スレインはその場に崩れ落ちる。無理矢理に力を使ったため、激しい頭痛が襲ってきたのだ。
呼吸さえも鬱陶しく感じる。はぎ取りたくても、体からはぎ取りたくてもできない、そんなもどかしさ。
今いる場所がグルグル回っているような、そんな目眩もしてきたが、スレインはなんとか立ち上がる。立ち上がらなくてはいけないのだ。
ガードレールの先を見る。たった今斬り倒した人物が俯せの状態で血を流している。かなりの量で、既に池を作り始めている。
今更こんな奴のことなどどうでもいいのだ。はやく、アセイラム姫のもとへ……。
スレインがガードレールにつかまり、うまく制御できていない身体を立たせる。そしてすぐ近くの階段を下れば、彼女を隠しておいた場所だ。
きっとこの戦いのせいだろう。激しい頭痛に加え、体全体が疲労しきって足が地面に着いている感覚などがうまく感じ取れない。
だから、
「え……ぁ……」
やけに不気味さを醸し出す薄い灰色の尾赫に、スレインの血がベットリと付いている。そんなものが自身の腹部から突き出ている。
「やっと、見つけたぜ……」
後ろからした声がどこか疲れ、苦しささえ感じさせる雰囲気で聞こえた。
刹那、尾赫がスレインの体から引き抜かれ、力なくスレインは倒れる。直前までスレインが見ていた伊奈帆の姿とほぼ同じ状態と化した。
「思いの外クソ捜査官どもが手強かったから時間がかかったが……。まぁ結果オーライだ」
肩で息をしながら、黒マントの喰種は倒れているスレインを睨み付ける。
「ヤーコイムさん、この後は……?」
その後ろからクルーテオの下っ端喰種が三名ほど近づいてくる。
先程の斉藤たちの班と戦闘があり、奇襲で残ったのはこれだけだった。
「アセイラムの方も見つけたいところだが……、すぐ近くでフェミーアン様が戦闘してるから白鳩が近くにいるはずだ。それに加えて今の状態。いざ戦うとなると不利だから、ここは撤退だ」
尾赫をスレインに巻き付けて、ひょいと持ち上げる。
白鳩がいなければ捜索できたんだがなぁ、とかすれ声でぼやきつつ4人はその場を後にする。
薄れ行く意識。もうどこに力を入れたら腕が動くのか、足が動くのか、頭を動かせるのか、それすらわからない。
きっと、僕は捕まったんだ。また、あの人に、クルーテオの元に返されるのだろう。
こんなことをしたんだ。今度は殺されるんだろうか。少なくとも許されない。
でも、これで少しでも、アセイラム姫が逃げる時間を稼げるのであれば、僕はボロボロにされても構わない。貴女のためなら傷つくことなんて簡単なのだから。
『スレイン、これからはこの人がお父さんよ』
『今から、本当のことを言おう』
『……やむを得ないな』
『どんなに辛くても……強く、強く生きて』
あぁ、どうしてだろう。どうして、今更こんなことを思い出すのだろうか。
いくら擦っても消えない、汚れのように。いくら隠しても、奥に押し込んでも、どうしても出てきてしまう。
それが、なぜこのタイミングなのだろう。
結局考えてもしょうがないのか。スタートボタンもストップボタンも、ましてや電源ボタンもない。こいつ自身が勝手に見たくもないものを流し始める。
これで何回だろう、数えてこなかったからわからない。けど、数えても仕方が無い。
今はこの物語を見ることしかできないのだから。僕が、
「ん…………、んん。……あ、あれ?」
急に体の感覚が戻り、暗闇の世界から出ようと目を開けた。
目の前にあるのは、鉄製の柵。そのすぐ向こうには川がゆったりと流れている。
目を開けたはいいが、ここが何処だか全くわからない。もう夜の世界で、目を閉じていた時よりはマシだが、ここも暗い。
上を見上げると、その暗さを作り出しているであろう空ではなく、天井があった。位置的に、これは橋か何かだろうと思った。
私は何故、ここで眠っていたのでしょうか……。
状況判断をしようと頭を回転させる。そして、意識が落ちる直前まで起きていたことを、しっかりと思い出した。
次々と襲いかかる喰種捜査官。それらから必死に逃げようとするスレイン。自分を庇いながら逃げるが、とうとう追い詰められる。そして……。
