっとしてパーティ組んだのってこのことを俺に伝えるためか?

 だが確かに、自分のスタイルを否定されないというのはかなり嬉しかった。俺は胸中で再び彼女に感謝を述べた。

 

「だけどパーティについてはどうなんだ? 俺がアレだと結局ソロプレイと変わらないだろ」

 

「それについてなのですがタキギ。もう一度ボアと戦ってもらえないでしょうか。出来ればこの武器を持って」

 

 そう言って彼女が差し出してきたのは初期武器の一つである両手剣のようだ。どうやらアイテムストレージに入れていたらしい。

 

「両手剣か? でも俺これ上手く持てるかもわからないぜ。熟練度も0だし」

 

「私に作戦があります。勝算はあるのでやってみてもらえないでしょうか」

 

 そこまで言われると俺としても断れない。何か策があるようだが……俺は半信半疑で両手剣を手に持ったのだった。

 

 

 

「タキギ。右向け右です。そして大股で一歩踏み出すとターゲットがいます」

 

「お、おう!?」

 

 俺は彼女に言われるがままに動いて目の前に現れた群青色に向けて両手剣を振り回した。ざくざくという手ごたえ。ボアがよろめいたのが分かる。

 

「合図するので右にステップしてください。大丈夫です。段差などはありません。……はいっ」

 

「っ!」

 

 倒れ込むようにして右へ。慣れない動きだったので俺は無様にこけた。流石に焦るがビュウッと頬を風が撫でていく。そばをイノシシが駆け抜けていったようだ。回避だったのかこれ。

 

「あとは私が。――――はい、討伐完了です」

 

 事務的な彼女の声が聞こえ、ボアが倒されたことを知る。しかしそんなことを抜きにして俺は驚愕の表情でハルフィールを見やった。

 

「だ、ダメージ食らわずに敵を倒せたのなんて初めてだ……」

 

「タキギの反応は少し遅かったですがそれでも間に合ったので良かったです。やはりタキギには両手剣が合うようですね」

 

 ハルフィールが冷静に考察しているが、俺は高まっていくテンションを抑えることができなかった。

 

「戦闘中にここまで動けたこともなかった。敵をちゃんと斬れたこともなかったから、これも初めてだ!」

 

 ごちゃごちゃな視界の中で、俺は喜びに打ち震えていた。

 

「でしょうね。――タキギは今、楽しいですか」

 

「ああ……! 正直鳥肌ものだ。めちゃくちゃ楽しい! ハルフィール、お前の指示のおかげだ!」

 

「それは……本当によかったです。まだ狩りを続けますか?」

 

「勿論! 今みたいな戦い方でまたやってみたい……!」

 

 俺は小さな子供のように活気づき、ハルフィールは別段それを咎めるでもなく俺に連れ添った。

 

 その日の俺たちはひたすらにフレンジーボアを追いかける幽霊のように映ったのではないかと思う。

 

 

 

「――……だあぁっ! 疲れた! 今までにないくらい疲れた!」

 

 俺はそう叫んで草原に寝転がる。空は相変わらず滲んで見えるが色くらいは分かる。大分赤くなっているから夕焼け空なのだろう。

 

「お疲れ様でした。今までに倒した敵はボアが25匹、スライムが7匹、キラービーが6匹です。得られた経験値は合計で2030で、860コルを入手しました」

 

「はははっ……! 昨日までと桁が違うんだが! ハルフィールはどうだった?」

 

「私の先日の成果がこれの半分に届かない程度なので黒字です。タキギがいるとターゲットが分散するので明らかに効率が上がります」

 

「そうか……なら俺はかろうじてお前の足を引っ張らずにすんだか?」

 

「はい。あとはタキギの移動時間を短縮できれば効率はもっと上がるでしょう」

 

「あれは申し訳なかったなぁ。いつも以上にこけまくってたもんな俺。テンション高かったからってのもあるけどやっぱ走るのはダメだわ。歩いた方が早い」

 

「私が思うに、タキギは転んでもダメージを受けないことを体が覚えてしまっているようです。矯正が必要です」

 

「そうなのか?」

 

「そうです」

 

 ふと空から目を逸らすとハルフィールが俺の横に座り込んでいた。夕焼け色に染まる銀色の髪がその一本一本までは見えないにしても緩い風にたなびいている。

 

「……なあ、ハルフィール。もしお前がよければなんだが」

 

「はい」

 

「なんだ、その、これからも俺と一緒にパーティを組んでくれないか? 声かけてきたのはそっちだからこちらから言うのもどうかとは思うが……」

 

「はい。構いません」

 

「おぉう即決か。いいのかほんとに?」

 

「はい。もとより私はアナタとパーティを組んで活動するつもりでした。その方が、私としても動きやすい――もとい、楽しそうだと思ったので」

 

 彼女がそう言うのだったらもう俺は何も尋ねるべきではない。今の返事の仕方はきっと善意からくるものとか、そういうものではないのだろう。

 

