ISの空中戦……思っていたよりキツいな。
それがオルコットさんとの模擬戦が始まってすぐに俺が感じた感想だった。地面や建物の上を走りながらの撃ち合いはボーダーでの防衛任務やランク戦でよくやっていたが、ISでの空中戦はそれより一味違っていた。
なにしろ走りながらの撃ち合いに比べて空中戦は前後左右に加えて上に下と、あらゆる方向に注意を払わないいけないのだ。いくらISのハイパーセンサーが死角からの攻撃を警戒して知らせてくれても、最終的にその情報を活かすのも殺すのも俺次第なのだ。
そして馴れない空中戦のせいか俺は狙っている箇所が分かっている攻撃を完全に避けることができず、何回かオルコットの攻撃を機体にかすらせてしまった。
……って! よく見たら翡翠のマント、コゲているどころか破けている箇所もいくつかあるぞ。これを見たら鬼怒田さん怒るだろうな……というか壊れていないよな?
「……ええい! そんな心配は後! 今は戦闘に集中!」
俺は気持ちを切り替えると両手に持ったサブマシンガンをオルコットさんに向けて撃った。サブマシンガンから発射された無数の弾丸は全弾命中とはいかなかったが、それでも何発かの弾丸は命中してオルコットさんのISの装甲とシールドエネルギーを削っていく。
オルコットさんがスターライトmkⅢを撃って、俺が両手のサブマシンガンを撃つ。
光の弾丸と鉛の弾丸の応酬。
お互いのISの装甲とシールドエネルギーを削る空中戦が十分ほど続いた時、ついにオルコットさんが行動を起こした。
「中々やりますわね……。ですが勝つのはわたくしですわ!」
オルコットさんがそう言うと同時に彼女の左右に浮かんでいる浮遊ユニットから四つのパーツが分離した。……ついにきたか。
オルコットさんのIS、ブルーティアーズはイギリスの第三世代型ISで、第三世代型ISというのは簡単に言うと「機体に特殊機能を搭載したIS」といったところだろう。
そしてブルーティアーズの特殊機能が今浮遊ユニットから分離した四つのパーツで通称「ビット」と言うらしい。「ビット」はオルコットさんの意思に従って動いて攻撃をする独立可動ユニットで、ブルーティアーズはこれを使う事で一体で多数の敵を相手にする事ができるのだ。
俺が集めたオルコットさんの過去の戦闘映像では、彼女はあの四つのビットを操って様々な方向からビーム射撃を行って対戦相手を沈めていた。
四つのビットが俺の周囲を取り囲みオルコットさんが勝利を確信した笑みを浮かべる。確かに過去の記録ではビットを出した彼女は必ず勝利していたが、俺も同じだとは思わないでほしいな。
「さあ、踊りなさい。わたくしとブルーティアーズが奏でる円舞曲で!」
オルコットさんの言葉を合図にビットからビーム射撃が放たれる。
最初は俺の背後に位置するビットが俺の背中を狙ってビームを放ち、その後は他の三つのビットが右足と右腕に左足に向けてビームを放つが、俺は機体を小刻みに動かして避けた。ああ、やっぱりだ。
過去の戦闘映像でも今の戦いでもオルコットさんは一回の攻撃で一つのビットしか使用しておらず、複数のビットでの一斉射撃はしていない。更に言えば彼女はビットで攻撃している時は全く動く素振りをみせていない。
ブルーティアーズの特殊機能がまだ未完成なのかオルコットさんがまだ慣れていないのかは分からないが、恐らく彼女はビットと連携したり複数のビットを同時に操作する事ができないのだろう。
なんだか視線で弾丸を誘導できる銃手用トリガーの「ハウンド」や、あらかじめ弾道設定できる銃手用トリガー「バイパー」を使うボーダーのC級隊員を相手にしている気分だな。C級のハウンド使いやバイパー使いは弾丸の操作に忙しくて棒立ちになる事も珍しくないからな。
オルコットさんが手に持ったスターライトmkIIIとビットから放たれるビームの連続射撃を俺がいくつかかすりながらも避けて見せると、彼女の顔から先程の勝利を確信した笑みが消えて代わりに焦りの表情が浮かぶ。
「そんな……! わたくしとブルーティアーズの攻撃をことごとく避けるだなんて……貴方はわたくしの攻撃が見えているのですか!?」
「ああ、そんなところだ」
「……え?」
俺の言葉が予想外だったのかオルコットさんが惚けた表情となる。そういえば「これ」はIS学園では誰にも言ってなかったっけ? まあいいか。どうせ隠すような事じゃないし。
