浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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球技大会編最後、かなり長めです。


第31話 球技大会の時間⑥

俺は今、バッターボックスにいる。バッターなのだからそんな事言わなくてもわかっているかもしれない。そう、間違いなくバッターボックスなのだ。

けど俺には、悪魔の巣窟にしか見えなかった。目の前には強化ならぬ狂化された進藤、それと同様の野球部全員が直ぐそこまでいる。殺気がビシビシ伝わるせいで、今にも命を狙われているような錯覚がさっきから起こっている。

結局のところ、これは野球とは程遠い。まるで悪魔退治だ。

 

『さぁE組の次の打者は理事長の息子でありながら地べたまで堕落していった男の登場だ。間抜けなスイングだけは止めておけよ〜』

 

…あのメガネ殺す。

 

やがて進藤が振りかぶって第1球を投げた。投げる姿もバケモノじみてるぜ…

俺はそんな進藤に恐れる事なくバットを振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

《ブン!》

 

 

 

 

 

「ストライーク!」

 

『あぁっと空振り!あんなノロマスイングで進藤くんの投げる球に当てれるわけなし!』

 

 

 

……!恐らく人生で最大の屈辱だ。自信満々に振りかぶって空振りとか恥ずかしい。

にしても…体感的には140kmとは思えない。親父の洗脳のせいで限界以上の力を出せているのか?150kmと言っても不思議じゃない。

すると第二球が投げられる。クソが…容赦ねぇな、コイツ…

 

《ドバン!》

 

「ストライクツー!」

 

『さぁ追い込んだぞ!2者連続三振間際だ!』

 

 

…次の球もど真ん中に入った。音がウルセェ…

 

けど…

 

 

 

 

 

 

 

そうか…

 

 

 

()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇三人称視点

 

 

今のでストライクが2本目だ。次がストライクになればアウトとなる。ピンチだ。

 

 

「やばい…学真くんが打てなかったらツーアウト…もう後がないよ…」

 

 

茅野の言う通りだ。次に空振りすれば学真はアウトとなり、ノーランナーツーアウトで点を取るのは難しくなる。観戦している女子も、共に戦っている男子も不安が高まった。

 

 

 

だが、1人…いや、1匹は笑った。

 

 

 

(どうやら…勝つ見込みが立ったようですね)

 

 

殺せんせーが笑う中、進藤が第3球を投げる。さっきからの流れで次も空振りとなるだろうと見込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

《カァァァァン!!》

 

 

 

 

 

だがそのボールは、バットに当たった。

 

 

 

 

 

 

 

『え…打った!?あ、いやファール!?…当たった?そんな…マグレか?』

 

 

 

当たったボールはフェアゾーンの外に飛んでいったが、ボールに当てたという事態は全ての生徒を驚かせるのに充分だった。

 

 

 

一方の学真は、至って冷静な表情をしていた。

 

 

 

 

◇学真視点

 

当たった、か…思った通りだった。やっぱりど真ん中だったな…。

今の進藤は考える余裕がない。頭には、相手を捻りつぶす事だけがあり、体はそれに従って動いている。

 

という事は、ど真ん中のストレート以外の選択肢が無いってわけだ。

 

しかも進藤は一流のピッチャーだ。投げる球の安定性はかなりあるといっていい。ほとんど…ていうかほぼ同じ場所にボールを投げれる。逆に言えばボールがブレる事はほぼ無い。

ボールが来る場所が分かれば、あとはタイミングの問題だ。ボールが来る瞬間に合わせて真ん中にバットを持ってくる。そうすれば当てる事は出来る。

賭けみたいな戦略だが、俺の選択肢はこれしかない。そこにボールが飛んでくると信じてバットをただ振る。左手は握りしめるだけ!

 

《ガキィィィン!》

 

『ま、またファール!?ホントに…当てているのか…』

 

当たり前だ。 中々入ってくれねぇけどお陰で慣れた。今度はかっ飛ばせるぜ。

 

 

「…来い、進藤!」

 

 

「ふざけるな…!捻り…潰す!」

 

 

進藤は体全体を使って渾身のストレートを繰り出した。多分今までの中でスピードが出てる。

 

 

進藤、お前は言ったな。この2年間で俺とお前に決定的な差が生まれたと。

全くその通りだ。お前はこの2年間、自分を磨き上げてた。こんな豪速球を投げるレベルまでに。

対して俺はこの2年間、何も出来なかった。お前みたいに必死になれるものなんて無い。何もかも中途半端だった。

野球ではお前に敵わない。それは間違いないだろう。

 

 

けどそれでも、俺にもプライドがある。

 

 

 

 

 

 

この1球だけは、何が何でも打つ!

