浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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今回ちょっと短いです。




第66話 試合終了の時間

「頑張って、学真くん!!!」

 

学真を大きな声で応援していたのは、矢田桃花だった。周りの生徒たちは突然の大声にビックリしているが、ほんの数人はニヤついている。彼らが何を思ったのかは語る必要も無いだろう。

その矢田の行動に触発されて、学真を応援する声が増えていく。周りのヤクザたちの野次に負けないぐらいの迫力があった。

 

さっきまで窠山の攻撃を受けて膝をついていた学真が立ち上がる。自分たちの応援の声が届いたと分かり、その場の全員がとても嬉しそうな気持ちになっている。

 

そして学真が拳を放つ。それは窠山の顔を完全に捉えていた。

 

 

「よし、良いのが当たった!」

 

 

杉野がガッツポーズをするように言う。素人が見てもかなり良い一撃が当たったのが分かる。その一撃で窠山は倒れるだろうと誰もが思った。

 

「舐めるなァァ!!」

 

 

だが窠山は倒れなかった。大声を出して踏みとどまる。

 

 

「嘘だろ…!あれを耐えるのかよ!」

 

 

耐久力が長所である寺坂も驚きを隠せない。今までのダメージが蓄積されれば倒れてもおかしくないのに、窠山は倒れようとしない。彼の尋常じゃない執念に、流石に感心するしか無かった。

立ち上がった窠山は学真の懐に入る。さっきと同じような、八極拳のような強い一撃を当てるつもりなのだろう。そして懐に入り込まれた状態では躱すことが出来ないと感じ、学真が攻撃を受けるのではないかと焦っていた。

 

だが学真は窠山が近づいたのと同時に、右足を勢いよく上がる。勢いよく飛び上がった足は窠山の顔を捉えた。それもさっきの顔面への攻撃よりも強力な。

攻撃を受けた窠山はバタリと倒れる。今の一撃で、完全に糸が切れたように見えた。

 

「嘘だろ…!若が…負けるのかよ!」

「あんなシャバゾウに…!?」

 

 

周りのヤクザたちはかなり焦っている。窠山が負ける事なんて考えてなかった。だが試合を観るともう勝負がついたように見えた。

 

「嘘だろ…!立ってくれよ!」

「今までみたいに、ソイツをぶっ殺せば良いだけだろ!!」

 

誰になんと言われても窠山は動かない。ただ10カウントが進むだけだった。

 

そして…

 

 

 

「勝負あり。勝者浅野学真!」

 

 

小峠が判定の声を上げる。審判である彼が言った以上、結果はもう決まった。この戦いで、窠山は敗れ…学真が勝ったのだ。

 

 

「やった!」

「学真スゲェ!!」

 

 

E組の生徒たちが感激の声を上げる。クラスメイトである学真が勝利したことは彼らにとって喜ばしいことこの上なかった。

殺せんせーや烏間も微笑んでいる。学真が望んで引き受けたこの勝負、学真の勝利は彼らにとっても朗報なのだ。

 

 

 

「ふっざけんな!!」

 

 

 

そして、突然の怒りの声が響いてきた。それを発したのは窠山を応援していたヤクザだった。

 

「こんな結果、あるはずねぇ!若がよりによってあんなガキに負けるなんてあって良いはずがねぇ!」

 

そのヤクザは、窠山が負けたことに納得行かないようだった。応援していた人が負けたと言うのは受け入れがたい。それはヤクザに限った話ではない。

 

だが現実として窠山は負けた。ここで何と言おうとそれが覆ることはない。

 

「そうだ…こんな事があってたまるかよ!」

「卑怯な手を使ったに違いねぇ!」

「ぶっ殺してやる!」

 

E組の生徒たちはかなり焦っている。応援席にいるヤクザたちは怒り心頭だ。このままでは学真に襲いかかろうとする、更には自分たちも被害を受けるかもしれない。

烏間は周りを警戒している。殺せんせーも同じだった。万が一の時には烏間が応援席にいる生徒たちを、殺せんせーが学真を守ろうとしているのだ。

 

 

 

 

「黙れ!!」

 

 

 

 

 

ヤクザたちの慌てる声が、たった1人の声によってかき消された。その声の主は…窠山だった。

 

 

 

 

