アルドノアグール   作:柊羽(復帰中)

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お久しぶりでございますー。
Twitterから来ていただいてる方(いるか知らんけど)は、やぁ、どうも。
この作品の新年1発目です。新年からもう一ヶ月たってもーたけど……
まぁとりあえずアルグルを今年もよろしくお願いします。


Episode.17 対話

「伊奈帆!」

 

力一杯叫びながら韻子は橋を全速力で渡る。あの時の絶望を強引に退かすように、前へ進む。

 

もうダメなのかとも思っていた。直ぐさま探しても見つからない。落下したと思われる場所にもいなかった。

 

けれど、そこには誰かの血が所々に垂れていた。誰かのはわからないのに、最悪の結末しか浮かばなかった。

 

それでも諦めずにその血の跡を辿った。もしかしたら、もしかしたら、と。あの伊奈帆のことだから、何処かに移動したんだとすり込むように自分に言い聞かせて。

 

そして、見つけた。街灯で照らされているだけだが、わかる。あのシルエットだけでわかる。間違いない。

 

そんな確かな確信の中に小さな不安、というより疑問があった。彼の隣にいる人物はいったい誰なのか……。

 

 

「伊奈帆!!」

 

向かい側まで来た。橋からすぐに曲がり、階段を駆け下りて彼が座っている場所まで駆ける。視界が歪む。涙が溢れ出てくる。

 

そのまま伊奈帆の目の前まで来て座り込む。伊奈帆の両手を取って強く握る。

 

「聞こえてるよ、韻子」

 

「馬鹿!なんで移動しちゃうの!心配したじゃない!それに無茶しないでよ!………心配したじゃない」

 

こんな状況でも相変わらずのテンポで怒りすら覚える。どれだけ不安になったか、怖くなったか、悲しくなったか。ありのままぶつけたときには、もう残ったのは安堵だった。

 

「……ごめん」

 

手を握られたまま韻子が自分の胸あたりで泣いている状態に、伊奈帆も素直に謝罪の言葉を発した。

 

その言葉で、より自分の目の前の人物は伊奈帆だと確信できた。握っていた手を離して、袖で涙を拭う。ずっと泣いていても伊奈帆に迷惑をかけてしまう。それに、まだ自分の中で解決してないこともあった。

 

「ねえ、後ろの子は誰なの?」

 

伊奈帆を見つけた時には既に側にいた人物。薄茶のセミロングの女性。ボロボロのワンピースの上にマントを羽織っている。明らかにここの一般市民とは思えなかった。

 

今は韻子が来たことにより伊奈帆の後ろに距離を少し開けて縮こまって座っている。その人をチラッと振り向いて、再び伊奈帆は韻子に視線を戻す。

 

「……韻子。落ち着いて聞いてほしいんだ」

 

「う、うん」

 

伊奈帆は特に表情を変えない。だからこそ、微妙な変化は長いつきあいの人ならわかる。

 

今の伊奈帆はまさに真剣そのものだった。

 

 

「彼女は……喰種なんだ」

 

「!!」

 

彼の口からでた言葉は突然すぎて韻子は動揺を隠しきれない。すぐ側に、喰種が座っている。彼女のみならず、誰もがそれを正常とは思わないだろう状況だった。

 

「な、なんで!?喰種なら……!」

 

「だから落ち着いてくれって」

 

動揺から韻子は混乱し始める。どうやっても考えられない。混乱による焦りで頭が回らない。

 

「彼女はただの喰種じゃないんだ。アルドノアグールなんだよ」

 

「えっ……」

 

一転、韻子の表情から焦りが一瞬で引いた。その代わりに、恐怖が浮き出てくる。

 

アルドノアグール。その言葉からはただただ恐怖のオーラしか見えてこない。今までCCG戦ってきた3体のアルドノアグールはどれも常識を覆す異能力を操り、数多くの捜査官を葬ってきた。

 

そんな破壊神の仲間がすぐ側で、座っている。こちらをじっと見ている。どこか不安そうな、そんな様子だが……それは演技なのだろうか。人間を殺すための……。

 

 

だとしたら。

 

 

「なおさらだよ!なんでそんなのと一緒にいるの!?この状態じゃ戦えないじゃん!速く逃げて援軍を……!」

 

「だから、落ち着いてくれ。アルドノアグールだけど、彼女は敵じゃない」

 

「喰種に見方なんているの!?それに、伊奈帆を傷つけたんでしょ!?」

 

「違うんだ。あの後は別の喰種と戦ったんだ。そしてそいつにやられそうになった。けれど、それを彼女が助けてくれたんだ」

 

アルドノアグールからすぐに逃げた方がいい、そう韻子は真っ先に思った。伊奈帆の腕を持ち、逃げようと立ち上がらせようとするが伊奈帆が拒む。

 

その、また彼女の常識から逸脱する回答が返ってきて韻子は再び思考が止まる。喰種が、人を助ける……?

