須賀京太郎が逆行するお話   作:通天閣スパイス

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三話

 『Sky-talk』を知っているか――――と現代人に問い掛ければ、ひょっとしてそれは一種の侮辱だろうか、などと勘繰られてしまうかもしれない。

 『Sky-talk』、某有名ソフトウェア開発会社が提供する技術を利用したコミュニケーション・ソフトウェアは、それほどまでにこの世の中に浸透している。

 

 使用料は基本無料。機能はチャット、ボイスチャット等の非常にシンプルなものばかり。

 しかしそのシンプルさが逆に通信、パフォーマンスの軽さと高いクオリティを生み、『Sky-talk』は世界中で愛用されるコミュニケーションツールの一つとなっていた。

 

 逆行前の記憶においても、俺を含めた周囲の人間のほとんどが利用していたのを覚えている。

 特にボイスチャット――文字ではなく、実際に声でやり取りを行うモードのチャットは、『Sky-talk』を他のプログラムと平行して使用してもあまり重くならないこともあって、オンラインゲームでのやり取りによく利用されていた。

 

 で。逆行後の今回も、俺は『Sky-talk』を利用している。

 前回はなんとなしに入れてみたのが始めた切欠だったが、今回これを利用しだしたのはちゃんとした理由があって。

 以前に知り合った、県外に住んでいる知人。普段は中々実際に会うことは出来ないがために、また電話やメールよりは顔を合わせた方がいいと、このツールの導入を勧められたのだ。

 

 

 そして、とある日曜日の夜。

 宿題も、風呂も飯も終わり、済ませておくべき用事が全て終わった後のこと。

 

 普段ならいつものメンバーと打つためにネット麻雀にログインしている時間だが、その日課は日曜だけはない。

 その代わりに入っている予定を消化するべく、俺はパソコンの電源を入れて。数分後、完全に立ち上がったパソコンのデスクトップから『Sky-talk』のアイコンを選び、それをクリックした。

 

 すると数秒もしないうちにログイン画面が出て、その項目の入力を即座に終えてログインすると、今度はショートカット登録してある通話先の一覧が表示される。

 そのうちの一人、これからの予定の相手がログイン状態になっていることを見ると、俺は頭に着けたヘッドセットとディスプレイに設置したカメラを確認。どちらも異常がないことを改めて確かめて、その相手の名前をクリックすると、その人への通話を飛ばした。

 

 数瞬の間の後、通話を受諾する返答が来て――――

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、照さん。少し遅れました」

 

『……ううん。私も、ついさっき来たところだから』

 

 

 

 

 

 

 

 カメラの向こう側、ディスプレイにリアルタイムで映る映像の中で。

 

 宮永照が、俺に笑みを向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 照さんと会ったのは、俺が逆行したついその日のこと。長野に旅行に来ていた彼女と、近所の公園で偶然に出会ったのが彼女との始まりだった。

 

 彼女に対する第一印象は、正直あまりいいものではない。

 しかし彼女の名前を聞いて、彼女が何者であるかを知って。そのために興味を抱き、彼女と本腰入れて話をしてみれば、いつの間にか当初の悪印象は消え去っていた。

 いや、より正確に言えば、方向性が変わったと言うべきだろう。彼女が色々と常人と違うことは同じだが、その捉え方が『変人』というマイナスイメージから、『天然』というプラスイメージへと変化したのだ。

 

 せっかくだからと聞いてみた麻雀の話や、以前長野に住んでいた頃の思い出話、好きなお菓子の話などで盛り上がって。すっかり意気投合した俺達は、別れ際に携帯の連絡先を交換しあった。

 それから彼女と、電話やメールでやり取りをしあって。そのうちに彼女から『Sky-talk』をやろうと誘われたのは、俺が清澄へ進学することを決めた冬の頃だった。

 

 その目的を彼女に聞いてみると、やはり顔を見ないで話すのは寂しい、というのが一つ。

 もう半分は、俺が麻雀をやっていると話の中で聞いた彼女が、せっかくだからと提案してくれたもので――――

 

 

 

『――で、ここで{三筒}をツモった、でしょ? ここは手変わりして三色狙いじゃなくて、さっさと早上がりした方が、いい』

 

