浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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長らくお待たせいたしました。


そしてこの89話を以って夏休み編は終了となります。今回は14000字以上という結構長い話です。二話に分けることも考えたのですが、それはそれで勿体ないような気がしたので、夏祭りを一話にまとめております。


それではどうぞ。





第89話 夏祭りの時間

『君はまだ自分について理解出来ていない。君の知らない事は沢山あります。君の良いところも、悪いところも』

 

 

少し前に殺せんせーに言われた言葉だ。もともとはゾーンという用語についての話だったんだが、その時にそう言われた。

 

自分について理解できていない、とは文字通りの意味だろう。俺の知らない俺の特徴がまだあるんだと。

 

その日から、俺はその言葉について考え続けて来たけど、なかなか答えが導き出せない。ある程度は自覚しているつもりだったし、まだ知らない長所とか短所とかがあるとも思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

けど今なら…

 

 

 

 

 

 

 

少し分かった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ…なんとか集まりました。もし誰も来なかったら先生自殺しようかと思いました」

 

「じゃ、来ない方が正解か」

 

 

街の中では賑わっている雰囲気が漂っている。それもそのはず、ここはこういう雰囲気で楽しむところだ。多少トラブルが起こったりもするけど、全体的に見れば楽しい方だと思う。

 

俺は渚と合流し、みんなで夏祭りを楽しんでいる。遅くならずに済んだし、思ったよりも参加人数が多いし、殺せんせーが元気そうで何よりだ。いっそのこと自殺させた方が地球のためには良かったのかもしれないけど。

 

 

まぁそうは言っても、問題が全くないというわけでもないんだよな…

 

 

後ろを振り返ると、そこには倉橋と一緒に矢田がいる。夏祭りに行く時に、矢田は浴衣に着替えた。海を思わせるような青色の明るい生地に、赤いアサガオのような花が描かれている、華やかというよりも可愛らしい浴衣だった。とても似合っているし、最初見た時は可愛いとさえ思った。

 

そんな彼女は、俺の少し後ろの方にいる。距離を詰めるわけでもなく、むしろある程度の距離を開けられている。今も矢田の方を見た瞬間、少し俯いたし。

 

 

距離を開けられている理由なら、なんとなくわかる。

 

 

少し前に、俺のシャツの袖を掴んで…い、『一緒に行こう?』と言っていた。あの時思わずたじろいでしまったのはいい思い出だけど。

 

けどそれは多分、気の迷いと言うか…思わず口にしてしまったんだと思う。勢いで言ってしまったっていうやつだろう。

 

そんでいま我に返って、改めて自分の言った言葉を思い出して、恥ずかしくなってしまったんだと思う。それで俺の顔を見ていられなくなったんだろうし、距離を無意識に開けてしまっている。

 

 

俺は別に気にしているわけじゃねぇけど、本人はそう思わねぇだろうな。矢田の性格上、気にしないという方が難しいだろうし。

 

 

そんな状態ではあるが、俺は何も言わずにそっとしている。こんな時に下手なフォローは逆効果だと思うし、しばらくは何もしないつもりだ。誰だブーイングしているやつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

少し気になる人物を見つけた。この人通りの多い中で、ため息をしている。しかも俺はソイツらの事を知っている。そのせいか余計に気になったのかもしれない。

 

 

「千葉、速水。どうした?ため息ついて」

 

 

E組のスナイパーの千葉と速水。ため息をついている2人に俺は声をかけた。

 

2人は大量の商品を抱えている。

 

 

……なんとなく予測がついたが。

 

 

「射的で出禁食らった」

 

「イージー過ぎて調子乗った」

 

 

やっぱりそうか。

 

後ろの店にいる人が泣いているし、そうじゃないかなと思ったよ。あまり遠くない距離で動かない商品に当てるぐらい、この2人には余裕過ぎるだろう。それでバンバン当ててしまって、出禁喰らってしまったというわけか。

 

それにしてもこの2人、あの合宿の時から明るくなっている気がする。いやまぁ分かりづらいけど、前に比べたら少しその傾向が見え始めた。あの時までは訓練以外はあまり何もしない印象があったけど、いまはふつうに遊んでいる中学生だ。

 

やっぱりあの経験が影響しているのかもしれない。それで肩の荷が下りてある意味自分の意思を表に出すようになったみたいだ。

 

相変わらず表情はあまり変わらないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな話をしていると、また別の面倒ごとが起こっていた。

 

 

「おじさんさ、いま俺三千円使って全部6等以下じゃん」

 

 

今度はカルマが、ノートとペンを持ちながらある店の人と話をしていた。

 

その店はくじ引きだった。何本かある糸の中から一本だけ引き、その糸の種類によって決まっている商品を手に入れる事ができる。豪華な商品が当たったり、ティッシュのような商品が当たったりする。

 

そこでカルマと店の人が話しているという事は…

 

 

「残りの糸と商品の数から、5等以上が一回も出ない確率を計算すると、なんと0.8パーセント。ホントに当たりのくじあるのかな?おまわりさんに来て確かめてもらおうか」

 

「わ、分かったよ。金やるから誰にも言うんじゃねぇぞ、ボウズ」

 

「いやいや、金が欲しくて三千円寄付したわけじゃないよ。ゲーム機欲しいな〜」

 

 

