「ボーティスが……。どうして?」
自ら放った羽赫の一つが消えた。見えてはいないが、感じ取ることはできる。
今自身が持つ6個の羽赫を根元ギリギリのところまでをアルドノアをまとわせ、切り離す。羽赫は硬化状態を保ち、アルドノアを噴出させることで飛ぶことができる。
燃料がそれなだけあって、ずっと飛ばすことはできない。いったん自分の体と結合してアルドノアと、衝撃で出来た破損部分のためのRC細胞を補給しなくてはならない。
そのため、だ。アルドノアグールであるフェミーアンがいるところの周りに、連れてきたクルーテオの部下の死体が何体か転がっていた。
羽赫を6個も飛ばすだけあって、かなりのRC細胞を消費する。なので喰種を喰って補給するのが手っ取り早い。アルドノアは自身の体で生成する。
「あの鉄壁の強度を持つというのに……。どうやらあっちの方に強者がいるようだ」
フェミーアンは南の方向を向く。
ここでの戦闘によってビルの半分以上を倒した。
普通は見ることがない、そびえ立っていたものがほとんどない景色。全部倒れたビル、半分のところで折れたビルなどが無残に残っている。
丁度、日が落ちた頃だった。
依然、ワゴンを走らせる。その後をしつこく追いかける、3体の飛行体。
先程、見事に1体を打ち落とすことに成功した。これまた伊奈帆の読み通りとなった。
「ね、ねぇ、ナオ君。一体どうやってあれを……」
ユキは信じられないものを見たかのようだった。
先程まではじいて起動をそらすので手一杯だったのが、鞠戸の放った一発であっという間に墜ちた。驚くのも無理はない。
「あれはおそらく硬化した羽赫にアルドノアをまとわせ、さらにそれを噴射して飛ばしている。建物や、映像で見た甲赫のクインケを破壊できるほどの堅さだ。正面はもちろん、まわりもかなりの強度だろう。でも、全部アルドノアで羽赫を囲ったら、飛べないよね?」
「……飛ぶための発射口。そこだけはアルドノアで覆われていない。それを使って飛ぶから、塞がる訳がない」
振り返ってユキに羽赫のメカニズムを説明する。理解したライエはハッとなって、説明を添えるように言った。
「映像では見にくかったけど、実物をはじめに落としたときに見て思ったんだ。でも、まだ判断材料が揃ってなかったから」
噴射口を狙って攻撃すればいいと思うが、簡単にはいかない。
最初の時点ではまだ一機しか来ていなかった。他にあらぬ方向から来る可能性があったからだ。
映像では二機が連携攻撃を仕掛けていたため、一つ一つが意思を持っているのかとも考えられた。
だが、不見咲准特等の話を聞いておおかた確信を得た。
「一機の時でも、今のように4機来ても、ただワゴンを追いかけるだけ。それに対して本体がいる中央では、ビルの隙間を避けながら攻撃を仕掛けてきた。……どうやら、あれの動作制御は
伊奈帆の中で勝利のピースが揃いつつあった。自分で見た情報と、相手から得た情報。それをしっかり考えて、1ピースずつ組み立てる。勝利まで、もう少しなのだ。
「ここは分からないけど、多分羽赫が破壊されたら相手も気づくと思う。だからなるべく早く残りの3体も片付けたい」
まったりとはやっていられない。時間との勝負だ。そして、狙撃手2人の実力が勝利を左右する。
「もうまもなく曲がります。準備お願いします!」
『了解だ』
無線を使って鞠戸たちに知らせる。撃墜作戦2週目だ。
鞠戸は改めて呼吸を整える。最初に一発当てることが出来たが、未だに不安だけが頭にこびりつく。
もし失敗したら、自分のせいで彼らの何人かが命を落としたら、もしかしたら全員……。
そんな負のループに陥りそうになるが、必死にこらえる。
