浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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アクロ戦最後です。





第79話 奥の手の時間

「浅野学真…か……?」

 

 

椚ヶ丘中学校E組校舎で、夏休みの暗殺計画の最後の打ち合わせが終わった時だった。生徒たちはもうすでに帰っており、いま校舎には俺とイリーナ、そしてロヴロだけが残っている。

 

俺はロヴロから聞いた言葉に少し動揺している。

 

ロヴロは今日の暗殺訓練を見て感じた事を言っていた。今回の暗殺に成功の可能性があることを認められ、更には暗殺者の素質がある渚くんの話もしていた。

 

確かに渚くんに暗殺者の素質があることは俺も感じている。鷹岡の時に一番思った。彼の才能は暗殺の場においてはその真価を発揮するだろう。

 

 

俺が驚いているのは暗殺者の素質が全く無い男の話だ。

 

 

それだと困るわけでは無い。彼らは中学生であり、暗殺に才能があっても困る。むしろ暗殺の才能がある渚くんについて悩んでいるぐらいだ。

 

 

だがその人物として浅野 学真の名前が出てくるとは思っていなかった。

 

 

浅野学真はこのクラスの中ではかなりの戦力だ。戦闘能力はさる事ながら判断力や観察力は生徒の中でも群を抜いている。瞬間記憶能力も彼の強さの1つだ。

 

何より本人は気づいていないがそれなりに統率力がある。人を引きつける力というようなものだ。恐らく父親から無意識に受け継いでいるのだろう。

 

そして彼は前線に立つ経験が多い。何度か面倒毎に巻き込まれた経験がありその度に彼は前線に立っており、結果も残している。特に窠山くんとの勝負に勝利した事は大きい。あれが彼にとって大きな自信に繋がっている可能性がある。

 

 

それを知っているからだろうか、『最も暗殺者の素質が無い人物』として学真くんの名前が出てくるとは思っていなかった。なぜロヴロは学真くんの事をそう判断したのか、それが気になった。

 

 

 

「そうだな…まず、彼は感情に影響されやすい。それも大きく左右される。簡単に出来た事が急に出来なくなるレベルになるだろう」

 

「簡単に出来た事…?」

 

「例えばスポーツがいい例だ。チャンスになった瞬間に失敗してはならないというプレッシャーがのし掛かる。メンタルの弱い選手はそこであり得ないミスをする事がある。

 

彼はまさにそのタイプだ。気持ちにほんの僅かなブレが生じたら大きなミスをするだろう」

 

 

…思い当たる節がある。彼が始めてこの学校に来た時だ。彼は間違えて日曜日に登校してしまった。その後落ち着いて話をしようとしていたが、動揺しているのが明らかだった。気持ちに大きく左右されると言うのは、恐らくそう言う事なのだろうか…

 

 

「それは暗殺では大きな欠点だ。暗殺はトラブルが当然のように起こる。それでいちいち動揺していたら、逆に殺されて終わりだ。

 

もちろんメリットもある。気持ちが大きく影響すると言う事は、決心した時には普段以上の実力が発揮されるという事になる。動機づけがしっかりしていれば余程のことがない限りヘマはしないだろう」

 

 

一通り聞いて納得した。確かに気持ちに動揺されると言うのは間違いないだろう。そしてそれが暗殺において大きな欠点になると言うことも。

 

 

「それから、これが一番大きな理由だが…」

 

 

続けてロヴロの言った言葉が強く響いた。ロヴロはいま1番大きな理由と言った。先ほどまでロヴロが言ったことは決して小さくはない。つまり、これからロヴロが言おうとしているのはそれ以上のことということだ。

 

 

「これは憶測だが…彼は死に対して敏感になっているみたいだ。奴の暗殺の話をした瞬間に彼が動揺したのが見えた。詳しくは分からないが、死を強く意識してしまう出来事が過去にあったのではないか?」

 

「………ッ!」

 

 

 

…あった。

 

