1人の男がいた。その男はいわゆる、変わりものだった。
自分の中の揺るがぬ価値観と、周りの視線を気にしない胆力を持ち合わせており、周りからも決して矮小な男ではないと認識されていた。
ある人らは、恐怖を抱いた。ある人らは、鬱陶しく思った。ある人らは、信頼のある男だと思われた。正しくもあり、邪な考えを良しとしない男は、見る人によって印象が変わる。
だがしかし、そのような人らには共通点がある。誰一人としてその男を深く理解していない。彼の外面的な姿は知っていても、内面的な事は知らない。
故に誰も知らないのだ。男の中に潜んでいる大きな闇の事を。
これから暫く、1人の男の物語を語る。理不尽に苦しみ、もがき続けていた男のことを。
彼の名は、黒崎 裕翔。椚ヶ丘中学校の本校舎の生徒でありながら、他の生徒のようにE組を軽蔑せず、そして殺せんせーの存在を知る人物である。
◇学真視点
イトナが寺坂に説得された日の事だ。あの後俺らはその場で解散となった。夜道だからという事で、なるべく気をつけて帰るようにと殺せんせーに注意されていた気もする。そんなわけで、たまたま帰りが一緒だった渚とカルマと一緒に歩いていた。
その途中で、俺は渚とカルマに尋ねた。
「…なぁ、お前ら黒崎とはどう知り合ったんだ?」
ある程度は予測していたんだろう。渚もカルマも、やっぱりというような表情をしていた。
ついさっき黒崎が現れて、不可解な行動をとったんだ。その話に触れないわけにはいかない。ましてこの2人は、俺よりも先に黒崎に会っている。詳しく聞かれる事は分かっていたのかもしれない。
「俺が先に会ったんだよね。サボろうとしていた時に怒鳴られた記憶があるよ。その日以降もギャーギャー言っていたけどね」
「それで、僕がカルマくんと一緒にいた時に、黒崎くんに声をかけられた、て感じかな…」
なるほど、つまりは先にカルマと会っていたのか。っていうか昔からサボりぐせがあったのか。なんていうか、あんま変わってないな。たった1,2年経った程度だけど。
「…お前らは見当ついていたりするか?黒崎がシロと手を組んでいる理由について」
「ごめん、分からない」
そりゃそうか。そういう事をする奴なんて思うはずもないだろうし。
「ただ…黒崎くんはいつも1人で抱えるような感じだった」
渚が何か意味ありげな感じで喋り出している。要するに、何か思いたる事があるみたいな雰囲気だった。
「…どういう事だ?」
「もともとクラスで浮いていたから、相談できる人がいなかったんだ。僕たちと一緒にいた時も、仲良くはしていたけど打ち解けようとはしないみたいだった」
なるほどね。
まぁ変な話、浮いているのは当たり前な気はする。妙に堅物かと思いきや変な行動を起こすし。普通なら不気味に思って、近づこうとはしないだろう。
そして打ち解けようとはしないとは、少し壁を作っているような感じという事か。考えてみれば俺もアイツの事を詳しくは知らない。渚の言葉から考えると、深くまで踏み込ませてくれないということか。
「何かあると考えておいた方が良さそうだな」
なんとなくだけど、そこに秘密があるように感じる。深くまで関わろうとしないという事は、アイツの中で知られたくない事があるということでもありそうだ。
「…なんでそこまで知ろうとするの?」
「カルマくん?」
しばらくの間話そうとしていなかったカルマが話しかけてきた。俺の考えている様子に疑問でも持ったんだろうか。
「渚くんが言うならともかく、学真って黒崎とは時々会う程度の付き合いじゃん。黒崎を擁護しようとするなんて普通は考えないと思うけど」
カルマが言うのは最もだとは思う。俺が黒崎と始めて会ったのは、1学期が始まったばかりの全校集会の日だ。同じクラスでも無いし、そんなに付き合いが長いわけでも無い。今回の黒崎の行動を見たら、敵対心を持っただけで終わるんだろう。
「……短い付き合いではあるのは確かだけど、アイツがなんの理由もなくあんな事をするとは思えないんだよ」
俺の結論としては、こう言う事だ。情報量が不足しているのは確かだけど、それだけでアイツが悪い男だと思わない根拠としては十分だった。一見滅茶苦茶には見えるけど、アイツの中ではシッカリとした筋があるのが分かる。それを見て悪いやつだと思う方が難しいだろう。
