雨はとっくに止んでいて、灰色の雲は何処かへいった。
見上げれば赤く染まる空。夕焼けで町も赤く照らされる。
取り残された雨水が道に何個も溜まっている。
そこを踏んづけながらも2人は早足で進んでいた。
彼の白のシャツに黒い丈の少し長いズボン、彼女の白いワンピース、2人共同じのマントも既にボロボロだ。
「……スレイン」
「わかっています」
アセイラムは少し怯えるような表情で小声で話しかける。
スレインはギュッと繋いでいる手を握る。
現在いる15区は14区とはさほど変わらない町だが喰種同士の争いごとが多い、などリクから聞いていた。
しかし、おかしい。
先程絡まれた喰種たち以外の喰種を見ていない。気配もしないのだ。
その代わりに感じる気配。
人間だ。それもおそらく喰種捜査官。
1人じゃない。複数人いる。
たまたまいるのかと最初は思ったが、こちらの動く方向に合わせて移動しているとわかった。
それからすぐに早歩きを始めたが、それも意味をなさなかった。
もうちょっと進むと、5区が見えてくる。そんな手前だった。
1人の男が建物の陰から現れ、道の真ん中に立つ。右手には銀色のスーツケースを握っている。
「なぁ、ちょっと聞いていいかな?」
2人が立ち止まってすぐに問いかける。
「……なんですか?」
スレインは慎重に、自分の焦りを隠しつつ捜査官に返す。
「俺はさ、あんまり遠回しに言うのが苦手でね、単刀直入に言うわ」
男は終始ニヤニヤしている。それはスレインの心に引っかかるようなものだった。
「お前、喰種だろ」
「……その根拠は?」
突然、男の表情が一変して真顔となる。その目はスレインを凝視している。
それに対してスレインはなおも慎重に理由を問う。
「先日、14区で捜査官たちが殺されてな。その現場にあった防犯カメラにお前らとよく似た喰種が映ってたんだよ」
男の発する声は徐々に怒りがまとうようだった。
「……それだけで僕たちが喰種だと。確かに、よく似た人物なら一応声がけした方がいいですね。ですが、貴方はそれは間違いないと言わんばかりな発言でしたが、その自信はどこから来るのですか?」
「あぁ、それはだな……」
スレインの質問に対して再びニヤケだすと、スッと手を挙げる。周りの捜査官2人が同時に何かを出す。
形は小さく、両手で握っている。
拳銃だ。
刹那、パンと発砲音が鳴り、勢いよく弾がスレインめがけて飛んでいく。
スレインは咄嗟にアセイラムを抱きしめて守るような体勢に。
弾は見事にスレインに当たり、跳ね返って落ちた。
「な?な?普通の拳銃の弾を跳ね返すようなヤツが人間なわけねぇよなァ」
喰種の体は人間よりも遙かに丈夫で、普通の刃物でも傷つけることは出来ない。それを利用したのだ。
「……っ!」
「やるぞ」
男の一言で、全員がクインケを出した。
「……スレイン!ここは私の」
「いえ、ここは逃げます」
「!?で、でもこの人数ではっ!」
アセイラムはスレインが言ったことに驚きを隠せない。
捜査官の人数は10人。あの時とは状況が違う。戦わないと、命を落としかねない。
今も、捜査官たちは少しずつ近づいている。
「ここは、僕に任せてください」
するとスレインはアセイラムを抱きかかえ、正面を向く。
そして、全速力で走り出す。
「!?」
「へぇ、面白いなお前」
男、足立一等はそう呟くと自身の剣型のクインケを構える。
スレインの後方にいた捜査官は羽赫クインケを使い、スレインの背中めがけて連射する。
それは彼が出した黒い羽赫でガードする。
続いて、目の前にいる足立に加えて2人が前方につき、それぞれのクインケを構えて前に出る。
――――こいつら2人はガードしていない方の羽赫で防げるか……?奥の1人もどうするか……
スレインが必死に頭をフル回転させて突破法を考えていた。
その時だった。
何故だかわからない。だが、2人の捜査官たちの攻撃が、クインケの振りが、それぞれどういう方向に、どういうタイミングでくるか
それはなんとなくかもしれないが、そう来るのだと決定事項のような感じだった。
そして不思議に体もそれに合わせて上手く避けられる方向に動く。
結果は見事にかわし、足立の目の前まで来る。
「……!」
スレインは羽赫で足立のクインケをいなしつつ、突破する。
「クッソ!」
もう一度クインケを振るうが、当たらなかった。
そのままスレインはアセイラムを抱えたままその場を全力で離れていく。