 

口は開くが、何を返せば良いかわからなくなってしまった。声が出ずに、韻子は視線を伊奈帆の体に向ける。

 

 

――――傷が、ない。

 

彼の戦闘着はボロボロであった。そこら中に血がつき、胸のあたりには切り裂かれていてベットリと赤黒い血が境界線を作っている。だが、そこから見える伊奈帆の体からは傷1つ見つけることができない。

 

胸のあたりにも血がついているが、裂けた形跡がない。腕や足などにも服が裂けているのに傷はなかった。開いた傷口が閉まったかのように……。

 

「まさか……本当に」

 

「僕でも驚いたよ。でも、今までのアルドノアグールとの戦いで見てきたあの力は、僕たちの常識を覆す。だからこれもそうなんだ」

 

伊奈帆は自らの傷口があったところを指でなぞる。

 

未知の力。それは破壊、殺戮のためだけのものではないのか。それはその逆の、傷つける人間を助ける力だというのか。そうだと簡単に飲み込もうとしても無理がある。

 

けれど、韻子は迷いながらもなんとか飲み込もうとしていた。自分の中にある、伊奈帆という大切な人の一人を信頼している自分が。

 

「韻子。どうか、僕を信じてくれ。彼女は僕らに協力してくれる。未知なる脅威に対抗できるんだ。もうこれ以上無意味な死者を出したくない」

 

彼の真剣な目。それからはまったくなほど揺らぎは無かった。そして、あの喰種から誘惑されているという感じもない。伊奈帆自身の意志。

 

そもそも、伊奈帆は他人の意志で流されるということはなかったな、と韻子は思い出してみる。そして、端っから伊奈帆の意志を否定してあの喰種を殺そうとは思っていなかった。

 

 

韻子は左手を耳にそっとあてる。

 

「こちら網文二等。界塚一等捜査官を無事発見しました。そして……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰ってきた戦闘現場には、不見咲准特等捜査官たちが合流していた。

 

彼らも自分の捜索をしていたようで、ちらほらと数人が走って戻ってきてる。

 

自分の姿を見たユキは真っ先に駆け寄り、抱きしめた。「馬鹿!馬鹿ナオ君!」と、先程韻子と同じように言われてしまった。数少ない家族だからこそ、本当に心配をしてくれているのだと改めて自覚した。申し訳なさがこみ上げてくる。

 

勢い余ってユキのホールドで首が絞まりかけていると、こちらに歩いてくる人物がいた。

 

「無事生きていて良かったです。界塚伊奈帆一等捜査官」

 

ユキの手をほどき、その人物、マグバレッジに敬礼する。

 

「ご心配をかけ、捜索までしていただき、ありがとうございます」

 

マグバレッジは静かに微笑む。しかし、それもあっという間に無表情へと変わり、伊奈帆の後ろに目線が移る。

 

「こちらが、報告で言っていた喰種、ですか」

 

マグバレッジの声からは決して憎しみや、軽蔑を感じはしなかった。けれど、その目は明らかに歓迎とはほど遠いものだった。

 

それから逃れるように、アセイラムは自信の細い手で伊奈帆の後ろに隠れて戦闘着をギュッとつかむ。

 

「はい、そうです」

 

伊奈帆は短く、そう言う。彼自身もまったく安心しきってはいなかった。

 

「では、こちらの喰種を信じれる根拠は?」

 

真っ直ぐ飛んでくる矢のように、マグバレッジが投げかける。彼女は両手を肘にあて、体は1ミリも動かずにこちらをジッと見つめる。

 

「まず、僕の傷を治してくれました。アルドノアを使って。また、人間との交流を希望している。戦いではなく、平和を求めて」

 

伊奈帆は落ち着き、ゆっくりとマグバレッジにボールを投げ返す。自分も相手も人間だ。心はちゃんとある。

 

()()、だけだ。

 

「それだけ、ですか」

 

彼女はまったく表情が変わっていない。

 

「それに、あなたが言ったことが本当かもわかりません。その喰種が嘘デタラメを言ってるのかもしれもせんよ」

 

