アルドノアグール   作:柊羽(復帰中)

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夏休みなんでいい感じのペースє(・Θ・。)э››~

今回も長くなりましたが、喰種サイド中心

スレインたちの心情書いてるとなんかつらい


Episode.9 決断

スレイン、アセイラムの脱走後、クルーテオの指示により捜索が行われた。だが、簡単に見つけられるはずもなく、既に日が昇り始めていた。

 

 

「クソッ。まだか」

 

なかなか何かしらの連絡が来ないことにクルーテオはイライラを押さえられない。

 

 

すると、

 

「クルーテオ様!」

 

1人の手下がクルーテオのもとに来る。

 

「見つかったか?」

 

「いえ、20区全域を捜索しましたが、それらしき人物は見当たりません。もう他区に移動していると思われます」

 

「チッ!逃げ足の速いヤツめ!」

 

クルーテオは近くにあった椅子を蹴飛ばす。

 

 

「今すぐ範囲を他区にも拡大しろ!ここにいるやつらを追加で出してもいい。12区あたりはヴァースの領地。おそらくそちら方面には行かないだろう。14,15,16方面を中心に探せ!」

 

「はっ!」

 

 

手下はすぐに他の手下と共に部屋を出て行った。

 

 

クルーテオはフゥッとため息をつき、ソファに座り込む。

 

――――一刻も早く見つけ出さなければ……。今まで2人もアルドノアの適合者を失った。加えてアセイラム姫も逃がしたとなると、まずい。

 

 

 

クルーテオの頭の中でいやな方向に思考が進む。最悪、自分の地位どころではなくなる。

 

 

そこへ、その最悪の結果に進んでいくかのような報告が来た。

 

 

 

 

 

「クルーテオ様!ザーツバルム様からの伝言です」

 

「!!……なんだ?」

 

その名前を聞いて、一気にクルーテオの顔が険しくなる。

 

 

「今夜9時、いつもの場所に来い、だそうです」

 

「……わかった」

 

「あ、あとですね」

 

伝言係が何かを思い出したようで、内容を付け足す。

 

 

 

 

 

 

 

3()()()も連れてこい、だそうです」

 

 

「!!!」

 

さらに顔が険しくなる。そのまま右手で頭を支える形で俯く。

 

 

 

 

 

 

 

消毒液のにおいがあたりを覆っている。そこに、楽しさなんてなく、ただ誰がいても重たく感じる空気が混ざり合う。呼吸さえしづらい。

 

 

21区でも大きな病院。多くの患者が入れる広さ、最新設備が整っていて、喰種対策局からさほど距離はない。

 

その一室に、カームはいた。

 

 

 

 

 

ブラドとの戦闘が終わった後、すぐさまここにカーム含め、多くの負傷した捜査官が搬送された。すぐに軽い処置で終わる者もいれば、重傷、そしてもう助からない者も。

 

 

カームは切断口からの大量出血が心配されたが、救護班の賢明な止血処理などのおかげで、一命を取り留めた。

 

 

今はまだ麻酔で寝ている。その部屋の外で伊奈帆、韻子、ユキ、起助は医師の話を聞いていた。

 

「命に別状はありません。他に目立った怪我もないので後遺症なども大丈夫でしょう」

 

それを聞いて、彼らは心をなで下ろす。張り詰めていた緊張が少しほぐれる。

 

 

 

「しかし、今後もし喰種討伐に参加するなら、義足が必須になる。元のように戦えるまでになるのはかなり大変です。それに、喰種に対するトラウマが生まれている可能性もあります」

 

が、安心したのもつかの間、厳しい現実を突きつけられる。

 

 

 

その後、少し説明を受けて医師はその場を離れていった。

 

残された4人はなんともいえない雰囲気で、誰も口を開かなかった。いや、開けなかった。

 

 

 

特に、起助はまるで精気を取られたかのように、ひたすら俯いて近くの椅子に座っていた。

 

 

 

「……と、とりあえずさ、カームは無事なんだし、元気出しましょ?」

 

呼吸すらしにくく感じるこの静寂を、韻子が裂く。

 

