殺せんせーが教室を出た後、かなり静かな時間がかかった。殆どのクラスメイトは何が起きているのか、頭が追いついていかなくて、全く動く気配がない。
誰もが動かない時間が数秒あったが、その空気を壊すように俺は席を立つ。教壇の前に立ち、霧宮が暗殺を仕掛ける前に終わらせていた小テストのプリントをその上に置いた。
「なぁ、学真」
プリントを置いた俺に、磯貝が声をかけた。クラスの中で真っ先に動く奴と言えば、コイツぐらいだろう。
「どうする?霧宮のこと」
磯貝は、霧宮の事が気になっているようだ。多分、この教室の全員が同じ事を思っているだろう。それで、1番最初に動いた俺に、これからどうした方が良いか相談したいんだろう。
そんな問いかけに対する俺の答えは、もう決まっていた。
「…調べようぜ。霧宮について」
あの僅かな時間だったけど、それでも一つだけハッキリとわかった事がある。霧宮には、何か大きな秘密がある。
殺せんせーがアイツの暗殺を禁止したのも、霧宮が怒ったのも、何かあるとしか思えない。この状況をどうにかするためにも、霧宮について調べないといけないと感じた。
「調べるって…出来るのか?俺らに…」
俺が言ったことに対して、三村が自信なさそうに言った。霧宮について調べると言う事が出来ると思わないようだ。
出来ない訳ではないと思う。この教室に来て数ヶ月だけど、ここのみんなは才能が結構ある。だから不可能という訳ではない。
けどみんなはそう思っていない。恐らく、あの呪いがまだ微かに残っているんだろう。
『エンドのE組』
落ちこぼれの代名詞でもあるその名称が、まだ完全に張り切ってはいない。暗殺とか、球技大会の時は殺せんせーのいう事に従えば上手く行くという自信があった。
けど、いまは殺せんせーはいない。殺せんせーの助けを借りずに、自分たちだけの力で達成できる自信がまだ無いんだろう。他のみんなも表情が悪い。
「出来る出来ないじゃねぇよ」
…けど、その空気は振り切らないといけない。
「ここで動かなきゃ、後で絶対後悔する」
俺は知っている。動かなければかなり後悔することになる事を。
建前を気にして、動かなかったあの日…もし動いていたらと後悔する時が今でもある。夢でさえ出てくる。
だから、自分に出来るかどうかで動く動かないを決めてはいけない。
俺の言葉を聞いて、何人かが動き始めた。小テストのプリントを前に出して、席につく。殆どのクラスメイトは終わらせていたんだろう。
こうして、霧宮について話し合うことになった。
「霧宮についての情報は、だいたいこんな感じか?」
磯貝が前に立って、霧宮の情報を出来る限り出した。黒板には、剣術の道場の経営者の息子、情報機器の操作が苦手、勉強が好きでは無い、左利き、剣術が得意…などの霧宮の情報が書き出されている。
「ちょっと特殊だって事は分かるけど…秘密に関するような情報は無いね」
片岡が黒板に書かれてある事を見て、呟いている。まぁ確かに…黒板に書かれてあるのは少し変わった霧宮の特徴だ。これだけだと霧宮が変わり者であるという事しか分からない。これだけだと肝心の秘密には…
いや…逆か。
アイツの性格が特殊すぎるから、本来気づかないといけない違和感に気づきづらくなっているのか…
違和感と言えば…
「ふと気になっていたんだけどさ…」