あれから、あの10年前のあれから鞠戸は自分に自信をなくした。絶望した。自分の決定で、判断で、多くの仲間を失った。その悲しみは衝撃的なものだった。
だから、自分の判断は間違っている。自分に判断させてはいけない、と考えて、自分が前に出て何かをするのをやめた。
他の人の方が正しい、よりよい判断を下せる、そう考えるようになった。
ずっと、今年まで、それを引きずっていた。
彼は10年前の"ヘブンズフォール"で大切な仲間たちを、界塚淳也を、ジョン・ヒュームレイを、自分の判断で殺した。
その罪悪感をずっと抱いていた。
再びアルドノアグールが現れるまでは。
鞠戸は驚いた。あの時の喰種に似ていた。多くの捜査官を葬ったアレに。
そこでも圧倒的な力の差を感じた。そして、また多くの仲間を、こんな現在の自分にもできた後輩たちを失うのかとも考えた。
けれど今は違うのだ。少しでも、まだまだかもしれないけど、でも着実に相手を追い詰めている。
こんな自分でも、戦えるのだ。
そして、自分を頼ってくれる人もいる。
『大丈夫、ですから』
『これには鞠戸上等の力も必要です』
耶賀頼と伊奈帆の言葉が身体に染み渡っていくような感じ。どうやら、不安を取り除けた。まだ完全ではないが、少し楽になった。
――――まだ、俺にはやれることがあるようだ。死ぬのは、まだ早いようだな。
すると伊奈帆から無線が入る。それに答えて、再び構える。反対側にいる韻子にも気を配る。
「次も落ち着いていけよ。大丈夫だ。的は動くが、いつも通りにやれ」
「は、はい!」
そしてまもなく、ワゴンが近づいてくる。フルスピードであっというまに2人の前を通り過ぎていく。
残り三体の羽赫も、空気を切るような凄まじい音をたてて通り過ぎる。
――――次も当ててやる!!
空はもう明るさを失い、闇が空を染め始めている。あたりにライトは無いが、羽赫がまとう赤紫色のアルドノアがむしろ良いマーカーとして役立つ。
勢いよく噴射しているそれを、しっかりととらえる。
今だ!、と引き金を引く。
鞠戸の一発は、今回も見事に噴射口にヒットする。甲赫の弾を受けた羽赫は一気に速度を落とし、力なく落下して地面に落ちる。
一方の韻子は、渾身の連射を放った。それが上手くヒットして、噴射口に弾が入り、羽赫に深刻なダメージを負わせた。それは近くの建物に擦れるようにぶつかっていった。
「よっしゃ!」
うれしさのあまり、韻子はガッツポーズをする。
「こちら鞠戸。2体撃破。残りは1体だ」
「了解」
無線から鞠戸の報告を聞く。なんとかここまで減らせた。韻子も頑張ったみたいだな、と少し微笑む。
後ろでもユキがよし!と声を出す。
厄介な羽赫を減らせている。こちらにも風は吹いてきている。
少しずつ、少しずつ、勝利に近づいている。そう、思っていた。
「……!」
一番ドアの近くにいた伊奈帆が気づく。残り1体となった羽赫は突如軌道を変え、何処かへ飛んでいく。
その方向は、今の自分たちの場所と動いている方角から考えて……。
「このタイミングか……。残り1体が中央へ戻っていきます」
「え、ウソ?!」
『本当か、界塚弟!』
ユキと鞠戸の声がほど同時に出た。
残り1体も撃墜したかったが、一応これも想定内だ。
中央へ戻っていく、それは一旦本体の元へ戻ることだろう。そして、その後がどうなるか、だ。
そんな中だった。固定無線が社内に響いたのは。
「はぁ、はぁ……!」
少し息が荒くなりながら、走り続ける。今自分が何処を目指して走っているのかはわからない。
おそらく5区のどこか。
そして、逃げてきた時に捜査官たちの会話が少しだけ聞けることが出来た。
ここ5区で戦闘が行われている。この時期からして、ヴァースの仕業。ブラドかフェミーアンだろうとスレインは考える。
ヒュッ!