伊奈帆とユキは頷くが、起助は反応しない。

 

 

「ほら、起助!誰もアンタを責めてないんだよ?元気だしなって。起きたら、カームびっくりしちゃうよ」

 

韻子は起助の隣に座り、必死に起助を宥める。だが、何を言っても返事が返ってこない。

 

 

 

「………」

 

 

2人も見かねて何か言おうとしたとき、

 

 

「……いんだ」

 

「え?」

 

 

なんとか振り絞るようにして出た声は隣にいた韻子でも聞こえなかった。とっさに聞き返すと、再び起助は口を開く。

 

 

 

 

「僕が……悪いんだ。僕が、弱いから……カームはッ!」

 

今にも泣き出しそうな声だった。

 

 

 

3人は目を合わせる。彼のトラウマもかなり深刻だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『”光を放つ喰種”2体目の討伐に成功!!!』

 

 

 

 

今日の新聞の一面はこの話題で持ちきりだった。

 

最近は10年立って再来したこれが国民の興味をかき立てていた。

 

ある人は、これから人間と喰種の全面戦争が始まるとか。またある人は、この世の終わりが始まる、とか。何気にこれらは当たっているのかもしれない。

 

 

 

この新聞を、とある老人がコーヒーを飲みつつ読んでいた。

 

「全く、最近は急におっかない感じになってきたなぁ。ねぇ、マスター?」

 

彼は喫茶店のカウンタ-に座っていて、近くにいるマスターに話しかける。

 

 

「そうですね。それが現れてからCCGの活動も活発になってきてますし」

 

「そうなんじゃよ。昨日もここら辺に捜査官たちがウロウロしてたし。いずれ20区にも来てしまうのかのぅ」

 

老人は少し不安そうな顔でコーヒーを啜る。

 

 

「21区とは距離がありますけどね。もしかしたら、そうかもしれませんね……」

 

マスターも少し弱々しく言いながら、コップをタオルで拭く。

 

「そうなることだけは勘弁してほしいものじゃ。……ところで、あの青年は今日はいないのか?」

 

老人は新聞をたたむとあたりを軽く見渡し、マスターに問いかける。

 

 

 

マスターは一瞬、動かしていた手が止まる。

 

 

「あ、あぁ。彼は学校の試験が近づいているらしくて。少しの間休むそうです」

 

 

「おお、そうなんか。頑張ってるねぇ。若い者は今のうちに色々学ぶのがええ」

 

そう独り言のように言うと、コーヒーを飲み干し、会計を済ませて出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ここもいずれ、か。

 

老人の発言がいやに頭の中に残る。なんだか笑えてくる。

 

そう、一部鉄製の柱で出来たガラスの壁から見える風景を眺めつつ、思っていた。ここは、ちょっとした坂の上にあるので、1階でも町の風景が見れた。

 

 

 

 

すると、ふらっと1人の全身黒のコートをまとった男が入り、すぐにマスターの前のカウンターに座った。午前中は客は少なく、特に彼を怪しむ人はいない。

 

男は胸ポケットから一枚のメモ用紙を渡す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”現段階でスレイン、アセイラム2人とも発見せず。捜索隊の情報から、16区の可能性はほぼゼロ。14、15を中心に捜索中”

 

 

 

 

 

 

 

メモを見て、マスターは男の方に顔を向ける。

 

コクッと軽くうなずくと、男はそのまま店を出て行った。

 

扉が閉まるまで、マスター――クルーテオはそこを見続けた。

 

そして再びコップを拭き始める。

 

 

 

 

 

日中は喫茶店のマスターを勤めるクルーテオは、未だに自分が喰種だと一般の人には知られていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あぁ、雨か』

 

 

 

 

 

彼はポツリと呟いた。

 

 

だが彼の声は雨音によって容易にかき消す。雨が落ち、地面に当たって飛散する。それが何十、何百、何千……と。

 

たった1人の弱々しい声なんて無に等しい。

 

 

 

それは彼女にも聞こえないほどに。

 

 

 

 

 

 

2人は15区に来ていた。

 