 

 

 

 

 

《カッキィィィィィン!!》

 

 

 

 

当たった。大きく、高く鳴り響く金属音と腕にビリビリと響く衝撃がそれを証明している。俺は、バットを置いて塁を駆け出した。

 

 

◇三人称視点

 

『な!?進藤くんのストレートが…打ち返されたぁ!』

 

 

学真がボールを打ち返す、その事実が実況をしている荒木だけでなく、本校舎の生徒の度肝を抜いた。しかも、外側まで大きく飛んでいる。現在の野球部の前進守備では大穴だ。

 

「と…取れ!」

「決めさせるな!」

 

本校舎の生徒らは声を荒げている。野球部は外野が必死でボールを追うために後ろに下がっている。

 

「走れぇ!学真!」

「頑張れぇぇ!」

 

一方のE組は学真を必死に応援している。応援の声は聞こえてないが、学真は全力で走っている。1塁を踏んで2塁に向かっていく。

 

『ぼ…ボールはフェンスに直撃…守備位置から大きく離れてしまい、野球部が大きなタイムロスを食らってます!』

 

野球部も必死で追いかけているもののフェンスに当たったボールまでかなりの距離がある。それを拾うのにもかなりの時間がかかってしまう。そうしてる間に学真は2塁を回った。

 

『が…学真が3塁へ走っていく!野球部も漸くボールが拾えた…3塁に投げても間に合わない!』

 

漸くボールを拾えた時には学真は3塁近くにいた。このまま行けば三塁打は確実だろう。

 

 

だが学真は3塁を踏んだ後、止まらずバックホームに向かって走った。

 

 

『な!?まだ走るのか!?まさか…ランニングホームラン狙いか!』

 

 

学真は三塁打ではなく1点取る事を目標にしている。その為に学真は走る足を緩めなかった。

 

『これはチャンスだ!バックホームに投げれば、学真をアウトに出来るぞ!ボールを拾ったライトの選手、ホームに向かってボールを投げたァァ!』

 

外野が投げたボールはかなり飛距離があった。一旦セカンドあたりに渡してそのままキャッチャーにボールを渡す戦法だが、その勢いが凄まじくあっという間にセカンドがボールを取った。

セカンドはそのままキャッチャーに向かってボールを投げる。学真がホームにつくより先にキャッチャーにボールを取られるとアウトとなり点を得る事は出来ない。だが…

 

 

(なめんじゃ、ねぇぇぇ!!)

 

 

最後の最後に、学真は渾身の力を振り絞ってホームに滑り込む。土煙が散漫し、大きな音を立てながらホームに足がついた。その勢いにキャッチャーは動揺してボールを取り損ねてしまった。

 

 

『あ!…嘘…だろ…』

 

 

 

キャッチャーがボールを取り損ねてしまい、学真の足はホームについている。この状態では、疑いようもなかった。

 

 

 

『E組…1点追加…』

 

 

学真はランニングホームランを達成し、E組に1点追加されて4対2になった。

 

 

 

「えぇぇぇ!!?」

「マジかよォォ!」

 

本校舎の生徒はかなり悔しがっている。E組に1点取られたのだから。

 

 

「うおおお!」

「やったぜ学真!」

 

E組のみんなは歓喜した。野球部から1点もぎ取ったのだから。

 

 

 

学真が1点取ったため、E組が一歩リードした。士気が高まり、表情も明るくなってきた。

 

 

だが、その様子は一気に激変することになった。

 

 

 

 

 

 

「…て、おい…アイツ、どうしたんだ?」

 

 

次の打者である杉野が、バックホームを指差して言った。その先の様子に、殆どの者は唖然としている。

 

 

 

 

 

「…学真くん?」

 

 

 

バックホームを踏んだっきり、学真はピクリとも動かなかった。バッタリと倒れこんでいるように。

 

 

 

 

 

 

「…ッ!まさか!」

「…学真くん!」

「学真!」

 

 

E組の男子が、倒れている学真の元に駆け寄った。観客として見ている女子も、心配そうに見つめている。

 

 

 

 

◇學峯視点

 

見事だった。学真の動きを見てそう言わざるを得ないだろう。私も、彼が進藤くんのボールを外野に飛ばせるとは思っていなかった。

だが、こうなる事は予想していた。見る限り、E組の生徒たちは意外そうにしているようだが、それは学真の事をよく知っていない証拠だ。

 

 

 

学真は、体力が無い男だ。

 

 

