「霧宮!おい!しっかりしろ!」
倒れている霧宮を揺さぶりながら、霧宮に声をかけ続ける。意識があるかどうかを確かめるためだ…
「…疲れすぎたようだな。あまり体が動かない…」
疲れすぎとは言っているが…そうとは思えない。いまの倒れ方は体に異常がある奴の倒れ方だ。よく見ると苦しそうに息をしているし、表情もかなり悪い。
まさかと思い霧宮のデコを触ると、思った通り霧宮の体は熱がこもっている。
「…!おいみんな!霧宮が…!」
霧宮をどうにかするためにクラスに助けを求めようとしたが、それは出来なかった。
何しろ霧宮以外にも似たような状態になっている奴がいたからだ。
「みんな!」
「ひどい熱…!」
「どうしたんだ…突然…!?」
半分ぐらいの生徒が床に倒れていたり、机に伏している。
そうなっているのは…杉野と神崎、三村、村松、狭間、原、倉橋、前原、岡島、中村か。他のみんなはそうなっていない。これは一体…
「これは、お前の仕業か…?」
烏間先生の声だ。電話で誰かと話している。その話し相手が…この原因なのか…?
相手の話を聞いている烏間先生、一瞬だけ渚の方を向いたが何があったのかはわからない。
会話が終わったのか、電話が切れる。その瞬間に球体の殺せんせーを机に叩きつけた。烏間先生の中の悔しさを象徴するかのように、叩きつけられた机が悲鳴を上げているのが分かる。
「…と、言うわけだ」
烏間先生が、いま電話の話を説明してくれた。
思った通り、みんなが苦しんでいるのはその相手の仕業だった。特別な薬なようで、感染してしまうと1日立つだけで死んでしまうものらしい。
そしてその解毒剤は相手の手元にしかないようだ。
その薬が欲しければ外部に連絡をせずに殺せんせーを持って来いと言うことだった。そして持ってくるのは烏間先生ではなく最も背が低い男女の二人組…
つまり、渚と茅野か。さっき渚を見たのはそう言うことか。
「烏間さん。ダメです。政府としてあのホテルに問い合わせてもプライバシーを繰り返すばかりで…」
「やはりか…」
烏間先生の部下が取引場所として提示してきたホテルに問い合わせても情報は手に入らなかったみたいだ。烏間先生の反応からすると…
「あのホテルって…ヤバい奴らが集まるところですか…?」
聞いたことはある。初めから違法な連中が集まる危ないホテルがあると。
「…あのホテルは少し前から警戒している。政府の上ともパイプが繋がっているから国も迂闊に手が出せない」
「ふぅん…そんなホテルじゃ、コッチに手を貸してくれる訳ないか」
カルマの言う通り、ホテルがこちらに手を貸してくれるとは思わない方が良い。寧ろそのホテルもかなりの悪者だ。まさかそんなホテルが関わってくるとは思わなかったけど。
「どーすんだよ。このままじゃみんな死んじまう!こ、殺されるためにここに来たんじゃねぇよ!」
吉田がかなり焦っている。それはしょうがない。何しろバカンスに来ているし、こんな事態なんて想定していない。
俺も焦っている。どうすれば良いのかが全く分からない。このままじゃ…
「落ち着いて。そんな簡単に死なない死なない。じっくりと対策を考えよう」
原の言葉で少し落ち着きを取り戻した。危ない状況である事には変わらないけど、原の言葉を聞いてると暴走している思考も落ち着いていく。
…さて、どうしようか。
取引に応じるのも危険だ。こんな毒を仕掛けてくる奴が殺せんせーを貰ったところで解毒剤を素直に渡してくるとは到底思えない。寧ろ渚や茅野まで人質にされたら最悪だ。
かといって無視するわけにも行かない。烏間先生から聞いた話だといま盛られた薬はオリジナルのものだと聞いている。他の病院に対処できる薬があるとは限らない。それこそ取引先にしかないと思った方が良いだろう。