やはりか、と伊奈帆は思う。それはそうだ。アルドノアグールのことはいいとして、この喰種はここの誰かと知人でも何でも無い。誰がこの喰種の発言の保証ができるだろうか。

 

「協力すると嘘を言ってCCG内部に潜入し、何か情報を横流ししたり捜査官を暗殺することだって考えられます。アルドノアグールということは貴女はヴァースの一員もしくは元、ということでしょう?」

 

伊奈帆の予想通りの返しが来た。誰でも知っている常識、"喰種は人間を喰らう"からこそ簡単には受け入れることはできない。

 

「……私は元々ヴァースの管理下にいましたが、もう違います!それに、私は人を殺すなど……」

 

ここで待ったをかけるようにアセイラムは少しだけ前に出る。自分は必死に協力をしようとしているのに、違う方向に持って行かれたくはなかった。

 

主張しようとしたが不見咲が鋭い視線で睨み、アセイラムは再び縮こまってしまった。

 

「それらの不安をいっぺんに解消するために、コクリアに入れるんです」

 

伊奈帆はなおも続ける。コクリアにでも入っておけば喰種は自由に行動できなくなる。コクリア内では特殊なガスを使用して赫子の活動を抑止できる。

 

「そのコクリア内でアルドノアを使われたらどうする。騎士の時のような破壊力のあるものだったらいくらコクリアでもダメージが出る」

 

ここで不見咲が入ってくる。少し声に力みがある。彼女としては喰種なんてものは信じられないのだろう。

 

けれど……。

 

「もしそのような力だったとしたら、こんなことを言い合っても無駄ですよ」

 

「何?」

 

不見咲に視線を向ける。伊奈帆の意見に不見咲は眉をひそめる。

 

「あくまで僕らが見てきたのはアルドノアという未知の力などない()()()()()です。コクリアはその喰種の攻撃などに耐えられるよう造られました。けれど、仮に騎士のような力で且つSSレートの喰種が渾身の力でコクリアを破ろうと思えば、可能だと思います。ましてや紫オーガの力だったらさらに容易だ。つまり、わざわざ僕らに接触しなくても以前のように不意を突いて襲撃すればいい」

 

「しかし、内部に潜り込むだけの理由が……」

 

「確かに、今のはコクリア破り。そうじゃなくて内部の情報を持ち出すのが目的と考えるのは普通です。けれど、わざわざ『自分は喰種です。しかもアルドノアグールです』と言ってから入る、なんてことはあるでしょうか。あまりにも不自然だ」

 

不見咲は口をつぐんだまま伊奈帆を見る。自分自身をあえて危険にさらすような状況にしてから内部に入るということに、彼女も引っかかりがあるとわかったのだろう。

 

「それなら内通者なり何なりを用意した方がある意味効率的だ」

 

伊奈帆はチラッとマグバレッジの方を見る。彼女は依然としてポーカーフェイスだった。

 

「それに、今この場にCCG最強と言われるマグバレッジ特等がいるので、今のところは下手に動けませんよ」

 

これで、どうだ。

 

少しは皆の疑いを薄められただろうか。少々無理があるが、でも彼女からの脅威はないと思ってくれるだろうか。

 

自分でも100パーセントの確証は勿論ない。けれど、自分は人一倍に嘘か誠かを見分ける自信はある。人間も喰種も同じだ。彼女の目には、嘘なんてものは無かった。

 

 

不見咲がまだ何か言おうとしたとき、マグバレッジが手を出して止める。

 

「これ以上やっても水掛け論のまま。疑いを挙げだしても切りがありません。コクリアに送還して情報を聞き出せればそれで結構です」

 

腕を下ろし、アセイラムの方へ近づく。

 

「今から貴女をコクリアに送還します。後に車が来ますので、待っていてください」

 

そう言うとくるっと引き返し、詰城たちに指示を出す。その途中、何かを思い出したかのように再び向きを変え、アセイラムに問いかける。

 

「貴女、名は?」

 

アセイラムはそれを聞いて少し頷いた。彼女は何故か少しきつそうな顔をしていた。

 

「その前に変装を解除しますね。ヴァースの追っ手から逃げるためにずっと変装の状態を保っていたので」

 

変装……?と、誰もが思ったことだろう。見た感じは特に髪型や顔を隠すなんてものは、マントのフードか持っていたマスクぐらいだ。けれど、"解除"の意味が伊奈帆でもさっぱりわからなかった。

 

アセイラムは右手をそっと胸にあて、目を閉じる。

 

 

