第六話「恋とはなんぞや…って、最近つくづく思う」
人は、楽しい気分でいる時、時間の流れがあっと言う間に感じる。
更に、意識を持って行動、生活をしていないと、今さっき何があったのか、何をしたのかを忘れる。
今述べたことをしてなかった為に、オラは本屋を離れた後どこに行ったかどこで遊んだかを忘れてしまった、という事実。
そして、夕焼け色に染まる空の下、河原の一本道を歩くオラの隣にあいちゃん、という現実…。
朝より緊張するのは、一体、何故…?
「あー…」
会話がないってのもあれなので、とりあえず声を出してみたはいいんだが…。
「えっ…どうしたんですか?しん様」
「いっ、いや?なんでもないぞ…」
「そうですか……」
「うん………」
更に気まずくなってんじゃねぇーかっ!!どうすんのよこの状況!!
なんでもいいから、この状況をどうにかしなければ。
そう思ったオラは、こんなことを聞いてしまう。
「あいちゃんって食べ物で何が好き?」
なぁーにこの状況でこんなこと聞いてんだオラはぁーっ!?
「え…、えぇと…」
だが予想外なことに、あいちゃんはその場で立ち止まり真剣な顔で好きな食べ物を考え出した。
顎に指を当て、近くのどこだかに目を逸らしている。
そして、何か思いついたご様子。ピンと人差し指を立てて言った。
「具体的なものは今すぐには思い付きませんでしたけれど、わたくし甘いものが好きですわ!」
「へ~甘いものか~、ケーキとか?」
よし来たっと言わんばかりに話に食いつくオラだが…。
「そうですわねぇ。ケーキであれば、ザルツ・ブル・ガトールテが最近のお気に入りですわ」
(な、なにそれ…、全っ然知らん)
結果。敗北。ケーキの名前らしいが…。
「あとショートも好きですわ」
「オラも好きだぞショートケーキ!」
やっと自分も知っている名が出て来たので、会話を続けようとしたオラであったが。
「ショートケーキであれば、ガトゥ・コゥフェン・コンディトラーイのケーキがお勧めですわよ。ちょっと値段はお高いけれど」
(……、え?今なんて言った…?)
結果。何て言ってるのかも分からない程のボロ負け。店の名前ですか?と尋ねたいのを敢えて我慢した。
それにしても、さすが御嬢様と言ったところだ。甘いものと言っても、世界観が違うんだろうなそこんとこは。ちなみに、妙に滑舌が良かったのも、そのせいなんだろうね。
「あっ、そうですわ!」
突然何かを思いついたあいちゃん。
「よろしければ今度、あいとご一緒にケーキをお食べになりませんこと?」
何かと思えば、身を乗り出して嬉しいお誘い。
「おっ、いいの?」
「えぇもちろん!しん様がよろしいのなら、こちらとしても大歓迎ですわ!」
「おぉ~、そりゃ楽しみだぞ!」
(ケーキかぁ、そういえば、最近ケーキ食べてないなぁ…)
「んで?いつになるの?それ」
ニッコリと微笑む御嬢様に肝心な質問をしてみると、これがまたとんでもないことを考えてしまうんだなこのお方は。
「どうせなら、明々後年のパーティの日にでもしようかしら!」
げっ、明々後年……!明々後年っていうと三年後じゃん!どうせなら三年後じゃなくて来週の土日でいいじゃんよっ!?
ということで、目の前で目をキラキラさせている酢乙女グループの御嬢様に提案してみたんだが、「楽しみは先に取って置くものですわ!」とのことで、軽く断られてしまった。
幼稚園の頃と比べ、考え方が成長したんじゃないだろうか?