「ま、そう思うんならいいけどね。随分信用されているんだね」
カルマは少し気の抜けた声を出して話している。カルマって黒崎をあまり評価してないのか、黒崎を信用している様子に少し引っかかってくる。仲が良くないとは聞いていたけど、信頼感もないというやつなのか。
「…僕も多分何かあると思う。黒崎くんは筋の通っていない事をする人じゃない」
渚は俺の考えと同じようだ。俺の思考がおかしくないと分かって少し安心する。しかも渚なだけに安心感は半端ない。
気づくと道が分岐しているところに出た。確かここで俺らは別れることになる。
「…まぁ、黒崎の事は後になるか。じゃあな」
渚たちと別れて自分の家に向かう。近いとはいえ夜道だ。気をつけないといけない。
歩きながら俺は携帯を開いた。携帯のアプリを開くため…ではなく、対話するためだ。
『私に御用でしょうか、学真さん』
携帯の画面には律の姿が出ている。対話できるかどうか不安だったけど、どうやら不可能じゃなかったみたいだ。
「なぁ律。この前霧宮の住所を特定したよな。それはE組以外の生徒でも可能か?」
1学期の終わり頃だったか、律は霧宮の住所を特定した事がある。考えてみればそれはかなり有力な力だ。特に今の状況は結構使える。
『不可能ではありません。ですが霧宮さんの時よりも遅くなる可能性があります。
霧宮さんに限らずクラスメイトの情報は、皆さんとの協調のためには必要になると思っていたのである程度揃えてはいたんです。
ですが他の人の場合は、データベースの中から探し回らないといけません。加えて大抵はセキュリティに阻まれてしまいます。量が膨大すぎるため探すのに時間はかかりますし、探索エリアを間違えると永久に迷い続けることになります。何か有益な情報があれば、それと関連させて調べることも可能ですが…』
なるほど。つまり情報がない限りは探し出す事は出来ないということか。情報系に詳しいわけじゃないけど、その中身が恐ろしいぐらいに複雑なのは分かる。
だから有益な情報が必要になるわけだ。
「…分かった。黒崎 裕翔の住所を特定してくれないか?」
律に黒崎の住所を特定してもらうよう依頼する。
恐らくだけど、黒崎の場合は調べやすくはなるだろう。クラスが違うだけで同じ学校の生徒だし、学校の中でもかなり目立っているから情報が探しやすいかもしれない。
それに、律は一度黒崎に関する情報を検索した事がある。『犯罪対策委員会』というネット上の存在を。その情報をもとに辿っていけば探し出せるかもしれない。
『分かりました。調べ次第連絡します』
そう言って律は携帯の画面から消えた。鎧と盾と剣を持っていたのが気になるが、セキュリティを解除するために必要なのだろうか。
いや、ふざけたことはやめよう。いまは真剣に考える時だ。俺は問題を解決するために律に頼んだんだ。それ以外の事を考える必要はない。
しばらくは律の報告を待とう。そして終わった時に礼を言えばいいだけの話だ。
◇
その翌日に、律から連絡があった。頼んだ次の日だけど特定に成功したみたいだ。仕事の速さに感心せざるを得ない。
授業が終わった後に、1人でトイレに行って携帯の画面を開く。メールを見るとマップと文章が載っている。説明文みたいな文章を作ったのはおそらく律だ。
マップを開いて、特定されている場所を確認すると、これまた恐ろしく遠い場所だ。椚ヶ丘中学校から結構離れている。
指定されている場所に向かうまでのルートを確認して、トイレから出る。桃花には用事があるからと言っておいたから、いま学校の中には俺1人だ。学校に持っていく鞄を持ったまま、俺は校舎から離れていった。
◇
駅を出てから真っ直ぐ進み、突き当たりを左に曲がったところに一軒家がある。律のマップは間違いなくそこを指していた。どうやらこの家が黒崎の家で間違いなさそうだ。
一軒家ってのは少し驚いたな。両親がいないと聞いていたから、てっきりマンションの一室を借りているのかと思っていたんだが…
まぁ、とりあえずは中に入らないとな。
インターホンを鳴らして暫くの間待つ。返答はない。家の中にいないからなのか、それとも居留守なのかは分からないが…
「おや坊主。その家に何か用か?」
すると隣から声をかけられる。白髪が少しだけある老人みたいだ。インターホンを鳴らしたのが聞こえたから様子を見に来たのか?