『傷つくのは、僕だけでいい。だから、
「スレイン……!!」
スレインは恐れていた。アルドノアを使って、アセイラムがおびえるような、悲しむような姿と化して人間を駆逐する。そんなのを見られたくなかった。
だから彼女に頼らず、かつ彼女に見られないようにしたのだ。
一刻も早くスレインと会わないと!と立ち上がり、橋の下から出た、のだが。
「ぐ……うぅ……」
誰かの声がした。それは喋り声でも、笑い声でも、歌声でもない。うめき声だ。
目の前に人が棒のようなもので震えながら立とうとしていた。近くの街灯で一部分が照らされていた。そこには夜空よりもハッキリと、その人物から流れ出ている血を赤々と見せている。
「ひっ……!」
驚きの光景に、アセイラムは尻餅をついた。
どうやら胸あたりから出血しているようだった。足下には血だまりが見える。呼吸は荒く、いつ倒れてもおかしくない状態。
そんな人物が、アセイラムの存在に気づく。
「……喰種、か」
「?!」
アセイラムは自分で知らないうちに赫眼になってしまっていたようだ。それに気づかずアセイラムは余計に焦り、頭が混乱した。
「その、ごめんなさい!でも、わ、私の力は、決してあなた方を傷つけるものではありません!だから、許してください。殺さないでください……」
その人物のものとはまた違った震え。目の前に現れた人間。格好、持ち物からして喰種捜査官だ。
怖い。怖い。怖い。どうしようもない恐怖。今この場に2人しかいない。誰も助けてくれない。改めて側にいてくれたスレインの存在が大きいことを実感した。
助けて。助けて。スレイン、助けて。スレイン……!
「力……。アルドノア、か?」
「な、なぜそれを……!」
恐怖の対象である瀕死の捜査官の口から、喰種側、特にこれに関わっていなければ知ることもないワードが出てきたことに驚く。
他の誰かが情報を人間側に渡したのか、と咄嗟に考えたが、あまりにも目的がわからない。
「なら、貴女も……、アルドノアを使えるのか」
捜査官はズル、ズルと少しづつアセイラムに近づく。最早立って歩くのは不可能のようだ。途中で折れたクインケを杖代わりにして、もう片方の腕を地面につき、膝で進む。
こんな状態で近づかれては、当然アセイラムは恐怖が増幅する。だが、腰が抜けて立ち上がれない。後ろも丁度橋の柱部分で、後ずさりもできない。
心がヤスリで削られるような、迫り来る恐怖。瞳から涙がジワリと出てきた。
「貴女の、貴女の力が……必要なんだ」
いつの日か、他の誰かからも聞いたその言葉。自分の力が喰種の未来を変える、と。だが結果この力はより争いを激化する火薬でしかなかった。
けれど、そんな欲望を溢れ出しているような風に、何故か聞こえなかった。
それどころか、彼の表情から僅かに読み取れるのは、悲しみだった。
夜空の中でハッキリとは言えないが、悲痛の叫び、怪我の状態と相まって辛ささえアセイラムは感じた。
自分の力を、"欲望を満たせる嬉しさ"ではなく"悲しさ"で必要とされるのは初めてだ。余計に混乱する。最早頭はゆっくり落ち着いて思考することを放棄していた。
「人間と、喰種が、無意味に争わなくていいように……。もうこれ以上、犠牲者を出さない……ために。その力……を」
杖代わりにしていたクインケはさらに壊れ、両手が地面につく。そして震えながら、懸命に左腕を伸ばした。
血だらけの、弱々しくさえ見えるその掌は、アセイラムの手前で地面に落ちた。
ドサリと音を立てて、その人物は動かなくなった。その場所でも、血の池を作り出そうとしていた。
アセイラムの目から、涙が零れた。
恐怖を、限界まで耐えていた恐怖から解放されて出てきたのだろうか。
そうなのかもしれないけれど、でもそれは違うものだとアセイラムは感じた。
きっと幻想なのだと、どうせ誰も思ってなんかないのだと、どこかで諦めていたその思い。それと似たものを今、目の前で倒れたその人物から聞いたのだ。
スレインさえ少し諦めていたその願いを彼は今、口にしたのだ。
人間と喰種が無意味に争わないようにする。すなわちお互いがお互いのことを考える、わかり合う。
