夏休み、殺せんせーの暗殺計画を実行する日が近づいている。私は教室じゃなく家にいた。学校で出されている課題を終わらせようとひたすら頑張っている。
けどいま私は課題に手がつかない。机について問題を解こうとしているんだけど、頭が回らないでいる。ダメだと思っていても余計な事を考えてしまう。
原因はあの日、学真くんが窠山くんと武道館で戦った日のことだ。勝負が終わった学真くんを迎えに行ったら、疲れ切っていた学真くんはそのまま倒れて、私に寄りかかってきた。
学真くんのことだから下心でやったとかは疑ってない。何人かのクラスメイトがそれでやっただろみたいな事を言っていたけど、あくまでからかいとして言っただけだし、本当に学真くんがそのつもりで言ったと思っている人はいない。私もそう思っている。
思っていても、意識するしか無かった。学真くんがあんな近くに来た時、結構動揺してしまった。
かなり時間が経っているはずなのに、学真くんが寄りかかってくる時にかかってくる重さとか、学真くんの寝顔をシッカリと覚えている。あの時の記憶が夢の中で再現することもあった。それが原因で日に日に学真くんの事を意識してしまう。
しかも学校がないから当然だけど学真くんに会ってすらもいない。だから寂しいと言う気持ちも出てきはじめた。毎日会わないと不安でしょうがなくなるなんて、今までに1度も無かった。
なんとか目標としているところまで課題を終わらせて、布団に倒れる。ボスンと言う音と一緒にこのドキドキと言う気持ちが吹き飛ばないかと思ったけど、そんな事はなかった。
「…カッコよかったなぁ…」
思わずポロリと言ってしまう。あの時の学真くんを本気でそう思った。最後に学真くんが窠山くんを倒した回し蹴りに、思わず見惚れていた。あんな鮮やかな決まりかたを見てしまうと、しばらく記憶から離れなくなる。
気持ちの高鳴りが、ドンドン強くなっていく。明後日学校で学真くんに会った時、いつも通りに彼と接することが出来るのか不安になってきた。
《TRRRRR、TRRRRR》
家の電話が鳴り始める。この時期に来るって事は、暗殺関係の連絡か、もしくは遊びに誘っているかのどちらかかな?前者ならメグから来ることが多いし、後者なら陽菜乃ちゃんから来ることが多い。
ちょっとモヤモヤしていたし、気分転換も兼ねて電話を取りに布団から起き上がる。そして数歩だけ歩いて電話を取った。
「はい、矢田です」
『おう矢田。俺だよ、学真』
「うひゃあああ!!?」
ビックリして変な声が出てしまった。なんでよりによって学真くんが電話してきたんだろう。ちょうど学真くんの事を考えていたから余計にビックリした。しかもコレで2回目な気がする。
『だ、大丈夫か!?いま大きな声がしたぞ!!?』
「だだ、大丈夫。ちょっと待ってて」
電話の向こうで心配してくれている学真くんに少し待たせて深呼吸する。大丈夫、いつも通りいつも通り…
「うん。どうしたの?学真くん」
『お、おう…実はな……』
私はいつも通りの調子を取り戻したけど、学真くんは少し動揺してしまったみたいだった驚かせてしまったことに心の中で謝りながら、学真くんの言葉を聞いた。
『先日の応援のお礼をしたいんだけど、明日ヒマだったりするか?』
…え?
明日ヒマ……?
それって…
「え、うん…ヒマだけど」
もしかして……
『夏休み限定で大きなイベントがあるんだけど、良かったら一緒にいかねぇか?』
…デートってことなの?
「…それって2人でってこと?」
『まぁ、チケットが2つしか入らなかったし、誘うならお前かなと思って』
学真くんに確認すると、やっぱり2人で行くということだった。2人でイベントに行く…
やっぱりデートっぽい。
「あ、その…なんでっていうか、私で良いの…?」
『あぁ。あの勝負の時、最後に倒れることなく踏ん張れたのは、お前の応援があってこそだった。お前にはお礼をしておきたいと思っていたんだ』
あ…そうか。この前の窠山くんとの勝負のとき、倒れそうになっている学真くんを見て、思わず大声を出してしまったんだ。そのことが原因で中村さんやカルマくんにいじられているけど。
その大声が、学真くんに届いたかどうかは分からなかったけど、どうやら届いたようだった。それのおかげで勝つことが出来たと言われるのは…ちょっと恥ずかしい。
だから私を誘ったんだ。私の応援で勝つことが出来たと思っている学真くんは、恩返しのために私を誘ったということだろう。
『もちろん無理に来てくれって訳じゃないけど…』
「…ううん!行く!折角だし行こう!」
思わず声に力が入る。まさか学真くんに誘われるとは思ってなかったけど、この誘いは絶対受けたい。どんな理由であっても、学真くんが誘ってくれるなら…
『そうか。それは良かったよ。それじゃ明日俺の家の前に集合な』
「うん…そういえば、どんなところなの?」
『ん?あ、そういえば言ってなかったな。えっとな…』
そのイベントの内容を確認しているのか、向こうで学真くんが何かを探っている様子だった。学真くんが誘ってくれる場所と言ったらどこだろうか。理事長の息子だから、結構豪華なところな気がする。水族館とか、ホテルとか…
『言うなら、船上パーティーってところだ』
………
……え?