交渉に応じるのも危険、応じないのも危険だ。八方塞がりだ。どうすればいいか見当をつける事もできない。せめて相手の目的が分かれば、何か手があるのかもしれないけど…
「良い提案がありますよ。敵の言いなりになるより、大人しく病院に行くよりは…」
その時、思わぬところから策があると聞こえた。
それは、殺せんせーだ。
「律さんの下準備は整ったようですし、看病に残る竹林くん、奥田さん以外の元気な人たちには着いてきてください」
私服に着替えさせられて俺たちが来たのは、犯人が指定してきたホテルの裏側だ。正面からしか入らないようにするためか、ホテルの裏は崖っぷちだ。それを登りきったところに扉がポツンとある。
「おいおい…まさか」
この時、察してしまった。殺せんせーが何を企んでいるかを。当の本人はいつもより愉快そうに笑っている。
『正面玄関と湿地一帯には大量の警備が置かれていて、フロントを通らずにホテルに入るのはまず不可能です。しかしこの崖を登ったところにある通用口には、潜入不可能な地形なので警備も配置されてないようです』
「敵の意のままになりたくないのなら手段は1つ。患者11人と看病に残った2人を除いて、動ける生徒全員でここから潜入して奇襲して薬を奪い取る!」
予想は当たった。そりゃ崖の上に扉が設置されてあるところに来させられた時点で想像つく。
律が言ったとおり、潜入されないだろうと思われているあの通用口に警備を設置しているとは到底思えない。律というデータが言うなら尚更そうだ。
だからあの通用口から入ると言う事か。
「…危険すぎる。この手慣れた脅迫の手口。相手は明らかにプロだぞ」
「ええ。しかも私は君たちの安全を守れない。大人しく私を渡した方が得策かもしれません。全ては君たちと烏間先生の判断次第です」
烏間先生の言っている通りだ。その計画は、さっきの2択とは別の意味で危険だ。見知らぬ敵との戦い方なんて俺らはやったことがない。ましてあのホテルのような危なっかしい場所に入ったことすらもない。
「けど、行くしか無さそうだな」
これ以外に方法はない。寧ろこれが最適解だ。
「ちょ、やめときなさいよ学真!そもそもあんな崖、登り切る前に転落死するわ!」
歩き始めた俺に、ビッチ先生が焦って声をかけているようだ。けどこの崖程度じゃ落ちたりすることはない。
何しろいつもの体育じゃ、この程度で根をあげるような訓練じゃないからな。
足を引っ掛け、両手で手頃な岩を握る。そのまま身体を持ち上げながら次の足場に引っ掛けつつ他の場所も変えた。ロッククライミングに必要なのは全身の筋肉とバランスだって烏間先生が教えてくれたし、割とすんなり登れた。
ある程度登れたところで下の方を見ると、他のみんなも崖を登っている。みんなも異論ないようだ。ホテルに殴り込むこの作戦に。
「烏間先生、俺たち未知の場所で未知の相手と戦う訓練はしてきてないから、難しいけど指揮お願いしますよ」
「おう、こんなふざけたことする連中に落とし前つけてやる!」
磯貝と寺坂が烏間先生に話しかける。俺たちを保護する烏間先生としてみれば、俺たちにこんな危なっかしい事をして欲しくはないだろう。
けどここは折れて貰わないと困る。いまの俺たちが動くためには、この人の力が必要なのだから。
やがて烏間先生は決心したようで、俺たちに大声で指揮を取った。
「注目!目標、山頂ホテル最上階!隠密潜入からの奇襲という連続ミッション!ハンドサインや連携については関連のものをそのまま使う!いつもと違うのはターゲットのみ!3分でマップを叩き込め!