……やっぱりねちっこい事をやってやがった。

 

恐らくだけど、あのくじ引きは当たりがない奴だ。商品だけ店先に出しておき、それ目当てでくじ引きに参加した客の参加料で金儲けをしようとする、悪質なやり方だ。

 

それを見抜いたカルマがそのおじさんに脅しかけているわけだ。ノートを使って計算されている以上、誤魔化す事も出来ない。流石すぎる。

 

 

 

 

 

 

「相変わらずそつなくこなすよな、磯貝は」

 

「コツだよ。ナイフを使うような感覚さ」

 

 

金魚掬いでは、磯貝が次から次に金魚を取り出している。水槽の中から金魚が飛び出して磯貝の手のお椀に入っていく、なんともスムーズな流れ作業だ。一緒にやっている前原は網が破けているのに、磯貝の網は破けそうな様子もない。

 

 

「こんなものか」

 

 

タップリとお椀の中に金魚が入ったところで磯貝は金魚掬いを終えた。店の人に金魚を袋に入れてもらい、磯貝はその袋をもらった。

 

因みにその袋の中には金魚がギッシリと詰まっている。おしくらまんじゅうのように詰められていて、とても金魚が入っているとは思えない。あの中だと泳げなさそうだし、むしろ死んでいるんじゃないかとさえ思う。あんなに取って何をするつもりだ?

 

 

「俺んところ貧乏だから、100円で一食分取れるのはありがたいわ」

 

「そうか。…え、食うの?」

 

 

…アレ食うのか。だから沢山取っているわけだ。金魚を食うと言うのはあまり聞いた事がないけど…磯貝にはそれが当然なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「なんつーか、あっちこっちで荒稼ぎしてるな」

 

「まぁ、暗殺の繊細なところが役に立っているね」

 

 

まさか夏祭りでそれを実感するとは思わなかった。できれば別の機会に感じたかったよ。

 

 

 

 

 

 

「…あ、アレビッチ先生じゃない?」

 

「本当だ。アッチに行こうよ」

 

 

向こうのほうで酒(多分一緒に飲んでいる人に奢ってもらっているやつ)を飲んでいるビッチ先生を発見した。てゆーかビッチ先生は参加したんだな。

 

その姿を確認すると、倉橋と矢田は一緒にビッチ先生のところへ行った。絡まれたりするんじゃねぇか、アレ。

 

さて、どうしようか。矢田たちはビッチ先生のところに行っているし、渚たちはヨーヨー釣りをしているし。ていうかなんだそのスムーズな取り方。入れ食い状態になっている魚釣りじゃないんだから…

 

 

「…ん?」

 

 

適当に周りを見渡すと、嫌なものが見えた。というか、景色そのものが異様な感じなんだが……

 

 

「焼きそばはいかがかね!」

 

「ヘイお待ち!とうもろこし1つ出来上がりました!」

 

「このりんご飴甘くて美味しいですよ〜」

 

「かき氷開店だよ!寄ってけ寄ってけ!」

 

 

「なんだこのタコ集団!!?」

 

 

寄店の至る所で殺せんせーが商品を販売している。恐らく分身だろうけど、異様な怪物のシルエットが一列に並んでいてシュールすぎる。タコが作るたこ焼きってなんか複雑だと思うんだが…

 

 

「なんで店をやっているんだ」

 

「皆さんのお陰で早仕舞いをする店が次から次に出て来ますからねぇ。もう小遣いがないので金を稼いでおこうと思ったんですよ」

 

 

綿あめを貰いながらなぜ店をやっているのかと尋ねたらそう言われた。なるほど、小遣い稼ぎか。いつも月末はかなり苦しそうにしていたし。まぁ調子に乗ってお菓子を大量に買ってまた金が無くなるだろうけど。

 

……他に店は残ってねぇのか?まさかと思うけど、ここの領域は全部殺せんせーが乗っ取ったとか言うんじゃねぇだろうな。

 

 

「……あ」

 

 

少し遠くの方に店を見つけた。あのシルエットは少なくとも殺せんせーではない。良かった、この世に人間はいるんだな。

 

何の店かを知るために近づくと、そこは売店だった。風車やバンダナといった小道具が売られている。なるほど、これは潰せないわな。どこかのお金持ちがすべての商品を購入するとかでない限りは。

 

 

「ヘイ兄ちゃん、なんか買っていかないかい?」

 

「そうだな…」

 

 

 

店の人に誘われて、何か良い商品はないかと探してみる。……言っておくけど全部買うとかはしないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、渚に茅野」

 

「あ、学真くん。どこ行っていたの?」

 

「ちょっと買い物をな」

 

 

ヨーヨー釣りを終えた渚と茅野が一緒にいるところに声をかけた。どうやら俺を探してくれたみたいだ。

 

 

「矢田と倉橋は?」

 

「うーん…まだビッチ先生と話しているみたい」

 

 

マジか…まだ解放されていないのか。酒のせいで長くなっているのか。流石に心配になってくるぞ……

 

 

「渚ー!」

 

「……ん?」

 

 

遠くから渚を呼ぶ声が聞こえる。あの幼い女の子の声、どこかで聞いたことがあるような…

 

 

「あ、優里香ちゃん」

 

「久しぶり!会えなくてちょっと寂しかったよ」

 

 

優里香…?

