おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

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ナザリック
一緒に転移


 そこはまるで、神々が歩くための道だった。

 傷一つない大理石のような床は僅かな光さえも煌びやかに反射し、天井に一定の間隔で吊るされるシャンデリアは、それ一つで一財産を築けるほどの絢爛(けんらん)さ。

 大国の王ですら美しさに目を奪われ、夢でも見ているのではと錯覚するほどの領域。所々に配置された美術品の数々も、思わず見惚れてしまう存在感を放つ。

 神話の城と言っても差支えない通路だが、まるで興味が無いと言わんばかりに平然と歩く影があった。

 人々を魅了する美術品などには見向きもせず、その場では余りに不釣り合いなやりとりを繰り広げていた。

 

「――ですから、長年エロゲ界を牛耳ってきた最大手が、満を持してくりだした感動巨編なんです。それなのに、タイトルコールがねぇちゃんだったんですよ。別の意味で泣きました……」

 

「新作が出るたびに熱弁を振るうペロロンチーノさんが、久しぶりすぎて感動です」

 

「モモンガさん! そこに感動しないでください!」

 

 先ほどまで語っていた熱弁と全く関係ないところに反応されたペロロンチーノは、身振りを大きくして反論し、モモンガは笑い声でそれに返す。

 エロゲを語りだしたら止まらない男、ペロロンチーノはバードマンという種族だった。バツ印の形を作るようにように左右上下から生えた四枚の羽、手足は濃い小麦色をし、それ以外の多くは白い毛並で覆われていた。

 死の支配者(オーバーロード)であるモモンガを一言でいうなら骸骨。普通の骸骨と違うところといえば眼孔(がんこう)には赤い炎のようなものが揺らめき、胸骨の少し下にも同じく赤く光る球体があり、その身に纏う(まとう)のは魔王のためにあるような漆黒のローブ。

 

 異形の姿を持つ二人の会話は時折笑い声を交えながら、巨大な門にたどり着くまで続いた。

 唐突に動きを止めたモモンガは、門を寂しげな雰囲気で見つめる。

 この先で待つのは、アインズ・ウール・ゴウンの終着点。モモンガの中で色々なものが溢れかえる。仲間達と作り上げたもの全ての終わりと、ギルドの中でも特に仲が良かったペロロンチーノとの久しぶりに過ごせた楽しいひと時の終わり。

 二つの終わりがモモンガの動きを完全に止めていた。

 先ほどまでバカ騒ぎをしていたペロロンチーノも何かを感じ取ったのか、全く言葉を発せず、申し訳なさそうに下を向いてしまう。ギルド維持のためだけに、一人淡々と過ごすモモンガの光景が脳裏に浮かんだのだ。

 ペロロンチーノの沈んだ気持ちに気づいたモモンガは、俺はバカかと自らを叱咤し、気持ちを切り替える。

 

「すいません、ペロロンチーノさん。さぁ、行きましょう! 栄光の最後です!」

 

 モモンガは暗い雰囲気を吹き飛ばすように声を張り上げ、勢いよく門を開いた。

 DMMO-RPG『ユグドラシル』ゲーム世界を現実のごとく遊べる体感型ゲーム。日本国内で、その圧倒的な自由度から爆発的人気を誇ったゲームだが、それも今や昔。十二年という年月はプレイ人口を減らし続け、ついにサービス終了となったのだ。

 ログインする仲間が誰もいなくなっても、モモンガはただ一人、誰が帰ってきてもいいようにずっとギルドを維持してきた。いつかは誰かが来るのではと、期待で寂しさを押し込めつつ。しかし、現実は非情である。ついには、誰も現れなかったのだから。サービス終了日である、そうこの日まで――。

 それなのに、久しぶりにログインしたペロロンチーノへ愚痴の一つもこぼさず、逆に来てくれたことへの感謝を何度もしていた。

 先にある玉座へ歩くモモンガの後ろ姿を見つめるペロロンチーノは小さくお辞儀し、感謝の気持ちを込め、ありがとうと(つぶや)き後に続く。

 玉座に腰を下ろしたモモンガは、ゆっくりと歩いてくるペロロンチーノの後ろを凝視する。

 

「……それにしてもペロロンチーノさん。連れすぎです」

 

「え?」

 

 そういわれて振り向いた先には、NPCである六人のプレアデスと両手ではまるで数えきれない一般メイド、さらには自らが作り出したシャルティアまでいた。

 ペロロンチーノは歩く最中、メイドと会うたびに全て連れ出していたのだ。

 

「いやぁ、壮観ですねぇ」

 

 まさに絶景。多種多様の美女達に満足するペロロンチーノは、腕を組み何度も頷いた。

 若干の呆れもあったモモンガだが、一つの思いに口を開く。

 

「それにしても一般メイドの名前までよく覚えていましたね」

 

 ペロロンチーノはすれ違うメイドの名前を一人一人呼びつつ、連れまわしていたのだ。

 モモンガからすればNPCに関してはさほど詳しくない。ずっとギルドにいた自分よりも、アインズ・ウール・ゴウンに関し、詳しいことがあることに嬉しさがこみ上げていた。

 