俺が考え事をしている途中に、不破が話し始めた。
「霧宮くんって、暗殺の時は一撃だけに拘るよね。烏間先生との模擬戦の時は、ナイフを連続して攻撃していたのに」
不破に言われて、思い出した。確かに暗殺の時は一撃しか仕掛けていない。烏間先生が言ってたけど、手練れの相手の場合は、初手はかなりの確率で躱される。ナイフで暗殺をするなら、一撃で仕掛けるよりも連続して攻撃した方が、暗殺できる可能性が高い。
「一撃目で大きく逃げたから、攻撃出来ないんじゃ?」
「…それだけじゃないだろ。3回も同じ暗殺を仕掛けるってのも少し変だし」
岡島が言った推測を否定する。1回目は確かに、遠くに逃げてしまったから無理だったとも考えられるけど、それを3回も繰り返すのはおかしい。霧宮の攻撃は、どれも一撃に集中している。一回やってダメだったら、別の方法を考えるのが普通だ。それを3回もやっている。こだわりがあるのか知らないが、避けられると分かっていて、同じ方法で挑むのも妙だ。
「暗殺の仕方を変えるんじゃなくて…暗殺に気づかせないようにしているとかは?」
「それもないでしょ。というより、霧宮では無理だし」
今度は木村が言ったけど、それをカルマが否定した。確かに、霧宮の暗殺は、標的に気づかせないで仕掛けるのが取り柄だ。けど、霧宮の場合、それが出来ない理由がある。何故なら…
「単純に、強いんだよ。渚くんは貧弱そうだから、標的は油断する。
けど霧宮は、普通に強い。体育の時間でも他の誰よりも剣術が優れている事を見せつけた。そんな実力の持ち主を、警戒しない方が難しいよ」
と、いう事だ。渚よりもスキルが身についているから有利な所もあるけど、だからこそ警戒される。だから気づいてしまう。
実際、3回目の暗殺では、殺せんせーに躱されている。殺せんせーなら誰の暗殺でも警戒するけど、霧宮には特に注意を向けていた。そんな状態で、同じような暗殺を仕掛けても、躱されるというのが直ぐに分かりそうなものだ。
だから、何回もあの暗殺を繰り返すのには、何か理由があるとしか思えない。その理由が、あの言動にも繋がっているんじゃないかとしか考えられない。
『霧宮さんの位置を、特定しました』
霧宮について調べる為には、もっと色々と調べねぇと…ん?
「律…?」
『霧宮さんの位置を特定しました。使ってはいないそうですけど、携帯電話は持っていたので、位置設定サービスによって位置を特定する事が出来ました』
…嬉しそうに言っているところ申し訳ないけど、無断で設定するのはマナー違反じゃね?
忘れていたけど、朝の時、霧宮の携帯電話と律がリンク出来るようにしていたんだった。霧宮は全く分からなかったようだから、烏間先生がしてくれたみたいだけど。
「それで…霧宮は一体どこに…?」
この場の誰もが抱いているであろう疑問を、代表して杉野が聞いた。
『此処からは少し遠いですね。かなり歩きます。地図で言うと、この辺です』
表示画面が地図に切り替わる。地図上にある赤い丸が、霧宮のいる地点ってところか。
「結構遠いな。なんていう地区なんだ?」
『地区というより、村です。藪村という田舎のようです』
…田舎か。まぁ、それならあの機械に慣れていない所も納得がいくな。藪村ねぇ…聞いた事ねぇな。かなり遠いようだし、あいつひょっとして、電車通学だったりするのか?