 

 

あ、そうか。黒崎の妹か。この前一回だけ会ったことがあったな。

 

渚のところに近づいた優里香は、小さい浴衣を着ている。赤がベースとなっているキラキラした浴衣だ。あの頃の年齢ならそういう物を着たくなるだろう。

 

 

「あ、えっと…学真くん?」

 

「おう、あんまり覚えては無かったのな」

 

 

自信なさげに名前を言われたけど別に気にすることじゃ無い。1回しか会った事がない訳だし、俺も最初思い出せなかったんだ。むしろ名前を出してくれただけでもありがたい。

 

そして優里香がここに来ていると言うことは…

 

 

「お前の兄貴は?」

 

「ん?お兄ちゃんならあそこにいるよ」

 

 

優里香が指差した方を向く。そこにはあの黒崎の姿が…

 

 

 

「ちょちょ…待ってくれ……」

 

「お祭りという名の催しを利用する悪い奴め…いまこの場で、悪!即!斬!成敗いたす!」

 

「いや何やっているんだァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

えー、色々と分かったから整理していこう。

 

黒崎がいま追い詰めていた男は岡島だ。どうも不審な行動をしていたから取り調べをしていたらしい。まあどこからどう見ても脅迫だったけど、黒崎(コイツ)にとっては取り調べのつもりだったんだろう。

 

 

「…で、お前は何をしていたんだよ」

 

「そんな目で見るな!俺はただ写真を撮っていただけなんだよ!」

 

 

…写真、ねぇ……

 

 

「どんな写真だ?」

 

「そりゃもちろんお祭りの風景をだな」

 

「……良い眺めだったか?」

 

「そりゃもちろん男のロマンが…あっ」

 

「よし、逮捕」

 

 

……案の定そういう写真か。この前のプールの時もそれを狙っていたよな。コイツマジでそういう事しか思考回路が回らない脳じゃねぇか?

 

 

「とりあえずそのカメラは没収だ。データ削除後返却するとしよう」

 

「待ってくれ!消さないでくれよ!やっとの思いで手に入れた俺の夢ェェ!!」

 

 

容赦なくカメラを取り上げる黒崎に泣きついているけど、多分無意味だと思うぞ。コイツに容赦という二文字は無さそうだし。

 

 

 

 

 

 

データがほとんど消されたカメラを返され、岡島はトボトボとその場から離れていった。『俺の夏が…』とか言っていたけど、お前の夏はそれで良いのか。

 

 

「データの中には今日以外の写真も沢山入っていた。お前のクラスにはああいう輩しかいないのか?」

 

「…まぁ、アイツは特別なんだ」

 

 

黒崎の中の俺たちの印象が悪くなっている気がする。とは言っても担任があのタコだし、まともな奴の方が少ないだろうけど。

 

 

「…ところで、その格好はなんだ?」

 

「ふっ、よく聞いてくれたな。先日買ったばかりの新撰組セットだ」

 

「お前もまともじゃねぇだろ」

 

 

黒崎は背中に白色で『誠』と大きく書かれている法被を着ていた。その服から新撰組を意識しているんだろうなとは思っていたけど。模擬刀を持っているのもそれが理由だろうし。

 

それにしてもお祭りに新撰組て…言っちゃあなんだけど雰囲気に合っていないだろ。コスプレをしているという見方もできるけど、年齢が年齢だけにやっぱり不審にしか見えない。コイツには恥というものはねぇのか?無いんだろうな。コイツだし。

 

 

 

 

 

 

「黒崎く〜ん」

 

 

この声は……倉橋か。どうやらビッチ先生のところから帰ってきたみたいだな。

 

 

「…倉橋か。お前も来ていたんだな」

 

「うん。楽しみで来たんだ」

 

 

…相変わらず倉橋が楽しそうだ。本当に黒崎の事を気に入っているんだろうな。

 

 

「あ、陽菜ちゃん!」

 

 

……陽菜ちゃん?

 

 

「優里香ちゃんも来ていたんだ!」

 

 

渚と話していた優里香が倉橋のところに来た。そういえば倉橋の下の名前は陽菜乃だったな。それで陽菜ちゃんというわけか。

 

 

「…優里香は倉橋が気に入ったみたいでな。たまに2人で仲良く遊んでいる」

 

 

倉橋も優里香が話しているところを見ていると、黒崎が口を開いた。そんなに仲が良くなったのか。そこまでは知らなかったけど…

 

 

「……本当は誠もここに来るはずだった」

 

 

…誠?どこかで聞いた事があるような気がするが、今の流れからすると弟か?