不意に、斜め左から何かが飛んでくる。
スレインはギリギリ気づいて、後ろにジャンプして避ける。
自分が走っていっただろう道にクインケの弾が刺さる。
「やっと追いついたぜ」
建物の陰から一人の捜査官が出てきた。
他にも捜査官たちが姿を現す。7人くらいだろうか。
「先回りしておけと言われたけど……。まさか本当に来るとはね。足立さん油断しすぎ」
その捜査官は愚痴をこぼしながら一歩、一歩とスレインに近づく。と、同時に紫色の日本刀型のクインケを取り出す。
「お前さ。さっき足立さんに「お前は喰種か?」って聞かれただろ。僕も勝手ながら質問させてもらうよ」
右手に握るクインケを地面に一定のリズムでぶつける。カンカンと金属音が何回かして、彼は足を止めた。
「お前は、アルドノアグールか?」
――――アルドノア、グール……。なるほど、アルドノアを操る喰種だからそう名付けたということか。
スレインは初めて聞くそのワードの意味を理解する。
そして足立という人物。先程の話しかけてきたやつのことだろう、とすぐにわかる。
「……違いますよ。只の喰種です」
「じゃあ……」
捜査官は視線をスレインからアセイラムに移す。
「そいつがアルドノアグールか?」
静かに、けれど奥深い殺気を感じる視線に、アセイラムは震え出す。そんな彼女をスレインは自身の羽赫で軽く包む。
後ろ側から攻撃を受けないようにする。
「違います」
「……ふぅん、そうかい」
スレインの返答を聞くと、再びクインケで地面を叩く。
「ま、簡単に認めるなんて思ってないしね。普通の喰種と偽って後々力を出して一気に殺すのかもしれないし」
一定のリズムで奏でられる金属音。聞いているうちに、いや、最初から耳障りだった。
「それにさ。この区では他に大規模な戦闘が行われている。邪魔されても困るし、そもそもアルドノアグールか否か関係ない。ここで殺すんだからさ。」
彼がクインケを思っていない方の腕を上げた。
それが合図のようで、一斉にまだ隠れていた捜査官たちが現れる。手には羽赫クインケを持っていた。
容赦なくスレインに放たれる弾丸の雨。
とっさに羽赫で2人を守るように包む。
内側では羽赫に弾があたる音が激しく響く。
「スレイン、このままでは……!」
「わかっています!……こうなったら、戦うしかありません」
「ではっ!また私のアルドノアを……」
「ダメです!」
戦うしかないこの状況。勝つためには、と言う思いでアセイラムはスレインに再びアルドノアを流そうとする。
が、スレインは即座にこれを拒否した。
「どうしてですか?これがあれば貴方は」
「ダメなんです!……これが、アルドノアがあれば僕は強くなります。ですが、同時に自分を見失う。自分じゃない自分が、破壊する。そして、貴女を悲しませる」
「……!そ、そんなことを言っている場合では……」
拒否する理由がわからないアセイラムに対して、知らない自分が全てを破壊するのは我慢できなかったスレイン。その姿を、アセイラムに見せたくなかった。悲しませたくなかった。
「僕は!アルドノアで人が変わるのは貴女も見ていたはずです……。あの時僕は、もう1人の僕は、力を欲していた。莫大な力を。わかるんです。だから、僕が僕でないうちに貴女まで力を奪って殺しかねない」
「!!」
自分の思いをたださらけ出す。力に溺れるもう1人の自分。力を求めるその糧に、犠牲に、アセイラムを捧げたくなかった。決してそうさせたくなかった。
そうしているうちに耐えきれなくなったか、羽赫の隙間からクインケの弾が入ってきた。そのうち一つがスレインの右脇腹に直撃する。
「……グハッ!」
「スレイン!」
悲痛な、今にも壊れてしまいそうな叫び。それでもアセイラムを手で静止させる。
「……今度は、僕から強くなるんです。貴女を悲しませないように。貴女を守るために。」
「傷つくのは、僕だけでいい。だから、
その言葉の訳を考える余裕も無く、アセイラムの腹部に強烈な痛みが走る。
「……す……えい……」
力が入らず、必死に絞り出すような声を出して、アセイラムはスレインの胸あたりに倒れ込む。
スレインは、只優しく彼女の体を抱きしめた。
それは一瞬のことだった。
捜査官総勢10人で羽赫クインケでスレインに対して打ち続けていた。
どうにも堅く、何発か内側に入ったが壊すことは出来ずにいた。
すると、右の羽赫が不意にうねり始め、すぐに止まった。何が行われたのかわからなかったが、それはいやでもわかることになる。
突然、羽赫の塊が飛んだのだ。正確には、スレインが空中に飛び上がったのだ。
ずっと閉じこもっていただけと思っていた捜査官たちは油断していた。不意を突かれたのだ。