「んじゃ、明日の朝にまたあのベンチで待ち合わせしようぜ。この調子ならどこまで行けそうとかお前分かるか?」

 

「分かりました。そうですね。迷宮区までとはいかなくてもホルンカの村くらいなら行けるでしょう。案内します」

 

「おう。よろしく頼むわ。……じゃ、今日は帰るか」

 

「はい」

 

 こうして俺たちは帰路に就く。その日以降、俺たちは二人組のパーティとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのあとお前の正体知ったときの衝撃よな。間違いなくダントツトップだ」

 

「タキギはあまり驚いていないように感じました」

 

「今だから言うがあんまり驚くとお前が傷つくような気がしたからな。薄々そうじゃないかって思ってたのもあるが」

 

「当時の私はとっくに気付いているものとばかり」

 

「すれ違いって怖いよな……」

 

 星が瞬く夜空(俺には見えんが)のもとで俺とハルフィールは歩く。

 俺の手の置かれた肩は華奢だ。目ざとく歩行ルートを選んでいる少女の、その正体はカウンセリング用人工知能《メンタルヘルスカウンセリングプログラム003》である。

 

 自身をトップダウン型AIだと称し、プレイヤーの精神面のケアを行うために創り出されたと語る彼女は、しかしデスゲーム開始直後にシステムからプレイヤーへの接触を禁止されていたらしい。

 プレイヤーの負の感情をモニタリングし続けていた彼女は、他のAIのように自身が解決のための行動を起こせない矛盾状態に崩壊するような事態を避けた。何度も何度もシステム側に負の感情を放置することの危険性を説き、出動申請を送り続けたのだ。

 

 SAOのサーバーであるカーディナルは徐々に彼女の発言を無視できなくなり、少しずつ彼女の割り込める領域が増えていき……とうとうハルフィールは調査目的でNPCの身体を得ることに成功する。

 新規プレイヤーとして始まりの街に降り立った彼女は早速自身の存在意義を探し求める。

 そのとき俺に出会って興味を持ち、話しかけて、サポートの役割を得て今に至るというわけだ。

 

「しかし、タキギは私がAIであることを知っても態度を変えようとはしませんでした」

 

「あれだけ長く組んでて今更だしな? 別にお前が何か変わったわけでもないし」

 

「そうですね。そのようなものなのでしょうか」

 

「そんなもんだろ」

 

 以前、ハルフィールに尋ねたことがある。「もっとカウンセラーらしく活動しなくてもいいのか」と。そのとき彼女は「自分はやっと自由の身になったのだから好きなように生きる」的なことを言っていたが、今思えばあのときの彼女は少しばかり不機嫌だったような気がしないでもない。

 彼女は彼女なりにしっかり考えがあって、彼女なりの生き方をしているのだ。そのことを俺が改めて実感した出来事だった。

 

「それにしても75層ねえ。もうあと少しじゃないか。よくもまあ二年でここまで登れたもんだよな。一歩間違えれば死ぬってのに」

 

「25層毎のフロアボスはクウォーターポイントボスと呼ばれ、他の層のフロアボスより数段強力です。死者が出なければよいのですが」

 

「うげ、マジかよ。あーでも25層攻略のとき軍がそんなこと話してたような……。本格的なボス攻略は三日後だったか。エギル、無事に返ってくるといいなぁ」

 

「はい。私もそう思います」

 

「で、もしまた会えたらお祝いの品の一つでも持っていこうぜ。何がいいかな」

 

「明日タキギが釣り上げ予定の魚など如何でしょう」

 

「はは、生ものは予想外すぎるだろ! ま、明日豊作だったら考えてもいいかもな。料理して持っていって宴会でもしてやろう」

 

「これで明日タキギは手を抜くわけにはいかなくなりました」

 

「休日とは何だったのか」

 

 そんな何気ないやり取りを交わしながら俺とハルフィールは宿泊予定の宿へと歩みを進めていく。明日の朝も早そうだ。

 相変わらずぐにゃぐにゃと遠近がずれる見慣れた景色の中、ハルフィールの髪だけがやけに鮮明に映る。

 

 俺はふと目を瞑って、ハルフィールの方に少しばかり体重をかけてみた。

 

「…………?」

 

 ほんの少しばかりぐらついた彼女は不思議そうにこちらを振り返った――のだと思う。俺にはそれが分からない。が、彼女はくっと肩を持ち上げて何でもない風にまた歩き出す。

 俺はそれが何故だか可笑しくてくつくつと笑ってしまい、それを聞いた彼女がまた不思議そうに振り返る――。

 

 明日も明後日も、そのまた先もこのやり取りは続くのだろう。俺はハルフィールの肩を借り、ハルフィールは俺を連れ歩く。それがずっと続いた先に何があるのかを考えて、俺はその思考をそっと吹き消した。

 

 

 

 

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