もともと体が弱かった。それゆえに身体能力では周りの人と大きく差がついてしまった。1年のころの野球部でも、とある道場でも、彼はかなり置いていかれていた。

いま標準並みの身体能力を得てるのは、子どもの時からの訓練の成果だ。だが、持久力に関してはそれほど伸びなかった。短期ならまだしも長期戦は彼の苦手分野だ。全力で体力を浪費すれば、一気に崩れる。

塁間距離は27.431m、4倍すると109.724m、膨らみも考えれば、およそ120m。その距離を全力疾走して耐えれる体力は、学真には無い。ましてこの気温、普通の倍の体力は使っている。

殺せんせー、あなたの采配ミスだ。彼はスタメンでは無く…とっておきとして温存するべきだったのですよ。

 

 

 

 

◇学真視点

 

必死に走った。走りきった。そのお陰で、1点もぎ取ることが出来た。

だが、糸が切れたかのように体が動けなくなった。体だけじゃ無い。意識も危うい。目の前がクラクラする。

しかも滑り込みなんてしたせいで頭打ったし…頬も切れてる。土も若干飲んだようでかなり不味い。

 

「…!…くん!」

「…!学真!おい!」

 

この声は…クラスメイトか…そうだ、まだ試合は終わったわけじゃ無い。

何とか腕を必死に動かして起こそうとするが、立ち上がる事は出来ず、座り込んでしまった。

 

「学真くん、大丈夫!?」

「あ…ああ、大丈夫…だ…」

「嘘つけよ!顔色悪いぞ!」

 

俺を囲んで、全員が俺の様子を心配そうにしている。顔色悪いのか、俺…くそ!試合が終わるまでは持つつもりだったのに…!

 

「…交代です。学真くん」

 

…!いつの間に、殺せんせーが足元に…!

 

「…いや!俺は、まだ…!」

「学真くん、この試合に勝つために、君はかなり練習をした。この試合でも全力で臨んでくれた。それだけこの試合に真剣だという事は、物凄くわかります。

けどね…自分の体が壊れるほどの無茶はしてはいけません。君の命、君の体は何よりも尊い。勝つためと言っても、君の体を犠牲にする事は、先生は許しません」

 

…俺は口を閉ざした。殺せんせーは真剣だ。我がまま言ったら、この先生は絶対に怒る。

 

 

 

ここで…リタイヤかよ…

 

 

 

 

 

悔しがる俺の顔に、殺せんせーの触手が触れた。

 

 

 

 

「信じなさい。君の仲間を。少し前だったら君は無茶をしないと行けなかったかもしれません。でも、いま君には沢山の仲間がいる。君が困った時は、君の仲間が助けてくれます。この試合、あとは君の仲間に託しましょう」

 

 

 

 

 

 

仲間…?

 

 

 

…仲間、か…

 

 

 

 

 

そうか…

 

 

 

 

 

「……分かった」

 

 

 

 

 

今度は、迷わなかった。殺せんせーに言われた通り、あとは俺の仲間に託そう。

 

 

 

 

 

「…頼む」

 

 

 

 

 

E組のみんなに、話しかけた。返事があったわけじゃ無いけど、みんなの顔は…拒否とは程遠い様子だった。俺はそのまま、前原にベンチまで運ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、菅谷が代わって試合が続行された。進藤の豪速球を打てるものはいなかったため、3回表は1点追加で終わった。

 

いよいよ最後、野球部の攻撃。これさえ凌げば…

 

 

 

 

『あーっとバント!今度はE組が地獄を見る番だ!』

 

 

…ハァ!?

 

 

『野球部、バント地獄のお返しだ!同じ小技なら野球部の方がはるかに上!そしてE組の守備のほうはざる以下!楽々セーフ!E組よ、バントとはこういうものだー!』

 

 

…くそ!親父の戦略か!普通なら野球部が素人にバントなんてあり得ないのに、さっき俺らがやったから『手本を見せてやる』という大義名分がついたんだ。

これじゃあ杉野の変化球も意味をなさない。次から次にバントで抜かれていく。守備も練習してないからアウトにできないし…どうすんだよこれ…

 

「大丈夫です。言ったでしょう。仲間を信じなさいと」

 

ぬおおおい!!?サラッと俺の背後に出るな!俺の影に隠れてるつもりかよ!