刹那、彼女からアルドノアグール特有のオーラが出てくる。しかし今までとは違って、その色は虹色だった。赤もあれば黄色、緑に青など色鮮やかなものだった。

 

髪と服装が光を放ち、一気にはじけた。その輝く欠片たちは様々な色の球体に変わってはすぐ消えた。

 

そこから現れたのは、後ろを三つ編みでまとめて前髪左をへそあたりまで長く下ろした金髪、前にスリットがあるロングドレス状の服装の女性。

 

目を開け、その女性はこう言った。

 

「私は、アセイラム・ヴァース・アリューシアと言います」

 

目の前で行われた"変装の解除"。これまでとは違ったアルドノアの力に、その場の人たちはただただ、驚くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからのことは大して言うことでもないのだが、アセイラムはその日のうちにコクリアに送られた。伊奈帆の言ったとおり、アセイラムは何の抵抗もなくコクリアに入った。それから数日が経ったが、特に変わった行動もなく過ごしているようだ。

 

そして今日は大事な第1回目の情報提供の日だ。今日は鞠戸と伊奈帆の二人が努める。担当者となるのは主にあの時現場にいた者から選ばれる。無論、アセイラムとの協定はCCGでおおっぴらに知らされていない。喰種と人間が手を組むなどと言ってしまったら、どこから不平不満が来るかわからない。これは極秘で行われるのである。

 

 

一区へとやってきた。ここらに来るのはほとんど無い。コクリアがある故にCCGの警備態勢はかなり強固なものになっているため喰種は下手に暴れることができない。

 

「ったく、何だか緊張してきたな」

 

「大丈夫ですよ。こちらはただ質問するだけですから」

 

すべての喰種捜査官が喰種と話すわけではないが、鞠戸のような階級となるとこういう機会は増えてくるものだ。アセイラムに限らず、数多くの強力な喰種についての情報を捕えた喰種から聞き出すこともしばしばある。

 

勿論、町でたまたま話しかけた人物が実は喰種だった、なんてことをカウントしてたらきりが無いが……。

 

建物内の入り口でちょっとした検査を超えて、中に入る。するとまるで別世界に来たかのような空間になっている。車の走る音、人々の声、空気が通る音、様々な音が一切なくなる。鋼鉄が張り巡らされた要塞さながらの内側に、数多の喰種を閉じ込めている。下へ下へと地下に潜っていくほどにレートの高い強力な喰種が入れられているのだ。

 

専用のエレベーターを使って二人も潜っていく。音がろくに無いので、このエレベーター音が逆に恐怖を感じる。鳥肌が立ってくる。

 

アセイラムはSレートがいる階にいる。これも厳重警戒故だ。コクリアの監獄長の後に付いていき、尋問室へと向かう。

 

「ここだ。少し待っていろ」

 

少し歩いたところにその部屋はあった。監獄長は直ぐさま出て行く。おそらくアセイラムを呼びに行ったのだろう。二人は目の前にあるパイプ椅子に座った。

 

「……場所が場所なだけに、不気味だぜ」

 

鞠戸は左手で頭をさすりながら周囲を見渡している。鞠戸はなんだかんだでビビりなのかと伊奈帆は思った。これをユキ姉にでも言ってイジってもらおうかと思ったが、後々が恐ろしいのでやめることにする。

 

すると、小さくキィとドアが開く音がした。ここも無音なために小さくても十分耳で拾えた。

 

ぺたぺたと裸足で歩いてくるアセイラムが暗がりから徐々に見えてきた。服装は最後に見たものとは違い、無地の白い上下繋がったものだ。こちらに気がつくと、少し不安げだった顔はふわっと笑顔になる。

 

「どうも」

 

「こんにちは、イナホさん。それと……えっと」

 

「鞠戸だ。別に覚えなくてもいい」

 

アセイラムは申し訳なさそうにしながら座った。アセイラムの髪はあの時のように整えてはおらず、腰までサラッと垂らしている。

 

「それじゃ、早速始めようか」

 

鞠戸が持ってきた用紙とペンをバッグから取り出し、テーブルに広げる。伊奈帆も自信のメモ帳を準備する。

 

「えっとだな……今日はアルドノアについて」

 

鞠戸はペンを持ち、改めてアセイラムを見る。さっきまでの怯えぶりはどこかに行ってしまっているようだ。流石ベテラン捜査官である。

 

「簡潔に言うが、アルドノアっていうのは具体的にどういうものなのかを知りたいんだ。貴女の知っていることを聞かせてほしい」

 

