おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

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一緒に救援

 ラキュースは指定された場所へ、足早に向かっていた。ラナーとの会話で垣間見えた優しげな表情は真剣さで塗りつぶし、煌びやかなドレスも白銀の鎧――処女でなければ装備できない魔法の防具、無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)に様変わりしている。手に持つ漆黒の剣は、伝説に(うた)うたわれる十三英雄の仲間が所有していた秘宝、魔剣キリネイラム。その他の装備も一級品ばかりであり、誰の目からもアダマンタイト級冒険者に相応しい出で立ちだ。

 すれ違う人々の好奇の眼差しを物ともせず目的地に到着すると、既に蒼の薔薇の全員が揃っていた。

 

「おう、ようやく到着か。時間がねぇ、早く出発しようぜ」

 

 仲間の一人、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の大柄な男――の様な女、ガガーランは親指で少し離れた所で此方の様子を伺う魔法詠唱者(マジックキャスター)達を指差す。

 五人いる魔法詠唱者(マジックキャスター)のすぐ背後には半透明の板――浮遊板(フローティング・ボード)が発動していた。この補助魔法は移動しても術者の背後にピタリと付き、様々なものの運搬に適した。蒼の薔薇である残りのメンバー三人は既にその上で座り、ラキュースの到着を待っていた。先程までラキュースと共にいたティアも一足先に準備を終え、双子の姉妹であるティナと何やら会話をしている。二人の姿は顔から髪型、装備までうり二つで全く見分けがつかないほど。

 一刻の猶予も無い中、冒険者組合が最速でエ・ランテルに辿り着けるよう用意した移動手段、飛行(フライ)浮遊板(フローティング・ボード)での運搬。この二つの魔法を使えば当然早く移動できるが、それらを扱える魔法詠唱者(マジックキャスター)はとても希少で、最上位冒険者と位置付けられた一握りのみに割り与えられていた。

 

「遅れて御免なさい」

 

 一人遅れてしまったラキュースは四人の仲間に謝りながら、空いている浮遊板(フローティング・ボード)の上に飛び乗る。

 

「仕方あるまい。では、行くか」

 

 ラキュースに声をかけたのは蒼の薔薇最後の一人――イビルアイ。漆黒のローブで小柄な体を(おお)い、宝石が嵌った仮面越しに聞こえてくる声はかろうじて女性と認識できた。

 冒険者の最高峰たる面々を乗せた浮遊板(フローティング・ボード)魔法詠唱者(マジックキャスター)に合わせ高度を上げていく――向かうはアンデッドの大群に飲まれつつあるエ・ランテル。

 ラキュースの顔には焦りの色が見えた。いくら考えうる最高の移動速度とはいえ、王都からエ・ランテルに到着するまでにかなりの時間が掛かってしまう。普段は軽口を叩くガガーランも口を真一文字に結ぶ。

 

 エ・ランテルにいる最高の冒険者はミスリル級で、しかも三チームしかない。とてもじゃないが数千のアンデッドを殲滅するのは不可能。それにもっとも危惧すべきは、アンデッドが集まれば、より高位のアンデッドが現れる危険性がある事。その状態が野放しにでもなれば次から次へと強力なアンデッドが生まれ、手の施しようが無くなってしまう。

 そもそも現状でも、エ・ランテルの戦力で持ちこたえられるか未知数。可能だとしても、死者の数は膨大になるだろう。

 上空の冷たい空気を感じながらラキュースは願う、一秒でも早く到着するということを……。

     

     

     

     

     

 浮遊板(フローティング・ボード)に乗ってどのくらいの時間が経過しただろう、日の落ちた辺りは暗闇に包まれ、肌に突き刺さる風も冷たさを増していた。

 

「見えてきた」

 

 ラキュースの視線の遥か先、暗闇の中ぼんやりといくつかの小さな明かりが見えてくる。

 

「おっしゃ、いっちょやってやるか」

 

 腕組みし、胡坐(あぐら)をかいていたガガーランはゆっくりと立ち上がり、肩のコリをほぐす様に肩を回した。脇に置いていた巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を持ち上げるとそのまま肩に乗せ、気持ちを落ち着かせる。

 他の蒼の薔薇も準備を整え、いつでもいける状態だ。

 

「まずはこの町の情報取集よ。冒険者組合長なら、こうなった原因も分かるかもしれない。ねぇ、今すぐ会えない?」

 