「で、どうすんだよ。居場所が分かったらしいが」
寺坂が俺に聞いた。まぁ、提案したのが俺だし、決定するなら俺が妥当ではあるのか。
「もちろん、行こうぜ。あのままじゃ納得はいかねぇ」
行かないという選択肢は、俺の頭には無かった。居場所が分かったんなら、会わないといけない。
俺の言ったことに、反論する人はいなかった。荷物をまとめて、その村に向かった。
◆??視点
「凄いな、拓郎は」
「まさに天才ね」
「俺らも鼻が高いよ」
誇らしかった。俺自身が、鍛錬に励んで、力をつければつけるほど、皆が喜んでくれた事が、この上なく。
だから、此処が俺の居場所だと思ってた。どんなに辛くても、乗り切れると。明日からもここでいられるんだと…そう思っていた。
…なのに
『ダメだ。お前はもう、ここを継がせる訳にはいかん』
最後に、その道は閉ざされた。
◇第三者視点
とある和風の家に、1人の男がいる。椚ヶ丘中学校のE組に転入してきた生徒、霧宮 拓郎だ。だが彼が着ているのは、学生服ではなく、本物の和服だ。その手に刀を持っており、彼の前には藁が束ねている。
その後、一瞬にしてその藁が真っ二つに斬られた。もちろん、霧宮が斬り裂いたのである。
それはいわゆる、居合斬りという技だ。素早く刀を振り、一瞬にして物を真っ二つに切り裂くというものだ。本当は鞘に収めた状態から始まるのだが、いま彼は、鞘から出した状態で居合斬りを繰り出したのだ。
居合斬りで重要なのは、速さもだが、何よりも正確さだ。速さを意識して雑に刀を振ると、あまり斬れないのだ。何回も素振りをして、斬る動作が身体に染み込んでいないと出来ない技である。
一見、藁は綺麗に斬られている。だがそれを見ている霧宮は、かなり不満そうな表情をしていた。
「見事な居合斬りですね。なるほど、霧宮くんの暗殺は、その剣術が土台となっている訳ですか」
部屋の中で、彼に呼びかけている声がした。本来は彼以外此処にはいない。
だが、霧宮は動揺せず、その声の主を見る。
「何処から入った?扉は閉めた筈だが」
「そこはお気になさらず」
彼に声をかけたのは、殺せんせーだった。扉が閉まっている筈なのに、入ってきているのは明らかに不審だが、国からの情報からすると、この生物は神出鬼没、いつ何処に現れるか分かったものではないらしい。だから、別に驚くことはないと割り切っていた。
「両親はいらっしゃらないんですか?」
「いない。仕事だそうだ」
霧宮の両親は、いま家にはいない。仕事の都合で、外にいるのだ。別に不都合があるわけではない。寧ろ、この生物が家にいるので、いま家にいると逆に問題が起こる。
「…それで、何か?」
「先生から君に渡したいものがあります」
「渡したいもの…?」
訝しげな表情をしている。ターゲットではあるが、目の前の生物は自分の教師でもある。だから仲良く話していること自体は問題ではない。
だが、物を渡してくるとは思っていなかった。プレゼントという言葉があるのは知っているが、霧宮はいままでにそれを貰った事はない。だから驚いている。
そんな状態になっている霧宮に、殺せんせーが渡したのは、かなり細長い物…それこそ、刀のようなものだった。
「刀…の形をしているが、その形になるように、あのナイフを改造したという事か」
「ええ、短いナイフでも問題では無いようですけど、どちらかというとそちらの刀の方が使いやすいでしょう」
殺せんせーから貰った刀の形をした対先生用ナイフを見ている。かなり不恰好なのは、殺せんせーが工作が苦手だからと言うわけではなく、流石に直接触れずに工作すると言うのは難しかったようで、刀の形を構成させるだけで精一杯だったようだ。
ブン、とその刀を振る。霧宮は、特にその刀に問題は無いと認識した。先ほど振った刀のような感じで振り抜けた。
「君のナイフを振るスピードは、クラスの中でも最高の速度でした。その速度を活かすなら、短いナイフよりも、その長いナイフの方が効果があるでしょう」
殺せんせーの言っていることに、霧宮は同意した。
長さが長いと、重みがかかるので遅くなるような気がするが、霧宮のスキルならば、その遅さをカバーする事が出来る。同じ速さなら、リーチが長い方が有利になるだろう。
この標的は、暗殺者に有利な状況を作り出す。生徒の暗殺にも適切にアドバイスをしたり、自分を殺すために設置された機械にも改良を施したり、暗殺者を鍛える事に力を入れている。それはクラスメイトから聞いていた。