 

 

彼は友人の死に直面している。

 

 

 

直接聞いたわけではない。奴から間接的に聞いただけだ。去年まで親しくしていた友人が自殺したのだと。奴が言うには学真くんはそれに強く責任を感じていると。

 

それは死を強く意識するのに充分な出来事だ。こう言うのも変な話ではあるが、親しいものの死によって人生というものをより正しく考える事になる。

 

 

「その事自体は決して悪い訳ではない。寧ろ命を軽く考えすぎているものは平気で危険な事をする。優れた暗殺者はその上で命を奪う覚悟が必要なのだ。

 

だが彼はそれが出来ない。それどころか迷う可能性がある。『気持ちに動揺しやすい』という欠点も考えれば尚更だ。暗殺者…いや、もっと言えば暗殺をしようとしているものにはかなり大きな欠点になる。暗殺をする直前に手が動かせない事に繋がる」

 

 

…たしかに大きすぎる。暗殺をする事に迷いが出てしまうと困る。奴を殺せる確率が極端に低くなってしまう。奴の暗殺を成功させるためには迷いを振り切ってもらわなければならない。

 

だがそれは要求していい事なのだろうか。彼はまだ中学生だし、命を奪う覚悟を持つ必要はない。要求する方が酷なのかもしれん。

 

 

そうなってくると俺の取れるべき行動は限られてくる。

 

 

「先生よ。1つだけ警告しておく。もしこの後暗殺に支障が出るようなら、彼は暗殺の前線から離れさせた方が良い」

 

 

ロヴロの話を聞いて、学真くんの様子を気をつけて見ておくべきだろうと判断した。いまは特に問題が無さそうに見えていてもこの先もそうであるとは限らない。もし問題が起こったらすぐに対処出来るように。

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

頭が冷えた。さっきまで熱くなりすぎていた頭の中が少しスッキリしている。殺せんせーの話を聞いて少し落ち着いた。お陰で『今しないといけないこと』が分かった気がする。

 

アクロの前に立ち、懐からナイフを二本取り出す。実を言うと霧宮との一件があってから密かに剣術を特訓していた。ひょっとすると何かの役に立つかもしれないと思ったし。

 

けど独学でやる事には限界があった。流石に霧宮のレベルまでは行かない。それどころか磯貝や前原にも及ばない気がする。

 

だから俺は普通の剣術とは違うナイフの使い方を編み出した。いわゆる、攻撃ではなく防御のための技だ。決して攻撃することなくあくまで攻撃を防ぐ事に重視したナイフ術だ。

 

自分で言うのも何だけど、もともと防御とか回避は得意な方だった。ガラの悪い連中に絡まれた事があったけど、攻撃は受けた事がない。ある意味才能なのかもしれないけど…

 

だからもともと備えていた回避能力や防御能力に、1学期の体育の授業で身につけた技術と今までに見てきた戦闘の情報を組み合わせてこのナイフ術を作り出した。

 

 

「ふっ!!」

 

 

アクロが斬りかかってくるのを刀で受け止めて、弾き返す。力勝負を避けるためだ。それに持ちかけられたら勝てる自信がない。

 

もちろんアクロは次の攻撃を出してくる。今度はさっきよりも深いところに迫って来ている。なかなか防ぎづらいところに攻撃を仕掛けられたようだ。

刀を逆手に持ち、アクロの攻撃を防ぐ。そしてもう1つの刀でアクロに斬りかかる。後ろに大きく飛ぶ事で躱されたけど。

 

距離を開けた状態でお互いに向かい合う。アクロはコッチに仕掛けてこない。おそらくコッチの様子を見ているんだろうな。

 

 

「…躱させる事でオジサンが攻撃出来ない状況に持ち込んだという事か。なかなか巧いことやってくれるね」

 

 

やっぱり見透かされたみたいだ。

 