19時50分作戦開始!」
「「「「「おう!(はい!)」」」」」
こうして作戦が実行された。最初の崖を登るところは難なくクリアした。唯一不安なことがあったとすれば、ビッチ先生を抱えながら崖を必死に登っている烏間先生の姿かな。
なんかビッチ先生はついてくるみたいだ。何しろ、置いていかれるのは嫌なんだと。…面倒ごとにならなければ良いけど。
というわけでいま通用口の目の前だ。そこで俺たちはホテルの侵入ルートの最終確認をしている。
どうやらこのホテルは、エレベーターを使うためには専用のカードを使わないといけないらしい。だから階段を使うことになるけど、その階段もバラバラに設置されているようだ。
占拠されにくいように複雑な構造になっているという事だな。悪い客も使うわけだ。
複雑なルートを渡らないと行けないみたいだし、その途中で客に見つかってしまう可能性もある。ヘタな行動はしない方が良いな。
烏間先生が先頭になって進んで行く。すると早速最初の難関のようだ。それはロビー、遠くから見ても警備が多いのが分かる。かなりガッチリとした監視体制だ。その場の全員の視線を掻い潜って、しかも全員で突破するのは困難だ。
とは言っても少人数で行くのも危険だ。万が一敵に見つかったら対抗する手段も限られる。烏間先生1人ならなんとかなるだろうけど、俺たちを守りながら動くのは難しそうだ。
「なによ。普通に通ればいいじゃない」
烏間先生や俺が悩んでいる時に危なっかしい発言をしたのは、烏間先生におぶられながらこのホテルまで来たビッチ先生だ。いつのまにかワインを飲んでいる。どこから取り出したんだ。
「状況判断も出来ねぇのか!」
「あんな警備の中どうやって…」
みんなからブーブーと文句が出る。気は確かか、目はついているのか、頭おかしいんじゃないのかなどなど…散々な言われようだ。まぁこんな警備の中で普通に通ったら…
「だから普通によ」
ビッチ先生が、ロビーの中に入っていった。酒で酔っている演技をしながら、警備の1人にぶつかる。そいつの顔が赤くなっているのが、遠くから見ても分かった。
…なるほどね。
警備の目を掻い潜るんじゃなくて、逆にその目を惹きつけるということか。ビッチ先生なら警備の目をごまかすことは出来るだろうし。
ビッチ先生が動いた。何やらピアノを弾くようすだ。椅子に座り、警備の人に見られている。
そんな中、ビッチ先生は堂々と優雅にピアノを弾いた。
「凄い…」
感嘆の声を出す生徒がいた。まさかビッチ先生があんなにピアノを上手く弾けるなんて思っても居なかったし。
曲のセンスも凄い。あの曲は『幻想曲』の類だ。豪華な装飾が目立つこのホテルと相性がいいし、何よりビッチ先生の弾き方に色気を出している。身体の動きでピアノを奏でているような雰囲気に、その場の警備の人は全員目を奪われていた。
『20分時間を稼いであげる。行きなさい』
警備の人全員を近くに寄らせた時に、背中に隠した手で俺たちに合図を出している。簡単な指示だから簡単に意図を読み取ることが出来た。
ビッチ先生の意外な才能に感心しながら、俺たちはロビーを通過した。
ホテルの中を普通に歩いている。全員が私服だからホテルの宿泊客になりすます事が出来るらしい。
こんな大人数の中学生が泊まりに来るのかという意見もあったけど、その心配の必要はなく、寧ろいっぱいいるとのことだ。
烏間先生の話によると芸能人とかヤクザとかの子どもが親の金でここに泊まりに来ているらしい。それも好き放題遊ばれているとかなんとか。
廊下を通っている間も何人か別の客とすれ違ったけど、あちらから話しかけたりすることはない。金持ちの息子が多いところで問題を起こしたくないのはあっちも一緒みたいだ。
何事もなく廊下を通り抜けて広間に出る。騎士の置物とか高そうな武器(の作り物)とかが壁についている。武器として使えそうなものが多いな。
「なんだ。何も無さそうだな」
「こんな調子ならサッサと先に進んじまおうぜ」
寺坂と吉田が先頭を歩いている烏間先生を追い越して先に進もうとする。そんな先に進んで大丈夫かよ。
けど時間がないのも確かだ。取引までの時間は1時間だ。出来る限り早く行きたいのも事実。
寺坂と吉田は、偶然通りかかっている客の横を…
「…!待っ…!」
「寺坂くん!そいつ危ない!!」
焦って言葉が出なかった俺より先に不破が叫んだ。いま通りかかっている客は今までの客とは別だ。
不破の警告を聞いて、烏間先生が2人を後ろに引いた。すると目の前にいる男は何やらポケットから道具を取り出してそれを烏間先生に向ける。