 

 

「折角の夏休みだからここで羽を伸ばして貰いたかったんだが…行きたくないと言われた。仕方がないから俺と優里香だけで来た」

 

 

…なんか大変そうだな。優里香はああいう風に明るくしているけど、誠という子はそうでもないみたいだ。

 

両親がいないという話は聞いている。ある意味コイツが2人の親みたいな感じだ。だからこそ誠のことが心配なんだろう。

 

これがいわゆる親心ってやつか…

 

 

 

 

 

 

「…っていうか倉橋。矢田は?」

 

 

ふと気になって聞いてみた。確か倉橋は矢田と一緒にビッチ先生と話していた筈だ。倉橋がここにいるなら矢田もここにいるはずだけど…

 

 

「あ、桃花ちゃんはカエデちゃんたちと一緒にいるよ」

 

 

カエデ…茅野の事か。

 

 

「……それじゃ俺はソッチに行ってるよ」

 

「うん。分かった〜」

 

 

そうして渚と倉橋と黒崎を置いて、俺は矢田のところに向かった。

 

 

 

 

◇矢田視点

 

何だかんだあって参加することになった夏祭り。店のところでお酒を飲んでいるビッチ先生を見つけて、陽菜乃ちゃんと一緒にビッチ先生と話している。

 

 

「あら良かったじゃない。あの子が来ているんなら、今が狙いどきよ桃花」

 

 

分かってはいたけどビッチ先生はテンションがとても高い。お酒が入れば多少はそうなるだろうけど。

 

 

「狙いどきって……その前に学真くんと話せていない」

 

「えぇ!?何でよ!せっかく一緒にいるのに」

 

 

……何でそんな事言われないといけないんだろう。ビッチ先生だって烏間先生に手も足も出ないくせに。

 

 

「……その、恥ずかしくなっちゃって……」

 

 

本音を言うとそう言う事になる。この夏祭りに来る前に…あんな事を言ってしまったせいか、学真くんの顔を見た瞬間にあの時の記憶が蘇ってしまって恥ずかしくなってしまう。そのせいで顔を見ていられなくなってしまった。

 

いまは学真くんが近くにいないから少し落ち着いているけど、もし学真くんがこの場に現れたらと思うだけで鼓動が速くなる気がする。今までも少し変な異変があったけど、今日のは特に変だ。

 

 

「恥ずかしいって……私もあんたたちのせいであんな恥ずかしい事されたんだけど」

 

 

うっ…それもそうだ。

 

南の島に帰る少し前に、ビッチ先生と烏間先生を2人で夕食を取ってもらった事がある。それは2人の距離を縮めるためという目的のために。

 

ビッチ先生の言う通り、みんなに見守られる中2人きりで食事を取ると言うのも恥ずかしかったに違いない。それに参加している以上恥ずかしいからと言う理由が通るはずが無い。

 

 

「それなら桃花。必勝法を教えてあげるわ」

 

「必勝……?」

 

「必勝法……つまり、自分の不安に打ち勝つ必勝法よ」

 

 

不安に打ち勝つ…?つまり不安な気持ちを解消させるって言う事なのかな?

 

考えてみればビッチ先生は、方法が見当たらなくてイライラする事はあるけど、不安で動けなくなる事はない。南の島のホテルの時も、あんな厳重な警備の中を堂々と通ったし。

 

ひょっとするとビッチ先生は不安を紛らわせる術を持っているのかもしれない。

 

もし教えてもらえるんなら……

 

 

 

「脳内で自分の全てをさらけ出していると考えるのよ。具体的には裸になっていると思った方が良いわ。そうすれば恥ずかしさなんて消し飛ぶわよ」

 

「そんな事出来るわけないよ!!」

 

 

……聞かなきゃ良かった。想像上の話であったとしても裸を見られていると思ったら余計に恥ずかしくなる。そんな事出来るわけない。

 

 

「…速くしなさいよ。じゃないと先を越されるわよ」

 

 

……へ?

 

 

「先を越されるって……他に誰か学真くんの事を好きな人がいるってこと?」

 

 

そんな話は聞いていない。修学旅行で気になる男子生徒について話していた時、学真くんの事を恋愛的な意味で好意を抱いている人はいなかった。その後も私の見る限りそんな人はいなかったように見えたけど……

 

 

「そうじゃないけど、この後確実に出て来るわよ。学真の立ち位置から考えればそれは確実よ。学力も高いし、運動もそれなりにこなせる。周りの人間の配慮もできるし、顔の偏差値も高い方。そしてあの理事長の息子と言うことも考えれば、彼目当ての女性が出てこない方が不自然よ」

 

 

 

………!

 

 

 

「呑気にしていたら、学真がそんな女に持っていかれるわ」

 

 

 

 

……ビッチ先生の言う通りだ。

 

 

 

 

学真くんは決してモテないタイプの男ではない。E組に来た時は理事長の息子という立場だったから、E組の中では仲良く接しようとする人が居なかっただけだ。

 

もしそういう距離感が無かったとしたら、彼と付き合おうとする人だっているかもしれない。

 

 

……もしかすると、あまり時間がないのかも。

 

 

 

 

「…桃花ちゃんに、もう少し勇気があったら一歩を踏み出せるのかもしれないね」

 

 

一緒にビッチ先生の話を聞いている陽菜乃ちゃんから言葉をかけられた。正直な話、私もそう思う。いつまで経っても、自分の中でそれを押し留めるものがある。

 

 

 

 

 

それを崩すのは、やっぱり勇気なのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、私はまた別のところで飲んでくるわ。あんたたちも楽しみなさいよ」

 

「あ、うん……」

 

 

そのままビッチ先生は立ち上がって、手をヒラヒラと振ってからどこかに行ってしまった。別のところに飲みに行くと言うことなんだろう。…気分任せにアッチコッチに移動したりするのかな?