 普通では有り得ないアンデッドの大量発生。何か原因があり、それを解決すれば突破口になるかもしれないと、ラキュースは浮遊板(フローティング・ボード)を使う魔法詠唱者(マジックキャスター)に冒険者組合長と会えないか尋ねる。

 

「ちょっと待ってください。伝言(メッセージ)で聞いてみます」

 

「お願い」

 

 魔法詠唱者(マジックキャスター)伝言(メッセージ)で冒険者組合長と連絡を取り始める。

 

「――エ・ランテルの外……城門の先ですね。分かりました。すぐお連れします。ラキュースさん場所が分かりました。此方です」

 

 案内された場所には無数のテントが張られ、至る所に篝火(かがりび)を設置し、その場を明るく照らしていた。炎で明るさを取り戻す周辺では、幾人もの冒険者達が急いだ様子で駆け回っている。声を張り上げ指示を下す者、傷を負った仲間や市民を運ぶ者、エ・ランテル突入の準備をする者様々。それぞれが己の出来ることを精一杯こなしていた。

 

 蒼の薔薇が連れられたテントは他に比べとても大きく、材質も立派なもの。左右に篝火(かがりび)が一本ずつ設置された入口からは、冒険者達が度々(たびたび)出入りを繰り返す。

 ラキュース達がテントに足を踏み入れると、巨大なテーブルに広げられたエ・ランテルの地図を睨む人物達が、険しい表情でやりとりを繰り広げている最中だった。

 地図の上には冒険者とアンデッドに見立てた駒が置かれ、現状の戦況を表している。当然、街全ての戦いが分かっている訳ではない。それでも、ある程度の大きな戦闘は情報が伝達される様になっていた。

 蒼の薔薇が地図を見る限り、戦況は(かんば)しくない。圧倒的な数に押しつぶされないよう食い止めるのがやっとといった状況。

 ラキュースは詳しい状況を聞くため、口を開く。

 

「蒼の薔薇のラキュースです。救援に来ました。詳しいことを教えてくれませんか?」

 

「おお! よく来てくれた! 蒼の薔薇が来てくれるとは心強い。私は都市長のパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアという」

 

 肥え太った豚のような外見の男――パナソレイは蒼の薔薇の到着を知ると、険しかった表情を吹き飛ばし笑顔で出迎える。

 パナソレイの隣で議論を交わしていた歴戦の風格ある男も、同様の反応を示した。

 

「救援感謝する! 私は冒険者組合長のアインザック、さっそくで悪いが頼みたいことがある」

 

 アインザックは冒険者組合長に相応しい強者の雰囲気を漂わせ、優秀な戦士の雰囲気を持っていた。蒼の薔薇を持っても決して油断できない手練れ。

 そんな男の頼みにラキュースは真剣に返答をする。

 

「なんですか?」

 

「見て分かる通り戦況はよくないのだが、ある任務を受け持ってくれればこの現状を打破出来る可能性がある。しかし、それがとても困難で困っていたのだ。そこでだ、アダマンタイト級冒険者である君達蒼の薔薇には高難易度任務、墓地の調査を依頼したい」

 

「墓地?」

 

 蒼の薔薇は地図に記された墓地に視線を落とす。

 

「そうだ、アンデッドの大群はそこから来ている。いくら墓地とはいえど、この数が自然発生したとは考えにくい。なにか原因がある筈。二十年程前に、これと同じ状況を作り出したズーラーノーンかもしれない。だが、上空から近付こうとすると、強力なアンデッドに阻まれるのだ。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が複数いたとの目撃情報もある」

 

「本当!?」

 

 ラキュースは思わず声を荒げてしまう。それも仕方のない事だった。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)はかなり手強く、迂闊な戦い方では大きな被害が出る。それでも、蒼の薔薇が万全なら間違いなく勝てる相手で、ラキュースの心配は別にあった。もう既にそんな大物が複数生まれているとは予想だにしてなかったのだ。手をこまねいていては、取り返しのつかないことになると、息を飲む。

 

「いくつもの目撃情報から真実だろうな。我々では、とてもじゃないが調査は不可能。だが、人類の切り札である英雄たる証、アダマンタイトプレートを持つ君達なら突破も可能な筈だ」

 

 読み通り有益な情報を得た蒼の薔薇だが、予想以上の深刻な現状に重い空気が漂う中、ふと思い出す様に、ガガーランは誰に話しかけるでもなく自然と口から言葉を発する。

 