無論、捜査官たちも追う。
「畜生が!やはり5区に逃げるのか!」
「足立さん、5区では現在また出た"アルドノアグール"と交戦中らしいです!」
「はぁ!?ッチ、タイミング悪いな……。だがしょうがない、あっちに逃げるのは想定済み。先回りさせてあるヤツらに連絡だ」
赤い空。その空間を黄土色の物体が通り過ぎる。
時にはそれは流星群のよう。
破裂音と共に放たれた青白い雷をまとう弾は、周りの建物にぶつかりながらもそれに向かって突っ込んでいく。
触れた瞬間に起こる爆発音。それによって物体は軌道を逸らされ、近くのアパートに突っ込む。
「ヒット」
「ちょっと、なるべく建物に当たらないように」
「ユキ姉、それは流石に無理だよ。それに元からあらかた避難は済んでいたし」
現在、伊奈帆たちは未だにワゴン車の中にいて、道路を走り続けていた。
5区に遅れて到着した班と合流し、大規模討伐作戦が行われている。
と言っても、伊奈帆たちは上のようにひたすら飛んでくる羽赫をはじいていた。
これにより、羽赫の特徴を掴もうとしていた。
現段階でわかったことは少ないが、ただはじいていては意味がないと言うことは確かだ。
羽赫は再びアパートの残骸から出て、再び加速して攻撃するために空へ飛び立つ。
「……やはり何か別の衝撃を加えないと止まらないようだ」
「界塚弟、まだいけるか?」
「ええ、まだ大丈夫です。車の方は?」
「まだまだガソリンあるぜ」
クインケの消耗を心配した鞠戸だったが、問題ないようだ。ワゴン車の方も同じ。
「それより、あっちのほうはなんか進展ないのか」
「まだ不見咲准特等からは報告ないみたいですし……。やはりあっちの方に羽赫が集中してるんじゃ」
こちらはただただ羽赫を打ち落とすのみ。それで時間稼ぎをし、羽赫が戻るのを利用して本体の居場所を見つける、とういうのだったが。
各所に連絡が来るはずが来ないのだ。それだけ手こずっていると思われる。
「何も連絡がないと迂闊にこちらも動けないし……」
ライエは腕を組み、難しそうな顔をする。
「せめて、せめてあっちの状況がわかれば」
ユキも腕を組んでうなだれていた時、
ザザッ……
ワゴン車内に設置された無線に反応があった。
『……えるか?聞こえるか?』
「不見咲准特等!」
韻子が真っ先に返答する。
『網文か。お前らは現在どの方向にいる?』
「え、えぇと……。南、あたりです」
韻子は現在地をタブレット端末を見て不見咲に伝える。
『なるほど……。実は、今羽赫が4体揃って南方向へ飛んでいった。おそらく君たちが標的だ』
「!!」
伊奈帆たちが行っている役。他にも何班かいたが、やられてしまっていた。
今はたった一班のみだ。
『4体だ、おそらく容易くはじけばいいってものではない。早急に車でこちらに来い』
それを聞いた運転手は、速度を上げ始める。
ふと、あることを思いついたかのように、伊奈帆は無線に駆け寄る。
「不見咲准特等、そちらの状況は?」
『……上手くいってない。高層ビル群のところに本体はいるとわかっているが、ヤツの攻撃に手を焼いている。近くのビルを倒して何班も一気に潰すまでした。迂闊に近づけない』
「そう……なんですか。あ、あと、その羽赫はどんな風な動きでしたか?」
『……あぁ、ビルが密集してるのにも関わらず、上手くすり抜けるように襲いかかってきた。羽赫班ではじくのがやっとだ』
「……!ありがとうございます。すぐにそちらへ向かいます」
ここで無線は途切れる。
「おいおい、4個も来るのかよ!」
運転手は全力でアクセルを踏み、さらに加速させて進路を5区の中心部方面へ。
「いえ、僕たちはそこへは向かいません。ここら辺でその4個を向かい打ちます」
「は、はああぁ!?な、今不見咲准特等のところに行くって言ったじゃん!?」
韻子は信じられない様子で、伊奈帆のすぐ近くまで寄って肩を揺する。
「僕に考えがあるんだ」
それは、彼が何かを閃いた顔。ブレない真っ直ぐな目がそれを物語る。
「ねえナオ君!いくら何でも命令無視なんて……!」
韻子の横からユキも迫る。
ライエは呆れて口が半開きだ。だが、鞠戸だけは逆にニヤリとした表情で、
「さて、界塚弟、聞かせてもらおうか。上司を騙してまで行う考え、を」
「はい。あと、これには鞠戸上等の力も必要です」
「……!」
韻子たちをどかして鞠戸は伊奈帆に考えの提示を求める。
すると、伊奈帆の返答に一瞬深刻な顔つきになる。