さっきから見ている限りアクロは攻撃を躱す時は大きく避けるクセがあった。だから防ぎながら攻撃すればアクロの攻撃の手を止められるんじゃないかと思ってやってみたんだけど、どうやら上手く行ったみたいだ。

 

けど俺の目的を見透かされた以上、同じ手は二度と使えないだろう。やっぱりプロというだけあって俺の考える策は簡単に見破られる。

 

 

「防御のためのナイフ術と言っていたけど、なるほどね。君がいままでに経験してきた防御術をナイフで強化したというわけか。ナイフで攻撃を防ぐというよりも、君の防御術で攻撃を防いでいるというわけだ」

 

 

まさか戦法の仕組みまで見抜かれるとは…

 

 

「けど攻撃は出来ないみたいだね。さっきの攻撃もあくまでオジサンが攻撃出来ないために繰り出したようなものだし。おそらく君は他人に攻撃を仕掛けるという経験がないから攻撃する事が出来ないでいる」

 

 

弱点まで見抜かれた。威圧することはあったけど、攻撃を仕掛ける経験はあまりない。正直攻撃に関してはあまり得意じゃない。ましてナイフによる攻撃なんて無理だ。

 

 

「で、どうすんの?攻撃出来ないとオジサンを倒す事が出来ないよ」

 

 

煽られているようだけど実際そんなところだ。俺にはアクロを攻撃する術はない。アクロほど回避に特化した相手は居なかったし。

 

けどこのままでいいはずが無いよな…体力切れを狙うにしても俺の体力ではそれは狙えない。俺の方が倒れる可能性の方が高いし。

 

この状況を打開するためにはやはり攻撃を仕掛けるしか無いだろう。それもアクロを仕留めれるほどの攻撃を。けどさっきも言った通りアクロに攻撃する術なんて…

 

 

 

 

『無意味な殺人は好きじゃ無いんですよ』

 

 

…待てよ。

 

 

手はある。その方法なら…アクロは確実に大ダメージを受ける。

 

 

 

 

 

「攻撃を仕掛けないなら、オジサンから仕掛けるよ」

 

 

考え事をしている最中にアクロが斬りかかる。意外と容赦ないな。

 

今度は素早く攻撃を出す作戦にしたみたいだ。次から次へとアクロの攻撃が迫ってくる。一瞬でも気を抜けばさっきのように斬られてしまう。

 

必死に攻撃を防ぎ続ける。本当に余裕がない。防ぐので精一杯だ。

 

 

攻撃を受けている途中にアクロが回転をした。岡野が烏間先生に仕掛けたように、回転をしながら斬りかかる技だった。

なんとか防ぎはしたものの、ナイフははじき出された。岡野のような攻撃にはまだ慣れていないせいか、上手く防ぎきる事が出来なかった。

 

ナイフを失った俺はアクロから距離を開ける。防ぐ物がないとアクロからの攻撃を捌き続ける自信がない。

 

 

向かい合った状態になっている。ここからアクロが俺に斬りかかってくるだろう。

 

 

俺はそのタイミングを見計らっていた。

 

 

 

それは、もう1つの奥の手を使うためだ。

 

 

 

 

 

 

 

烏間先生に質問をしに行った事がある。不利な状況になった時に有効な一手は無いかと。

 

烏間先生から言われたのは、まずその事態から逃れる事だった。烏間先生が言うにはその状態で打開する技はあるけど、戦闘について経験が浅い俺らにはかなり難しい事らしい。

 

だから不利な状況をどうこうするというよりも、不利な状況から逃げる方法を考えた方が良いと言われた。そしてそのための技をいくつか教えてもらった。

 

そしていまそれを使うべき時だ。

 

 

 

 

アクロは俺の少し前に立っている。距離はおおよそ5メートルぐらいだ。つまりほとんど目の前みたいなものだけど。

 

動きは完全に止まっている。恐らくここから一気にスピードを上げるつもりだろう。ゼロからマックスまでの加速力で俺に避けられないようにするために。

 

