アリーナの空には予想通りISを装着したオルコットさんの姿があった。
「遅れずに来たようですわね」
「まあね」
オルコットさんに返事をしつつ俺は彼女の姿を観察する。今彼女が装着しているのは、俺の機体より濃い青でカラーリングされたイギリスの第三世代型IS「ブルー・ティアーズ」で、手に持っているのは長距離狙撃にも適応できる光学銃「スターライトmkⅢ」。
うん。オルコットさんの装備は、俺が今日まで集めて研究をした彼女の戦闘データと同じもののようだ。今日までの努力が無駄にならなくて良かったよ。
「……四門さん。一つ提案があるのですが」
「提案?」
俺がオルコットさんの装備を確認しながらどう戦うかを考えていると突然オルコットさんが話しかけてきた。
「ええ。四門さん、貴方棄権する気はありませんか? 率直に言ってわたくしと貴方に戦う理由なんてありませんでしょう?」
「……え?」
オルコットさんは何を言っているのだろう? そもそもこの模擬戦をすることになった大本の理由って、彼女が俺に決闘を申し込んだからじゃないのか?
「……オルコットさん? 戦う理由がないって言うけど、一週間前に俺に決闘を申し込まなかった?」
「そうですわね。確かにあの日のわたくしは貴方の言葉に腹をたてて決闘を申し込みましたが、冷静になって考えてみれば先に暴言を言ったのはわたくしの方……その件に関しましては後程貴方を初めとする皆様にお詫び申し上げます。そしてわたくしの決闘を受けたのは貴方ではなく、横から首を出してきた織斑一夏さん……違いますでしょうか?」
「それはまあ、確かに……」
オルコットさんの言う通り、一夏が横から首を突っ込んできたから織斑先生も模擬戦をするように言い出したんだよな。……そう考えると腹が立ってきたな。一夏の奴、俺とお前の試合になったら覚悟しておけよ。
「四門さん。貴方があのボーダーでも名高き嵐山チームで研鑽を積んでいる事は知っていますが、それでもISの戦闘技術はわたしくの方が上で、この試合で勝つのも恐らくわたくしでしょう。戦う理由がない戦いで負けて、ボーダーと嵐山チームの名前に傷をつけるのは貴方も本意ではないのではなくて?」
あれ? もしかしてオルコットさんって、俺達ボーダーの顔を立てようとしてくれてる?
「……意外だな。てっきりオルコットさんはボーダーを否定していると思っていたけど?」
実際のところ、世間でネイバーの存在を認めず、ボーダーをインチキ組織だと否定する人間は少なくない。
ボーダーの俺が言うのもなんだけど「異世界からの侵略者と、それと戦って地球を守る正義の軍隊」なんて話、その目でネイバーを見なければ「何だよ、そのSF小説みたいな設定?」といった感じで信じてもらうのは難しいだろう。初めてネイバーが現れてからもう四年くらいの時が経つのに、いまだに外国ではボーダーを否定する人が多く、日本でも三門市から遠い場所ではボーダーに懐疑的な人がいるくらいである。
だから俺は目の前にいるオルコットさんもボーダーに否定的な人だと思っていたのだがそうでもないらしい。
いや、むしろ「あのボーダー」とか「名高き嵐山チーム」と言っているところを見るとむしろ好印象のように見える。
「あら、失礼ですわね。わたくしを真実を正しく認識できない方々と一緒にしないでくださいます? それにISに携わる者でしたらあの『クリスマスの悪夢』を知らないはずがないでしょう?」
俺の言葉に少しばかり機嫌を損ねた様子のオルコットさんが二年前に起こった事件を口にする。
今から二年前、世界は今以上にボーダーとネイバーに対して懐疑的であった。詳しい情報を掴んでいた各国の上層部は半信半疑ながらもネイバーの存在を認めたが、逆にボーダーの存在を認めようとせずに「異世界の技術に頼る組織など不要。我らの世界は我らの力で守る」と主張した。
そして国連はネイバーの技術であるトリガーを使わずともネイバーと戦えることを証明する為に、三門市に五十体を超える当時の最新鋭のISを派遣してネイバーと戦わせることにした。ネイバーが初めて現れた四年前の時も日本のISはネイバーに敗れたのだが、これに対して国連は「ISの性能は以前より格段に進歩しているし、その上今回は数も揃えて万全の準備をしている為負けるはずがない」と強気な態度を崩さずにいた。
しかし、そんな各国の予想、と言うより願いは大きく裏切られることになる。
十二月二十四日、クリスマスの夜。三門市に現れた比較的大きなネイバーの集団に五十体を超えるISが戦いを挑んだのだが、その結果は惨敗。国連の精鋭であるIS乗り達は大した戦果を挙げられず次々と墜とされていき、幸い絶対防御があった為IS乗り達に死者は出なかったが、多くの重軽傷者を出す事となった。
この夜の出来事は後に「クリスマスの悪夢」と呼ばれ、各国の上層部とIS関係者は「ISは確かに地球が生み出した兵器では最強だが異世界の敵には通じない。異世界の敵を倒せるのは同じく異世界の技術で作られた武器だけ」という認識を刻み付けられたのだ。
あと「クリスマスの悪夢」はIS関係者達だけでなく俺にとっても忘れられない事件でもある。二年前の俺はその頃既に賢と一緒に嵐山隊に所属していて、あのクリスマスの夜に俺達嵐山隊はネイバーに墜とされたIS乗り達の救助をしていた。
そしてその時の様子が各国のマスコミの目に止まって世界中に報道され、これをきっかけにボーダーのメディア対策室長の根付さんは嵐山隊をボーダーの「顔」とする事を考えたのだ。今考えるとあの時に受けたインタビューが嵐山隊の広報としての初仕事だったんだよな。
「それでどうしますの? 棄権なさいますか?」
「そうだね……」
オルコットさんの言葉に少し考える。
正直に言ってクラス代表者には興味がないし、オルコットさんの決闘を受けたのは一夏だし、彼女も一週間前のことを謝ってくれると言っているし、俺が戦う理由なんてほとんどない。……でも全くないってわけじゃないんだよね。
「悪いな、オルコットさん。せっかくの申し出なんだけど断るよ。せっかくのイギリスの国家代表候補生と戦える機会なんだ。そんな機会、一回たりとも無駄にはできないからね」
俺がこのIS学園に来たのは「高いトリオン能力を持つ適合者が操縦するIS」の様々なデータを採る為だ。だからオルコットさんのような実力者との戦いはより良いデータが採れる絶好のチャンスと言えた。
俺が両手に二挺のサブマシンガンを出現させて戦う意思を見せると、オルコットさんもそれに応えて手に持つビームライフルを構える。
「そうですか……。では、胸を貸してあげますわ」
『四門空色人対セシリア・オルコット。模擬戦開始!』
俺とオルコットさんが構えるとスピーカーから聞こえてくる織斑先生の声が模擬戦の開始を告げた。