 

「だ…大丈夫って、次のバッターは…」

 

3人にバントされてノーアウト満塁。この状態でバッターボックスに立つのは…

 

 

 

『ここで迎えるバッターは…我が校が誇るスーパースター進藤くんだァァ!!』

 

「踏み潰してやる…杉野ォォォ!!」

 

 

親父の洗脳がガッツリ効いている進藤だ。バットもなんかの凶器に見える。悪魔なんて生温い、モンスターだよアレ。

 

「あの調子だとホームラン疑いなしだぞ…どうすんだ」

 

なんか策があるのかと尋ねようと殺せんせーがいた方を見る。すると、あのタコはいなかった。

 

 

 

「おいいいい!?どこ行ったんだよあのタコォォォ!?」

 

「あなたの後ろです」

 

「ぬおお!!だから急に出てくんな!今の数秒どこに行ってた!」

 

居なくなったと思ったらまた現れた。なんでいたりいなかったりするんだこのタコは。

 

 

「カルマくんのところですよ。さっきの彼の挑発が活きる時が来たので」

 

…さっきの挑発が?どういうことだ?それ…

 

 

 

『!!こ…この前進守備は!?』

 

 

突如実況の声が変わった。その正体はグラウンドを見て分かった。バッターの進藤の前方近くに、カルマと磯貝が立っている。

 

「明らかにバッターの集中を乱す位置で守ってるけど、さっきそっちがやった時、審判は何も言わなかった。文句無いよね、理事長?」

 

そうか、本当なら打撃妨害という事で引っ込めることは可能だが、さっきのカルマのクレームを却下した以上、審判も観客も目を瞑る以外の方法は無い。観客に至ってはあそこまでボコスコに言ってたし。

 

「…ご自由に、選ばれたものは守備位置くらいで心を乱さない」

 

親父はまだ余裕そうだ。その程度で乱されないほどの集中力を進藤に叩き込ませてるからこその自信なんだろう。この程度じゃダメというわけだが、どうするんだ?

 

「へぇー、言ったね。じゃあ遠慮なく…」

 

 

 

 

……うえ!?

 

 

 

『ち…近い!前進どころかゼロ距離守備位置!振ればバットが確実に当たる位置で守ってます!』

 

 

 

し…進藤の目の前に立ってるだと⁉︎いや、確かにバットが当たる距離だとどんな集中でも冷めるだろうけど、あそこに立とうなんて、俺には怖くて無理だ。

 

 

「…は?」

「気にせず打てよスーパースター、ピッチャーの球は邪魔しないから」

「フ…くだらないハッタリだ。構わず振りなさい進藤くん。骨を砕いても、打撃妨害を取られるのはE組の方だ」

 

唖然とする進藤にカルマは煽り、親父は命じる。気にせず打つのも構わず振るのも無理があるだろ。バットが当たるかもしれないのに。

 

そして杉野が第1球を投げた。進藤はビビらせて2人を退かせようとバットを大きく振った。

だが2人は、顔だけ後ろに下げてギリギリ躱す。ウワァ…見てる方が怖い。

 

「2人の度胸と動体視力はE組の中でもトップクラス、バットを躱すだけならバントよりも簡単ですねぇ…」

 

…正直凄いと思う。磯貝もカルマも体術でかなり優れてる事は知ってたが、あんなのが出来るなんて思わなかった。

 

 

「ダメだよそんな遅いスイングじゃ。次はさ…

 

 

 

 

 

 

殺すつもりで振ってごらん?」

 

 

 

更にカルマは追い詰めた。この時点ですでに、進藤は理事長の戦略についてこれてなかった。ランナーも観客も、野球の形をした異様な光景に呑まれていた。

 

 

 

 

「…う、うわぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

杉野が第二球を投げたが、震えている進藤はまともなスイングが触れずに、微かにバットにボールが当たった。ボールは弱く地面にバウンドする。

 

 

 

「渚くん!」

 

 

カルマがそのボールを取ってキャッチャーの渚に投げた。渚がキャッチして3塁ランナーがアウトだ。

 

 

「渚そのボールを3塁へ!」

 

 

渚は言われた通り、3塁にボールを投げる。焦った2塁ランナーが走るも間に合うはずもなくツーアウト。

 

 

「木村、次は1塁へ!進藤は走ってないから焦んなくていいぞ!」

 

 

バッターボックスでは進藤がへたり込んでいた。まぁ…無理も無いよな。木村は1塁にボールを投げる。コロコロと転がりながらもファーストの菅谷がボールを取ってスリーアウト…

 

 

 

『げ…ゲームセット…なんと…なんと……E組が野球部に勝ってしまったァァ!』

 

 

 

…勝った。勝っちまった。疑ってたわけじゃ無いけど、信じられない気持ちだ。

 

 

 

 

「きゃー!やったー!」

「男子スゲェ!」

 

 

応援に来ていた女子の歓喜の声が聞こえる。

 

親父は、表情を変えずにグラウンドから去っていった。

 

 

 

「中間テストと合わせると一勝一敗ってとこですね。次は期末でケリをつけることになるでしょう」

 

