第四話「やっとわたくしの登場ですの?えっ?分かんない?」
朝、起きる時間はとっても早い。でももう、それを嫌だとは思わなくなってしまった。
いつものように無駄に広い、いかにもお姫様の使うようなベッドから起床する。
「今日もつまらない一日が始まるのね…」
私は紐を引いてベルを鳴らした。
いつ聴いても飽きない、ベルの鐘声が鳴る。三分もしない内に運び込まれる洋一色の朝食。
パンは高級なイギリス製のブレッド。三ツ星シェフが作ったコンソメスープ。
外国の有名な会社が作った、高級品のジャム。
毎朝、凡人ではまず有り得ないだろう高級な朝食を取らされて、お姫様の生活に憧れる女性だったらさぞかし羨ましがるであろうその光景。しかし、私はそうは思っていなかった。
「こんな朝食。もう嫌ですわ。もっと普通の、普通の家庭での朝食も取ってみたいですわ。」
「えっ、……」
私は今の生活にかなりの嫌気が差していた。確かに、朝昼夜と、三食ともにとても美味しい料理が運ばれる。
出される料理もバリエーションに富んでいて、毎日飽きない。でも、私は毎日のこんな非凡な生活が嫌で嫌で仕方がなかった。毎日ピアノのレッスンやら数学、英語、理科、歴史等の勉強。
株がどうとかの経済的なことも教えられ始めたし。正直言って面白くないです。
でも、早乙女家を継ぐご令嬢だからやらなくてはならないと、お父様に言われて…。
今とはいかないけど、必ずいつか家を出たいと言うのが今の私の心境だった。
「中学校とやらはまだですの?一ヶ月ほど待てとお父様から言われてたのですが。もうそろそろ一ヶ月経つかと思われるのですが?」
私は召使を睨み尋ねる。ここで働き始めて一ヶ月にも満たない新米でしたっけ?しどろもどろになっているのが見てわかる。
ピリピリとした空間が流れ出したその時。
コンコンと、ドアをノックする音が鳴った。
「はい。」
ガチャリとドアが開く。黒のスーツにちょっと厳ついサングラスをかけた男が部屋に入る。
長年この家のボディーガードを務めており、12年間私を守り続けてきた専属のボディーガード、黒磯だ。
「あい御嬢様。その件についてですが。中学校の登校日は明日かと思われますので。今日一日はお耐えになってください。」
明日っ!?まさかの明日っ!?
ついつい私は両手でテーブルをバンッと叩いてしまった。ガタンッとテーブルが揺れる。
さっきまでしどろもどろだった召使は、ひぃっ、と情けない声を上げて縮まっている。
「それは本当ですのっ!?黒磯っ!!」
私の興奮は収まらず、少し息が荒くなる。しん様と一緒の学校に通えることを、幾度想ったことか…。
「はい。そう、伺っております」
「そうですの!ついに、ついにしん様と同じ中学校で三年間?も一緒にいられるのね!!」
「……」
「そうだわっ!登校日には、しん様にプレゼントをあげないと!!」
「そのようなことはしなくてもよろしいかとぉ……」
「んー……。まぁ、確かに。わたくしの舞い上がり過ぎでしたわね。大体、プレゼントなんて持って行ったところで、何だこいつ、と思われたら嫌ですもの」
我ながら素晴らしき自重。昔の私とは大違いですわ!
(あい様も少しは学習なされたか。というか、しん様と呼んでいる時点でどうなのか、とは思わないのであろうか……)。ちょっと騒がしく、良い知らせのあった私の朝食。
「ほぉう?明日で春休みが終わってしまうと?」
「違う!今日で!春休みが終わりなの!」
「でもオラは明日も休むー明日はオラだけの春休みー。」
「ぶゎぁッッッッかむぉーーーーーんッッッッッ!!」
野原家は毎朝が騒がしきそれ。
「あんた、中学生にもなるのにそんなこと言ってて言いわけぇっ!?」
「いいわけー」
「いいわけなわけねーだろぉぉぉぉぉぉ!!」
朝から家が変形しそうなぐらいのみさえの怒鳴り声。
「うるさいぞー!静かにしなさい!」
「あんたが原因でしょうが!!」
トーストを頬張りながら眺めるひろし。目に映るは日常茶飯事なできごと。
この時、野原ひろしのはこう思っていた。
いつもと変わらない…平和だなぁ、と。
だがしかし、それは野原家として生きて来たからこそ、であった。
「どーしよーかなー?」
オラは今、眩しい日差しが照らされるベッドで寝っころがっていた。
何がどうしようか、なのかと言うと。
「今日で最後の休日日、かぁ~…」
そう、今日で最後なのだ。春休みが。
時刻はまだ八時。これからみんなと遊ぼうと思えば、それは難なくできる。
だがしかぁしっ!春休みのラストをただただ友達と遊ぶことで費やしてしまっていいものなのか!