そう疑問を感じたの気のせいじゃないだろう。まぁ微小ではあるが。
あまり覚えてはいないんだが、なんせこの御嬢様ときたら、欲しい物は今すぐに、やりたいことは今すぐに。
そんな生活を送っていた御嬢様であった気がするからな。
いやさ?成長することが大事だってことは知ってるし、あの酢乙女グループの非常識な御嬢様が成長したってことはそりゃもうとんでもなくめでたいことだけどさ。
それをこの状況で発揮するってのは、いささかオラにとってちょっと所ではない問題が生じることなんだよね。
それに三年後ってことは、オラは高校一年生なわけでしょ?遠いだろ。
楽しみに待っておけるかっての。その頃には絶対に忘れてるね。
大体、なんで中学生になったばっかりのオラが、高校生になってからの約束をしなくければいけないんだ全く…。
「約束ですわしん様!明々後年、酢乙女家の別荘で行われる、といってもフランスにあるイベント用の大邸宅ですが、そこで行われるパーティーにお招きいたしますわ!もちろん、春日部防衛隊の皆様もご一緒させますわ!」
いや、確かにそれは非常にありがたい。ホントありがたい。だがしかし。それをネタに、さりげなく自慢するのはやめてくれないだろうか?
今先ほど、ちっとも面白くない提案を出され、反論したが却下されてしまったばかりのオラには、自慢一つで非常に腹が立ってしまうからだ。
「でも、ホントにいいの?オラ達を呼んだりして。しかも三年後のことでしょ?一体何があるか分からないぞ?そう簡単に約束されてもねぇ…」
怒りなのか何なのか良く分からない気持ちを抑え、あくまで優しく、天然自慢症の御嬢様に返答する。
「大丈夫ですわ!なにがあろうとも、しん様たちはこのわたくしが絶対に招待してみせますわ!」
「そ…そう?なら、信じるよ」
「決まりですわ!明々後年、フランスにある大邸宅の別荘でパーティー!あい、楽しみ過ぎて待ちきれませんわ!あ、ちなみに!そのパーティーには何人もの大物俳優やモデル、歌手、その他もろもろの芸能人がいらっしゃられる予定なので!しん様も楽しみに待っていてくださいね!」
楽しみに、というか、気長に待たせて貰いますよ。
それと今さっき長々と思ったことなんですがさ。
自慢はやめてもらいませんかね、いい加減。
さすが、春というだけある。さっきまでの鮮やかな夕焼け空が、今は薄暗く濁っている。
ちょぴり冷たい春風に当たりながら、オラとあいちゃんは玄関前で迎えの車を待っていた。
「春の夜風は冷え込むものなのですね」
「各季節は一年に一度しか来ないから、感覚忘れちゃうものなんだよね」
話している内に寒さが増してゆく中、目の前にいる御嬢様は薄地の洋服に飾ってあるフリルを冷たい春風なびかせ、風の冷たさに震えていた。
「大丈夫?これ、良ければ使って」
オラは自分の着ていたパーカーを、あいちゃんに渡す。
「あっ…ありがとうございますしんさ…へくちっ…」
くしゃみをしたあいちゃん。そこら辺の男子なら、一発で魅入っちゃうだろうね。
「にしてもホント寒いなぁ…」
いや、冗談抜きで今春は寒いね。貸したはいいけど自分自身が震えてる状況だよ。
「はい、あいもまさかここまで寒いとは思いもしませんでしたわ」
「家に上がろっか?」
「大丈夫ですわ。迎えもそろそろ来る頃だと思いますし」
なんて話しをしていると、ホントに来たよ。黒く塗装された…まさかあれって……、ポルシェじゃね?