見てた人は分からないだろう。親父と、殺せんせーの…数々の戦略のぶつかり合いを…

 

 

ああ、勝ったんだ。勝つつもりで戦ったんだ。喜ばしいことじゃ無いか。

 

 

 

…けど、なんでかな。

 

 

 

「最後まで戦えなくて悔しい、ですか?」

 

 

 

…やっぱりこのタコには見透かされてるようだ。

 

 

「ああ、悔しい。あいつらと最後まであの場で戦っておきたかった。けど出来なかった。

仕方ないのは分かっている。あのままグラウンドに立てば、取り返しのつかない事になってたかもしれない。だから交代そのものに不満は無い。

何だかな…勝った、て実感が無いんだ。杉野は最後までボールを投げ通した。カルマと磯貝は、野球部を追い詰めた。

俺は1点入れただけだ。それも正直、意味があったかどうかも分からない。入れなくても、この試合展開なら勝てたかもしれない。

俺は結局、勝った気がしないんだ。やっぱり…悔しいんだ」

 

正直に話した。カッコ悪いかもしれないけども、満足出来なかったんだ。必死で練習した俺の数週間は何だったのか。

 

「学真くん。確かに今回は不本意だったかもしれません。自分が思ったほど活躍できずに、最後まで戦えなかった。後悔も、結構あるでしょう」

 

すると、殺せんせーが話してきた。真剣な話だから、真剣に聞く。

 

「それは、よくある事です。全力を注いで練習した。試合中も全力で挑んだ。それでも成果が出なかった。終わった後に後悔しか残らない事もあるかもしれない。

そういう時は、こう思いましょう。『こういう日もある。今度は全力を見せてやろう』と。

この悔しさを忘れろ、と言ってるわけではありません。その悔しさは、次にぶつけて下さい。次は満足する結果が得られる、とは言いませんが、いつかその時が来ます。この試合のために全力で練習してきた君なら、君が本当に満足する物が得られると、私は確信してますから」

 

…『いつか』か。根拠が無い論拠だな。けど…真剣にそう言ってくれると、何故か信じてしまう。

 

「…親父より親バカだな、殺せんせー」

「ヌルフフフ、あながち間違ってませんねぇ。

それにね。この試合で君の頑張りの意味ならありますよ。だってホラ…」

 

言ってる事が分からずに、殺せんせーが指差している方を向く。

 

「がくしぃぃぃん!」

「ぬお!?」

 

おい!?前原とかが俺に突っ込んでくる!避けきれ…ゲホ!

 

「がは!…テメェら!一体…うご!?」

「そう暗い顔すんなって!あのホームラン凄かったぞ!」

「うん!カッコ良かったよ、学真くん!」

 

前原も矢田も俺を励ましてくれてるが待て…テメェら俺が苦しそうにしてるのが見えねぇのかよ!

 

 

 

 

 

 

 

「君の全力は、皆さんの心に届いたのですから」

 

 

 

 

◇三人称視点

 

 

バッターボックスで、進藤は未だに座り込んでいる。気がつけば敗北していた。その呆気なさに愕然としている。

 

「進藤」

 

そんな彼に杉野が声をかけた。

 

「ゴメンな。ハチャメチャな野球やっちまって。でも分かってるよ。野球選手としてお前は俺より全然強ぇ。これで勝ったなんて思ってねぇよ」

「だったら、何でここまでして勝ちに来た。結果を出して俺より強いと言いたかったんじゃないのか」

 

進藤は納得しない様子で杉野に言った。強さを証明するためじゃないのに、何故ここまでして勝ちに来たのか、彼には分からなかった。

 

「んー…渚や学真は俺の変化球練習に付き合ってくれたし、学真は俺に協力して必死に練習してきてくれたんだ。カルマや磯貝の反射神経とかみんなのバントの上達ぶりとか凄かっただろ。

けど結果出さなきゃ上手くそれが伝わらない。まぁ要はさ。

ちょっと自慢したかったんだ。昔の仲間に、今の俺の仲間の事」

 

進藤は少し驚いた。自分の事を仲間と言った杉野に。先日見下した発言をしたにも関わらず。文句のつけようもなく進藤は微笑んだ。

 

 

「覚えとけよ杉野。次やる時は高校だ」

「おう!」

 

 

こうして、野球部との試合は終わった。昨日の敵は今日の友という言葉があるように、敵として戦いあった進藤と杉野には、昔のような絆が再び芽生えた。

 

 

 

 

 

 

 

(来年まで地球があればな…)

 

 

 




漸く書き終えました。この回は書いてて楽しかったです。


次回はオリジナル回を5回くらい行います。

次回『悪夢の時間』
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