「せ、船上…?」
『そ、船上パーティー。いわば船で海か湖の上を動きながら食事するってやつ』
船上パーティーという単語は聞いたことがある。漫画とかドラマとかでそのシーンが載ることはよくある。
けどアレは正にフィクションの世界。現実だと費用が半端ないからそれに参加する機会はほとんどない。しかもそれを中学生で申し込み出来るって…
さっきの私が予想していた豪華そうなところに誘う気がするというのは、もっとレベルが高い基準で当たっていた。
「す…すごいね。船上パーティーに申し込むことができるんだ…」
『まぁ、頼むだけなら簡単に出来るよ」
そういえば渚くんから、学真くんの庶民感覚が大きくズレているって聞いたっけ。それってこういうことだったんだ。
「…どういう人が参加するの?」
『ん?えっとな〜…』
ペラペラっと紙をめくる音が聞こえる。ひょっとして、リストの本とかがあるのかな?
『まず、○○チームの監督だろ』
あ、そのチームテレビでよく見たことがある。
『それと、お笑い芸人の△◇さんだろ』
あ、そのコント結構面白いって弟も言っていたな〜
『それから…テレビによく出ている☆☆さんだな』
あ、私の好きな人だ…
なんかとんでもないイベントに参加させられているんじゃないか。さっきまで浮かれていたような幸せな気分が嘘のように、いまかなり焦っている。だってそんな有名な人ばかりがゾロゾロといるイベントなんて参加するどころかそれがある事すら知らない。
『とりあえずはこれぐらいかな。まぁそれから俺の知り合いも来ているし、運が良かったら会えるかもしれない』
電話の向こうで話している学真くんはいつも通りだった。緊張している様子もない。やっぱりあの理事長の家ではそれが当たり前だったのかな?…余計に理事長が怖くなった。
そこまでの話を聞いて、私は確信した。今すぐ私は準備を整えないといけない。いつも通りの私の服じゃ間違いなく浮いてしまう。中学生でもその場にいて違和感ないような…ドレス?を用意しないと…
『…大丈夫か?ちょっと調子悪そうだぞ』
私が慌てているのが分かったのか、学真くんが心配している。
そうして心配してくれた事はいつも嬉しく思っていた。けど今回はそれに甘えている場合じゃない。せっかく学真くんが用意してくれたパーティーのイベントを、私の勝手な都合で台無しにしては行けない。
「…ありがとう。でも大丈夫。明日楽しみにしているから」
学真くんに心配されないように、出来る限り明るい声で話す。
受話器を置いて電話を切った後、すぐに電話をかける。こういう時に1番頼りになる人に助けを求めるためだ。
電話をかけて暫く経って、相手の人が出てきた。
「はい……うん、あのね…」
◇
「うん。凄く似合っているわ。可愛いわよ、桃花」
都会のデパートで、ビッチ先生と一緒にドレスを探していた。そしていま、ビッチ先生が選んでくれたドレスを試着していたところだった。
さっき電話したのは、ビッチ先生だ。高級な場所での立ち振る舞いならビッチ先生ぐらいしか頼れる人がいない。逆に庶民的な場所では当てにならないけど…
そしてビッチ先生と一緒に来ているこの店は、とても高級なブランド品ばかりが揃っている。
私の手持ちじゃ絶対にここの店の商品は買えないと心配していると
『いいわよ。愛弟子の晴れ舞台だから、私が一肌脱いであげる』
と言われてビッチ先生が払うことにしてくれた。まさかビッチ先生が払ってくれるとは思っていなかった。それにしても、私はいつからビッチ先生の愛弟子になったんだろう…
改めて自分のいまの姿を鏡で見る。水色のドレスを着ていて、今までの自分とは雰囲気が変わったようだ。服が変わるだけでこんなにも変わるもんなんだね。
そして髪もいつものポニーテールのようにくくるんじゃなくて、髪どめを使って少しオシャレにアレンジしている。
この時、私は1つ疑問に思った事がある。
「ねぇ、ビッチ先生。このドレスって何もつけなくてもいいの?」
私の着ているドレスは、なんの飾りもついていない、シンプルなものだった。少し前にビッチ先生のドレスを着た姿を見た事があるけど、とても赤いドレスで、模様とか飾りがついている派手なドレスだった。ビッチ先生の事だからそれを勧めてくるんじゃないかなと思ってただけに凄く意外だった。
「何もつけないわよ。むしろあなたはそれが良いと思うわ」
そしてビッチ先生がそんな飾りはつける必要は無いと言われる。
「ドレスは意外と身体つきによって相応しいものが違うものよ。私は目立つ物をよく着るけど、桃花はなんの飾りもない、シンプルでかわいいドレスが似合っているわ」
どうやら身体つきによって似合うドレスが違うらしい。そんなものがあったなんて知らなかった。
たしかに、ビッチ先生が着ているドレスを着ても絶対に似合わないと自分でも思う。それ以前に着る事も嫌だと言うかもしれない。ビッチ先生の言う通り、人に向いているドレスと向いていないドレスがあって、自分にピッタリ合う物を選んだ方が良いのも納得な気がする。
「それにしても嬉しいわ。桃花がこういう事に参加するなんて」
私の姿を見てビッチ先生が少し微笑ましい表情になって話した。こういう事ってなんの事だろう…?