アセイラムは体を彼の方に近づける。今彼女がやるべきことはたった一つ。
目の前の彼を助けることだけだ。
「うまく鉢合わせられたようだね」
「ええ。これも貴方の情報通りだったからね」
「ふふ、ここでデタラメを流してもこちらにメリットがない。それに、貴方に裏切られては困るしね」
「ですな。……まぁ、彼女がやられるのも想定内。"アイツ"が来るだろうと考えていましたし」
「上手い具合にあの人が近くに来る頃で仕掛けましたからね。で、貴方の方はどうですか?」
「特に問題なし。完璧ですよ」
「はは、まぁそうですよね。むしろ問題ありの方が問題ですからね」
「その通りです。……さて、今日はこの辺で」
「そうですね。では、また時期が来たら
「ええ。お願いします」
そして、2人はそれぞれ歩き出した。
「はぁっ、はぁっ……!」
所々建物が壊れ、倒壊している。街灯や電柱も折れているものがあった。
破片がまきびしのように蒔かれた道をひたすら走る。後ろから十数人が必死に付いてくる。
ついに角が見えてくる。つい先程大きな衝撃音が響いた。おそらくその先から聞こえてきた。
通りに出ると、目の前に飛び込んできたのは大きく何かでえぐられたよう跡がある建物。そのすぐ側に誰かが倒れているが、周りにいた人物から判断して、それは"今回の敵"だとわかった。
その前に、周りにいた人物の一部に不見咲は驚く。
「ま、マグバレッジ特等!」
直ぐさま彼女の元に駆け寄る。後に続いて他の捜査官も集まる。
「不見咲准特等。こちらはもう終わりました」
「ご苦労様です。……で、鞠戸班。界塚ユキ上等捜査官たちは?」
予想外の人物が援護に来ていたことに驚きと、自分たちが遅れてしまったことへの申し訳なさでいっぱいだったが、すぐに鞠戸班のメンバーが少ないことに気づく。
「界塚伊奈帆一等捜査官の捜索に出ています」
「な、何?」
不見咲の疑問に詰城が答えた。彼もマグバレッジの班のメンバーなので、この場にいるということがマグバレッジ率いる"零番隊"で来たのだと判断した。
「……さっきの戦闘中に、敵喰種が建物を破壊した。その建物に界塚弟がいたんだ。巻き込まれて、飛ばされた」
「!!」
鞠戸の力なき言葉に不見咲の顔色が徐々に青くなっていく。立っていた建物が破壊された。衝撃で飛ばされた。そんなことを聞かされて、絶望以外のことを考えられるだろうか。
周りを見ると、ひときわ激しく壊されている建物があった。その瓦礫が近くの道を塞ぐように落ちている。
「……あちら側に飛ばされたんだな?我々も捜索する」
振り向き、後ろで聞いていた捜査官に指示を出す。二手に分かれ、他の道から捜索を開始する。
「何かあれば、私の無線にお願いします」
マグバレッジたちにそう言うと、不見咲たちは動き出す。生きているかわからない人を探すために。
けれど、捜索に出ているユキたちと同じなのだろう。きっと、死んでなんかいない。生きている、と。
不見咲には、どこかでそんな気持ちがあった。
だって、そうじゃないか。突如現れたアルドノアグールを幾度も攻略してきた。今回なんて上司を騙してまでいた。そんな人物が、こんなことで死ぬはずがない、と。
『あらあら、伊奈帆。ご飯つぶ付いてるわよ?』
『なおくん!こっちこっち』
『今回のテストも100点か。凄いな、伊奈帆は』
……これは、記憶?僕の……?
『ごめんな、お父さんこれからまた仕事だから』
――また、グールを倒しに行くんですか?
『ああ、そうだ。でも大丈夫。俺は悪い喰種になんか負けないからね』
『ユキ、伊奈帆。これから避難するのよ。すぐに準備して』
『お母さん、どうして?』
『いいから。出来るだけ早く』
――わかった。ユキ姉、これ持って。
『う、うん。わかった』
これは、確か……あの時の……。
――やだ。やめて……やめて。
『この子たちにだけは手を出さないで!』
『お母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!』
『やめろおおおおおおおおおおおお!!!!!』
――やめてくれぇぇ!!!!!