その加速する瞬間を見計らっておくだけで良いんだ。アクロの動きとか周りの状況とかを見る必要はない。

 

 

 

「それじゃ行くよ!」

 

 

 

アクロの声が聞こえる。これから攻撃を仕掛けてくると。そしてアクロはコッチに突っ込んで…

 

 

 

来なかった。

 

 

 

「…っ!まさか…見破られた…!?」

 

 

驚いているところ悪いけど、いまのフェイントは止めた。そもそも攻撃してくる合図を出す意味なんて無いし、アクロの動きだけを見ていた俺を騙すことは出来ない。引っかかるなら窠山とか多川を連れてくるんだな。

 

 

「チッ…それじゃあ…!」

 

 

 

再びアクロが飛びかかって来ようとする。さっきと同じように飛び出すタイミングを言葉で合図した。

 

 

今度は本当に行動してくる。

 

 

さっきと同じような行動をして俺が避けようとしない事を狙ったみたいだけど、やっぱりこの程度のウソじゃ騙されない。さっきのように『危険じゃない人間』をアピールする技術は上手だったけど、行動の裏をかくと言う事はあまり得意じゃないのかもしれない。

 

攻撃してくるタイミングが分かればコッチのもんだ。走り出す構えを取っていた俺は一気にアクロの横を走り抜ける。

 

 

 

 

「なっ…!!」

 

 

「突破した!」

「どうして…!?」

「一体、何やったんだ…」

 

 

 

アクロを始めとして、この戦いを見ている生徒も驚いているのが聞こえた。まさかこの場面でプロの暗殺者の横を通り抜けるとは思わなかったみたいだ。

 

けど実は抜け道なんだ。突っ込んでくる敵の真横は。

 

烏間先生から教えてもらった技とはこう言う事だ。相手が自分に向かって飛び出してくるタイミングに敵の真横に向かってダッシュする。

 

すると互いのスピードが作用して、相手は敵がかなり速く移動したように見えるらしい。先ほどゼロからマックスまでの加速と言ったけど、アクロのスピードに俺のスピードが合わさった事で、アクロにはゼロからマックスの更に上…なんて言えば良いのか分からんけど、そんぐらいのスピードアップが起こったように見える。そのため敵が消えたように思う。

 

 

 

「…ッ!まさかオジサンの突撃するスピードを利用するなんてね。オジサンが迂闊だったとしか言いようがない。

 

けどどうする気だい?そのままオジサンから逃げるつもり?」

 

 

そう、いまのままでは俺がアクロから逃げただけになる。そもそも烏間先生から教えて貰ったのはここまでだ。これだけだと何の意味もない。

 

 

もしここが何もない空間だったらの話だけど。

 

 

 

「ああ。だから使わせてもらうぜ。さっきお前が使っていた奴」

 

 

そのまま真っ直ぐ走り出す。ステージの脇の方に向かっていた。

 

そこにはステージで使うような機材が置いてある。俺はその中の1つを狙っていた。

 

 

 

「え…ッ!それは…!?」

 

 

 

アクロが動揺しているのが分かる。恐らく俺のやろうとしている事が分かったんだろう。

 

 

俺が使おうとしていたのは、アクロが登っていた梯子だからだ。

 

 

足を引っ掛けて上に登って行く。足だけで登るのはかなり危ないけど、体育でロッククライミングは何回もやって来たし、さっきのアクロの動きを見て大体何をすれば良いのかは分かっている。そして俺は梯子の上の方まで登りきった。

 

 

 

「行くぜアクロ!俺の全力を受け止めやがれ!!」

 

 

 

 

そして梯子の上から飛び降りた。落下する先は地上で俺の方を見ているアクロだ。俺の狙いは、高いところからの急襲だった。

 

 

 

「ば…バカか!?あんな所から落ちたら無事じゃ済まねぇ!失敗すれば地面にぶつかるし、成功しても怪我しねぇとは限らねぇぞ!」

 

 