「そんなあんたでも、
霧宮は、殺せんせーに尋ねた。どうしてもあの暗殺を認めないのかと。
「それはダメです。霧宮くん」
顔にバツ印をつけながら、殺せんせーは言った。絶対に認めない、という意味なのだという事を霧宮に悟らせる。
「この暗殺教室のシステムの特徴は、暗殺をする毎に磨かれていくというものです。どのような暗殺であっても、アドバイス出来るところがあればアドバイスをしますし、改善しないといけないところがあるなら、改善は惜しみません。
ですが、あの暗殺は、君の明日を失う殺し方です。仮にあのやり方で私を殺したとしても、君自身が苦しむ結果だけが残ります。少し前に
殺せんせーの考え方を、聞いている。暗殺をする度に磨かれる、というのは理に適ってなさそうな理論だが、あの教室の代名詞である『暗殺教室』だから成り立っている。
その理論を持つ教室であっても、霧宮の暗殺は認められない。あの暗殺は、他のあらゆる暗殺とは訳が違う。
「それでは、私はこれで。もう直ぐアメリカで試合があるので。暫くしたら来ますね」
別れの挨拶を軽く済ませて、殺せんせーは窓を開けてドビュン、と風を切りながら飛んでいった。
やはり、認められなかった。何となくわかっていた。教師としてなら、認めるわけにはいかないだろう。
「それでも、俺はあんたを殺さないといけない」
だが、霧宮は振り切るつもりはなかった。霧宮は直ぐにでもあの標的を殺さないといけない理由がある。
あの暗殺でなければならない。霧宮はそう認識していた。だが今の状態では、あの生物は殺せない。
ならばどうすれば良いか。
それを考えて、彼は1つの答えを得た。
◇学真視点
霧宮の位置に向かって移動し、もう直ぐ着く頃だ。もう既にアイツの住んでいる村…つまり藪村ってところだ。
「ほんっとに家が少ないな…こんなところに住んでいたのか」
菅谷の言葉に同意する。確かに、家が少ない。ポツンポツンと家があるぐらいで、後は畑ぐらいしかない。正に田舎、て感じだ。
『村の住人はわずか30人とかなり少ないです。村全体が1つの自治体のようで、全ての人が知り合いになっている様子です』
更に律の情報がスゲェな。30人って正に1つのクラス並みの人数だ。
「…それで、これがアイツの家か」
歩く事数分間、漸く目的の場所についた。想像よりデカいな。まぁ、家が道場をしているぐらいだし、相当な金持ちの家だろうとは予想していたけど。
とりあえず中に入ろうと思い、インターホンを鳴らす。『ピンポーン』ではなく『ビー!』という音だ。
暫くするとガチャ、と音がする。オートロックだったのだろうか。恐らく鍵を開けたのだろうと思い、扉に入って庭に入った。なるほど、あの扉は庭に入る方の扉だったのか。
感心していると、家から1人の男が出てきた。
「…意外だな。まさか生徒まで来るとは」
やっぱり、霧宮だった。生徒『まで』ってことは、殺せんせーもここに来たんだろう。その後どこかに行ったのかもしれないが。
「…お前と一回話をしたいと思ってよ。邪魔なら一旦帰るけど」
見ている限り、何か問題が起きている訳ではない。本当なら話を聞いておきたいと思っているけど、今すぐという訳でもない。何か問題が起きていたなら何かしようと思っていたが、その心配はないみたいだ。
「いや、俺もお前らに用があったから丁度良い」
帰ろうかと聞いてみたけど、霧宮は俺に何か用があるみたいだ。一体何の用事だろうかと思っていると…
一瞬、何かが俺の顔に近づくのが見えて、反射的に俺はそれを躱した。
結果的には、その判断は正しかった。そうしなければ、俺の頭は、霧宮に斬り落とされたのかもしれなかったのだから。
「な…!」
誰かが、ポロリと呟いた。恐らくは、殆どみんながそう言いたかっただろう。
「…惜しかったな。躱すとは思っていなかった」
コイツは、ホンモノの刀で、俺を斬ろうとしていたんだから。
「…ッ!テメェ、何のつもりだ!」
危機一髪で躱した後で、大声で叫んだ。いまコイツは、俺を斬ろうとした…つまり、殺そうとしていたんだから、怒りと、疑念を剥き出しにしてソイツに叫び飛ばしたくなる。けど霧宮は、涼しい顔をしてこう言った。
「あの生物は、教師としての使命を全うしている。生徒の様子を、1番に心配する生き物だと分かった。
だからお前らを殺して、あの教師の怒りを買うことにした。怒りのままに襲って来た時に真っ二つに切り裂くことにする」
…コイツ、正気かよ…!