「ギャーギャー騒がないでよ。結果は結果だ。それをどうこう言っても何の意味もないでしょ」

「け…けど」

「黙ってと言ったでしょ。これ以上僕を苛立たせないでくれる?」

 

 

ヤクザたちはその言葉を聞いて完全に黙った。数秒前まで大騒ぎしていたのが嘘のようである。

全員が静かになったのを確認して、その試合の審判をしていた小峠が話し始めた。

 

「皆さん。撤収しましょう。若が言った通り負けは負け、それをどうこう言っても何の意味もありません」

 

小峠の言葉を聞いて、渋々とヤクザたちは席から離れていく。その時に悪態をついたり、落ち込んでいたりとその様子はさまざまであった。

 

 

 

 

 

 

「…なかなか凄いことをしてくれたね」

「多川もそう思うか」

 

3階にてその試合を見ていた黒崎と多川は、学真の動きに感心している。最後の学真の攻撃は、並大抵ではなかった。

 

「さっき学真は、窠山が攻撃できる間合いに入ってから蹴りをかました。窠山も攻撃をしかけていたから、かなり際どいタイミングを要求されるはずだけど」

「たしかに。考えてみれば野球の時も思ったが、学真はタイミングを外すことはないな」

 

黒崎が思い出しているのは、球技大会の時である。140km以上はある進藤のストレートを学真は見事に打ち返した事がある。ほんの一瞬であるタイミングを、学真は外さない。窠山が攻撃して来るのと同じタイミングで、しかも攻撃できるまで時間がかかる上段の蹴りを当てた。黒崎や多川も、驚かざるを得なかった。

 

「それにしても、窠山が倒れない事に全く動揺していなかったな。かなり強い精神力を持っているようだ」

 

そして黒崎が1番驚いているのは、倒れようとしていた窠山が踏ん張った事に全く動揺しなかった事である。E組の生徒たちは全員驚いていたし、窠山を応援している立場のヤクザたちも驚いていた。なのに全く動揺していない学真は、途轍もなく強い精神力を持っていると黒崎は考えた。

 

 

 

「…それは違うと思うよ」

 

 

 

その考えを、多川は否定した。無言ではあるが理由を尋ねているようなオーラを放つ黒崎に、多川は説明を始める。

 

「学真は精神力に関してはそんなに強くないよ。ちょっとした変化が起こっただけで動揺するし、根性もそんなにあるわけじゃない」

 

 

学真は大きなミスをやらかした時に動揺していることがバレバレな喋り方をしたり、不審な男がマジックを突然しただけで仰天するなど、あまり精神的に強くないことを多川は知っていた。今ではマシになっているが、昔は劣等感を感じて道場を辞めてしまうほど打たれ弱かった事もある。そんな彼が窠山の踏ん張りに動揺しなかった理由を、多川はなんとなく察していた。

 

「今動揺しなかったのは、恐らく窠山が倒れないことを予想したからだと思う。全く接したことがない人でも無いし、それぐらいは予想できてもおかしくはない」

 

E組である彼だが、2年間はA組で窠山と同じクラスだった。過ごしてきた時間はE組と一緒にいた時間よりも長い。例え好意的な関係では無かったにしても、()()()()()()()()()()()学真は窠山の性格を理解していたのだ。だから動揺しなかった。皮肉にも過ごしてきた時間の長さこそが、この試合の勝敗を決めたとも言える。

 

「過ごしてきた時間、か…」

 

多川の話を無言で聞いていた黒崎、彼が一体何を考えていたのかは誰も分かる余地は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤクザたちと同じように窠山も自分の家に帰る。とは言っても怪我だらけなので1人で帰るとは行かず、部下たちに荷物持ちなどの手伝いをしてもらっている状態だった。

 

「若。今後の予定は?」

 

そんな彼に、小峠が話しかける。烏間と言う男性に学真の荷物が置かれている部屋の鍵を渡して、彼は窠山の側にたどり着いた。

 

「…部屋でゲームをしてる」

「おや、訓練とかはしなくてもよろしいので?」

「は?スポーツ漫画とかじゃないし、負けた事に悔しさを感じて練習に励むとかはないよ。あの勝負が全てじゃない。さっさと帰って別のことをしないといけないでしょ」

 