寺坂の言う通り、俺の行動はかなり危ない。どう転んだって怪我はするだろうし、こんな攻撃が当たる可能性も低い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…こりゃ、一本やられたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま地面へと落ちていく。アクロは落下していく俺にぶつかった。避ける時間はあったけど、避けるような行動は取らなかった。

 

 

やっぱり避けなかったみたいだな。

 

 

アクロはそのまま横に倒れた。アクロの上にしゃがみ込むような体勢で着地した。

 

 

「…ッ!!つぅ…ッ!」

 

 

思った通り、着地した瞬間に足に強い衝撃が走る。それどころか体全体にもいま負担がかかった。全身が痺れたような鋭い痛みが身体中を襲う。

 

 

 

「…………」

 

 

しばらくの間、誰も喋らないでいる。みんなはいま俺の状態がどうなっているのかを気にしているようだ。

 

 

 

その沈黙を破ったのは、俺だった。

 

 

 

 

「………悪いけど、これで俺の勝ちだ」

 

 

 

 

「お見事」

 

 

 

 

 

 

俺が勝利を確認して、アクロがそれを認めた。これで俺が勝利した事が証明された。

 

 

 

 

 

「うおおお!」

 

「やったァ!」

 

 

 

 

生徒たちが喜んでくれている。とりあえずは一件落着と見ても良いよな。

 

 

アクロの上から降りようとして立ち上がる。けど足を踏み込んだ瞬間に鋭い痛みが加わって倒れる。…思ったより足の負担が大きいみたいだ。いやまあ、あんな所から飛び降りれば当然なのかもしれないけど。

 

 

「お、おい。大丈夫かよ、学真…」

「無茶しない方が良いぞ」

 

 

倒れた体を無理やり起こして、膝立ちの姿になっている時に菅谷や磯貝から声をかけられた。

 

 

「肝を冷やしたぞ。あそこから飛び降りるとは考えていなかった」

「ええ…流石に先生も心配しました。とんでもない事をしたものですね…」

 

 

烏間先生や殺せんせーにも心配をかけてしまった。流石に先生たちも心配せずにはいられなかったみたいだ。

 

 

「本当だよ、少年。もしオジサンが受け止めなかったら無事では済まなかったよ。それも着地する技術も身につけてなかったみたいだし、オジサンが全力でカバーしないと行けなかった」

 

 

アクロが先生たちの言う事に説明を加えてくれた。そのアクロはガストロとかと同じようにガムテープで縛られている。恐らく寺坂とかがやってくれたんだろう。そこまでしなくても動けなかったとは思うけど、念のためというやつだ。

 

 

「何を思って無茶したの?オジサンが君を守るなんて思わないはずなんだけど」

 

 

アクロからすれば俺の行動は不可解だろう。敵が守ってくれるとは限らない中であんなリスクの高い選択をする事が。側から見ると自分の命を顧みない奴のする事にしか見えなかったかもしれない。

 

 

「…分かってたよ。あんたは絶対俺を守るって」

 

 

 

けど俺には分かっていた。アクロは俺を守るために動くと。それが作戦だと分かっていても、俺を見捨てることは出来なかった筈だ。なぜなら…

 

 

「暗殺者ではあるけど、あんたは悪い奴じゃない。さっきあんたは言ったよな。無駄な暗殺は好きじゃないと。好きで暗殺をするわけじゃなく、できることなら無駄な犠牲を出さないように行動する。

 

 

そうじゃなかったら、あの時にあんな危ないやり方で子どもを助けたりはしない」

 

 

 

船上パーティーで、海に落ちかけた子どもがいた。その子どもを、アクロは海に飛び出して助けた。自分も落ちるかもしれないという危険を顧みずに子どもを助けた男が、高い所から飛び降りる男を見捨てる筈がないと思った。

 

だから俺はアクロと同じように高い所からの急襲をする事にした。そうすればアクロは間違いなく受け止めると思ったからだ。

 