お家でアクション真仮面VⅢの映画を見たり、機動戦士カンタムの漫画を読んだり、いっそ、このまま寝てもいい。遊び疲れて終わるか、何もせずぐーたらして終わるか。
明日から中学生、小学生としての最後の春休みだからこそ、何か思い出に残るような最後にしたい。
「さて、どーしたものか…」
真っ白い天井に目を向ける。が、何かいい案が浮かぶわけでもなく、オラはガバッと上半身だけ起こす。
「悩んでたって仕方がないぞ……、そんな時は、寝るに限りますなぁー♪」
数秒の間を置き、オラは言った。そして、再び体を横にする。
みなさん知ってましたか?悩んでる時は寝るのが一番だって。
まぁ、そんなのどうだっていいか。
とか言って横になったはいいけど…。
「……寝れねぇ…」
そりゃそうだ。昨日七時に寝たのが間違いだった。こりゃ寝れないなあ。寝れるわけが無いなあ。
悩んでいると、玄関のインターホンが鳴った。
母ちゃんが返事をし、オラはあまり気に留めなかったのだが…。
「あら!あいちゃーん!久しぶりねー!」
やってきたのは、あいちゃんだった。酢乙女家のご令嬢という名家で産まれた御嬢様であり、オラの幼稚園の幼馴染でもあったりする。
多分だが、オラは今、あいちゃんに恋している。と思う。多分…。
「しんのすけー、あいちゃんよー。」
あいちゃん、の名前が出た時、多少なりともビクリとした自分が恥ずかしい。
というか、まさか自分があいちゃんに恋しただなんて。昔のオラがいたら何て言ってることだろうか…。
オラは、ちょっとドキドキしながら、下へ降りて行った。
あいちゃんの姿が見えると同時に目が合った。合ってしまった。あいちゃんは「お久しぶりですわしん様!おはようございます!」と、溌剌な挨拶で迎えてくれた。
「お、おはようあいちゃん。朝から元気だこと…」
恋しているとは言ったが、やっぱし苦手なことには変わりないかも…。
「明日から学校が始まると聞き、しん様と同じ学校に通える記念の挨拶をしに来ましたの!」
「そりゃわざわざどうもどうもぉ…」
この時オラはきっと苦笑いしてたんだろう、母ちゃんまでオラを見て苦い顔をしていた。
あいちゃんはオラに会えたことが嬉しいのか、幸せそうな顔をしている。
「ところで、記念の挨拶の為だけにわざわざ来てくれたの?ていうか、春休み前も同じような理由でわざわざオラんちに来てなかったっけか?」
めんどくさいって気持ちがちょっとだけ口調に出てしまったのか、あいちゃんは少し不安そうな顔をし、ちょっぴり身を縮めた。
「え、えぇとですね…。あのぉ…、そのぉ……」
そう言ってはチラチラと母ちゃん見ている。その姿は春休み前日に見た時と同じく、可愛らしい。
「えっ、あっ!」
母ちゃんは、何かに気づいたように声を上げた。
「それじゃぁ後は若い者同士でね!もうちょっとでおばさんになる私がいちゃ悪いわ」
いろいろと突っ込みたいところはあったが、敢えてそれを無視しとく。
気になるのは、もじもじしながら母ちゃんをチラ見しているあいちゃん。何かを訴えている様にも見える。
それに、それが始まってから、その動作の意味を理解したと思われるべき母ちゃんがあっと声を上げた。
そしてあの母ちゃんが、未来形でありながらも自分のことを”おばさん”と称して、さらに悪いと本当に思ってるのかはともかく、気を利かせてくれるだなんて…。
(これは何かありますな…)
「えぇと…そのぉ……」
(察するに、オラがまだ二階にいた時、なんらかの話をつけていたのか。)
「し、しん様ぁ……」
(本人は顔を赤らめてるわけだし、母ちゃんはもうどっかいったし、これはひょっとして…?)
