どこと無く吹く風の音と、そこらに飛び回る鳥の鳴き声だけが、俺の耳に入る。
なんとも言えない、静かな空間だった。
ウザい奴が居なくなるって事が、こんなにも虚しい事だとは思わなかった。
あの日から数週間後。その頃には2年生としての日々が終わり、3年生になり始めた。最初の数日間、俺は学校に行ってなかった。
俺がいたのは、葬式だった。多くの人が参加している。近所の人と思われる人も結構いたし、若い者の死という異常な出来事に、マスコミも様子を見に来ていた。
葬式の場で、俺は両手を握りしめ続けていた。お経も全く耳に入ってこない。頭の中ではまさに空っぽだった。未だに日沢の死を信じようとしない自分がいるのが分かる。
「自殺なんて、かわいそうに…」
恐らく近所の人だろう。凄く悲しそうな声で話していた。10代の知り合いが死んだのが、その人たちにとってもショックなようだ。
「1人の男を擁護しようとした事が原因で、先生や生徒からの酷い仕打ちを受けて、耐え切れなかったんですって」
日沢は、自殺をした。学校に行けなくなった如月を心配して、学校に如月の話をしたところ、逆に日沢が責められて、それが原因でいじめられ、追い込まれた日沢は…自らの命を絶ったんだと。
そんなこと、全く知らなかった。日沢が如月を心配している間、ビビって動かなかった俺は、日沢の助けになることは無かった。何もせず落ち込んだまま日々を過ごしていただけだった。
俺は、なぜ今のいままで動かなかったんだ…
「たしかその男、スーパーで窃盗犯と言われた人でしょう」
「でも、本当は逆だったんでしょう。タチの悪い客がいて、取られた商品を取り返そうとしたら警察に捕まったって」
話を聞いて、俺はゾッとした。その話が、強烈に胸に突き刺さる。
商品を…じゃああの事件は、如月が商品を奪い取ろうとしたんじゃなくって…
奪い取られた商品を、取り返そうとしていたのか…?
「先生に助けを求めたら、そんなろくでなしを助けるなんて何を考えてるんだって怒られて。それを機に、生徒たちが日沢さんをいじめていたらしいの」
膝の上で握りしめている両手に、さらに力が入る。悔しみから、怒りに感情が変わる。
俺は如月を、ろくでなしと思っていた。警察署で見かけた時も、如月を蔑んでいた。真実を知ろうともせず、俺は如月を突き放した。
何も分かってないと、日沢が俺に言っていた言葉を思い出す。何も分かっていなかった。いや、分かろうとしなかった。
どうして知ろうとしなかったんだろう。調べる時間はあった。知るきっかけは沢山あった。動き始めるチャンスも結構あった。なのに、なんで動き出そうと思わなかったんだ。
そんな気持ちを抱えたまま、葬式が終わった。
◆
葬式が終わっても、暗い気持ちのままだった。気持ちを切り替える事が出来ないわけじゃない。寧ろ、切り替えようとさえ思えなかった。
「…きみ、もしかして榛名の友達?」
その俺に声をかけてきた人がいた。その人は俺と同じく葬式にいた人だった。なんで俺が日沢の友達と思ったのかと思ったけど、考えてみれば俺以外に学生はいなかったから、そう思ったのかもしれない。
逆に、その話しかけた人は、俺より年上で、大学生ぐらいの男性だった。よく見るとその人の目もかなりどんよりしている。榛名と言っていたし、もしかすると日沢の血筋かもしれない。
「…はい。日沢の、家族の方ですか…?」
「いや、俺はいとこでね。榛名と話した事はあまりなかった」
どうやら、いとこだったらしい。それも、あまり関わった事がないみたいだった。
考えてみれば、俺は日沢の家族の話を聞いた事が無かった。お母さんの言葉を懐かしむように言った事はあるけど、母親がどういう人なのかと言うことも聞いた事がない。
そういえば、葬式にも家族らしい人はいなかった。何で来なかったんだろう。
そんな考え事をしていることを察したのだろう、日沢のいとこは話し始めた。
「…榛名は、父親に嫌われていたんだ。彼女は出来損ないだったから」
初めて聞いた。アイツが嫌われていたと言うことなんて、想像してなかった。頭は良くないが、あの明るい様子を見て、誰かに嫌われているなんて考えた事もなかった。