 

 

その後陽菜乃ちゃんと一緒にカエデちゃんのいるところに向かう。何で1人でいるのかなと思ったけど、学真くんたちが別の人と話しているから、少し離れていたみたいだった。

 

学真くんたちのいるところを見ると、学真くんと一緒に黒崎くんがいるのが見えた。黒崎くん来ていたんだ。なんか格好が派手だけど。

 

すると陽菜乃ちゃんは黒崎くんのところに向かった。陽菜乃ちゃん、黒崎くんの事を気に入っているみたいだし。あんな風に行動できるのは羨ましいと思う。

 

 

陽菜乃ちゃんが離れたところで、再びさっきまで考えていた事について振り返る。

 

 

ビッチ先生の言う通り、このまま何もしないでいると、いずれ学真くんは彼女を選ぶ事になる。そうなってしまってからでは、私の立つ場所が無くなる。

 

 

それでもいいんじゃないかなと思った。観察力がある学真くんの事だし、相応しい人を見つけてくるだろうとは思う。だから彼の決定に任せた方が良い気がする。

 

それに、そうなったら彼を気にしなくてよくなるという面もある。私は学真くんを気にしている。学真くんが優しくしてくれるからというのもあって、もっと気にして欲しいと思うようになってしまった。最初の頃は彼を避けていたのに、今では彼と触れ合う事を求めてしまっている。そんな自分に嫌気がさしてしまうほどだ。

 

だからもし学真くんが彼女を選んだとしたら、私は学真くんに接することは無くなる気がする。それはいわゆる失恋と言うことだから、結構悔しくはなるんだろうけど、いま学真くんに執着している自分の気持ちは薄れていく。

 

 

 

だから学真くんの選択に任せれば良い。

 

 

 

 

 

そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

けど………

 

 

 

 

 

 

『お前に来て欲しいんだよ』

 

 

 

 

少し前の彼の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

私に来て欲しいと彼は言った。その時心の中が、霧が晴れる時ように澄み渡ったような気がした。まるでその言葉を求めていたかのようだった。

 

そこから更に想いは高まっていき、それじゃ治らないと言う気がした。

 

どうして日に日にこんな気持ちが高まっていくんだろ…沈めて欲しいと思っているのに、心の中ではそれとは別の方向に向かっているみたいだった。

 

 

 

「なんであんな言葉を言ってしまったんだろう…」

 

 

 

そしてその後の自分の言葉を思い出す。あんな事を言ってしまった以上何事も無かったじゃ済まないだろう。学真くんの言葉で感情が溢れて言ってしまった台詞だけど、それにしても他に使える言葉はあったはずなのに……

 

 

「……学真くんのバカ……」

 

 

考え事をしていけば行くほど苦しくなっていく。そのせいかポロリとそんな言葉を口に出してしまった。決して学真くんが悪いわけではないんだけど、あんな言葉を引き出させてしまった彼の言葉に文句をつけたくなってしまった。

 

 

 

 

 

「俺がどうしたって?」

 

 

「ひゃわァァァ!!!」

 

 

 

それがまさか本人の前で言ってしまっているとは思ってもいなかった。

 

 

 

「あ…えと、えと…うぅぅ………」

 

 

前にいる学真くんに話しかける言葉が思い出せなくて焦ってしまう。さりげなく近くにいるし、顔を見ようとしても色々な気持ちが溢れ出て来て直視できない。間違いなく顔が赤くなっているし心臓の鼓動も今までの中で1番強い。

 

ヤバイ。またいつもの悪いクセが出ている。こうやって焦りまくって何も話す事なく終わってしまうパターンだ。何とか打開しないと…

 

えっと、こう言う時に何をすれば良いんだっけ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ま、まだその段階には速いから!!」

 

 

「……なんの話だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

うぅ……咄嗟にビッチ先生のアドバイスを思い出してしまった…参考にしようと思ったわけじゃないけど、連鎖的に頭に浮かんでしまった。それで更に焦ってしまって学真くんに不審な思いをさせてしまったし。

 

 

 

「それじゃ私、渚のところに行っているから」

 

「おう。気をつけてな」

 

 

 

カエデちゃんが渚くんたちのところに向かう。…えっ!?ちょ、どこかに行っちゃうの!?2人っきりにしないでよカエデちゃーーん!!

 

 

 

「えっとな…大丈夫か、矢田?」

 

 

ああ、カエデちゃんが行ってしまった…凄い心細い……

 

 

「あ、うん……」

 

 

正直焦っている気持ちはあるけど、さっき大声を出したせいか少し落ち着きを取り戻した。……ある意味効果はあったみたい。

 

 

「なぁ……」

 

 

学真くんが何か言いたげにしている。私を見る目はいつものように優しくて…いつもよりも真剣だ。

 

学真くんは真剣な時は必ず正面を向いて、少しの間ためてから話す。いまみたいに相手を見たまま暫く黙っているのは、これから大事なことを話す前触れだった。

 

 

「夏祭り…どうだ?」

 

 

あまりにも抽象的すぎる質問が返ってきた。けど学真くんが聞きたい事は何かは分かる。さっきまで行きたくないと私が言っていたから、この夏祭りをどう過ごしているか、学真くんは気になっているんだと思う。

 

 

「…やっぱりお祭りは楽しい。参加して良かった」

 

 

ここに来て、楽しい事はいっぱいあった。陽菜乃ちゃんやビッチ先生と話せたし、店の人からはおまけして貰った。人通りの多いところを歩いているだけでも色々な事があって面白かった。