まぁアクロの性格を利用したという事でもある。ある意味卑怯とも言える。こんな勝ち方なんて誇れるものではない。

 

 

「悪いな、こんな勝ち方で。アンタにはこうしないと勝てないと思った」

 

 

横になっているアクロに謝る。勝つためと言っても正々堂々と戦う事をしなかった事には謝らないといけないと思ったからだ。

 

 

「……しょうがないよ。君たちには君たちの都合があったんだ。その上で君は勝つための手段を取っただけ。君が悪いところなんて無いよ。

 

そして君はオジサンとの勝負に勝った。もうオジサンは体が動けない。これで君たちを止める事は出来なくなった」

 

 

アクロは俺の勝ちと言った。文句を言われてもおかしく無いのに。

 

 

ここに来て漸くアクロの性格が分かった。

 

 

任務は淡々とこなしながら、その結果はなんであろうと真摯に受け入れる。千葉とか速水とは違う、仕事人タイプの男だ。

 

 

 

「……分かった。先に進ませてもらう」

 

 

 

 

これ以上、アクロとの話は無かった。力を入れて、膝立ちの状態から立ちあがる。一瞬体がフラついたけどなんとか持ち直した。

 

 

「…くどいようだが、学真くん。本当に大丈夫か?もしキツイのなら無理はしない方が…」

 

 

怪我だらけでフラフラな状態の俺に烏間先生が話しかけてきた。

 

 

「大丈夫です。このぐらいどうって事ないです」

 

 

 

特に問題ない。そう烏間先生に伝えた。アクロとの妨害で時間がかなりかかってしまった。これ以上長引かせる訳には…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『このぐらい』じゃないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…誰かの声が聞こえた。声の質から誰の声なのかは分かったけど、いつもよりも弱々しかった。

 

その声を出した本人を見る。ほかの生徒たちもその生徒を見ていた。そのうち数人は少し戸惑っていた。

 

 

肝心のソイツは…泣いていた。

 

 

 

 

 

 

「……矢田……?」

 

 

 

 

 

 

矢田は俯いていた。暗い部屋だから目の様子は見えなかったけど、顔からポロポロと水が落ちているのは見えた。それは間違いなく涙だった。

 

 

 

 

 

「…もしかして、怖かったのか?さっきの俺の行動が…」

 

 

 

…そう考えると納得出来る。高い所から飛び降りる奴が居たとしたら、ソイツが死ぬかもしれないと思ってしまう。その瞬間を見ることが色々と怖かったのかもしれない。それが知り合いとかだったら尚更だ。

 

 

「…まぁ、危なかったとは思うよ。あんな高い所から飛び降りるなんて自殺行為だ。けどアレ以外に出来る事が思いつかなかったんだ。いまウィルスで苦しんでいるみんなの事を思うと、迷っているヒマなんて無かった。だから…」

 

 

「……違う」

 

 

 

 

無茶な行動をした事について謝っているところを遮られた。違うと言うことは…矢田が気にしているのはあの行動じゃ無かったって事なのか?

 

 

 

「なんで、そんな事を言うの?」

 

 

 

言ってることの意味が分かったわけではない。矢田の『そんな事』が何を指しているのかも不明だ。

 

 

けど嫌な感じはした。水晶玉みたいと言うか…迂闊に触れただけでも壊れてしまいそうな脆さを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「『このぐらい大したことない』って…平気でそんな事を言わないでよ!!」

 

 

 

そして、矢田の声が大きくなった。

 

 

それは癇癪と言うのか…自分の感情がモロに出ている時のそれだ。矢田の感情は大きく揺らいでいる。それを押さえきれずにいるみたいだった。

 

どうやら矢田は、俺のさっきの言葉がいやだったみたいだ。

 

 

 

考えてみれば、今の俺の体は重傷だ。顔からは相変わらず血がダラダラと流れているし、さっきの落下のダメージは体に蓄積している。少しフラフラしているし、体力も切れているのかもしれない。