「凄く優秀な弟がいて、家の中では気まずかったんだ。父親はいつも怒っていた。なんでお前はここまで出来損ないなんだって。その時の父親が怖くて、俺も庇えなかったんだ。
母親だけは、榛名を支えていたんだけど、事故が原因で命を落としたんだ。それが起きてから、彼女は家では1人だった。
凄く心配だった。いつか壊れるんじゃないかって。そう思っても助ける事が出来なくて、凄く悔しかった。
けどここ数年間、彼女はとにかく明るかった。よく分からないけど、家じゃないところに居場所が出来たみたいに見えた」
複雑に絡み合った糸が解けるように、疑問に思っていた事がだんだんと解決していく。いとこが言った居場所とは、間違いなくあの公園のことだ。俺らと一緒にいる時は、日沢は本当に嬉しそうだった。日沢にとって俺らと暮らしている時間は、家では感じることのない、とても楽しい事だったんだ。
そんな楽しい時間は、一瞬で崩れてしまった。如月も、俺も離れて、日沢の周りには、自分を責める敵しかいなくなってしまった。
そんな状態になっているにもかかわらず、俺は側にいてやれる事が出来なかった。日沢を1人にしてしまったんだ。
そして何より、日沢の楽しい時間を壊してしまったのは俺自身だ。俺が如月を突き放してしまったから、日沢に悲しい思いをさせてしまったんだ。
俺が、彼女の全てを奪ったんだ。
喜びも、楽しみも、仲間も、何もかも。
「…これ、榛名の部屋にあった手紙と箱なんだ。この手紙の宛先は、学真くんという人らしいんだけど」
いとこの話を聞いて、視線を移した。いとこの手には袋があり、それを持っている手を差し出していた。その中に、いとこが言った通り、手紙と箱があった。
その箱の中身は、何となく分かる。少し前に、俺と2人で雑貨屋に行った時に、日沢が買ったものだ。もうすぐ来る如月の誕生日のために買った、キーホルダーが入っている。
日沢の部屋にこれがあるということは…渡せなかったということか。
「図々しいと思う。けど1つだけお願いがある。今度、話を聞かせてくれないか。榛名を救おうとしなかった、バカないとこに…日沢の事を」
いとこは、凄く情けなさそうに話していた。日沢の死に、責任を感じているのだろう。
けど、その人が責任を感じるところはない。いとこは何もしていない。日沢を殺したのはその人じゃない。
◆
俺はとある中学校に行っていた。日沢や如月の行っていた中学校だった。この学校はまだ始業式がないからなのか、中に生徒はほとんどいなかった。
なぜここに来たのか。俺もその理由は全く分からない。なんとも言えない虚しさのまま歩いていたら、自然とこの学校に向かっていた感じだった。
「他校の生徒か?こんなところで何をしている」
誰かに声をかけられる。恐らくこの学校の先生なんだろうと予測がつく。声のした方を見ると、1人の男性がいた。そこそこの白髪をみて、それなりに年を取っていると判断する。
「…すみません。如月という生徒はいますか」
俺は尋ねた。いまこの学校に如月がいるかどうかを。もしいるなら、直ぐに会いたい。今さら何をしても意味は無いが、せめて謝りたかった。今のいままで、如月を疑って、蔑んでいた事を。
「ああ。如月か。フン…」
その男は、かなり険しい顔をしている。もともときつめな顔つきをしているのに加えて、かなり苛立っているのが分かる。
なんでそんな怒ったような顔をするのか。そう尋ねようとする前に、少し前に俺がした質問に答えた。
「如月は行方不明だ。少し前から姿を見せなくなった」
その言葉は、とても信じられないようで、同時に筋が通るものだった。あの葬式に如月は来ていなかった。行方不明になっているのなら、説明がつく。
「警察署にいるわけではないんですか」
「…あの事件のことを知っているのか。じゃあ教えてやる。その後、警察が誤解に気づき、警察は如月を解放したのだが、そのあと如月の姿は消えた。
警察に捕まったショックにより、姿をくらませたのではないかという考えが大多数で、しばらく探し続けてはいるが、未だに見つける事が出来ないでいるようだ」