 

あれからまた数日が経っただろうか。ずっと曇り空だったが、先程からとうとう雨が降り出した。

 

最初から持っていたマントを羽織る。傘なんてない。フードがあれば十分だ。

 

 

 

 

それでも、何か、いやなモノが体に染み込んでくる感覚があった。

 

マントからしみ出てるのではない。もっと、体の内部から、ジワジワと来る。

 

彼はぼーっとする頭で考える。

 

最初はわからなかったが、何だかわかったような気がする。

 

 

 

 

       ”悲しみ”

 

 

 

 

 

多分、そうだろう。他にもいろいろ混ざっている、とは思う。けれど、これが一番深く、より深く感じる。

 

 

仲間の死。2人を、コウとリクを守れなかった悲しみ。

 

アセイラムとの距離が開いたこと。これは彼が勝手に考えているかもしれないが。彼女の目の前で、あんな姿を、いつもの自分とはかけ離れた、別人格のような”ボク”の姿を。

 

彼女が見たいはずはなかった、人間の残酷な死に方を。彼は見せてしまった、自分らが生き残ることと引き替えに。

 

 

 

彼を止めてから、アセイラムは口を開いていない。あの時のような笑顔も、芝居とはいえ少しの間使った名前も、タメ口も。

 

まるでスイッチのオンオフのように、ガラッと変わってしまった。

 

ただ、はぐれないようになのか、彼らの手は繋がれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉー、なんだなんだどうした?こんな雨の中2人で歩いて。デートかな?」

 

突然、どこからか声がした。

 

ふと見上げると、大柄の男が立っていた。ニタニタ笑っていたが目は黒く、心を深く切り裂くように赤い。喰種だ。

 

スレインはぼーっと歩いていて前に誰かいるか見ていなかっただけで、いつの間にか彼の縄張りに入っていたようだ。

 

 

「ハハハ、雨デートかよ。オニーサン、それでカノジョ嬉しがるのかよ」

 

もう1人、男の後ろから出てきてあざ笑うように言う。他にも何人か、建物の陰から出てきた。ここは少数人のグループのようだ。

 

 

「まぁ、何だろうとどうでもいい。お前変なニオイするけど、喰種だろ?この区でのルール、知ってっか?」

 

赫眼をギョロリと動かしながら、スレインを見つめる。

 

 

「………知りません」

 

「なら教えてやろう。ここではな、誰かが他のヤツの縄張りに入るってことは、決闘って意味になるんだよ!」

 

言い切るうちに、男はスレインの左肩に彼のゴツゴツとした手を置き、グッと握る。

 

 

「………で?」

 

スレインはまるで人形のように不自然に、カクッと首をかしげる。

 

「で?じゃねーーーよ!!お前は!俺と戦うってことでここにいることになるんだよ!あぁ!?」

 

男はスレインの呆れる返答に怒りを抑えきれない。赫眼がピキピキと音を立てる。

 

 

「……僕はそれをはじめて知った。元々知らなかった。なのに何故そうなる。何故強制的に戦おうとする?」

 

スレインは男の手を振りほどきつつ、淡々と異議を唱える。

 

 

「うるせーーな!俺は今誰かと戦いたい気分なんだよ!お前が戦いたくなくても俺はお前を倒す!殺す!」

 

男は興奮しだし、赫子を出す。尾赫のようだ。

 

 

スレインは呆れるように、また哀れむように彼を見た。

 

 

 

 

意味がわからない。全くわからない。理解出来ない。

 

 

 

 

 

何処かで感じたざわめき。どうして皆は、戦うのか。殺し合うのか。傷つけ合うのか。

 

 

 

 

 

何故なのか。どう考えても至らない考え。

 

 

 

 

 

何かもっとないのか。別の方法が、争う以外で、誰も傷つかない、誰も悲しまない方法が………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そんなもの、あるわけないだろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、ないのか。ないんだ。だから戦うしかないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スレインはそう、自分自身で納得する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なら、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕方ないよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スレインも赫子を出す。羽赫を、右側だけ。それは以前と違っていた。