「そうですか? でもほら、タンピン三色目前ですよ、これ」

 

『うん。でもこういう場面では、下手に高い手よりも、くず手で流した方が相手のショックが大きくなる。

 

 部活ではあまり役立たないかもしれないけど、大会とかなら、心理戦は武器になるから。これまでに教えたのと合わせて、覚えておいた方がいい』

 

 

 

 俺の対局の牌譜をメールで彼女に送り、それを見た彼女からの、麻雀指導。

 毎週日曜日に行ってもらっているそれは、時間的にはそこまで長いものではないけれども、俺の雀力のアップに一役も二役も買っていた。

 

 なにせ彼女は、現役の高校女子のチャンピオンで。後にプロでも大活躍する、現時点でも日本でトップレベルの選手である。

 そんな彼女が、わざわざ細かいところまで、親身になってアドバイスしてくれるのだ。

 

 長い年月を重ねたとは言っても、ほぼ我流で磨いていた俺の麻雀は、まだ粗削りと言ってもよかった。

 それが彼女に教えを受けて、どんどん細かいところから修正され、思考の方向性すらも多少の指導を受けて。

 すっかり彼女によって改造された俺の打ち筋は、以前のものよりも遥かに安定した、完成度の高いものとなっていたのである。

 

 ……俺の数十年より、照さんとの数ヵ月の方が効率いい気がするなぁ、とか。

 そんなことを考えて少々落ち込んだりもしたが、それはひとまず、おいといて。

 

 

 

「……あ。そういや、インターハイの予選まであと二週間くらい、ですよね」

 

 

 

 指導が一局分終わり、その次の牌譜に移るまでの、合間の時間。

 とんとんと手に持った牌譜の束を整えている彼女に、俺はふと、思い出したように話を振った。

 

 

 

『え? ……ああ、確かに、もうそれくらいだっけ。京ちゃんは出るの?』

 

「ええ、個人戦に出ると思いますよ。照さんは……言うまでもないか」

 

『……ふふっ。これでも、チャンピオンですから』

 

 

 

 クスリと、和らいだ表情で笑う、照さん。

 雑誌で見るような満面の笑顔とはほど遠いが、あちらと違って作ったような印象がない分、こちらの彼女の方が随分と魅力的である。

 

 そんな可愛らしい、自然に出た風の笑顔を浮かべたまま。彼女は『そうだ』と呟いて、話を続けた。

 

 

 

『せっかくだし、もし京ちゃんが全国に来れたら、観に行って応援する。男子と女子は日程が違うから、時間もとれると思うし』

 

「え、ホントですか? いやー、それなら頑張らないとですね。どうせなら全国優勝目指しちゃいますよ、優勝」

 

『そう? そしたら……うん。私と京ちゃん、二人で優勝、だね。

 

 ……ふふ。そう考えると、楽しみになってきた』

 

 

 

 そう言って照さんは、ニコニコと、本当に嬉しそうにはにかむ。

 

 ……言外に『自分は当然優勝する』と言っている辺り、自分の力をよく分かっているのか、それともただの天然なのか。

 どっちにしろ悪意とかはないのだろうと、ここ半年で彼女の日常の姿――ドジで、麻雀やお菓子以外のことでは何処かぽわぽわしている彼女の姿を見た俺は、彼女の言葉に笑って返した。

 

 

 

「あはは。まあ、それも俺が予選を突破出来れば、の話ですけどね。

 龍門渕の天江さんみたいなのが男子にもいたら、正直自信を持って勝てるとは言えませんし」

 

『天江? ……ああ、去年の龍門渕の大将の。

 京ちゃんって、ああいうオカルトみたいなのは、苦手?』

 

「苦手っていうか、こっちじゃどうしようもない時とかありますからね。相手に殆ど聴牌させないとか、カンしてツモって責任払いとか、力業でこられるとキツいんですよ」

 

 

 

 今でも記憶に残る、高一のインターハイ長野地区予選、女子団体決勝――咲とあのチビッ子中二病魔王が戦った怪獣大決戦の模様を思い出しながら、そう返す。

 