空中で羽赫を広げた。そのまま地上、建物の中から狙撃していた捜査官たちにスレインは攻撃を仕掛けた。
硬化させた羽赫のトゲを放った。うまくガード出来るわけも無く、羽赫クインケ隊はあっという間にほぼ全滅した。
体制を立て直して、着地する。彼の羽赫は右側だけが少し小さくなり、足下には羽赫と同じ色の物体があった。人一人くらいがうずくまったくらいの大きさ。そこにアセイラムがいるのだろう。
「……ハッ、やるなお前」
スレインの攻撃を受けていなかった捜査官は乾いた笑い方をした。
「だがまだお前は不利だ。この数を相手に出来るか?それに、お前が殺した14区のあいつらより、俺らは強いぜ?」
楽しんでいるのか、その捜査官はニッと笑いながらクインケを構える。だが、スレインもわかっていた。
彼らから、ただ者ではないオーラを感じた。全然捜査官との戦闘経験は無いが、なんとなくわかる。喰種だからだろうか。
少なくとも、リクとコウを殺したあの捜査官よりも、目の前の彼の方が圧倒的に強い。体がそうスレインに警告する。
「さあ、どうする」
ジリッと靴が地面とすれる音がする。スレインも全身に力を入れる。
この状況、どう打破するか。とにかく目の前の捜査官よりも他を倒していった方がいいだろう、そう思っていた時だった。
「ぐああああ!!」
スレインの後ろ側からだろうか、捜査官の叫び声が突然現れる。
振り返ると、おそらくその捜査官だろうか、男が建物屋上から落ちてきた。
グチャッと音を立てたそれは、もう既に只の肉片。いや、それが問題ではない。
――――何故、落ちてきた……?
その答えもすぐにわかる。
「斉藤一等!き、奇襲です!」
仲間から無線で連絡を受けたのか、一人の捜査官が目の前の紫のクインケを持つ捜査官、斉藤一等に伝える。
「は?」
突然のことにうまくついて行けてなかった斉藤のシルエットがより黒くなる。
斉藤が上を見上げると、そこには落ちてくる黒いマントを羽織った男がいた。
腰からは不気味に艶のある尻尾のようなもの。顔にはグレー一色のマスク。
喰種だ。
斉藤は瞬時に飛び退き、喰種のダイブを避ける。
着地して、顔を上げる。丁度スレインと目が合う。その目はスレインを凝視し、殺気のこもった眼光だった。
「見つけたぞ、スレイン。クルーテオ様の命により、お前とアセイラム姫を連れ戻しに来た」
「………!!」
予想もしていなかった展開。まさか、ここでクルーテオの追っ手が来るなんて誰が想像できただろうか。
他からも手下たちが姿を現し、捜査官たちとすぐにぶつかり合う。
「さて……!」
その喰種が立ち上がると、後ろからの攻撃に気づいて尾赫で防ぐ。互いに自身の武器で組み合う形となる。
「おいおい、勝手に乱入して俺らの邪魔するなんて、とんでもない無礼者だなぁ……」
「ハッ、何言いやがる。喰種にそんなもの求めても無意味だ。それに、コイツは俺らの獲物だ。勝手に殺すんじゃねぇよ」
「……それこそ、喰種を勝手に殺すなって、そんなこと求めんなよ!」
両者どちらも対等な力。斉藤の方から一気にクインケを押し込む。それを受け流すように喰種は尾赫を起用に動かす。
斉藤のクインケの扱いも手慣れたものだが、喰種の尾赫も相当なものだ。
そんな光景を、動けす只見ていたスレインにクルーテオの手下の一人が迫ってきた。
そいつの甲赫とスレインの硬化した羽赫がぶつかり、金属音が響く。
「久しいな、スレイン。そろそろ帰宅の時間だ」
「なんですか、その冗談……。今更戻る気は、ない!」
甲赫をはじき、すぐに硬化したトゲを射出する。だが、相手は甲赫だ。容易くはじかれる。
「無駄だ。さっさとやられとけ」
喰種はスレインの攻撃を嘲笑いながら、甲赫を振り上げる。
――――くっ、やはりアルドノアが無ければ甲赫を破壊出来ないか……。
現段階の自分の強さを痛感してしまった。これではアセイラムを守れない、そんなことが頭によぎったとき、再び"あの時の感覚"が出てくる。
相手の動きが、またわかるのだ。
今回は、なんとなく、ではない。目の前に、相手の動きが見える。どういう風に動くか、残像となって見ることが出来る。
相手は手に巻き付いた甲赫を自分から見て左から右に向かって斜めに振り下ろす。その振り下ろしてスレインにぶつかるタイミング、その甲赫との間合いなど、手に取るようにわかった。
左右どちらかに避けようとしていたが、これが本当にその通りになることを知っていたスレインは、それを信じて正面に飛び込む。
見事、見た通りに振り下ろされる。それをわかって避け、相手の腹部に硬化した羽赫で力一杯切り裂く。
その喰種は大量の血を吹き出し、あっけなく倒れる。
――――やっぱり、だ。これは……未来予知なのか?