その問いにまずアセイラムは軽く頷いた。

 

「アルドノアというのは、私からもなんと言っていいのか難しいのですが、やはり言うならば"見えざる力"でしょうか。普段はなんとも感じませんが使おうとすると……こう、体の内側から外側に向かって一気に溢れ出てくる感覚なのです。……大丈夫ですかね?」

 

二人はスラスラとメモを取っていく。アセイラム自身もちゃんと聞き取れるようゆっくり話すよう心がけていた。だが、肝心の内容がうまく伝わっているか心配にはなった。

 

「大丈夫です。続けてください」

 

メモ帳から目線をアセイラムに向けて伊奈帆が促す。それを見てアセイラムは頷き、髪を手で耳にかける。

 

「こういった感覚はほとんど同じようなものだと3人からは聞いています」

 

「ん?3人って……」

 

「はい、トリルランとブラド、フェミーアン。おそらくお二方が戦った相手です。彼らは私との実験での数少ない成功者たちでした」

 

走らせていたペンが止まった。ほぼ同時に顔を上げる。勿論、彼女が言ったワードが気になったのだろう。

 

「実験とは?」

 

鞠戸が問う。疑問を浮かべる顔の鞠戸を見て、しっかりとアセイラムは説明する。

 

「この力は喰種から喰種へと与えることができるのです。しかしそれらは私たちの血筋のものから、でないといけませんが。そして、それがその喰種の身体と適合するかはわかりません。その詳細はまだ解明できていませんが、かなり確率が低いです。これまで何百もの喰種が……犠牲になりました」

 

休めることなく目の前の空白に記録していくが、内心では驚きでひっくり返りそうだった。

 

アセイラムはある程度で区切り、書き終わるまで待っていたりして話を進める。

 

「これはお二方も知っておられると思うのですが、与えられた力はそれぞれ異なっていました。私の持つものとも違います。これは喰種のもつ赫子に一番影響されているのかとヴァースは考えています」

 

ここでも出てくるヴァース。これについては現段階ではまだほとんど情報をつかめていない。まだ濃い霧の中なのだ。ボソリとそのワードを呟きながら伊奈帆はメモを取る。

 

「それで、だ。その実験の方法というのは?」

 

「はい、簡単に説明しますと、私が与える喰種と手を繋いで力を送るというものです。その加減がわからず、最初はどんどん死んでいくばかりでした」

 

「その死亡というのは、どういった死に方で?」

 

今度は伊奈帆が問う。これにアセイラムは一瞬驚きで目を見開いたが、少し下を見ながら答え始める。

 

「体が膨張して破裂したり、体全体から出血したり、狂ったように暴れ回って……自身の赫子で自殺しました。……破裂が、一番多かったように思います」

 

アルドノアが体内に流れただけで、死ぬ。体が破裂。大量出血。自殺。これほど非現実なことを聞かされてくると、おかしくなってきそうだった。

 

 

と、ここで伊奈帆は疑問に思った。彼自身だからこそ引っかかった。

 

「……それなら僕はどうなるんですか?僕は貴女のアルドノアで傷を治してもらったのですが」

 

彼の体を無傷の状態にまであっという間に治癒した。それもアルドノアを使っていた。それは体にアルドノアが流れたということになる。ましてや彼は人間だ。喰種でないのならなおさら疑問になった。

 

「それは、量が違うからです。受け渡しの時の方が治癒よりもかなり多いのです。それに、元々アルドノア本来の力としては治癒能力に長けているのです。これは他の3人も共通していました。これはイナホさんの傷ほどではなかったのですが、人間でも喰種でも治癒は可能だと実験で証明されています」

 

そうだったのか、と伊奈帆は理解する。体に影響が出るほどの量が流れていなくても治癒能力は発動するのだ。軽く頷きながらメモを取った。

 

だが、今度は鞠戸が疑問に思った。

 

「なら、そのアルドノアに治癒能力があるなら何故彼らは自信で回復しなかったんだ?」

 

その問いをちゃんと耳に届いたが、アセイラムはうまく理解出来なかった。首をかしげる。

 

「あー、えっとだな。本来喰種は人間よりも再生力がある。ましてや、先日コイツから聞いたんだが、かなりの重傷だったのを綺麗に再生させたんだ。それならあの3人は相当な傷を負っても、あっという間に回復して戦えたんじゃないかって」

 

言いたいことはあってもなかなかうまく表現できない。鞠戸は右手があちらこちらに動きながらアセイラムに説明する。それを聞いて、アセイラムはなんとなく理解した。

 