 

少し大きくなり、滑らかにユラユラとした姿はなく、薔薇のトゲのように小さいギザギザが無数にある。先端に向かうにつれて幅が少しずつ広がり、それは化け物の手のよう。

 

当のスレインも、先程とはまるで別人だった。歯をむき出しにして笑みを浮かべ、目は血走り、全身から殺気を放つ。

 

 

 

「な、何なんだよ、お前……!」

 

見た目とは裏腹に、圧倒する殺意。それを感じ取り、男は何歩か後ろに下がる。

 

 

 

それを見るスレインは、何だか悪いとは感じなかった。むしろ、良い気分だった。

 

目の前で自分に恐怖を持つ。余裕の顔が崩れる。滑稽だった。笑いが徐々にこみ上げてくる。

 

 

 

――――あぁ、いいねぇ。それ、それだ。そうやって

 

 

 

 

「俺に殺されろ!!!」

 

 

赫子から無数の鋭いトゲが放とうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『スレイン!!!!!』

 

 

 

 

『こんなの、スレインじゃ……ないよ……!』

 

 

 

 

「!!!」

 

過去のアセイラムの叫びが頭をよぎった。

 

 

発射しようとした攻撃は、すぐ横にあった細いビルに軌道を変えて放った。

 

ビルに付いていた縦長の大きい看板の接着部分が破壊され、落ちてきた。

 

「うおおお?!」

 

喰種たちは潰されまいと後ろに全速力で駆け出す。

 

 

スレインはその隙にアセイラムの手を握りしめ、来た道を走って戻る。

 

 

アセイラムが転ばないよう、速度を気にする。

 

 

ピチャピチャと、地面に出来た雨水の池を何度も踏みつつ、足を動かす。

 

 

踏んだ勢いで雫が散る。それは無残に、儚く地面に落ちる。スレインが生み出したそれはアセイラムによってまた踏まれる。またそれは誰かにまた踏まれるのだろう。

 

 

 

 

 

――――なんで、俺は走ってるんだろう。逃げてるんだろう。俺なら殺せたはずだ。今の僕なら、絶対に……あれ?殺せる。僕なら。でも、なんで殺す必要がある……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく走り、アセイラムの息が上がってきた。

 

そこで、丁度見つけたアパートのところで雨宿りしようと、立ち止まる。1階は車などを止める駐車場、2階から各部屋となっている。

 

入ると、数台車は止まっていたが空きスペースはまだまだあった。

 

辺りを見回すと、うまく隣の建物とアパートの柱で出来たスペースを見つけ、そこに座る。

 

雨は防がれて濡れていないが、ジワッと冷たい感じが、座ったときに伝わってきた。

 

 

 

 

沈黙。聞こえるのは、雨が降って地面に落ちる音だけ。人通りもなく、車などが通る感じもない。

 

いつもは耳障りだと感じるこれも、今はなんとも思わなくなる。

 

座るときに、手は離れてしまった。切れてしまった。お互いに孤独を感じている。いや、勝手にそう思っているだけかもしれない。

 

彼女は、今何を考えているのだろうか。ここを出てから、悪いことの方が多く起きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に、脱走して良かったのだろうか。これが正しい選択だったのか。

 

 

どう考えても、わからない。

 

 

わからないのは、自分自身もそうだ。

 

 

 

自分が、自分でなくなる感覚。自分の体なのに、意図しない、第三者が操っているように、体が動いている。

 

 

 

その時にはいつも、()()()がいる。()()()がしゃべりかけてくる。僕を否定するかのように。

 

 

 

その言葉を聞いたら、僕が僕でなくなる。アセイラム姫に見せたくない僕になってしまう。アセイラム姫を悲しませてしまう。

 

 

 

いや、そもそも今の僕は()()()()()()()()()()。今の僕じゃない僕が、戦いを求めたあの僕が、()()()()()()()()()()はないだろうか。

 

 

 

そうなったら、じゃあ、これを考えている僕は。今まで()()()()()()()()()は、誰だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

……いや、止めよう。あり得ない。僕は、僕だ。今までずっと生きてきた。それが僕なんだ。

 