(送迎にポルシェなんて使うか普通……)
そう思ったがちょっと訂正。この子普通じゃないんだったわ。失敬失敬。きっと今のオラは引きつり気味の笑顔になってるだろうね。
「あれ?この前見た時と車が違うね」
ふと気付いた、オラの何気ない一言で、あいちゃんは目の色をキラリと輝かせた。
ちなみにこの前とは、印象が強すぎて忘れられない春休み前日。
いきなり飛び付かれたと思ったら、しん様しん様って…。
あの時のたった数分間でどれだけオラが疲れさせられたことか。
きっとまた、オラが止めなければ止まらないあいちゃんの自慢話が口から出てくるんだろうね。
そう思うと、なんだか疲れて来るぞ…。
「良くお気付きになられましたね!実は、私の家には送迎用の車が何台もありましてね。いつもならばこの車なのですが、あの時はちょっと故障していたらしく代車でしたの。ちなみに言いますと、私の自宅の車庫にはリムジンが何台もありましてね?送迎用に使ってもよろしいのですが、あそこまでに大きいと目立つので、舞踏会や結婚式などの特別なイベントでしか使っておりませんのよ。更に言うと……」
「ちょ、ちょっと待って。あのさ、あんまり黒磯さん待たせちゃ悪いぞ?冷え込んできてるし、そろそろ帰りになさられた方がよろしいかと…」
予想通りに、長々と自慢話をしようとしたあいちゃんは、そうですわね、なんて微笑んでいる。しかし、オラとしては安堵の溜息なのか疲労の溜息なのか分からないものをつかせるものであったことに違いはなかった。
長ったらしい解説、ではなく…、自慢話を難なく止めたオラは、あいちゃんの肩をグイグイと押して、運転席に無表情の黒磯さんが見える真っ黒なポルシェの中へと押し込んだ。
「じゃあねあいちゃん。また明日。今日は楽しかったよ、ありがとう」
「え、えぇ…。わたくしも、今日はとても楽しいお時間を過ごすことができました。今日一日ありがとうございましたわ。では、また明日」
簡単なあいさつを済ませ、オラは手を振りながら走り去る黒いポルシェを見送った。
車が走り出す間際、あいちゃんの顔が寂しげに見えたのは、オラの気のせいだったのだろうか…。
もしかしたら、オラが何かしたのだろうか。それとも、オラの考え過ぎなのだろうか。
時刻は六時を回った頃。浮かない顔して、オラは家の中へと入っていった。
帰宅路途中の車の中で、私はただただつまらない顔をして、暗くなった外の風景を窓ガラスから眺めていた。
車に乗った途端、夢の世界から引き剥がされた様な物寂し気さを、私は感じた。
今日という一日は本当に楽しかった。今日みたいな日は久しぶりだった。
しん様と、久しぶりに一日中一緒にいられた。それが嬉しくて嬉しくて。
寒がっていた私を見て、しん様は私にパーカーを貸してくれた。
寒いことは自分自身で分かっていたはずなのに、それでも貸してくれた。
それがどれ程嬉しかった事か。
しかし、それは彼の優しさ故の行為。
私は、幼稚園の頃からしん様が好きだった。
今でも、私はしん様のことが好き。
しかしそれは、同じの様で同じではないもの。
今日、それを知った。幼稚園の頃とは別な想いを抱いてるって。
これが、世間で言う″恋心″というものなのか、それはまだ分からない。
しかしこれがもしそうだとして。もし″恋心″だとして。
だからどうだと言うのでしょう。所詮、これは片想いに過ぎない。
それは、私自身が良く御存じなはずなのに。
幼稚園の頃から、全くと言うほど変化のない片想い。
変わったのは、自分の彼に対する想いだけ。
彼の私への想いは一切変わらず。
片想いなのは私だけ。
私の想いなんて、しん様に届いてるかどうかすらも分からない。
幼い頃に好き好きと言い過ぎた自分に自己嫌悪。
あぁ…、早く、この悪夢から解放されたい。
いっそのこと、自分でこの命を……。
(なーんて。変なこと考え過ぎましたね)
どこの悲劇のヒロインですか、と自分でも思ってしまうぐらい馬鹿馬鹿しい思いにふけった自分に恥ずかしささえ感じる。
「黒磯。今日の帰りは寄り道しましょう。桜が見たい気分ですわ」
「夜桜見物ですか」
「うふっ。一緒に見ます?」
「と、とんでもない。私は後ろの方で見守ってるだけでご充分でございます」
「へぇ~?もう結構長いお付き合いではありませんか。いいじゃありませんこと?今日ぐらい」
「言い方に気を付けた方がよろしいかと…」
「……、変なこと考えてます?」
「いいい、いいえ滅相もない!」
「うふっ。やはり、貴方で遊ぶのは退屈しませんわね」
「は、ははぁ…」
「そういえば黒磯」