「それはですね、これもアルドノアの特徴なんですが、アルドノアは確かに元々の治癒能力があります。彼らにもありました。ですが、それが各々特有の力で使っていると治癒能力は使えないのです」

 

「治癒能力がそれぞれの力、何でも吸収するバリアやビームサーベルに変わる、と」

 

伊奈帆の発言にアセイラムはハッキリと頷く。これで鞠戸の疑問も晴れた。将棋の駒のようなものだ。一度成ったら成る前の動きではなくなる。

 

「それに、与えられた力には上限があります。それらは喰種それぞれですが、与えられた分を保つように減ったらその分を生成できます」

 

これまた驚きの事実。配られた分なのだから当たり前なのかもしれないが、それだとまた疑問の芽が出る。

 

「それだと、永遠に生成できることになりますが」

 

「ええ、ですがそういうわけにもいかないのです。生成できるのですが、それを上回る消費量だと減っていってしまいます」

 

ああ、と鞠戸は思った。それは盲点だった。必ずしも減る量と生成できる量は同じではない。その例として対騎士戦でも見ていた。

 

「一旦アルドノアが底をついてしまうと、もう生成は出来ません。そうならないために注意がが必要なのです。ですが私たちの血筋ではその必要はありません。底をつくほどの量を出せないほど私たちは持っているのですから」

 

最後だけ少々胸を張って言ったような気がした。そんなことをするのはきっと、安心しているのだろうと伊奈帆は思った。彼女はヴァースから逃げてきたと言っていた。それ故に安心できていなかったのだろう。

 

けれど今、こうして一応の安全の中にいるからこういった話が出来るのだ。

 

「えっと、その血筋についてだが。そのアルドノアをもつ喰種の初代とかそういうことは知っているのか?」

 

鞠戸が問う。血筋ということは彼女の家系だろう。しかも内容によっては、あの"ヘブンズ・フォール"についても何かしらのヒントになるかもしれないのだ。鞠戸は自ずと唾を飲んだ。伊奈帆も手に力が入る。

 

その雰囲気を、少なからずアセイラムも感じ取った。改めて背筋を伸ばし、手を握って口を開く。

 

「私が知る限りでは、私の祖父が……確か20代の頃にアルドノアが目覚めたと言っていました」

 

 

その瞬間、時が止まったかのように感じた。気のせいかもしれないが、確かにそう感じた。それともこの事実に頭の整理が追いついていけないだけなのかもしれない。

 

 

10年前、突如現れた"光を放つ喰種"。数々の捜査官を殺してから自身も爆発した。だから、()()()()()()()1()0()()()()()()()()とばかり思っていた。そう頭が決定してしまっていた。

 

けれどそれは間違っていた。勝手に思い込んでいた。2人は目を見開いたまま、顔を見合わせる。

 

 

 

アルドノアグールは、10年どころか20年、30年、それ以上前から存在していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこからか、笑い声が聞こえてくる。それは遠くからではなく、割と近くから。音は話し声などと共に混ざり合いながら、下手なオーケストラのよう。それも部屋の中だから余計に混ざり合う。グチャグチャだ。

 

先程とは感覚が違う。僕はどこかに座っているようだ。いや、どこかと言うのはおかしいか。なぜなら、もうここがどこだかわかっているからだ。

 

その音も、臭いも、窓から注がれる光の眩しさも。やはりなんだかんだで懐かしく感じる。

 

懐かしいが故に、悲しくなってくる。もう一度、本当にここに戻ってきたい、と。

 

でもそれはできない。どうしようもないのだ。過去には戻れない。戻せない。

 

自分の手元を見る。この頃はこんなちっぽけな手だったのだと、この頃の僕では考えられないことを思う。

 

机も、この木目が人の顔に見えたなって。それを指でなぞってもみる。

 

 

『おーい、スレイン。遊ぼうぜ』

 

おっと、呼ばれたようだ。右を振り向いてみる。そこにはあの頃よく遊んでいたやつがいた。あどけないその表情がこれまた懐かしさを感じさせる。

 

思い出に浸って、ずっと止まっている訳にはいかないようだ。まもなく始まる……いや、もう始まっているのか。

 

何度再生したかわからないけれど、何故かすり切れないテープを今回もまた回そう。

 

僕はうんと返事をして、その子の後に付いていく。

 

 

 

 

これは、僕が人間だった頃の物語。




次回は、ついに来たぞ書きたかったぞっていう内の1つであるスレイン君の過去話です
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