「…はい。少し話がしたいなと思ってまして…」
「なるほど、しかしそこには誰もいないぞ。少し用事があるらしくてな」
……マジか。まさかいないと来たか。いやまぁその可能性も充分にあるんだが。
どうする?このまま帰りを待つのもな…知らない土地で時間を過ごすのはかなり不安になる。けどアイツの行方が分からないいまどこに行けばいいのかさえも…
「どこにいるかを知りたいか?」
老人の言葉を聞いて思わずたじろいだ。黒崎の行方が分からないと思っていたらそれを教えてくれるようだ。驚かざるを得ないだろ。
「…あ、ああ。もちろん、分かるのなら知りたいです」
老人に黒崎の行方を尋ねる。すると老人はユックリと俺の後ろの方を指差した。
「お前が先ほど曲がった道を、逆方向に進んでいけ。暫くするとかなり大きな建物がある。裕翔はそこにおるぞ」
後ろを見れば、すぐそこに俺がさっき曲がったところがある。俺が曲がった方向と逆ということは、このまま真っ直ぐ進めば良いということだな。
「ありがとうございます。助かりました」
一礼だけしてその方へ向かって歩いていく。曲がってからそんなに歩いてないから、戻るまでの時間はそんなにかからない。
そしてそのまま真っ直ぐ歩いていく。老人の言っていた大きな建物を目指して。
◇第三者視点
「先ほど烏間から連絡があってね。これ以上必要以上に生徒を巻き込むなという事らしい。生徒に被害が出るようだと賞金首はあの学校からいなくなるかもしれないとな」
政府の役人がシロと対話をしている。今後のシロの動きに対して釘を刺しているところだった。今回に限らずシロの作戦は生徒を危険に晒すものばかりだ。それをやめて欲しいと部下である烏間から言われてシロに伝えているのだ。
本人も烏間の意見に同意している。これ以上何かあったとすると破壊生物が学校から居なくなってしまうかもしれないからだ。生徒の身の安全のことを全く考えていないのは確かだが。
「ええ。大丈夫ですよ。これから暫くは手を出しません。生徒たちにあのタコを殺させるのも悪くない。それにあのクラスにはバケモノがいる。虫も殺せない顔をして、その内には凶悪な魔物が住み着いている。放っておいても奴が覚醒するのは時間の問題ですしね」
シロはしばらくの間何もするつもりはない。イトナという有力な武器を失ったいま、彼が殺せんせーを殺すための方法は無いのだ。それが無い状態では暗殺どころでは無いのだから。
その話を聞いていた男は気難しそうな顔をしている。シロの言っている『バケモノ』という単語が気になったのだ。現場を見たことが無い彼ではあるが、普通の中学校にバケモノがいるというイメージそのものがつかないからだ。
だが、気になる点はもう一つあるのだ。
「…もう1人コマがいたのでは無いのかね?それを使うと思っていたのだが…」
それは黒崎のことであった。烏間の報告では黒崎という生徒がシロに協力していたと報告を受けていた。しかも少し前までシロと一緒に中学生らしい人が付いて来ていたのを覚えている。イトナを失ったつぎは彼を使うのだろうと思っていただけに、シロの動かないと言う発言は予想と違った。
「残念ですけど、彼は私の部下ではありません」
シロはソファに座りながら話し始める。黒崎は自分の部下ではないという発言に、更に訳が分からなくなってきた。
しかしその答えを得るのは簡単だ。部下ではないのなら協力関係の上だったということだ。しかし中学生がシロと対等な立場になれるとは到底思えない。とするならば考えられるのは…
「……借りてきた、ということか?」
「その通りです。察しが良い」