 相手が人の土俵で戦ってくれれば、まだなんとかなる。食らいつける自信は、十分にある。

 それでも相手を聴牌させないとか、そういう麻雀の根底に関わる部分をどうにかされてしまうと、常人が相手をするのはキツいなんてものじゃない。

 

 あの戦いだって、最終的に天江衣を倒したのは咲だ。咲がオカルトの領分で、自身の不思議な力を利用した上で、彼女を下したのだ。

 名前は忘れたが、彼女達以外の二人――風越と鶴賀の大将が天江衣を倒すことは、ほぼ不可能だったろう。

 もし清澄がいなければ、あの時全国に行っていたのは、間違いなく龍門渕である。それは断言してもいい。

 あまりに強すぎるオカルトは、腕の差を容易に、勝負と関係のないものにしてしまうのだ。

 

 照さんも、その事実はよくよく承知しているようで。

 俺の言葉に苦笑しながら頷くと、『でも』と一言前置いて、俺に言葉を返した。

 

 

 

『彼女レベルのオカルトは、日本でも十人いるかどうか、くらい。殆どの人は、京ちゃんでも対抗は出来る、と思う』

 

「そっすか?」

 

『うん。例えば、去年のインターハイで同卓した選手で、鷲宮って人がいたんだけど。彼女のオカルトは、自分に筒子が集まりやすい、って感じだった。

 それくらいなら、別に倒せないことはない、でしょ?』

 

 

 

 ……まあ。それくらいなら、確かに。

 筒子が来にくいというのは結構なディスアドバンテージだが、挽回不可能なほどではない。小手先の技術と、それなりにある指運を活かして、対抗するのは十分に可能だ。

 

 それからいくつか聞かせてもらったオカルトの具体例は、確かに強力なものばかりだったが、決して勝負をそれだけで決めてしまうものではなく。

 全国という舞台であっても、怪物と呼ばれる人外が出没することはそう多くはないのだと、他ならぬ全国を一番見てきたであろう人物に教えてもらった。

 

 だから、俺には必ず、全国に来てほしい。

 話の最後に、照さんは微笑みながら、そう言った。

 

 

 

「……全国、っすかぁ」

 

『うん、全国。……東京、来たくない?』

 

「あー、いいっすね、行きたいですね東京。ディズーニーとか、スカイツリーとか、お台場とか行ってみたいっす」

 

『ディズーニーは、正確には千葉、だけど。大会期間中にも、何もない日が何日か、あるから。そういう観光とかも、出来る』

 

「マジですか? うわー、やっべ、本気で行きたくなってきた全国。原宿にクレープ食いに行きてぇ」

 

『……ふふっ。そうなったら、私が色々、案内してあげるね』

 

 

 

 クスリと、楽しそうに笑って。照さんは、じっと、目を細めて俺を見つめる。

 

 その仕草に、何の意味があるのか。何の感情を込めた瞳を、俺に向けているのか。

 そんなことが分かるほど、俺は感情に機敏じゃない、けど。

 

 あの時。最初に会った時、俺が彼女に咲のことを尋ねてから――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……咲を、知ってるか?』

 

『ええ。俺の友達に、宮永咲って奴がいるんですけど。ひょっとして、そいつと何か関係があったりしないかな、って』

 

『ふぅ、ん。……仲、いいの?』

 

『え? まあ、仲のいい女友達ですって感じですけど』

 

『……』

 

『……えっと、照さん?』

 

『ん? あ、ごめんね、咲の話だっけ。……うん、知ってる。だって、私の妹だから』

 

『あ、やっぱそうなんすか。咲、きっと、照さんのこと――――』

 

 

 

 

 

 

 

『――――でも。私のことは、咲には、ナイショ。そうしておいて』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、子供のような好意で俺によくしてくれている訳ではないのだろう、と。

 

 何らかの感情を俺に隠している彼女に対し、俺は、そんな印象を持っていた。

 

 

 

 

 




照チャーだって女の子です。女なんです、ええ。


Q.京ちゃんオカルト身につけないの?

A.悩み中。最初はアカギチックにやらそうと思ったんですが、もうそういう小説があるっていう。しかもレベル高い。

Q.大会を男女混合にしたら?

A.化け物の数が増えちゃうじゃないですかーやだー。

Q.元妻が実はアラフォー説

A.アラサーだよ!

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