学校に向かっているまでの流れはいつも通りだ。歩いている時に見る光景に何か変化が起こっているわけでもないし、寧ろこれと言って何も起こっていないのが不気味に感じるほどだ。
なぜなら、今日はいつもと間違いなく違う出来事が起きるからだ。それは、烏間先生から送られてきたメールを見てから感じた。
そのメールは…
「おはよう、学真くん」
「おう、渚か」
すると途中で渚に会った。そりゃそうだ。通学路として同じところを通っているし、いつもここで会う。いつも通り杉野も一緒にいた。
「烏間先生のメール、見たか?」
「ああ、見たよ」
案の定、杉野に聞かれた。それもそのはず、杉野がいわなければ俺が聞いてた。
そう、さっき言いかけていたけど、烏間先生からメールが来たんだ。烏間先生は私用でメールを使うことはないから、彼がメールを使うということは、暗殺に関する連絡しかない。その時点でもうすでに警戒してしまう。
メールを見て、やっぱりという感じになる。何しろ、そのメールにはこう書かれていた。
「今日から転校生が来る。律さんと同じように仲良くして欲しい」
要するに、今日は転校生が入ってくる日になってるんだ。律、イトナに続く暗殺者兼転校生だ。
それだけでも厄介なのに、今回の転校生に限ってはもう一つ、厄介な事がある。
烏間先生や律によると、今回の転校生はイレギュラーみたいなんだ。
元々の予定としては、律とイトナの2人をこの教室に入れて暗殺を仕掛けるつもりだったらしいんだが、直前になって追加する事になったらしい。
だから、今回に関しては全くデータが無い。イトナに関しては実力がかなりあるという事ぐらいは律も言っていたけど、実力でさえもどの程度なのか、全く知らない。
力が未知数な状態で、転校生と仲良く出来るかどうか…イトナの時みたいにならなければいいけど…
「…せめてマシな奴に来て欲しいな」
◇
「さて皆さん、今日は新しい転校生が来る日ですね。先生はとても嬉しいです。皆さんの仲間が増えることは、とても喜ばしい事ですから」
朝の出席が終わり、殺せんせーが嬉しそうに話しているが、それに共感する生徒はいない。律の時もイトナの時も、最初来た時はトラブルがあったから、いい予感はしない。まして今回は未知数の生徒だし。
「…にしても、いつ来るとかの連絡は受けてないのかよ」
前原が殺せんせーに聞いた。確かに…普通なら朝とかに学校に来ていて、殺せんせーに会っているはずだ。俺は少なくともそうだったし。
「聞いていませんね…烏間先生も、今連絡を取っているところなんですが…」
聞いていないようだ。烏間先生が連絡を取っているって…もしかして寝坊とかか?もう既に嫌な予感しかしない。
そう思っていた時だった。
《ガラガラガラ》
扉が大きな音を立てながら開く。それは当たり前の事だ。
そしてそれは誰が開けたのか…その答えはなんとなく分かっていた。さっきまでその話をしていたから。
けど、開いた扉の先を見て呆気にとられる事になる。
「失礼、ここがかの椚ヶ丘中学校E組校舎で間違いないか」
その男が、何故か袴姿だったからだ。何コイツ、侍かぶれ?挨拶もそれっぽいし。
「え、ええ…間違いないですよ。ひょっとして君が…」
「如何にも、6月30日からこのE組生徒としてこの校舎に来る事になったものだ」
うっわ〜…話し方もそれっぽい。『如何にも』とかいまどき言うか?
て言うかあの袴、ガチものではないな。なんと言うか…作りもの?何と無くカジュアルだ。本当の袴なら、青色は無いはずだし。
「アレって…流離う侍の服装かな?」
「さすら…なんだって?」
「流離う侍。いま流行っている映画だよ。杉野とか渚くんが結構好んで見てたはず」
…あー、そういやそんなのあったな。映画あんまり見ないから知らなかったけど、コンビニとかでポスターみたいな物を見た記憶がある。
なるほど、その主人公みたいな奴が着ていた服装と似ているな。
…え?興味ないのになんでシッカリ覚えているんだって?見たから覚えたんだよ。俺の『瞬間記憶能力』はそう言うものだ。
「え〜〜…っと…話したいことは沢山ありますが…取り敢えず制服に着替えてください」
◇
殺せんせーに言われて、その転校生は制服に着替えた。どうやら制服が無くて出来る限りの正装で来たらしい。けど映画関連の商品は正装と言えるのか?
