おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

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一緒に冒険

 王都リ・エスティーゼ――昔から殆ど変化を見せない町並みで華やかさに欠けるが、歴史と伝統を重んじ受け継ぐ古き都市。

 道幅が狭く舗装されていない道路も多いなど、不便なところが数多くあるが、行きかう人々は活気に溢れていた。元々そこで生まれ、育ち、生活する中、そういうものだと認識しているからだ。

 楽しげに会話する者、客引きをする者、時間に追われ先を急ぐ者、人の営みがそこにはあり、それらは日が落ちるその時まで続くと思われたが、此方に近付く三人の人物を目にしてから、時間が停止したように釘付けとなった。

 衝撃に見舞われた人々の視線の先、先頭を歩くのは、二本のグレートソードを背負った漆黒の全身鎧(フルプレート)(まと)った戦士。赤いマントをなびかせ、リーダーの雰囲気を醸し出し、威風堂々と足を進めていた。そのやや後方には、漆黒と正反対といえる黄金の全身鎧(フルプレート)で身を(おお)った弓兵(アーチャー)。背中の弓は伝説の武器を思わせるほど見事で、ヘルムにある鳥のクチバシの様なフォルムは、強く印象に残った。

 そして、何といっても最後の三人目に一番の視線が集まる。健康的な褐色肌を修道服とメイド服が合わさったような服で包み、笑顔が眩しいその美貌は今まで見たことが無い。美人という言葉を根底から覆される衝撃。虜にされた男達は口を開けたまま固まり、自分の美しさに自信を持つ女も敗北を認めるほど。

 

「モテモテっす、いい気分っすねー、当然っすけど」

 

「当然だルプー、プレアデスであるお前は別格だ」

 

「マジっすか! いやぁ、メッチャ照れるっすねぇ」

 

 ペロロンチーノに褒められたルプスレギナはさらに笑顔となり、より人々の心を惹きつけた。

 アインズはNPCの顔は自由に決められたんだし、この世界ではチートだよなーと思うが、言葉にはしない。

 現在三人は冒険者登録を終え、受付嬢にオススメされた宿屋に向かっていた。

 三人が近くを通る(たび)、驚きの声があちらこちらで上がり、周辺で噂されるほど広まっていった。

 その後も、関心を一身に寄せられながら歩き続け、目的地である宿屋で足を止めた。漆黒の籠手(ガントレット)で扉を押し開け、店内へと入る。

 ある程度予想していたが、見るからに安宿だ。薄暗い部屋で、大して掃除もされていないようだった。

 三人が店内に足を踏み入れてから、酒を片手に持つ男達に、値踏みするような鋭い視線を向けられた。

 

「いやーオンボロっすねー」

 

 ルプスレギナの言葉に皿を拭いていた宿主らしき男の手が止まるが、一瞬目を向けただけで仕事を再開する。顔には深い切り傷があり、風貌は歴戦の戦士を思わせた。

 アインズは頭を抱えたくなる衝動を何とか抑え込み、宿主らしき男の前に立つと、鋭く睨まれる。

 

「ボロで悪かったな」

 

「すまないな、私の仲間は少々口が悪いんだ」

 

「ふん、まぁいい。何泊だ?」

 

 (いか)つい風貌から、口論になるかと身構えたが、意外にもすんなりと話しを進めてくる。アインズは密かにホッとし、人は見かけじゃ無いよなと頷く。

 

「一泊でお願いしたい」

 

(カッパー)か。相部屋で一日五銅貨だ」

 

「三人部屋を希望したい」

 

「……相部屋はな、チームを組む相手を見つけるためなんだよ。三人でこれからやっていけると思うのか?」

 

「何の問題も無い」

 

「たく、人の親切を」

 

 宿主は大きな溜め息とともに、代金を受け取るため手を差し出してくる。アイテムボックスからさり気無く出した銅貨を渡し、二階の階段に向かおうとしたところ、それを(さえぎ)る様に足が出された。アインズがその男の顔を確認すると、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。薄ら笑いの男と同席する者達も同じ表情を浮かべ、周りの人間全てがそれに気付いているが、我関せずと誰も口を出さない。

 

(やれやれ、お約束のパターンか)

 

 アインズはテレビやゲームなのでお馴染みの光景に心の中で溜め息を付きつつ、(さえぎ)った男の足を軽く蹴った。

 

「おいおい、いてぇじゃねぇか。こりゃ骨折してるぞ」

 

「そうか」

 

「そうかじゃねぇ! こっちは重症なんだよ! そうだな、そっちの女を一晩貸してくれるってんなら、許してやる」

 

「仲間の二人以外はイヤっす」

 

「そう言うな、いい夢見させてやるぜ」

 

「くくく」

 

 ありきたりな展開に、アインズの口から思わず失笑が漏れる。

 

「何がおかしい!」

 

「いや、失敬。テンプレートな雑魚に笑いを堪えきれなかった」

 

「なん――」

 