 

そして何より、学真くんと一緒に行けた事は本当に楽しかったと思う。

 

 

「………そうか」

 

 

安心している表情で、学真くんが満足に呟く。今の今まで不安を溜め込んでいて、いまその不安から解放されたみたいだ。その安心している顔がとてもキレイだなと感じた。

 

 

すると学真くんはカバンの中に手を入れた。何か出そうとしているんだろうけど、何を出すつもりなんだろう…

 

 

「ほら」

 

 

カバンの中から手を出して、私の方に伸ばす。その中にはカバンの中に入れていたであろう物が入っていた。

 

 

「コレって…簪?」

 

 

学真くんから貰ったのは、和風の髪飾りである簪だった。花が書かれてあってとてもキレイだなと思った。

 

…何でコレをくれたんだろう。

 

 

「……さっき店で買ってきた。コレで今までの詫びも含めてな」

 

 

私が抱いていた疑問を口にする前に、学真くんが答えてくれた。今までのって言うのは、これまで私との間で起こった事を指しているんだと思う。私の胸を(不可抗力だけど…)触ってしまった事、そして公園で私が怒ってしまったこと。どっちも学真くんは悪くないと思うけど、学真くんはそう思わなかったみたい。

 

 

「含めてって…それ以外に何かあるの?」

 

 

納得すると同時に、新たな疑問が生まれた。さっき学真くんは『詫びも含めて』と言っていた。それは他にも意味があるという事と同義だと思うけど、それは一体何なのかが気になった。

 

 

すると学真くんは頭に手を当てた。考え事をしている時の動作だ。何か言いづらいことでもあるのかな……?

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

まぁそうなるよな。

 

 

大方予想はしていた。『異性の人に簪を渡す』という事がどういう意味を指すのかが分からない可能性は十分あった。まぁ有名と言うわけでもないし、知らなかったからと言って別に問題があるわけでもない。

 

けどそれで伝わって欲しかったと言う気持ちはある。その言葉を全て口にするのはやっぱり恥ずかしい。だからコレで少しは察してくれればと思っていたけど…

 

 

いや、そんなんで良いわけがないだろ。

 

 

さっき自分でそう思っていたじゃねぇか。自分の気持ちは口にしないと伝わらないって。なにいまさら道具や風習で伝えようとしているんだ。

 

 

やっぱりこの気持ちは、俺の口で言うしかない。

 

 

「俺らがさ…」

 

 

矢田の方を見て語り始める。矢田は俺の顔を見たまま動こうとしない。俺が考えている間も待ってくれていたみたいだ。そう言うところを見るとやっぱり立派だなと思う。

 

 

「最初に出会った時のことを覚えているか?」

 

「…うん。修学旅行の時だね」

 

 

そう、俺と矢田は修学旅行の時に出会った。矢田がガラの悪い奴に絡まれていて、俺がそれを止めた。それが俺たちが出会うきっかけだった。

 

 

「あの時お前は病弱の弟のお土産を買いに来ていた時だった。その話を聞いて優しい人だなと思っていたよ。E組になって、結構苦しんでいるのに弟のことを気遣ってくれるなんて」

 

「………」

 

 

矢田は少し俯いたまま口を挟もうとしない。返す言葉が見つからないのか、それとも俺の言葉を待っているのか。どっちなのかは分からないけど、どちらにしても話を続けるべきだろう。

 

 

「…そのあとお前とは何だかんだ色々な事があった。鷹岡が校舎に来ていた時には俺を守ろうとしてくれたし、窠山が脅しに来て俺が落ち込んだ時は慰めてくれた。試合の時も必死で応援してくれた。本当はあの時、お前の声で俺は立ち上がれたんだ」

 

 

これまでの記憶を思い出しながら口に出していく。思い出なんて沢山あって、語ろうとすればキリがない。

 

そうしていくうちに、落ち込んでいた俺の心は徐々に回復していった。E組のみんなが俺の過去を受け入れてくれたお陰で、心の中で抱えていた重いものが一気に軽くなった気がした。

 

もちろん日沢の事が気にならなくなったわけじゃない。みんなと打ち解けた後もそれだけは気になり続けていた。

 

 

けど日沢……

 

 

お前のことを気にしたまま俺が幸せになる努力をしないのは…

 

 

お前の望むことではないんだよな…

 

 

 

「だからさ……」

 

 

 

言葉を繋げようとする。先に進もうとすればするほど言うのが恥ずかしい気持ちが強くなっていく。言葉を口から出そうとする事に躊躇いを感じているみたいだ。

 

 

 

「俺はお前に救われた。お前には感謝している。けどそれと同時に……俺の中で1つの想いが現れた」

 

 

 

鷹岡から俺を守ろうとしてくれた時からだろうか。俺の感情に大きな変化が出てきた。その正体も俺は分かっていた。それと向き合おうとしなかったのは、それと目を合わせるのが怖かったからだ。

 

 

 

『それってさ、逃げって言うんじゃないの?』

 

 

南の島でカルマがそういった。全くその通りだ。俺は逃げていただけだった。

 

 

『そうやって最もらしい理由を出して、自分の感情から目を逸らして満足なの?』

 

 

公園で多川がそう言った。全くそうだよな。自分の感情とも向き合わないなんて、臆病にも程がある。

 

 

 

結局そういう事なんだ。心を入れ替えようと決心した筈なのに、自分の感情と向き合わないのは本末転倒だ。変わりたいと思うなら、まずは真摯に自分と向き合うべきだった。

 

俺はそれをせずに今まで過ごしてきた。恋愛関係の話だけじゃない。落ちこぼれというレッテルを貼っただけで俺自身と向き合おうとしなかった。

 

 

 

殺せんせー

 

あんたが言いたかったのはそう言う事だったんだろ。

 

 

 

 

 

あの時俺は殺せんせーの言葉を『自分自身に対する認識が甘い』という意味で捉えていた。けど殺せんせーはそれ以前の話をしていた。自分自身について知ろうという意識が無いことを指摘していたんだ。

 

 

 

なぁ、俺よ。俺はどうありたいんだ?