 

 

俺は大丈夫だと思っているけど…ほかの人にはそうは見えない。少なくとも矢田にはとても大丈夫には見えなかった。

 

 

だからさっきの言葉が嫌だったんだ。ボロボロの状態になっている俺が『大したことない』と言っていたから…自分の身体を大切にしていないように感じたんだ。

 

 

それは矢田にとって1番嫌な事なんだ。

 

 

 

 

「…そう、だった。全然無事じゃないな。ごめん」

 

 

 

 

矢田に謝罪の言葉を言った。だからといってどうこうなるものでもない。

 

 

「まずは学真くんの傷を塞ぐ。上から向かうのはそれからだ」

「…はい。分かりました」

 

 

烏間先生がカバンから応急処置用の箱を取り出した。大きな箱じゃないから充分な治療は出来ないらしい。けど何もしないよりはマシなんだろう。

 

 

 

「どうでしたか学真くん。クラスメイトに怒られた気分は」

 

 

 

烏間先生の治療を受けようと座った俺に殺せんせーが話しかけてきた。少し煽っているのかとという内容だった。本人はニマニマした顔だし。

 

 

「どうってなんだよ。別に腹立ったりもしないし、気にすることなんか何もないぞ」

 

 

「ヌルフフフ、まぁ今のは特に問題は無いのですが…

 

 

 

自分を心配して怒ってくれる人は、少なくとも今までの学校ではなかったでしょう?」

 

 

 

 

その質問には、答えられなかった。殺せんせーの言葉を聞いて思考が一瞬止まったからだ。

 

 

たしかに、俺を心配して怒ってくれる人なんて居なかった。怒られることはあったし、怒っていると言うことは相手の事を考えてくれていると言うことだから、俺のことを気にしてなかったわけじゃないと思う。けど、矢田のように俺を心配して怒ったクラスメイトは居なかった。

 

同じ理事長の息子なのに兄貴と全く出来が違う俺のことを蔑む奴はいた。理事長の息子という恵まれた環境に育った俺のことを妬むやつもいた。そんな奴らからの悪口は聞き飽きていたし、それを聞いてもどうとも思わなかった。

 

 

けど矢田の叱責は少し動揺した。

 

 

 

 

「本当の仲間とはそういうものです。迷惑をかけたりかけられたり、時には怒られたり悪口を言い合ったりする。そうして絆は強くなっていきます。

 

君は今までそういう仲間には恵まれなかった。だから友情というものを正しく認識できない。それ故にさっきの邪魔することに怖がってしまった。

 

君は自分が思っている以上に仲間と溶け込んではいないんですよ」

 

 

 

俺が思っている以上に、か…

 

殺せんせーの言う通り、心のどこかで壁を作っていたような気がする。俺は仲間を本当に信頼してなかったんだ。だから俺は悩みを誰にも言わずに無茶することしか出来なかったんだ。

 

 

「心から打ち解ける、というのはかなり難しいものです。頭で理解していてもなかなか出来ないでしょう。

 

だから君はもっと仲間を見る必要があります。本当の友情の形が分かるまで、皆さんに向かい合ってください」

 

 

 

殺せんせーは、俺のことをよく知っている。俺の気づいていない事さえも。

 

矢田とかクラスのみんなは、俺のことを心配してくれる。俺の罪を背負ってくれたり、俺がかけた迷惑を受け止めてくれたり。

 

 

 

 

幸せ…なのかもな。

 

 

 

 

今までこんな出会いは無かった。距離を開けるような人ばかりだったから。

 

 

 

 

俺はいつか、みんなと心から向き合える日が来るだろうか。

 

 

 

 

「ああ。出来るかどうかは分からないけど、精一杯頑張ってみるよ」

 

 

 

本当に出来るかどうかは分からないけど、そうありたいと思う。だから俺は頑張ることにする。




アクロ戦が終わりました。


次回から原作に戻ります。
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