「俺にはオルコットさんが一体どこを狙っているかが分かるんだよ。……俺のサイドエフェクトが教えてくれるんだ」
俺のサイドエフェクトの名称は「意識領域視認能力」。相手が意識を向けている方向と距離を“光”という形で視認するというサイドエフェクトだ。
このサイドエフェクトは使いこなしてみると戦闘では結構便利で、相手の意識の先を光として見れる為にボーダーのランク戦でも敵の奇襲を高確率で回避できたし、今もオルコットさんがどこを狙っているかを知って避ける事が出来たというわけだ。
「さ、サイドエフェクト!? あの、優れたトリオン能力を持つ人達の中でも選ばれた方にしか宿らないという超能力!」
俺がサイドエフェクトを使えると知ってオルコットさんが驚きの声をあげる。彼女、よくサイドエフェクトの事を知っていたな? サイドエフェクトなんて普通ボーダーの関係者でもなければ知らないはずなんだが。
「超能力はいくら何でも言い過ぎだよ。サイドエフェクトは確かに珍しいけど、空を飛んだり炎を出したりするいかにもな超能力を使える人なんて……」
『ぼんち揚げ食う?』
脳裏にこちらにぼんち揚げの袋を差し出してくる実力派エリートの姿が浮かび上がった。
……うん。確かに迅さんの未来視のサイドエフェクトは反則並みに強力で、超能力と言ってもいいよな。
「……一人知っているけどさ」
「一人いますの!?」
オルコットさんが更に驚いた表情になる。まあ、その気持ちは分かるけど……って、アレ? 驚きのあまりオルコットさんだけでなくビットの動きが止まっている。
「今だ!」
「えっ? しまっ……!?」
オルコットさんは慌てて対応しようとするがもう遅い。このまま一気にカタをつける!
「『鉛雀』発動! 当たれよぉ!」
俺は両手に持つサブマシンガン……ではなく、機体の両腕に取り付けられている銃口を向けて黒い銃弾を放つ。そして黒い銃弾はオルコットさんの体と四つのビットに命中した。
「きゃあああっ!? ……え? あ、あら? ダメージが、ない……?」
黒い銃弾を受けて悲鳴をあげるオルコットさんだったが、機体に何のダメージが無いのに気付いて自分の体を見る。だがそれはそうだろう。何しろ今の銃弾はダメージを与える効果はないからな。
「今の銃弾は一体……きゃあ!?」
言葉の途中でオルコットさんの体と四つのビットに突然黒い突起物がいくつも現れ、その直後に彼女とビットが空からアリーナにと落ちていく。
「あぐっ!」
アリーナの地面に墜落したオルコットさんの口から苦悶の声が漏れる。ISには操縦者の命を守る絶対防御があるが、それでも墜落のダメージは完全に消せなかったようだな。
「こ、これは……? 機体がうまく動かない? 一体どうして?」
オルコットさんは地面に墜落した姿のまま満足に身体を動かせずにいた。そう、まるで「身体全体を大量の重しで押さえつけられている」ように。
これがさっきオルコットさんに放った黒い銃弾「鉛雀」の効果。鉛雀は当った箇所に高重量の突起物を作り出す特殊なエネルギー弾で、直接的な攻撃力はないが、当たればISの動きですら容易く封じる事ができる。
俺のIS、翡翠は「高いトリオン能力の持ち主がISにどの様な影響を与えるか」を調べる実験機であると同時に「ISの武装でトリガーの効果をどこまで再現できるか」を実践する実験機でもある。
そして鉛雀はボーダーのオプショントリガー「鉛弾」の効果を再現した特殊装備なのだが、あのオルコットさんの様子を見るにどうやら効果は上々のようだ。ただの量産型ISの打鉄をこの翡翠に改造して、鉛雀の機能を取り付けたのはボーダーの開発室長の鬼怒田さんなのだがいい仕事だよ。
というか鬼怒田さんって凄すぎない? 初めて俺に翡翠を渡した時に「ISなんて初めてイジるから多少手こずったわい」と言っていたけどそんなレベルの話じゃないよね?
もうこの翡翠ってば特殊装備がついているし、第二世代型の改造機というより充分第三世代型で通用するんじゃない? というより鬼怒田さんが日本政府に技術提供したら日本の第三世代型ISが完成して、そっちの方が俺がデータを提供するよりもボーダーの財政が潤うんじゃないの?
「それでどうするオルコットさん? 続ける?」
「……嫌味な方ですわね、四門さんは。この様な状態で戦えるはずないでしょう? ……はぁ。降参ですわ」
高度を下げてオルコットさんに近づきながら聞くと、彼女は大きなため息を一つ吐いて自分の負けを認めた。