話自体はかなり前に出来ていたのですが、後の展開の都合や読みやすさを考え、修正をかなり入れました。ひょっとするとどんな話だったか忘れている人もいるかもしれませんが、これを見ながら思い出してくださると嬉しいです。
かつてロヴロから聞いた話を思い出す。
「その男は全ての暗殺者の中で最も技術が低い。誰の目にも触れないように動く技術も、標的に気づかれない技術も持ち合わせていない。猪突猛進、正面から堂々と標的を殺す事しか出来ない男だ」
「それって殺し屋として成立してんの?」
「いま君が考えた通り、標的に気づかれたら暗殺の確率はほとんどない。寧ろ諦めて逃げる策を練らなければならないのが普通だ。だがその男は逃げるような行動は取らない。そして相手を取り逃がした事もない」
それを最初に聞いた時、なんだそのバカな話は、と思った。かなり警戒している標的を殺す事の難しさは素人でも分かる。それどころか不可能と判断してもいいレベルだ。それで成功させるとか、性能が飛び抜けているとしか言えない。
けど、それ以上に驚いている事がある。
逃げないというところだ。
暗殺を仕掛ける場はいわば命のやり取りだ。失敗すれば死ぬ事だって当然のようにあるし、そうでなくても大きな怪我をする可能性も高い。
失敗する確率が高いと思えば、普通は逃げる。失敗した時のリスクは明らかだ。死ぬとなると恐怖を感じてもいい。
だから信じられなかった。そんな状態でも逃げようとしない奴がいるという事を。
それが出来るのは、よっぽど自分の腕に自信があるか。
あるいは、恐怖という感覚に鈍いのか。
◇
未だに頭の中が綺麗に整理されていない。内側がゴチャゴチャしている部屋見たいだ。それほど、目の前の事実に納得していない。
俺と黒崎が戦っている間に現れたあの長身の男。特に意味のある言葉も出さないかと思いきや、突然黒崎を斬った。
得体が知れない、というのが一番表現できている気がする。
何より信じられない。
この男が、ロヴロが言っていたタンクであると。
どんな状態でも必ず目標を達成させる暗殺者だと聞いていた。凄腕の暗殺者であることは間違いないから、かなり威厳のある人物を想定していた。それこそ、黒崎みたいに。
けど目の前の男は威厳を感じない。それどころか、どこか幼稚さを感じる。さっき喋っていた言葉も意味が全くないうめき声だったし、目標を見誤るところから見ても自律できている様子は全く感じない。
「ぐっ…!」
先ほどタンクから攻撃を受けた黒崎が苦しそうな声を出しながら地面に膝をついた。斬撃を受けたことを示すかのように、腹から血が出ている。もっと言えば服も破れていた。
「黒崎…その体…」
視線が目の前にいるタンクから黒崎に変わる。ほんの少し変わった程度だ。そんなに時間は経っていない。
「意識を逸らすな!!」
大声で怒鳴られ、視線を戻す。するとわずかに距離があったタンクがもうすでに目の前だった。
「ちぃっ!!」
コッチに伸びてくる手を避けるために体を横にズラす。心臓を貫こうとした手は俺の腕の肌に当たった。
腕に軽く痛みが走る。見ると腕から血が出ていた。やっぱり血が出てくるのを見るのは嫌だな…
それにしても、当たっただけで血が流れるなんて普通はありえない。っていうことは…
「…やっぱり気のせいじゃねぇ。指が刀になってやがる」
コッチに手が迫ってくるときに、指が尖っているようにも見えたけど、どうやら見間違いじゃないようだ。アレは指が刃物になっているんだ。
コイツ、いわゆる改造人間か?体に機械を仕掛けたというやつ。話は聞いたことあるけど、まさかそれを目の前にするとは。
色々考えているうちに、タンクがコッチを向いている。ボヤボヤしている場合ではないと察し、ナイフで防ぐ構えをしておく。刃物というならそれこそ刃物で対抗できる。
『そのナイフ、邪魔だな。奪い取れ』
…さっきの声…?一体どこから……?