霧宮の奴、殺せんせーを怒らせて、その上で暗殺をするという手段を取りやがった。人は怒ったときに理性が無くなるから、注意力が低くなる。それで暗殺の可能性が高くなると考えているのか。
その考え自体も間違っている。アイツが怒れば、集中力が無くなるとかの話じゃない。いつしかシロが言っていた。触手は、感情に大きく左右される物だと。もしキレたら、先生としての使命も守れるかどうかも分からない。
けどそれ以上に、俺らを殺すという考えが思いつく事が信じられない。そんな考え、思いついても、実行しようと思うか!?
「テメェ…分かってんのか!?これで暗殺が成功しても、お前自身が不幸になるだけだぞ!」
霧宮に言った。本気で分かっているのかと。こんな事をすればどうなるか、想像するまでもなく分かる。例え百億を得たとしても、霧宮には罪しか残らない。人生が破綻するような道を選んでいる。それは、ここにいる奴全員が分かっている筈だ。
「…分かっているさ。後戻りが出来ないという方法だという事も。
だが、俺はどうしても奴を暗殺しないといけないんだ!」
霧宮は、強く、苦しそうに言った。口から発される言葉はかなり重く、目はかなり暗かった。その時点で分かった。コイツはいま、冷静に考える事が出来ていない。
「俺のことは、恨むまで恨め。俺はお前らを…斬る!」
霧宮が、刀を使って俺に斬りかかる。体育の時に見せた時のように、滑らかで素早い連続攻撃だ。一瞬でも気を抜けば、アッサリと切り裂かれる。
霧宮の攻撃を、ひたすら躱し続ける。刀の軌道を見失うと取り返しのつかないことになりかねない。視点を一点に集中せず、相手の動き全体を俯瞰して見て、敵の次の手を読む。
「…な、なんとか躱してる…?」
俺の様子を心配している生徒のうちの1人(声的には多分磯貝)が呟いたのが聞こえた。体育の時間じゃ躱すやり方は教わらなかったけど、八幡さんとこの訓練である程度は躱せるようになった。この調子なら…
「…………!!」
思わず焦って、後ろに跳ぶ。ヒュン、と風が通るような感触が頬を掠めた。
後ろの床に足をつけた。嫌な予感がして頬を触ると、何か液体のようなものが触れた感触がする。直ぐに察した。それは、血だと。いま、俺の頬から一筋の血が出ていると察した。
だがそんな事が気にならないぐらいになっていた。いま俺は、とんでもないものを見たんだから。
「お前………右利きなのか?」
俺が霧宮の攻撃を躱し続けている時、霧宮は刀を左手から右手に持ち替えた。それを見て後ろに飛ぼうとしたんだが、霧宮は目にも止まらない速さで刀を振って、俺の頬を掠めた。
…周りの全員が動揺している。体育の時に、アイツは左利きだと認識していた。けどここに来て、いきなり右手を使い出した。だっていままで右手を使ったことなんて…
◆
「…流石に速いな。あと数秒あれば、真っ二つに斬れていたんだが…」
残念そうに話している霧宮の
◇
そうか、思い出した。アイツ、暗殺の時は右手を使っていた。体育の時の違和感はそれか…
霧宮は、普段は左手を使うけど、暗殺の時だけ右手を使っている。それは、何かの理由があるとしか思えない。一体、なぜ…
『データベースの中に、情報が入りました。霧宮さん、あなたは…畑崎中学校で起こった事件に巻き込まれた方ですね』
ふと、声が鳴った。誰の携帯からかは分からないが、その声は律だ。
「律、事件って?」
『今年の4月に、学校内で暴れまわる人物がいたそうです。学校内は大荒れで、学校は警察を呼びましたが、その人は逃亡しました。
その時、霧宮さんはその人に怪我を負わされたそうです』
…怪我?