 

 

 

 

 

 

「矢田、俺は……」

 

 

 

 

 

《ドォォォン!!》

 

 

 

 

大きな爆発音が鳴り響く。音がした方を見れば、夜空に綺麗な花火があった。夏祭りも終盤になって花火が始まったんだろう。

 

 

まるで花火の音が、俺の言葉を止めたみたいだった。踏み出そうとしている俺の足を鈍らせたかのように。現に俺は発するべき言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

けど、例え間違えていたとしてもその足を止めてはいけない。

 

 

 

 

 

苦労はもう既に沢山した。挫折だって何回だって経験している。その度に励まされてきた。

 

 

 

 

 

 

もう思う存分迷った。後は自分の望んでいる方向に足を進めるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇矢田視点

 

 

考えなかった訳じゃない。ひょっとしてそういう意味なのかもしれないとは思っていた。国語の授業でそういう事は習っていたから。

 

 

簪を渡すという事は、江戸時代では求婚を意味する。

 

 

もちろん今では指輪がその役割を果たしているから、そういう意味で簪を渡す人は少ない。でも、縁起をかけてそういう意味で簪を渡すという事もある。

 

 

だから学真くんが簪を私にくれたという事は、一種の告白という可能性もあった。

 

 

けど、それはなるべく期待しないようにしていた。先日それを期待してしまって、結局違った事にショックを受けたばかりだったから、そうならないように自分に言い聞かせていた。

 

 

 

 

けど今の学真くんのセリフを聞いていくうちに、その可能性が高くなってきた。

 

 

期待が高まっていくにつれ、抑制する気持ちも強くなる。自分が傷つかないために、無意識にそういう気持ちが働いているんだと思う。相反する気持ちが胸の中で大きくなっていって、とても苦しくなっていく。

 

 

 

「矢田、俺は……」

 

 

 

 

やめて。止めて。それ以上続けられたら、わたしは……

 

 

 

 

 

 

《ドォォォン!!》

 

 

 

 

夜空に大きな花火が上がった。周りの人は夜空の方を向き、学真くんはその花火を一瞬だけ見た。

 

その花火の大きな音は、期待と不安で苦しめられている私の心を浄化した。まるで花火が、私の迷いを断ち切ろうとしていたみたいだった。

 

 

『速くしなさいよ。じゃないと先を越されるわよ』

 

 

花火の音をキッカケに、ビッチ先生と話していた時の記憶が蘇る。このままだと学真くんのところに女が出来て…私が彼の側にいられなくなると。

 

それでも良いかなとは思っていた。けど、いま私はそれを良くないと思っている。

 

 

 

それでも良いなんかじゃない。私の気持ちは最初からそうだった。私は最初からずっと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、お前が好きだ」

 

 

「わたし…あなたのことが好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

 

勇気を振り絞って言った言葉が、矢田の言葉と被ってしまった。まさか言葉が被るなんて思っていなかった。

 

けど、言葉が届けられなかったという様子じゃないみたいだ。逆に矢田の言葉もバッチリ聞こえた。

 

 

矢田は俺のことを好きと言っていた。

 

 

 

 

 

つまりコレは…2人同時に告白したという事になるのか?

 

 

「矢田…?」

 

 

言葉が被ってしまってから、矢田はピクリとも動かない。というよりも、動けない状態でいるみたいだった。その事に違和感を感じて、矢田に声をかける。

 

 

 

「…ごめんね、学真くん。後出しのようになっちゃったけど…」

 

 

矢田の口から出されたのは、謝罪の言葉だった。別に気にしてないと言おうとしたけど、矢田はそのあと続けた。

 

 

「ずっと前から…学真くんの事が好きだった。最初に出会った時から。本当はその時からずっと学真くんの事が気になっていた。

 

でもわたし……この気持ちをずっと言わないでいた。だってわたしは学真くんを避けていたから…わたしは学真くんに相応しくないから、伝えても迷惑だと思って…」

 

 

そうだったのか。最初に出会った時から好きだった、というのは予想外だった。矢田が俺を意識しているのかもしれないと感じたのは鷹岡の時からだったから…てっきりその少し前からと思っていた。

 

気づいていながら俺はその気持ちに向き合わなかったけど、矢田も迷っていたみたいだ。

 

 

「でもダメだった。この気持ちは抑えきれなかった。今朝の時もそれで迷惑をかけて……」

 

 

矢田はずっと苦しんでいたんだ。自分の気持ちを伝えないつもりだったけど、それが出来なさそうだったから。我慢を溜め続けていくうちに自分でも抑えられなくなってきた。

 