呆気に取られた。学校に来てないではなく、居場所が分からないときた。それじゃ会いに行くことも出来ない。
それだけ、警察沙汰になった事がショックだったのか。何も悪い事をしていないのに、警察に捕まったというのが屈辱だったのだろうか。
いや、多分違う。
原因は、俺が如月を突き放した事だ。いままで友達として接してくれた奴に、自分のことを信じてもらえなかった。如月は、裏切られた。その事が何よりショックだった筈だ。
「全く、人に迷惑ばかりかける奴だ。親子揃ってとんでもない奴だな」
突然、先生が言った言葉に疑問を抱く。
先生の言った言葉は、如月を非難する言葉だった。なぜ如月が悪く言われないといけないのだろうか。あの事件では、如月は被害者であり、犯罪者ではない。実際、警察の誤解だったとも言われている筈だ。
そして何より…
「…親子揃ってとは、どういうことですか?」
1番疑問に思った事は、なんでそこで親子という言葉が出るのだろうかという事だ。今回の話は、親は全く関係ないはずだ。
「ハッ!」
俺の質問に対して、先生は笑い飛ばすように一言言った。まともに答えることさえバカバカしい。そう思っていると言うのが何となく分かった。
「アイツの父親を知っているか?女性タレントに手を出した最低の芸能人だ。この近くで住んでいるなら、如月がその息子であると知っているんだ」
始めて聞いた。如月の父親は、芸能人だったのか。そんな事、聞いたことも無かったし、思ってもいなかった。
そういえば数年前、痴漢をした芸能人の話を聞いた事があった。テレビでも大騒ぎだったし、ネット上でもその人の悪口ばかり載っていた。
ひょっとすると、その息子なのだろうか。
「アイツの事を快く思ってない奴は、沢山いるさ。商品を奪い取る奴だっているし、されても文句は言えないだろ。それに反抗するから、こんなことになるんだ」
その先生の言っていることを聞いて、心の中に何かが溜まっていくような感じがする。自由を奪われて当然、抵抗する事が間違っていると言っている言葉が、かなり勝手な言い分に聞こえた。
「大人しく奪われてろという事ですか?そんな扱い、耐えれる筈がないのに…」
「…肩を持つのか?あのバカのように?」
一瞬、プツンと何かが切れた音が聞こえたような気がした。
『あのバカのように』というセリフを聞いて、1つ推測が立った。近所の人から聞いた、学校の先生から責められたと言うのは…その先生とは、コイツの事じゃないのかと。
「日沢という生徒が、話に来ませんでしたか?」
ハッキリと尋ねた。誤魔化されないように。その質問に対する答えは、来たか来なかったかの二択しかない。
「なんだ知っていたのか。来たさ。如月を助けてやってくれと」
推測は当たっていた。日沢はこの先生に話をしたんだ。そして…
「なんであの男を助けようとするのか分からん。あんな奴放っておけば良いと言うのに」
「耳を貸さなかったんですか?」
「耳を貸す必要があるか。なのにあまりにうるさかったから大声で黙らせた。すると勝手に涙目になったさ」
ああ。そうか。
この先生は…コイツは、日沢を助けるつもりは無かったのか。
「今日、日沢の葬式があった。アイツは、自殺していたんだ。学校でアンタだけじゃなく、アンタの学校の生徒が日沢を責め続けたと聞いている」
「だろうな。事実だ」
「そんな状態なのに、なんで何も感じてないんだ」
だんだんと怒りが溜まっていくのを感じる。いつのまにか敬語を使うことなく、乱暴に話していた。
なんで日沢が死んだことに何も感じていない。なんでそんなに平然としていられるんだ。
「何か感じないといけないと言うのだ。なんで私が責任を取らなければならない?アイツは勝手に死んだんだろ?」
ブツン、と
今度は完全に聞こえた。
ブチギレしたと言うのはこの事を言うんだろう。
ーーふざけんな…!
無意識に、手を握りしめていた。
ーー勝手に死んだだと…!?
俺の視線は、その男の顔面に向けていた。
ーーアイツは…アイツは…!
そしてその拳を、ソイツの顔面に向けて放った。
ーー死にたくて死んだんじゃないんだよ!!
「うああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
《バキ!》
放った拳は、完全にソイツの顔を捉えた。それも手応えは、少し前までやっていた道場の格闘も含めて、いままで以上にあった。
拳を食らったソイツは、バッタリと倒れてしまい、ピクリとも動かない。死んでいなくとも、致命傷を受けたのかもしれない。
「おい!何をしている!」
「他校の生徒か!?先生に暴力をするなんて何を考えている!」
誰かが近づいてくるのを感じる。恐らく、他の先生が気づいたのだろう。
もう後戻りはできない。ここまでしてしまった以上、何も無かった事にする事は不可能だ。
けどこうなってしまう事を、何となく察していた。もう分かっていたのかもしれない。
何しろ、俺はもうとっくに終わっていたんだから。
◆
学校の先生に怒られた後、自分の部屋に戻っていた。
暫くぼうっとしていた。何が何やら頭の中で整理できていない。今までに起きた事が、自分の想像とは遥かに違いすぎて、未だに現実で起こっている事と認識する事が出来ずにいた。
俺が受け入れようとしなくても、日沢が死んだという事実は変わらない。仕方がないんだと思おうとしても、立ち直ろうとする事が出来ない。いつまでも立ち止まったままでいる俺を、責めることは出来なかった。
ぼんやりと考えているうちに、思い出した。日沢のいとこから、俺宛の手紙を渡された事を。
いとこからもらった袋の中に、小さく折りたたんである紙があるのが分かった。袋の中に手を入れて、その紙を取り出す。その紙は、丁寧に折りたたまれていた。
紙を開き、そこに書かれてある内容を見る。その綺麗とは言えない字は間違いなく、日沢の筆跡だった。
=====
学真くんへ
ごめんなさい。こんな勝手な事をしてしまって。でも私はこうするしかなかった。
お父さんは、いつも厳しかった。出来損ないの私と同じ血を持つ事さえも認めたくないと言っていた。言われ続けて、家では迫害され続けてた。私は家で暮らす事は、物凄く嫌だった。
でも、如月くんや学真くんに会えて、楽しかったのは本当だった。2人とも、私にとって本当の家族のようなものだったから。
だから、如月くんの悪口を言った事が嫌だった。如月くんがイジメられているのが、納得行かなかった。
如月くんを助けて、と言ったら、逆に私が責められた。如月くんを助ければ、私が悪くなってしまうんだと分かった。それが分かった時は、とても辛かった。
学真くんが如月くんを嫌っていたのも、本当に悲しかった。でも、嫌いになったわけじゃなかったの。なのに、私が突き放してしまって、学真くんとも会えなくなってしまった。
========
この手紙を見ると、日沢が自分を責めている事が分かる。残酷な状況になっているのに、俺のことを心配していたんだ。
逆にクヨクヨしていた俺は、日沢を心配しようとすら思わなかった。
そんな自分が情けないと思い、そのまま手紙の続きを読み始める。
========
この世界は残酷です。人々の都合で、特定の人を悪とするこの世界が、酷く残酷で、空虚でしょうがない。
こんな世界では、私は一生迫害される。私は多分、誰かを見捨てる事が出来ない。誰かを救う事で迫害されるなら、私は迫害されることにしかならない。
もう、何も信用できない。友だちを傷つけるこの世界を、信じる事が出来ない。
誰も助けてくれない。誰も救ってくれない。そんな世界に、私は耐えられない。
生きることを諦めて、私はこの命を絶ちます。
さよなら、学真くん
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グシャッと、手紙が形を変える。強い力で握りしめたから、その紙にシワが入ったんだと分かった。
日沢は、なにもかも信用できなかった。誰も助けてくれなかったから。全員が、彼女の側から離れていったから。
日沢にとって、あらゆる人は敵だった。家族も、学校も、周りも…
俺も。
「あ…ああ…!うあ…!」
何故だ。何故アイツを助けようとしなかったんだ。なんでアイツの側にいなかったんだ。
俺が、1番側にいたはずなのに。俺が彼女を助け出せたのに。
『ねぇ、友達になろう』
日沢の言葉が、頭に思い浮かぶ。太陽のように暖かい言葉が、俺の世界を明るく照らしてくれた。
俺は、アイツに救われた。アイツのお陰で、自信を取り戻す事が出来たんだ。
なのに俺は、彼女を助ける事が出来なかった。
俺は彼女を救おうとしなかった。
俺は、彼女を…
殺してしまったんだ。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁ!!!!!」