「まさか…右手にか?」
『はい。鈍器によって右手の腕を強打され、かなり酷い怪我になったとありました。霧宮さん…その右手は、まだ完治していないんですよね』
律が霧宮に聞いた。確かに、まだ右手は完治されていないというのが1番考えられる。そうじゃなければ、最初から右手を使えばいい話だ。
「…その通りだ。骨が外れ、全治1年。その間、無茶な動きは避けるように言われている」
…やっぱりそのようだ。4月の時点で怪我をしたんなら、そこからまだ時間は経っていない。本当ならまだ腕を固定しないといけない筈だ。
漸く繋がった。殺せんせーが霧宮の暗殺を禁止した理由。殺せんせーは、霧宮の腕が損傷している事に気付き、その腕で暗殺を仕掛けていると分かった。だから禁止した。それは、霧宮の腕を更に悪化させる行為だから。殺せんせーはそういう暗殺は許さない。前に渚が自爆テロをした時にかなり怒ったと聞いている。自分を犠牲にする暗殺は、何にも残らないというのが、殺せんせーの言っていた話だ。
それに、腕を損傷しているなら、なぜ一撃に拘るかの理由も分かる。そんな右手なら、連続して攻撃する事はほぼ不可能だし。
「…じゃあ、いま直ぐに殺せんせーを殺さないといけない理由って…」
「医療費だ。いま直ぐにでも、この腕を治すために」
霧宮は話した。医療費のためだと。
霧宮の言っている病院は、全治1年と言っていた。だが他の病院によっては…医療技術が進んでいる外国なら、もっと短い期間で完治する事も期待できる。そのためには、莫大な金がかかる筈だが。
「俺はもともと、剣術の道場を継ぐ予定だった。だがこの腕を損傷して剣術の訓練ができなくなった。父親は俺に継がせるのを取りやめた」
「…なんでだ。たった1年だろ?」
「1年も道場に出れなかったものを、後継と認めるわけには行かないと父は言った。1年では、遅い。
俺は直ぐにでも、この腕を治さないといけない。
そして俺は、あの道場に戻らないといけない。
だから一刻も早く、あの生物を殺さなければならない」
苦しそうに、霧宮は言った。
…なるほど。ようやく分かった。
コイツは、自分が道場を継げないという事で、パニックになっている。理由は分からないが、道場の後継になると言う事に拘りを持っているようだ。
だから医療費の百億を獲得する事しか頭に入っておらず、思考がまともに働いていない。現に、自分の考えが論理破綻を起こしていることさえ分かっていない。コイツはあくまで、『道場の後継になれる手段』しか考えておらず、具体的なビジョンが全くない。
「杉野」
「…え?わっ!」
杉野に、ポロシャツを投げ捨てた。コイツにしないといけない事が出来た。そのためには、動きづらくなるコレは邪魔でしかない。
「霧宮、テメェの状況は大体分かった。けど、お前は知っておかないといけない事がある」
上半身は何も身にまとっていない状況だが、今は夏だし寒くはない。
1回深呼吸をする。集中しておかないといけない事が分かっているから、気合を入れた。
霧宮を大人しくさせる。そのための真剣勝負が、始まった。
霧宮くんは恐ろしい作戦を仕掛けてきました。生徒を殺して、怒った先生を返り討ち…かなりリスクの高い選択ですね。学真は彼を説得することができるのか?
次回『霧宮の時間』