だが、すぐに決意をしたようで、一回深呼吸する。
「……わかった」
「……なるほどな。上手くいけば、の話だが」
「どっちみち中央に向かっても勝てる見込みはありません。5区の中心外、僕らのいるビルの多くないところで倒すのがベストです」
一通り伊奈帆の考えを聞き、鞠戸はただ頷いていた。
「で、でも……、もしやられたら……」
韻子はまだ怖がっているようだ。最悪の結末が頭の片隅に残っている。
それを伊奈帆はいつものように小さく笑みを浮かべて、
「大丈夫、ヘマはしないよ。それに、マイナスのことはなるべく考えない。今やるべきことに集中しよう」
「そうね、ナオ君の言うとおりだわ。……まぁ、終わった後こっぴどく怒られそうだけど」
ユキも伊奈帆と同じ意見だ。彼の姉だからこそ、誰よりも彼を理解している。たびたびぶっ飛んだ行動を起こしても、いつもそれは大体正しいとわかっているから。
「さて、お出ましよ」
ライエがワゴン車の窓を真剣な目でみつめる。
その方向には、飛行物体が4体。こちらに迫ってきていた。
「そこの角を左に曲がってください」
伊奈帆の言うとおりにハンドルをきる。4体の羽赫を後ろにつける形となった。
「それじゃみんな、頼みます」
伊奈帆が全員を見る。彼らもお互いを見る。皆、決心した顔だ。
「まずは、アイツらだ」
伊奈帆はクインケを構える。すぐに電流が溜まり始め、発射された。
一直線に飛んだ弾は羽赫の端にヒットし、すぐ隣の羽赫に接触する。そのまま二つはバランスを崩し、近くの建物に突っ込む。
それを簡単にもう1セットやってのけた。これだけでも皆驚くしかなかった。
次に、少し行ったところでワゴン車がスピードを落として止まり、韻子と鞠戸が降りる。
そしてすぐに急発進して行く。2人は建物の陰に隠れる。
「さて、いよいよだ」
見届けると、鞠戸も自分のクインケを取り出す。いつものクインケではない
「まったく。手入れとか訓練とかは少ししてたが……実践は10年ぶりだな、ブラック=ベアー」
そのボディは黒々く艶がある。
一回、深呼吸をする。
ワゴン車では、伊奈帆とユキ、ライエが残る。
ユキとライエはタブレットを見ている。そこにはこのワゴン車と、無線に内蔵されたGPSによって降りた2人の位置が地図上に映し出されている。
「予想が正しいなら、このワゴン車を追ってくる」
その呟きは見事に正解だった。
先程降りた2人からの無線で、こちらに飛んでいったと報告が来た。それと同時に、目の前に建物にぶつかりながら迫ってくる羽赫が確認できた。
「網文も準備できたか?」
鞠戸は道路の反対側にいる韻子に普段より少し声を張って確認する。
「準備できてます」
韻子も返答し、自身のクインケのグリップを握りしめる。
『2人とも聞こえますか?もうまもなく曲がってそちらから見える頃です』
伊奈帆からの無線が入る。すぐに2人はクインケを改めて握る。
徐々に車の音が聞こえてくる。
コーナーから曲がってきたワゴン車と、その後ろを飛ぶ4機。
「さて、網文。狙うのはど真ん中じゃないぞ?面の端だ」
「わ、わかってます!」
2人は陰から身を出し、羽赫に集中する。少しずつ近づくそれに目をしっかり向ける。
徐々に2人の緊張が高まる。
鞠戸は手元が少し震える。それを深呼吸でなんとか自分自身を落ち着かせる。
――――落ち着け、落ち着くんだ!
『鞠戸……。頼む、生きてくれ』
『後は頼んだぞ、鞠戸』
「……!!」
どうしてだろう、こんな時に彼の過去がフラッシュバックする。
なるべく思い出したくなかった、あの時の
自然と歯を食いしばる。
――――今は……。今は、負けられないんだ!!
「うおおおおお!!!」
必死に、無理矢理過去を退かす。その叫びと共に、ワゴンが2人の目の前を過ぎ去る。
それにタイミングを合わせ、羽赫の後ろの方に狙いを定める。
「……ここだ!」
引き金を引き、渾身の一発を放つ。韻子も、必死に連射を放つ。
韻子のは残念ながら掠った程度だが、鞠戸のは見事にクリーンヒットした。
丁度後ろに被弾した羽赫は一気に速度を落とし、バランスを崩して地面に落下する。
落ちたまま、再び動くことなくそれは散り散りになった。
『羽赫一体、撃破完了』
鞠戸の無線を聞いた女子2人はまたしても驚いて伊奈帆の方を向く。
彼は無線を押さえた腕を下ろして、少し笑った。
「……どうやら、ビンゴみたいだ」
「ボーティス……?」
彼女は、予想外のことに目を見開いた。