『僕はね、*******』
記憶は、途切れ途切れでちゃんとしたストーリーを映せていない。場面展開も最悪で、どんな番宣を行っても見る人はいないと思えるくらいだ。
でも、これでよかったのかもしれない。しっかり、鮮明に思い出さなくても。
最後の、誰かが言った言葉。徐々に遠くなる感覚。自分から遠のいているのか、言葉が遠ざかっていくのかわからない。だから、そのせいでうまく聞き取れなかった。
境界線のわからないところを浮遊する感覚から、少しずつハッキリした感覚に移行していく。
上も下も何だか有耶無耶だったが、自分が何処かに横になっているようだ。
仰向けで、僕は何をしているんだろう。寝てる?いや、僕は……。
そうだ、僕は喰種討伐作戦をしていた。アルドノアグールを倒そうとして、途中で飛ばされて……。
その後、僕の……僕がアカデミーの時の教官が倒れていた。死んでいた。それで、それで……あいつに会った。
あぁ、思い出した。それで、そいつにやられたんだ。切り裂かれて……。あれ、僕は死んだのか?でも、これは……。
沈んだプールから浮き上がってきた、そんな感覚で夢がやっと終わる。
ゆっくりと目を開ける。なんだか意識を失う直前まで感じていた痛みがない。それどころか体が軽い、理解が追いつかない状態にあった。
だがそれの原因がすぐにわかった。
視界にいやでも入ってくる光。まばゆい、黄色い光。決してこの月夜では生まれないような強さだった。
すぐ側に座っている人が次に見えた。ボロボロの服装。その上にマントを羽織っている。薄茶のセミロングで、暗黒の夜に浮かぶ黄色い太陽のような瞳がこちらを必死に見つめている。
「あ……なた、は……?」
「あ、も、うすぐですので、喋らないで!」
彼女は伊奈帆が起きたことに少し驚き、すぐにまた集中した顔つきに戻る。
少し傾けた顔を再び正面に向ける。見えるのは、一面に広がる星空。そして満月。月から見える光に何だかこの力の光に似ていると思った。
そして、彼女の処置が終わった。光が徐々に消え、伊奈帆の傷口にかざしていた両手を引く。そのままダランと体全体の力を抜いた。顔からは先程の緊迫感はどこかに行き、安堵の表情が代わりに現れる。
額から流れ落ちる汗を手の甲で拭い、今度は優しく包むようなエメラルドグリーンの瞳でこちらを見つめる。
「……あの、お体の具合はどうですか?」
「ああ……」
伊奈帆はゆっくりと起き上がる。彼女は気を遣って伊奈帆の背中あたりに手を添える。
上半身と下半身が直角になる。伊奈帆はそのまま自分の腹部を見る。自分が来ていた防護服が切り裂かれていた。左肩から右脇腹あたりにかけて、一直線に斬られている。
出来た境界線の両側に付いた、赤黒い血。そして自分の身体。ここにも血でできた2本の線。きっとここに傷口があったんだろうとすぐにわかった。
「なんとも、ない。痛みも感じないですし、これと言って不快感もない」
改めて手で触ってみる。朦朧とした中でも覚えているあの傷口が、ここまで綺麗さっぱり無くなっていることに驚きを隠せない。
だが、それ以上に驚いているのは……。
「貴女は、アルドノアグールなんですか?」
先程言おうと思っていた質問。改めて口に出した。彼女は疲労しているなりに少し笑った。
「はい。貴方たちが言う、アルドノアを使うことが出来る喰種です」
やっぱり、と伊奈帆は呟く。そして右手を顎に付けて少し俯く。
ほんの少し考え事して、再び顔を上げて彼女に質問する。この状況で一番引っかかる疑問だ。
「何故、僕を助けたのですか?」
これに驚いたのか、目を丸くして口が少し開く。が、すぐに笑みを浮かべる。
「私は、ただ助けたかったからです」
そう、言った。そこには大概の喰種のイメージとされる、人を襲って食うような強欲さは感じられない。それはまるで、優しい少女そのものだった。