「学真と船の上で色々とイチャコラやるんでしょ」
「しないよ!」
…やっぱりビッチ先生だ。そういう事しか考える事が出来ないのかな…?
「冗談よ。でも嬉しいのは本当よ。同じ年頃の異性と遊ぶ事なんてそうそうない。私なんか、その機会すら無かったんだから」
あ……そっか。
そういえば、修学旅行でもビッチ先生は言っていた。戦争とは縁のない国で生まれた私たちに、精一杯女を磨けって。ビッチ先生は、私のように、今回みたいなお出かけのために悩むことも出来なかったんだ。
だからビッチ先生は、ここまで面倒を見てくれたんだ。自分が楽しめなかったことを、私に楽しんでもらうために。
「だからね、桃花。精一杯楽しみなさい。どんな結果になったとしても、後悔しない事が1番大切よ」
発破をかけてくれるビッチ先生のために、私は何が出来るか。それは明らかに分かっている。
明日の学真くんとのお出かけは、精一杯楽しまないといけない。
◇翌日
学真くんの家の前に来ている。集合場所として言われた場所だから。今は私服、会場の近くで着替える場所があるから私服で来てって言われた。だからいまドレスはバッグの中に入れている。バッグもビッチ先生に勧められたものだ。
「ねぇ、きみ可愛いね。この後どっかに遊びに行かない?」
待っていると声をかけられた。コレって…ナンパって事かな?そういえばナンパにはくれぐれも注意するように殺せんせーから言われていたっけ…
「ごめんなさい。いま人を待ってるので…」
「えぇ〜?良いじゃん。海とか行くし楽しいよ」
こういう人って断ってもシツコく来るよね…学真くんが来るまでこの人が話し続けて来るんだろうか。
すると、話しかけて来た男の人にドン、と誰かがぶつかって来た。
「イッテ…!何すん…!」
男が怒りながらぶつかって来た人を見る。その途端、セリフが途中で完全に止まった。
「あぁゴメンね。ちょっとその人に用があるからどいてくれない?」
ぶつかった人は、学真くんだった。話している内容は普通だったけど、顔から発している威厳のオーラが半端ない。相手の人がビクビク震えていた。
…コレって理事長の遺伝だったりするのかな……?
「す、スイマセェェン!!」
大声で謝って、男は走って逃げ出した。
「…悪い。本当は俺の方が先に着くべきだったんだけどな」
「ううん。特に何もされてないから大丈夫」
男が逃げ出してから少し後に、学真くんが謝ったから大丈夫だと伝える。少し不安だったのは事実だけど…
「それから…もう一つ謝んないといけない」
「…え?」
学真くんはほかに謝らないといけない事があると言っている。そんな謝らないといけない事ってされてないと思うけど…
「こんなイベントに誘ってゴメンな。カルマから聞いたんだけど…普通は船上パーティーなんて参加しないみたいだな。ちょっと困らせてしまったかもしれない」
あぁ、そういう事。船上パーティーに招待した事を申し訳ないと思っているんだ。カルマくんに聞いて、自分の庶民感覚のズレを認識して、罪悪感を感じているのかな…
「大丈夫だよ。折角誘ってくれたんだから、学真くんが謝らないといけない事なんて無いよ」
最初に聞いた時は凄く驚いたけど、別に嫌だった訳じゃない。
「それじゃ行こう。どうやって会場に行くの?」
「ちょっと待ってくれ。もうすぐ着くと思うから」
…もうすぐ着く?何が着くんだろうか。
すると学真くんは何かに気づいたようで片手を挙げている。タクシーでも頼んだのかと思って、学真くんが向いている方…つまり、私の後ろを見る。それと同時に、それが私たちの前にたどり着いた。
「お待たせしました。浅野学真様ですね」
「あぁ、よろしく頼む」
「リムジン!!?」
現れたのはタクシーなんかではなくまさかのリムジンだった。まさか烏間先生関係以外でリムジンを見ることになんなんて…
「あの船上パーティーは、申し込んだらリムジンが迎えに来るみたいなんだ。こういう高級車は好きなわけではないけど、まぁ交通機関で行くよりはマシだろ」
運転手から渡された紙に、恐らくサインを書きながら学真くんが何か話している。そうか。船上パーティーって言うぐらいだし、移動にリムジンを使う事は当然なのかも…
「はい。お2人様ですね。それでは荷物をこちらにおいて席に移動してください」
運転手の人に言われた通り、荷物を入れて席に座る。学真くんも同じように座った。
そして扉が閉まる。その音が、いよいよ出発することを知らせている。
そうして、私たちを乗せたリムジンは、目的地に向かって走り出した。
学真くんの庶民感覚のズレがこんな酷いデートを作ってしまいました。このデートの行方や如何に。
次回『船上の時間』