 

 

 

あぁ、考えることが多くなった。これからどうすればいいのか。アセイラム姫を、どうすれば幸せに出来るのか。具体案もなしに出てきているのは明白。

 

 

 

 

どうすればいい。どうすればいい?僕は、ぼくは………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スレイン」

 

 

 

 

その瞬間、急に引っ張られたような、そんな感覚。そして、周りの音、押し寄せるような雨音が消えた。無音の世界。

 

声の主は、言うまでもなくアセイラム。

 

フードを被ったままで、暗い場所だから良くは見えないが、哀しい顔をしていた。

 

 

「……なんで、彼らを殺さなかったのですか?」

 

「!!!」

 

彼女からの予想外の質問。頭が追いつかず、スレインはそのまま黙り込む。

 

「今の貴方なら、簡単に殺せたのではないのですか?あの時のように」

 

返答を待たず、アセイラムが重ねて言う。心臓を貫かれたような、精神的な痛みがスレインを襲う。

 

「……結局、無理なんです。人間と喰種が共存できるなど、無謀だったのです。あれを見てわかりました」

 

「そんなっ、それは違」

 

「じゃあ何でコウさんとリクさんは殺されたのですか!!」

 

間違いを正すようにスレインが口を開いたが、アセイラムがそれをさらに否定する。

 

いつもの穏やかさはなく、怒りが滲み出ている。正面を向いて、スレインを睨み付けている。今にも泣きそうだ。

 

「コウさんたちの仲間も……人間に殺された。一般人の話を盗み聞きしても、喰種に良いイメージを持っている人は誰もいなかった!」

 

スレインの胸ぐらをつかんだ。アセイラムの叫びは雨音でかき消せず、スレインに刺さる。

 

「さっきだって、喰種同士で殺し合おうとした!私たちは、私たち喰種は苦しみを理解し、わかり合えるのに!わざわざ命の削り合いなんてする必要はない!!」

 

耐えきれなくなって、崩壊して一気に水を吐き出すダムのように。アセイラムは止まらない、抱えていた本音が溢れ出す。

 

 

「わからないのです!この世界は……何なのですか?わからない……、スレインも!貴方は、私の何なのですか……」

 

 

次第に、声に力がなくなっていく。

 

 

「……もう、嫌です。誰も傷つかない世界なんてないとわかってはいたのに……。いちいち敏感に反応して、目をそらす自分が嫌になります」

 

今度は穴の空いたふうせんのように、萎んで、力が抜けていくようにアセイラムの手がスレインのマントから離れる。

 

「私、最低ですね。ごめんなさい。スレインに色々言っちゃいました……」

 

俯き、弱々しく言葉にする。ちょっと力を入れただけで潰れそうな、そんな声。

 

 

 

 

 

 

スレインはそんなアセイラムに両手を伸ばしてつかみ、

 

 

 

 

 

 

 

 

抱き寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「焦らなくても、いいんですよ」

 

 

「……!」

 

スレインは、いつものスレインは優しく語りかける。

 

「まだ、悲観する必要はありません。僕らの脱走旅は始まったばかりですよ」

 

「……っ、でも!私は、」

 

「確かに、辛いです。悲しいです。この世界は甘くない。残酷で不条理」

 

言い返そうとするも、スレインはアセイラムの心を読んでいるかのように続ける。

 

「アセイラム姫も、僕も、この世界がなんなのかなんて知りません。僕の方が多く見てきましたが、たかが十数年です。僕らは、未知の世界に飛び込んでいる。だから、ゆっくり地道に行けばいいんです」

 

アセイラムは抱きしめられているため、顔はスレインの胸元に埋まっているが、涙を流しているのはわかる。

 

スレインの袖を強く握りしめる。

 

「だから、時には傷つくこともある。今はそればっかりですが……。悲しいときも。逃げ出したくなるときも。でも、それを1人で抱え込まないでほしいのです」

 

一瞬、アセイラムが握る手がビクッとなる。

 