「それでは、前に立って自己紹介をしてください」
制服に着替え終わった転校生に、殺せんせーは自己紹介するように言った。そりゃ、来て最初にすることは自己紹介だな。
そう言われた転校生は、教壇付近に立つ。そして殺せんせーに言われた通りに自己紹介を始めた。
「名前は
…普通のようで普通じゃないな。所々聞きなれない言葉を入れてくるし。
外見的に1番気になったのは髪だ。(髪に特徴がある奴は結構いるけど)紺色のような髪で少し長い。長さで言えば菅谷より少し短いぐらいだ。
体は…少し大きいな。まぁ平均より高いぐらいだし、標準と言えば標準だ。強いて言えば…体格がシッカリしている。寺坂ほどではないが。そうだな…吉田とかに近いんじゃないか?
「さて、折角ですし質問がある方は自由に質問をしてください」
どうやら質問タイムのようだ。まぁ…転校生なら色々聞いとかないと仲良くなるのは難しいし。
「あの…烏間先生から連絡は来たんじゃないの?」
最初は片岡が質問…と言うか確認をした。そう言えば、烏間先生が連絡を取ろうとしているとか言っていたな。だとすれば、先に烏間先生と会っていないといけない筈なのに、烏間先生に会う前にここに来た。
いま教室の外で中の様子を見ている烏間先生からは、結局は連絡が取れなかったと言っていた。疑問に思うのは当然だな。
「いや…ケータイ?とやらの使い方が分からなかった」
…マジか。携帯が使えない…て言うか、機械オンチというやつか。どうりで連絡が取れないわけだよ。携帯がダメなら連絡を取る手段が殆ど限られるし、直ぐに連絡を取る術はない。だから、烏間先生と連絡が取れなかったのか。
「…それでどうやって転校とか暗殺の話を聞いたんだ?」
ふと気になって聞いてみた。幾らなんでも携帯を使わないで連絡のやり取りをするとは思えない。烏間先生なら家まで来るかもしれないけど、例えば話をする予約を取る時とか、ここに来る手続きをする時なんかは携帯が無いと無理だ。
「とある知り合いに協力してもらった。メール?とやらを使ってくれたらしい」
なるほど、その知り合いという奴がやってくれた訳か。だからE組に来る事が出来た訳だし、暗殺の話を聞く事が出来た訳だな。
それにしても…知り合いねぇ。律の時もイトナの時もそのポジションにいる奴が余計な事をする事が多いから微妙だな。
「その知り合いは暗殺に協力するのか?」
俺と同じ事を思ったからなのか、杉野がその知り合いの協力の有無を尋ねた。
「いや、干渉しないらしい。手続きが終わった後は自分1人でやるように言われた」
…特に手を出したりはしないと言うことか。だとすれば少し安心する。実際にこの教室に来ていないし、思っていたほどややこしい事は起きずに済みそうだ。
「霧宮くんの好きな事は?」
今度は倉橋が質問をした。今までの流れとは変わって、普通の質問みたいな内容だ。まぁ固い話ばかりをしてもつまらないし、こういう楽しい話をするのも良いだろう。
「好き…というわけでは無いが、家が剣術の道場をしているから、武術については少し興味がある」
…道場か。八幡さんとは違って剣術だけのようだけど。そして武術に対して興味があるとは、これまたマニアックだな。いや、あの服装で察してはいたけど。
剣術か…だとすれば、ナイフ術も得意なのか?だとすれば暗殺手段は、磯貝や前原や岡野のように、ナイフで攻めていくような感じか?まぁその話は、体育の時にする事になると思うが。
「霧宮くんの1番好きな食べ物は?」
今度は原が質問をした。流石料理に興味があるだけあるな。て言うか凄く気になるな、その質問の答え。
「そうだな…食べ物で言えば、魚が好きだ。特に秋刀魚は美味だ」
…和食だな。それも鯛とかの高級魚よりも庶民的な方が好みなようだ。まぁ予測はしていたけど。
「1番好きな教科は?」
今度は矢田が聞いた。好きな教科は何だと。まぁ…学生であるからその質問は当然来るよな。そう言えばもう直ぐ期末考査だ。そろそろ勉強しとかないとマズイな…
「…教科…か………」
…アレ?なんか難しそうな顔をし始めた。
もしかして…
「霧宮くんの成績は、前の中学校ではかなり宜しくないようです…」
やっぱりそうか…俗にいう、勉強が出来ないタイプか。こりゃ成績上げるのも一苦労だぞ、殺せんせー。
思わぬ事を聞いてしまったという感じになってしまった。少し空気が気まずいな…
「えっと…霧宮は暗殺者としてこの教室に来たのか?」
磯貝が霧宮に質問をした。この状況で冷静に質問が出来るとは、流石イケメン。