「そういや、モモンとかいう冒険者が俺達より早く到着したはずだ。そいつは今何してるんだ?」

 

「あのガゼフより強いとかいうやつか。他の二人も相当やるらしいな。それだけの人物達を私が聞いたこともないというのは解せないな」

 

 イビルアイは仮面を傾げ、(いぶか)しげに(つぶや)く。

 

「モモン君か、彼にも墓地の調査を依頼した。同行していたブレイン・アングラウスが戦士長より上とのお墨付きがあったのでな」

 

「ブレイン・アングラウスも来ているのは心強いわね。なら私達も早く援護に向かいましょう」

 

 やることがハッキリしたラキュースは、颯爽(さっそう)とテントを出る。そのまま蒼の薔薇はエ・ランテルの城門目指して走り出す。

 エ・ランテルを救えるかどうかの瀬戸際、ラキュースは走りながらもう一つのやっかいごとを仲間に聞かせる。

 

「……実はラナーにモモン達の調査を依頼されたのよね」

 

「そりゃどういうこったよ?」

 

 思いがけない言葉にガガーランはすぐに聞き返す。

 

「カルネ村を救ったペロロンチーノってモモンの仲間のチュパ・ゲティと同一人物の可能性が高いの。強さは三人で陽光聖典の撃退か殲滅。村人が(かくま)われた家から出てきたときには、包囲していた天使が全て姿を消したそうよ」

 

「包囲された状態でか? そいつは滅茶苦茶つえぇじゃねぇか」

 

「しかも苦戦した様子がまるでなかったみたい。それから陽光聖典は戦士長殿を追ってたらしいの。だからチュパ・ゲティは戦士長殿の行方を知っているかもしれないし、行動も怪しいところがあるのよね」

 

「マジかよ? 情報集めは忍者姉妹の出番だがよ、ばれたら敵対されるんじゃないか?」

 

「そうね、ラナーには悪いけどアンデッド殲滅に比べたら、今は優先度が低い。でも、心には留めてほしいの」

 

「成る程な、分かったぜ。……城門到着っと。へっ、こっからでも死臭が鼻につくな」

 

 足を止めた眼前、巨大な城門が地獄に(いざな)うかの様に開かれ、活気を失った街からはアンデッド特有の死の臭いが溢れ出ていた。

 武器を構え直した蒼の薔薇は、ガガーランを先頭に死地と化したエ・ランテルへ踏み込んだ。

 それぞれが小さな変化をも見逃さないよう細心の注意を払い、警戒に警戒を重ね進んでいく。

 最初に出会ったのは骸骨(スケルトン)が三体で、これはガガーランが巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)の一振りで粉々にした。

 次に出現したのは骸骨(スケルトン)が八体で、これもガガーランとラキュースで苦も無く圧倒した。

 骸骨(スケルトン)は一般兵士でも倒せるほど弱く、アダマンタイト級冒険者からすれば負ける要素などほぼない。あるとすれば多大な連戦で疲労し、無限ともいえる膨大な数で絶え間なく襲われた場合だけだが、そんな状況に陥るのは限りなく零に近い。

     

     

 それからも現れるのは骸骨(スケルトン)ばかりであり、蒼の薔薇が驚くような事態には発展していなかったが、突如として前方から悲鳴にも似た叫びがこだましてくる。

 

「ニニャ! 後ろだ! クソッ! ダイン、ニニャの援護と回復を! それまでは私とルクルットで戦線を支える!」

 

「分かったのである!」

 

 冒険者の危機を感じた蒼の薔薇は合図も無く、一斉に駆け出した。

 声の聞こえた方角へ急いで向かうと、四人の冒険者が五十以上の骸骨(スケルトン)に囲まれ窮地に立たされていた。魔法詠唱者(マジックキャスター)の冒険者が他の仲間から治療の魔法をかけられている最中だ。その動けない二人を背に、金髪の冒険者二人が何とか守っている状況。四人全員がどこかしらを負傷しており、連戦していたのだろう肩で息をし、表情にも疲労の色が色濃くのぞいていた。

 誰の目からも全滅が時間の問題と見て取れる。

 冒険者の窮地を目の当たりにしたガガーランは巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を両手で強く握り締め、雄叫びを上げると、いの一番に飛び出すのだった。


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