 男が迫ろうとした瞬間、視界が一気に天井に近くなっていた。気付いたら漆黒の戦士に胸倉を掴まれ、片手で持ち上げられている。振りほどこうと必死に手足を動かすが、ビクともしない。鋼鉄で固定されていると錯覚するほど動く気配が無く、男の額に冷や汗が滲む。

 周りの人間達は、漆黒の戦士の圧倒的な腕力に驚愕する。男を片手で持ち上げているというのに、スプーンでも手に取ったような自然体。

 慌てふためく男の無様な姿に、ルプスレギナは歓喜に笑い声を上げ、大はしゃぎしている。

 掴まれた男は最後に残った意地を総動員し、漆黒の戦士を睨みつける。

 

「てめぇ、離――」

 

 これも先程と同様、気付いたらテーブルに投げ飛ばされていた。背中に痛みが走り自然と呻き声が漏れる。本当に骨折してしまったのではと苦痛に顔を歪め、バラバラに砕けたテーブルの破片の中でうずくまったまま、動くことができない。

 周りの人間はようやく理解する、この漆黒の戦士は別格に強いと。因縁をつけた男と同席していた者達からはからかう視線が完全に消え、下手(したて)に出ようとする雰囲気が滲み出ていた。アインズはそんな男達を見下ろす。

 

「で、お前等はアイツの仲間だろ? だったらまとめて――」

 

「オイオイオイ、俺の安酒が吹っ飛んじまったじゃねぇか」

 

 アインズの言葉を(さえぎ)った男が、割れたコップの破片を持って近付いてくる。一見、細身に感じるがその肉体はガッチリと引き締まり、眼孔は野生の獣を彷彿させるほど鋭い。

 

(またか、見せる力が弱すぎたか? 今度はもう少し強めにいくか)

 

 次はどう痛めつけるか考えているうちに、迫ってくる男に敵意が無いと気付く。アインズの前を坦々と素通りし、因縁をつけた男の仲間に代金を要求している。此方に要求する気配は全くない。

 一応、投げたのは自分なのだ、多少は何かあるかと見ていたが、微塵も視線を向けてこない。

 

「私には要求しないのか?」

 

「あんたは因縁をつけられただけだからな。当然の権利だ。……それにしても、お前等は一目で相手の力の有無も分からんのか? どう見ても格上だろうが」

 

 アインズはホゥと心の中で感心し、僅かな好奇心が生まれる。一目である程度の強さが分かるなら、それなりの実力者だ。無論、本当の力に気付いてる訳ではない様だが。

 

「私の名前はモモン、彼女がルプスで、こっちの眩しいのがチュパ・ゲティだ」

 

「俺はブレイン・アングラウスだ」

 

 会話に聞き耳を立てていた周辺から、ざわめきが巻き起こる。

 

「ブレイン・アングラウス!? 本物か!? お前分かるか?」

 

「いや、実物は見たことがない。だが、本物だとすると――」 

 

 アインズはヘルムの顎部分に手を当て、考え込む。周りの反応から察するに、有名人らしい。先程の言動と腰の刀から、腕に自信がある戦士と見受けられるが、冒険者の証であるプレートをつけていない。王国の戦士にも到底見えない。周りの視線は驚きと疑心と憧れだ。どうやら、悪い人間では無いらしい。

 この男は利用できるかもしれないと直感し、どうにか有効な展開に持っていけないかと、必死に頭をフル回転させた。

 

「俺は本物だ――いや、そんなことはどうでもいい。実は人探しの最中なんだが、ここにいないことは分かっててな、暇してたんだ。あんたは相当の実力者と見える。いきなりで悪いが、一戦交えないか? 強い奴を見ると我慢できないんだ」

 

 ブレインの発言はアインズにとって願ってもない事だった。どうやって名声を稼ぐか考えていたが、これはかなり使えると生身があったら悪い笑みを浮かべていただろう。

 

「私はかまわないとも」

 

「あんたならそう言ってくれると信じてたぜ。そうだな、この宿屋の裏でいいか?」

 

「問題無い」

 

 モモンとブレインがその場から宿の出入り口の扉へ向かう中、周りの冒険者は観戦にいくかどうかで揉め始める。信じられない腕力を持つ漆黒の戦士と、現在行方が分かっていない最強戦士ガゼフと互角の勝負をしたというブレイン・アングラウスの一戦。興味はかなりあるが、ゾロゾロ付いて行くと二人の機嫌を損なうおそれがあり、どっちにするか揺れているのだ。

 アインズとしてはギャラリーが多い方が都合が良く、野次馬にするために助け舟を出す。

 

「私は見られてもかまわないんだが、ブレインはどうだ?」

 

 ブレインはいきなり名前を呼ばれたことに一瞬だけ立ち止まるが、すぐさま何事もなかったように歩き出す。アインズはただ名前を呼んだだけなのに、何故妙な反応をしたのか分からなかったが、特に何も言われないので、大したことではないんだなと考えを放棄する。

 

「俺もどっちでもいい。本気で殺し合うわけでもないし、見られてもいい技しか使わないしな」

 

 二人の了解を得た冒険者は障害が無くなり、二人の後について行くのだった。

 


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