1人で、部屋の中で、大声で泣き叫んだ。こんな大声は、今までで一度も出した事がないだろう。
何度も、何回も、何時間も叫んだ。その叫びは、止められなかった。
このグチャグチャな感情はなんと表現すれば良いのだろうか。虚しさ、悲しさ、怒り、絶望、あらゆる感情が心の中で膨れ上がる。その感情が一体何なのか、自分でも全く分かんない。
少なくとも、自分が潰れてしまいそうな感じはした。
◇
「以上が、E組に行くまでに起こった出来事だ」
学真は、全てを話し終えた。その話を聞いていた生徒たちは、様々な表情をしていた。同情であったり、憂鬱そうな表情をしていたり、それは様々だった。
「あの時、俺が学んだのは2つある。チャンスはいつでもあるわけじゃ無いってことと、取り損なった時が1番辛いということだった。
だから、俺はあの事件のあと、1つ決めた事がある。助けに行く時は迷わず助けに行き、直ぐに善悪を判断しない。その人はいまどういう状態で、どういう気持ちでいるのかをしっかりと見定める事が大切だと思った」
そして彼らは、全員が無意識に抱き続けていた1つの疑問の解答を知った。
学真は、かなり仲間思いだった。いや、かなりという程度ではない。彼のソレは異常だった。
始めてこのクラスに来た時、E組の生徒たちは、理事長の息子である彼をあまり受け入れようとしていなかった。少し距離があった。
なのに彼は、それを気にする事は無かった。それどころか、彼を避けていたにも関わらず、クラスメイトのために動いていた。前原がA組に酷く扱われた時も、彼は非常に怒っていた。霧宮が教室から出て行った時も、一番最初に霧宮を助けようと動いていた。
普通の人なら躊躇うようなことでも、彼は迷わずに真っ先に動いていた。その事に疑問を感じていた生徒もいた。
だが今の話を聞いてその原因が分かったのだ。
彼は、後悔していたのだ。如月を救う事にためらった事を。日沢の側にいてやれなかった事を。それが、日沢の死の原因だと彼は考えていた。
だから彼は迷わずに動き始めるようにしていた。もう二度と、自分の大切なものを失わないために。
「これで全部だ。今まで隠しててすまなかった」
学真は頭を下げた。ここまでみんなに隠し事をしていた事にも罪悪感があったのだろう。言えば嫌われるんじゃないかと、後ろめたく思いながら黙っていた事さえも、自分が悪いと思っていた。この男は、なにもかも自分のせいにしてしまうのだ。
そんな学真になんと声をかければ良いのだろうか。それはとても難しい問題のようで…
案外、単純な答えを持っていた。
「話してくれて、ありがとう。ずっと、学真くんは辛い思いをしてきたんだね」
最初に動き始めたのは、矢田だった。ほかの全員も、それを言うつもりだった。
「学真くんは今まで、私たちを支えてきてくれた。だから…もし良かったら、学真くんが背負ってきたものを、私たちにも背負わせて」
矢田の言葉を聞いて、学真は驚いている表情を見せた。背負ってくれると、思っていなかったのだ。
「…良いのか。俺、みんなに迷惑をかけて」
「何言ってんだよ。今までお前が俺らを支えてくれたじゃねぇか。お前が逆に迷惑をかけてきても、別に問題ねぇだろ」
戸惑っている学真に、杉野が答えた。いつものように、明るく、励ますように。
他の生徒も、学真を見守っている。彼を嫌な目で見る生徒は、誰一人としていなかった。全員が、矢田の言う通り、彼を支えようとしているのだった。
うつむきながら、学真は思い返していた。今まで、そう言われたことは無かった。彼の苦痛を、一緒に背負ってくれると、言ってくれる人はいなかった。
父も兄も、彼を慰める事は無かった。友達として接してくれた者も、自分の醜いところを受け入れてくれる人はいなかった。
誰も…
「みんな…!」
何かが、溢れるような声だった。弱々しく、ハッキリと聞こえるその声には、彼の感情が詰まっていた。
「……ありがとう…!」
泣きながら学真は言った。
生徒たちは初めて、学真が泣いているところを見た。彼が泣くなんて、思ってもいなかった。それを見て、もらい泣きする人もいた。
この日を境に、今まで学真がE組の生徒たちとの間に開けていた距離が無くなり。
本心で、彼らと向き合うようになった。
学真くんとE組のみんなとの距離が狭まりました。夏休みの暗殺前にコレだけは絶対にやっておきたかったんです。
そして学真くんの過去については、どうだったでしょうか。読んで下さっているかたがいるのを知って、本当に嬉しい限りです。
さて、次回は窠山くんに再び登場してもらいます。
次回『道の時間』