「はい、何でございましょう」
「一つ思ったのですが」
「はい」
「ここらに夜桜見物できる様なスポットって、ありましたっけ?」
「……。ありませんね」
「……。決めましたわ。明日、ここらで眺めの良い空地に桜の木を植えましょう」
「は、ははぁ…」
「父上にお話しをしなければ」
「お許し貰えることをお祈りします」
「お祈りもいいけど、その際はご一緒に申請、お願いしますね?」
「…………」
「ご協力感謝します」
まーた面倒くさいことになりそうだ。そんな顔をした黒磯を私はギロリと睨み、ビクッと肩を上げた頼もしい私の遊び道具、もといボディーガードに私は微笑を溢した。
物静かな夜だった。いつもなら、春の虫のせせらぎが聞こえてきてもおかしくはない時間帯なのだが。
今夜というと、庭で飼ってるわたあめ犬の頼りない鳴き声と、父ちゃんがまた何かやらかしたのだろう、夫に向かっての母ちゃんの怒鳴り声しか聞こえない。あんなのが母だと思うとゾッとするよホント。
というか、この時点で物静かな夜ではなかった。全く物静かな夜ではない。
というか、これが普通の夜であった。ドタバタと下で走り回る音が聞こえてくる。きっと父ちゃんが母ちゃんから逃げているのだろう。ちなみにもし捕まったら、鬼の顔した女房の鉄拳制裁が父ちゃんには待っている。
妹はというと、自分で布団を敷いて一人で寝ているそうな。全く、しっかりしたもんだ。
さすが我が妹。で、オラはと言うと、普段ならとってもうるさいこんな雑音なんて無視してすぐにでも寝てしまうのだが、今夜はそうではなかった。
ちょっとした考え事をしていたのだ。というか、なかなか寝付けない。
最後に見たあいちゃんのあの物寂しげな顔が、どうにもこうにも頭の中から離れない。離れてくれなかった。
正直、中学校でどう過ごしていくかとか、新しい友達と仲良くできるかどうかなんてどうだって良かった。
問題なくやっていける自信もあったし、中学だから小学と違う生活をしていこうとか、自分を変えようとか思ったりもしてなかった。
ただ今まで通り、野原信之助をやっていけば良いと思っていた。
学校説明会の時、クラスに来た先生…、名前何だったっけ?…チャン河合…?とかいう先生のことだってどうでもいいし、本当の担任がどんな人なのかだってどうでもよかった。
というのは嘘で、できれば美人でグラマーな先生を希望。
でも何より気になるのはあの時のあいちゃんの顔だ。
オラは今日一日を楽しかったと思ってる。春休みラストを飾る良いデート…?だとも思っている。。
まぁ最後の方の記憶は飛んじゃってるんだけどね…。
でも、あいちゃんのあの顔…。オラ、楽しませてあげられなかったのかな。
そう思うと、残るのは後悔だけ。
もっとあいちゃんの話を聞いてあげれば良かった。
もっと気の利いた会話ができれば…。
しかし、今更になってももうそれは後の祭り。
今日、オラは疑問を抱いた。それは、オラ一人では大方解決できないであろう疑問。
(オラは今、あいちゃんのことが好きなのか…?)
幼いころは少し苦手だった。でも、春休み前に会って、彼女の意味の分からない可愛さに惚れたと思われる自分を発見して。
そして今日のデート。やはり、自分自身彼女のことを面倒くさがっていた場面はあった。
では、今のこの気持ちはなんなんだろうか。
何故気にする。何故可愛いと思う。何故惚れる。何故面倒くさがる。
幼いころ、ななこお姉さんに抱いていた感情とは全く違った、別な感情。
好きなのかさえ分からない。いや、きっと好きなんだろう。
これは恋なのか?これが恋だとして、何故面倒くさがったのか?
そもそも、ななこお姉さんに抱いていた感情は恋だったのだろうか。
では何故、何故何故何故何故何故何故何故何故。
何故。
なぜ人はこんな思いまでして恋をするのだろうか。
(なーんちってねー……)
きっとオラの考え過ぎでしょ。オラはそう呟いて、窓から外の景色を見た。
見事なまでの満月が、輝き満ちた光で、オラの様に美しく、夜空を照らしていた。
さぁ、明日からオラは中学生だ。
呟いたか呟いてないか分からない程度に口を開くと、ようやくオラは眠りについた。
どうも(^^)/
ほんっとに長い間執筆していました。
毎度言ってるかと思いますが、遅れて申し訳ございません(泣
チマチマチマチマ書いてって、チョピチョピ誤字脱字、こうした方がいいなと思うところを直していたらこんなに時間がかかってしまいました。
にしては進展がないんですけどね。
今回もアドバイス待ってマスー。(^^)/