いつも通り、屁理屈そうで確信をついている話し方だった。もともと窠山はへこたれるような性格ではないし、1つの勝負にこだわる男ではない。だから落ち込んでいるはずはないと思っていながらも、窠山のその話し方を見るまで安心は出来なかった。

 

「分かりました。それでは車を手配しておきます」

 

そう言って、小峠はその場を離れる。言った通り、車の準備をしに行くのだ。

荷物を持っている部下たちを先に行かせた窠山、小峠を行かせた事で1人になる。いつもだったら小峠が運転して来る車をまだかまだかと待つだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………負けた)

 

 

 

 

 

 

 

だが、小峠の運転を待つような雰囲気ではない。彼は顔をしかめていた。

 

 

(負けた…負けた)

 

彼はへこたれる性格ではない。1つの勝負の結果にこだわる男ではない。

 

 

 

 

(負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた…)

 

 

 

 

 

だがしかし、今の窠山は違った。長い人生の中の、ほんの一瞬の、何の意味を持たない勝負に、窠山は初めて、怒りを持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窠山たちが武道館を出てしばらく経ち、学真は試合場の扉から外に出る。今更になって今までの疲労が返ってきたとばかりに、今彼は壮絶なダルさを感じていた。そのせいか、一歩踏み出すという簡単な動きでさえも上手に出来ない様子だった。

 

扉から出るとき、一瞬足がもつれる。それを学真は踏ん張ることができずに身体もぐらりと倒れ込んだ。ボスン、と体が倒れ込んだのと同時に、彼は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……」

 

 

 

ポカン、としているのが分かるような声を発する矢田 桃花。彼女は今かなり動揺していた。

試合場にいる学真が試合場から出ようとしているのを見て、E組の生徒たちは一斉に一階に降りる。

その中でも、矢田は1番速かった。学真が勝利した事に溢れる賞賛と安堵の気持ちが矢田のスピードを上げているのかもしれない。

 

彼女が扉の近くに着いたのと同じ時に扉が開く。当然、中からは学真が出てきた。

話しかけようとした矢田だが、彼女が声をかけるよりも先に彼はフラリと体勢を崩し、そのまま前に倒れようとしていた。

倒れこもうとする学真はそのまま、矢田にもたれかかるように倒れ込んだ。正確には、矢田の胸にちょうど当たるように。

 

そして現在に至る。反射的に学真を支えてはいるが、彼女はそのまま思考が止まっている。この後どうすればいいか、全く分からずにいた。

 

 

 

 

 

そして周りの生徒たちはというと…

 

「おおおおおお!」

「きゃああ!!」

 

大喝采だった。

 

 

 

 

 

「ちょっと、なんでそんな大声をあげるの!?」

「だって凄い瞬間じゃん。学真が矢田にもたれかかってるんだぜ?」

「矢田ちゃん、写真撮っていい?」

「しかも矢田のおっ○いに当たってるぞ」

「いわゆるラッキースケベというやつじゃない?」

「学真のやつ…なんて羨ましい」

 

 

矢田が困っていても、生徒たちは興奮を抑えようとしない。後半に至っては学真が言われたい放題である。担任であるはずの殺せんせーに至っては一心不乱に何かを書いていた。

いつもなら学真が何か言い返すのだが、その本人は矢田にもたれかかりながら眠っているだけだった。

 

 

 

 

 

E組の(変な)盛り上がりを見て、烏間は眉に手を置いている。いま彼は酷い頭痛を感じていた。そして開き直り、手を叩いて大きな音を出して生徒の注意を引きつける。

 

「ずっとここにいると、迷惑になる。学真くんの荷物を運ぶのに何人か手伝ってくれ。残りの生徒は早く帰るように。車も用意しているから、それを使う人は部下に頼んでくれ」

 

テキパキと生徒たちに指示を出す。教官と言うより指導の先生になっているようだった。

生徒たちがそれぞれの動きをして散らばっていく。学真を抱えている矢田は、未だに眠っている彼を見て微笑む。

 

 

 

 

 

 

「お疲れさま、学真くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、クラスメイトから散々弄られて学真は恥ずかしい思いをする事になってしまった。

 




やりたかったからやってみた。後悔はしない。





次回『虫とエロの時間』
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