「ふふ、俺の美女達への記憶力をなめてもらっては困ります」

 

 リアルでは間違いなくドヤ顔をしているだろうペロロンチーノは不敵な笑い声をあげつつ、シャルティア達全てを待機させ、玉座に座るモモンガの横に立つ。

 

「そうそうモモンガさん。アルベドの設定知ってます?」

 

「アルベド?」

 

 そう言われて向いた先には絶世の美女がいた。ただし、それはあきらかに人間とは異なる。

 漆黒の長髪は背中を覆い、金色の瞳には蛇と同じ瞳孔、頭からは羊のようなねじれた角が左右から前に突き出し、腰からは長髪と同じ漆黒色の翼が生えていた。

 

「アルベドは守護者統括で……待ってください、設定画面開きます。――ながっ! あぁ、作ったのタブラさんだったな。……えっ? ビッチ?」

 

「どうです? 一見清純、でもその実ビッチ。いいでしょ」

 

「いやいや! 守護者統括ですよ? NPCの頂点がビッチって、あんまりじゃないですか?」

 

「モモンガさん、常識にとらわれては駄目です」

 

「ペロロンチーノさんのシャルティアも、ビッチに命令されるんですよ?」

 

「なんの問題もないです。シャルティアも似たようなものだし。まぁ、そんなに言うなら、その手に持ってるギルド武器で設定変えればいいんじゃなですか?」

 

「……いいんですかね?」

 

「俺はいいと思いますよ。ギルドがあるのはモモンガさんのお蔭ですし、時間も殆どないですし」

 

 時間を確認したモモンガは小さく頷き、ちなみにビッチであると書いてある一文を消す。なにかを書き足したほうがいいかと、思案するとすぐに思い当たる。

 しかし、それを書くには大きな問題があった。

 興味深そうにこちらを見るペロロンチーノの存在である。

 モモンガがどうするか躊躇(ちゅうちょ)していると、ペロロンチーノが首をかしげる。

 

「どうしたんですか?」

 

「……笑いませんか?」

 

「大丈夫ですよ。俺、希少貴金属(スターシルバー)の心持ってるんで、暖かく見守ります」

 

 ならと言いつつ、モモンガは文を加える。

 

 『モモンガを愛している』と――。

 

 チラリとペロロンチーノの様子を伺う。笑っている様子はなく、ただこちらを不動のまま見ているだけ。

 特に変わったところはないと判断したモモンガは安堵の溜息を漏らすが、すぐ違和感に気づく。

 一見、棒立ちしているように見えるペロロンチーノの体は小刻みに震え、耳を澄ますとヒューヒューと声が漏れている。

 モモンガは確信する。この男は笑っていると。

 ペロロンチーノの心は木屑だった。

 モモンガは素早く設定画面を消し、頭を抱えて(もだ)えた。

 ついに体勢を保っていられなくなったペロロンチーノは、震えながらお腹を抑える。

 

「モ、モモンガさんそれは卑怯です。腹筋が痛い!」

 

「ペロロンチーノさんの希少貴金属(スターシルバー)は随分ペラペラですね」

 

「これは仕方ないです。モモンガさんが悪い。ほら! もう本当に時間ないですよ」

 

 その言葉にハッとしたモモンガは、遠のいていた意識を必死に手繰り寄せる。急いでNPC達を跪かせ、深く息を吐く。

 まぁ、こういう終わり方もいいだろうとモモンガは強く思う。一人で終わるのではなく、仲のいい友達とふざけながら最後を迎える。それだけで、最後までギルド維持してきた意義があると。

 

「ペロロンチーノさん、最後に来てくれて有難うございました。おかげで楽しく過ごせました」

 

「いえいえ、モモンガさんこそ今まで本当にお疲れ様でした」

 

「この日のためならどうってことないです。またどこかで会える日を楽しみにしています!」

 

「こちらもです! 最高に楽しかったし、一生の思い出です! モモンガさん、さらば! グッドラック!」

 

 モモンガは感慨深く目を閉じ、色々あったなと思想にふける。ユグドラシルを始めた時のワクワク感、流行っていた異業種PKにうんざりしていたところをたっちさんに助けられ、ペロロンチーノさんに出会い、笑いあった最高の仲間たちとの思い出。今までのことが走馬灯のようにながれ……ながれ、ながれ?

 ここでモモンガは違和感を覚える。

 明らかに時間は過ぎているが、ログイン状態は続いたまま。

 困惑と綺麗に終われなかった僅かな怒りから目を開けると、あちらこちらで号泣するNPCの姿があった。

 見渡す限り本気で泣き崩れている。涙と鼻水を垂れ流し手を合わせながら懇願する者、床に頭をこすり付け大声で泣く者様々。

 そのあまりの光景にモモンガは開いた口が塞がらず、ペロロンチーノも呆気にとられながら辺りを見回す。

 二人は呆けたままお互いの顔を見合い、同時に声を出す。

 

「何これ?」


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