考えてみれば先日の件も、それが関係しているのかもしれない。もうあの時矢田は限界で、思わず爆発してしまったのかも。いくらなんでも今朝みたいに意地を張るなんて考えられなかったけど、そうだとしたら筋が通る。

 

 

俺がゴチャゴチャ考えている間に、矢田は苦しんでいたのか。

 

 

 

申し訳なさでいっぱいになる。もっと速く俺が自分の迷いにケリをつければ、矢田はここまで苦しむことは無かったのかも。こんな時まで自分の情けなさを感じてしまう事に、思わず笑いそうになる。

 

 

 

その笑いをごまかすように、そして崩れそうな矢田を支えるように

 

 

 

 

 

矢田をそっと抱きしめた。

 

 

 

 

「がく…しんくん…?」

 

 

「ダメなもんか。迷いながら一歩踏み出した事が悪いなんて絶対ない。迷う時にしっかり迷って1つの回答を出したんだ。お前は立派だよ」

 

 

 

自分が同じことをしているから、凄い自画自賛しているようにも見えるかもしれない。でも立派なのは確かだと思う。迷うのだって真剣に考えている証拠だと思うし、その上で解答を出すことは簡単じゃない。

 

 

 

俺もお前も、漸く一歩を踏み出したってことなんだろうな。

 

 

 

「お前のそういうところも含めて、俺は好きになったんだ。弟に優しいところも、他の人の気持ちを考えてくれることも素敵だと思う。

 

 

だからさ、()()。俺の恋人になってくれるか?」

 

 

 

話は相変わらず、グダグダだなとは思う。結構回り道もしてしまったし、今だって途中で話が一気に変わってしまう。こんなの立派とは言えないだろう。

 

 

けど、それで良いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、こういう風にした方が合うんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うん…うん!嬉しい…わたしッ…!」

 

 

 

 

抱きしめられている感触。力は強くないものの、存在は強く感じるその腕からは、いつもより暖かく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「おい!押すな!!」

 

「ばか、バレるだろうが!!」

 

「やめろ!落ち…うわァァァ!!!」

 

 

《ドタドタドタ》

 

 

 

………?なんの音…

 

 

 

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

「…何してんだ?E組(ゲス共)

 

 

 

 

後ろの木の方からなだれ込んできたE組の連中に声をかける。なんで全員揃ってそんなところにいるんだ?それも何人か携帯を持っているみたいだが…

 

 

「ち、違うんだ学真…俺はいつもの通り写真をだな…」

 

 

岡島(テメェ)いつも通りゲスな写真を撮っていたな。さっきのシーンも撮っていたとか言うんじゃねぇだろうな。

 

 

「面白そうだったのが見れそうだったし隠れながら見ていたよ」

 

 

なんでカルマ(テメェ)は素直なんだ?アレか、おちょくってんのか?

 

 

「落ち着きなさい学真くん。先生は仕事中でして…」

 

 

 

仕事中って何だコラ。生徒と一緒に木の後ろに隠れてコソコソする事のどこが仕事だ。

 

 

 

 

 

まぁ要するところそういう事だな。テメェらさっきの出来事を面白そうに見ていたんだな。

 

 

 

 

 

 

よし

 

 

 

 

 

死刑執行だ。

 

 

 

 

 

 

 

「観念しろパパラッチ共ォォォ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

========

 

振り返ってみれば、私は酷い運命を辿っていたのかもしれない。お母さんもお父さんもいない。クラスでもわたしはいつも1人だった。

 

でも、好きな事は沢山あった。

 

1つは雑草。弱くても成長しようとしているところを見ると、凄い逞しく見えるから。そんな様子を見ると、わたしは自然と自信を持つようになった。

 

もう1つは、いとこだった。お母さんたちがいなくなってから、あの人はわたしの面倒を見てくれた。勝手に別れてしまって、とても申し訳ない。

 

 

最後に、如月くんや学真くんと過ごした日々だった。2人と触れ合った日々はわたしにとっての宝物だった。わたしにとって唯一の居場所だったから。

 

 

今も学真くんはわたしのことを気にしてくれている。その事がとても嬉しかった。

 

 

 

 

 

でも、学真くんには苦しんでいて欲しくない。

 

 

 

 

 

 

 

だって私が本当に好きなのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学真くんの本当の笑顔だから……

 

 




矢田と上手く結ばれました。告白はどうしようかと考えていたんですが、2人がそれぞれ悩んでいたので、思い切って2人同時にさせました。どちらからと言うわけではなく、それぞれが自分の意思で寄り添った。それがこの2人にとって理想かなと思っています。

これを以って夏休み編は終了致しました。結構オリジナルストーリーが多かった気がしますが、楽しんでいただけたでしょうか。
この夏休みは『学真の成長』をテーマにしてきました。日沢の死を機にやり直そうと決めた学真くんですが、この期間に起こった経験で自分に自信を持つようになったんじゃないかなと思っています。

2学期は原作の話をしていきながら、学真くんの将来について考えてもらう事になるかなと思っています。いわば1学期が現在編、夏休みが過去編、2学期が未来編となります。それに加え、E組以外の話も作っています。

この度はここまで読んで頂いて、本当にありがとうございました。次回からも是非応援していただけると嬉しいです。
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