自分でもあまりよくわかっていないこの力。その強さを体験して知り、自分でも恐ろしく感じる。
だが、こうしてはいられない。また次の喰種がこちらに襲いかかってくる。
この喰種もこの力で倒そう、そう思っていたが……。
――――え、
先程と同じように相手の動きを見ようとしたが、見えなかった。只見えるのは誰もが普通に見る、相手が動いている光景。残像なんてどこにもない。
相手の鱗赫の一撃を食らってしまう。幸いなんとか羽赫でガードしたが、ダメージは小さくはなかった。
「オラァァ!」
「ちっ……!」
続けざまに攻撃を仕掛けてくる。それにひたすら守り続けるスレイン。2本の鱗赫は手強い。
その素早い攻撃にこちらから反撃が出来ない。防戦一方だ。
この状況を早く打開しないといけない。アセイラムに張った自身の羽赫は長く持たない。もう少しで崩れてしまう。
――――その前に、コイツを……!
今の段階で、未来予知の力は制御できていない。これは期待できない。なら……。
『傷つくのは、僕だけでいい』
「はあああ!」
スレインは一気に相手との間合いを詰める。だが、相手にとっては自爆同然の動き。鱗赫でそのまま串刺しにしようとする。
案の定、片方の鱗赫がスレインの左腹部に刺さる。こみ上げてくる血。それをはき出しながらも、足を止めようとはしない。
「な、何!?」
鱗赫が体を貫通した痛みに堪え、スレインは硬化した羽赫を振る。それは鱗赫のガードよりも早く相手の首筋にあたり、頭を吹っ飛ばす。
糸の切れた人形のように倒れる。それを今度はスレインはつかみ、肩あたりに噛みつく。
そして、引きちぎる。喰種の肉を喰う。
すぐに傷ついた体が再生し始めるのがわかった。
喰い終わってあたりを見ると、戦闘を続ける喰種と捜査官。この状況でこちらも戦っても、らちがあかない。
「なら……」
スレインはアセイラムのところへ駆け寄り、羽赫をつけ戻し、アセイラムを抱きかかえて走り出す。
「な、おい!逃げんな!!」
斉藤が離脱するスレインを見て叫ぶが、相手の喰種が隙を狙って攻撃をしてくる。
「今はコッチに集中しろよ。なんならお前が死ね。そうすれば俺があいつを追いかけれる」
「は?ざっけんなよ!」
喰種の煽りに少し苛立つ斉藤。再びクインケと赫子のぶつかり合いが始まった。
――――今逃げてもきっとそのうち追っ手が来る。けど、あの人数よりは確実に減っているはず。
スレインはひたすら走る。どこを走っているかも知らない、道の場所を。それは運命なのか、遠のいてはいるが、少しずつ近づいていた。
「マラクス、ロノウェ!!?一体どうしてだ?」
フェミーアンはひどく混乱していた。
彼女の6個の羽赫。それぞれに名前をつけていた。まるで自分の子のように。
そのうち、先程4体向かわしたが、内3体がやられた。反応、というより存在を確認できる感覚がなくなったのだ。
あの強固の羽赫をどうやって倒したというのか。ボーティスがやられたのはマグレだとどこかで思っていたが、どうやら違うようだ。
「このままではハルファスもやられかねない……。ならば仕方あるまい。ハルファス、戻りなさい。ワラワの子を倒す者、この手で潰してくれよう」
目をギリッとし、南の方向を向く。
すると、先程止まっていた捜査官たちの攻撃が再開された。また違う方向から羽赫クインケのたまが飛んできた。
「……目障りな」
フェミーアンはその捜査官たちのいる別の建物屋上に向かって羽赫を行かせる。