「…ウアア…!」
タンクがコッチに手を伸ばす。けどさっきと違い、手のひらをコッチに向けている。それは俺の手を狙って……
《ガシッ!!》
「…な、に…?刃物を直接…?」
恐ろしいと思った。何しろタンクは俺の手に持っているナイフを直接握っている。刃物になっているのは指だけであり、手のひらは普通の手だ。痛くないわけがないし、ナイフを握っているところからは血が出ている。
攻撃されたわけではないのに鋭い痛みを感じる。目の前の衝撃的な出来事に、痛みを感じてしまうようなやつだ。
動揺している間にナイフをアッサリ抜き取られた。信じられない現象を見て思わず力が抜けてしまったみたいだ。ナイフを抜き取られた事すらも気づかなかった。
《ゴスッ!》
「ぐふ!?」
腹に鋭い痛みを感じ、後ろによろめく。さっきと同じ場所であるせいか余計に痛い。吐き気がしそうだ。
不味い。戦闘能力が違いすぎるし、何より武器を失った。このままだと殺されてしまう。
《ボフン!!》
「っ!?煙幕…!?」
突然煙が出てきて、目の前の視界が一気に見えなくなる。煙幕といえば、確か奥田がこの研究をしていた気がする。いまはそれを簡単に出来るものを作っているとか言っていたな。
『くそ!なんなんだコレは!何も見えん…』
タンクも…いや、タンクに指示を出していた奴も混乱している。この煙幕はタンクとかの仕業じゃないみたいだ。ということは…
「ちぃっ!!」
よく分からないがいまが好機という奴だろう。煙幕で俺の姿が見えなくなったんなら、敵に気付かれずにその場を離れる事が出来る。
振り向いてそのまま足を進める。後方には建物から出るための扉があったはずだ。煙幕がなくなる前にそこを通って建物から出る。
◇第三者視点
学真が建物から出た。視界を遮られてしまい、それを目撃したものはいない。
煙が晴れると、そこには黒崎とタンクだけが残っていた。タンクは呆然と立っており、黒崎は膝をついていた。どちらも話しかけようとせず、黒崎の苦しそうな声だけが響いている。
「どうやら失敗したみたいだな」
その沈黙を1人の男が破った。その建物の中から1人の男が出てきた。
「アルフ…」
シルクハットを被ったその男の名はアルフである。彼は黒崎たちが戦っている様子を、建物の中から見ていたのだ。黒崎たちに加勢することなく、傍観しただけである。
「折角の機会だったのだがな。チャンスはいくらでもあるがな」
少し残念そうに語る。彼はこの場で学真を仕留めるつもりだった。
計画に大きな狂いが出るわけではない。ほんの少し手間がかかる程度の事だ。しかし出来る事なら最小限の手間で済ませたかったのが彼の本音である。失敗したものはしょうがないが、表情からは落胆が隠しきれていなかった。
「しかしどういう事だ黒崎。先ほどあの少年の逃走を助けたようだったが」
縁の陰に隠れている目が黒崎の方を向く。静かな口調とは裏腹にその目線は怒気が籠っていた。
彼は黒崎が煙幕を出しているのをその目で見ていた。明らかに学真を逃がそうとしている動きだ。そのような行動をとった黒崎にその真意を尋ねるのは当たり前である。
「それだけではない。そもそもなぜあそこにいた?タンクが来るより前にあの男をここから追い出そうとしていたようにも見えたが…」
もともとは、タンクに学真を仕留める予定だった。しかしその場に黒崎がいたため、タンクは間違えて黒崎を襲ったのである。なぜ予定にない行動をとったのか、黒崎に問い詰めた。
もしや裏切りを考えているのではないかと、アルフは疑っている。それをアルフは許さない。裏切りは彼の1番嫌う行為なのだ。
「もし殺したら大騒ぎになるだろう。今のE組の状況は教えたはずだ」
黒崎は端的にそう答えた。腹の痛みに堪えながら、アルフを睨みつける。
もちろん彼も知っている。椚ヶ丘中学校3年E組の担任をしている超生物の事を。その性能も、そして性格も知らされている。