「貴方が倒れる前に行った言葉。人と喰種が無意味に争わなくていいように、これ以上犠牲を出さないように。私は、この言葉を待っていたんです。探していたんです」
瞳が潤みだす。彼女の言うことに頭が追いついていないようだった。彼女は伊奈帆の左手を自身の両手で優しく、しっかりと握った。
「私も、人と喰種が無意味に争わなくていい世界を望んでいます。そのために、ヴァースから抜け出してきました。……そう、私は、きっとこのために、ここにいるんです」
衝撃的だった。目の前に、自分が今まで信じてきた喰種がいる。人を食い物としか思っていない、人を簡単に傷つける喰種ではない、人と分かち合おうとする喰種が。
「貴女が……。でも……」
伊奈帆は目を大きく見開いていたが、喜びをさらけ出すことなく、むしろどこか悲しさを思わせる顔つきになる。
「先程の、僕がやられた喰種に言われました。きれい事だ、と。やむを得ず人を殺さなくてはいけない喰種のことさえ悪と決めつけるのか、とか色々指摘された。言い返せなかった。きっと、僕の理想は未熟なんだ。見えていたものは、僕からしたらいい物かもしれないけど、客観視してみると実に脆い」
彼女の笑みも薄れる。伊奈帆の手を握る力を弱め、俯く。
「……私も、これは叶うはずないって心のどこかで思っています。私ひとりしかこんなこと考えなかったですし、誰にも完璧に理解してはくれなかった。でも……!」
諦められるわけがない。身のまわりを取り囲む檻を取りはらって、壊して乗り越えて、やっとこの世界を歩く。まだ始まったばかりだから、いきなり転んだからって、引き返すわけにはいかないのだ。
再び顔を上げた時には、もう顔を上げてこちらをじっと見つめる伊奈帆の姿があった。
「要するに、僕の考え方が甘かった。喰種側から考えていなかった。それに、まずこのアルドノアグールに対抗するために、貴女の力が必要なんだ」
意外にも、自分としてはいつものようにと感じていたが、ここでくよくよしてもしょうがないと結論づけた。今は目の前に立ちはだかる大きな問題を解決しなくてはいけないのだ。
アルドノアグールの存在。少なくとも10年前から存在していた喰種の上位互換。こいつらを野放しにしても何も進まない。
「僕の予想からして、アルドノアグールはまだ存在する。いなくても後に新たな存在が出てくると思う。それらの力に何かヒントがあるかもしれないんだ。だから、貴女がこの戦いを終わらせたいと強く思うのであれば、是非僕らに協力してほしい」
今度は伊奈帆が少し強く手を握る。今ある難問を突破するために、少しでも解決に一歩近づけるキーが欲しかった。それこそ、人と喰種との平和を望んでいる喰種だから頼める。
目を丸くした彼女を伊奈帆は見る。おそらくこういう状況こそ少し笑顔とか作った方がいいのだろうが、きっといつも通りのポーカーフェイスなんだろうと少し自称気味に思う。
「……はい。私でよければ、力になります」
やっと笑みが戻ってくる。伊奈帆自身も知らないうちに入っていた体全体の力を抜く。
「……伊奈帆!!!」
後方から聞き覚えのある声が自分を呼んでいる。
声がした方向を向くと、橋の向こう岸付近から韻子の姿を確認できた。自分を探しに来てくれたのだろうとわかると、とても心配をかけさせてしまったと申し訳ない感情がこみ上げてきた。
だが、その気持ちも程々に抑えて、今は別にこの状況を伝えなくてはいけない。我ら人間にとって小さいけれど確実な一歩を踏み出せる、そして伊奈帆自身にも大事な存在が加わったことに。
韻子ならまだしも、これを鞠戸上等や上に説明し、納得させる必要がある。これはこれで一つの戦いの始まりだと、伊奈帆は覚悟を決めざるを得なかった。
おそらくこれで今年最後の更新だと思われます。
4月に始まったのこの小説も半年以上過ぎていました。途中で迷走したり難しくなっても、ちゃんと続けて結末までたどり着きますので、今後ともよろしくお願いします。