「き、来たぞ!打って起動をそらせろ!」
1人の捜査官の指示で、一斉に羽赫に向かって発射する。
「無駄じゃ。愚かな白鳩どもが」
放った弾は、見事に外れる。と、言うより、羽赫の方から避けた。フェミーアンが操作したのだ。
「クソ!撃て撃て撃て撃て撃て撃て!!」
もはやヤケクソで乱射する。普通に撃って当たらないので、これでは当たる訳がない。
羽赫は彼らを直接殺しに行かず、彼らの上を通り過ぎる。
狙いを外したか?、などと一瞬思ったが、それは大間違いだ。羽赫は彼らではなく、
乱暴に抜き取ったジェンガのように、バランスのとれていた建物はいとも簡単に崩れ落ちていった。彼らの悲痛な叫びは凄まじ音に呑まれていった。
「アイツらの死は無駄にしない!」
いつの間にか、背後階段から捜査官たちが来ていた。フェミーアンがいるのはビルを途中でへし折ったフロア。本来はこの場所は途中階だが、上が落ちて無いため、屋上状態だ。
彼女の隙を狙って上っていたのだ。
だが……。
「はは、残念じゃ。あやつらも、お前らも、無駄死にだ」
その言葉の意味がわかる前に、突然の衝撃音とともに、このフロアが揺れる。
羽赫2体でこのビルさえも破壊していた。
「なん、だとおおおおおお!!!」
「無様に死んでいけ」
事態の理解と共に、発狂する捜査官たちに一言、投げ捨てるように吐いてフェミーアンは崩れる前に飛び降りる。
空中で羽赫2体を回収する。
背中から少しばかり黄土色の赫子が出てくる。飛んでいた羽赫の根元と、まるで植物の根っこのような、細い繊維のようなものが沢山出て、絡まり、一体化する。
斜めになっていくビルの壁を一気に駆け下りていく。そして、ある程度地面が見えてくると、戻した羽赫を飛行させたのを利用して、羽赫の先端を発射口にして、飛んだ。
飛んだ距離はたいして長くなかったが、近くの建物に映るのには十分だった。
そのまま駆けていくフェミーアンを捜査官一同はポカーンと見ていたが、不見咲が真っ先に指示を出す。
「何をボーッと見てる!追うぞ!本体は南に向かった。動ける者は私と共に行くぞ!」
声を張り上げ、全力で走り出す。戦闘によって足場は建物の破片やら何やら最悪だったが、それでも全力疾走だ。
「それより、あいつら、鞠戸の班はどうした!?」
一緒に走っていた捜査官に半分怒鳴りながら確認を取る。彼らから、中央に向かうと聞いたが、まるで来ない。
「わ、わかりません!でも、彼らはまだ南エリアにいます」
「はぁ?っ、無線をつなげろ!」
何とか生き残っていたタブレットを捜査官が確認した。鞠戸の班のGPSは未だ南エリアのところをグルグル動いていた。
それに呆れと怒りが入り交じりながらも、無線をつなげさせた。
「……なるほど、そういう状態になっているのですね」
「はい、あちらからも応援申請が来ているッス」
「一刻も向かった方がいいかと。これ以上喰種に占領されてもいいことはありません」
「ですね。なら、行きましょう。5区へ」
彼らは、交わろうとしている。意思が無くても、そう思って無くても。知らないうちにお互いに結ばれた糸をたぐり寄せていた。
それは時に奇跡を、時には残酷な現実をもたらす。直前までわからない。誰にもわからない。神のみぞ知る世界。
運命が動き出す。止まった何かが動き出す。
スタートラインは、すぐそばだ。
いよいよ次回、あれに持って行けそうです(歓喜)