その道具から紫色の煙が出てきて、烏間先生を飲み込む。煙に巻き込まれた烏間先生はその道具を蹴り飛ばした。一瞬だけ煙を出す仕組みなのか、それは煙を出すことは無かった。
「なぜわかった?殺気を見せずにすれ違いざま殺る。俺の十八番だったんだがな。そこのガキにオカッパちゃん」
ガキってのが俺のことでオカッパちゃんが不破だろうな。どうしていまバレたのかが気になるらしい。
けどその顔を見た瞬間怪しい事は分かった。
「オッサンさ…ジュース配ってた奴だろ。そんな奴がここに来てるだけで充分おかしいと言える」
俺たちがこの島に来ている時、ホテルの従業員の格好をした男がトロピカルジュースを渡していた。俺はその顔を
「へぇ、よく見てるもんだ」
正体を見破られたというのに余裕そうだ。そんなの知られても問題ないと思っているんだろうな…
「…オッサンか?みんなにあのウィルスを盛ったのは」
凄みながら尋ねる。竹林から、みんなが毒にかかったのは経口感染、つまり食材に仕込まれていたと聞いている。その盛られた食材としてあのジュースが第1候補になるのは当然だ。ましてそのジュースを持ってきた奴が目の前にいるんだし。
「はっはっは。それを断定するには証拠が弱いぜ。あのドリンク以外にもウィルスを盛れる機会は幾らでもあるだろ?」
…痛いところをつかれた。確かに毒を盛られたのがあのジュースであるという証拠がない。だからこのオッサンが犯人であるとも言い切れない。
「ふっふっふ…」
「……不破さん?」
不破が意味ありげな笑い方をしている。何か楽しそうに見えたのは俺だけじゃない筈だ。
もしかして不破はこのオッサンが犯人である証拠を見つけたのか?
「クラス全員が同じ物を口に含んだのは船上でのレストランのディナーとあのドリンクだけ。けどディナーを食べずに編集していた三村くんと岡島くんも感染していたことから、感染源は昼間のドリンクに限られる」
あっそうか…
そういえば三村と岡島はあの夕食を食べていないんだっけ。
「したがって、犯人はあなたよ。オジさんくん!」
………
楽しそうにカッコつけているところ悪いけど
オジさんくんっておかしくない?
「すごいよ不破さん」
「まるで探偵みたい」
「ふふん。普段から少年誌を読んでいるとね、普通じゃない状況にも素早く適応できるのよ」
…なるほど。漫画ばかり読んでいる事がこういう形で役に立つとは。
「特に探偵モノはサンデーマガジン共にメガヒット揃い!」
「ジャンプは!?」
「え?ジャンプの探偵モノ?よく分からないけど、文庫版が出ているらしいから買うといいと思うよ」
「嫌らしいよ!」
「ステマが露骨だよ。もっとマーケティング倫理に配慮して…」
…突然何を言いだしているんだ。こんなところで全く関係ない作品の話をしても困るだろ。
「文才がゴミの作者が原作と違う事が出来るわけないじゃん」
「やめてあげて!」
「行きすぎた自虐ネタは危ないよ!」
…本当に何の話をしているんだ?コイツら…
バタン!
「…っ!烏間先生!」
煙に巻き込まれた烏間先生が膝をついた。まさか…
「やっぱりあの煙も毒か」
「おうとも、俺特製の室内用麻酔ガスだ。一瞬吸えば象も気絶させるし、空気に触れれば分解されて証拠も残らん。もともと俺の正体を知られたところで何の関係もないしな」
思った通り毒か。しかも、多分この男が作ったんだろう。毒といえば奥田さんが毒を殺せんせーに飲ませた事があるらしい。この暗殺者は、奥田さんの上位互換みたいな感じか。
「なるほど、実用性に優れていますね。あのウィルスも取り引き向きだ」
「さてね…だがお前らが取り引きする気が無いのは分かった。交渉決裂。ボスに報告するか」
交渉に応じる気がない事を伝えるつもりなのだろう。毒使いの男は踵を返した。
けど、その先に行かせる訳にはいかない。
「なっ…!」
敵に遭遇した場合、退路を塞いで連絡を断つ。烏間先生が俺らに言っていた指示だ。
「我々を見た瞬間、お前は瞬時に報告に行くべきだったな」
烏間先生が立ち上がっている。相変わらず体力が半端ない。象も倒れる毒を食らっているはずなのに。
「ふん!!」
「ぐあ!」
一瞬で勝負がついた。烏間先生の渾身の蹴りが毒使いの男の顔面に炸裂した。歯も抜けているし、意識も失うだろう。
けど同時に、ヤバイことになった。渾身の力で男を倒した烏間先生は…とうとう立つ力を失ってしまった。
次回はみんな大好きおじさんぬの出番です。
次回『ぬの時間』