「し、しん様!!!」
(いや待て待て。わざわざそんなことであのあいちゃんが顔を赤らめるか?こんなに恥ずかしがるか?)
「しん様!!!」
「えっ、あっ、はいっ。」
「今日、お暇ですかっ!?」
「……うん、まぁ…」
「あ、あ、ああああのぉ…そのぉ……」
あぁ、何て可愛いんだろう。人差し指同士をつんつんしているぞ、顔を真っ赤にしながら、俯いて……。
でも、これってまさかの?
「今日……、お、お暇ならば、私と、デート……してくれませんかっ?」
「ビンゴ、正に的中っ。」
「えっ…?」
「い、いや!なんでもないっす!あは♡」
予想が的中した為、つい声に出してしまったのは失態だった。それにしても、まさか当たるとは…。
「そ、それで…?だ、だめ、でしたか…?」
「い、いんやー!全然!逆にさ!オラ今暇で暇で困ってたところだぞ!こちらこそよろしくだぞ!」
「そうでしたかっ!ありがとうございますっ!!あいは今、とっても嬉しいですわ!」
あいちゃんはおっしゃった言葉通り、とっても嬉しそうだった。両手上げて喜んじゃってるよ。
「でもさ、どこに行くの?」
オラはあいちゃんに尋ねた。
「あ、そういえば……。決めてませんでしたわ……」
「場所未定のデートねぇ…」
「す、すいません……」
「謝る事ナッシングよー。そこら辺ぶらついてるだけでも立派なデートでしょ?」
「そ、そうですわね!……はぁ…」
あいちゃんはちょっと申し訳なさそうな顔していた。溜息まで吐いちゃったし。
だからオラは、助け舟というか、元気を出させる為にこう尋ねた。
「それにさ?オラのこと大好きなんでしょ?大好きな人と一緒なんだったらどこに行ったって幸せなんでないの?」
オラのこと大好きなんでしょ?辺りから、あいちゃんの顔は一気に赤くなった。
「はわ、はわわわわわ……」
何か口まで押え始めたよ…。ってぇ、こんなことを尋ねたオラもオラなんだけど。
何をバカなことを言っているんだオラは。あーあ、オラまで恥ずかしくなってきたよ…。
「す、すまん…。オラが間違ってた…。でも、元気出た?」
「おバカしん様!!恥ずかしいですわ……」
「デレェ……」
「え……、ど、どうかしたのですか…?」
顔を真っ赤にさせて上目使いでオラの事を心配するあいちゃん…。オラはこの時、心臓を撃ち抜かれたような、そして甘い気持ちになった。
「い、いんや、じゃ、じゃいじょびゅじぇしゅ……」
「あ、あの…鼻から血が……」
「あ、こ、これね…元からだよ元から……」
「そ、そうでしたか…、鼻から血が出てるしん様も素敵……」
オラは自分の顏が一瞬にして火照ったのが分かった。
今のは、…そう、あれだ。世間で言う、萌えってやつだった……。
「そこらへんぶらつくって言っても、どこ行こうね…」
「そ、そうですわね…」
一応デート、ってことで外に出てきたオラ達だったが、本当にどこへも行く当てがなく、住宅街をうろついていた。
「サトーココノカドーに行こうか。」
「行って何するんですの?わたくしお金持ってませんわよ…?」
「そ、そぅ…」
今頃って思うが、やはり予定も立てずにデートってのはさすがにキツかったんじゃないか?それに、今思ったらオラ、デートって初めてなんだよねぇ。ホント今頃って感じだけどさ。
それから五分ぐらい歩くと河原に出た。天気の良い日に眺める河原の景色は最高なんだよなぁなんて話しながら、一本道を歩いた。気が付けば、いつの間にか商店街に出ていた。
「愛ちゃん、疲れてない?ちょっと歩きすぎたかな?」