「抱え込まずに、独りにならずに、僕に打ち明けてください。ぶつけてください、ありったけを。貴女が悩み、苦しむ姿を、ぼくは見たくありません」

 

「……っ!」

 

アセイラムはより一層強く袖を握る力を強くした。

 

「……僕は、自分のことがわからなくなってます。自分が自分でなくなる、そんな恐怖。アセイラム姫を怖がらせてしまった、あの自分が僕でも怖い。”あいつ”に飲み込まれそうになるんじゃないか、と。でも、自分を信じる。今まで生きてきた自分を、何かちゃんとした信念を持っていた自分を信じる、信じています」

 

一端間を置き、一呼吸して続ける。

 

「こんな僕ですが、どうか信じてください。今は100%でなくてもいい。完璧じゃなくても、少しでも僕を信じてください。たとえどんな辛いことがあっても、誰も貴女を嫌って遠ざかっても、僕はいつまでも貴女の”味方”です」

 

「スレ……イン!」

 

大粒の涙がスレインの服に吸い込まれ、また頬をつたってアセイラムの膝に落ちる。

 

スレインは優しくアセイラムの頭をなでる。

 

 

 

 

 

 

わかったんだ。いや、最初からわかっていた。ただ、当然すぎて見ていなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

アセイラム姫を守る。

 

 

 

 

 

アセイラム姫を幸せにする。

 

 

 

 

 

そのためにあそこから逃げ出してきたんだ。

 

 

 

 

 

彼女を利用するなんてことは許せない。

 

 

 

 

 

彼女は苦しまなくていい。

 

 

 

 

 

今まで十分なほどに苦しんできた。

 

 

 

 

 

だから、幸せを、喜びをもっと感じてほしい。

 

 

 

 

 

そのためには、

 

 

 

 

 

彼女の苦しみを、痛みを、僕が全て受け止める。代わりに受ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コッ、コッ、コッ。

 

 

 

歩くたびに足音がこだまする。

 

一直線に伸びた通路を歩く。この通路の天井に小さな丸い照明が奥までズラッとならんで付いている。

 

しかしそれはしっかりとした光ではないため、薄暗い。奥に行けば行くほど暗くなっている。

 

 

しばらく歩き、ようやく扉が見えてくる。木製で金色のドアノブ、手前に引く構造。薄暗い光がそれを不気味に見せる。

 

そのドアノブにゆっくり手を置き、ひねる。

 

ギイ、と音をたててそれが開く。

 

 

中はそこそこ広い空間。ここも薄暗い照明のおかげで、不気味な洋館の一室を思わせる。壁には何枚か絵が飾られているが、それ以外特に目立った物は置いていない。

 

真ん中あたりにコの字型のテーブルがある。コの開いた口が入り口に向くように置いてある。これも木製で、古びた感じがあるがしっかりとしている。

 

そこに大きい背もたれが付いた椅子があり、そこに3人座っている。

 

入り口から見て右側にいる男性は、ザーツバルム。髪はしっかり整えられ、細マッチョと言うべき肉体。座っていてもわかる高身長。

 

 

左側にいる女性はレムリナ。薄ピンクの髪をボブヘアにしている。身長はアセイラムと同じくらいだ。

 

 

そして正面にいる年老いた男性はレイガリア。薄茶色の長い髪を両側に巻いて垂らしている。

 

 

彼らの視線がこちらに集まる。一呼吸し、クルーテオと3()()()のフェミーアンが部屋に入る。フェミーアンは長い赤紫の髪を垂らし、先端がいくつかに分かれてカールしている。

 

 

 

「来たか、クルーテオ。逃げて何処かへ行くのかと思ったよ」

 

最初に口を開いたのはザーツバルム。

 

「フッ、そんなことはしませんよ」

 

「それで、隣にいるのが、例の?」

 

レムリナはクルーテオの隣に立っているフェミーアンを指さしながら聞く。

 

「はい。こちらがアルドノアの実験成功者3人目、フェミーアンです」

 

クルーテオが彼女を紹介すると、フェミーアンは軽く礼をする。

 

 

「……それで、今日はどういった用件で?」

 