笑いながらコーヒーを飲むシロに、睨みたくなる気持ちだった。真剣な話をしているところで呑気にしているところを見ると苛立ちが募ってくるだろう。
結論として、黒崎は他のところから借りてきたということだった。シロと何らかの関係を持っている団体から黒崎を差し出されたということである。
それは一体どこだね、そう尋ねようとした時だった。
「ちなみにどこから借りたのかについては黙秘します。関係のないところに情報を出さないでくれと言われたものでしてね」
シロに先手を打たれた。それを聞いてくる事が分かっていたかのようだった。
情報を漏らさないで欲しいと言われたため、シロはその団体の名前を明かさない。別に義理があるわけでもないが、約束を破る必要も無いと考えたシロは情報を隠すことにした。
◇学真視点
結構時間が経ったと思う。
街の景色が一変して、家ばかりあったのが木ばっかりの風景になっている。途中道を間違えたのかと思ったぐらいだ。
けど間違っていない事を証明するかのように、俺の目の前には大きな建物がある。老人が言っていた通りだ。そしてこの中に黒崎がいるという事だろう。
中に入って進んでいく。広そうだしそう簡単には見つけられないだろう。まずは建物内の地図を貰うべきだな。
「何しに来た?浅野学真」
…おいおい。
ここはもう少し時間かけてから見つけるところじゃねぇのかよ。入って数秒で本命に出会ったぞ。RPGだったら面白みもクソもないな。
「お前に用があるんだよ、黒崎」
入口の陰に隠れていた黒崎に話す。黒崎を見ると待ち構えていたという風にも見える。俺が入口に入る時に話しかけたから、余計にそう思ったんだが。
話を踏み込むために一歩前に足を進める。たったそれだけ、近づいたとも言えないだろう。
けどその足に向かって何かが伸びてきた。
「うお!!」
反射的に足を引っ込める。俺の足に向かって伸びていたそれは地面に突き刺さった。
反応が遅かったら間違いなく打たれただろう。危機一髪という状態に焦りを感じてヒヤヒヤする。間抜けな声を出してなかったか心配になる。
「…何のつもりだ」
目の前の男に尋ねる。コイツは間違いなく、俺に攻撃をしかけた。何の目的でそれをやったのかを問い詰める。
「帰れ」
だが、その答えは帰ってこなかった。
「お前に話すことなど、何一つない」
殺せんせーを暗殺している俺たちにとって、最も身近な感情がある。それは殺意だ。殺意にも色々あるけど、大抵は相手を屈服させるものだ。
その殺意を、黒崎から感じた。
どうやらコイツは、本気で俺を倒そうとしているみたいだ。
「…そうか」
やっぱりそうなるよな。
こうなる予感はした。俺たちと敵対したわけでもあるから、戦うことになるんじゃないかなと思ってはいた。そうならないで欲しいと願ってはいたけど、こういう時は大抵嫌な予感の方が当たる。
だから俺は誰も連れてきていない。
黒崎と戦うことになったら、見ている方はあまりいい気がしないだろうと思った。特に倉橋は黒崎と仲良かった。黒崎のために動くと知ったらついてきそうな気がしたし、俺1人で来た。
ポケットから持ってきたナイフを取り出す。アクロと戦った時と同じ本物の刀だ。対先生ナイフじゃ戦えないし、黒崎と戦うためにはこれじゃないと意味がない。
「そう言われて、はいそうですかと帰るわけにはいかないんだよ。悪いけど、何がなんでも聞かせて貰うぞ。テメェが何故シロと一緒にいたのかを」
そう言って黒崎に向かう。何が何でも話を聞き出すために、俺は黒崎と戦うことにした。
黒崎とのバトルになってしまいました。戦いの末はどうなるのか、そして黒崎の謎について、それを知ってもらうために、これからの話を読んでいただきたいと思います。