「いいえ、しん様。そんなことありませんわ。それに、最近は運動してませんでしたから、丁度いい運動になると思います。」
「あいちゃんって運動するんだ、意外…」
「し、失礼なっ!あいだってちゃんと運動ぐらいしますわよ!こう見えて、水泳では100メートルぐらいは泳げますのよ。」
そう言って、あいちゃんは誇らしげに、ふふんっとどやった。
「ほぉぉー、こりゃまた意外…」
「しん様っ!」
あいちゃんがオラに対してムキになったのは今日が初めてかもしれない。
「やっぱししん様にデートをお誘いして良かったですわ……」
「そ、そう…?そんなこと言われても、何と言えばいいのか…あはは…」
街中、人がウロウロしている場所でそんなこと言われましても…。てか、場所関係なく反応に困るわっ。
「あれ?あれは…」
オラは、書店の前で何やらモジモジしている元オニギリらしき人物とボーちゃんらしき人物を見つけた。
「おーいおーいボーちゃーん。」
オラがちょっと大きな声で呼ぶと、あちらも気付いたらしく、こちらに顏を向けた。
「ボーちゃーん♡お・は・よ~♡」
「おはようしんちゃん。朝からこんな所で会うなんて、偶然ってすごいね。」
「今まで何度偶然を起こしてきたことか…」
「偶然は起こすものではなく、起こしてしまうもの。ところで、そちらは…?」
「ん?あぁ、知りたい?」
「うん、知りたい。まぁ、おおよそ見当は付くけど。」
「どーゆう意味でよ……」
「知りたい?」
「いや、いいや。どうだっていいのすけ」
「……、あのさ、隣にいる女子って、もしかして、あいちゃん?」
「ポンピーン。大正解。」
「正解の音はピンポーン。それはそうと、久しぶりだね、愛ちゃん」
オラの隣にいるのがあいちゃんだって気づいたボーちゃんは、はにかみながら軽く挨拶をした。
イケメンのはにかみはズルいっての。ほら、今の今まで不安そうな顔で下を向いてたあいちゃんの顔がちょっと赤くなってるじゃんか。ちょっと妬けた。
「久しぶりです。えぇと…、ボー、ちゃん?」
「ぽっ……」
「ちょ、ボーちゃん?なぁーに赤くなってんの?」
ぺこりとお辞儀し、またもやお得意の上目づかいで不安げにボーちゃんと名を呼ぶあいちゃん。
女の子相手に照れることが滅多にないボーちゃんが、照れてる…。
恐るべし、酢乙女あい…。
「ところで、雅夫君はどこへ行った?」
「たぶん…」
そう言ってボーちゃんは、さっきオラたちがボーちゃんたちを見つけた書店を指差した。
「そーいえば、さっきモジモジしてたねぇ…。彼、一体どうしたんだい?」
「雅夫君の、新しい恋……」
「また、でありますか?」
ボーちゃんは呆れた顔で首を縦に振った。
「これで何回目だよ、七回目?か?」
七回目って言葉を聞いて、あいちゃんはえって顔をした。
それもそうだ…。普通、七回も恋なんかしないっての。と言うところだったが、自分も、なんだかんだで見知らぬお姉さんに話しかけてしまう癖が直ってないことに気付き、慌てて口をふさいだ。
「どうしたんですの?」
「い、いんや?別に。それで?今回はどんな人に恋したの?」
難なく誤魔化したオラは、呆れた声でボーちゃんに尋ねた。
「それが、毎週この日この時間帯に現れる女の子らしい。」
またかよ…。前もそんな感じじゃなかったっけか?
オラ達三人は、呆れた顔して首を傾げた。
今まで敗れ去って行った六つの恋。七つ目の今回も結果は同じだろうと予想を立てて、オラ達はすぐそこにある書店に向かった。
毎回毎回更新遅れて申し訳ございません……。
最近すぐ疲れて、寝てしまうという状況で……。
アドバイス等あればお願いします。