クルーテオはいつものように、だが緊張を滲みさせながら問う。

 

「……もう自分でもわかっているじゃろう」

 

レイガリアはゆっくりと喋る。

 

 

 

 

「貴様は、我らの指示にはない21区へ攻撃を仕掛けた。実験成功者を使って。だが、あろうことか反撃を食らって2階も失敗。しかもその2人を失った」

 

淡々と今までの状況を話すレイガリアは、ブレることなくクルーテオを見つめていた。

 

 

「……何を企んでいる」

 

 

 

クルーテオは、生唾を飲んだ。

 

 

「身勝手の進撃。それも自陣の20区にさほど遠くない場所に。……まさか自分の領地を広げようとしたのではあるまいな?」

 

 

「………!」

 

 

クルーテオは何も言えなかった。言えるはずがない。

 

 

「無言は肯定を意味するって言わない?クルーテオ」

 

レムリナは小さく笑みを浮かべながら言う。

 

 

「……、あ。それは、ですね。彼らが独断で………」

 

 

「言い訳はいらん」

 

クルーテオがもがくように、あがくように頭に浮かんだことを口に出すが、レイガリアによって制される。

 

 

「まあ、そんなことはどうでも良い。今我らが懸念しているのは、成功者全員を失うことだ。これ以上貴様の勝手で無駄死にさせたくないのだよ」

 

 

「そ、それで。私は何をすればよいのでしょうか」

 

レイガリアが提示した問題点。これは確かに回避したいことだ。クルーテオにもわかる。そして、そうならないためにはどうするのか、焦りを押さえながら問う。

 

 

 

 

 

「なに、簡単なことだ。貴様は3人目の所持権をこちらに渡す。それだけじゃ」

 

 

「!!!」

 

 

高らかに宣言されたそれ。クルーテオは動揺を隠せない。

 

ただでさえ、成功者は只1人しかいない。それに、今現在アセイラムはスレインと共に脱走中。

 

どちらも失ってしまったら、"アルドノア"という最大の権力がなくなり、自分の立ち位置が危険になる。アセイラムは捕まえればどうにかなるし、彼らから言及されていないことからまだ脱走の件は知らないと思われる。だが、それも時間の問題だろう。

 

「なに、他区への攻撃については特に何もしない。お前は今フェミーアンを置いて帰っていいのだぞ」

 

ザーツバルムは狼狽しているクルーテオに向かって不敵な笑みで言う。

 

 

――――そんな、簡単に了承するなど……。

 

 

「そうそう、何もお咎めないんだし。いいじゃん」

 

レムリナは自分の爪を気にしながら言う。

 

 

――――そういう場合では……!

 

 

今アセイラムが失踪していることは口が裂けても言えない。だが、そうしないとフェミーアンが手から離れていく。もう、彼には選択肢がなかった。

 

 

 

 

「……で、ですが!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様に拒否権はない。立ち去れ」

 

 

 

たった、ただの言葉だけでも、クルーテオは凄まじい殺気を感じた。レイガリアだけではない。横のレムリナ、ザーツバルムからも無言の威圧を感じた。

 

ここにいるだけで、体の内側からグチャグチャにされそうだった。

 

 

 

「……わかり、ました」

 

やっと振り絞って言葉を出し、そのまま振り返って歩き出す。

 

 

「ク、クルーテオ様っ!」

 

フェミーアンも同じものを感じていたが、彼は何も反応することなく部屋を出て、

 

 

 

 

 

 

 

 

ドアを閉めた。無音の空間に閉まる音が浸透していき、のまれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェミーアンは、ゆっくりと、背中から感じる"ただならぬ恐怖"へと顔を向ける。

 

 

 

決して暑く、蒸していないのだが、汗が額から首を伝って流れる。呼吸がし辛くなる。体全体が震えだし、危険を訴える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

振り向いた先には、何もない、真顔の3人がいた。先とはまた違う、オーラ。"無"を表した目の奥から、何か謎めいた、闇を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、誰かがこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ちょっといいかな?3人目」




次回は伊奈帆たちにも動きがあるとかないとか

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