まぁ…国家が秘密兵器として送って来たぐらいだ。ひょっとすると暗殺者なのかもしれないと思うのは当然だ。
「いや…俺は暗殺者では無い。依頼はされているが」
どうやら暗殺者では無いらしい。まぁ…モノホンの暗殺者はこの学校ではビッチ先生ぐらいだし、別に以外ではないけど。
その後も色々な質問が出て、何となく霧宮についてわかって来た。武術とか侍とかの伝統について興味があり、江戸時代関連のドラマは結構見てるとの事。そのせいで、熟語とかの堅苦しい言葉を話す傾向がある。
そしてかなり常識知らずだ。携帯が使えないと言うだけではなく、電車とか知らないようだ。特にマニアックな物に関しては全く知らない。
そして学力は下の方らしい。あんまり勉強は好きじゃ無いようだ。
性格はどちらかと言うと内気だ。言われれば付き合うけどそうじゃない時は1人でいる方が良いらしい。
そして、最悪な情報がある。
コイツ、
「それでは、色々と聞きたいことがあると思いますが、それは後にしましょう。霧宮くんの席はあそこです。早速1限目の準備をしてくれますか?」
「分かった」
殺せんせーに言われて、霧宮は自分の席に向かう。席は菅谷の隣だ。まぁ…カルマの右隣りの席はイトナの席だし、余っている机がそこにしか無い。そろそろこの教室の残りの席も無くなってきつつあるな。
しかし…何か変だな。烏間先生からは、殺せんせー暗殺の『秘密兵器』として送られて来たと聞いている。律もイトナも、それだけの力を見せた。
けど、この男…霧宮はそのような雰囲気は全く感じない。最初の登場こそ異端だったけど、それ以外は普通の中学生という気がする。
それに、剣術を使うというのもインパクトに欠ける。そりゃたかだか2ヶ月ナイフを使って来た俺らよりも上手なのかもしれないけど、一般的な戦闘なら殺せんせーを倒すことは出来ない。烏間先生でさえ不可能なのに。
この男のどこが秘密兵器なのか?誰もがそう思った。
だが、誰もが思ったその考えは、一瞬にして覆された。
「……!!」
突然、殺せんせーがその場から離れた。一体どうしたんだろうかと、俺を含めた全員が思う。
だが、さっきまで殺せんせーがいた場所にある物が落ちたのを見て、空気がガラリと変わった。
それは、殺せんせーの触手だ。
「嘘…!」
「いつの間に……!?」
「おい、何が起きたんだ。いま…」
ガタガタと立ち上がる音がする。クラス全員が動揺している証拠だ。俺だって動揺している。
いま殺せんせーの触手が斬られたのは、俺らの目の前だ。なのに誰も、触手が地面に落ちるまで気づかなかった。その事が、信じられなかった。
「まさか…俺らが見えないほどの速さで…!?」
「いや違うでしょ」
吉田が言った事を、カルマは否定した。その通りだと思う。幾ら何でもそれは無い。
「俺らの目に止まらないほどの速さならあり得るかもしれないけど、マッハ20のタコが見えないほどの速さなんて出せるとは思えないよ。
気づかなかったんだよ。自分の触手が斬れるまで」
スピードだけなら、殺せんせーが負けるはずがない。マッハ20は、人間が出せるスピードでは無いし、その殺せんせーが気づかないほどの速さなんてのはもっと無理だ。
カルマのいう通り、殺せんせーも気づかなかったんだ。自己紹介の時も、殺気は全く感じなかったから、あそこで暗殺を仕掛けるとは思わなかった。
気づいた時には既に触手が斬れていたんだろう。その場から離れても、触手は斬り落とされた。
「…流石に速いな。あと数秒あれば、真っ二つに斬れていたんだが…」
残念そうに話している霧宮の右手には、対先生用ナイフがある。それさえも、いつ取り出したんだと思ってしまう。
そんな霧宮の姿を見ながら、俺や生徒、殺せんせーでさえも呆気に取られていた。その時点で既に、霧宮に対しての印象がガラリと変わった。
「剣術の話を聞いたときはさ、磯貝や前原とかと同じように、ナイフで戦闘するようなスタイルかと思っていたんだけど、どうも違うね」
カルマも察したようだ。この男は、磯貝や前原とかとは全く違う。
標的に殺気を気づかせず、鮮やかに標的の命を奪う。その暗殺方法が出来るのは、この教室では1人しかいない。
「アレは渚くんと同じスタイルだ。しかも、スキルが身についているタイプの」
というわけで新キャラ、霧宮 拓郎くんの登場となります。渚くんと同じスタイルという事で、殺気を気づかせないのが売りです。色々と特徴はありますが、彼の暗殺はどうなるのでしょうか。
次回『禁止の時間』