もし3年E組の生徒が殺されたとしたら、怒りの感情を抱きながら彼らの前に立つ。それを抑え込む術は今の所ない。
だからあえて学真を見逃したのだと黒崎は言った。
「…なるほど、それなら良い。お前が我らを裏切るなど、あってはならない事だからな」
アルフはそれ以上深く探ろうとはしなかった。黒崎の言うことを全て信用したわけではない。苦し紛れの言い訳という可能性も十分にあり得る。
しかし、筋は通っている。怪物の暴走を止めるためだと言われれば認めざるを得ない。例えそれが目的であったとしても。
「さぁ、計画を続けるぞ。我らの野望はもう直ぐだ。またE組はここに来るだろう。その時こそ彼らが地獄を見る番だ」
ニタリ、と笑いながら大声で語る。指揮を取るときに大声でカッコよく叫ぶのが彼の癖である。
いずれE組の生徒たちがここに来るだろうと予測している。その生徒の1人が来たのだ。校舎に帰り、今度は人数を揃えてやってくるだろう。
それをアルフは待ち望んでいた。楽しみにしていたものが明日来るかのような心持ちである。
◇学真視点
「ハァッ…もう、追ってこないな…」
ようやく目的の駅についた。コッチに来る時に使った駅はあの時と全く変わっていない。
息を整える。一心不乱に走り続けたせいか、息切れが激しい。体力を使うのはかなり苦手だというのに。まぁ人混みが多いところまで来れば、追っ手は近づけないだろう。
「さて、と…」
確信がついた。やっぱりなんかある。さっきも何だかんだ黒崎に助けられたし。
従わないといけない理由があると見たほうが良さそうだ。だから俺たちの前に立った。
俺たちの敵になったわけじゃないと分かれば、後は落ち着いて対策が取れる。それが分からないと落ち着かなくてそれどころじゃなくなるしな。
「それにしても、あれがタンクか…」
腕にもう片方の手を押さえながらぼやく。改造されている体に加えて、恐怖をあまり感じない精神とか厄介すぎる。タンクに指示を出していたあの声も要注意だ。
とりあえずは命があったことを良しとしよう。この程度の怪我ならどうって事ないし、何より被害を受けたのが俺1人だ。結果的に他の人を連れて来ないのは良い判断だったか。
「それが、私に黙っていた理由?」
「まぁ、心配をさせるわけにもいかなかった、し……」
寒気を感じる。追っ手から流れて助かったと思っていた心が鷲掴みされたような感覚だ。
何度も聞いたことがある声、しかし雰囲気はいつもとは明らかに違う。どこからどう聞いても怒っている声だ。
なぜだ、なんでこの場所でその声が聞こえる。そんなことないはずなのに…
後ろを見ると、思った通りの人物がいた。俺と同じクラスでありながら、俺の恋人でもある桃花だった。いつもは優しそうで明るい笑顔をしている彼女だが、今の笑顔は殺意以外が全く感じ取れないものだった。
「と、桃花さん…?なんで……?」
「律から連絡があったんだ。学真くんがここを目指しているって言われたんだよね。用事ってこのことだったんだ」
しまったーーー!!律に伝えれば、E組全体に伝わる可能性があるんだったーーー!!!
忘れていた。律は生徒でありながら俺たちと違う世界で生きている存在だった。何しろ携帯に『モバイル律』という名のデータインストールが出来る彼女なら、伝達事項を伝えるのもお手の物だ。
それぐらい予測して然るべきだったのに…どうしてこういうミスをしてしまうんだ俺ってやつは…
「私たちに黙って勝手に行動するとかどう考えてるの?しかも怪我をしているし…」
「ま、待ってくれ…!別に黙ってとかじゃなくて…」
焦りながら弁明を開始しようとするが、もはや何をしても無駄だと分かった。将棋でいえば、詰みというやつだろう。
「
「は、はい……」
駅の中で正座をさせられ、俺は桃花の説教を受けていた。周りの人の視線が凄い気になるが、そんなことを口に出す度胸は当然なく、ひたすらお叱りの言葉を受けたのだった。